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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百四十六話

 



 風呂から出たところで「レオさま」と呼ばれた。

 ランが落ち着かない顔をして立っていたから、ギンたちに先に部屋へ戻ってもらうように伝えて彼女を連れて正面フロアへ。


「それで……どうしたのかな?」

「単刀直入に伺います。レオさま……私を抱いてくださらないのは、私に魅力がないからですか?」


 派手に咳き込んだ。

 必死に呼吸を整えて、尋ねる。


「ラン。どうしたんだ? 真剣な顔で切実に訴える言葉がそれか?」

「わ、私は……今日、言われてしまいました。まだ……その、契りを結んだことがないと」


 めまいがしてきた。誰か嘘だと言ってくれないか。そのような心情を伝えるわけには断じていかない。彼女を傷つけるだけに違いない。

 努めて冷静を保ちながら尋ねる。


「断言する。ランに魅力がないからではないし、経験の有無はきみの魅力に関係などないよ」

「――……ですが、私は、置いていかれるばかりで不安です」

「ラン」


 そっと引き寄せて抱き締めようとしたが、拒まれた。


「ごまかしにならないでください」

「――……違う。違うんだ」

「ならばどう違うのか、説明を――……私は、今日、悔しかったのです。言われた言葉よりもっとずっと……あなたと距離があると感じた自分が」


 女子に何かがあったのだろう、と男子全員で話しあったのだが。

 どうやらかなりきわどい話を、鋭くしたようだ。

 人生はわからない。ランの兄君からよく諭されたものだが……痛感する。

 本当に、人生はわからない。


「ラン……私が中学生の頃まで、放蕩の限りを尽くしたことは知っているね?」

「――……はい」


 涙ぐむ彼女が幸せになる道を探る。


「私は遊び人だった。幼い時分に無茶もした。そんな無茶にきみを巻き込みたくはないし……これまで出会った少女たちのようには、接したくないんだ。きみを無為に汚したくはない」

