第四十五話
それは週明けの月曜日のことでした。
「さて、通常ならゴールデンウィーク明けになるが……我のクラスは全員が刀持ちとなった故、身体測定に加えてある検査を実施する」
「ある検査ってなんですか?」
挙手したシロくんにライオン先生がチョークを手に取った。
黒板に意外と小さな丸文字とかわいいイラスト付きの説明が書き記される。
曰く。
「侍と刀鍛冶の相性診断……って?」
私だけじゃなくみんながきょとんとしている。
横目でシロくんを見たら首を傾げていて……うちのクラスでも事情通なシロくんでもどうやらわかってないことみたい。
むしろうんざりしているカゲくんの方が何かを知ってそうな予感です。
「侍とは……まあ諸君は候補生ではあるが、刀を持った生徒のことだ。対する刀鍛冶とは読んで字のごとし、刀を鍛錬する者のことだ」
ライオン先生が黒板の文字を拳で叩く。
そこにはこう書いてあるの。
『抜いた状態の刀はなまくら。鍛えて強くしよう!』
『刀鍛冶との相性は侍にとって大事な要素だぞ! 途中で別れちゃうと悲しいぞ!』
『だからお互いの霊子の相性を調べる必要があるんだ!』
なんで文字になると文章が可愛くなるんだろう。
ちょっときゅんときてるの私だけなのかな。
「どう調べるんですか?」
シロくんの問い掛けにライオン先生は大仰に頷いた。
「小さな御珠のペンダントをつけて歩いてもらう。諸君らの前には刀鍛冶科を選択した二・三年生が同様のペンダントをつけて待っているのだ」
「もしかして、相性が合えば光るんですか?」
どや顔で冗談を言ったら「先に答えを言うな」と怒られました。
……え、本当に?
「もし……光らなければどうなりますか?」
シロくんの問い掛けにもっともだと頷くと、
「卒業した生徒ないしプロに頼むことになる」
「……お、お金かかりますか?」
「国から助成金が出るから、安くはなる」
シロくんの弱腰の質問にライオン先生は俯いた。
「……がんばれ」
あ、あれ。なんだろう。なんていえばいいんだろう。
もしかしてもしかしなくても、割と将来がかかってる大事なお見合いです?
「縁がなかったらどうしよう」
「ここでもモテるモテないが出るのか」
「つらい」
みんな、ずううううん! って落ち込んでますけど!
「……その、なんだ。刀鍛冶は刀の姿を目にし侍よりも密接に寄り添う関係からか、女子生徒が多い。そこから繋がる縁もあるだろう。凜々しくいけよ」
途端に輝く男の子達の顔。でも待って。お願い待ってくだちい。
「せ、せんせえ。私は?」
「男の刀鍛冶は変なヤツが多いが女子に負けず腕は確かだ。開き直っていけ」
そ、そんなあ。
◆
私立は学校によって計る胸囲測定がないの。
ニナ先生になんで? って聞いたの。そしたら、
「下着屋さんで測ってもらったほうがいいでしょ?」
とのこと。確かに。
測定は一年生が最後らしくて、私が計り終えた時にはもう保健室はだいぶ弛緩したムードに包まれてました。
トモと身長の話をしながら出口でペンダントをもらってつけました。
ジャージ姿で学校を練り歩いて体育館に行ったら、暢気な空気が吹き飛んだよ。
「う、うわあ」
ずらっと制服姿の先輩たちが並んでるの。
女の子9対男の子1でした。
す、すごい人数差……! でも考えてみれば納得かも。
だって寮で会った女の子の先輩、四人だけだもん。
そこへいくと所在なさげなのが男の子の先輩たち。
端っこに固まって立っていて、落ち着かなそうにしてる。
だからかな。妙な緊張感があるの。男の子たちが女の子の先輩たちの前を歩いているんだけど、ギラギラしているのはむしろ女の子の先輩たちの方だ。
『刀……刀を触らせろ……』
という思念を感じます。すごい強さであります……!
