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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十八章 三月の太陽

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第四百五十九話

 



 ふたりの侍の活劇を見届ける影、数十名。

 その先頭に立ち、ビルの屋上から口元を覆う布もそのままに、告げる。


「六号の処理を確認。七号は侍の手にあり、一号から五号もとうに処理が済んでいる……ひとまず観測上は七つですべてだね?」

「はい、頭領」

「なら……ひとまずはこれで一区切りなわけだ」


 跪く時雨に頷き、呟くと日高が声を上げる。


「恐れながら頭領、七号はまだ健在です。同様に処理すべきでは?」

「日高、頭が高いぞ」


 補佐役で最年長のダンゾウが叱責するが、それでおさまる若さではない。


「邪を生み出す黒き御珠より引き抜かれた刀は、その性質もありようも邪と同じ。侍のそれと異なるもの。侍が灼いて消えたのなら、間違いありません! あれは邪そのものです! ならば直ちに処理すべきですよ!」

「日高!」


 ダンゾウを片手で制して、全員の目を見渡した。

 我ら生まれついてより忍びの運命。日高はその使命に燃えている。上から押さえて関係が成立していた時代はとうの昔に過ぎた。

 それぞれにそれぞれの道がある。それでも全員が結集して事に当たろうとする。その意欲は折れておらず、失われておらず、しかしだからこそ……それぞれに答えを出していて、さらには頭領の俺の言葉を求めている。

 決断を求められているなあ。こういうのが面倒なんだけどなあ。ダンゾウの思いを無碍にもしたくないし、日高の熱意も無駄にしたくない。となれば。


「ダンゾウ、他にはいないんだな?」

「は。私にはなんのことかわかりませんが、ねっとわあくとやらに鼻の利く鳥が一羽おりますゆえ……断言できます。一号から七号までしか存在しません」

「七号の状況は? ……日高」

「あらゆるツテを辿って探りました。無罪の証拠が出ていて、係争中ですが……彼が九歳の時に起きた事件です。長かった裁判も遠からず決着がつく。その後、直ちに法的手続きを済ませて入学する運びです」

「そしてお前も入学する。なら日高、七号の監視と処理はお前に任せよう。異論はないな?」


 日高から喜びの、ダンゾウから警戒の圧が。


「恐れながら頭領。日高にこのような危険な責務はまだ早いのではないかと」

「はあ!? お、俺やれます!」

「このようにすぐにかっとなるところが未熟の証拠でございますれば……頭領、なにとぞご再考を」


 あわてて思わずダンゾウに詰め寄ろうとした日高を、すっと立った時雨が止めた。首根っこを掴んで持ち上げる。身長差があり、しかも時雨のほうが身長が高いから……まあ残念な見た目になる。


「ちょ、時雨はなせ! いつもいつも俺のことバカにしやがって! おいジジイ! 今日こそ決着つけてや――……ふむむ! むーっ! むーっ!」


 だんだん大声になる日高の唇を物理的に塞いで翻弄し、房術で気絶させる時雨は怖い。

 そばで見ていたくノ一が嬉しそうに頷く。


「ちゃんと練習しているようね、時雨」

「コチョウ。時雨に変なことを教えてないよね」

「私は何も。それより頭領、決断が出たならそろそろ行きませんか? 私いそがしくて」


 スマホを出すコチョウにそれぞれ解散ムードを出してきた。このあたりは俺がびしっと締めなきゃいけない部分なんだけど、そういう時代じゃないって方針を打ち出しているのは俺なのだった。合掌。


