第四百四十一話
ノンちゃんがそれぞれに刀鍛冶のみんなを指揮して分散させる。
観戦を気取る泉くんに尋ねたの。
「泉くんはみんなと一緒にいかなくていいの?」
「まあぱっと見のノリに目が奪われがちだけどさ。あれって要するに、元々ある霊子をいかに理解し、制御できるかの実践的な授業でしかない」
「……ほう」
「そして霊子を伸ばしあうから、気持ちを重ねなきゃならない……大勢の女子と心を通わせるってのは、ぞっとしねえなあ」
意外。喜んじゃうタイプかと思ってた。
「青澄さん、いま俺のこと、女子と心が繋げられたら喜ぶ変態だと思ったでしょ」
「い、いやだな、なんのことだか……すみません」
「はは、別にいーんだけど。因果応報なんで。でもな、そこまでピュアじゃねーのよ」
斜に構えて皮肉げに言うのなら、年頃の男の子なんだなあって思うところなんだけど。
どこか寂しそうに笑うのが、不思議で。
ちょっとぐらっときたの。どんな人なのか、私はぜんぜん知らないんだなあって思って。
「……泉くんの気持ち、私にはよくわからないよ?」
「まあまあ。とにかく俺みたいな刀鍛冶の男子は、霊子を伸ばして心を晒しあって、女子の心を覗くのはハードルが高いってことだ。お互いに気まずいってんで観戦だよ」
「……でも、他の男子の刀鍛冶は戦車に乗りにいってるよ?」
「男だらけでな。そういうお熱いムードは苦手なんで、観戦する」
「ふうん」
めんどくさがってるのかな。あとで怒られちゃうんじゃないだろうか。
そう思ったらね? ノンちゃんと柊さんと戦車に乗り込んだ日下部さんが怒鳴るの。
「泉ぃー! あんた暇を潰すつもりなら、さっさときなさいよ!」
さっそく怒られてる。
「呼ばれてるよ?」
「……これでさぼったらどうなると思う?」
「んー。女子の評価がさがって、生きにくい学生生活が待ってると思います」
「それはやだな……しょうがないか」
渋々歩き出す泉くんを見送って考える。
刀は心。それをぶつけあう侍候補生と違って、刀鍛冶同士でも何かがあるのかもしれない。
「あ、そうそう。青澄さん、侍候補生は豪邸に集まってるみたいだぞ。行かなくていいの?」
「え。あっ」
次々と戦車たちが動き出して先輩たちの煽動の元、離れていく。
それを見送る一年生はもう、私だけ。
泉くんもノンちゃんたちの戦車に入って、追いかけていくの。
やばい! 残されちゃった!
あわてて豪邸に入ると、マドカが指示を飛ばしていたの。
「先輩たちの中にいる刀鍛冶は全員、今回の仕掛けに参加しているとみた。それくらいの規模感、車体の数だから。平原に向かうところを見ると、街道ルートは使えない」
「戦闘に巻き込まれないためにも、平原を挟んで存在する山道ルートを使うしかありませんね」
「だから御霊によって身体能力が高い生徒は私のもとへ。とびきり高い北西側の山越えルートにする!」
「逆に幽霊や付喪神の御霊を宿した生徒はわたくしのもとへ。遠回りになりますが、海沿いに南東から向かっていきます!」
マドカと姫宮さんが手を挙げて、それぞれに分かれているところだ。
あぶない、あぶない。本格的に置いていかれるところだったよ! ふう……。
姫宮さんのそばには零組のみんなや九組のほとんどのみんながいる。それに一年生の侍候補生の多くが集まるの。
対してマドカのそばには私、岡島くんと茨ちゃん、十組のみんな。あとはルミナとフブキくん。それくらいだ。
シロくんとトモはこっちにきてもおかしくないのに、二人そろって姫宮さんチーム側。何か思うところがあるのか、木刀を手に決意の表情を見せていたよ。
「よし。それじゃあ、きびきび動こう。恐らくは先輩たちが道中、待ち受けているはず。龍の頭をした山の手前、祠を合流地点にするよ! 油断せずにいこう!」
マドカが手を叩いて、みんなで豪邸の外へと走りだす。
気になるのは――……カゲくんの刀の変化と、タツくんに背負われているギンの容態。
それでも行かなきゃ。
ノンちゃんたちは一見派手に見えて、しかしその実……きっと刀の、そして私たちの心を鍛えるための術を学ぼうとしている。コナちゃん先輩たちに全力で挑もうとしている。
私たちだって、いかないと。
刀を取り戻したい。金色が開く道の先を見てみたいから、遺跡も攻略したい。
やること目白おしなんだから! いくよ!
