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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十八章 三月の太陽

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第四百五十四話

 



 電車移動している間におじさんに紹介した人ふたりからコンタクトがあった。

 遠回しなお誘い。ふたりきりで、いっしょに。悩みも増えたからぜひ話したい。

 ふたりともいい大人で、しかもかなり人生経験を積んでる人だから、下心をもって本気で言いよらされたら逃げられないことくらい、立沢理華はちゃんと理解している。

 それでもまあ、いいよって返事する。お店をこっちで指定してもいいのなら、という言葉とセットでね。そこで、頼みを聞いてあげるんだからこっちの頼みも聞いてよっていう態度で来る人は迷わず切る。自分のキャパを越える人とは付き合わない。対等じゃない関係はどちらかに不利益を与えるように見えて、実際はその不利益を共有してると思う。

 たとえば私が納得せずに襲われて、んーそうだなあ。薬を打たれたり、裸の写真を撮られたり? そんな目にあって、私がやっとの思いで反撃して社会的制裁を与えたとしたら?

 どっちの名前もいずれはでる。私の名前は世間的には出なくても、風聞とかで広まる可能性は大いにある。もちろん相手は破滅。そんなのよくないじゃんね。

 そのへんをちゃんとわかっているか、どうか。


『もちろんいいよ』

『理華ちゃんには敵わないなあ』


 どっちもちゃんとわかってる。よしよし。

 もちろんね。どっちも油断は禁物。たとえばそうだなあ。私の目の届かない飲み物は決して飲まないし、食べものも食べないぞ。そう心にメモしつつ、何回会ったのかを思い浮かべてそれぞれにお店を指定した。

 のんびりしていたら電車が目的の駅にたどりついた。

 膝に抱えていたカバンを背負って電車を降りたら――……雨が降っていた。


「最悪……」


 傘を持ち歩くのは好きじゃない。

 それだけで片手が塞がる。その不自由さがいや。それくらいなら濡れた方がいい、なんて思い切れない。お小遣い制限作成を無事に回避したとはいえ、気軽にタクシーは使いたくない。ノリがよくて優しいおっちゃんなら値切り作戦は使えるし、乗った時点で試せば勝算があるんだけど。ほんと、人によるからなあ。

 たしかバスが出ていたはずだ、と思いながら階段を下りている時に異変に気づいた。


「なんで出してくれないの?」「警察が封鎖しているんだって」「ネットもつながらないし……なにこれ」


 人がざわつきながら改札前に集まっていた。階段から見るに、改札の向こう側には警察が集まっている。腰に刀を帯びた人も多い。メガホンを手にした女性警官が「他の駅に移動してください」と促している。警察に指示されて電話していた駅員さんたちが急いでホームに向かおうと階段に走ってきた。

 あわててトイレに逃げ込んだ。さて、どうしよっか。

 スマホを確認したら、なるほどたしかに圏外だ。現代っ子にそれは過酷な現状ですよ。

 でもまあ、これくらいで諦めたりはしないけどね。私は士道誠心に行きたいし――……。


「もめ事だいすきなんだよなー。遠回りは嫌いだし?」


 尻尾を出して笑う。

 すぐに消して女子トイレから外へ。折り返そうとするお客さんの群れ。人混みがなくなると困る。抜け出す道はない――……いや?