「――……ですが、レオさま。わたくしも……わたくしだって、人です。人であれば、欲もあります」

「わかっている。だが……ラン。きみと最高の人生を進むために、そう思えばこそ疑問を抱くのだ。いまがその時か? と」

「――……けれど」


 いつものランなら引き下がるべきところで、食い下がるのは……それほど彼女が悔しかったことの証明であり、願いの強さを示していたに違いない。


「私の都合できみに歯がゆい思いをさせて、すまない」

「――……レオさま」

「きみが求めるのなら、いつでも。それは偽らざる本心だ。同じくらい……きみにとって、最高の瞬間になる時を探しているのもまた、素直な気持ちだ」


 ランの眉の動きに葛藤を見る。


「焦りで散らすのでなく……まずは自分を、次に私を思って、素敵な体験を。そう考えてはくれないだろうか」


 促しながら、内心で焦る。なぜなら、結果は見えていた。


「ならば、どうか……この島の星空の下で、どうか」


 決意は固く、彼女は恐ろしく頑固なのだった。

 私に声を掛けてきた時にはもう、決断を下していたに違いない。


「ラン……なら、まずは夜空をいこう。そして聞かせてくれ。きみの理想を……ないとは言わせないぞ?」


 彼女の目が潤む。迷わず伝える。


「きみの決断に応えたい。だからこそ……きみの抱く夢を、私に叶えさせてくれないか?」

「――……はい」


 迷いはあった。悩み考えた。それでも彼女は求めて、望んでいる。

 ならばいま、その形を具体的に変えていこう。それがいまだというのなら、覚悟を決める。

 でももし、彼女の迷いがふくらむのなら――……確かめた理想を最高の形で叶えられる時を決めよう。いつか遠い未来ではなく。彼女が望む時として。

 私もまた――……それを望んでいることを伝えながら。ふたりで確かめていこう。


 ◆


 レオが呼び出されて思いを馳せながら、さて部屋にでも戻ろうかとしたのだが。くい、と浴衣を引っ張られてみれば、


「タツさま」


 ユリカが思い詰めた表情で立っていたから、観念した。


「すまん」


 男たちを見送り、ユリカが引っ張るままに歩を進める。

 辿りついたのは、恋人や家族同士で入れる小さな浴場の扉。そばにいる獅子王ニナ女史の眷属たる子犬に語りかけ、ユリカが俺を引き込む。

 そして、深く頭を下げた。


「――……申し訳ございません。ユリカはタツさまの恋人として、格を下げてしまいました」

「ずいぶんな物言いだ。何があった?」


 話をさせてみれば、たわいない……けれど過激な口げんかだ。


「レオの彼女を貶めたことを悔いているのか?」

「……タツさまとわたくしを貶められたと感じて、ユリカは口が過ぎてしまいました」

「ふむ」


 腕を組む。


「売り言葉に買い言葉。とはいえユリカがそこまで争うとは、珍しいな?」

「……なによりもタツさまのことゆえ」


 苦笑いしかでない。


「違うな。それだけではあるまい。なにか? 今日の授業で姫宮がレオと共に戦った場面を見て、己が星野先輩たちに至らなかったことを恥じているか?」

「――……タツさまの目はごまかせませんね」


 悲しそうにうつむく。


「だからといって……気にしている人に言われた言葉でかっとなるのは、よくないことです」


 理解してきた。


「罰を求めるには、ずいぶんと意味深な場所だ」

「――……あなたに教えてほしいのです。強さと、きびしさを」


 深呼吸しながら、胸に落ちていく厄介な感覚に惑う。

 恐らくは今頃、レオの奴も翻弄されているに違いない。

 男を転がすは常に、女の純情か。うちのオヤジやユリカの父が好きそうな話だ。


「お前の恐れや不安は、俺の恐れや不安でもある。すまんな、ユリカ……惑わせた」

「――……タツさま」


 俺に縋り、抱きつき甘えることをよしとしない。

 まったく……ユリカが受けた実家での教育はすこし考え物だな。


「腹を割って話そう。湯はそのためにある……な?」


 頭に手を置いて撫でながら、思案するのは――……八葉。お前の言うとおりだ。

 気の早い女子たちは今夜にも動き出すだろう。

 さて、どれほどのことが起きるのかしらないが。己は己を思う少女と心をかよわせよう。


 ◆


 部屋に戻ったら、アリスが寝ていて、キラリたち三人が正座をしていたから……俺たち十組男子は内心で身構えながら、しかしなにも言われずとも素直に正座したよね。


「話があります」

「だいじな、はなし」

「……私はそんなに気にしてないけど」

「「 ユニス? 」」

「わかった。わかりました……はあ」


 ため息を吐いたユニスが本を抱き締めて、俺たちを見渡す。


「あなたたちって、変な性癖こじらせてない?」

「「 ユニス 」」

「冗談よ。これくらいはいいでしょ? とにかく……褒めて」


 女子三人のきびしい視線を浴びて、迷う。いきなり褒めてって言われても。戸惑う俺とミナトを尻目に、トラジは迷わず口を開いた。


「それぞれをか?」


 それ! それ結構大事だよ、トラジ! ナイス! さすが!


「どうする?」「聞きたい、気も、する……参考、意見。複雑、だけど」「まあ悪くないかも。褒められるの好きだし」

「「「 じゃあ、それで 」」」


 じゃあってなんだ、と男子三人そろって思ったはずだった。


「コマチはかわいい。まずなによりもかわいい。どうかわいいか具体的に言うとな?」


 トラジが迷わず切り開いていく。肘でつつかれて、ミナトと頷きあった。

 率先して話すトラジが時間を稼いでいる間に、なんとか考えよう。そうしないと……斬られかねない、そんな気迫を女子から感じる!

 コマチを蕩かせ、ユニスをその気にさせて、キラリを丁寧に褒めちぎるトラジに脱帽したよね。


「――……というところだな」


 トラジが目配せしてきた。ど、どうしよう。いくか?