◆
四肢を使って駆けるマドカの疾走たるや、かなりのものでした。
併走できる岡島くんと茨ちゃんとは違って、キラリも私もマドカに習って四肢で駆けるしかないの。マドカのスピードが速すぎるんだ。
手が痛いし、制服だとできないなあと実感。ぱんつ丸見えになっちゃうもんね。
それにしたって加速していくマドカはちょっと尋常じゃない。みんなついていくのがやっと。振り返りはするけど、それでもマドカは駆ける。その速度が必要だというかのように。そして誰も文句を言わない。急いだ方がいいって気持ちは一致していたからだ。
それにしたって、どんどん距離が離れていく。
これじゃだめっぽいなあ。キラリはついていけてるのに、私は遅れてる。
『ふん。おぬしはまだ未熟者。ならば、ほれ。あの娘のように手足を変えてみせんか』
「え――……あっ」
マドカの手足を見て気づいた。靴も両手も毛むくじゃらの獣の手足に変わっていたの。
前ばかり見ていて気づかなかったよ。
『駆けるのに楽な姿に化けるくらい、わけないじゃろ?』
まあね!
どろんと化けて、マドカのように手足を変えた。肉球モードだ!
少しずつ加速していく。躍動する身体の感覚はちょっと得がたいものだ。
まあ、鮫に乗って飛んでいる中瀬古さんとか、それにくっついているアリスちゃんとか。箒にまたがって飛んでいるユニスさんは羨ましいけどね!
山に到達する頃には気にならなくなっていた。
遠くでどかんどかん聞こえてくるんだもん。むしろ戦車隊の方が気になってしょうがないよ。
だけどマドカは「止まって!」と叫んで足を止め、私たちを見たの。
「ここから崖をのぼったりして、山を越える。戦車隊が平原に留まるのなら、中央の市街地を抜けて、山を目指す」
明確な目標を告げて、マドカは宣言する。
「ここまでかなり飛ばしてきたのはね。私たちの方が機動力が高くて状況を分析するのにうってつけだと思ったからなの」
「偵察、哨戒ね」
「鷲頭くん、その通り! だから急ぎたいんだけど、このままいけそう? 特にルミナちゃんとフブキくんとか、鷲頭くんと虹野くんとか、だいじょうぶ?」
心配を向けられて、四人とも笑ってそれぞれに「楽勝」って返す。
疾走する鷲頭くんと虹野くんの速度はまるでトラジくんばりだった。
それになによりフブキくんとルミナだ。刀を抜いた二人を知ってはいても、その御霊までは知らないから、地味に気になるの。
じっと見ていたら、二人は顔を見合わせて笑った。
「まあ、お前らほどじゃないけどさ。俺はそこの天使や虹野と同じ御霊別授業で、神さまの御霊で頑張ってる。これくらいは余裕」
「うちも神さまっぽい。ユウヤ先輩に連なるものじゃないかーって、先生に言われてるよ?」
どっちもやっぱり初耳だった。
こうなると木崎くんとか姫宮さんの御霊も気になるところだけど。
そわそわする私をたしなめるようにマドカは一瞥をくれてから言うの。
「よし。じゃあ、キビキビいこう。刀鍛冶部隊が負けるか試練を乗り越えたら、並木先輩たちが私たちに何かしてくるはず。課題が大きくなると、正直あれだけの演出にのまれて押し切られちゃいそう。それは困るからね」
「そ、そうだった」
私たちをコナちゃん先輩が放っておくはずがない。
それでなくても侍候補生の先輩たちが待ち構えているに違いないもの。
「気をつけていこう。どこからか先輩たちが挑んでくるとも限らないから――……」
「たとえばこんな風にかい?」
マドカが山を見上げた時だった。
マドカの背後、影からまるで生えたかのようにラビ先輩があらわれたの。マドカを後ろから抱き締めて、その首筋に刀をつきつけていた。
「――……気配とか、ないんですか?」
「まあほら。僕ってわりと存在感ないからさ」
「うそばっかり」
それだけ見たら窮地なんだけど。
いや、それよりも気になることがあるの。
動揺する私たちの視線は、ラビ先輩のつけたたんこぶヘアバンドに集まっていました。
い、いったい何を気をつけてみればいいんだ……っ!
