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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百四十二話

 



 ハルがメイ先輩の刀を手にしている。緋迎先輩と向かいあい、睨みあう……その立ち会いを見守る私はルルコ先輩に抱きかかえられていた。


「マドカちゃん?」

「――……はい」


 怒っているのは明白だった。

 当然だ。私はいつだって暴走しがちで、そしてさっきの飛び降りはまさに失点だったから。

 みんなの安全を預かって決断したけれど、それは間違いだった。明らかに。


「反省したらよく見ていてね。そして絶対に歩みをとめちゃだめ。くよくよせずに考えて? あなたの力の意味を、もっと真摯に」

「――……ルルコ先輩」


 もうなにもするなとか。黙って大人しくしていろ、ではなくて。

 次は乗り越えられるように、成長して。

 きびしく強いエールが痛くてたまらない。

 責められたほうがずっと楽で、けれどルルコ先輩は甘やかさないんだ。


「てんぱると無謀になったり、普段の聡明さを手放すのがマドカちゃんの悪い癖。前に言われたことあるよね?」

「――……その」

「あなたの失敗は、あなたをうつむかせるためにあるんじゃない。しゃんとして前に気をつけて、未来に向けて、しっかりふみだすためにあるの」


 指先が額に触れる。清水のような清冽な霊子が流れ込んでくる。私の暗い気持ちや焦りや不安を涙に変えてあふれさせて……ルルコ先輩は微笑む。


「よし。その顔だ。ぶっちゃけ、ラビくんたちの追い立て方がまだまだへたっぴだったから。次はもっとちゃんと見抜くんだぞ?」

「――……はい!」

「よし! それじゃあ……次の子だ」


 ルルコ先輩に下ろしてもらって、背中を見送る。

 ハルにメイ先輩がつくのなら、ルルコ先輩が向かう先は明白――……。


 ◆


 春灯が真中先輩の刀を手に、激励を飛ばされながら緋迎先輩に立ち向かっていく。

 そんな中で、私に歩み寄ってきたのは南先輩だった。


「キラリちゃん。あんまり絡みないままここまできちゃったけど、いいかな?」

「――……別に。気にしてないですし。春灯とマドカばかり先輩にかわいがられるのはシャクです。私だって、先輩の後輩なんですから」

「そうだね」


 ぶんぶん揺れる私の尻尾を見て、ルルコ先輩は笑って差し出してきた。

 真中先輩が春灯にそうしてみせたように、自分の刀を委ねてきたのだ。

 ――……重たくて、冷たくて。凍えそうになる。何かが身体に流れ込んでくる。

 覚えならある。中学時代――……小学校時代、クラスの連中とそりがあわなくなったり……結に言い返されたり、距離が離れた時に感じた孤独の冷たさ。

 それだけじゃない。

 あふれてくるのは、孤独だからこそ感じる……誰かの思いの熱。この刀から感じるのは、南先輩の思いの熱。


「シオリ、おいで」

「――……やっぱり、ボクですか」

「まあね。ラビくんもユリアも、なんと緋迎くんさえ……コナちゃんの勢いの強さと頼もしさに甘えちゃうし、コナちゃんもそれで成立しちゃう」


 じゅうぶんすごいと思うけど、先輩の言葉は続く。


「そもそも人間は失敗する生き物なので、手抜かりがうまれるのは……ある意味では必然なの。だからこそ、シオリ。あなたがしっかりしなきゃだめ」

「……反省してます」

「なら、キラリちゃんの相手……ちゃんとできるよね?」

「はい!」


 決意の表情で刀を構えるシオリ先輩のやる気が増していく。

 川を凍り付かせたあの刀は、南先輩と同じ流れをいく一振りに違いない。


「キラリちゃんはさ。マドカちゃんの逆で、ばかになりきれないのがちょっともったいない。変えてみせよう」


 隣に並ぶ南先輩が指を鳴らした瞬間、刀から何かが溢れてきた。

 それは私の手を伝って、私の内側を通ってジャージに伝わっていく。纏いの衣装とも違うコスチューム。胸の内側からあふれてくるのは、不思議な高揚感。

