表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十八章 三月の太陽

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

461/2925

第四百六十一話

 



 暖房の効いた脱衣所で顔を覆って座り込んでいたら、肩を叩かれた。

 見ると裸のラビが呆れた顔をして俺を見ている。


「カナタ……パンツも履かずになにしているんだい?」

「……お前もな」

「僕は張り切った結果だよ」


 涼しい顔で言うあたり、ちょっとどうかしてる。


「お前が今夜並木さんとどう一線交えたのかなんて類いののろけには一切興味がない」

「ひどいこと言うな」

「それよりも春灯だ。よりにもよって今日、あんなに調子を崩すなんて」

「もしや……あの日かい?」

「世界はいま終わりを告げようとしている……ッ!」

「よしてくれ、首を絞めるのは!」


 裸で格闘する俺たちをほかの男子は「頭がどうかしてる」という顔をして一瞥して通り過ぎていく。


「まったく……たちの悪いジョークを言うからだ。はっきり言う。世界共通レベルで笑えない」

「そうかな? 刺激のない場末のバーなら笑って聞き流されると思うけど」

「聞き流されている時点でノーカウントだ」

「で? 実際はどうなんだい?」

「それは! その……あの日だ」


 憮然としながら言い返して腰掛ける。


「その様子じゃ、カナタもなんだかんだで上書きにその気だったみたいだね? ハルちゃんの彼氏がつとまるくらい、きみもそういうことが好きだったわけだ」

「俺の性的好奇心は世間一般の男子と同じだ」

「つまり?」

「……大好きだってことだ」

「よかった。もし否定したら、今度は僕がきみの首を絞める番だった」


 笑顔で見つめあい、同時にため息を吐く。


「ちなみにラビ、本当にしたのか?」

「あいにく彼女もハルちゃんと同じでね」

「……導火線は?」

「つねにあと一ミリで爆発寸前ってところで火花をばちばち言わせてる」

「だろうな。うちもだから容易に推測できる」


 ふたりで一緒に笑って、同時にもう一度ため息を吐く。


「並木さんに露骨にがっかりしたって思われてないか?」

「そう思わせたら怒りが長引くって身に染みているから、全力でベッドにエスコートした」

「……俺はこれからだ」


 肩を叩かれて目元を指でほぐしてから立ち上がる。


「着替えて戦ってくる」

「彼女の体調も含めて付き合うのが素晴らしき僕らの人生だ」

「そんなに前のめりにされちゃ、むしろ嫌がられる気がするけどな……じゃあな」


 ラビに別れを告げてすっかり冷えた身体で制服を着て部屋に戻る。さあ、何が待っているのだろうか?


 ◆


 リップグロスを口元にべたべた塗ったり、なぜか壁に体当たりをかましたり、悪ガキ九人を必死で捕まえようとしていたら、みんなして急にはっとした顔になる。

 カナタの足音が聞こえたからだ。

 総毛だった。いやな予感しかしなかったの。だってほら、この子たちは私の気持ちを、普段は誰にも見せないようにしている露骨な気持ちを声高に叫ぶから。


「ちょっと、まっ――……」

「ただいま」

「「「 カナタ! 」」」


 必死で捕まえようとする私の手をくぐりぬけて、九人そろってカナタの足下に飛びついた。そして至福な蕩け顔でカナタの足に頬をすりすりしながら言うの。


「「「 カナタあ…… 」」」


 ぎょっとした顔をして九人のぷちを見てから、私を見て、青ざめた顔で口を開こうとしたからね?


