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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十八章 三月の太陽

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第四百六十話

 



 自宅につくまでにだいぶ時間を稼いだけど、当然こちらの考えなんてすぐに見抜かれた。

 意味なく電車に乗っても仕方ないと言われて、探り出した妥協点は実家の駅の近くにある喫茶店。そこでたっぷりお話してすっきりした時だった。


「理華ちゃん、明日は今日会った子と遊ぶんだっけ?」

「あ、はい。残念野郎と」


 ルイのことだ。

 ニンジャのくだりは話していない。ルイにとって繊細な話題のようだから、安易にカードを切らない。


「その子も士道誠心に入るんだよなあ……じゃあ、明日は社会見学してみない?」

「……しゃかい、けんがく?」


 単語の意味はもちろんわかっているけど、真中さんがそれを私に提案してくる意図がよくわからない。けれど真中さんは続ける。


「そ、社会見学。なんとかねじこんでみるからさ。指定した場所にふたりで来れる?」

「まあ、明日はあいてるんで。ルイをかどわかすくらいなら楽勝ですけど」

「かどわかすな、かどわかすな! そういう手段はよしなさい。人を操ったりするやり方はね、周り廻って自分に返ってくるんだから」

「それくらいはわかっているんで大丈夫です」

「……塩反応が余計不安を誘うんだけどな。ラビとシオリとルルコを足したような子だな……まあそれは明日にするか」

「真中さん?」


 呟かれた内容がよくわからずきょとんとしてみせる私に真中さんは深いため息をついた。


「ごめん、こっちの話。それより来れるんならよろしく。あんまり派手な格好はしないで……できれば、そうだね。大人しい格好で。なんなら、いやむしろ制服でもいいかも」

「はあ」


 一応体裁上はデートだったんだけど、制服じゃ締まらないなあ。


「ハルちゃんにも会えるから」

「わかりました!」

「……理華ちゃん、意外とわかりやすいところあるんだね。そんなにハルちゃんのことが好きなの?」

「まー愛してますから! 気になるし、知りたいし、触れたいし、そばにいたいし! 高校を選んだのもすべて春灯ちゃんきっかけなんで! なんなら春灯ちゃんの大事な先輩として春灯ちゃんを導いてきた真中さんも愛してますよ!」

「わかった。急に沸点こえたな。落ち着け、座れ」

「落ちついてますよ? それで? どんな社会見学ですか?」

「そうだね……吹田を見る覚悟はしておいて? さ、いい加減、夜も遅いし送っていくよ」

「――……はあ」


 警察に捕まっているであろう吹田さんに会うんじゃなく、見る覚悟、ね。なんだろ。

 取り調べの真っ最中だろう吹田さんに関係者じゃない――……いや、ある意味めちゃめちゃ関係者だけど。接見なんて普通はできないと思うんだけど。そのへんは調べておくか。


「じゃあ、いこ」

「はあい」


 私のカップまでトレイにのせてお片付けしてくれる真中さんに返事をしながらスマホを操作した。


 ◆


 くそ……簡単に弟分を翻弄しやがって。クソ時雨め。俺の理想の恋愛シチュ、突然女子とキスしちゃうまで汚されてしまったっす……。


「おら日高! あんたのスマホ鳴ってる!」

「いって! 投げるなっす!」

「悔しかったらあたしに勝ってみろ。それかあんたの理想の彼女でも作ってみせたら? まあ……あんたの理想の彼女がもしいたとしても、とっくに誰かに取られてると思うけど。中学生の時点で!」

「ひ、ひどすぎる……俺の夢まで奪うなよ! なんの恨みがあるんだ!」

「別にあんたが一般人なら言わない……うそ、もっとどうでもよさそうに言うだけか」


 おい!


「とにかく、いーい? 日高、忍になったんだから、もっと大人になって現実に生きなさい。どんなにいい女もどんなにいい男と同じようにクソをするし屁をこくんだからさ。そこを利用するのも、あたしらの仕事」

「……それでやりまくりなのかよ」

「おかげで人生はっぴー。それにやりまくりは語弊がある。いつだって付き合うときはひとり、するのもひとりって決めてる。同時進行はなし」

「……そ、」

「あんたそれでびっち呼ばわりするなら、そうとう現実みえてないよ?」

「――……それくらい、わかってるよ。だからって、俺が理想の彼女と出会う可能性をつぶすことないっすよ」

「ふてくされるところ悪いけど、理想は見て現実を捨てるなんてよしなよ。あたしよりいけてる子に会ったんでしょ? それって奇跡的な確率だよ? だってほら、あんたっていかにも残念なチビだし」

「せ、背のことは言うなよ! これから大きくなるの!」

「だといいね」


 くそっ……あんまりだ!