 だって、いまのコスチュームは私が幼い頃に夢見た戦う女の子の衣装そのものだった。私の背丈にあうように、きちんと整えられていて。


「ここから――……変えていくの」


 衣装の端から氷に変わって砕けていく。さらさらと雪の結晶に変わってちらついていく光の星。


「なんで猫になったのかな? 解き明かしてみせると、それはきっと――……」


 そうして残されていくのは、士道誠心の制服。旅館に残してきたはずの、基本の服。


「士道誠心の仲間になりたいというあなたの強い願いがあったから。ハルちゃんに憧れているから――……あなたなりの答えを出したからに違いないよ」

「でも、そんなの……知らない」

「あなたが認めてないだけ。心の奥底に眠っているはず――……」


 刀は重たい。まともに扱える気がしない。どうもしっくりこない。

 ――……はずだった。


「だって、ほら。仲間になりたくて、来たんでしょ?」

「――……はい」

「ならもう。とっくに一員だよ」


 その言葉を受け入れて、飲み込んでしまうと――……わかるんだ。

 気づいてしまえばずっとずっと、私になじんだ思いであり、願いの結晶だった。

 南ルルコの心に気持ちが重なっていく。


「さあ、見つめて。あなたを選んだ先輩が、あなたのために本気を出そうとしている」

「――……クラオカミ。出し惜しみはなしだ。きっと彼女なら、ボクらの世界にこれるから!」

「もっと素直に願いを形に変えて! 認めて声に出していこう! キラリちゃん!」


 南せんぱ……ルルコ先輩の声にこたえるように、叫ぶ。


「寒いから手を伸ばす! 熱を求めて近づく! あたしはただ! ひとりにするのもされるのも、大嫌いなんだ!」


 虚飾のない素直な気持ちを叫んだ瞬間、刀が暴れた。

 ルルコ先輩にしか正しく扱えないだろう御霊が呼応して、あたしの霊子を氷の龍へと変える。飛んで、羽ばたいて、シオリ先輩を飲み込もうとした。

 直後、一刀両断。そんな未来が待っていても不思議はないとさえ思った。

 けれど龍の背に飛び乗り、刀を突き立て――……霊子を注ぎ込んでくる。龍の尾を通じて刀を越えて、あたしの中に流れ込んでくる。

 ルルコ先輩だけじゃない。シオリ先輩の霊子が。

 二人はとてもよく似ていて、それはあたしも一緒なんだと痛感するような――……そんな霊子が。

 とてもシンプルな共感を引き出されるように、あたしの心の奥底から何かが引きずり出される。シオリ先輩が刀を引き抜いた時にはもう、龍は砕けて散った。

 残されたのは、ただの氷の花――……。

 シオリ先輩がそっと手に取って、あたしに差し出してくる。

 受け取ったそれはとても冷たくて、けれど痛くない。

 あたしの手の熱を吸ってもとけない、霊子の……心の花。たった一輪。

 刀を持っていられずに、そっと地面に突き立てた。瞬時に土や岩肌が露出した大地に氷の花が咲いていく。あたしの心をすくいとって、水を失った川底を花畑に変えていく。

 見渡した。

 ミナトとユニスだけじゃない。みんなそれぞれに、先輩たちに囲まれて戦いながら教わっていた。誰の熱にも溶かされない――……ただ一人を除いては。


「――……そっか」


 真中先輩の刀を振るう春灯のそばに咲いた花だけがとけて――……鮮やかな色を露わにしていくんだ。ここまで露骨だと恥ずかしいけど。

 そうだね。あんたと出会って、そこからあたしの世界は変わっていったんだ。

 いつかはリョータはもちろん、ユニスやコマチたち十組の仲間や……シオリ先輩たちお助け部のみんなや、出会う人たちに素直な色を見せられるようになるだろうか。

 ――……仮定じゃないな。

 なるんだ。すべてはここから。

 この花がいまのあたし。

 雪解けを待つ――……あたしの心の奥底にある願いをもっと知っていこう。

 きっとそこから、なにかが変わっていくに違いない。

 実際、今年度はやばいくらいすべてが変わっていった。

 だから……変化は続く。あたしが進み続ける限り、ずっとね。

 そうでしょ? 春灯!