「待って。いつのまに産んだんだとか言ったら、いくらカナタでも本気で今後を考える。だからそこをよーく踏まえて、はいどうぞ」

「え――……と、どっち似だと思う?」


 カナタなりの精一杯のジョークにぷちたちが一斉に笑う。

 目元を手で覆って深いため息を吐いた。幸せが逃げていくばかりですよ、もう。


 ◆


 あんなに暴れ回っていたのに、カナタが戻ってきたらひっついて幸せそうにごろごろしている九人を見ると何かの波動に目覚めそうになるんですけども。ぐっと堪えて正直に説明してから、迷わず言いました。


「教えて。こいつらを消す方法」

「そんな……昔のヘルプサポートのイルカに聞く質問じゃあるまいし」

「……え? ごめん、なんて?」

「いや、なんでもない。兄さんのパソコンで苦労させられた話題なんてお前にしてもしょうがなかった。それは忘れてくれ」


 手を振ってから、お腹にひっしとしがみつくちゃっかり者のぷちの頭をなでなでしてカナタは言った。


「春灯のお母さまの言うように、あるいは仲間の言うように……それぞれの希望を叶えるのが手っ取り早いかもな」

「……どうしてもそうしなきゃだめ?」

「どうしてそんなにいやがるんだ。元々お前の分身なんだし、なによりこんなに可愛いのに」

「「「 どやああああ! 」」」


 揃って私に向かって勝ち誇った顔をしてくるのが、ほんと腹立つ!


「……カナタは部屋の惨状を見てなんともおもわないの?」

「子供ってこんなもんだろ。コバトもかなり激しかったぞ?」

「――……ええ、ええ。トウヤもかなり激しかったですよ」


 そうじゃなくてさ。


「それが九人分! この狭い部屋で! 仕事に学校にめちゃめちゃ忙しいのに! 面倒みきれないでしょ!」

「……捨てたくない」

「面倒みなきゃいけないの私なんだから!」

「お、俺だって面倒みるし!」

「あの――……待って。やめよう。なんでペットを拾ってきた子供と母親みたいな会話をカナタとしなきゃいけないの」

「たしかに、春灯は一旦冷静になるべきかもな」

「……待って。なんで自分は冷静みたいに言ってるの?」

「俺は冷静だぞ」

「……そのわりには妙に幸せそうな顔をしていらっしゃいますけどー?」

「そりゃあ、まあ。分身とはいえお前が増えて俺にめいっぱい甘えてくるのは、正直うれしいし」

「それは私じゃなくて! ~~っ! ああもう!」

「ママこわい」「ちょうこわい」「パパたすけて」「ママがなぐるの」

「殴ってないし! 私はママじゃないしカナタはパパじゃなっ……カナタ、ここで嬉しそうにする必要が?」

「いや……こういうシミュレーションも悪くないな、と」


 でれでれしちゃって!


「……私ね? 明日、シュウさんに呼ばれて改めに刑務所にいかなきゃいけないの。この子たちが消えなかったら連れていくしかないんだよね。シュウさんはなんていうかなー?」

「すぐに消そう」


 ふんっ。遅いよ、もう。


 ◆


 形勢不利だと見て飛び跳ねて逃げだそうとした私のぷち九人が縄でぐるぐる巻きにされている。


「……ねえ、カナタ。異様に手際がいいのはなんで? なんで私を捕まえるのがそんなにうまいの?」

「……それは、ほら。お前が発情期になって――……いいから、試すぞ」

「ふううん?」

「春灯! 夜が更けるばかりだぞ!?」

「……まあ、それは今は置いておきますけども」


 ため息を吐いて、ぷちの前に屈む。

 頭を撫でようと伸ばした手を思いきりがぶって噛まれた。


「いったい!」

「ふんだ。あまあまをくれないママなんて知らない」

「「「 かーえーれーっ! かーえーれっ! 」」」

「むううっ!」

「待て待て待て! ぷちを相手に本気で刀を抜こうとするな! よせ、やめろ!」


 かちんときて思わず肩を怒らせた私を見て、あわててカナタが私を下がらせた。


「落ち着け。俺がやる」

「でも!」

「ママがだめならパパの出番だ」


 どうでもいいけど……それ妙に気に入ってるね。

 めいっぱい深呼吸してさらにもう一歩後ろに下がる私に笑顔で頷いて、カナタはぷちたちのそばに屈んだ。


「みんなそれぞれ、自我はあるのかい?」

「ある!」「あるよー」「ああ……どんどん自分が自分じゃなくなっていくんだ……こわいよう」「あ、こいつのことは気にしないでね。ママのばかの凝縮体だから。ちなみに私たちはママの欲望の象徴。それぞれね。ちなみに私はママの数少ない知恵の凝縮体」


 かちんときた!


