第四百五十話
マドカを呼び出して高城さんの待つ寮の正面フロアに連れていったんだけど、マドカの尻尾が妙につやつやになっていたのなんでだろう?
じっと見ていたら恥ずかしそうに「見ないで」って言うマドカはレアすぎるのでは?
とはいえ寮母さんのお許しがでている面会時間はたいしてないので、高城さんにマドカを委ねて私はお部屋に戻ったのだけど。
「話があるのよ」
ハリセンを手に仁王立ちしているコナちゃん先輩を見て覚悟を決めた。
どうやら今夜もなかなか激しくなりそうだぞ、と。
お部屋に招くなり、ぽやっとした顔で台本を読んでいるカナタにも構わずコナちゃん先輩は言うの。
「卒業式のリハなんだけど。一年生の用意はできているのかしら?」
「えっと、まあ。船旅で帰る間にリハを重ねたので、一年生はいつでもいけますよ?」
毎日こっそり昼休みや休み時間の合間、あとは忙しくない子で集まって放課後に練習もしているの。仕事があるので私は放課後練習には参加できていないけど、進捗はまずまずです。
「あ、えっと。島から戻ってきたところでラビ先輩にマドカが作った計画書を渡したのですが」
「読んだわ」
ハリセンをひょいっと上に放ったら、それが書類に早変わり。
落ちてくるそれを掴んで広げて、コナちゃん先輩は私を見たの。
「生徒の意欲は?」
「た、高いですよ」
圧が! 圧がすごい!
かつてなく仕事モードのコナちゃん先輩の空気が硬い。
「贈呈品の準備の進捗は?」
「えと。今週中には……じゃなくて。八割は終わってます」
「そう……よろしい!」
華が咲くような笑みを浮かべて書類をハリセンに変えると、私の肩をぽんと叩く。
「進捗を毎日報告して。緋迎くんは……ちょっと、その。仕事が忙しいみたいだから」
「はあ」
めんぼくない、と俯くカナタを横目に「今日の評判よかったの」と言って、コナちゃん先輩は出ていった。ちょっと不安になって、カナタに尋ねる。
「何かあったの?」
眼鏡越しに台本を見る目に生気がないのはなんでなのか。
カナタは深い深いため息をついた。
「いやな……お前がそこまでできるようになるとは思わなかったって言われた」
……褒められてる、よね? ぎりぎり。
「それで……当初はあったけど俺が全然できなくて削る方向だったシーンが復活しそうで」
「――……うん?」
「並木さんとのシーンや、ラビとのシーンだけじゃなく。いろいろ増えそうなんだ」
必死に考えてみた。現場は水物、だからってそこまであれこれ大変になるのって……あれだね。ずいぶん昔の、有名な日本の映画監督が作った、ラジオ番組の話みたいだね。
ちなみに同じ監督さんの映画だと、私はあれかな。ホテルの奴が好きかな。それはどうでもいっか。
「いいことなんじゃないの?」
「……どれも俺とは程遠くて、正直荷が重い」
はああ、と。深いなあ、ため息。それほど気が重たいのかも。
台本の表紙の色紙の色が変わってる。目まぐるしすぎないか。カナタの映画、大丈夫なのかなあ……。
こんこん、とノックがして返事をしたら、ひょっこりラビ先輩が顔を覗かせたの。
「カナタ、お風呂いかない?」
「ああ! いまいく!」
台本を置いてため息をついたカナタが出ていった。
見送ってから台本を手に取ってみる。やまほど書き込みがあるの。間がどうとか、表情がどうとか、カメラの位置はどうとか。
『迷走しておるのう』
いやいや、カナタががんばっている証拠だよ? これは。
にしても――……。
『――……まあ、面白そうではあるな』
ね! 十兵衞が思わず言っちゃうくらい、台本の内容はよくなるばかり。
まあでも、撮影にはスケジュールがあって、撮った映像にはお金がかかっていて。それをどう使うとしても、音声からなにからスケジュール、スケジュール、またスケジュールだと思うんだけど。こんな進行でだいじょうぶなんだろうか。よほど予算が出ていて、暴れられるとか? 最近の日本映画でそんな豪儀な話、聞いたことないけど。
そんなことを考えながらぱらぱらめくっていたら――……見つけた。
「……うわ」
カナタの役とコナちゃん先輩の役のキスシーン。
そ、そりゃああるか。あってもおかしくないか。だって、ね。ラビ先輩の役ともキスシーンあるし。
だからって、ねえ。見事にそのページだけ書き込みがないあたり、カナタの動揺を感じる。コナちゃん先輩は特に示唆するようなこと言わなかったあたり、たいして気にしてないか仕事としてわりきっていそうだけども。
そ、そっか。そうだよね。恋愛を取り扱っているんだから、これくらい……あってもしょうがない、よね。
『嫉妬かの?』
うーーん。複雑だけど、カナタが喜んでいるイメージは一切ないからさ。
むしろそのせいで胃がきりきりしてそうじゃない?