「ああ、そうだった。これ、つけたままだったね。じゃあこれはマドカちゃんに」
私たちの視線に気づいて、ラビ先輩がヘアバンドを硬直しているマドカにつけたの。
「さて、きみたち。彼女を置いて先へいくというのなら、僕は止めないが。どうする?」
ど、どうするって……。
コナちゃん先輩とは違う緊迫感の作り方に動揺しかないけれども。
「あほ丸出しのヘアバンドに腰砕けになりそうだけど……でも、助けるだろ」
キラリが呟いて身構えた。他のみんなも、私も同様に気持ちを作っていく。
「そうこなくちゃ。みんな! 出番だ!」
それを見てラビ先輩は嬉しそうに頷いてから、指を鳴らした。
あちこちから足音と金属音が聞こえて見渡すとね? カナタがいて、二年生の侍候補生がたくさん刀を構えて私たちを睨みつけていたの。いつの間にか、物陰からでてきた集団に取り囲まれてしまっていた。
「こうなると思って、準備はしておいたんだ。やっぱりきみたちはこのルートに来たね」
「――……手のひらの上ってことですか?」
マドカの恨めしそうな視線にラビ先輩は笑う。
「まあね。さて――……どうかな。僕はさ。君たちの強みって、よくあるしがらみや上下関係なんて突破するような爆発力にあると思っているんだけど。この苦境をどう乗り越える?」
マドカを見た。
刀を山ほどだせるマドカが私たちを見て、それから周囲の人たちを睨んで――……笑う。
「先生たちにも、先輩たちにも敵わない。そんな空気がまん延していたし、私自身も正直ちょっと諦めてました」
「だとしたら……日頃の教育が足りないな。若いんだからさ。もっと勝ち気にいこうよ」
「そうですね」
ヘアバンドを外してマドカが笑う。
「でもね? ラビ先輩……兎は狼に食べられるべきだと思いません?」
「――……え、と」
歯を見せて笑うマドカの顔が、凶悪に!
ラビ先輩の胸に手を当てたマドカが叫ぶ。
「切り開け! メイ先輩との思い出!」
手の内から眩すぎる光が放たれた。ラビ先輩が吹き飛ばされる。マドカの手に――……私たちの窮地を何度も救った、メイ先輩の刀があるの!
「繋ぎ止めろ! ルルコ先輩との思い出!」
何もない手を振り下ろした、マドカのその手にルルコ先輩の刀が飛び出てきたの。
「総員、捕縛――……!」
「逃げろ!」「だめだ!」「足を取られた!」
カナタが叫ぶけれど、すぐに二年生の先輩たちが悲鳴を上げる。
それもそのはず、先輩たちの足が凍りついていたの。
二振りの刀を消して、マドカが私を見つめてきた。
「ハル! 受け取って! 私の思い出だから、ハルのそれに比べたら見劣りする! でも、使って!」
マドカが投げ飛ばすジェスチャーに次いで、空から飛び出してきた金色が放たれた。
迷わず掴み取る。
『妾の似姿か。まあ悪くはないの』
「マドカ! 十兵衞は!?」
「そっちはまだ無理! 難しすぎ!」
「くぬぬ! 贅沢は言えないか、ありがと!」
叫んで、瞬時に飛び出してきたカナタに駆けていく。
「キラリ! 岡島くんに茨さん! それからフブキくんとルミナも! あとはごめん! まだないから、無茶せず乗り切って!」
「「「 応っ! 」」」
マドカの檄にみんなが叫んで返す。
戦いの時は来た。
マドカが出してくれた金色を手に、カナタが振るうお姉ちゃんの刃を受け止める。悲鳴をあげた。手応えがいつもと違う。
「――……本調子じゃなさそうだ」
やっと会えた彼女に対して彼氏の発言が、それ?
