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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百三十八話

 



 たてがみを揺らし、木刀を手に佇む武人を前に何度だって挑んだ。

 獅子王の刀を手にして、獅子王に挑む。

 それには望外の価値がある。

 住良木レオとしては、この戦闘から引き下がる意味など一つもない。

 たとえ刀を手にした己が何度木刀にうちひしがれようとも。

 理解する。

 刀があるから勇気が湧くのではなく、勇気があるから刀を振るうのだ。

 しかし、特別扱いを許されるほど過大な期待を一身に浴びる零組の一員にありながら、己は他の三名に比べるとあまりにも脆く、弱すぎる。

 命令する力に耽溺したつもりはない。ランを相手にずっと鍛えてきた。

 しかし母の虚弱な身体にとてもよく似て、どれほど鍛えようとまともに筋肉がつかない。体質的な問題だろうと医者は匙を投げて久しい。

 故にこそ、共にあろうとするランは強く気高くあろうと技を修めた。己もそれに続いたが、しかし届かない。


「終いか、レオ」


 名前を呼ばれることを嬉しく思う。けれど答えるほどの体力はもはやない。

 刀を離さず、離せず、抱いて倒れるのみ。


「隔離世において、その強さは男女の性差を軽く超える。見よ」


 先生の指差す先に視線を向けた。

 養護教諭に気絶させられ、操られたユウが抜刀術を用いてランに全力で襲いかかっていた。

 彼女は必死に抗っている。

 薙刀術を極め、小剣術を学び、居合いを学んだ。体力は私よりもランの方がずっとある。優雅に振る舞い、普段はその荒々しい強さを表面に出そうとはしない。

 私を守るために手に入れた力は、私の弱さを露呈し苦しめる。そう考えているのかと思っている時もあった。確かに、あった。

 しかし違う。

 彼女の強さは己の魅力を損ね、私から遠ざける要因になる。そう彼女は考えているのだ。それだけでなく、互いの家のしがらみを象徴している要素に他ならないと考え、手放したいとすら考えているに違いない。

 それでもランは賢明に抗っていた。返された刀を振るい、神速に挑み続けている。既にジャージはほとんど体裁を失っており、柔肌には刀傷が目立つ。

 しかし、退かない。彼女の後ろには私がいるからだ。


「その心根はとうに獅子である。彼女の背を見て、それでも倒れるか?」


 歯を噛みしめる。

 コンプレックスは山ほど抱えている。だがそんなもの、生きていれば大なり小なり人それぞれに宿すものだろう。それにどれほど思い悩むかは、言ってしまえば個人の自由の範疇でしかない。

 そんなものに囚われて、彼女を救えない男という情けない現状に甘えるつもりもない。

 身体中の疲労を理解し、それでも覚悟を決める。

 それは昨日、マドカくんに言われたことだ。


『住良木くんの不思議な命令の力。あれって、自分への暗示にも使えないかな』

『それは、どういうことだ』

『いつも思うの。あなたに命じられると、不思議と心の底からその通りだって思える。力の有無なんてひょっとしたら関係ないくらい、あなたは筋を通そうとしているから。だから私たちは従うのかもしれない』

『――……ふむ』

『けれどあなたはいつも苦しんでいる。あなたにとって通らない筋は、あなた自身、心の中にあるんじゃないかな。なら、心のありようが素直に現われる隔離世で、あなたの心は筋を通したがっているんじゃない?』


 彼女は笑った。


『暗示でもいい。セルフコントロールのためにスポーツ選手ができると連呼したりするように、あなたはきっと……まず誰より自分の心の命じるままに、動いてみていいんじゃない?』


 それは光明だった。

 歯を噛みしめて、笑って告げる。


「この身は獅子へと至るもの。ならば、これしきの苦境に抗えずしてどうする。立て!」


 身体中が悲鳴をあげる。いやだ、寝ていたいと叫ぶそれは己の弱さに他ならず、それに目を背けてはいけない。結果的に己を傷つける要素にしかならないからだ。

 しかしそれがもし――……自分はこの程度しかできない弱い男だと思う気持ちから発する痛みなら? いい加減、乗り越えるべきだ。


「刀は既に夢へと至り、そこに理想の侍が立っている! ならば、立ち向かえ!」


 身体中の回路が開いていく。塗りかえていく。

 構え、掲げて吠える。


「雄々しく猛る一振りを手に、我、真の侍に挑むものなり!」

「意気やよし!」


 ギンのように駆けろ。タツのように強く振れ。コマのように技を持って相手を圧倒せよ!