「じゃあ次、俺ね。ユニスを見ていると思うんだけどさ。まずなによりもその立ち振る舞いと気高さが美しいよな」


 ミナトに取られた! やばい! ラストはまずい! 三人が期待する展開になる気がする! ハードルがあがる!

 ゲーム慣れしているミナトはこういう時のとっさの判断力が高い。

 くそー。やられた……やばい。やばいけど、ひねるよりは素直に言った方がいい。トラジは端的にわかりやすく褒めて女子三人を上機嫌にさせた。ミナトは最初こそひねった言い方をしたけど、ぴんとこないと女子三人の目がそろってきつくなる。途中で方向転換してトラジのように褒めちぎるミナトに、ユニスが鼻息をだした。


「ふん……なんか途中からトラジの受け売りっぽいのが気に入らないわね。私の王はどうも女心に疎い気がするわ」

「ええ? 俺がんばったぞ……そりゃないだろ」

「なにか言った? がんばった、なんて失礼な単語が聞こえた気がするんだけど?」

「いいえ、なにも言ってないです」


 ミナトってほんと、ユニスによく調教されてるなあ……。

 しみじみ思いつつ、ミナトの番が終わったみたいだから切り出す。


「じゃあ……俺から。まずキラリからいくね? キラリはさ――……」


 トラジもミナトもそれぞれ、好きな子を最初に褒めていたからそこは素直に真似をした。

 それぞれにエピソードを例に出して、それに対して褒め言葉を重ねる。

 我ながらよく口が回るなあ、と思ったし、それは三人に見抜かれた。


「考えたわね」「いまの、ふたりの、じかんで」「……まあ、内容は悪くなかったけどね」


 手厳しい!


「まあ……でもよかった。ほっとした。三人とも言えるの、地味にすごいわ」

「そう、だね……クラスメイト、の、いいとこ、しゃべれるの……すごい」

「ミナトの悪いところならいくらでも話せるんだけど」


 おいユニス、と喘ぐミナトを見て、ユニスもすこし反省してみたいだ。


「うそ。じゃあお返しに……ミナトから褒め返す」


 つんつんしながらも、なんだかんだいって根本的にはいい子なんだよなあ。ユニスって。

 男子のそれよりも女子三人が語る褒め言葉は具体的で、しかも生々しかった。それに鋭い。たまに悪いところも指摘するんだけど、すぐに考え方を変えればと枕詞をつけて褒め言葉に繋げるうまさは素直に見習おうと思った。

 赤面していく男子三人に話し終えて、女子三人はすっきりした顔をする。


「まあ、これくらいの課題は余裕だったな」

「当然でしょ。他のクラスの人たちとは、密度が違うのよ。密度が」

「……けっこう、たのしい、ね」


 ほっこりして横になり始める女子に、トラジが唸る。


「いや、納得してねえで……こうなったわけを言えよ。意味わかんねえぞ」

「そ、そうだぞ。俺なんか褒め言葉一回に対して必ずえろいけどって言葉をつけられた! 納得できねえよ!」

「いやあ……それはしょうがないんじゃない?」


 ミナトにツッコミをいれつつ、キラリを見つめる。


「何かあったの? 風呂で揉めたんじゃないかって、九組の八葉くんが言ってたけど」

「まさにそれな。リョータが巨乳女子を見たって話題になって……あそこからいろいろ狂った」


 咳き込んだ。思いきり。


「「 ……へえ? 」」


 ユニスとコマチの視線が冷たい!


「待って! 意味わかんないし、濡れ衣だって!」

「「「 ちちはでかいのとちっちゃいの、どっちが好きなの? 」」」


 なにこの死のトラップ! どう答えてもアウトじゃん!


「いや、それは」

「「「 どっち? 」」」

「――……き、キラリの胸がいちばん、好きで」

「「「 へえ、逃げるんだ? 」」」


 くっ! 回避不可能! 圧倒的、ピンチ!