「だったらなあに!」
「俺の鍛えた刀には及ばない。大人しく敗北を認めるなら、手加減してやる」
「ふんだ! そんな言い方したって、私がへこたれないの知ってるくせに!」
「そうだな。その通りだ」
笑ってカナタが刀を引いた。思いきり力を込めて押していたから、体勢が崩されそうになる。下手にこらえるよりも飛び込んで回ったの。
きびしく攻めてくる気配を感じて、コバトちゃんに化けて振り向いた。
目の前で刀が止まる。
カナタはどうしたってコバトちゃん相手にすると怯むのだ。
「――……それ、ちょっとずるくないか?」
「シスコンのカナタにはいい薬だよ!」
「兄さんほどじゃない」
睨みあい、笑うの。
飛び退いて元の姿に戻る。
そっと刀を見た。マドカがくれた刀に亀裂が入っている。
仕方ないのかもしれない。なにせ相手は閻魔のお姫さまが宿る刀なんだもん。
『気に入らん! 妾の似姿であろうと、妾は妾じゃ! 砕かれるのは虫が好かんぞ!』
やばい、タマちゃんがお怒りだ。
ねえ十兵衞、刀を合わせないで勝つ方法ってないかなあ?
『さてな。思いつきはするが、ケンカの種になりそうだ。それでもやるか?』
あ、意地の悪い声してる! ってことは、じゃあ効果的な手があるの?
『カナタの性質を見たら、な。玉藻に似合いの策がある』
『どういう意味じゃ!?』
『なに。化かすのなら――……姿だけではもったいない、というだけの話よ』
ふっと笑って十兵衞が告げてくれた策を聞いて、思ったよね。
あー、これは確かにカナタが怒りそうだぞ、と。
でもきっとシュウさんが私なら迷わずやるだろうし、ソウイチさんとサクラさんでも使うと思ったの。
勝つために確実な手段だもの。
迷わないといったら嘘になるけど、やってみよう!
「さて……お前の愛する刀の似姿、悪いが砕かせてもらおうか」
「それはちょっと困るので――……どろん!」
「またコバトの真似か……よせ。刀を当てずに倒す術なら、俺にだっていくらでも――……」
涼しい顔で刀を構えるカナタを前に、目を潤ませて上目遣いで見つめる。
「おにいちゃん……コバト、いじめる?」
「くっ――……そ、それは卑怯じゃないか?」
ほらほら! カナタが怯んでるよ!
「コバト……らんぼうなお兄ちゃん、きらい」
「ぐっ! なんて破壊力なんだ……っ!」
足をがくがくさせて怯むカナタの姿がレアすぎる。
「な、なにをやってるんだ、カナタ! ハルちゃんをどうにかするのがキミの使命だろ! ここにきみの妹はいない! 落ち着け!」
ラビ先輩が叫ぶ。必死に頭を振って、カナタが我に返ろうとする。
でもさせないよ。
「……おにいちゃん、優しい方が……好き」
「くっ……俺には、斬れない……っ!」
生まれたての子鹿みたいに震えて崩れ落ちるカナタを見て、両手を掲げたよね。
よし! 勝利!
勝利のポーズを決める私に向かってラビ先輩が飛んでくる。
「仕方ない! なら僕が!」
瞬時に浮かぶままにコナちゃん先輩に化けたよね。
「そう……私に手を挙げるんだ?」
「なっ」
眼前でぴたりと刀を止められて、全身からぶわっと汗が出た。
あ、あ、あ、危なかったよ!
『怯むな! 化けの皮が剥がれる!』
『十兵衞! 言い方! 言い方がひどいぞ!』
『いいからやりきれ!』
檄を飛ばされて、必死に気持ちを整えて微笑みを浮かべる。
「あなたはいつも私を振り回す……その挙げ句に、これ?」
「いや、ちがう。きみはコナちゃんじゃ、でも、これは、あまりにも――……」
動揺するラビ先輩の胸に寄り添ってささやく。
尻尾に満ちた妖力集中、左目に注いで、いけ!
「刀を突き刺したいなんて――……結局、あなたはどこまでいっても女を振り回すだめな男」
見つめて落とす!
「あ、でも、これ、わるくないかも」
ふらふらになって倒れるラビ先輩に、またしてもガッツポーズ!
