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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百四十三話

 



 ハルとキラリが何かを掴んでいく。変わっていく。

 私だってメイ先輩とルルコ先輩のおかげで変わったけれど、それだけじゃきっと意味がない。

 ふたりが見つけたような、未来への方向性こそ大事。

 教えられて、叱られてばかりいる――……。

 どうしようもなくへこたれそうな暗い気持ちで泣きたくて、うつむきたくなった時だった。強い風が正面から吹いた。

 フブキくんのそばにいる北野先輩からだ。

 顔をあげると、目が合った。手招きをされたの。

 立ち尽くしているのもなんだかかなしくて、むなしくて。吸い寄せられるように近づくと、頭を撫でられた。


「お説教ばかりでいやになってきた頃じゃない?」

「……いや、その」

「飛び出す勇気を蛮勇に変えないためにも、自由に遊んでみない?」

「え……と?」


 あまりに気軽に言われて戸惑う私に、課題を乗り越えたのだろうフブキくんが地面に腰を下ろして苦笑いしている。


「サユ先輩、わかるように言ってくれることめったにねーから」

「フブキは勘がにぶいだけ」

「先輩、そりゃないっすよ」


 ふふ、と笑ってから、北野先輩は私から手を離した。


「メイとルルコに最初に可愛がられて、でも……あなたにとって楽しい何かに繋がらないと悲しいよね。あれだけふたりが愛されるのを目の当たりにしちゃうと」

「でも――……私、お世話になってるから、その」


 ふたりの先輩を悪く言いたくはなかった。いまの私の気持ちは、私のせいなんだもの。

 それはちゃんとわかっていたの。だからこそへこたれて、落ち込んでいるんだけど。


「お助け部はまず自分をお助けするって聞いたよ? ラビくん、こっち!」


 北野先輩が手を掲げると、すごく意外そうな顔をしてラビ先輩が駆け寄ってきた。


「ラビくん。追い込みはいいけど、逃げ道を用意しないと課題が成立しないでしょ?」

「……すみません。メイやルルコ先輩にも叱られました」

「なら、これ以上は野暮か。なら、マドカちゃんだっけ……メイとルルコだけじゃきっとあなたの願いを輝かせるには足りないから。私にもプレゼントさせてくれる?」


 予想外だし、望外の提案だった。


「――……いい、んですか?」

「うん。さあ……私の刀を握ってごらん。ラビくん、彼女の相手を――……ふたりともぼんやりしない。めったにしないんだから、こういうこと」


 北野先輩の言うとおりだ。メイ先輩とルルコ先輩、それに楠ミツハ先輩とか……ルミナのそばにいる伊福部ユウヤ先輩とちがって、北野先輩はそこまで干渉しない。

 苦手なのかと思っていた。それか人間のことがあまり好きじゃないのかと思っていた。

 自由に気ままに、誰よりも強く自分らしく生きている仲間だと――……メイ先輩とルルコ先輩から何度だって聞かされてきた。

 その先輩が……指導したフブキくんはもちろん、他の誰にも渡したところを見たことのない刀をさしだしてきた。

 恐る恐るにぎりしめる。

 私がへこたれて必死に曇らせた霧を晴らすような、強烈な霊子が流れ込んできた。

 あばれるそれが心の奥底にある願いを露わにしていく。

 飛び込めば、なにがあってもだいじょうぶ。力を使えば乗り切れるはず。そうしてみんなでひといきついて、先へ進める。

 そんな浅はかな、飛び込む前の一瞬の思いつき。

 結果はさんざんだったけど。

 それは――……。


『マドカならもっと、暴れて……道なんて切り開けばいいって思いそうなのに』


 光の言うとおり、そしてルルコ先輩の指摘のとおり、私は願いを途中で見失った。

 願うままに進めばなんでも叶う。

 そう信じてここまでやってきたはずなのに。

 わがままでも、自己中だとしても、まず自分がどうしたいか……その立脚点がだいじ。

 世界と向き合っていくうえで、どう折り合いをつけていくのか。自分の願いをどう叶えるのか――……思考して、分析して、試して。失敗を積み重ねて、やがて成功へと至る。

 その繰り返しでしかない。いつまでも、どこまでも。

 だからこそ、自分が胸を張って、笑って――……大好きなみんなと一緒にいられる道を進んでいこうという気持ちがなにより大事。

 曖昧な目標に縋ったのは――……舞い上がってわけがわからなくなっていたのは、私の未熟。

 刀が風を運んでくる。たくさんの仲間たちの匂いと――……草木や濡れた岩肌、氷の花が散らす水の香り。

 もっと貪欲になろう。願いのために。お助けするために。どこかでもういいや、と諦めたら――……ひどい結果になるんだ。証明されたのは、怠惰でいたら叶わないというあまりにも無慈悲で当たり前の現実でしかない。