「とっ、トラジはどっち!?」

「俺にふるなよ。ちっちゃいの一択な」


 さらっと答えるトラジ、男前すぎるよ……!


「みっ、ミナトは?」

「あ? もみたい巨乳だよ」

「……ミナトはぶれないよね」


 女子の目がきついけど、大丈夫なのかな……。


「「「 ……で? 」」」

「――……まあ、こうなりますよね」


 きついなあ。いったい前世でどんな罪を犯したら、こんな目にあうんだろう……。


「……大きいと見ちゃうけど。触ったこともないし。何が好きかとか、わかんないよ」


 素直に言うと、女子三人がしみじみ頷いた。


「「「 わるくないな…… 」」」


 なに目線なの!


「つうかさー。男子に対してそういう問いかけはあっても、女子に対してはネタがあんまないよな。ずるくね?」

「まあ……そうだな。強いて言えば……体型か?」


 トラジの目が一瞬さまよった。とんでもない下ネタに行き着くと思って軌道修正したに違いない。けどそれでいいと思う……。


「それなら一日目の温泉で話したじゃない」

「そうだけどな」


 ユニスの指摘にトラジが唸る。


「体型で別に恋人への気持ちがどうこうなるわけじゃねえだろ。体型と付き合うわけじゃねえんだし」

「……トラジってたまにこういうところがずるいよね」「……私、好き、だけど」「でもキラリの言うとおり、たしかにずるいわ」


 三人で小声でささやきあうのはなんなの?


「……じゃ、じゃあ……ちなみに、その」


 赤面するキラリを見て、嫌な予感がした。


「……経験の有無って、どれほど大事?」


 ミナトとトラジと三人で盛大に咳き込んだ。心臓へのダメージがひどい。

 いかにも中学時代に夢見た高校生の旅行で夜に話す話題感がひどい。


「と、トラジ!」「頼む、これは俺たちには対処できねえ!」


 あわてる俺たちにトラジが必死に髪の毛をかき乱して、それでもしゃべってくれる。


「あーその。なんつーか。体型と同じだよ。あってもなくても、惚れてりゃ関係ねえよ。そいつがどんな体験をしてようが、その結果……恋愛してんだろ? なら、経験の有無もすべて飲みこんで付き合うだけだろ」


 すごい! 言えてる! トラジ男前! よっ!


「「「 なんか、うまいこと言ってはぐらかされたような…… 」」」


 女子きびしすぎる!


「い、いや! トラジの言うとおりだろ!」

「そ、そうだよ! 結局相手より少なければリードできるか不安になるし、多ければリードしようってなるだけで。なきゃだめとか、あるといやとか、そういうことじゃないと思う!」

「待て、リョータ! それわりと繊細な問題!」

「で、でも。正直、そうじゃない?」

「そうだけど!」


 囁きあう俺とミナトも迷走中。


「――……なかったら、リード……してくれるの?」


 赤面して目をぐるぐる回して尻尾はもっとぶんぶん回すキラリの顔を、コマチとユニスがあわてて手で扇ぐ。

 そして俺たちも必死に顔を手で扇いだ。かなりの破壊力だった。一年は戦えそうなレベルだった。


「危ない、俺いま落ちかけた」「……俺もだ」

「ちょ、ふたりとも!」

「「 いまのはしょうがねえだろ 」」

「そ、そうだけど」


 たとえばいまの発言がユニスやコマチでも、やばかったのは明白だった。

 いったいなにが起きているんだ! ご褒美と罰が同時に世界恐慌レベルで降り注いでる! いやもうこれ、意味わかんないよ!