 頭領にもジジイたちにも猫かぶっているくせに、俺には狂犬を振りかざす厄介な女でしかない。裸でうろうろしてるし、その裸は悔しいけどグラビア顔負けのプロポーション。なのに性格はきつい。マジで夢も希望もあったもんじゃない。

 今日会ったあの立沢理華ってのも、中身は最悪だったしなー。女なんて、まったくもう……。

 そう思いながら画面をみた。


『明日のデート詳細について』

「えっ」


 デート? デート!?

 即座に心臓がばくばく動悸しはじめてめまいがした。

 この俺が、時雨に虐げられた苦節十五年のこの俺が! デート!

 この世の春が来た! なんか会った時にいろいろ言われた気がするけど、可愛すぎて後半は特に記憶に残ってない! だから新鮮に喜んじゃう。デート!!!


「ほら! みろよ、時雨! 俺にもデートするくらいの経験値と可能性はあるぞ!」


 冷蔵庫から出した牛乳をがぶ飲みする姉貴分にスマホの画面を突きつけた。

 紙パックを下ろして、時雨が憐れみの目で俺を見つめてきた。


「服装、制服。ずいぶんいじらしいデートですね。さすが中学生」

「えっ!?」


 あわてて画面をみると……なになに?


『デートのお知らせ』

『明日は社会見学をします』


 画面に書いてある文字に時雨が笑う。


「社会見学だって?」

「時雨うるさい!」


 画面の文字をさらに読むと、書いてあった。


『服装は制服で。士道誠心のお姉さんたちが引率してくれます』

「引率だって!」

「時雨もうだまって!」


 くらくらしてきた。


『予算は指定した駅までの交通費プラス三千円くらいでなんとかしよっか』

「めっちゃ事務的。あんたこれ、ほんとにデート? だいじょうぶ? 明日はいやなことがあった時用にいつものケーキ買ってきておこうか?」

「お願いします、俺をひとりにしてください……」

「まあ、いいことあるよ。プレゼントも用意しておく。がんばって」


 肩をぽんぽんと叩いてから「さあて、頭領にばらしてこよっ!」と元気よく駆け出していった。

 くっそー。くっそー! なんでこんな酷い目にあわなきゃいけないんだ……。


「はあ……ん?」


 メッセージが増えた。


『それとは別に私服も持ってきて。社会見学が終わったら、ちゃんとデートしようよ。キミの話を聞きたいし、個人的に仲良くなってみたいって思った同世代の男子って、キミが初めてだからさ』

「――……そ、そうっすか」

『じゃ、スタンプでいいから反応よろしく。あ、どんなスタンプかでノリを見たいから、そのへんもぜひぜひ、私の唇の感触を必死に妄想しながら反応するように』

「ばっ」


 ばっかじゃねえの、と言おうと思ったら、


『私の期待度は……こんな感じかな。じゃあ、また明日』


 アザラシが頬を染めてドキドキした顔で、チューって書いた看板を手にしているスタンプが送られてきた。

 ――……ど、ど、ど、どうしろと?


「は、え? なんで? 感触を消したくらいいやだったんじゃないんすか? どっちかといえば俺ってめんどくさい男子みたいな、そんな扱いだったんじゃ? え? え? な、なんなんすかーっ!」


 あーっ、もう!

 今日は眠れそうにないっす……。

 時雨がいうような……それこそ俺の理想の女の子を彼女にしちゃうような人なら、こういう時はどうするんすかねえ。

 とりあえずわかんねーから、俺は猫が狂ったダンス踊りながら拭きだして「ヒャッハー!」って叫んでいるスタンプを送っておきました。


 ◆


 もし女性経験が豊富ならと思うことがある。

 部屋に帰った時に彼女が膝を抱えて狐火をゆらゆらと部屋中に浮かべてこの世の終わりみたいな顔をしていて、声を掛けたらふり返って、


「――……あ、カナタ。おひさしぶりだね。なんか、あんまり帰りが遅いから今日はもう帰ってこないんじゃないかなって思ったよ」


 闇を纏っている春灯を相手にどうしたら。

 顔はいつもの笑顔とそうたいして変わらない様子なのに、今日はどうも様子がおかしい。

 あれか。ほんとはやっぱり、並木さんとのシーンがたいそう気に入らなくて、不満で不安でたまらなかったとか? そうだとしてもちっとも不思議はないんだが。


「……その。まずは、狐火を」


 ぼわっと燃え上がる。天井や壁がじり、と嫌な音を立てた。


「なあに?」

「……ええと」


 誰か! 誰か策を! 俺に策をくれ!