っしゃあ! 私ってば、案外やれるのでは!
「気を抜かないで! 敵の調子が崩れた! 上に向かって逃げるよ!」
マドカの叫び声にみんなで答えて走りだす。
追っ手に向かって迷わずルルコ先輩の刀を抜いて力を使うマドカの凄さは頼もしいの一言!
必死にダッシュで逃げ延びて、崖沿いの細い道の手前でトラジくんが岡島くんと茨ちゃんと三人で岩肌を殴って破砕して、岩をやまほど積んで道を塞いでくれたの。
退路は断たれたけど、先へ進むことしか考えていないからいい。
これで少しだけ時間が稼げるし。
ひといきつきたい気持ちでいっぱいだったけど、足音が遠くから近づいてくるのが聞こえたの。マドカとキラリと三人でうなずきあった。
「いそご! のんびりしてられないよ!」
「のんびりしてたら捕まるもんな」
「勝利条件は先輩たちを倒すことじゃなく、遺跡の攻略と刀の奪取! いこう!」
三人で話しあっていたら、みんなが私たち三人を見つめてくるの。
ど、どうしたんだろう? きょとんとする私たちに茨ちゃんが言ったよね。
「まじでお前ら、部活仲間にしたって仲良すぎな」
「「「 そ、そうかな 」」」
「おー。そう見えるぞー」
なんだかちょっと照れくさいけど、でも実際のんびりしている暇はないの。
岩は他の侍候補生ならいざしらず、お姉ちゃんの刀を手にしたカナタなら……なにより刀鍛冶のカナタなら、いくらでもどうにかしちゃいそうだもの。
「と、とにかくいこ! 話はあと!」
みんなで頷きあって、走りだす。
細い通路を進んで、先へ。先へ。目指すのは、目的地。
借り物の刀は役目を果たせたことに満足したのか、熔けて消えていく。
その場を乗り越える一振りにはなれても、本気を出せる一振りにはなれていない。
マドカが私に抱いてくれた思い出のすべてをまだ、理解できてはいないから。
それにこれは私の心じゃない。
自分の心から引き出してくれたマドカの気持ちの結晶だもの。
借りてばかりじゃいられない。
まずは……自分の心を取り戻さないと。
◆
わりいな、タツ。そう言って眠りについた沢城ギンを背負って走る月見島タツキを横目に、大勢で走る。
平原を戦車隊が押さえてしまうと、移動経路はどうしたって制限される。
となれば必然、刺客を配置される。
「とりあえず止まってくれる?」
ギンを倒した凄腕の少女剣士を前に、住良木レオは号令を発さざるを得なかった。
「止まれ――……あなたひとりで、僕たち全員を倒すつもりですか?」
青年の問いかけに少女は微笑んだ。
「そうだな。ねえ、ユウリ。あんたならどうする?」
少女が呼びかけた先――……砂浜の奥にある岩の上に腰掛けた青年は笑った。
「そりゃあ、お前。ひとりしかいないって思うような迂闊な後輩が相手じゃ、叩きのめすしかねーよな。よっと」
岩から飛び降りて、二人が並ぶ。
迷わず前に出たのは、狛火野ユウだった。
刀を手に気迫に満ちた顔で構える。
「おいおい。あちらさん、やる気だぞ? エマ、どうするんだ? 俺をしばくのりでやるか?」
「うっさい……沢城の次は狛火野ね。よしよし、順当かな……あたしとしては、仲間トモカちゃんあたりが本命だったんだけどね」
「そんじゃまあ、狛火野の相手は俺がするしかねえかな」
あっさり笑って構える徒手空拳。
侮られたと感じた生徒もいるはずだ。
なにせ、狛火野ユウは一年生の中でも屈指の使い手だから。
しかし、とうのユウは決して構えを解こうとしなかった。
見抜いているのか。藤岡ユウリの腕を。
ユウの隣に進む少女がいる。
仲間トモカだ。
木刀を構えて、指名してきた少女剣士を睨みつけた。
沢城ギンを追い詰めた刀と使い手。日常的に訓練をしていて沢城ギンとの白星と黒星のわりあいは、最近にいたって五分五分に近づいている。