 ◆


 メイ先輩の刀の霊子の途方もなさといったら、なかった。

 カナタの扱うお姉ちゃんの炎に決して負けない。それどころか、私の手を通じて内側にある熱をあげていくの。

 どんどんテンションがあがっていく。暴れモードのマドカさえ、目じゃないくらいに。

 燃えてあがって歌う時のような絶頂感。こんな最高の熱を、メイ先輩は心の内に宿して戦っているんだ。ううん、ちがう。メイ先輩自身の熱が、最高なんだ。

 振るう軌跡に金色の炎が通り抜けていく。漆黒の炎と重なっていくの。


「――……俺じゃない熱でそこまで燃えて! 嫉妬するな!」


 カナタが笑いながら悔しそうに叫ぶ。


「ごめん、私も! 私ひとりじゃカナタをここまで本気にさせられないから!」


 叫び返す。流れ込んでくるのは、メイ先輩の思い。

 語るよりもずっと濃くて膨大なメッセージ。

 へこたれたり、ながされたり。おどろいたり、不安になったり。

 昨日よりずっと、今日は激動すぎて。いつだって必死になってやってきたけれど、私らしくあろうとする気持ちをどこかで見失っていた。

 みんな、そうだったと思うんだ。

 変わっていく日常に流されて、自分のことさえわからなくなって――……それでも必死に抗ってきた。なんとかしようとしてきた。

 失敗も、たくさん。だからこそ、経験値も、たくさん。

 それをかみ砕いて力に変えるだけの余裕がなくて、焦ってばかりいた。

 けどメイ先輩の熱は引き出してくれるの。


『ハルちゃんはどうしたいの?』


 お助けしたい。

 暴れちゃうマドカも、動揺しててんぱるキラリも、流されちゃう私自身も。

 がんばって導こうとして、それでもうまくできない二年生の先輩たちさえも。

 みんなみんな、お助けしたい。私にできることがあるのなら、したいの。


『じゃあ……激しい逃避行の締めくくりは?』


 笑って吠えた。


「カナタ! お姉ちゃんの力の使い方、一つ見えたの!」


 カナタの顔色が変わる。動揺してる。そりゃあそうだよね。私たちを教えて導くのがカナタたち二年生の試練に違いないから。でもいいの。私たちが伝えちゃだめなんてルールはない。


「メイ先輩のアマテラス――……この熱のように!」


 重なる刀、弾かれて飛び退いて。

 あふれてくる霊子を全力で取り込む。尽きない太陽。

 染められるんじゃなく。焼かれてしまうのでもなく。

 私が私を変えていくんだ!


「――……受け取るんだ! 先輩の気持ち!」


 霊子は熱。私の内側に宿る――……明坂ミコさんがいつかくれた吸血鬼の纏いに繋げて、変えるの。私が私らしくあるべき姿へ!


「天照大神! 大神狐タマちゃん! 重ねて変われ――……白面金毛九尾!」


 私の未熟な身体を越えて、心の願うままに!

 雪に化粧されて戻らなかった髪の色がさらに輝きを増していく。

 かつて夢見た衣装は今の私の願いに重なる衣装へ切り替わっていく。

 黒は白へ。そして赤へ。金の刺繍を交えた着物へ。ミニスカート丈なのはご愛敬。動ける服装じゃないと、戦えないもの。

 それだけじゃない。


「吸って! 吸って! お姉ちゃんの黒さえ私の内に宿るもの!」


 カナタの刀の黒い炎さえ引き寄せて胸に宿す。

 尻尾がすうっと消えていく。これほどの贈り物をもらった私が妖狐に留まる道理なんて、もはやないんだ!