『――……やれやれ、見ておれんのう』


 玉藻! 春灯は! なに!?


『混乱しすぎじゃ。あんまり放っておかれて膨れておるんじゃ。帰りが遅くなるって、お主ちゃんと連絡したか?』


 ――……してない。


『よりにもよってキスシーンの日に、連絡を怠った、と』


 ……そう、ですね。


『その結果はほれ、見ての通りじゃな』


 燃えてるんだけど。俺の彼女の寂しさが燃えてるんだけど。


『あとはお主らふたり、恋人同士の話じゃからな。妾は寝るぞ、ではな』


 あっ、ちょっ、まっ――……てくれるようなタイプじゃないよな。


「ふうん。なにもいってくれないんだぁ」

「いやちがうそんなことは」


 尻尾の膨らみがやばい。毛の乱れもひどい。

 部屋の照明をつけるような、些細な行動すら何かの引き金になりかねないと思うから、春灯を見た。青と朱の狐火に照らされて見える彼女の、腫れた目元。

 泣いていたんだ、と気づいたから伝える。


「ごめん。待たせて、ごめん」

「――……っ」


 春灯の目に涙がじわっと浮かぶ。きつい気持ちを表に出すことを嫌って、だけどこらえきれなくなって膨らんで、最近は心がくさくさしていることも多いように見えた。

 何かを攻撃したり、主張を必死にしたり。それでも足りなくて振り回されて、ずっとずっと苦しんでいた。特別授業は特に寄り添えなかったから、ずっとずっとさみしい思いをしていたにちがいない。なにせ、ほら。先輩たちが部活から引退しようとしただけで生徒会選挙で一世一代の大舞台をしかけちゃうくらい、猛烈なさみしがりやだ。

 そっと歩みよる。

 ベッドの上に浮かんでいた狐火がぷちの春灯に変わって枕を投げつけてきた。怯まない。

 机のそばに浮かんでいた狐火がぷちの春灯に変わって、机の上にあるものを投げつけてきた。怯まないが、すこし痛い。

 テーブルのうえに浮かんでいた狐火がぷちの春灯に変わって、テーブルを持ち上げて――……さすがにそれは痛いじゃ済まない。

 だから抱き寄せた。背中を殴られる。暴れて、引きはがそうとして――……それでも、離さない。やがて縋るように背中を掴んで、全力で泣く。背中を撫でながら、彼女が落ちつくまで、ずっとそのままで――……。


 ◆


 無視しようとしたって、湧き上がってくるの。不安とか、寂しさとか、そういうの。

 耐えようとすればするほど、がんばろうとすればするほど……きつくなっちゃう。そのきつさはいろんな形で出ちゃうのかもしれないです。

 やまほどある不安を引っぱってもらったの。今日はだめだった。もうなんていうか……いろいろ、だめ。月が輝くと私を狂わせる。

 あまあまは今日はなし。本当なら全力でおもてなしして、カナタが惚れ直しちゃうくらいのキスをするんだって意気込んでいたけど、カナタがしてくれたキスの本気と、お願いして確かめたカナタの体験のそれを知ったから、もういい。それは、もういいの。

 今日はいろいろタイミング悪すぎて、ちっともだめだった。こんな日もあるんだけど、まさかそれが今日になるなんて思わなかった。

 あーもう。あーもう! むしゃくしゃするし、そういう瞬間ならもちろん私にだってもちろんあるし、だからってカナタの前でもうわがまま全開でいられない。それは一日に一回までってタマちゃんとルールを作って決めてある。女が駄々をこねて許される回数は一週間でそれほど多くないって。その回数をこえたら人間すべてに恨まれて狙われて弓で射られたり追い立てられたり陰陽術でどうにかこうにかされちゃうんだってさ。

 それはこまる。

 たとえば私が暴走してカナタが瀕死になってユウジンくんが追い立ててきたら?

 もはや私の命運は尽きた!