『理解がありすぎるのも考え物じゃな。嫌がってみせたらどうなんじゃ?』
んー? だってほら、そこはさ。
「カナタがいちばん好きで特別にしちゃうキスは、誰にも譲らないというか。負ける気ないもん」
逆の立場になったらカナタは死ぬほど嫌がるんだろうけど。
私はそこまで意固地にはならない。まあ……そうだね。強いて言えば。
「その日はぜったい、私のキスで上書きするよ?」
『ごちそうさまじゃの。それよりほれ、おぬしも風呂に入らなくていいのか?』
「おっと、そうだった!」
台本を閉じて机の上へ。荷物を置いてコートを脱ぐ。
最近は毎日が忙しい。夜の空き時間をどう使うのかが明日を決める。
制服のジャケットを下ろして、ブラウスを脱いだ。寮のなにげない服に着替える。
それから――……周囲を見渡してから、カナタのジャケットを手に取った。
あまあま不足してるの。ここ最近。っていうか島から帰ってきて、ずっとね!
思いきり匂いをかぐ。
「すうう……はああ」
『やめんか。変態丸だしじゃぞ? 好きなおのこの匂いを嗅ぎたい気持ちはわからんでもないがの。よさんか、はしたない』
「そ、そんなことないもん! 匂いを感じるくらい、いいじゃない!」
『そこらじゅうに満ちているじゃろ?』
「そ、それとこれとはべつなの! ……も、もういちどだけ」
思いきり息を吸った時だった。
一瞬まばゆい光を感じた気がしてきょろきょろ見渡したけど、何も感じない。
気のせいかな? まあいいや。
ジャケットを戻して、さっさと着替えて、下着とタオルを手にぱたぱた駆け出しながら思いを馳せるの。
目まぐるしく過ぎていくからこそ……変化はむしろ日常に寄り添って久しくて。
その枠組みにきっと卒業も入学もはいるのなら。私たちの世界は広がるばかり。
そんな今、私にできることってなんだろう?
◆
卒業を間近に控えて、三年生はそれぞれに慌ただしく活動していた。
南ルルコはもちろん把握していたよ。
まず、ミツハは警察にいる祖父と父と大げんか。警察にならないことを認めさせるために、楠一族との組み手に挑んでいるという。
ジロちゃんは刀鍛冶の志望者に残りの時間もできるかぎりの贈り物をするために指導に勤しんでいる。
メイとサユはというと、帝都テレビと企画のすりあわせをしたり、暁先輩と隔離世の治安維持活動に励んだりしていて、なかなか忙しくしている。
対して私はというと――……。
「南、やっぱり誰かに確定申告してもらえるように資格を取ってもらった方がよくねえか?」
「……んー」
ユウヤの運転する車の助手席で、移動中。
にも関わらず、生返事をしながら領収書をまとめて数字とノーパソと睨めっこ。
青色申告ができるように準備をしたけど、今年は白になりそう。
だからといって適当にできはしないので、会社を立ち上げてからのレシートと対決中。
みんなの移動費の領収書とかばかにならないし、食事だなんだ、打ち合わせの費用とか。あとはたとえば私が雑誌撮影のために用意した私服とか、ユウヤがシオリに手伝ってもらってうちの事務所に設置した機材とか、帯刀所持の許可証をもらうための試験費用とか――……数え上げたらきりがない経費を計上していく。
めんどくさい。正直、めんどくさい。
住良木株式会社から、そして帝都テレビや雑誌社、それに遊園地や水族館などミツハやジロちゃんたちが営業をかけて仕事をとってきたところからの報酬をあわせてみても――……。
「赤字だなあ」
「当たり前だろ。設備投資に金がかかる、おまけにビジネスとしてまだまだ生まれたての業界で、立ち上げてからまだ半年も経ってねえんだぞ? 一年の沢城が世話んなってる警備会社の方だって、たいして儲かってねえだろ」
「そっちはー……暁先輩がコンタクトとってくれてるみたいだからー。いずれ交流会をするとして」
だいたい入力を終えて、パソコンを閉じる。