「まあまあ! いまは話を聞いているから待ってて」


 むすっとしながら見守る構えですよ。


「ちなみに春灯と同じじゃないのか? てっきりこれまでのぷちは春灯の分身でしかないと思ったんだが」

「いままではねー」「でもほら。ママ強くなったし」「月が私を狂わせる……くっ、静まれ! 私の右目!」「あ、いまのも気にしないでね。ママのこじらせた部分の凝縮体だから」


 な、なんでかな! 落ちつかない気持ちが増してきた!


「尻尾の妖力が増して、タマちゃんばりに一尾に力がみなぎってきたの」「それで自我が目覚めたんだよ」「みなぎってきた!!!!!!! ソロモンよ! 私は帰ってきた!!!!」「もう説明不要だと思うけど、いまのも気にしないでね」


 だんだんいたたまれなくなってきました……。


「ちなみに……みんな、ママの中に帰るってどう? 待ってくれ。なあ、春灯。俺のいまの台詞、かなりやばくなかったか?」


 我に返ったのかな。真剣な顔でこちらを見てくるから、にっこり笑顔で伝えるよ。


「カナタが冷静でよかった」

「……たしかに」


 渋い顔でうなずくカナタを見ながら、許されるなら笑い声のSEをいれたくなった。わはは! って、アメリカのコメディドラマにありがちなやつをね。


「言い直す。尻尾の中に戻る気はあるか?」

「「「 やだ! 」」」


 綺麗な合唱だった。

 ふり返ったカナタが顔を渋めに歪めてこちらを見てくる。

 私は極上の笑顔で見つめ返したよ? もちろんね。


「じゃあ……どうしたら戻ってくれる?」

「えっとねー」「まずはねー」


 てれてれしながらカナタを見つめ始める九人のぷちを見て、いやな予感がしたの。


「ねえ、ちょっと、それは掘り下げなくても――……」

「「「 カナタにめいっぱい優しくしてほしいです! 」」」

「あー……遅かった」


 カナタがとびきり嬉しそうな顔をしてこちらを見てくる。


「お前たちって……春灯の欲望の凝縮体なんだよな? っていうことは、いまのはつまり?」

「「「 ママの欲望だよ! 」」」

「カナタ――……わかったから。そんなに嬉しそうな顔をしないで、早くなんとかして」

「速やかな事態解決が惜しくなってきた。なあ、お前たちに聞きたいんだが」


 ああ、ちょっと!


「優しくって言うのはいかにも抽象的だ。やはりここは具体的に聞きたいな。どう優しくしてほしいんだ?」

「ちょっと! なんてこと聞くの!」

「こういう機会でもないと聞けないだろ? お前は照れつつ満足してるって言うばかりで教えてくれないから」

「……だって恥ずかしいじゃん」

「そうだった。お前は慎み深い女だったな?」

「どうしてかな。このあとめちゃめちゃ仲良くできそう」

「どうしてかな。俺は鳥肌がたってきた……話を戻そう」


 腕を組んでにっこりしてみせたら、カナタは気持ちを取り直したようだ。でも質問はするみたいだけど! おのれ!