 そんな思いときびしさに、さらにへこたれそうになった時だった。

 ひときわ強い風が刀から吹き出してきたの。それは私を包み込んで、くすぐる。


『反省はそのくらいにして。兎と狼の格闘戦を楽しんでみない?』


 伝わってきたのは、北野先輩の気持ちだった。


『世界にどんな顔を見せていたい? あなたは大好きな人に、どんな姿を見せていたい?』


 ――……光に、ハルに、キラリやメイ先輩、ルルコ先輩たちに。

 どんな顔、どんな姿を見せたいか。

 落ち込んでいる顔じゃない。失敗してる姿じゃない。

 ハルを見た。尻尾をすべて消して神々しさを身に纏って、メイ先輩の炎と一体になって緋迎先輩と戦っている。笑顔で。なにより楽しそうに。

 キラリを見た。氷の花を手にして、シオリ先輩とルルコ先輩と三人で微笑みながら、語り合っている。幸せそうに。

 うらやましい、と素直に思った。

 私もあんな風になりたいって、素直に思ったの。


『反省は未来に活かすためにある。落ち込むくらいなら、やっちまったっておどけてみせた方がいい。繰り返さないようにがんばる気持ちに変えたら、それでおしまい。次はもっといい結果になるためにがんばれば……もうそれだけで十分』


 風に煽られて浮かんでくる。

 初陣。ハルを追い詰めて苦しめてしまった。

 刀を抜いた日。みんなを送って沢城くんに挑んだけど、みんなに大変な思いをさせてしまった。

 星蘭との授業。マシンロボ初起動。けれど完勝とはいかなかった。

 数え切れないほどの失敗を積み重ねてきた。ほんとはずっとへこんでる。不安でこわくてたまらない。


『それがなに? あなたが笑って幸せになるために、それって本当にあなたのためになる気持ちなの?』


 ちがう。ちがうけど、失敗を忘れたらまたくりかえす。さっきみたいに。


『ずれてるよ』


 ――……風が止まらない。


『失敗を数えるよりもっとずっと、成果を数えよう。自分を傷つけるためじゃなく……お助けするために……笑顔になれる理由を数えよう』


 私の影から巻き上げられていく。

 数え切れないほどの積み重ね。私の刀たち。名もない一振りもあれば、ハルやキラリとの思い出の一振りもある。

 メイ先輩との思い出も、ルルコ先輩との思い出だって、ある。


『これ、ぜんぶ……あなたを傷つけるもの?』

「違う……私に力をくれるもの」

『そうだよね。なら――……今日の失敗も?』

「……私に、力をくれるもの」

『さあ、前を向いて。行動力は抜群、知恵も回るけど残念なところもたくさんある……完璧じゃない。そんなあなたの世界の延長線上で、男の子があなたを待ってる』


 ラビ先輩は刀を手に、微笑んでいた。

 北野先輩の刀を握りしめる。重たすぎる。私には、この刀はまだ……強すぎて、憧れすぎて心が届かない。


「それでも握っているのは、あなた」


 背中から抱き締められた。刀を握る手に、手を添えられる。


「弱さや失敗を理由にしたって、それはあなたを幸せにしてくれないよ。だってほら……あなたの心はなにより求めてる」


 無意識にたくさんうみだす私の黒いモヤすべてを吹き飛ばして、北野先輩が断言する。


「自由に、強く、気高く。どんな苦難も乗り越えて、優しく生きたいと……あなたの心が叫んでる」


 噴き出たすべての積み重ねの刃が溶けて、光に変わって――……北野先輩の刀に吸いこまれていく。刀を通じて私に流れ込んでくるの。

 積み重ねてきたのは、なんのため? きっと失敗なんて、生きていればこれからへこたれるくらいするだろうけど。

 立ち上がりたい。生きていきたい。笑って。胸を張って。私と出会えてよかったっって、みんなが思える私になりたい――……!