領収書をファイルにつっこんで、後部座席に放って深いため息を吐いた。
「はー……」
「酒かタバコでもやりたそうなしんどい声だな、おい」
「ユウヤはどっちかやってるの?」
「未成年に聞くな、んなこと」
「じゃあふるな」
ふたりして笑う。都心から首都高へ。時間はもう零時を過ぎている。
雨が降り始めてきた。ワイパーが揺れる。
慣れてきたのか、ユウヤの運転はだいぶ安定している。頼もしさしかない。ただちょっと、不思議だ。
「……前に告られた男子とふたりで会社を切り盛りして、深夜に移動中」
「なんだ?」
「お互い恋人がいて、でも……ふたりきり。これってさ。大人の漫画とかドラマなら、間違いが起きるフラグじゃない?」
「疲れてんのか? それともさっきの接待で酒でも飲まされたか? あのプロデューサー、露骨にお前に下心丸だしだったもんな」
「まーねー」
「どれに対してのまーねーだ」
「どれに対しても」
ため息を吐く。スーツはもう着慣れたけど、ジャケットを脱いで第二ボタンまで開けた。
「南くせえなあ」
「なにそれ」
「お前の匂いは男に毒だ……タバコ、吸ったら気がまぎれんのかね」
窓を薄く開けるユウヤを睨む。
「ちょっと。寒い」
「へーへー」
すぐに窓を閉じた。よしよし、と納得して窓の向こうを見る。
車が列を成していた。徐々に速度が落ちる。
「……混んでんな」
「三年生じゃなかったら、寮を追い出されてるよねー」
「いや、三年生でもだめだろ」
笑ってから、ユウヤがちらっとこっちを見た。
「なあに?」
「べつに……」
静まりかえる車を雨が叩く。ワイパーがうるさい。
「彼氏とはどうなんだ?」
「んー? まあ、デートしたり。遊んだり?」
「どっちも一緒だろ」
「たしかに! ……ユウヤは? ルミナちゃんとつきあってんでしょ?」
「まあ……俺も、デートしたり。遊んだり」
「一緒じゃん」
ふたりで見つめあって笑う。
そして揃ってため息を吐いた。
「なんつうか……不安だな」
「だね……」
世界が変わっていく。高校生からいきなり社長へ。しかもアイドルっぽくなっていく。ハルちゃんたちとはまた違う形だけど、私たちも私たちなりに芸能活動を始める。
むしろ、会社の主な収入源はそちらにシフトしつつある。
「芸事をもって人々の欲望を鎮め、戦う……侍も、刀鍛冶も、その方向性がシフトしつつある」
「もっとシンプルに言おうよ。高校生じゃなくなるだけで、高校生とうまく付き合えるのかわからなくて怖いって」
「お前って結構ドライだもんな」
「うるさいなー。ユウヤだって同じなくせに」
「……あいつ、わりと現実的でシビアだからな。お前の彼氏はなんつうか、夢見がちでちょっとふわふわしてるしな」
意外。
「ルルコの彼氏のこと、気にするんだ?」
「――……まあ、上司の彼氏次第で、上司の人生ころっと変わりそうだからな」
「ふうん?」
車は動かない。
「まだ、ルルコのこと……好き?」
「……答えて何か変わんのか?」
「んー……どうだろ。わかんない」
笑って答えて、ヒールを脱いで膝を抱える。
「いま気になるのは――……いつまで動かないのかなってこと」
「……だな」
渋滞にはまって車は停車中。なんなら絶好のタイミングだから、連絡してくれたらいいのにな。だけど、士道誠心の日常は今や休みのないものに変わってしまっていて、誰もが忙しくて……誰もが自分の未来に集中せざるを得ない。
なんとなく理解しちゃった。こういうなにげない瞬間に、人はどうしようもない不安や恐れを癒やしてくれる何かを求めるんだってこと。
きっと潔癖で、それで済む人生を送っていたら気づかない。気づけない。
たとえばいま、ここで手を繋いだら――……止まる自信はない。違うと身体が訴えなかったら、心が拒絶しなかったら……どこまで進んでしまうんだろう。前はだめでも。いまもだめという保証にはならない。