「い、いっかい外いかない? なんか、ここにいたら何かが起きる気がする」

「そっ、そうだな! リョータの言うとおりだ! 場所かえようぜ! 布団が並んでるの、なんか今日ばかりはよくない気がする!」

「あ、ああ。いこう。な? 冷たい風を浴びれば気持ちも変わるだろ! な!?」


 急いで立ち上がる男子三人を見上げて、キラリがさらに暴走する。


「じゃ、じゃあ……クラスで、風呂とか、はいってみる?」

「「「 いや、それは 」」」


 普段なら喜んで飛びつきたくなるような提案にもかかわらず男子三人そろって唱和するの、情けないけど……わかってほしい。


「三人、の、このみ……わかるかも?」

「「「 コマチさん? 」」」

「……男子の視線は素直っていうわね」

「「「 ユニス!? 」」」

「い、いいい、いくぞ!」

「「「 キラリ、待って! いっちゃだめ! 」」」


 立ち上がって俺たちの手をそれぞれに取って、ぐいぐい引っ張る女子三人には抗えませんでした。

 部屋で待機しているニナ先生の子犬があきれたように息を吐く。

 いや、止めて!?


 ◆


 水着姿の女子三人とお風呂に入る。普段ならご褒美でしかないはずのこの状況で喜べないのって、俺たち草食なんだろうか。


「食堂にいろいろ補充されててよかったわね」

「ジュース、いっぱい」

「……はふ」


 瓶コーラを開けてたらいに浮かせて、ちびちびやる三人の女子を前に戸惑う男子三人。

 いや、開けっぴろげにされるとさ。戸惑うよね。意外と割り切った女子の方が勢いあるというか。痛感するよね。


「……なあ、これって見たらいろいろ言われて、しかも縁が切れるまで一生引きずられる奴だよな……」

「切れねえんだろうなあ……縁」

「つまり逃げ場がないんだよね……」

「負け確定だな……」

「「「 ……はあ 」」」


 やっぱり草食なのかもしれない。

 しみじみ思っていたら、ユニスが俺たちを見てきた。


「……それにしても。さっきのリョータの発言は言い得て妙かも」


 どういうことだろうって思ったら、


「男子の身体なんて、触ったことないからなあ……好みなんてわからないわけで。だとしたら……ひっく」


 ん?


「好きな男子が……はじめてで、好みになるのかも」


 ぽぉっとした顔で俺たちを見るユニスに前屈みになる俺たち、男子。


「……私、は……筋肉、すき」


 コマチの囁きにあわてて湯船に浸かる俺たち、だめな男子。


「……まあ……トラジの言うとおり。好きなら、それが……好みで。それでいいかも」


 キラリが甘い吐息をもらして、俺たちの動揺は高まった。


「な、なんかやばそうな空気を感じるのは俺だけか?」

「よりにもよって三人ともおかしいぞ。どうすんだ、これ」

「し、知らないよ。っていうか、あれ……本当にコーラ?」

「んなベタな間違えしないだろ。高校生しかいないんだぞ? ないない。あれは雰囲気に酔ってるだけとみたね」

「いやでも、その雰囲気が問題なのであって」

「一対一ならまだしも、なんで三対三でこんな空気を味あわなきゃいけないんだ。対処の仕方がわからねーぞ」


 ささやきあう俺たちを尻目に、三人そろって湯船に腰掛ける。

 水に濡れた白い水着姿。正直、色気がありすぎて直視できないよ。

 対して同じ白い水着の俺たちを女子は迷わず見てくる。

 ……あれ? 立場逆じゃない? これ、立場逆なんじゃない?


「ねえ」

「「「 は、はい 」」」


 キラリが片手を掲げた。瞬間、爪が鋭く伸びていく。


「……引っ掻いていい?」

「「「 ええと? 」」」


 キラリがぽそっと呟いた言葉に戸惑う。

 けど尋ねてからぴんときた。あ、これまずい奴じゃない? まずい流れじゃない?