「見つけたその思いのままに――……いけ!」


 呼びかけられて、飛んだ。

 私を解き放つ先輩の心と繋がっている。

 だから迷わず振るえた。

 キラリが咲かせた氷の花の下にある結晶が私の風に舞い上がる。

 光る風の中――……微笑むラビ先輩と北野先輩の声が聞こえる。

 さあ、いけ。願いのままに、途中で諦めたり投げ出したりせずに――……思いを抱き続けろ。

 待っていてくれる。大好きな人たちがいる。

 まぶしさの中に――……みんながいる。

 焼きつけよう。そのすべてを。どんなにきびしい状況になっても瞬時に思い出して、切り開く力に変えるために。

 痛みも、出会いも――……絆も、これまでの運命もすべて。未来のために。

 取り返せない、伝えられなかったさよならは、途方もないやさしさを教えてくれた。

 いつだって……大失敗を犯した今でさえ、胸を張って言える。

 誰よりも大事な人が心の中にいる。メイ先輩とルルコ先輩が繋いでくれたから。

 突き進む。駆けぬけていく。

 傷つくばかりの生き方をしてきたけれど――……見つめたいのは、自分のおろかさじゃなくて。大好きなあなたたちの顔に違いない。


 ◆


 乗り越えた戦いの先に何が待ち受けているのか、答えなんて誰にもわからない。

 住良木レオは二年生の侍と刃を交えていた。

 星野カズマ。名のある戦国武将の御霊の持ち主とみた。となれば、いま刀をまじえる那月クリスもまた、同様に名のある武将か、あるいはそれに連れ添う妻の御霊の持ち主なのだろう。

 手強い。けれどランとともにふたりで挑む。そこまでしてやっと対等。歯がみするが、しかし受け入れる。

 自分の弱さよりもっとずっと、素直に相手の強さを認めて飲み込んでいく。

 弱さはなじるために……責めるためにあるんじゃない。自分自身が乗り越えていくためにあるものだ。

 獅子王の刀はいまだ、本来の強さを発揮できず。

 どれほど斬れる刀であろうと、業物であろうと……手にする侍が情けなくてはいけない。

 そう感じた瞬間、ランがはじき飛ばされた。そして眼前にセンスをつきつけられた。


「己を活かすも殺すも自分次第! 世界の声に耳を傾ける暇があったら、己がどう活きたいのか真摯に向き合え!」

「――……先輩」

「己を敬え! 理想なき心はおごりに繋がり、高ぶる自我はやがて己を殺す!」


 微笑み、ぶつけられるのは。


「ならばこそ不敬! 人は心に国を持つ! 己の国の王たる資格を手放すそなたはまこと、そなたの国の犯罪者だ!」


 那月先輩にとっての生き方であり、ルールによって照らし出される己の弱さ。

 責めるのでなく、なじるのでなく、それは乗り越えるために存在する。


「王になれ! 隣人たる王たちに胸を張れるよう、まずは己の国の王になれ!」


 震えた。ランのお兄様や、姉上や……父や、会社の人々と出会って、導かれ、時に痛烈に叩き込まれた帝王学とも違う。


「覚悟はいらぬ! 尊厳など感じる手間すら惜しい! 既にそなたは生まれながらにして王位を継いでいる!」


 握りしめる。


「これほどの王や女王たちに抱かれて、敬愛を受けて――……それでもなお不敬を重ねるというのなら、即刻たたっ切ってやる!」


 笑って答えた。


「この身は既に獅子に捧げた。勇気は既に掴んでいる――……押し通る!」

「そうこなくては!」


 華やいだ笑顔で扇子を引いて刀を構える先輩と睨みあい、笑いあう。

 猛る思いは未来を覗きたい願いに繋がっている。


「総員! 全力をもって市街地へ突入せよ!」

「「「 応っ! 」」」


 大勢が答えてくれる。それぞれの国の王たちが叫ぶ。未来を求めて。

 ならば突き進むまで!


