第四十四話
寮に戻った私は、寮のスタッフさんに呼び止められた。
顔が真っ赤みたいなの。
だから言われるままに医療室へ行ったよ。
私を見てくれたお姉さんスタッフさん曰く、
「極度の興奮状態に耐えきれなかったって感じかな。お風呂に入ってすっきりしてきたら?」
とのこと。刀がある学生寮の性質上なのか、それとも学生寮の取り決めなのかな。身体を見てくれるスタッフさんがいてくれるの、心強い。
風呂場へ移動してぽぽぽいと脱ぎ捨てて気楽な気持ちでお風呂の扉を開けたらね?
「……(ぶすっ」
「いつ見ても綺麗な肌だよね」「っていうか髪がすごい」「ルルコは不思議でしょうがないよ。あの食事量でなぜにこの体型?」
三人の先輩に囲まれたユリア先輩が仏頂面で洗い場に座ってたの。
「え、と」
「あ! 一年生発見! 確保-!」
「えっ、えっ」
ユリア先輩を囲んでいた先輩の一人が指差して、ぴょーんと飛び上がる先輩が。逃げる間もなく捕まった私はユリア先輩の隣に座らされました。
「え、え。な、なんなんですか、なんなんですか」
「三年生の先輩たちよ」
がらがらがら、と扉が開いてトモが「はぁー……二度風呂とかたるんでるかなあ」と入ってきて、すぐに捕まっていた。
結果、三人で並ぶ羽目に。
「いいかい、後輩ちゃんズ。この寮における女子達のルールを教えてあげよう」
ふり返ると、号令を掛けた先輩が仁王立ちしてました。
すっぽんぽんです。隠す気ゼロです。
身長は多分百六十くらい。スレンダーなボブの先輩は、びしっと私たちを指差した。
これはあれだろうか。
先輩から厳しすぎる何かを言いつけられる、とかそういうシーン?
思わずトモと手を握り合ってごくり、とツバを飲み込みました。
なんですが。
「先輩に愛でられよ!」
「「 な、なんだってー! ……え? 」」
横でユリア先輩が「そういうのが面倒くさいんです」とこぼしている。
「なんだよーぉ、その尻尾はよーぉ。もふもふさせてくれようー!」
抱きつかれて尻尾を好き放題わしゃわしゃされます。
「え、ええと。そのう……先輩の言うことは絶対! とか、そういうんじゃなく?」
トモの質問にボブの先輩と同じくらいの長さだけどくしゃくしゃパーマの華奢なのにぼいんな先輩が笑顔で言うの。
「そういうのはね? もう寮というか学校のしきたりにあるんだよね。でもルルコ思うに、前時代的じゃない? ねえ、サユ」
話を振られて、ユリア先輩の髪を丁寧に洗う髪の長い先輩がため息を吐く。
「女子は男子に比べると刀を手にする確率が低い。だから団結しないとね」
先輩の技が気持ちいいのか、ユリア先輩は目を閉じて身を委ねている。
長髪の先輩も美人さんだから……なんていうか、背景にお花を飾りたいです。
「「 ほう…… 」」
ため息を吐いたら私の尻尾に抱きついていたボブ先輩も同じタイミングでため息を吐いていた。思わず顔を見合わせて笑っちゃった。
そんな私とボブ先輩はユリア先輩と長髪先輩に気持ち悪そうな目で見られましたけども。
◆
「真中メイ」
お風呂に入ってゆったりしてすぐ、ボブ先輩はそう名乗った。
そのまま両手で隣のパーマ先輩を示す。
「南ルルコ」
アッシュブロンドに染めてある髪といい、スタイルといい……ユリア先輩に負けない美貌といい、男の子たちの人気が高そうです。
「北野サユ」
長髪の先輩はテンション低めです。
ユリア先輩と二人で水風呂に浸かっている理由もよくわかりません。
とりあえず動揺しながら私とトモが自己紹介すると、三人とも頷いてくれました。
「ハルにトモだね。わけあって今日まで留守にしてたけど、逆に言えば今日からは顔を合わせることもあると思う」
「よろしくね!」
歯を見せて笑うメイ先輩とルルコ先輩はどこまでも明るい。
すれ違いざまにぼそっと重たくてしんどい一言を吐いていく、とか、トイレでいるのわかってて大声で陰口を吐く、みたいな陰湿さはなさそうです。
……いや、これは私がネガティブ過ぎるかな。
士道誠心に入ってそういうのに出くわしたこと、今のところないよ。私が知らないだけかもしれないけど。
「何か相談事があったら話して」
クールなのはサユ先輩だ。立ち上がると見える。
あばらまで浮いて見えるほど華奢な身体つき。ユリア先輩並みに色白です。
刀に影響を受けるから、それとも運動がほとんど義務だから?