「ダンゾウ、日高に士道誠心の入学を許したのはこういう機会がきた時に、我々がどうするべきか見極めるためだ。未来を日高に――……若者に委ねるために」

「……若」

「もうそんな年じゃないよ、俺は。三十路だぞ? 勘弁してくれ」

「ですが」

「ダンゾウ。お前も認めているはずだ。日高は幼いところも目立つが、その素質は高い」

「――……故に、早すぎると」

「育つのを待っていたら、俺のようになるだけだ。それじゃあ意味がない。里の連中が役立たずの頭領を立てたと悔いている事実、知らない俺ではないぞ?」

「前線に出ぬ老いた感性の戯言でございますれば」

「ならば前線に出るお主にも理解できるはず。士道誠心の侍すべてを信用するわけじゃないが……学舎に預けるのは、日高の成長のためだ。許せ、ダンゾウ」

「――……そこまでお考えなのであれば、これ以上は申しますまい」

「ならば……解散しようか」


 ただちに隔離世を離れる仲間たちを見送ってから、侍ふたりを見おろす。

 青年がふっと顔をあげた。気づかれぬ内に夜に消える――……。


 ◆


 シオリから来た資料を確認していたら先輩がふとどこかを見上げた。


「先輩?」

「――……見られていた気がしたんだけど、気のせいかな。メイは何も感じなかった?」

「特には。それより先輩、隔離世でそういうのやめてもらえます? 敵の気配なら感じませんけど……幽霊がラインダンスしていてもおかしくない」

「日本にしちゃずいぶん陽気な幽霊だね」

「まあ……これを読んでいたら複雑な気持ちになりますから。冗談のひとつも言いたくなりますよ」


 先輩にスマホを渡す。

 シオリから送付された資料が表示されている。ところどころ黒塗りでボカしてあるけど、気になるから確認したら理華ちゃんから教えられた名前と一致したのはなんの偶然か、それとも因果なのか。

 今日の七原って子も妙だったし、いったいなにが起きているんだか。

 気になるけど卒業するとなると、手出しできる可能性が減るわけで……なんとも歯がゆい。

 あと、シオリは息を吸うように個人情報を扱う。あの子のそういうところ、ラビと会ってからはますます悪化している気がして不安。いつか手ひどい失敗をしないように、あとで言い含めておかないと。便利だからってしていいことと悪いことがあるんだから。


「はあ」

「……目を通した。それじゃあ、メイ……ひとまず現世に戻ろうか」

「はい」


 ミツハから借りたレプリカを用いて現世に戻ってすぐ連絡が来た。


「――……もしもし?」

『あ、あの。シュウさんから連絡が来て。メイ先輩、いまいいですか?』

「もちろんいいけど……何事?」


 居住まいを正す。先輩の部屋にすぐにお湯を沸かす音がする。コーヒー豆の匂いからなにから、居心地がいい。だからこそ頭も働く。


「緋迎シュウからなんて言われたの?」

『明日、刑務所で警察の侍隊による改めがあるので、それに参加して欲しいって……改めってなんです? カナタが戻ってこなくて、ネットで調べてもわからないし、誰にも聞けなくて』


 すっかり不安な声を出して、やれやれ。カナタくんは愛されているし、ハルちゃんはもうちょっと自立心が育つといいな。まあ、こうして頼ってくれたからよしとしよう。


「改めっていうのは……そっか、ハルちゃん一年生だもんね。あのね? 二年生に研修があって、そこで教わるんだけど」

『授業です?』

「いや、っていうよりは警察が捕まえた犯罪者の邪が育たないように、確保した段階で改めて確認し、必要があれば討伐する制度の研修」

『……なんか、ちょっときつめですね』


 ハルちゃんの声のトーンが沈む。けどまあ、わかる。敢えて相手を特定して改めて邪を討伐するって、なんだかちょっと闇を感じるよね。

 どこまでいっても警察が本気で仕事をするっていうことは取り締まることで、罰を与える印象が強い。そこにおごる警察ほど嫌われるのもまあ、世の常だけど、それはそれ。


「まあ、本人を傷つけるわけじゃないってのが表面的な理由かな。欲望が育って化け物になるのがこの世の現実だし、刑務所で化け物が出たら困るでしょ? 仕方ないの」


 って、私たちの学年が教わった時に担任の先生から言われたっけ。


「本来なら裁判の後で罪が確定したらやるんだけどさ。どんな相手か教えてくれた?」

『今日、学校に来た子と……あと、新しく確保した人の改めをしてみたいって。キラリとマドカにも要請するって』

「……なるほど?」


 読めてきた。相手の気持ちをくみ取るマドカちゃんと、相手の願いを見出すキラリちゃん。あのふたりの能力は、なるほど。改めにはかなり効果的だろう。彼女たちの精神がそれに向いているとも言い切れないけどね。実際、ハルちゃんは複雑そうだ。当然かな。優しい子だからね。

 思考を廻らせていたら、先輩がコーヒーカップとメモを差し出してきた。

 メモにはこう書いてある。

 歪な刀の根っこを絶つため。彼女に危険はない。

 いつだって不思議な見通し方をする人だ。そしてそれはどういう理屈か当たってることが多い。

 唇の動きで尋ねる。御霊がそう言ったんですか?