 ◆


 ユリカをこの腕に抱いて、刀を振るうにしても星野カズマは手強い。


「女を抱いて忙しないな。共に斬るとて面倒だ」

「――……タツさま」


 ユリカの手が己の刀に触れる。

 委ねて預け――……レオと姫宮のように、ふたりで並ぶ。


「ほう? どう見ても心得のない女とふたりで挑むか」


 笑われても構わぬ。


「しれば迷い、しなければ迷わぬ恋の道」

「白牡丹……月夜月夜に……染てほし」

「「 さしむかう……心は清き、水かがみ 」」


 内にある心は二人にしてとうに一人。

 重なりあい、魂を結んだ我らの心はとうに――……


「「 舞う吹雪、桜の錦――……雪は鬼 」」


 共に鬼へと転じて人を食らう者なり。


「総員、放て!」


 弾丸が放たれる。火線を共に切り結んで、先へと進む。

 レオの号令が聞こえた。市街地へ。押し通れ。

 駆けるのでは足りぬ。

 ユリカが飛んだ。俺の心の願いのままに――……己の心のままに、我らふたりに寄り添う白馬に雪を変えていく。ユリカを抱き上げ馬へとまたがり、星野カズマへ突き進む。

 弾丸を避け、旋風となりて――……ただ、参る!


 ◆


 仲間を背負ってよたよた歩くシロを横目に見て、コマとふたりで苦笑い。


「シロ、手ぇかそうか?」

「いらない……彼女は、僕の、大事な人なんだ……く、そ」

「意地はるなって。人間ってのはな、重たいもんなんだよ。特に気絶したり寝てる人間はやばい」

「それでもだ!」


 汗だくになって歩くシロを見て苦笑いしかでない。

 女子の平均体重、五十キロ弱。

 鍛えている仲間は見かけこそ細いが、想像よりはずっと重たいだろう。デリケートな話題だからこそ、仲間が気絶している今しか言えないが。

 五十キロ半ばか? だとしたら、たとえば市販の米の袋が二キロだとして二十五袋分。

 とてもひとりで運べる重さじゃない。

 タツの野郎は俺を運んだけどな。

 あいつは体力おばけなところがあるから不思議じゃない。


「コマ、なんとかいってやれよ」

「彼の気持ちはわかるから、俺からはなんとも」

「けっ」


 さっさと起こせばいいと一瞬おもったが、頭を振った。

 俺も佐藤エマに斬られてかなりきつかった。仲間も同じか、あるいはそれ以上に手ひどくやられた可能性すらある。起きろというのは酷な話だ。

 俺も正直、まだまだ本調子じゃない。淀みのようなものを斬られた感覚はあり、それが新たな境地を見出す心境を作り出してくれたのだろうが……それでも失われた血は戻っておらず、ふらつきそうになるのをごまかせない。