「それで? 具体的には俺にどうしてほしいんだ?」

「「「 それはそのう……自分で見つけてくれたほうが嬉しいなあ? 」」」

「……春灯?」


 渋い顔で私を見つめてくるから、笑顔で言い返す。


「教育が行き届いているでしょ?」

「……そのようだ」


 まあ、カナタがいないと暴れ回るけどね。


「それじゃあ……長期戦になるな」

「楽しくなってきた?」

「……ぷち九人とお前を含めて春灯十人と朝までか。楽しくなってきた」

「それはよかった。大変そうだから私は先に寝てるね」

「えっ」

「……うそだよ。そんなに悲劇的な顔しないでよ。そんなに九人の私に囲まれるのがいや?」

「いつもの九倍だからな」

「なにがどう、いつもの九倍なのかなー?」


 後ろから抱きついてほっぺたを指先でぐりぐり押した。


「……まあ、じゃあ。ゆっくりやっていこう」

「それしかないね」


 一致団結する私たちを見て、九人のぷちが嬉しそうに見てくるの。

 複雑じゃないと言ったらうそになるけど、でもくすぐったいのも事実だ。


 ◆


 ぷちはそれぞれに私の欲望を軸に、私の何かを象徴している……というのが、ぷちたちの主張だった。

 なんでそれを私が把握していないのかって、それはもうただただ単純にこの子たちがただの分身から成長し始めているからで、自分の成長ほど鈍感なものってないからだ。自分を評価する物差しが明確にあるといーなーなんて思いますよ。

 ――……はあ。ほんとなんで、今日みたいな日にこんなことを考えてるんだろ。どうかしてる。どうかしていると言えば、カナタがぷちたちに精一杯のアプローチをして空ぶっている光景もどうかしている。


「それじゃあ……去年のクリスマスの歌のお返しっていうのはどうだ?」

「クリスマスかあ。たしかにあのとき、お歌のドッキリしたね」「普通にやったらむしろお寒いサプライズ筆頭格だよね」「なんで日本人ってあの手のどっきり嫌いなんだろう」「私たちも日本人だけどさ、答えはアメリカ映画になれているかどうかの差なのかも!」「月夜に吠えろ……獅子王の子が生まれた!」「要するにあれでしょ? 名前も言えない例の会社のアニメを幼少時にどれだけ見ているか、みたいな」


 ひとりが概ね痛いのは仕様なのかもしれません。

 あと、ぷちたちで完結している話題にカナタが珍しく怯んでる。


「……そ、その、じゃあ。いっそあれかな。ひとりひとりと別々に過ごした方が早いか?」

「「「 そういう問題じゃないよ、カナタ 」」」


 助けを求める子犬のような顔をしてベッドに座る私を見つめてくるから伝えておく。


「そういう問題じゃないよ、カナタ」

「……今日ほど春灯と出会えてよかった日はないな」


 でも降参だ、とソファに倒れ込むカナタにぷちたちが飛び乗って幸せそうにする。その勢いにまったくの遠慮がない。たとえぷちでも、九人分の体重の掛かった足が喉や脇腹に刺さって、さすがにカナタの顔が強ばった。