 先輩は笑顔で頷いてくれた。受けとったコップの中身を一口のんでから、ハルちゃんに伝える。


「ちょっとばかり変なことになってるみたいだけど――……ハルちゃんがすることはいつもと同じ。素直に捉えて、心の赴くままに行動を」

『……いつもと同じでいいんです?』

「いいよ。だから緋迎シュウも素直にお願いできるんだろうし。なにか変なお願いされてないでしょ?」

『それは……まあ』

「ならいっておいで。社会勉強だと思ってね」

『わかり、ました……私の、やりたい、ように……』


 あ、これは納得してないな? しかもちょっと思いついている感触だ。それなら、言い方を変える。


「いま考えていることも含めて、やっておいで」

『……いいんですか?』

「いいよ。ハルちゃんがしたいようにしてきていい。ただし責任は自分で負うこと」

『わかってます』


 むっとした声を出しちゃって。でも最初に電話を掛けてきた時のような、落ち込んで不安でたまらないって感じじゃない。すくなくとも真面目にどうするべきか考える方向に心が向いている様子だ。なら、ひとまず電話の用件はこれでお終いだろう。


「それじゃあもういいかな?」

『は、はい! 夜遅くにありがとうございました!』

「いいよ。また何かあったらちゃんと知らせてね?」

『はあい! おやすみなさい!』


 通話が切れた。ふうっと息を吐いてコーヒーを飲む。


「メイ、ちゃんと先輩してるね?」

「あなたほどじゃないですけどね。いつもおいしいコーヒーをありがとうございます。あの――……」


 ぷるるるる、と普通に電話が鳴る。もう、なに? 安易にいちゃつかせてもくれないわけ?


「はい、もしもし?」

『あ、あの。真中さん? 今日はありがとうございます』

「……理華ちゃん?」

『そ、それでそのう……申し訳ついでにもうひとつお願いが』


 気まずそうな声に深く息を吐いて尋ねた。


「なあに?」

『あのう……警察に迎えに来ていただけませんか? なんか、いつもお世話になるおじさんがうるさくて。でも今日の騒ぎはちょっと親には知られたくないんですよね』

「――……はあ」


 先輩の顔を見る。笑って楽しそうな顔をしていた。


「未来の後輩に先輩はどうするの?」

「わかってます……理華ちゃん、いまどこの警察にいるの?」


 仕方なく立ち上がる。

 出がけにちゃんとキスをくれる律儀な先輩がちょっと恨めしい。やれやれ、行きますよ。ちゃんとね。


 ◆


 電話を終えたらにっこり笑顔で見つめられた。

 刑事の佐藤さん。所轄での説明はもう終えて、今はフロアのソファに腰掛けている。


「――……さて、電話も終えたようだから立沢さん。もう一度聞かせてくれるかな? なんで今回の被疑者と知りあいに?」

「第一にこれは取り調べじゃないし、第二になにげない会話だっていうなら何度も同じ質問をされるのはわりにあわないし退屈。第三に、親が来るまでの間の雑談って、それがもし本気なら佐藤さんってやばいくらいセンスない」

「何度だって聞くよ?」

「なら――……」


 隣に置いたカバンには一切気を遣う素振りも見せずに、にっこり伝える。


「去年の暮れ、彼がアルバイトをしていた新宿の居酒屋で会って、彼がお客さんにクレームをつけられて困っていたから、お母さんの見ている前で私は仲裁。あんまり感激していて放っておけないなって思っていたら、連絡先を聞かれたんで答えました。それからは相談に乗っていたんです……まさか彼がこんなことをするなんて」