だからこそ、沢城ギンを倒した佐藤エマとの優劣は間接的に決している。
だからなんだ? 挑まれた勝負から逃げる理由にはならない。
「と、トモ!」
結城シロの問いかけにトモカは笑う。
「ここは私たちに任せて先に行けっていう奴だよ――……住良木くん、行って」
「すまない!」
迷わず決断をくだす。遠くで鳴り響く轟音は戦車の争いを意味しているが、しかしそれがいつまでも続く保証はない。なればこそ、足を止める理由など一つもないからだ。
駆け出すレオに他の生徒が続く。
眠りに落ちたギンを横目に、エマとユウリは見送った。
そして見つめる先にいたのだ。
例外が――……たった一人の例外が。
少年の名をトモカは呼んだ。
「シロ。いいの?」
「狛火野もそうだし……トモをひとりにしない。僕だって、侍なんだ」
手にした刀は真剣にあらず。木の模造刀でしかない。
だからなんだ。
挑まない理由にはならない。
彼女をひとりにする理由になど、決してなりはしない。
「いいよ。緋迎くんが鍛えたみたいだけど、どこまでのものか見せてもらおうか」
「っしゃあ、おら! とっととかかってこいや!」
幼なじみの侍候補生と刀鍛冶を前に、三人の剣士は挑む。
どれほど己の力を証明できるか。まだ、わからない。
だからまずは――……その勇気を示す。
◆
山の頂上に集まった三年生は見下ろしていた。
島で開かれる戦端のすべてを確認して、風を浴びながら微笑む。
風に香りを溶かしながら、南ルルコは問いかけた。
「メイ。午前中はかなり暴れたけど、午後はどうするの?」
真中メイは肩を竦める。
「そうだな……ユウヤ、状況は?」
「ミツハがジロウたち刀鍛冶部隊を率いて並木たちの戦場に介入。一年生の指導に乗り出しているぞ。侍候補生が浮いてんな」
「サユ……風の流れは?」
「まだなんとも。一年生と二年生の間に吹き荒れて、激しくうねってはいる。でも、それだけ」
「……とすると。霊子の掴み方に懸命な一年生の刀鍛冶以外は、まだ様子見か」
腕を組んだ。二年生の邪魔をしないのは最低限のルールだが、それでもわりと自由に介入できる。二年生もわかっているはずだ。
だからって、ね。
あとちょっとで卒業する自分たちが勝手気ままに振る舞うなんて、ちょっと情けない。
考え込んでいたら、ルルコがそばにいる仲間たちに呼びかける。
「マドカちゃんには贈り物をあげたから……メイはハルちゃん、ルルコはキラリちゃんに用事があって……他のみんなもそれぞれに、思い人がいるんだよね?」
「まあ……近所のちびの成長が見たくはあるかな」「私は弟が気になります」「ぼっちゃんの様子を見ておきたいですね」
他にも次々と声があがっていく。
なんだかんだいって、みんな一年生が心配だし……かわいくてたまらないんだ。
縦割りで鍛えられてきた私たちにとって二年生は子供みたいなもので、一年生は孫みたいなものだから。
結局、放ってはおけない。構いたくてしょうがない。
一年生だけじゃなく、二年生に対しても思うところは山ほどある。それは一年生の授業が終わってからにするとして。
「それじゃあ各自、風が吹いたら順次……動き出そうか」
「ねえ、メイ。もう偽装はやめる?」
「さすがにもうばれてる頃だろうからね」
ルルコに答えて笑い、刀を抜いて掲げる。
「あくまで二年生の邪魔はせず、一年生をすくいあげる方向で」
「「「 応! 」」」
頷く仲間たちの気持ちを感じながら、思いを馳せる。
青澄春灯。真中メイにとって、かわいくてたまらない後輩のひとりだ。お助け部の後輩は失恋を経験したラビさえ含めて、みんな愛しくて、そして大事な存在。
だけど、青澄春灯の金色を目にして思った。
自分の熱で他人を溶かしかねないだけの気持ちを持っている彼女は、山吹マドカと同様にいくらでも他人を脅かしかねない資質を持っている。