いろんなアンケートに露わにされる不貞の確率の高さは、それを証明しているのかもしれない。
「いまいるのは……会社も、その下にいる俺たちが立っているのは、吊り橋のうえだ」
「……うん?」
ユウヤを見たら、雨に濡れるフロントガラスを見つめていた。口元に浮かぶ余裕の笑みは、何を示しているのか。
「不安定だから、安定を望む。俺も、南もな。けど……その相手はどうだ? 高校一年生から二年生になろうとしているガキだ。俺らと同じように、ふたつだけ年下の……ガキ」
しみじみとこぼす。
「羽村はダンスと歌のグループが強い事務所に営業中。ルミナは声優事務所で仕事に迷走して苦戦中。どっちも未来が明るいとは言えない、まだな」
ハンドルを何度か叩く。
「こういうときに、一緒に乗りこえられるかどうかだ。そりゃあな? ここでくっつきゃ楽だし、都合いいときは多いだろうと思うよ。好意が消えたわけじゃあねえし……いくつになっても、なにが起きてもお前は魅力的だよ」
しみじみと言われる言葉に耐えきれないくらいにきゅんとした。
「でも、あと二年こらえろや。そしたら酒にくらい、いつでもつきあうからよ。不安になるなら、まず頼る相手を思ってやれや」
「ユウヤ……」
「気の迷いのつまみ食いじゃ、お互い報われないぞ? わかってんだろ?」
真摯だし、強いメッセージだった。
「それに、それくらい乗りこえられるように強くならないと……お前の場合、俺だけじゃ済まないぞ? なにせほら、お前っていい女だからさ」
嫌味なく素直に信じられるように言ってくれるの、ずるい。
「お前が緩めたら――……まあ、やばいな。爛れまくると思うわ。今日の例のプロデューサーの反応を見る限りな。暗にデートクラブに誘ってきやがって、ほんとろくでもねえよ。高城さんに聞いてなかったらいいようにやられてたわ」
「あ、あはは」
まあね。
今日は下心で見られたばかりなので、否定しきれない。
「とにかくさ。お前はちっと、熱に弱すぎるから。羽村と真中でなんとかできるようにならないとな」
「――……ん」
それにね。ユウヤのこと、呆れるくらいかっこいいし、いい男だなあって思ったし……それに安心している自分がいたの。
「ほら。後ろに晩飯とケーキとジュースつんどいた。のんびりしてろや」
「そういうところが好き」
「はいはい」
笑ってくれるユウヤの肩を叩いて、リクライニングを倒して後ろの席に移動する。
紙箱とビニール袋があった。最近地味に気になってたお店のお弁当と、メイとふたりで盛り上がって話したお店のケーキ。ジュースは意識的に食べるようになっていつも飲んでいるレモンティー。どれもこれもが私の好み。
思わず半目になってユウヤの後頭部を睨む。
「ねえ。あんまり素敵すぎるんだけど。これって、遠回しにルルコのこと落とそうとしてない?」
「悪いがこれが俺の平常運転だ」
しれっと言っちゃって。
……待って? あまりにも手慣れすぎてない?
ちょっと前のユウヤじゃ、ここまでしなかったはずだ。
おかしい。あまりにも、おかしい!
「さては……ルミナちゃんやルルコだけじゃないな? たくさんの子に言いよられてるでしょ、いま! 誰かに! きびきび働くようになって、いい男ゲージあげてるからって、それでこんなに汚れちゃったんでしょ! 大人になっちゃって! あーやらしい! やだやだ!」
「なんの話かな~」
楽しそうに笑って!
「ふんっ! 他の女子にも刺されないように気をつけてね?」
「はいはい。まずはお前に刺されないように気をつけます」
唇を突きだしたら大声で笑われた。
むすっとしてたら、笑い終えたユウヤが呟いた。
「まあ、ひとまずルミナとお前で精一杯だよ。俺は」
――……ほんとさ。
「……ごはんたべる」
「俺にもわけろよ?」
「かんがえとくー」
こいつは危ない。要注意だ!