 よどみなく再現してみせた。


「繰り返します? 一言一句かわらず、同じトーンでいくらでもやりますけど」

「きみがそれでボロを出してくれるなら、俺はいくらでも付き合うよ」

「やばい、嬉しくない。むしろこう言って欲しいなあ? 中学生の演技を見るのが楽しいって。どうせ聞いてるんでしょ? 私の噂……悪魔だって、吹田さんから」


 頷かず、肯定せずに佐藤さんは笑みを深める。


「商売柄、男を惑わす魔性ってのには慣れてる。きみは……せいぜい、よくて小悪魔程度だ」


 毒を向けても涼しい顔。

 それでも悪魔の話題を完全には否定しなかった。

 あー、たのし。腹の探り合いだ。まあでも落とせる、ないし、可能性があるって思わせたからしょうがない。真中さんに頼った声を聞かせたからね。

 知りあいに弁護士ならいる。ほかにもこういう時に頼りになる知りあいも多い。けど佐藤さんに私の縁という手札を見せるなら、その内容はよくよく考えておくべきだ。

 国家権力ってのは、振りかざされたら身を守る術がかなり限定される。だからこそ、用心しておかないといけない。その点では法律というルールを逸脱して暴走した吹田さんよりも警戒レベルは高い。暴走していない場合、その理性はとことん全力で追いつめにくるからだ。

 まあでも、このくらいなら軽いご挨拶程度なんだろうなあ。まあそれなら、いくらでもやりようはある。この人を本気にさせない程度に遊んじゃおう。なにせほら、私は相手の中じゃ小悪魔程度の中学生でしかないんだから。


「どうしたら佐藤さん、私に夢中になってくれるかなあ。悪魔になれるように教えてもらえません? 佐藤さん、少年捜査課でしたっけ? あれえ、それじゃあなんで吹田さんの件にでばってきたのかなあ。あ、そっか。刑事部でしたっけ?」

「こちらがしたいのは、きみの話だ」

「雑談って言ったのそっちでしょ? 付き合ってくださいよ。そしたら案外、何かぽろっと言っちゃうかも?」

「期待できないなあ……小さいと言っても、きみは悪魔に見えるから」


 鮫塚さんクラスの凄味を笑顔で表現されても困る。

 周りを見渡した。スーツ姿のエリートに囲まれているとかだったらいくらだって警戒するけど、佐藤さんだけ。本当になにげなさを装った遠回しな一対一。

 けどねー。逃がす気がないっていう顔をしている。動じないけど、だからこそ焦れてきたのかな。


「最近さ。いろんなところできみの名前を聞くんだ。どうしてかな?」


 彼がカードを切ってきた。


「私ってそんなに噂になっちゃうほど、可愛いかなあ」


 にっこり笑顔で流す。これくらいいつだっていなしているだろうから、


「鷲頭組直系、鮫塚組組長……鮫塚。今日、事件が起きたスペイン居酒屋インフェエルノのオーナー藤。緒方弁護士事務所の緒方。まだ続けようか?」


 きっとそれ、必殺技だと思っているんだろうなあ。少なくとも揺らぐと信じた踏みこみ。

 けどまあ――……これくらいは想定の範囲内。


「そんな人脈ができちゃうと思います? 中学生に」

「写真がある」


 ばっと出される写真たち。鮫塚さんに至っては、今日の出会いがばっちりと。


「へえ?」


 あー、たのしい。つけてたんだ。私を。わざわざマークしてるなんて、相当暇。或いは、よほどきわどい嫌疑でもかけられているのかなー。だとしても答えは変わらない。

 それに、ここまでされても――……想定の範囲内なんだもの。だからね?