 ってなるよね。なる。間違いなくそうなる。だからこそ、一日一回にしたの。

 なんだけど……それがよくないのかも。


「はあ」


 大浴場にカナタを送り出してユニットバスに入って、ため息をつく。


「もーやだよー。ほっとかれたくないよー」「いそがしい時期なのに、みんなして無茶ぶりしてくるよー」「あまあまたりないよー」「そればかりじゃないよ? デートもしたりないよー」


 私の九尾に隠していた、消せない私のぷちたちが顔をだして口々に不満をこぼす。

 どんなに私が我慢しても、私の霊力は私の心を裏切れないしごまかせない。

 その結果がこれじゃあね。なんだかなあ。


「みんな、お願いだから静かにしてよ」

「「「 やだ! さっきカナタの前で我慢したから、いま言うの! 」」」

「……はあ、そうですか」


 あーもー。


「だいたいカナタも最近デートしてくれなくなってない?」「そーそー。贈り物で部屋をいっぱいにするんだとかいって、チョーカーと指輪とクリプレと。それから先は?」「長期戦の構えなのでは? いやむしろこちらとしては毎月贈ってほしいのでは!」「でもあんまりプレッシャー与えると夜にも影響があるのでは?」「あまあまが減るのはいやすぎるのでは!」


 ――……こうして第三者みたいな立場で自分の欲望を聞いてみると、愛されたい願望が強すぎなのでは。


『今日という日がきっかけになったのは、まあ……或いは必然かもしれんのう』


 タマちゃん……なんで?


『高城に聞いたぞう。どらまも映画も、でびゅうしたら色恋を見せなければならん瞬間があるんじゃろ? 地獄にもまあ、似たようなものがあるからの』


 ……地獄にもテレビとかあるの?


『ほほ。まあそれくらいはな。しかもカナタは役者になるのなら、あの見てくれじゃ。引く手あまたは必然よ』


 ……私の彼氏だもん。


『カナタもお主が外で仕事をするたびに、同じような不満を持っていたんじゃろうが。今度はお主の番じゃな』


 ――……まあ、それは、そうなのかも。

 カナタは嫉妬で暴走みたいなこと、そんなにしないけどなあ。


『男の嫉妬は見苦しい、という言葉があるな』


 十兵衞?


『女の嫉妬は浅ましい、じゃったかの? なんじゃ、その違いは!』

『まあ待て。通説に当てはめて理解を怠り相手を見極める術を見失うのは、なるほど。たしかに浅はかだな。そこに男も女もあるまいよ』


 ……ううん。

 私、別にもう……気にしてないし。


「「「 やだー! カナタがコナちゃん先輩に本気のチューしたの、絶対やだー! 」」」


 ……うう。


『嫉妬は本人に甘える術に変えてしまえ。妾ならいくらでもたぶらかしながら己の陣に引き戻すぞ?』

『ハルがどうしたいか、まずはそこを見極めて……己の気持ちを活用するのがいいかもしれんな。振り回されるのではなく、活力に変える、だ』

『未熟者のお主にできるかのー?』


 むうう! 煽られなくったって、できるもん!


「「「 できるもん! 」」」

『騒々しさが増しておるのう。それ、はよう消せ』


 どうやったらいいか、わかんないよ。

 不満を訴えるためのぷちたち。メイ先輩の電話をしてからたまらなくなって、気がついたら浮いていた狐火たち。それはぷちに変わって、必死に消そうとしたけど消えなくて……途方に暮れていたらカナタが帰ってきたの。

 あの時ぷちに変わった子たちも、残った狐火もひとまずぷちに変えて、カナタといちゃついている間に尻尾に退避させたんだけど。

 消えない私のぷち欲望。


『不満や怨念の表われやもしれんなあ』


 ……だとしたら私の不満や怨念はカナタに向きすぎですけども。甘えたいっていう願いがこういう形になっちゃうんだとしたら、私って!


『お主が残念なのはほれ、ずっとじゃろ?』


 そ、そうだけど! なんか露骨すぎて!

 だって、これって要するに……。


「「「 もっと構ってくだしい 」」」

「い、言わなくていいから!」


 尻尾に抱きつくぷちたちのほうがよっぽど素直で、だからこそカナタにみせるのは恥ずかしすぎて無理。


『いまさら何を隠す必要がある』


 そっ、そうだけど! 気持ちの整理が必要なの!


