第四十六話
青澄春灯、なぜかただいま壁ドンを食らっています。
「さあ吐け」
さ、さっきまでの紳士なカナタくんはいったいどこへ?
待って、順を追って考えてみよう。
こういう時のお約束というやつですよ!
まず、刀鍛冶が侍の刀を鍛えるために校内に設置された小部屋に案内されました。
その時のカナタくん曰く「カラオケルームみたいなものだ」とのこと。
確かに小部屋がずらーっと並んで、中が完全個室なんだけど扉が硝子張りで中が覗けるあたりはカラオケルームですね。つくづくこの学校の規模って、なんて思いはしましたけれども!
二人きりだなあ、なんてのんきに考えておりましたよ。
そしたら扉を閉めるなりどんどん詰め寄られて……どん! です。
だめだ。思い返してみても答えがわからないよ!
「え、ええと。なにを? っていうか待って。あまりの変わりっぷりに私戸惑ってます、え、なんで? カナタどうして?」
「よく喋る口だな」
絶対零度の瞳でした。
見つめられた私は凍り付くことしかできません。
「お前の刀……どうやって手に入れた」
「え……あ、ら、ライオン先生に」
「誰だ」
「し、獅子王先生です、けど」
「……それで?」
「襲われた、時、に、その。なんか、勢いで」
はんっ、て。鼻で笑われちゃいました。
私から離れると、カナタくんは入り口側に腰掛けて足を組むの。
お腹の上で両手を組み合わせて深く息を吐き出したよ。
「あ、あのう」
「刀をテーブルへ。鞘から抜いて並べろ」
「は、はい」
な、なんなんだろう。
命令口調で言われると逆らえない何かがあるよ!
大人しくタマちゃんと十兵衞を鞘から抜いて並べました。
「刀鍛冶科の生徒には……御珠の子というべきものが与えられる。さきほどのペンダントもまあその一種だが」
そう言いつつ右手をかざすカナタくん。
でもそこにはなにもない。
「本来、御珠は霊子の結晶なんだ。お前たち侍はそこから特定の形を取り出す才がある。なら……刀鍛冶の俺たちは?」
明かりを付けていない部屋でカナタくんのメガネがぼんやりと光り輝くの。
それは粒子に分散されて――……彼の手の中に珠の形に集合していくの。
子供のこぶし大くらいのサイズの御珠を手にしたカナタくんは立ち上がった。
「それを操る術に長けている……だから見せよう。俺たちの技を」
もう片手を刀にかざすの。
その途端でした。
刀身がカナタくんのメガネのように光って、その先端から粒子に分解されていくの。
それはテーブルの上に集まってどんどん、どんどん人の形を描いていくの!
「わあ……」
すごく綺麗な光景に見とれていたら、私の胸から二つのぼんやりとした光が出ていくの。
「わっ!?」
その途端にバランス崩して思わず声が出たよ。
光が出ていったのと同じタイミングでお尻と頭が軽くなったの。
あわててふり返ったら尻尾が消えちゃってた。
おかげで穴からお尻が丸見えで、あわてて両手で隠したんです。
でもカナタくんは集中していた。手を光にかざして、粒子の渦にスライドするの。
すると私から出た光は人の形をした光の渦に吸収されたよ。
その頃には光はだいぶ和らいでいた。だからひと目でわかるの。
刀身の質量で作られるだけのサイズだからなのかな?
普通の人と同じ大きさ、とはいかないみたい。
テーブルの上にゆっくりと降り立った二人はだいたい四分の一フィギュア……ってわかりにくい。えっと。えっと。本棚二段分くらい? 足りないし微妙にわかりにくいよね!
うーん! うーん!
さ、三十センチくらいの身長だよ! この苦し紛れ感。
いっそもう開き直ってタマちゃんぷちと十兵衞ぷちって感じです。
「ふむ……」
「おお。これは案外……悪くないのう」
わ、わああ! わあああああ!
「十兵衞とタマちゃんだ!」
「お前の理想を具現化したつもりだが……合っているか?」
カナタくんの言葉に何度も何度も頷くの。
「……何よりだ。第一段階はクリアーされた」
「え?」
「刀鍛冶の腕の見せ所だった、という話だ。それよりも」
カナタくんは御珠を眼鏡へと戻してかけると、再び優雅に座った。
テーブルの上の二人に問い掛ける。
「玉藻の前と柳生十兵衞で合っているか?」
「いかにも」
「妾が玉藻の前じゃぞ」
着物姿に眼帯をつけた渋くてかっこいいおじさん(ただしぷち)が頷く横で、夢で見たことのあるあの綺麗な綺麗なタマちゃんぷちが腰に両手を置いてどや顔してる。
……かわいい。
「こ、これ持って帰れないかなあ!」
「俺が力を使わない限り二人はこの姿になれん。それに、二人はこれではない」
カナタくんの睨むような視線にあわてて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。確かに二人にこれ呼ばわりは失礼でした」
「ふん……わかればいい」
それよりも、と足を開いて肘を置くように前屈みになったカナタくんが二人を見つめる。
「何か不便は」
「宿主が未熟」
おぅっ。じゅ、十兵衞……容赦ないよ。
「男に愛され足りないのう。それに、妾はもっともっとたくさんの女の幸せを味わいたいぞ!」
タマちゃあああああん!