「大神狐進化!」


 刀を持ち上げる。さっきよりもずっと手に馴染む。

 内から溢れる粒子は金と黒。それらはやがて眩い白金に転じていくの。


「カナタだってできるはず! 尻尾を掴んで、お姉ちゃんを宿しているのなら!」


 笑って断言する私にカナタは苦笑い。


「――……お前ほど突っ走れない。なるほど、これが今の俺の限界なわけだ。しかし」


 すう、と息を吐いてからカナタが気迫を込めて刀を握った。

 黒い炎が噴き上がる。赤と混じってカナタの全身を包み込んでいく。

 私とは真逆の方向性。それはむしろ素直にお姉ちゃんの力を身体にあらわすやり方に違いない。


「どこまでやれるのか、確かめるくらいの力はあるぞ。さあ、こい!」

「うん!」


 飛んで刀をまじえる。いつもの訓練といえばそうだし、いつもと明らかに違う点もある。

 ずっと素直に戦える。それだけのことが嬉しい。

 私らしくあれ。そう励まして、冷え切った心をあたためてくれるその愛情の力がどれほどかけがえのないものか、思い知らされた。

 もう忘れない。メイ先輩のくれた熱を胸に、ルルコ先輩が示してくれた道を……私の進みたい道を、私らしくいこう。

 流されている場合じゃないよ?

 だってさ。いまがこんなに楽しいんだから! 流されてばかりじゃもったいないよ!


 ◆


 殺気を感じて目を開けた。

 タツの背中にいて、どうやら正面にある街の手前に鉄砲を手にした先輩たちがいる。


「わりい、タツ。おりるわ」

「ギン……いいのか?」

「おうよ。不思議と、すっきりしてんだ」


 呟いて、タツから下りた。

 身体の内側が妙な具合だ。ノンに繋がれたというだけじゃない。佐藤エマに斬られた箇所が妙に心地いい。変な趣味に目覚めたか? まさか。あり得ない。

 だとしたら、何か。わからないが、どうでもいい。


「あの女は?」

「窮地にも関わらず、お前はいつも通りだな……ずっと手前、コマと仲間、結城が立ち向かっている」

「そうか」


 囁いてふり返った。

 退路に先輩はいないわけか。逆に言えば、進むなら倒さなきゃいけないわけだが。

 さて、どうしたもんか。


「いけ」


 タツの断言に思わず問いかけた。


「いいのかよ」

「捨て置けなくて背負ってきた。しかし起きてその様子なら大丈夫だろう。好きにしろ」

「そうだけど――……そうじゃなくて。この場をなんとかしなくていいのかっつってんだよ」

「なに」


 笑うタツにユリカが寄り添う。

 刀を手に指示を飛ばして戦闘準備態勢に入っているレオたちを見て、タツは言いやがった。


「俺がいる」

「そうかよ……じゃあ、いくぞ」

「ああ。ケリをつけてこい」


 言われて悔しいけど、すかっとした。

 走りだす。迷わずまっすぐ。なに、鼻は利く方だ。進む。

 走れば走るほど、不思議と身体に力がみなぎってくる。

 地を失ったから残った体力は正直もうほとんどない。すっからかんだ。

 それでも思う。

 この調子ならいけそうだ。待っていろよ――……!