みんなすごい綺麗です。
「いくよ、メイ、ルルコ」
「はあい」「ん」
真中、という名字からメイ先輩がリーダーなのかと思ったけど。自由に歩き出すサユ先輩に二人の先輩がついていく。
ばいばいと手を振るメイ先輩を見送って……三人が出て行って扉が閉まると、ユリア先輩がため息を吐いたよ。
「騒がしくなりそう」
「そうなんですか?」
「自分に勝ったらなんでも言うことを一つだけ聞いてあげる、というルールを作ったのはあの三人」
え。
「なお……三人とも二年生になってから負けたことは一度もない」
「それってそれって……ラビ先輩は挑戦したんですか?」
トモの質問にユリア先輩は流し目で扉を睨んで言うの。
「一部のある人たちを除いて、刀なしで勝てるほど柔な三人じゃない。だからラビが生徒会長になるにはいろいろあった」
な、なにかがあったんですね。
思わず顔を見合わせる私とトモでした。
◆
尻尾を濡らしちゃったから、一時半までかかっちゃった。
トモだけじゃなくユリア先輩も手伝ってくれたから割と早めに済んだけど。
触りたかったみたいなの。尻尾に。
トモのおかげでふわふわだもんね。
部屋に戻る頃にはもうだいぶ気分転換すんでたから気楽な気持ちだったんだけど。
トモにお休みを告げて扉を開けて……鍵を掛けて、窓を見てため息。
「おせえよ」
「……うん、その。うん」
やっぱりきてるんだもん。
「沢城くん……シロくんと仲直りしたんなら、そっちで寝ればいいじゃない」
「うっせえからな、お断りだ。カゲといい他の連中といい、力尽きるまでゲームだなんだって」
あ、カゲくんのことあだ名でよんでる。
仲良くなってるっぽいぞ、しめしめ。
「っていうかハル。その名字呼びやめろ」
「え」
「シロは名前呼びなのに、なんで俺は名字なんだよ。意味わかんねえ」
「……はあ」
嫉妬してる。変なの。
「じゃあ……ギンくん?」
「呼び捨てでいいよ」
「うう」
そ、それはハードル高いと申しますか。
でもじっと睨んでくるばかりですし、呼ばないと次の話題がはじまりそうにないですね。
……しょうがないなあ。
「ギン」
「おう」
な、なにこの、なに!
照れるんですけど!
「寝るぞ、ハル」
「いやいやいや」
自然に私のベッドに横にならないでもらえますか。
「た、たまには自分のお部屋で眠ればいいじゃない。ね?」
手を引っ張ろうと近づいた時でした。
くん、くんくん、と鼻を鳴らしたかと思うと。
「ひゃあ!?」
私の腕を取って押し倒すの。
床の上に。
それから鼻を鳴らして私の尻尾の付け根に顔を寄せたの。
「コマの匂いがしやがる」
「え」
なにその浮気発見機みたいな鼻。
「……むかつくな。俺を差し置いて一戦やりやがったな?」
「え、と」
ギンの両目が蘭々と輝く。
戦闘モードの狛火野くんと似て非なる……激情の光だ。
それにしてもギンの青春も戦いにあるんだなあ。まあ、わかってたといえばわかってたけど。
「いずれやる気だけどな。その前にてめえが負けんのは我慢なんねえ」
一触即発。
そんな気配。
「他の野郎は手を出さねえかな」
「なななな、なにを」
するの、なんて言えなかった。
抱き締められたの。
「――……っ」
甘く。強く。抱き締められて、離れることができない。
拒めた。
拒まないのは、私がずるいからだ。
ギンが私に与えてくれる熱、気持ち……全部嬉しいからだ。
執着。私を求めている。
……錯覚だ。ギンが求めているのは、きっと自分を昂揚させてくれる敵でしかない。
わかっている。だからこれは、錯覚。私だけを求めてるなんて、そんなのは……勘違い。
それでも。
「ん、」
ずっと求めていた。
恋愛なんてずっと無縁だったから。