◆
メイ、と名前を呼ばれてまばたきした。
天井に設置した照明の下のプロペラを眺めて、身体を起こす。
すぐそばで、床に敷いた布団でサユが気持ちよさそうに寝ていた。
周囲を見渡す。すっかり見慣れた、先輩の部屋だ。
終電を逃したから帰れそうになくて、サユとふたりで泊まらせてもらったんだった。
香るコーヒーの匂いに頭を振って、立ち上がる。
薄らと明るい光が差し込んでいて、キッチンに先輩が立っていた。
「授業に間に合わせるなら、そろそろ準備した方がいい」
ぱりっとしたシャツ、スラックス。寝起きとは思えないくらいしゃきっとした顔。
周囲を振り回すのがデフォルトのアリスの兄をつとめる先輩は、いつ見ても凜々しい。
ぽぉっと見つめてしまった。
なんだろう。私、このまま死ぬのかな。
「メイ」
「す、すみません。ちょっと幸せすぎて」
歩みよってきた先輩にカップを渡されて、ちび、と飲んだ。
緋迎ソウイチの喫茶店で働く先輩の煎れるコーヒーはいつだっておいしい。
ちびちびやっていたら、サユが鼻息をもらして目を開けた。そして私にすり寄ってくる。
「――……」
何も言わずに肩にアゴを乗せて、抱きついてそれっきり。
いや、起きろ! とか、ルルコやミツハなら突っ込むけど。
すごくしゃんとしているいつものサユからは想像できないくらい、この子は朝に弱い。むしろ起きたのが奇跡。
「待ってて。ハムエッグトーストくらいなら作るよ」
「あ、いえ。食べるとサユ、ますます寝ちゃうんで。起こして帰ります」
「……ユウヤたちのように、車の免許を取るべきだな」
「いま、通っているって言ってませんでしたっけ?」
「やっと仮免」
笑う先輩に飲みきったカップを返す。
しがみついているサユに服を取ってなんとか着せた。
制服で寝たからしわになっている。いくらいってもいやがって寝ちゃったから、これはもうしょうがない。
コートを羽織らせて背負う。
「メイ、俺が」
「いーえ。これは私が背負うものなんです」
「……そう?」
「そうですよ。それにたとえサユでも、先輩に運ばれるの見るのはいやなんで」
「――……それを言われちゃうとね。でも、複雑だな。だめ?」
「だめです。サユはルルコと同じで軽いし問題なし」
笑って答えて、刀を手に外へ。
カラスがたくさん鳴いていた。寄り添ってくれる先輩が心配してくれるの、嬉しいけど。鍛え方が違うのは先輩も私も十分わかっているわけですよ。
駅まで移動して別れ際に尋ねた。
「先輩……もっとずっと、士道誠心にいたかったって……思いますか?」
その問いは、あるいは残酷かもしれない。
邪に飲まれて心を一度は失い、気づけば高校を卒業して……大学にも進めず、やっと人生を取り戻している人に聞くのだから。
けど、先輩は笑って答えた。
「俺は半ば途中離脱だったけど……そうは思わないかな」
「なんで、ですか?」
「巣立つから、意味がある。俺は俺なりに巣立ったし……メイに引き上げてもらった。未来に向かって歩ける今に満足しているよ」
「……せんぱい」
「ほら。始発のがすよ? またね?」
送り出されて、がらがらの始発電車に乗って戻る。
腕を抱いてガチ寝のサユを横目にため息を吐いた。
富士山登山とか、何かのイベントとなるとしゃっきり目覚めて行動するくせに、そうじゃないとてんでだめ。手を抜きすぎなんだからもう。
乗り継いで、乗り継いで……最後の電車になって、やっとサユが目を開けた。
「……めい」
「なあに?」
「……さむい。もっと、ねてたかった」
「部屋まで寝てていいから」
「……うん」
また目を閉じられましたけど。やれやれ。
ハルちゃんがゲスト出演する日曜夜のバラエティのコーナーに出て、サユは海外ロケをばんばんやる予定が入っている。
対する私はというと、そうだなあ。例えるなら、おねえタレントが一気に増えた時のようなノリでコメントやトーク番組にオファーきてるけど。正直乗り気じゃない。そういう芸能活動はできる人がやればいいと思うし、私に向いているとは思えない。
ルルコとユウヤにそういったらね?
「メイはわかってない。現代の侍はそのありようが変化している最中なの」
「そうだぜ、アマテラスを宿した真中はもっと矢面に立ってくれよ。お前ならできる。できると思うからみんな話を振るんだ。な? 頼むよ」
ってさ。仕方ないから昨夜打ち合わせにいってきた。けどあってないという気持ちが高まったから、ユウヤにメッセージを送っておいた。
『もっと私に向いてるやつおねがい』
すぐに返事がきたよ?