 ◆


 仲間たちの戦車が次々と倒されていきます。

 並木先輩に負けじと私も上半身を出して戦車の指揮をしたのですが……どうも手強すぎます。

 ハリセンを手によく通る声で指示を飛ばす並木先輩とその部隊の練度は高すぎました。

 どうやらこの日のために、ずっと練習してきたようです。それほど手慣れた動きで追い詰めてきます。対してノンたち一年生の刀鍛冶はどうしたって戦闘経験が足りません。

 ミツハ先輩が提唱する刀鍛冶の戦闘参加の必要性をひしひしと感じます。

 侍候補生に委ねるばかりで邪の討伐に参加せずにいるようでは、戦場で命を削る侍候補生の気持ちに真に寄り添うことができないのだと感じました。

 砲弾が飛び交うたびに仲間がやられ、撃てば撃つほど無力を思い知らされる。車体を滑らせる走り方、そうとう練習したに違いないです。

 それでも善戦はしました。五割の損害を与えましたよ。こちらは七割減ですけども。


「――……やばい、ですね」


 柊さんの訴えに爪を噛みます。


「なんとかならないのかな……このままじゃ、やられちゃう!」


 林の中に逃れながら、日下部さんが悔しそうに訴えてきました。

 必死に考えながら、周囲を見渡します。

 砲弾が飛び交う音が聞こえてくるけれど、構わず探して――……見つけたのは、くぼんだ丘の下の影。


「泉くん、右前方にある丘の影に移動してください」

「アイ・サー!」

「日下部さん、残った生徒に伝達。林の中で逃走に集中。敵機の視界から逃れた戦車は物陰に隠れて息を潜めて待機。敵が逃走中の車両を追いかけて先へ移動したら、後方から追走。各個、距離を保ちながら攻撃してください!」

「了解!」


 戦車の動く音に耳を澄ませながら思考します。

 それでもこれが正しい答えかわかりません。戦況は明らかに不利。この状況下で覆せたら、それはもう奇跡と言っていいでしょう。

 そっと車体に腰掛けるミツハ先輩を見ました。

 戦車に乗ったら、中にいたんですよね。

 みんなミツハ先輩にしごかれたことがあり、その恐ろしさは身に染みているので、誰も出ていけなんて言えませんでした。実際、出てきて腰掛けちゃいましたし。

 どうせそばにいてくれるなら、勝利への道筋を教えてくださってもいいかと思うのですが。やっぱり実際きびしい方なので、ジロウ先輩ならともかくミツハ先輩の場合は望み薄です。

 遠くで砲撃の音が立て続けに起きました。


「――……また一機おちたよ。さあ、佳村。どうする?」


 ミツハ先輩の酷薄な声に歯がみするしかありません。

 こちらは予習なし、戦車での戦い方なんて知らない。だからこそ、劣勢は必然。

 戦車での戦いに勝ち目はない――……。


「あのよ。先輩への敬意は大事だけど……このまま負けていいのか?」

「……泉くん?」

「これまでやってきたことの積み重ねの延長線上に、自分たちなりの新しい道を模索するってのは、口で言うのは簡単だけどよ。囚われてちゃしょうがねえだろ。俺たちはさ。マシンロボを作り出したんだぞ?」


 その言葉に思わずまばたきをしました。


「先輩たちがやりたいように仕掛けてくるなら、こっちもやりたいようにやるべき……そういうことですか?」

「そうだ。既存の霊子を活用するって意味じゃ、戦車を扱うことには意義がある。けどな……それだけで満足していいのか?」

「――……ふっ」


 ミツハ先輩が笑いました。泉くんの言葉を受けて、初めて……嬉しそうに。

 泉くんの言葉の方向性に期待しているに違いありません。

 だとしても、戦車からの先なんて……どうしたら。


「考えなら、あります」

「柊さん?」

「一年生のそれは61式戦車。二年生のそれは74式戦車。第一世代と第二世代の戦い――……というとちょっと語弊がありますかね。どちらにせよ、この戦車……強くなりたがっています」


 まばたきをした。


「もっとやれる。ぼくはもっとがんばれる……霊子が囁いているんです」

「――……戦車の霊子が、ささやく?」

「好みに変えていいのなら、即座に柊は対応してみせます」


 まばたきをしました。


「なんだかよくわからないけど。佳村さん。あたし、負けるの嫌いなんだよね!」

「やろうぜ、佳村。二年生にいいように蹂躙されて終わりなんて、なんだか締まらないじゃねえか! 見せてやろうぜ、一年生の意地を!」

「お願いします、佳村さん!」


 深呼吸をしました。遠くで砲撃の音が聞こえます。

 戦車に歪に埋め込まれたスピーカーから同級生の悲鳴の声が流れてきます。

 このままじゃ、いずれにせよ情けないまま終わってしまうんです。

 それなら――……やれるだけ、やってみましょうか!