「二人とも同じだそうだ……侍、覚えたか」
「これ、こやつには青澄春灯という名がある! そなたこそ失礼じゃぞ!」
「これは失礼」
タマちゃんの指摘に余裕たっぷりの笑顔で応えるカナタくん。
……なんだろう。私の気のせいかな。
最初は正統派ヒーローに見えたのに今ではダークヒーローにしか見えません。
「それ以外ではどうだ」
「そうさな……」
十兵衞が何か難しいことを話し始めて耳を右から左へ抜けていくので、放心していたの。
そしたらタマちゃんがとことこ歩いてきて、テーブルから私めがけてジャンプしてきたよ。
あわてて受け止めて椅子に座りました。
「のう、ハル! こうして会えるとは思わんかったのう!」
尻尾が九つ。もふもふのそれは小さくても手触りが凄く気持ちいいの。
にこにこ笑うタマちゃんはひたすら可愛いし。
「うん!」
「それっ」
ぴょん、ぴょん、と軽快に跳んであっという間に私の肩に飛び乗ったかと思うと、耳に口を寄せてきて囁くの。
「あのイケメン、ちょっと難物そうじゃ」
「う、うん。確かに」
「ハルは押しに弱いからの。もっと自分に自信をもって主張してええんじゃぞ?」
タマちゃん……。
「だいすき!」
「妾もじゃ!」
ひしっとくっつきあう私たちをカナタくんと十兵衞は冷めた目で見ているのでした。
◆
元の刀に戻すというので二人に手を振って見送るの。
けど刀に戻った二人の御霊……なのかな。それは私の身体に戻ってきた。
だからかもしれないけど、尻尾も獣耳も復活です。
これでお尻を隠さずに済みそうです……え、そうじゃない?
「今後の調整のためにも、以降の特別課外活動は俺も参加する」
「え」
「それから侍と組んだ刀鍛冶には侍の寮に暮らす権利が与えられる。俺は迷わず行使するぞ」
「えっ」
「お前という人間を知らなければ刀に対する適切なメンテナンスも出来ない」
同じメガネキャラなのにシロくんと圧倒的に違うものがあるの。
「俺は担当する侍に怪我をさせる気はない。お前が初めての相手だからな、出来ることはなんでもする」
まず……強引さ。シロくんにないわけじゃないけど、カナタくんは自覚的に強引に振る舞ってる。
次に、その。
「部屋、ありがとうございました。おかげで僕たちは有意義な時間が過ごせましたよ」
外面。優等生で優男を演じる二面性。強気で私を引っ張るところは隠してる。
まあしっかり手を取って歩いて行くんだけど。
不思議なのは痛くないし、嫌じゃないこと。生理的に無理なら拒絶だってしてる。
けどなんでかな。
「とうとう……手に入れた。俺だけの侍、そのうえ二振りとも規格外ときた」
昂揚する彼のテンションは間違いなく高いはず。
なのに私がついていける速度でしか歩かない。
たまにふり返って確認してくれる。
人とすれ違いそうになったら歩く速度を緩めてリードもしてくれる。
もしかすると……素で優しいせいかもしれない。いやじゃないのは。
「今日の授業はもうない。だからお前の部屋に行くぞ、内装を完璧にデザインし直す」
けど待って。お願い待ってくだしあ。
確定事項になっていらっしゃるー!?
慌てて声をあげたよ? タマちゃんにも自信を持って主張していいって言われたし。
「あ、あの! わ、私の意志は?」
「なら聞くが」
ふり返った彼は私の脇の下に手を差し入れて壁際に追い詰めるの。
「二人をもっと楽にしてやりたいと思わないか?」
「お、おもう、けど」
「なら従え」
「で、でも」
そんな無茶な、と言おうと思ったんだけど……言えなかった。
切実な表情を彼が浮かべていたから。
「俺はお前をユリアのような目に遭わせる気はないからな」
その目に宿る光はまっすぐ、私を気遣う力に注がれていた。
「一年生のお前にはわからないかもしれないが……刀鍛冶科の二年生たちにとって、今日がどれほど待ち遠しかったことか。運命と出会うのをずっと、待ち焦がれていたんだ」
真摯な言葉だった。
まっすぐな声だった。
間違いなくカナタくんの本音だった。
「選ばれたのは縁だ。この縁を俺は大事にしたい。力を試したいのもあるが……俺と繋がったお前を護るために、力を尽くしたいんだ。俺の相棒になってくれるか」
彼は真剣に言ってくれている。
だからより一層、感じるの。
告白にしか聞こえないって。
「は、はい」
あんまり情熱こもってたので、思わず頷いちゃったんです。
「改めて……緋迎カナタだ」
「あ、青澄春灯です」
よろしくな、と差し出された手を取ったらきゅっと握られました。
きゅんときちゃう私はやっぱりちょろすぎです。
「ではいくぞ」
手を引かれてカナタくんの背中を追いかけるの。
『ちょろい。ちょろすぎる。我が主ながらちょろすぎて困る』
『……まあ、出来る男かどうかはすぐにわかるだろうよ』
ふ、二人ともうるさいから! もう!
つづく。