 正直、コマに肩を借りたい気分になってきた。

 さてどうしたもんかと悩み始めたときだ。平原を進む俺たちの進路に、生徒の集団が見えてきたのは。

 二年生たちがいる。一年生たちもいる。その中に――……ノンがいる。

 こっちに気づいて、すぐに駆け寄ってきてくれるのは助かる。

 素直に抱き締めた。


「わぷっ!? ぎ、ギン?」

「わりい……ちょっと抱かせてくれ」

「……もう、抱かれてますけど?」


 恥ずかしくてたまらないという声を出すノンを腕に抱いていたら、力が抜けそうになった。

 迷わず注がれていく。ノンの日向のぬくもりのような霊子。

 満ちていく。生きている――……そう感じて深呼吸をした。

 駆け寄ってきた一年生の刀鍛冶に仲間をアゴで示す。


「たのむわ。ちょっと、霊子をわけてやってくれ」


 頼んで、それからノンに尋ねた。


「勝ったか?」

「当然です!」

「そっか。そうだと思ったよ」

「もう……適当なこと言って」

「わりい」


 笑って、そっと離れてもう一度地面に腰を下ろした。

 今度ばかりはちっと疲れた。そういう意味じゃ、佐藤エマの言うとおり……「俺が暴れないくらい」の攻撃とやらは確かに与えられていたに違いない。

 仲間もこりゃ無理そうだ。それでも――……だからこそ、俺たちは強くなる。

 頑固に意地を張るように自分の内側に閉じこもるのではなく。

 他者とふれあい、失敗を積み重ねて――……負けても、やがて勝つために。

 生きていく。そのためにも。


「ノン。一区切りついたら……ちっと膝を貸してくれねえか?」

「……どうしたのです? も、もしかして、傷がつらすぎるんです?」

「ちげえよ。疲れたから眠たいだけだ」

「も、もう! 授業中ですよ?」

「いいの。俺も仲間も、シロもコマも……今日は終いだ。営業終了です」

「ちょ、ちょっと! 狛火野さんまで笑って寝転がっちゃうです!? ま、まってください。ここで寝られても困るといいますか! もー! 並木先輩がこっちをにらんでます! 起きてください!」


 必死に腕を引っ張るノンに笑う。

 仲間の手当てが済んだから、仕方なく起き上がった。

 他の部隊と連絡が取れたのか、並木生徒会長は俺らに中心の市街地区へ向かうように伝えて去っていく。

 レオやタツの野郎は――……心配いるまい。

 空を見上げる。日がゆっくりと傾いて、青が深まっていく。

 その色の美しさに見惚れて思う。今日は気持ちよく眠れそうだ。


 ◆


 まさかカナタに抱っこされて移動する羽目になるとは思いませんでした。

 マドカはルルコ先輩に、キラリはメイ先輩に抱っこされているこの状況、いったいなんだろう。

 いや、わかってるの。三年生の刀を借りた私たち三人そろって、自分らしい力を掴んだのはいいけど……そこで体力が尽きてまともに動けなくなっちゃったんだ。

 市街地に運ばれて、寝かされる。

 レオくんたち、他の一年生が集まっていて……みんなして、刀を取り戻すぞ! 遺跡の攻略だって盛り上がっているんだけど。

 ベッドに寝かされて、輪に入れないのです。カナタたちの治療も一区切りついていなくなっちゃって、寝返りを打ったの。

 尻尾は九本戻っていたよ。昂揚の感触と、纏いの変化の感覚は残っていた。

 新たな力を使って参戦したいのはやまやまなのですが、力尽きて無理そうです。ううん。


「マドカ、生きてるか」

「……なあに? 心配してくれるの?」

「べつに……へこんでたら、いじってやろうと思っただけ」

「心配してくれたんだ?」

「……もうそれでいいよ」


 キラリとマドカが気のない声をだしていた。

 獣耳は捉えている。トモやギン、狛火野くんやシロくんの寝てる吐息。そして私たちがいる寝室のある豪邸のそこかしこではしゃぐみんなの声。


「……ミナトたちは無事なのに、あたしだけこの体たらくとか。ないわ」

「先輩に刀を返した途端、一気にきたよね」


 愚痴に苦笑いしながら言い返す。

 そうなんです。カナタと戦って力を確認して一区切りつけて、メイ先輩に刀をお返しした途端に身体に力が入らなくなったの。

 メイ先輩の熱の名残が残っている。けれどそれは私と違う心だから、どうしたって消耗する。

 カゲくんたちがいて、レオくんたちはまだまだやれそうで。豪邸の前にいた白馬に寄り添うユリカちゃんや姫宮さんの顔は輝いていた。

 きっとやりきれるに違いないけれど――……悔しいのは、その輪に入れないこと。

 こんこん、とノックの音が聞こえたの。

 入ってきたのはシオリ先輩だった。


「寝ちゃうんならよそうかと思ったけど、まだ三人とも起きてるかい?」

「「「 なんか、寝ちゃうの悔しくて 」」」

「……去年のボクやラビ、ユリアも同じ目にあったんだ。同情はするけど、フォローできるのはこれくらいかな」


 シオリ先輩が空間に触れると、天井に映像がうつしだされたの。

 島のあちこちが映し出されている。


「ま、観戦しながら……力尽きたら素直に寝てね。それじゃあ」


 出ていっちゃった……。

 映像にうつしだされた豪邸の入り口から、レオくんたちが決死の顔で出発していく。

 ノンちゃんたちがコナちゃん先輩やミツハ先輩に指導されて、大地のありようを変えていく。

 龍の山の口は閉じていき――……祠は金色を嵌められて扉を開く。

 途中にある像や書庫。数多の知識にレオくんたちが意識を奪われる。

 書庫には仕掛けが施されているようだった。

 書籍を一通り読んで答えを導きだすと、部屋の隅から巨大な岩が追いかけてくる。

 逃げ延びた狭い通路の先に、ミイラがくくりつけられていて、みんなが近づくと着火して爆発していくの。途中に見える財宝の眠るほらあなに誰かが足を止めかけるけれど、別の誰かが手を掴んで引っ張っていく。