「私も……なにか無性に魔法をぶっ放したい気分」

「「「 ……いや、それは 」」」

「……なん、か……鮫に追いかけられてる三人が、みたいかも」

「「「 で、できればそういうのはちょっと……サービスしかねるというか 」」」


 青ざめる。


「ど、どうすんだよ!」

「うちのクラスの女子、危なすぎるだろ」

「性癖へのステ振りがやばい」

「俺たち死ぬんじゃない?」

「に、逃げるか」

「いやでも……一生いわれそうだよ?」

「死ぬよりマシだろ」

「そうだな! よし!」

「「「 逃げろ! ――……へぶ!? 」」」


 立ち上がって逃げようとしたら、足を取られた。

 見下ろしたら、浴槽を突き破って蔦が生えていて、俺たちの足を絡め取っていたんだ。


「なんじ、にげること、なかれ」

「「「 さっきの発言は!? 」」」

「きの、まよい」


 とか言いながらコマチが祈っている。理解した。逃げられない。


「……ねえ、リョータ。あたしの胸……どう思う?」


 ぴと、とくっつかれて、爪で頬を撫でられて観念した。


「……すごく、その。素敵だと思います」

「……それだけ?」

「そ、そうですね……美しいですし、触ってみたいと思います」


 爪が。爪が!


「巨乳の子を見た?」

「……み、見てないです」

「ほんとに? 誓える? 一生のうち、二度と巨乳を目にしないって誓える?」


 刺さる! 刺さってるよ!


「いや、あの。目を潰さないと、たとえばお相撲さんだってテレビのスポーツ中継で見ちゃうわけで」

「潰してもいい?」

「そ、それされると、キラリを見れなくなっちゃうなあ?」


 なんでアツアツのお風呂に入りながら冷や汗を流しているんだろう……。

 横目に見たらミナトもトラジもそれぞれに抱きつかれて、きわどい質問を投げつけられていた。

 合掌。


「……ユニスの胸って大きいよね。いま、見たよね?」


 ゴゴゴゴ……と。見えた気がしたよね。

 目に光がともっていないキラリさん。ちょっと破壊力つよすぎてやばい。


「や、巨乳の女子をそういう目で見たこともないですし、ユニスの胸をそういう目で見たこともないです」


 必死に話題だけでも逃げる。


「――……そういう目って?」


 しかし回り込まれてしまった! 逃げられない!


「……ぐすっ。やらしい目なんだ? あたしより……巨乳がいいんだ……そうに違いないよ……」


 ぐすぐす泣きそうになるキラリの情緒不安定さがやばい。本当に今の状況にやられているのかもしれない。


「そっ、そういう目で見るのは、キラリの胸だけっていうか」

「……じゃあ、ここで触れる?」


 落ち着いて! ふたくみも別のカップルがいるのにできるわけないよ!


「キラリ。きみは酔ってる。酔ってるよ!?」

「……いま、そういうこと聞きたくない」


 がりがり。


「いたたたたた! わ、わかった! わかったから! 爪をとりあえずしまおう!?」

「……やだ」


 がりりりりり!


「ちょ、あっ、やめて! 待って! まっ、あっ、キラリ! あっ――……」


 俺だけじゃなく、トラジとミナトの悲鳴がこだましたよね。

 光が炸裂し、爪が乱れまい、鮫が飛び交った。個室風呂って……痛い目にあう場所だったんだね。知らなかったよね……。

 八葉くん。きみの言葉をもっと真摯に受け止めるべきだった。この災難は、俺たちの備えが不十分すぎたせいに違いない――……。


 ◆


 沢城くんに素直に甘えられる佳村さんを見て、恋する相手に素直になれる子には敵わないなって素直に思ったよ。

 たとえ怯んだとしても、今回の騒動の発端に関わった山吹マドカとしては、なにもしないではいられなかった。

 ユウを連れ出して、ふたりで食堂へ。途中、大浴場から悲鳴が立て続けに聞こえてきたり、あまったるい空気で語り合っているカップルを山ほどみた。中にはカップル(将来的にはね)っていう二人組もいたんだろうけどね。