「柊さん。霊子を繋げます。日下部さん、残存勢力とコンタクト開始――……」

「「 了解! 」」

「泉くん、暴れる準備は?」

「いつでも!」

「それじゃあいきますよ! マシンロボ変換開始!」


 車体の外に出て、両手を掲げて――……伸ばすんです。霊子の糸を、仲間たちに向けて。

 柊さんが繋げてくれるイメージを具体的に流して――……みんなで、心をひとつにして。

 もっとやれると訴える戦車の願いのままに。

 さあ――……変わって!

 あなたの望む姿を教えて! 私たちが鍛えてみせますから!


 ◆


 我ながら上位機種で追い立てるなんて、えげつないと思いながら、しかし……いつか気づくだろうと後輩たちの可能性をあてにしていた。

 並木コナとしては、ミツハ先輩に負けじと佳村ノンたち一年生を信じている。

 それにしたって、あっけなく倒しすぎた。

 日頃の隔離世における訓練で戦車を扱うなんてカリキュラムはいれていないし、そもそも戦闘訓練だって一年生はまだまだ足りてない。

 どうも攻め手に回って相手が勝てるよう、緊張感を保ちながら戦闘を演出する術に長けてない。ラビたちはだいじょうぶだろうか? やりすぎて追い詰めて、ひどい結果になっていやしないか? 正直、不安だ……。

 とはいえ今更引けない。この戦いには意味があるから。

 なぜ戦車か? 答えはひとつ。

 刀鍛冶になる子はどちらかといえば戦闘向きでない子が多い。侍候補生に比べて、だが。

 そんな刀鍛冶をまとめて戦闘に引き込む仕掛けはないか?

 答えを仲間と一緒に乗り込む戦車に見出した。

 それでもまだまだ足りなかったけど。次の段階にうつることなく終わってしまうかもしれない――……そう危惧していたのだが。


「一年生の残存戦車に変化あり!」「霊子の糸がのびてる! たぶん佳村の!」「それだけじゃない! この感じ、コナちゃん!」

「わかってるわ!」


 あなたたちの戦車が大戦後の国産第一世代である意味に気づいてほしかった。だって、マシンロボはあなたたちが始めたことなんだから。

 あなたたちが最初の世代なの。そこから――……その機体から始めることに、意味があるの。期待していたの! ずっとね!

 どうやら、届いたようだ――……よし!