『ならほれ、カナタが風呂から帰ってくる前に済ませるんじゃな。以上、今日は寝るぞ! おやすみじゃ!』


 ううっ。

 服を脱いでシャワーを浴びる。


「あっつい!」「むしろぬるい!」「いやいっそつめたい!」

「ちょっと! 静かにしてよ!」

「「「 やだ! 」」」

「――……ううう」


 私と同じように裸になって身体をよじのぼってくる九人のぷち。

 お湯の温度を変えようと水の栓を開けようとしたり、お湯の栓をもっとひねろうとしたり、シャワーを取ろうとしたり、そんなの無視して手洗いに栓をしてお湯をため始めたり。

 自由にも程があるよ、もう。元気があればなんでもできるっていうけど、今日の私はいろんな意味でないので、尻尾がぶわっと膨らむし鳴きたい気分だった。

 いつだって自分を掌握できたらいいのになあ。無理だ。無理。今日ほど気持ちが暴れてしょうがない日はないし、こういう日はいつだってわけもなく泣けてくる。おまけに身体が人生史上毎度毎度最高レベルを更新する勢いでしんどい。

 きゃいきゃいはしゃぐ上機嫌モードになった九人のぷちに必死で我慢しながら付き合って、なんなら身体をちゃんと拭いてあげて、尻尾に取りついてくるのが面倒だなあとうんざりしながら、やっとの思いで着替えて外に出たら、尻尾から出ていってみんなしてベッドで弾んだりソファをばしばし叩いたり机のうえをごちゃごちゃにし始めたりするの。


「ちょっと! だめ! そういうことしないで! あ! 箪笥を開けて中身をばらばらにしないの! ちょっとー! もう! なんなの!」

「ハル、なんか騒がしいけど!?」

「ごめん、トモ! いま取り込んでて! あーっ! それ私の大事な写真なんだってば!」


 扉の外から聞こえた声に答えていたら私のぷちがもっと暴れる。

 容赦なく開いたよね。そして一喝された。


「お座り!」

「「「「 はっ、はい! 」」」」


 ぷちだけじゃなく私も思わず正座する。

 そして部屋の中を見渡してから、トモがにっこりとしながら言うの。


「いつの間に九人も子供うんだの?」

「子供じゃな――……え、と。待って。え? 子供に見える?」

「部屋の散らかりよう、暴れっぷり、そして翻弄されるハルの疲れっぷり。これであと一週間もしてノイローゼになったら完璧だね」

「――……えええ?」


 私の分身だったはずなのでは? そう思ったけど、うずうずし始めるぷちたちを見ていると複雑な気持ちになります。小さい頃の自分を見ているような、そんな感じ。


「お座り! そこのぷち、あなたは特にしゃんと!」

「こん!」


 手洗いを湯船がわりにしていたちゃっかり者がベッドの下に逃げようとしてトモに見つかっている。やれやれです。


「それで?」


 腰に手を当てて微笑むトモに思わず飛びついた。


「トモ、助けて! 消えないの、これ!」

「ハル……いい機会だから伝えておくけどね?」


 私の肩にぽんと手を置いて、トモは極上の笑顔をみせたの。


「えっちしたら子供ができるし、子供ができたらこういう目に遭うの。どう? 人生たのしくなってきた? それとも夜中たまに猛烈に賑やかになる自分を省みてくれた? だったら夜、気持ちよく眠れて嬉しいんだけどどうかなー?」


 ほっぺたをつんつんされながら俯く。トモさま、ここぞとばかりに! ああでも今だからこそですよね!


「……むしろ憂鬱になってきました」

「あたしも冬休みに実家に帰って兄さんの子供たちに囲まれて同じ目に遭った。消し方はわからないし緋迎先輩に頼ったらどうかなって思うけど……でも、どうして出てきたかは想像がつく」

「……なんで?」

「欲しいからじゃない? 子供ができるくらいの幸せな気持ちを、彼氏から」


 ……ああ、もう。


「さびしさこじらせたぼっち極まれりですね。なんか、中学の頃を思いだすのですが」

「なにいってんの。ふたりになったから、余計にひとりを強く感じるんだよ。あんたが苦しんでいるのはむしろまっとうなこと。あ、そんな期待した顔されても、それの答えなんて、あたしは知らないからね」

「……トモもわからないの?」

「むしろそれがわかったらノーベル賞ものかも。だってほら、孤独を癒やす薬なんて世の中にないし。だから人は過ちを犯して行きずりの相手と遊んだり、浮気したり不倫したりして誰かの気持ちを引きながら承認欲求を満たすんじゃない?」