 こんな空気を作り出す提案をしちゃえるハルはすごいなあと思う。私だったら、もっとぎすぎすしていたに違いない。

 実際、そうなる空気を作り出しちゃったところも多々あるので、この二日間は反省点の方がずっと多いよね。

 反省点といえば、食堂にいっても、どこにいってもカップルだらけで空いてる場所がないのも困りものだった。

 仕方がないので、ユウを連れ出して温泉へ行ったの。今日のニナ先生はだいぶあまあまだった。もしかしたらお目こぼしの基準がだいぶ緩んでいるのかもしれない。

 高校生のこんな時間がとびきり貴重だと思っているのかも。それには賛成。実際、貴重だ。

 幸い、温泉行きを思いついたカップルはまだいないようだった。


「水着、持ってきてないけど?」

「……裸でも、ユウとならいっかなって」

「タオルくらいは巻いておこう。あとから誰か来たら困る」

「ん。じゃあ中で」


 頷きあう。気配を感じ取れちゃうユウも、声を探れる私も、人を察知する力はちょっと並みじゃない。

 だからといって、恋人と二人で混浴することになんの抵抗もないわけじゃないし、どきどきするし。タオルを巻いて顔を合わせた時にはふたりしてはにかんじゃった。

 手を繋いで、奥の海にもっとも近い温泉に入る。

 ふたりでいろんな話をした。やっぱり話題は昨日と今日の二日間に集中する。


「――……そっか。女子はみんな、大変だったんだね」

「私のせいだよねえ、もしかしなくても」

「原因に関わったとしても……そこからの展開と、いまのそれぞれの状況は、個人によるところが大きいかな。青澄さんの機転もあるし、みんなが納得したからっていうのも大きい」

「……ほんと、ユウって素敵」


 ユウの優しい解釈に頷いてから、夜空を見上げる。


「ユウはさ。こないだ……私のことを、その。めいっぱい、抱き締めてくれたじゃない?」

「……うん」

「私って……その。人を選ぶというか。みんなに好かれる性分じゃ、どんどんなくなってて。自覚するばかりなんだ」

「身体を張って助けられるキミはとびきり素敵だと思うよ? ……それで?」


 否定してほしいところを私自身の肯定で返してくれて、しかも話を促してくれるユウは……優しいし、零組に選ばれる男の子だなあって思いながら続ける。


「私でいいの? ……たぶん、もっと素敵な子なんて山ほどいて。私は……ハルやキラリのこと、すごく好きで。それって普通の子と違ってると思うし」


 呟くように……波音にまぎれてくれたらいいけど。寄り添うユウには届くし。届かなきゃ、意味がない。


「……ユウは、私でいいの?」

「わりとそれ、聞くまでもないと思うんだ。それを言わせちゃう俺はまだまだだな」

「――……ユウは優しいから、そう言えるんだよ。私は……私なんか」

「なんかじゃない」


 唇の動きを指で止められた。


「いい? マドカはもっと幸せになるべきだと思うし、その役目は……青澄さんにも、天使さんにも譲る気はない。マドカとふたりで幸せになりたいよ……俺は」


 そっと抱き締めてくれて……タオルを取られる。

 唇が重なる。触れ合うささやかな――……。


「――……ユウ」

「好きだ。ひとつずつ……伝えていくから」


 優しさと甘さ。満ちていく。

 重ねた失敗に欠けて砕けた部分に染み込んでいく。

 露わになるのは、私の願い。どう生きたいのか……ユウが見つめる現実に重なっていく。

 気持ちよさに甘えたくなるし、ユウはむしろ甘えてと訴えてくれるの。

 理解してしまう。ハルが緋迎先輩に求めるように……ユウがくれる熱は温泉よりも心にしみて、癒やしてくれる。

 同じように癒やせるのなら……ユウに捧げたい。私のすべてを。

 そう思えるこの瞬間が、もしかしたら……先輩たちがくれた贈り物に匹敵する、とびきり大事な光なのかもしれない。

 愛している。そんな単純で、なによりも強い気持ちがあふれてくる。

 お湯に溶けないように……いつまでも、ふたりで――……。




 つづく!

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