「吹田さんと同じように説明できますけど。聞きたい?」


 変わらない調子で伝えられる。想定は準備。準備は多いほどいい。不意を突かれても対処できるから。完璧に対処できるかどうかは別の話。でも、今は別。


「何を企んでいるのかな」


 わお。単刀直入! 私の返しは無事、佐藤さんを刺激できたみたいだ。


「別に? 女子中学生が出先で困った大人に出会ったり、いろんな場面に遭遇して、仲良くなってるだけですよ。何か疑問が?」

「一般的な女子中学生は極道とも弁護士とも居酒屋のマスターとも交流を深めない」

「じゃあ私が第一号だ」

「……もう一度尋ねる。今度は言葉を付け足そう」


 恣意的な印象操作。まあこれくらいは誰もがやることだ。呟きアプリで呟くように、息を吸うようにみんながやることでしかないから、慣れてる。


「士道誠心に入学して、何を企んでいる?」


 士道誠心に入学して、ね。


「中学生がいま話題の高校に入ることの何が疑問なんですか?」

「何を企んでいる?」


 同じ言葉を繰り返すのは、相手を苛立たせてペースを乱すため。わかっているから佐藤さんのルールと芝居に付き合う。


「そんなの、華やかな学生生活以外にないでしょ?」

「立沢理華は嘘を吐く……きみにだまされた、悪魔だと主張する者は口を揃えて言う」

「人は誰しも嘘を吐く。ただし、人生のすべてではない。嘘が日常ならむしろ、真実こそが嘘になる……それがこの世の真理、なんて言葉遊びがしたいですか?」

「人は誰しも嘘を吐くのなら、きみの言葉は真実ではないと証明できる。違うか?」

「正しくは、立沢理華の発言は真実ではない疑いがある。それを証明する論拠としては弱いかなあ。主張する者は証明を要するんです。あなたは何も証明していない」

「大勢の証人がいる」

「その証人にあなたの恣意的な選別が行なわれている事実を証明できます。なにせほら。私に裏切られた人だけを証人とするのは、私の言葉が真実かどうか証明するには不十分だからね」

「そう反証できる時点できみは一般的な中学生ではないし、その精神を推し量るにはまずきみによって人生を狂わされたと主張する人々の話こそ聞くべきだ」

「それは私の罪を立証するためには手っ取り早いと思うからでしょ? でも証明責任を持つ者ほどプロセスは簡易化してはならない。だってそれ、独裁国家の走りだもん」


 佐藤さんのこめかみが初めてぴくっと動いた。構わず続ける。


「罪があると思うなら徹底的に真実を探るべきだし、そのプロセスを経る過程で確認事項を操作したり、真実のすべてから逃げちゃいけない。じゃなきゃ罪を罰する資格がない。なんのために六法全書があって、なんのために国家資格にしてると思ってるんですか?」


 あー、たのし。


「そういう風にまとまっている以上、どうにかしたいなら権力握って好きに法律いじらなきゃ無理だよ。あっ、やっと素の感情を見せたね、佐藤さん。いやそうな顔してくれて嬉しい。あは! 佐藤さんってば苦労してそう!」

「――……もう一度聞く。立沢理華は何を企んでいる?」


 揺るがないなあ。まあ……慎重なだけかもしれないけどね。


「だから何も。犯罪を企てているわけでもなければ、法の抜け穴を探って誰かを追いつめようとしているわけでもなく、あなたの仕事のお世話になるつもりも――……いや、なってるか。なってるね。じゃあまあ、犯人としてあなたの手を患わせる気はない。これでいいかな?」


 足音が聞こえてきた。女性の警官が真中さんを連れてきてくれたんだ。

 カバンを手に立ち上がる。


「それじゃあがんばってあら探ししてください。私に恋に落ちないように……シェイシェイ!」


 にっこりと伝えて離れようとしたら「立沢!」と呼ばれた。

 ふり返る。


「お前はまるで、高利貸しか……それか厄介な猟奇事件に巻き込まれるミステリの探偵みたいに面倒だ。どうせ面倒なら、人を惑わすな。こういう事件を起きる前にどうにかできるようになれ」

「――……へえ?」


 意外なメッセージだった。


「悪魔なんていうのはな。世の中に腐るほどいる。そいつらは揃って暴利を貪る、ろくでなしどもだ。けどな? 悪魔ってのはそもそも――……天国にいた天使が変わった姿という見方もある」


 さっきまでのうんざりするような刑事の顔じゃない。ひとりの男の顔を見せて、


「青澄春灯がいる学校に通うんだろ? なら……悪魔じゃなく、天使になれ」


 ――……その誘い文句は意外なほど私の心を揺さぶった。

 佐藤さんは真摯に訴えてくる。


「関わっている人間にまで過剰に責任を求める風潮は前からあったが、ここのところはあまりに惨い。それが当然という空気すらある」

「罪を犯した責任は罪を犯した人にしかない。裁判所がある意味をわかってない人は多いよね。警察も裁判所も信用をなくしちゃったのかな? それとも、罪を犯した人なら何をしてもいいって馬鹿な考えに取りつかれた人が多くなっちゃったのかな?」