「なに、あいつ」


 電車で泡を吹いたおじさんを背負った、あの男の子が天井にへばりついていた。

 そして静かにひたひたと這って、外に出ようとしていた。

 選択肢いち。


「あーっ! 天井から逃げようとしてる奴がいる!」

「なに!?」「お、おまえ! なにしてる!」「おりてきなさい!」

「あ、てめえ!?」


 迷わず実践。警察があわてて男の子に意識を向けた瞬間にダッシュ。

 警察に見られないように気をつけながら、改札を抜けて外へ。

 バスロータリーに出てみると、どうしたことか。パトカーや警察車両がやまほど集まっていた。刀を手にした侍たちが集まって――……たったひとりの男を取り囲んでいた。

 彼はワイシャツとスラックス姿で、刀をぶら下げて人生に鬱屈した顔で侍たちを睨んでいる。


「士道誠心に刀を預けるついでに身柄を引き渡しにいくっつーなら。てめえで行くっつってんの。ほっとけよ……」

「刀を置け!」「七原! おとなしく車へ戻れ!」

「重犯罪を犯した未成年への死刑執行はできず更正を求めて士道誠心へ、けれど扱いは罪人のそれ――……いっそ死んだ方がましか?」


 抜き身の刀を首筋に当てる。ざわつきながら、しかし手を出せずにいる侍隊。

 なんだろう。ただ、事件が起きていて、それを見ていると……自殺寸前の現場を見ているというだけじゃない、何か不思議なざわつきが胸の中に広がる。


「まあいいや。飽きたから――……終わりを告げる一撃を与えよう」


 微笑む少年の言葉を信じるなら、終わりが訪れる――……けれど、彼は刀で首を切り落とそうとした。刀はすべり、けれど切れなかった。代わりに、彼の影から黒いモヤが噴き出てきた。

 それは骨となって、肉を生やして刀を手にした。顔のない肉塊。明快な四肢があるわけでもない、怪異。

 構わず警察の侍隊が吠える。


「討伐開始!」

「「「 応! 」」」


 少年が哄笑する中、肉塊が暴れ回ろうとする。警察の侍隊はしかし、強く。少年の生み出した怪異などものともせずに倒していく。すぐに決着がつくはずだった。生み出される肉塊が、際限なく現われさえしなければ。