「うっ……」

「おつかれ? ねえ、おつかれ?」「パパって呼んだらまた元気になる?」「ねーねー!」「なにかお話して?」「カナタのお歌もきいてみたい」「夜の遠吠え……!」

「ああ……嘘だろ」


 現実を前につらくてたまらない声をだすから、一応伝えておく。


「お母さんからメール来たけど、子供ができたらこんなものじゃないって」

「……コバトで思い知ったつもりだったけど、それでも大家族をもてる人を心から尊敬するな」

「本音は?」

「はじめは多くて三人からでお願いしたい……いたい。顔をはたくな」


 きゃっきゃとはしゃぐぷちに早くもウンザリし始めているカナタを見守る。


「白旗?」

「……いや、待て。これくらいでめげる姿はお前に見せたくない」


 プライド高いんだからなあ、もう。


「じゃあ、そうだな。なにして遊ぶ?」

「「「 ゲーム機もないのになにして遊ぶの? 」」」

「……春灯、頼む」


 にっこり笑いながらベッドの下に置いてある箱から葉っぱを九枚取りだして言ったよ。


「もうちょっとがんばって。化け術でぷちたちの寝巻き作るから」


 ◆


 いつものようにふたりでベッドに寝そべる。それだけじゃない。ぷちたちも一緒。おかげでとても暑い。それでもまあ、寝巻きを着せて寝かせてみるのも悪くない。


「おうたうたって?」「むしろ私たちが歌うべきなのでは!」「カナタとふたりで歌って!」「のんびりしたい!」「……睡魔の訪れ」「もはやそれただの眠気じゃん」

「はーいみんな静かに。歌うからね?」

「「「 はあい 」」」

「リクエストはある?」

「「「 やわらかこ……こん。金色がいい 」」」


 なにを言いかけたんだか。まあいいや。


「たしかに最近は仕事の前に素直な気持ちで集中したいときに聴くばかりで、歌ってなかったかも」


 大好きだから結局毎日聴いている特別な曲だけど、だからこそ大事な場面以外で歌ってないのは事実。そしてそれはいまなのかなー、とも思う。いまだからこそかもなーって思ったけど、今日はろくに頭が働かない。全体的になにもかもが面倒で億劫でだめな日だから、あの曲を歌うならもっとちゃんと気持ちを作ってからにしたい。

 さんざん悩んでから、


「カナタはなにかリクエストない? そういえばあんまり聞いたことなかったよね?」

「……そうだな。ふぁ――……」


 あくびをかみ殺してから、ちゃっかり者をぷちを片腕に抱いて眠そうに蕩けた目を伏せて言うの。


「最近お前がはまってるアメリカのコメディー番組のオープニングとか?」

「よりにもよって? それじゃあ子守歌っていうよりネット配信ながしてあの四人組のオタクといけてるお姉さんを見たくなっちゃうよ」

「あのドラマのいけてるお姉さんと付き合っている人、日本のぽやっとした役者に似てるよな」

「それね!!!!! かもねかもね! そうかもね!」


 めちゃめちゃテンションをあげて頷く私にカナタは眠そうな顔で笑った。


「思うんだが、あのドラマに出てくるくらい切れた奴はうちの学校に何人もいるけど、うちの学校で奇行に走っている場面に出くわすことは少ないよな」

「そうかなあ。マドカは大浴場で会うたびに私の身体を積極的に洗ってくれるし」

「えっ」

「シオリ先輩がたまに車輪付きの椅子で廊下を爆走してるし」

「まっ、待て……俺は見たことないぞ?」

「ラビ先輩がコナちゃん先輩を怒らせてハリセンを振り回されて追いかけ回されてるよね」

「――……それはよくみるな」

「こないだユリア先輩が全メニュー制覇を三周したし」

「それもよくみる」

「最近だとユニスさんがよく箒に乗って廊下を飛んでて、同じクラスの中瀬古さんが空飛ぶシャチに乗って追いかけてるよ」

「……待ってくれ。なんだかだんだんこの寮がとんでもなく思えてきた」

「なにいってるの。愚連隊が入寮の挨拶に刀狩りをする寮がまともだとでも?」

「それを言われたら……たしかにまともじゃない」


 しみじみうなずくカナタに笑って、さてどんな歌を歌おうかなあって思っていたらね?


「ちなみに山吹に身体を洗われてるって、なに」

「ん? や、だから尻尾を洗ってもらうついでに身体も洗ってもらってるの」

「……お前と山吹はどんな関係なのか、哲学的な問題を語り合う必要がないか?」

「友達」

「……ちなみにそれを見た仲間や天使、佳村はなにか言わないのか?」

「トモは尻尾を洗う延長線って言ったら笑顔で頷いてくれたけど、ノンちゃんは決して口には出さないけどあれは引いてる感じ」

「だろうな。ほっとしたよ……じゃなくて。じゃあなんで」

「スキンシップ? ハグとかその延長線だよ。見てわかると思うけど、マドカはそういうの好きだし」

「……だからって、なあ?」

「そんなに不審がること? カナタだって、男同士で背中を流しあったりするでしょ? ラビ先輩とよくやってそうだよ」

「しない……そんなに驚いた顔をするな。本当にしない! ……たまにしか。なんで嬉しそうな顔をするんだ! 邪討伐とか、きつい授業のあとで身体が筋肉痛でまともに洗えない時だけだ!」