「……とにかく、気をつけるくらいならいっそ、悪魔じゃない何かになれ」

「それが天使ね……」

「じゃないと……お前は加害者か、それより惨たらしい被害者になる。これは俺の経験則からくる勘だが、不思議と外れる気がしない」


 皮肉ったり嘲ったり、いろんな手段が浮かぶ。けど、素直に真剣に心配してくれる相手を攻撃するほど悪趣味じゃない。


「心から気をつけます。佐藤さん、最初からそういう風に話してくれてたらいいのに」

「性分だ」

「なら、春灯ちゃんの名前をぽんと挙げて天使の象徴みたいに言ったのは?」

「……俺の趣味だ」


 かーわい。ちょっと憮然としてる。矛を収めてくれるんなら、こっちだって盾を構えないし矛を用意しない――……ように見せかけて、付き合う。

 笑ってお返しする。


「私も同じ趣味なんですよね。もう一度言うけど、肝に銘じておきますね。今の話」

「……もう来るなと言っても、どうせまた顔を合わせるんだろうから。次はもう少し、マシな再会を期待する」

「私も! じゃあ!」


 手を振って離れる。

 真中さんの元へ。警官にお礼を言って、ふたりで外に出た。


「さて、それじゃあ……話、聞かせてもらえるよね?」

「ですよね」


 さすがにおとがめなしで解散とはいかないってわかってた。


「どこかお店に行きます? それとも真中さんのおうちに行きます? あ、士道誠心なら寮かな?」

「だめ。中学生ならおうちに帰る! いま何時だと思ってんの? そもそも私に連絡してきたの、親に知られたくないからでしょ? 話なら移動中に聞くから」

「……真面目なんですね」

「規律って大事だよね。命を賭ける場所に入学するなら、余計に……覚えておいてね?」


 腕を組まれた。逃げ場はなさそうだ。


「それじゃあいこうか」

「あ、あの。駅に向かってますよね。でも電車は嫌いっていうか……タクシーでもいいですか?」

「中学生のうちは浪費しない! 電車で帰るよ」

「えええ。この時間だともう混んでくるし、混んだ電車は賞味期限切れの卵くらい嫌いなんですけど」

「それが社会の匂いであり、一般的な過ごし方だよ」


 直感したよね。この人も決して好きじゃないんだろうなって。


「真中さんだって、ちょっと臭いって思ってるんでしょ? それに、私は親に承諾を得た上でお金もらってるんでタクシーでいいじゃないですか」

「それじゃああなたがどんな素の顔を見せるかみえないでしょ?」

「――……そういうこと言うんだ。じゃあ、まあ……我慢します」


 試しの機会ならまあ、乗りこえる。試されてむかつかないかって? 私は今日、この人の善意で助けられた。それはそれ、これはこれだとしても……借りは借り。ちゃんと返すべきだ。なので、


「これで貸し借りなし?」

「最初のお誘いに関してはね。警察に迎えにいった件は別」

「……しっかりしてるなあ」

「それじゃあまずは、あなたが今日の事件にどうやって遭遇したのかから教えて」

「警察でめっちゃ話しましたけど」

「私は聞いてない」

「デスヨネ」


 ため息を吐いて、なんだかんだで面倒を見てくれるお姉さんに話し始める。

 話しながら話の方向性、ゴールをどのあたりに絞るべきか考える。どのへんがいいかな。春灯ちゃんに会った話に絡めて、真中さんに春灯ちゃんのことを聞くのがいいかも。

 お話しながら歩いていたら、街頭スクリーンに映し出された。ニュース速報だ。


『本日午後十八時過ぎ、人気ゲーム実況者のスジタロウこと山川タロウさん二十四歳が何者かに腹部を何度も刺された状態で発見されました。犯人とみられる吹田コウキ三十一歳が、十九時未明に都内の飲食店にて緊急逮捕された模様です。山川さんが発見された時にはもう意識はなく、救急車で搬送され、先ほど意識が戻ったとのことです――……』


 思わず足を止めた。


「これって……理華ちゃん?」

「――……まあ。裁きは私がくだすんじゃないから」


 幸いにして命は取り留めた。だからよし? いいや、それで吹田さんがお腹を刺した罪が消えるわけじゃない。それは世間や私がさばくんじゃない。裁判で罪を裁定し、刑務所に入る吹田さんが自身で償うものだ。それが今の世の中のルール。私は遵守する側に立つ。なるべくね。