 通路を抜けた先に巨大な洞穴があって、帆船が浮かんでいた。水がうねりをもって下の島に向かっている。その手前にいるのはライオン先生たち、教師陣。


『総仕上げだ――……かかってこい。どれほどの成果を掴んだか、確かめる』

『お前ら、いくぞ!』


 カゲくんが吠えて、侍候補生も刀鍛冶も挑んでいく。先輩たちに見守られながら。

 いいなあ……羨ましいなあ。あそこにいたかったなあ……。

 手を伸ばす。掴めない。託すことしかできないの。


「がんばった……よね」


 呟いてみる。


「けど、それだけじゃ足りない……」


 キラリが呟く。すぐにマドカも続く。


「みんなと一緒にいたい。その願いを叶えるために――……もっと、心のままに」


 三人で顔を見合わせた。なんだかひとりで寝ていたくなくて、もどかしい気持ちでいたら、重たそうに身体を起こしてマドカとキラリが真ん中にいる私のベッドにきたの。

 三人で並んで、手をつなぐ。


「今の私たちじゃ足りない」

「だから……引き寄せたい」

「笑って乗り越えられるようになるために」


 気持ちはひとつだった。

 ふと思ったの。


「メイ先輩とルルコ先輩と北野先輩にも、こんな瞬間があったのかな」


 私の問いかけにキラリがため息を吐いた。


「……だとしても、不思議はないな。あの人たちにだって、一年生の頃があったはずだし」

「きっと……あの三人くらい、私たちも未来へいけるよ」


 マドカが笑う。

 素直に明るくいられる方がずっとらしくて好きだ。

 キラリにも、私にも言えること。

 もっと素敵に生きられる輝きがあるはず。それに気づかせてくれた先輩たちには感謝しかない。

 ――……胸の内に注がれた熱を歌うの。


「愛してるの――……私やみんなのだめなところも笑ってのみこんで、前に進めるのは。みんなで生きる今に恋をしているからなんだ」


 マドカが首元に顔を埋めてきた。

 キラリが肩を寄せてくる。

 三人で深呼吸をした。眠気が増してくる。安心感の中で目を伏せる。

 一緒にいたいから――……そばにいて、手を繋ぐ。

 繋がる熱の分だけ、きつい瞬間だってきっとあるだろうけど。

 この熱が私たちを少しだけあたためて、元気にしてくれる。

 映像にうつしだされたみんなもきっと、繋がりを増していくに違いなくて。

 ぬくもりの先にある幸せにひたりながら眠るの。

 みんなだいじょうぶかな、なんて思わなかった。うらやましさはすぐに消えて――……胸の中からあふれてくる、メイ先輩がくれたぬくもりとルルコ先輩が照らしてくれた道へのすがすがしさの中で、夢を見たの。