『やりたいこと、いくらでも聞くから教えてくれ。なんとかするからさ』
いちいちひとりに構っていられないだろうに……やれやれだ。
できるかぎり手を貸さないとな。同じ仲間なんだから。
深呼吸をしてスマホを取りだしたら通知がきていた。
ハルちゃんからのメッセージだ。
『メイ先輩。卒業式……は、先輩たちで遊ぶと思うので。そのあと、どこかでお助け部のみんなでお祝いさせてもらえないですか?』
思わずまばたきした。
ラビよりもシオリよりも早く、誰よりハルちゃんがそんな言葉を贈ってくれるなんて思わなかった。
サプライズにするなら当日? いやいや、当日に気を遣わせちゃだめだよね。そんなところだろうな、ハルちゃんの考えは。
素直にただただ嬉しいから、返信を打っておく。
『もち! っていうか一緒に騒ぎたいね! セッティング、任せてだいじょうぶ?』
朝が早すぎるから返信はすぐにはくるまい。
スマホを眺めた。メールが来ている。仕事のメールだ。ユウヤがあれこれ手配して、みんなに回しているんだ。現状はどうか。将来的なビジョンはどうか。卒業してからみんなにどれほど仕事を回せて、また展開していけるようにするか。
高校を卒業する。中学を卒業して高校に入るときよりもっとずっと、生々しくて途方もない変化が私たちを待っている。
不安がないわけがない。
サユの抱きつく力が強くなる。
ルルコもきっと揺れているだろうし、それはミツハやジロちゃん、他の仲間たちも一緒だろう。
何ができるだろうか。私たちの歩く先に、どんな形を描いていけるだろうか?
――……ううん、ちがうな。
私はどうしたいんだろう。こんな時にアマテラスに頼るのはよくない。
私の熱を向かう先を見つけよう。その時々で目の前に立ちふさがる壁は姿を変えてくる。変わらないのは、自分の中にある熱。
向かうべき先を見つけるのは、自分自身。というわけで。
「サユ、起きて。そろそろ駅」
「……だっこ」
「はいはい」
子供か、とは言わない。私がしんどい時にはサユが逆の立場になって私を背負ってくれるとわかっているから。
サユの身体を肩に抱いて立ち上がる。
あと少しで巣立つけれど。今はまだ、もうちょっとだけいられる……私の居場所へ戻ろう。
それにしても、そっかあ。居場所と考えて気づいた。
「ねえ、サユ。卒業したらどこに住む? 状況が予想よりずっと変わりすぎて悩んでるんだけど」
「……メイとルルコのいる部屋がいい」
「はいはい」
この、あまったれめ。
◆
メイ先輩から来たメッセージに『青澄春灯にお任せあれ!』と返信して、すぐにスマホをポケットにしまった。
体育館を見渡す。
「――……よっし! ここまで!」
「こっちのチームもだ!」
羽村くんと木崎くんが手を叩く。
ふたつのチームが汗だくになって、三月の朝の体育館に湯気をのぼらせた。
一年生が集まっている。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
肩で息をするキラリを見て、私も自分のチームに戻った。
マドカが声を上げる。
「休憩終わり! こっちもいくよ!」
「「「 はいっ! 」」」
ギンやシロくん、トモと並ぶ。
唇を開いた。歌うために。メイ先輩たちを胸を張って送り出すために。
準備しながら――……迫り来る時を待つ。
二年生は二年生で特別体育館を使って何かをやっているみたいだ。
どこかで悩んでいた。その時が来なければいいのになって思っていた。
だけどいざみんなで、三年生の先輩たちが胸を張って卒業できるようにやれることをやってみようって動き出したら、不思議と気持ちが切りかわっていったの。
さみしいよ。いなくならないでって思う。でもそんなの――……卒業したら遊びに行こう、とか。お仕事一緒にしたい、とか。そういう行動で変えられちゃうんだって気づいたの。
『別れの季節――……ふ、ああ……あふ。春灯、調子はどうだ?』
お姉ちゃんの声がしたから、私は笑って歌うよ。
『よさそうだな』
でしょ? 当然だよ。
大好きな人たちの特別な日のために、へこたれてなんかいられないの!
そう決意したからこそ――……昼になってかかってきた電話に固まった。
『もしもし、春灯? たいへんだ! 春灯が下着で男のジャケットの匂いを嗅いでいる写真をのせるって、週刊誌から連絡が来た!』
目の前が真っ暗になるって、こういうことなのでしょうか。
つづく!