天使キラリもそうだ。
お助け部の一年生三人はとても危うく、だからこそ彼女たちの性格を愛さずにはいられないのだが。
これから先のことを考えると、伝えておきたいことがある。
照らしてあたためる。
溶かすのではなく……染めるのでもなく。
言葉にすれば簡単だ。
けれど気持ち一つで過ちを犯すのが人であり、それは青澄春灯とて例外ではないだろう。
だからこそ、ルルコはあの子に道を示した。
今度は自分の番だ。
とはいえ、それを彼女に伝えられるだけのシチュエーションがくるかどうかが問題なのだが。
「まあ、それは心配いらないかな」
一年生が思うよりもずっと、二年生の層は厚い。
当たり前だ。自分たち三年生が鍛えてきたし――……なによりもっと、ずっと、二年生たちは必死に賢明にがんばってきたのだから。
窮地はいずれ訪れるだろう。
彼らが乗り越えられるように、照らすだけ。
「――……風が吹く」
サユの言葉に刀を握りしめた。
手を差し伸べるべき時はもう――……すぐにやってくるに違いない。
◆
逃げ延びたと思っても、そんなのはどうしたって錯覚でしかなかったのか。
細くて歩くと崩れる、足の置き場がほとんどない崖道。
すぐ下には急流が流れていたの。
落ちたら危なそうな足場をやっと通り抜けてでた広場に待ち構えていたの。
カナタやラビ先輩をはじめとする、さっき襲ってきた二年生たちが。
それだけじゃない。
ユリア先輩がいる。
それだけでこの場の脅威度が増す。
カゲくんがいてくれたなら、あるいは……そう思ったけど、カゲくんはレオくんや姫宮さんのチームに交ざっていたの。
しょうがない。やるしかない。
さっきの手は通用するだろうか。正直ちょっと自信がない。
なにせユリア先輩に効果的な人物なんて思いつかないもん。
「これ、やばいかも」
先頭に立つマドカが呟いた。
鷲頭くんが迷わず前に出る。
剣を構えて、決死の表情で。ユニスさんが隣に並んだ。
「八岐大蛇……となれば怪物退治だな。英雄譚には必要だよな、ユニス」
「フェアリーテイルにはつきものね。本の魔女と」
「まだまだ力の一端しか使えない国をもたない剣士。俺たちふたりじゃ、たかがしれてるが」
ふたりともやる気なんだ。
だとしても悲壮にしか見えない。
生徒会の三人だけじゃなくて、他の二年生も手練れに違いないから。
たったふたりでやりきれるはずがないよ。
この場にいる誰もが放っておける性分じゃなかった。横に並ぶ。
マドカが胸に手を当てた時だった。
背筋がぞっとして、とっさに振り向いたの。そこにはね?
「マドカちゃん……凍らせる手段ならやめた方がいいよ。キミじゃボクには敵わない」
刀を抜いたシオリ先輩が立っていた。
「――……やばい」
マドカの端的な呟きに顔がひきつる。
懐から葉っぱを出したんだけど、カナタに言われちゃうの。
「化け術を使うのなら……今度は霊子を伸ばして解除する」
「ううっ」
こ、これも通用しない?
「さすがに打ち止めかな? 僕としては……この状況をこそ乗り越える、君たちの可能性が見たいんだけど」
「――……だからって、発想しろって言われてもな」
鷲頭くんの呟きにキラリが唸る。
「日頃の積み重ねあればこそだろ。そういうのは」
「ぷりぷりキラリの必殺技は?」
「正直、あれは一対一でしか使えないぞ……」
アリスちゃんの問いかけにひきつり笑顔のキラリもそうとう追い込まれていたの。
露骨にピンチだ。考える。必死に考える。
私にもっと力があれば。葉っぱなしでも化かせて、大勢の仲間を出せたり。あるいはレオくんのように命じる力を手にして、歌に巻き込んじゃって隙を作れたりできたら。
必死に考える私みたいに、みんなが黙り込んで、冷や汗を垂らしていた。
どうする。どうする!