 これまでのこと。たくさん。

 ぜんぶいまに繋がってる。

 きっとすべてが愛なんだ。つながるすべてが愛なんだ。つらいことも、うれしいことも、ぜんぶ。へこたれてちゃもったいない。

 だってきっと……いまの自分が愛なんだ。みんながくれた愛なんだ。だから胸を張って歩きだせばいい。

 この熱のつよさがきっと……明日の太陽に届くんだ。

 それなら……私にとっての二日目の授業はもう終わったに違いないよ。

 みんなもきっと、それぞれに素敵な贈り物をもらう。そんな一日になる。

 今夜の晩ご飯が楽しみなの。

 きっと笑顔で語り合えるに違いない。

 だからいまは――……少しだけ、お休みしよう。


 ◆


 士道誠心の学院長――……かの人と共に島の中心に眠るご神体に祈る。

 寄り添うカグヤ。警察関係者でも来場を許可されたのは、緋迎シュウ……ただひとり。

 在学中に至れなかった島の最奥部にて、見つめるご神体は七福神、十王、八百万の神々たち。

 数えきれぬほど祭られたそれを照らすロウソクの明かりを見つめながら、思いに耽るのではなく問いかけた。


「なぜ……私たちをここへ? 私だけならいざ知らず、カグヤまで連れてくるようにお誘いまでいただいて」

「なに。学舎を巣立って久しいかつての青年の門出を祝いたいだけじゃよ」


 快活に笑う学院長の心は読めない。

 獅子王教諭をはじめ、傑物が多い学校を経営するにしても、何度も厳しい状況があっただろう。それを常に乗り越えてきた人物だ。

 住良木財閥の頂点に立つ男ですら敬意を表して接するかの人物は、つかみ所がない。

 警察でも、警察にならなかったかつての同級生たちの間でも話題にすることがある。

 学院長は老いず、壮健であり、隙がない。

 邪気もなく……その心は情愛に満ちている。

 ――……よそう。

 勘ぐるよりも、素直に浸ろう。

 像の造形はあまりに見事で、けれど長き時を過ごしてきただろうことは霊子の糸を飛ばして触れれば明白。

 ただの像でしかないはずなのに、しかし立ち並ぶそれらの迫力はかなりのものだった。


「在学中、ここへ至った生徒は?」

「ワシが知る限りは……そうさな。お主の父くらいか。三年次のことじゃった」


 我が父をして、三年目にやっとか。

 島に二つ存在する街も、地形もそのすべて――……時代に即して形を変えてみせる幻。

 根っこにあるのは、目の前に並ぶ像を秘すかつての侍と刀鍛冶の修練場でしかない。

 場の事実には気づいていたつもりだが、このような場所があるとは思わなかった。


「――……耳が痛い。私は未熟者ですね。今日、ここに来るまで気づかなかったのだから」


 苦笑いを浮かべる。

 寄り添い像を見つめるカグヤは黙して語らず。

 ただ……像のすべてを記憶に留めようと夢中になっていた。

 それを見て、思い悩む私に声が掛かる。


「緋迎シュウ――……政界に誘われている、と。ここのところはよく耳にする。どうなさるおつもりか?」


 学院長の笑顔の問いかけに、苦笑いで答えた。


「私にはどうも先見の明がないようですし、社会情勢を見ればみるほど向いていないと痛感する毎日です。侍と刀鍛冶……その道を生きます。父と母のように」


 去年に抱いた夢と現実の乖離は心に痛く、何度も顧みた。

 だからこそ、いま胸に抱くこの思いに迷いはなく、素直な気持ちとして告げられる。


「時代は変わりつつあります。現世はきびしく、けれど隔離世から夢を連れて若人たちが未来を切り開こうとしている」


 後輩たちの成長は頼もしい限りだ。

 警察に進む学生は減るかもしれないが……それでも隔離世の安全が保たれるのであれば、不安はない。

 そも、己が指導する星蘭もいる。彼らは迷わず自分たちと同じ道を進むだろう。

 ならば――……。


「私は刀を手に、今を守ります」


 やはり、不安はない。


「あなたも……あなたの大事な女性もまた、若い。夢はもう捨てましたか?」

「いえ……憧れた父のように強く、情愛に満ちた母のように優しくこの道をいきます。彼女を愛し、家庭を築き――……次へ繋いでいくのが、いまの願いです」

「――……私も」


 カグヤが手を繋いできた。たおやかな指に触れ、微笑む。


「学院長……このような時をくださり、感謝いたします」

「主語の大きな人物には気をつけなさい。謙虚にお勤めに励みなさい。繋いだ熱を大事になさるといい」

「――……はい」


 頷く。学院長の言葉は、日頃職務に励むほどに身に染みる。

 やはり、底の知れないお方だ。けれど贈られる言葉は応援ならば、素直に受け入れる。


「綺麗ですね――……」


 ゆらめく炎に照らされる神々の微笑む像のすべてを見つめて囁くカグヤに頷いた。


「ああ……」


 祝福を授けてくれるのならば胸を張って進もう。

 後輩たちはそれぞれの道をいくに違いない。

 同じように――……私もいこう。

 この手に繋いだ絆を大事に守りながら――……。




 つづく!

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