「い、いこっか」
「う、うん」
順路を案内してくれる先生にお礼を言って、列を作っている先輩たちの前に立った時でした。
「みて、雷切丸」「本物よりも反りが」「でもあの長さは」
トモを見た先輩達の目が。目が!
それだけじゃ済まないんだよ。
「玉藻に十兵衞か……玉藻は脇差しくらいなのね」「十兵衞は大典太光世と同じ長さだわ」
私にも視線が!
凄いの。温度が尋常でないくらい熱いです!
「さあ、歩いて」
先生に言われてトモが歩き出す。その後ろを私もついていく。前の列、左から右へ。次は一列後ろに移動して右から左へ。そうやって最後の列まで歩いて行くの。
なんだけど……。
「雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸」
「大典太光世と同じか確かめさせて……お願い神さま、選ばれるためならご飯我慢します」
「雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸雷切丸」
「伝承ありの妖刀……滾るのでどうか。どうか。断食しますから」
あ、圧が! 圧がすごいの! あとなぜにご飯縛り!
と、とにかくもうね、お互いにお互いのペンダントを凝視するレベルです。
向こうは選ばれたくて、こっちは怖くて。
そんなんだから、最後尾に辿り着いた男の子たちの顔色は真っ青でした。
お互いに気づかぬ内に手を握り合ってたよ、トモも私も痺れるくらい手に力はいったよ。
一人通り抜けて「はあ」。二人通り抜けて「そんなあ」。
心が抉られるのなんの。
もういっそ適当に選ばれるくらいでいいのでは、と思い始めた矢先でした。
「あっ」
「え……」
ぽやっとした女の子みたいな綺麗な顔した男の子の前でトモが急に足を止めて、その背中に思い切り鼻をぶつけちゃいました。いたたたた……。
「えっと……よろ、しく」
「どうも」
赤面して見つめ合う二人の空気感!
あと体育館中から「ちいいいい!」という悔しげな圧が。圧が。
そして私に集まる圧。トモが選ばれたからって、そんな。急に。困る。
モテるとかそういうちゃちなレベルじゃねえ! もっとすげえ何かを感じるぜ。
俯いて必死に早歩きで進んでいく。
いっそさっさと済んでくれたらいいのに、と思っていたの。
それがよくなかったんだよね。
刀の鞘が人にぶつかっちゃって「あっ」と顔を上げたの。
そしたらくしゃくしゃ髪のメガネの男の子がびっくりした顔で私を見てました。
「……きみ」
なんだろう、と口にした時でした。彼のペンダントと私のペンダントが光り輝いたのは。
「結ばれた生徒は後ろの扉から出て、先生の案内に従ってください」
マイクを通して聞こえた声にてんぱる。ど、ど、どうしよう。
「行こう」
私の手を取ると、男の子はゆっくりと進んでいく。
今まで握ったどの男の子の手よりも繊細で、なのに力強い。
それだけじゃないの。身体の奥がじんわり熱をもつような……何かを感じるの。
「あ、あの」
声を掛けるけど振り向かない。
背中は華奢で、刀持ちの――……侍のみんなとは違う。
なのにどうして大きく見えるんだろう。
ほっぺたが勝手に熱くなる。
そんな私の動揺さえ引っ張って、先生に案内されるまま……私たちは特別教室の一室に入った。
私みたいに赤面したトモがぽやっとした男の子と並んで座っている。
「この教室に来る侍は一年生ばかりだったね。これで定員かな? では……説明するからキミたち、好きなところに座って」
お腹の出たふくよかな……狸さんみたいなおじさん先生に言われて私たちも最後尾の端っこに並んで座りました。
男の子の離れる手に名残惜しさを覚える私、実にちょろし。
それを見届けると、おじさん先生はチョークで黒板に名前を書いたの。
「本田ホコです。あだ名は体型もあってポンポコです」
何人かが撃沈した。刀鍛冶科の先輩たちはスルーだったけど。
「さて……長くはかかりませんので、よく聞いて下さい」
そういってポンポコ先生はみんなに二種類の紙を配ったの。
侍用と刀鍛冶用。
私のもらった侍用には、名前とクラスと連絡先、それから刀について記述する欄がありました。
「一年生の侍のみなさん、覚えて? キミたちはこれから刀鍛冶と密に連絡を取り、刀の管理を二人で行ってもらいます。刀鍛冶のみんなは理解してるよね?」
先輩達が一斉に頷いた。
「侍は刀鍛冶に使用感を伝え、刀鍛冶は刀の性質と侍の癖を踏まえたアドバイスをしたり、鍛冶を行ってもらいます。だからキミたちは相棒というわけ。公私ともにうまくやってもらいたい。うまくいかなかったら解散してもいいが、それは悲しいからね」
思わず隣を見る。メガネの彼は髪を弄りながら用紙をじっと見つめていました。
「勉強を教わるのもいいだろう。部活を一緒にするのもいい。友達になったり恋人になったり……は、ご自由に。ただしせっかくご縁があったんだからうまくやってほしいんだ。そこは意識してね」
そう言っても毎年問題が起きるんだなあ、とポンポコ先生が言うと、先輩たちが一斉に苦笑いしていた。なんだろう?