 それでも否定しきれない痛みがある。

 この罪悪感に攻めてくる世間に付き合う必要性はない。断じて。

 いまでも犯罪者の家族というだけで無言電話をしたり嫌がらせをする、心底気持ちの悪い人間が大勢いるという。それほどぞっとする連中を理解する気はない。

 だってさ? 自分にとって不快な要素がある相手には何をしてもいいって、それ百パーセント加害者の理屈で、いじめの加害者と同じ発想だよ? それは行為が発展したら――……毒ガスのスイッチを押すまで過熱する。

 殺戮へと至る病の初期症状だ。

 生理的な嫌悪感があるの。

 断言するけど、そんな連中に付き合うことない。

 けれど、そんな当たり前の現実とは別に、私自身は自分の行いにきちんと向き合い、答えを出す必要がある。あくまで、そこに誰かが介在する余地はないっていうだけ。

 きびしさは私が私に向けるべきもの。どこまでいってもね。

 それをわかっているから、尋ねる。


「真中さん、罪って最終的にはどうなるためにあるんだと思います? 地獄の業火で灼かれるため?」


 冬音さんが私の中の何かに対してしてみせたように。或いは現実の社会が敷いた最低限のルールのように――……罰するため? 多くの人はそう言うだろう。海外じゃ死生観を通じて示され、手軽にそこで済ませる人のほうがずっと多い。

 けど、真中さんは違った。


「罪は犯すもの。犯した罪は償いをもって許されるもの。だから、許されるためにあるんだよ」


 私のきびしさを向ける答えを示すように、教えてくれる。だから聞かずにはいられなかった。


「……どうして?」

「罰っていうのは基本的に、私たちが社会を形成する上で問題なく生きていけるように設定されたものでしょ? 罪を犯したから殺せっていうんじゃ、原始時代に逆戻り。でも現代は違う。刑務所があるのはなぜ? 裁判所があるのはなぜ? 教会の神父が罪の告白を受けたとて、彼らが通報しないのはなぜ?」


 くすぐられる。その問いかけと答えはきっと、私とそう違わない方向を向いているに違いないから。


「人が人に罰をくだすっていうのは傲慢だし、それはやがて社会を壊す……或いはそのように利用される」


 歴史がそれを証明している、そう呟いて真中さんは続ける。


「それを理解しているから、名目として裁きが生まれたんじゃない? 社会が高度に発達すればするほど、そのありようは時代に合わせて変化していく……けど、やられたら倍返しで成立する社会は個人的には未熟にしか見えないな」


 だってさ。


「そもそもやらないように済む、罪を犯さないように済むように形成するのが大前提じゃない? あらゆる個性をもった人格がすべからく心地よく過ごせる社会形成なんて、実はまだとてもじゃないけど達成できてないと思う。だって非難は世の中に溢れてるからね」

「……それでも、罪は許すべき?」

「だからこそ、許されるべきかな。たまにひどい事件が明るみになるたびに……他者の権利を侵害しないように社会が形成できていたらと思う。責任は犯した人にあるし、それは償うべき。そうして社会はまわってる。けど、被害者やその家族の心情を思えば、明快な答えなんてないのかもしれない。あるいはみんな苦しみの最中に生きているのかもしれない……」