 ……ええと。トモの言葉がいつになく愚痴っぽいのを見て、目を細めた。


「ねえ、トモ……シロくんとなにかあったの?」

「べつに? 最近は沢城くんに対抗するための技の開発だとかいって、デートをすっぽかす勢いで寝坊されただけ」


 笑顔でさらりと言われたけど、特大級の地雷だ。


「……そ、そうなんだ」

「いろいろあるけど、乗り切らないとね。じゃ、あんまりうるさくしないでね? お疲れ!」


 私の頭をぽんぽんと叩いて行っちゃうトモにあわてて手を伸ばす。


「ち、ちなみに冬休みはどう乗り切ったの!?」

「体力気力の限界なんてこの世には存在しないんだなって思い知りながら心が死に絶えるのを安らかに受け入れた。アーメン!」

「そ、そんなあ!」


 ぱたん、と扉が閉じた瞬間にぷちたちが喝采をあげて跳びはね始める。


「きゃっほう!」「パーティタイムだ!」「さわげー!」「このパンツ振り回しやすいかも!」

「ああ、もう……なんてこった」


 獣耳が生えたことを後悔する日が来るなんて思わなかったよ……。


 ◆


 ねむたいけどお母さまに出してもらったお札の効果で、少しずつ夜更かしができるようになってきた。剥がすと眠たくなっちゃうのが悩ましい。根本的な解決にはならないわけだ。なんとか解決策を探さないとな。

 それはそれとして、明日の仕込みのためにお母さまの指導で必死に鍋をお玉でぐるぐるかき混ぜていた時だった。ぷるるるる、と家の電話が鳴った。


「冬音、変わるから出て」

「わ、わかりました」


 お玉をそっと取るお母さまに促されて、居間の電話を取る。


「もしもし?」

『わーー!』『きゃっほぅ! このベッドめっちゃ弾むよね!』『カナタの匂い……』

『ちょっと! カナタの下着なんて出さないでよ! あー、もしもしお姉ちゃん!? お母さんに代わってくれない!?』

「……なんか妙にうるさいな。なにごとだ?」

『ちょっとお祭り騒ぎで――……こら! 紐パンほどかないで! ちょっと、コートを伸ばそうとしないでよ、高かったんだよ!? それ! あー! 私のブラウス振り回さないで! 窓を叩くな! こらあああ!』


 思わず顔を顰めて受話器を遠ざけた。

 温厚で優しく情に厚い春灯が大騒ぎ。人が変わったように怒鳴るし叫ぶし、大変だ。

 耳を澄ますときゃっきゃとはしゃぐ子供の声がする。春灯にとてもよく似た声。

 よくわからないが、たいへんな事態になっているようだ。


「……切ってもいいか?」

『――……まってまって! お母さんに、子供がうるさくて暴れているときはどうしたらいいかだけでも聞いて! お願いします、お姉さま!』

「ええ? ……あの、お母さま。春灯が妙なことを」


 スリッパの足音を鳴らしてぱたぱたと歩いてきて、受話器を受けとってくれた。


「もしもし、どうしたの? ――……え、子供? あんた隠し子つくってたの? ちがう? わかってるって、冗談だってば……本当にいないのよね?」


 明るい声で返しているのを横目に見守る。


「……え? ちっちゃい自分が九人いて、子供みたいに大騒ぎ? ……じゃあどうするって、そりゃあ子育てって基本的にそういうものよ。なに悲壮なため息だしてんの。家庭を築くってそういうものよ?」


 思い知る。春灯の母親をやれるのは、これくらいタフなこの人なのかもしれない。


「気をつけるつもりになった? ならよかった。だいたい話を聞いた感じ、ちっちゃなあんたを消すならちっちゃいあんたの気持ちに向きあって答え出すしかないんじゃない? わかった? ……え? 急に九人なんて無理? なら、この際だから、緋迎くんと疑似体験しときなさい。彼にもいい経験になるでしょうし――……あ、春灯? もしもし? 切れちゃった」


 肩を竦めるお母さまはしれっと笑顔で仰った。


「それじゃあ冬音。自家製ラーメン、作るわよー!」

「了解です、お母さま!」


 ねむたいけどがんばる。今日の調査は――……黒い御珠から御霊が出ていくという、過去の厄災にもつながった事例のほとんどは解決されて、残るひとつは現状維持という結論が出た。

 それも士道誠心にいる生徒たちの活躍によって小康状態になるというオマケつき。

 なら、学校に行くまでの残り一ヵ月はのんびり過ごすのだ。

 それに……現世の、それもお母さま特製の自家製ラーメンって、なんだか楽しみすぎるじゃないか!

 というわけだから、春灯……がんばれ!




 つづく!

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