夢見てきた。
こんな風に求められることが嬉しくないわけない。
だから私はずるい。
ギンにとっても、私にとっても、お互いじゃなきゃだめな理由がないのに。
甘えあう私も……ギンも、ずるい。
だから言わなきゃ。
「私、まだ……きめられ、ないの。だから、だめ」
掠れるような声で紡ぐ、今決められないという緩やかな否定。
「は、う――……」
より強く抱き締められる。
痛くてもおかしくないはずなのに気持ちの良い私はきっとどこかが壊れてる。
震える私を壁に押しつけて、ギンは私を睨んだ。
「突き飛ばさないなら……今ここで全部もらっちまおうか」
窓から差し込んでくる風にギンの髪が揺れる。
カーテンが割れて月明かりが差し込んでくる。
満月。狂うにはちょうどいい刻。
気づけばもう、とっくに心臓に刀の切っ先を当てられていた。
「お前を斬れるなら、今でもいいんだ」
「……ううん。ギンは、今は奪わないよ」
口から出たのはただ、理性。
私の手は突き飛ばすかわりにギンの胸に添えるだけ。
「一人で寝るのが怖いギンは、今はまだ私を傷つけないよ……最高の場所を求めて、待てるはず」
あくまで……私を斬る機会を誰にも譲りたくないだけ。
口から出るのは……ずるさをごまかすための精一杯の背伸びかもしれない。
流されれば取り返しのつかないところまで進んじゃう。だから、
「全部はだめ。今はまだ……私もギンも傷つくだけ。それはいやでしょ?」
「……ふん」
首の裏、それから腰を腕を回された。
次の瞬間には抱き上げられてました。
ベッドに腰掛けて……その上に私をおろすと。
縋るような目で言うの。
「なら……寝場所を借りるぜ」
「……もう慣れたから、いいよ」
今いる居場所が最高なら……続くし。
もっと素敵な人が見つかったらいつでも終わる刹那の一瞬。
それを――……大事にせずにはいられない。
私もギンも、ひとりぼっちで寂しがり屋だからなのかもしれない。
「……ここは寝心地がいい」
いやじゃない。嬉しかったよ。その言葉は。
「寝るだけだよ?」
「なんで」
「許したら……ギンはいつだって斬るに違いないから」
「くそ……ずりいぞ」
凄く余裕のない顔してる。
そんなに難しい選択肢じゃないと思うんだけどなあ。
むしろ最大限の譲歩のつもりなんですけど。
「まあ、我慢するよ……」
本当に悩んでる。変なの。
「どうして……私を斬りたいの?」
「……やなんだよ。距離を感じるの」
子供みたいだ。なんかおかしい。
そのせいでつい気が緩んじゃった。
「シロくんとの距離がなくなってよかったね」
「……うるせえ」
照れてる。かわいいなあ。
ああでも話していたら際限ない。
いつまでも話していられるけど、今日はいろいろあってもう限界なんだ。
「もうそろそろ寝てもいい?」
「……ああ」
「離れてくれないんです?」
「起きるまではな」
「……ねえ。一人で寝るの嫌いなの?」
「悪いかよ」
「べつにい」
いいから寝るぞ、と真横に寝転がるギンに巻き込まれて……腕の中におさまったまま寝る私。
……慣れてきてるなあ。
いいのかなあ。微妙だよね。
私だけじゃなく、ギンもきっとわかってる。
それでも私たちは寄り添って寝ている。
ひとりぼっちの寂しさを癒やすように。
そんな繋がりがいつまでも続くわけがないとわかっていても……一度誰かの熱を知ってしまったら、簡単には手放せない。
シロくんと和解できたように……ねえ、ギン。
私たちが落ち着ける居場所が見つかればいいね。
それがもし私とギン同士なら、いいけど。
「――……」
一緒に寝ているのに、ギンの孤独を癒やせない私じゃだめなのかな。
なんでかな。
悲しくて……たまらないよ。
つづく。