 それについては否定しない。許せと求めるのもハラスメントだと思う。彼らの人生が進んでいけるような社会であればとも思う。


「だからこそ、そもそも悲劇が起きないようにするのが侍の仕事なの」

「――……侍の、仕事かあ」


 侍の季刊誌を読んで、学校特集があったから読み込んだ。

 そこには書いてあったよ。

 人の危うい欲望、とくに過激で危険なものほど凶悪に育って邪になる。

 現代の怪異を討伐する職務を担う者の名こそ侍であり、侍に寄り添う刀鍛冶なのだと。

 理解した。

 私はただの中学生でしかなかった。吹田さんが何かをやらかすなんて予想できなかったし、起きないように行動できなかった。

 まだ……侍じゃない。

 出会う人たちみんなに求められる。いろんなものを、私が求めるように。

 鮫塚さんは言っていた。


『女の子はさ。どんな体型、どんな性格、どんな人生を送っていようが……胸を張れるくらい、生きる姿勢が綺麗でなきゃだめだ。だって、それは強さの象徴なんだよ』


 私はまだ、綺麗じゃない。

 だから求める。あの日、渋谷で春灯ちゃんにみた……あの人が見せてくれた輝きを。

 強くない。まだまだ、ちっとも。

 だから求める。吹田さんが傷つけた人も、そこまで踏み越えちゃった吹田さんすらも……そんな事件が起きちゃう前になんとかできるような、生き方を。


『悪魔じゃなく、天使になれ』


 佐藤さんはそう言っていた。

 どちらになりたいのか、私の心はもうすでに答えを出している。


「――……きっと何者にもなれない。私は私でしかないし、私以外のものにはなれないから」

「……それじゃあ、どんなあなたになりたいの?」


 なにいってんの、とかじゃなくて。優しく問いかけてくれるこの人は粋で、鮫塚さんの言うような……生きる姿勢の綺麗な人だった。

 強いんだ。この人は。

 私も――……そうなりたい。


「まずは侍候補生に。当たり前のように人に手を差し伸べられる真中さんや……優しく照らしてくれる春灯ちゃんのように、私はもっとシンプルに優しくなりたい。追いつめるばかりの私じゃ無理でしょうけどね」


 きっと、


「さあ、それはどうかな?」


 この人は、


「特別体育館で一線を前に迷ったあなたを見ていたよ。迷えるあなたは、いまの時点で優しいと思うよ?」


 私の心をくすぐってくれるに違いないって思った。


「自分の人生が見えているとしたら、それは一時的な状態に過ぎないし。永遠に変わらないなんて、そんなのは錯覚だよ。だって時が過ぎればなんだって変わるんだもの」

「それってなんだか、悲しい現実ですね」

「ううん、そうじゃない。だからこそ永遠を作ろうとする気持ちがとうといんだよ。ずっとその状態でいようとする努力が輝くんだよ。それは悲しい現実なんかじゃない。あなたが現実を諦める理由にだってならない」


 ほんとに……綺麗な人だ。


「いくらでも変わるからこそ気持ちが露骨に今を作るんだよ。なのに自分や未来を決めつけて、自分自身に人生を押しつけるなんて。それって、なんだかもったいないじゃない?」


 なにより、やばい……真中さんの言い方、ずっとずっと私好みだ。

 組んだ腕をくいっと引っぱって、歩き出す。


「だから探すんだよ。ずっとずっと探し続けるの……生きたい道を探す場所へ、あなたはこれから入学するんだよ。その気になったら留まればいいし、それがつらいなら歩きだせばいい。でもあなたは、今日……うちの学校に来た。なら歩きたいんでしょ?」

「――……まあ」

「なら、いこ。ほら、歩け! 繋ぎたい縁があるから気持ちを注ぐ。手にしたい未来があるから励む。そうしてやっと、今が続いていくの。その手前にいるんなら、まずは進むべし!」


 力強い一歩にやっと並ぶ。それで腕を組むのが難しいなって思ったときには、手を繋いでくれた。とても暖かくて、ほっとする。お母さんの熱ともちょっと違う……優しさの温度。

 もしかしたら、この手の温度を知るために今日、私は来たのかもしれない――……。


「あの、真中さん。聞きたいことがあるんです」

「なあに?」


 卒業しちゃうお姉さんがどれほど春灯ちゃんのことを知っているのかわからないけど……彼女が手にした刀に、たしかに春灯ちゃんと同じ金色を見た。

 知っておきたい。


「青澄春灯って、知ってますか?」

「ハルちゃんの話が聞きたいの? 私はもっとあなたの話が聞きたいんだけど」

「だめ。真中さんから聞くのが先。あなたにちゃんと伝えたいから……教えてください。私の好きの結晶を、あなたがどう見つめてきたか」


 困った子だなあって笑いながらも話してくれる真中さんとふたりで歩く。

 できるだけ道をごまかして、なるべく一緒にいる時間を引き延ばしながら、いつまでも聞いた。

 真中メイが見つめてきた青澄春灯の姿を知りながら、真中メイという人を知っていく。

 私を止めてくれた形を具体的にして――……この人がそばにいなくても、大丈夫なように記憶に刻むのだ。

 やはり――……私は今日、この人に出会うために来たんだ。

 真中メイ! あなたに会うために!




 つづく!

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