「全車停止! くるわよ! 一瞬でやられないでよ!?」

「「「 了解! 」」」


 睨みつけた。

 追いかけていた戦車の姿が変わっていく。

 丸みを帯びたフォルム。カメラを搭載し、キャタピラは四輪へ。そもそも存在しないはずの腕が生えていく。四本足のタンク――……覚えはないが。


『なんかさっきよりやれる気がしてきたぞー!』『動きやすいよ、これ!』『ようし、砲弾も残りわずか! 元気だしていくぞー!』

『『『 おー! 』』』


 かわいらしい電子音声が流れてきた。

 声の個性を隠して攪乱する手段まで実施するとは、やるじゃないか。

 滑るように動き出す四本足の戦車たち。

 先ほどまでと機動性が段違いだ。


「総員、迎え撃て! 距離を維持して砲撃! 無理はしないで!」


 叫ぶ。仲間が命令を伝達するが――……そう長くはもたないだろう。

 それでいい。それでいいのだ。

 負けるべくして負ける。

 まあ、あっさり覆されるのもしゃくにさわるから、せいぜい粘らせてはもらうが。

 それでも最終的には勝ってもらう。

 今日の体験が未来に繋がるように祈りを込めて、私たちは盛大に負ける。

 あなたたちにとって得がたい成功体験になるのなら、いくらでもやられ役になろう。

 先達が強いたレールにのるべき時はあるかもしれない。

 それでも、自分たちらしさを忘れてしまってはいけない。

 あなたたちのいく道を……あなたたちの歩き方で進んでいけばいい。

 私たちだってこれまでのように、私たちなりにやっていくまでだ――……。


 ◆


 現場に辿り着いた時にはもう、おおまかな結末はついていたようだ。

 コマの野郎が刀鍛冶のユーリとかいうやつと抱き合うようにして気を失っていた。

 鮮血にまみれて倒れ伏した仲間を庇うように、シロが木刀に抱きつくようにして立っていた。立ったままで、気を失っていた。守るために。立ちふさがっていたんだ。

 さすが俺のダチだ。お前の根性のすごさを、俺はちゃんと知ってるぞ。

 やるじゃねえか……シロ。


「――……それで。きみは戻ってきちゃったわけ?」


 涼しい顔をして立っている佐藤エマを見ると、ちょっと泣けてきそうだけどな。


「あんた、それほど戦えるのに剣道部にいねえんだな」

「中学時代に本気でやっていたら、どんどんそこのばかがあたしのこと怖がるからね。実家の道場で鍛えるだけにしたの」

「……どっかで聞いた話じゃねえか。コマの流派と競ってるとかいうなよ?」

「やだ。ばれちゃった?」


 苦笑いしかでない。

 村正を引き抜く。纏いて漂う妖気はない。むしろ光を吸いこむ妙な美しさが漂っていた。

 明らかに、佐藤に斬られて何かが変わった。


「あんたの技は妙だな。俺の身体の具合がいいのも、そのおかげか?」

「言わなかったっけ? あたしの御霊は汚れることができないの。ほら。あなたって、怨念とか殺意にのまれるタチじゃないでしょ?」

「――……まあな」

「月イチでやる警察の訓練でお世話になってるあんたの会社の人にお願いされてた。それもあって、斬っちゃった」


 軽く言ってくれやがって。まったく……。


「仲間を斬ったのも、そういう理屈か?」

「いらない血は捨てた方がいい。どれほどすばらしい御霊を宿しても……擬人化ならぬ擬刀化してもね? 振るうのはあたしたち、いまを生きる侍なんだもの」


 刀を抜いて自然と立つ。その振る舞いはなるほど確かに、コマの野郎によく似ていた。


「すでにあなたはじゅうぶん、尖っている。そろそろ自分らしく刀を振るっていい頃」

「――……自分らしくね。技はその発現ってとこか」


 深く息を吸いこんだ。

 立浪と戦うよりも、コマや仲間と斬り合うよりも――……肌がひりつくのはなぜだろう。

 血を失って、余力がないからこそ、五感のすべてが研ぎ澄まされていく。


「刀は所詮――……斬るためにある。けれど狛火野流のそれと同じで、時代を経て武道は変化していく。生きるために殺す道から、生きるために守る道へ」


 すう、と息を吐き出された。瞬間的に浴びせられた気迫に思わず防御してしまう。

 佐藤はなにもしていない。俺を斬ったあの瞬間と同様に、相手の気持ちの変化を理解して戦いの姿勢を自在に変える。

 コマと違う。いつ抜かれるかわからない緊張感を強いるあいつとは決定的に違う。

 息をするように斬るし、こちらの心理的な防御をすり抜けて近づく。

 あまりに自然。自然そのものだからこそ、防げない。理解して鳥肌がたつ。そんなものをどう避けろと? 意識しても、防げない。そんな無茶を通す途方もない相手を、どう倒す?

 倒すと考えるから、防ぐとか斬るとか考えるからだめなのか?