「離せ! 離せって! あいつほっとくほうがやばいっすよ!」


 後ろで少年が叫ぶ。警察に連れてこられたのか、それとも暴れて逃げ出してきたのか。まあ、結局捕まってるんだけどね。


「お前! いろいろ言いたいことあるけど、逃げろ!」


 少年と目が合った。吠えられた内容を理解して、それからふり返る。

 警察を相手に暴れ回る男の子が起こす奇跡のような、けれど生々しく醜い抵抗を目の当たりにして考える。

 わからない。こんなの、理解の外にある。どんな縁でも、これに立ち向かうことはできない。

 ――……そう、いつかの渋谷で私を助けてくれた春灯ちゃんとあの美人のお姉さんくらいじゃないと。


「刀を奪うくらいじゃ足りないんだよなぁ。残念だよ! 俺もひと思いに死ねなくて!」


 論理がつながっていない。


「通信できないだろ? ああ、こいつはいいな。御霊かぁ! ……俺の中に入ってくるな!」


 金切り声をあげて吠える彼の刀は醜く歪んでいた。錆びかけている。

 情緒不安定な男の子は切っ先を己の影に突き刺した。そして引き抜いたんだ。龍を。


「隔離世でもないのに龍種だと!?」「た、隊長!」

「怯むな! あやかし、神々の力を解放することを許可する! 対処せよ!」

「「「 お、応! 」」」


 警察の侍たちがその姿に変化を来す。角を生やしたり、尻尾を生やしたり。

 まるで春灯ちゃんのように力を露わにして、吐き出された龍へと挑んでいく。


「悪いなあ……俺はさあ、これくらいじゃ止まれないんだ――……なんでだれも止められないんだろうなあ。世界は俺に終わりを許してくれているのかなあ」


 意味不明なことをいいながら、男の子はなんどだって影から龍を引き抜いて放つ。

 警察の数さえ超える勢いで。そんなの、防ぎきれるわけがない。

 一瞬目を奪われた警察の侍の頭を、龍が食らおうとしたまさにその時だった。


「天を現せ! アマテラス!」


 凜とした声が放たれた瞬間、雨雲が一瞬で晴れた。

 日光の降り注ぐ光を浴びて、凶行に及んだ龍の頭を切り裂く小さな女の子がいたのだ。

 断面から炎があがる。燃えて、尽きて、灰も残さず消え去っていく。

 小さな女の子が刀を手に吠える。


「ルルコ! サユ!」

「影打ち――……鎌鼬、切り裂け」


 どこからか聞こえた瞬間、バスロータリーを埋めつくすような龍のすべてが風に吹かれてばらばらに切断された。

 どよめく侍隊と少年――……その合間に降り立ったのは、掛け値なしの美人さん。

 あわてて刀を手にしようとした彼にふぅっと息を吹きかけた。瞬間、男の子の手が凍り付いた。


「――……な、な!?」

「よりにもよって士道誠心のお膝元で悪さしちゃ、めっ」


 歩みよって鼻を人差し指でついた瞬間、彼の全身までもが氷に包まれたのだ。

 警察の侍隊があわてて駆け寄る間に、美人さんは彼の手に触れた。水に溶けて露わになる手から刀をそっと奪う。差し出された鞘へとおさめ、改めて凍り付かせた。

 そして指を鳴らす。

 次の瞬間、凍り付いていた男の子の身体を覆う氷が水に溶けたんだ。尻餅をつく男の子に警察が取りついて、急いで拘束する。

 物凄い形相で睨む男の子に微笑みかけて、美人さんは小さな女の子のもとへ歩いていったの。

 ――……なにがおきたのか、すぐには理解できなかった。

 けど、小さな女の子のもとにどこからか長身の美女も歩いてきて三人で集まったところを見て、理解した。三人とも士道誠心の制服姿だった。じゃあ、侍候補生なのか。

 人払いされて目立つ状況下で、警察官が「きみ」って声を掛けてきたから、捕まる前にお姉さんたち三人に駆け寄る。


「あの! かっこよかったです!」

「――ん? だれ、きみ」


 小さな女の子が私を見て――……その後ろを見て目を細めた。きびしい顔をされて、嫌な予感がしてふり返るとさ。出てたよね。私の尻尾。


「それはなに? 懲らしめられたい口?」

「いや、これはその。御霊のせいといいますか」


 あわてて尻尾を消したけど、後の祭りだよね。


「――……なにか変な風がする」

「サユ?」

「問題ないとは思うけど……なにせ、どう見ても中学生」


 どう見ても中学生って、ちょっと傷つく。そりゃあ身長だって決して高いわけじゃないし、どちらかといえば童顔ですけどー。


「……ふむ。あなた、名前は? なんで今日ここへ?」

「立沢理華です。来月、士道誠心の高等部に入学するんです。刀の様子を見に来いって言われてきました」

「――……なるほど。あ、だいじょうぶです。こちらで面倒を見ますんで」


 駆け寄ってきた警察官の人たちにそれだけしか伝えなかったのに、おとがめなし。

 もしかしてこのお姉さん、めっちゃすごい人なんじゃない? さっきもなんか、強そうだったし!


「自己紹介しとこっか。私は真中メイ。士道誠心の、現三年生。卒業間近なんだけど――……あなたの先輩……っていうほど近くないか」


 笑って差し出された手をなんとなく素直に取ってみた。

 とてもあったかい手をしているの。それだけじゃなかった。胸の中がいやに燃える。複雑に、めらめらと。


『嫌いな熱だ。今すぐ離せ』


 えーなにがー? 優しそうなお姉さんじゃん。


『我らを焦がし殺す熱だ。早く!』


 繋いでいる手に嵌めた大事な指輪が異様に発熱して、とっさに手を離した。


「――ん? どうかした? 握手きらいだったとか?」


 真中さんは感じなかったみたいだ。なら、私だけ?


「あ、いえ、その、なんていうか。恐れ多い気がして」

「変な子」


 笑ってくれてほっとする。握手した手に触れてみたけど異常はない。なんだったんだろうと思いはするけど、問題はそこじゃない。


「さっきの。あの男の子って、何者なんです?」

「ああ。あれは去年暮れの黒い御珠事件の時にたまたま少年刑務所で刀を抜いた奴がいて――……」


 大事な話をぽろっとしちゃった真中さんを、美人さんが思わず叱る。


「メイ!」

「っと、そうだった。忘れて」


 肩をぽんと叩かれてもね。忘れられるわけない。とはいえここでは「はい、忘れました」以外の選択肢がない。根掘り葉掘り聞いても、美人さんがぴりぴりしだしたからさ。教えてくれそうにないや。


「士道誠心に行くなら、一緒に行く? 学校のマイクロバスで応援に来たんだけど、席にはまだ空きがあるからさ」

「いいんですか!? じゃあぜひ!」


 まーいっか。これも脳内メモ用紙に書き記しておくとして、ここは素直に甘えておくか! 歩きたくないし!