「言ってもキリないからそれはそのへんにしておくとして。配った紙の欄を埋めて相棒と交換すること。それから、これが大事なんだけど」
見た目よりも荒々しい文字で黒板に書かれたのは『成績』と『生存』の二文字だった。
「キミたちがどれだけうまくやり、どれだけ刀を良く出来るかは成績に関係する。何より特別課外活動において生存に大きく影響する」
チョークを置いたポンポコ先生は手を叩くようにして粉を落としながら言うの。
「刀鍛冶の諸君、敢えて言おう。先輩だから優しく、厳しく。きみたちの行動のすべてが侍の生存に影響すると思いなさい」
「「「「「はい!」」」」」
その返事の見事なあいっぷりは、さっきのスルーの時と同じくらいの団結力によるものでした。
「侍候補生の諸君。先輩だからと甘えるな。その甘えが明日の大けがに繋がると思ってね。冷静に考えてごらん、一年歳を取った自分が今の自分を完璧にサポートできると思うかい?」
一年のみんながギクリとした顔になる。
「相互理解が相棒の秘訣だ。お互いの呼吸を理解するために、うまくやってね? それじゃあ話は以上だ。ではシャープペンを配るから記入して、準じ交換したらペンダントを置いてってね。そしたら退席していいよ」
ペンを配られて動揺する私たち一年生とは違って、先輩達は真剣な顔で紙にペンを走らせる。それにつられるように一人、また一人ペンで欄を埋め始めた。
私もいそいそと欄を埋めて……すぐに迷っちゃった。
タマちゃんと十兵衞のこと、どう書こう。欄が小さすぎて、とても伝えきれそうにない。
ううん……と悩んでいた時でした。
「なあ」
「え」
声を掛けられたの。私の相棒になってくれた男の子に。
「……その欄をなぜ埋めない?」
「いや、あの」
いきなり核心を突かれて動揺する私なんですが、男の子は優しい顔で黙って待ってくれた。
だからつい見ちゃうの。
繊細な顔立ちで……女の子みたい。
可愛いツバキちゃんとは違う。
この人はすごい美人さんだ。
って、そうじゃないよ。答えなきゃ。
「えと……書き切れなくて。たくさんあるんです。十兵衞とタマちゃんの話」
「そうか。なら……直接話を聞いた方が良さそうだ」
立ち上がると、彼は私に紙を渡してくれた。
そこにはこう書いてあったの。
『緋迎カナタ』
差し伸べられた指は長く、細く。
「僕に聞かせてくれないか? 君のこれまでの話、全部」
浮かべる笑顔は日光を背にして尚、眩しいほどです。
気づいた時にはもう、彼につれられて教室を抜け出していました。
あ、あれ?
いつにも増して私、頭働いてなくない?
だ、だいじょうぶかな。
つづく。