戦っても勝てる気がしない。
マドカがそっと手を繋いできた。
視線が道の端に向かう。マドカの獣耳が揺れた。あわてて立ててみる。聞こえるのは、水音。すぐ下を流れる川。いや、でも、まさか、そんな。
「――……いくよ」
「ほ、ほんとに?」
「キラリ、みんな――……逃げるんだよぉ!」
ダッシュで川に飛んだマドカに続くしかなかった。
悲鳴をあげながら、みんなで飛び降りる。カナタたちが驚いた顔をして手を伸ばした。
「春灯――……ッ!」
シオリ先輩は躊躇し、ユリア先輩もさすがに手を出せなかった。
そのおかげで、私たちマドカ隊はすべからく川に落ちて流されていく。
水面に顔を出して見上げてぞっとした。急流の先にはごつごつした岩がたくさんみえるの。
「マドカ、これやっぱりまずいよ! わぷっ!」
「私も痛感してる! みんなごめん……っ!」
「飛び込んだからには一蓮托生! けどな!」
「コマチ! みんなを救い出せないか! コマチ!?」
「おぼれてる! トラジ!」
阿鼻叫喚。
獣耳が激しい音をとらえて、ふり返って見たものに震え上がった。
オロチを出して水面を追いかけてくるユリア先輩たちがいたの。
「凍らされたらアウトだぞ! どうすんだ!」
キラリが悲鳴をあげた。誰にも答えがわからない問いかけだったの。
流されて、岩が迫ってきたりして。必死に泳いでよけて、だけど流れが急すぎて飲み込まれていく。そして抗いようがなくなって目にしたのは、よけようのない尖った岩。
ぶつかる――……っ!
「くっ!」
「待つんだ、カナタ! シオリ!」
「わかってる! 止まれ――……ッ!」
ラビ先輩の呼びかけにシオリ先輩が叫んだ。
氷が追いかけてくる。岩にぶつかる前に、一瞬で私たちを飲みこんでいくの。
空に伸ばした手は、煌めく太陽を掴むことなく固まってしまった。
抗ったけど、届かない。
無茶をした代償は、先輩たちによって助けられるという情けない結末。
私たちそれぞれに、刀がないと――……自分の身を守ることさえできないなんて。
悔しい。悔しくて、たまらない。
シオリ先輩の氷が私たちの身体を冷やしていく。
頭にのぼった血も冷えて、気持ちも――……心も。
折れそうだ。
これじゃ――……もう、だめなの?
そう思った時だったの。
手を伸ばした太陽が煌めいて、何かが川の氷を一瞬で砕いた。
そして私の身体を抱き締めて着地する。
日向の匂いに包まれて、その途方もない安心感に泣きそうになっちゃったんだ。
「手が掛かるなあ、ほんと。でもごめん、放っておけなかったわ。その無謀がかわいくて、いとしすぎて」
歯を見せて笑うその人の名前を呼ばずにはいられなかった。
「メイ先輩!」
「待たせたね」
さらっと言って微笑むこの人のかっこよさに、どうしようもなく惚れてしまうの。
見渡せばキラリをルルコ先輩が抱き締めていたし、ユウヤ先輩はルミナを、他にも三年生の侍候補生の先輩たちが私たち全員を助け出してくれていた。
「それじゃあ……愛弟子を鍛えますかね。ハルちゃん、さあ……使って」
私を下ろしてメイ先輩が刀を預けてくれるの。
メイ先輩のアマテラスを。
「――……先輩、これ」
「いいから。さあ、ちょっと気合い入れて立ち向かってみよっか。蛮勇じゃなく、勇気でね」
「は、はい!」
握りしめる。私にはとても重たい。
刀の――……御霊の持ち主の違う刀を正しく振るうことはできない。
以前、そう聞いたことがある。
理解した。メイ先輩の心の結晶を、私の刀のようには振るうことはできない。
だとしても――……熱くてたまらない先輩の愛情の固まりを手放したくはなかった。
「相手は――……緋迎くん! きなさい!」
「プレッシャーを感じます」
「だからこそ。さあ、はやく!」
苦笑いを浮かべて、オロチの背中からカナタが下りてきた。
噴き出る黒い炎を纏う刀を構える。
対して私の握る刀から煌めく炎が噴き出てきたの。
肩に置かれた手、囁かれる言葉。
「私が伝えること、覚えておいてね」
そう言われた瞬間、理解した。
きっと贈り物をもらうんだ。ルルコ先輩からはもうもらった。今度はメイ先輩の番なんだ。
涙がでそうだったけど、頷いた。
「はい!」
この熱を覚えておきたくて、強く握りしめる。
いくぞ――……!
つづく!