 ◆


 バスに乗ってほどなく、警察官につれてこられる形であの男の子が入ってきた。

 私を睨みつけ、何か言いたそうに立ちつくす。そんな彼に、あの美人さんが「どうかしたの?」と話しかけた。その瞬間の彼の赤面っぷりといったらなかった。


「あ、え、いや! な、ないっす!」


 明らかに美人に弱そう。あーやだやだ。結局その程度の怒りでしかないなら、こっちに向けるなって言うんだ。そう思っていたら、隣に座られた。


「ちょっとさー。空気読めてなくない? なんで隣にくんだよ。よそいけよ、よそ」


 笑顔で言うと彼は笑顔で切り返してきた。


「お前以外みんな年上なんだよ。気まずいだろ? 察しろっつーの」

「うざっ」

「それはこっちの台詞だ。二度も見捨てやがって。しかも二回目は露骨に俺に警察を押しつけやがって」

「おじさんにカバンを持たせたまま面倒みせたのそっちでしょ? お互いさま。つーか女子は生きてるだけで偉いから、むしろこっちにまだ借りがある」

「……時雨みてえなこと言いやがって。ああそうかよ」


 言い返してくるかと思ったら、ため息を吐いてそれっきり。意外。もっと絡んでくるかと思ったのに。変な奴。あーきもい。曖昧にそう言うのはとても楽で、それで終わりにするのはたんなる甘えでしかないのはわかっているので、横目で見る。


「きみも学生なの?」

「来月からなー」

「ふうん……さっきの天井にへばりついてたの、あれどうやるの?」

「山登りとか崖登りが趣味なんだよ。そのノリ」

「……適当な嘘つきやがって」

「初対面のガキにそんなこと誰が言うか」


 笑みをお互いに見せ合って笑い合う。


「なんでだろうね。仲良くできる気がちっともしない」

「奇遇だな。俺もだ」


 それっきり話さずに、いらいらしながら移動時間を過ごした。

 警察車両も一緒についてくる。としたら、さっきの男の子も一緒に?

 真中さんが言っていたことが本当なら、あいつって犯罪者?

 スマホを出して調べてみる。たしか警察官は七原って言っていた。刑務所の中にいる人は番号で呼ぶのが慣わしだったと思うけど――……何か事情があるのかな?

 名字で検索してみる。やまほどヒット。なら絞り込む。だめ。

 冷静に考えてみる。少年犯罪だというのなら、加害者の名前は出ないんじゃないか? だとしたら――……だめ。連想できるワードはあっても特定できるワードは少なすぎる。

 気になりすぎるけど、あの美人さんがいる間は誰に聞いてもわからないんじゃないかなー。

 まあ守秘義務がもし真中さんたちにあるんだとしたら、守る美人さんのほうが当然だしなー。

 すこしだけ立って周囲を見渡してみた。

 真中さんたちは前方の席に座って忙しなく話しあっていた。けど耳を澄ましても聞こえてこない。ほかにも何人か士道誠心の生徒らしき人がいるけど、みんなスマホを見たりタブレットを操作していたりして、忙しそう。

 座ってみて、内心でため息。諦めるしかなさそうだ。あの男の子、何者なんだろう。まあその気持ちの百分の一くらいは、隣の彼を気にしてもいいのかもしれないが。


「なにみてんだ。座ってろよ、落ち着きねえな」


 やめた。むかつくばかりだもんね!