 俺も自然の中に立ち返れ、と。

 深呼吸をする。戦うことに集中しすぎると、やられる。なら……もっと自然体で。

 仲間やコマと競って型を掴んだ。愚連隊の連中と毎日のようにケンカして、会社で必死に働いて、どんどん取り込んだ。

 それを――……はじめて、破る。これまでのそれとは違う。ずっと先へ踏み出すために。


「――……」


 風が吹く。寒い季節なんだと気づく。ずいぶん久しぶりに空気の熱を感じた気がした。

 覚えているのは――……肌になじんで思い出せるのは、ノンの熱。匂い。感触。

 驚いた。煩悩がどれほど強いか思い知らされる。

 あいつを抱きたい。生きたい。我欲を認識して、もう一度……深呼吸をした。

 ひたむきに生きてきた。母のため、家族のため。なにより、自分のために。

 昨日今日の特別授業だってそうだ。乗り切るためにがむしゃらだった。

 けれど耳を澄ませると、遠くでど派手な砲撃の音がしているわ。そのわりには……鳥が鳴いていたり、虫が羽ばたいていたり。草が擦れあっていたり……ずいぶんとにぎやかじゃねえか。

 ここにいる連中の心臓の鼓動さえ感じる――……。


「――……」


 普段なら身体に満ちた生気は奪われて、必要最低限。

 死地であると自分を追い込んだこの場に、数え切れないほどの生があふれている。

 血を失ったからこそ、体感する。

 隔離世というが、現世とどれほど違う。

 認識を広めれば、隔離世だろうと……その自然の中にただ己があるだけ。

 佐藤エマを見た。

 刀を手に、ただこちらを見て微笑んでいる。

 理解した。ああ――……そうか。

 どうやら俺は余裕を失っていたようだ。

 心の余裕がない。相手の一挙手一投足に心を奪われていたように思えて、その実……負けぬためにどうするか、それに囚われていた。

 その隙を抜けるだけの――……あまりに自然そのものの振る舞いを、相手はどうやらモノにしているようだ。

 違和感を抱かせない、なにか。

 その正体はわからないが。


「あんた、いい女だな」

「そこで倒れてるやつに伝えてくれる?」


 笑いあう。

 どうせ斬り合うのなら、憎しみ苛立つ己の感情を見つめるのではなく。

 相手の心と向かい合って、斬り合いたい。

 結末を受け入れ――……心穏やかに逝くために。

 そう感じた瞬間、刀から何かが流れ込んできた。悲鳴。あるいは怒号。その奥にある――……決意と無我の境地。かつて村正を握った多くの侍たちが抱いた心のすべて。

 吸いこんで、吐き出した。

 それらはすべて、過去のもの。

 過ぎ去った時の中に生きるのではなく――……いまを、生きる。

 過去の死と向かい合うのではなく。

 目の前にある生と対峙する。

 理解した瞬間、胸の内からあふれてきた。身体中に満ちていく。刀がどうありたいのか。相手がどうありたいのか。悟りの境地へと至っていく――……。

 ならば、告げよう。


「――……参った。わりい。あんたを斬りたくないし、ここで死にたくもねえや」


 俺の言葉に佐藤は笑った。


「うん。あたしもだ。いまのきみとやったら……終わっちゃう」

「俺も同じ気持ちだ……悪くねえな、こういう死合いも」

「だね」


 互いに刀を鞘へとおさめた。


「厄介な敵が増えちゃったかな」

「頼りになる後輩が増えたってことで」

「言うね。ますます気に入った」

「こっちもだ」


 歩み寄り、拳を重ねた。

 風が吹く。

 生きている。

 それだけで満たされる――……気絶したシロに歩み寄って、息を吐く。

 刀を取り戻すにせよ、遺跡とやらの謎を解くにせよ。

 今からじゃあ、間に合いそうにねえな。

 まあ、ハルやレオたちならやれんだろ。

 俺は少し――……シロを寝かせてから、空を見て過ごすよ。




 つづく!

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