「ほーらーねー? 怪しいのはむしろカナタのほうだよ。コナちゃん先輩と仕事だからって本気チューができるカナタに言われてもねー」

「なんでそこでどや顔なんだ。それについては結論がでたはずじゃなかったのか? お前が不満ならいくらでも応える用意があるぞ?」

「ま、たしかに。あと今日は私が無理なので話を戻すけど、キラリにもさんざん突っ込まれたし、いい加減くどいかなーって思います」

「いや、でもな……待て。天丼ってあるだろ? 同じネタを繰り返す」

「複数回ね。でも受けてるならいいけどそうじゃないとちょっとね。なによりキラリは引いてる。ちなみにマドカに洗われているキラリはなんだかんだで気持ちよさそう」

「どっちなんだ」

「その境界線を探っているいまが私たちお助け部一年生の目下のテーマなの。ちなみに私はキラリが堕ちるほうに賭けてる」

「……天使も災難だな」

「あれでなんだかんだでマドカのことも仲間として大好きだから問題ないよ」

「……ますます天使が災難になってきた」


 私たちはこれで仲良くやってるほうだよ。すくなくとも……いまのところは、これが程よいノリなんです。許してくだしい。


「まあ、でもそうだな。この話はここで終わりにしよう、なんか不毛に思えてきた」

「それはよかった。ちなみにラビ先輩との背中ながしっこってどんな感じなの?」

「そこで前のめりなのなんでなんだ。たんにタオルで背中をごしごしやられるだけだ。こっちもそうだしな」

「……背中だけ?」

「なにを気にしているのか知らないが、ほかにどこを洗うっていうんだ」

「そりゃあ……ね?」

「意味ありげな顔をするな。その点においては俺とラビよりお前と山吹のほうがよっぽど親密だよ」

「でも変な意味ないよ?」

「……それはなによりだ」


 渋い顔で頷くカナタになにを言おうかなあって思って――……ふと気づいた。


「あれ? ぷちいなくない?」

「――……話に夢中になっていて気がつかなかったな。たしかにいなくなってる」


 カナタはちゃっかりぷちを抱いていた手を目元を寄せたの。指先に金色の毛が握られていたよ。


「……尻尾の毛かな?」

「髪ではないだろうな……この長さと細さなら」

「なんで消えたんだろ」

「……俺とふたりで話したかった、とかかな?」

「あー……」


 うなずいてから、その意味を考えて……事実を受け止めて、すごく照れくさいけど笑っちゃった。


「たしかに。ふたりでベッドでのんびりする時間、最近なかったね」

「するか寝るかの二択はよくないな」


 ふたりでにこにこしながら顔を寄せて、キスをしたの。

 もういまはふたりだけの熱。

 それでも名残は残っている。みんなの熱から感じたのは、一緒にいられたら幸せっていう、それだけの欲望。

 結局どの子の願いも、いまこの瞬間のなにげない時間をずっと求めていたっていうことで。それってなんだか、私たちは忙しくて日常を大事にできていなかったという証拠に他ならない気がした。


「……キスシーンの話、事前にもっとちゃんとしておけばよかった」

「私もカナタに自分の気持ち、伝えてなかった」


 深呼吸をして、カナタの肩口に頭を寄せて――……その日は眠っちゃうまでの間、ずっとお話したんだ。そういうあまあまが、私たちにはなにより必要だったに違いない――……。




 つづく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