 ◆


 学校に着いたら、真中さんたちや男の子とお別れして、待ち受けていたいかにも若そうな眼鏡のお姉さんに案内されて、ロッカールームに移動した。

 お姉さんが開いたロッカーにはたしかに私の刀が置いてあった。

 恐る恐る手に取って刀身を抜き放つ。輝きに変わりはない。


「念のため、学校の刀鍛冶が丁寧にメンテナンスしているのだけど……どう? なにかおかしなところ、感じたりする?」

「いえ。ただまあ……不思議だなあって」

「不思議というと?」

「春灯ちゃんに会うまで、刀なんて全然身近じゃなかったし。侍とか刀鍛冶とか、聞いたことはあっても……神主とか、警察とかと同じで。縁なんてなかったし。でも……私いま、刀を握ってます」


 掲げてみる。下ろしてみて感じる。とても軽い。身体の一部のような、不思議な存在感。


「さっき……駅前で見たのも、ただただ非日常でしかなくて。世の中に起きている戦争とかテロとか……そこまでいかなくても、殺人事件みたいに。自分の身にはあまり起きないだろう、何かだと思ってた」


 手にすると溢れてくる力のまま、コートの内側、スカートとパンツの隙間から生えた悪魔の尻尾が揺れる。


「でもこれはそんな世界への切符なんだ、たぶん」


 ひとまず鞘に戻してロッカーに戻す。


「ありがとうございます。確認しました」

「え、えと。あのね?」


 私の言葉と態度が意外だったのかなんなのか、お姉さんは慌てていた。


「刀を手にしたら、そして士道誠心に入ったら、危ないこともたくさんあるけど。素敵なことだってたくさんあるから。そ、その……いやにならないで?」

「気を遣わせてしまってすみません。だいじょうぶです。青澄春灯さんに憧れて入ってきたので、夢みてないわけじゃないですし。入学前の書類は親と一緒にちゃんと確認して、危機管理や寮についてのあれこれも承諾のうえで来てますんで」

「し、しっかりしてるのね。中学生なのに」

「中学生としっかりしているか否かって、実はそんなに因果関係なくないです?」

「……ほんとにしっかりしてるのね。それじゃあ気を取り直して、学校見学していく?」

「ぜひ!」

「そういうところは年相応に子供みたい……なんでもない。いきましょっか」


 はあ、とため息を吐いたお姉さんに促されて、学校を歩き出す。

 窓際から外を見ると、警察に囲まれて、暴れ回った七原くんとやらがとびきり巨大なドームに向かっていく。同じように、まるでたてがみみたいな髪をしたいかついおじさんと一緒にあの男の子も歩いていった。


「あのー。なんか、物々しいですね」

「今日はちょっとね」

「警察がやまほどきてますね」

「大変だよね」


 ちぇっ……だめか。遠回しに聞いて教えてもらえないかなって思ったけど。

 なら、これならどうかな。

 立ち止まって窓の外を見る。

 ネタはなにか――……あった。ドームに向かう中には、真中さんたちも一緒だった。


「真中さんたち強いですよね。さっきも助けられたんですけど」

「ああ……現三年生は歴代の中でも屈指の実力の持ち主なのよ。それこそ警察からの依頼で討伐任務に参加することも多いの。参加率は過去最高だったはず」

「じゃあ駅前の事件も?」

「さてね」


 ううん、手強い。

 腕に抱きついて甘えてみる?


「教えてくださいよー。あの男の子、なにものなんですか?」

「だあめ。ほら、学校見学するんじゃないの? 今なら青澄さんが九組で授業を受けているはずよ」


 くっ! 手強いカードを切ってきたな。それを逃す手はないけど。どうせ取るなら一挙両得で!


「来月、同じ学生になる生徒です?」

「そうなるといいわねー」

「七原くんって、どんな子ですか?」

「私は知らないかなー。それ、だれのこと?」


 ……マジで手強い。ぽろっと「体育館に行った子のことなんて知らない」とか、何か情報につながる台詞を吐いてくれたら突っ込めるのに!

 くそう。諦めるしかないのか。


「……春灯ちゃんのいる教室みにいきます」

「そうこなくちゃ」

「そのあと、あのドームに行きたいなあ」

「……あなたもめげないね」

「よく言われます」


 笑顔で言ったら、ため息交じりにOKもらいました。意外。


「だめって言われるのかと」

「ふふー」


 笑われるだけ。流されてる? わからない。このお姉さん、手強すぎて見えてこない……。


 ◆


 一年九組に顔を出したら、休み時間になるなり春灯ちゃんに思いきり抱き締められたの。幸せすぎるだろ……! 私は今日、死ぬのかもしれない。

 それだけで終わるかと思いきや、一年生の先輩たちが私を取り囲んだ。九割男子。みんなして私にあれこれ質問をぶつけてくる。かわいいねっていう賛辞を添えて。

 必死に答えていたら、休み時間が終わった――……なんてことにはならず。お昼休みだったから、お姉さんは春灯ちゃんに私を預けたのだ。終わったら職員室に連れてきてね、という伝言をもらった春灯ちゃんに手を取られて、食堂へ。

 いろんな人が構ってくれるの、純粋に嬉しい。士道誠心は明るくて素直で、ちょっと退屈すぎるくらいにいい人揃いだった。もっとひねくれていたり、斜に構えている人がいてもいいのに。

 変なところ棚って思っていたら、春灯ちゃんがいつか私を助けてくれた美人のお姉さん――……天使さんを呼んでくれたの。おかげであの日のお礼をちゃんと言えた。

 男子よりもむしろ女子に構ってもらったの、不思議な感覚だった。女子同士なんてめんどくさい派閥争いとかカースト別のチーム分けとか、変な気の遣いあいとか……そんなのだらけだと思ってる。けどさばさばしていて、しかもそれを押しつけたりするタイプがぱっと見、いない。

 不思議な場所だなあ。

 刀とか、隔離世とか。そのあたりが関係しているのかな?


『反吐が出る』


 あー、悪魔には眩しすぎる場所かもね。

 頷いたら反応無し。いいたいときだけ気持ちを伝えてきて、普段はシャットアウト。

 ほんと、自由な連中だ。御霊ってやつは。

 きつねうどんを食べる春灯ちゃんにやまほど質問して、たくさん教えてもらった。こないだのハスハス事件の真相とか、ツバキちゃんがどうしているのかとか。コンサートの予定とか。

 もちろん全部教えてもらえたわけじゃないけど。でもでも、春灯ちゃんのリアルに触れてテンションはあがるばかりだった。


「春灯ちゃんの彼氏さんって、いま会えたりするんです?」

「あー。カナタは撮影が忙しくてお休み。撮影に入る大御所さんたちのスケジュールがどうしたって優先だから、学生のわがままは通らないよね」

「ちぇっ。どんな人か見たかったのになあ」

「写真あるけど、みる?」

「いいの!?」


 思わず飛び上がる私に春灯ちゃんが身体を寄せてスマホを見せてくれた。

 いろんな人を予想していた。そのどれよりも格好良くて、ちょっとこじらせてそうで、でもそういうところも含めて素敵そうなお兄さんが映っていたの。

 やばい。あがる。


「春灯ちゃん、この学校に入って出会ったんだよね?」

「んー。まあね」


 笑って頷いてくれる春灯ちゃんに思わずにはいられなかった。

 いいなあ。いいなあ! いろんな出会いが待っているに違いない!


『初対面のガキにそんなこと誰が言うか』


 ああうん。お前は求めてないから。まじで。


「どしたの? 急にむすっとして」

「ああいえ。ちょっと考え事を……それよりも、春灯ちゃんの寮部屋とか見てみたい!」

「あーうん。時間は……まだあるか。いってみる?」

「いいの!?」

「ファンっていうだけならきっとだめだけど。理華ちゃんはほら、来月から後輩になるからね。それに今のうちかもしれないし……」

「……いまのうち?」

「ううん、こっちの話。それじゃいこっか」


 立ち上がって手を差し出してくれた。

 憧れの人の熱に甘えずにはいられない。触れずにはいられない。

 繋いだ瞬間、一瞬だけ真中さんと手を繋いだ時の異様な熱を指輪に感じた。


『こやつも……我らを殺す熱を持っている。離せ』


 断固拒否!


『ぬう……』


 ほらほら、観念して!

 それよりも春灯ちゃんのお部屋、いっくぞー!




 つづく!

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