 命じて、命じて、信じて願う。

 この身は既に死地にある。だからこそ、掴み取る。己の理想のままに、まず己の心の命じるままに全力で。

 振り下ろした刀を止められることは想定済み。蹴り飛ばされる前に、むしろこちらから駆け上がり、飛んでランを苦しませるコマの肩筋へ一撃を。

 気絶させて、直ちに操る霊子を断ちきる。

 苦しみ倒れるランを支え、刀を手に教師を睨む。だが、それが限界だった。

 倒れ伏そうとする我ら二人、獅子王に抱かれ、養護教諭に手当てされながら気を失う。

 次に気づいた時にはもう二人ともおらず、三人で声を掛け合いながら移動を始めた。

 すぐ近くに街が見える。まずはあそこへ向かおう。


 ◆


 大神と二年生の相撲は接戦の連続だった。

 とはいえ相撲は長勝負といっても限りがあり、勝敗は決し、だからこそ熱くなる。

 土をつけられた大神を見た星野先輩が刀を振り下ろした。


「熱き勝負! だが勝ちは勝ち! 者ども、撃てぃ!」


 那月先輩が止める隙さえなく、銃撃が始まる。

 咄嗟にユリカから刀を二振り出して大神を背に庇った。

 まるで俺がそうするとわかっていたかのように動き、大神を助け出す九組の三名はさすがの一言。全員で逃走するのだが、しかし如何せん、刀は二本。

 対して敵はあまりに多く、窮地の一言。

 しかし――……ここが授業の場で、彼らに仲間がいるのなら……俺たちもまた、同じように同胞がいる。

 空から降り注いだ赤と青の閃光が駆け抜けて銃を構えていた連中をはじき飛ばした。どよめく二年生に構わず、乱入者の二人が吠える。


「よっと! 岡島ァ!」

「わかっているよ、茨。みんな、退路を開く。ついてきて」


 鬼二人。頼もしすぎる援軍に庇われながら逃げる。逃げる。二年生を背に。

 いずれ戻ってきて借りは返す。しかし言わぬが花。艶然と微笑む那月先輩が星野先輩の腕を抱き締めて引き留めていた。

 互いに、ここで終わりにはしないと誓い合う。

 いずれ戻る。その時は、必ずや勝負をつけてみせよう。今は怯まぬ他の二年生の銃弾の雨をかいくぐるのみ――……。 


 ◆


 加速する。思考したら防がれる。

 沢城ギンの可能性をもってしても、尚……佐藤エマという侍は実に手強い。

 どういう理屈によるものか、こちらの手を読み切っている。

 そんな相手は――……会社で世話になっているあの三人とハル以外、初めてだった。

 断言する。

 ハルは御霊の力を通して読んでいるだけだ。それでも十分すぎるほど素晴らしい資質に違いないが、あの三人は積み重ねた経験を用いて佐藤エマと同じように何らかの手段でこちらの手の内を読んでいた。

 腹を容赦なく宙に向かって蹴り飛ばされて、身体を捻って着地する。


「霊子ってのは、面倒なもんだな」

「キミの身体能力ほどじゃないよ」

「……お褒めにあずかりどうも」


 ぺっと血を吐き出して、村正を下げる。


「なに? もうやめるの?」

「まともに刀を使わないあんたを本気にする術が見つからないんでね」

「……意外。きみって切れるし、戦好きだから、なんとかしてくれるものだとばかり」


 煽ってくるが、流す。


「あんたの刀ってのは……そんなに強いのか?」

「あたしってほら、ユリアちゃんやコナちゃんみたいに容姿で噂になるほどじゃないし。真中先輩と南先輩みたいに最強で美しいって柄じゃないからさ。何せアピールし続けてる男子に振り向いてさえもらえない女子なので。名乗るほどの刀じゃないよ」


 ため息を吐く。


「――……刀へのヒントにしちゃ、愚痴が入りすぎじゃねえか?」

「ふふ。まあ……柔肌にたくさん浅い傷をつけてくれたキミへのご褒美ってことで」

「愚痴が褒美たぁ、しみったれた話だな。あんたの三日月、この場で抜かせてみせたいが」


 かまをかけてみたら、どうやら当たりのようだ。彼女の表情が恍惚とした笑みに変わる。


「――……ふうん? お勉強もするんだ?」

「反り、長さ、あとは最強で美しいってヒントかな。けど、そいつの切れ味がいいなんて話は聞いたことがない……あんたと同じで、汚れを知らないだけか?」

「そういう煽りは好きじゃない」


 すっと目が細められた瞬間、圧を感じた。少しは煽れたか?


「幼なじみを相手にする時みてえなかわいげを見せてくれよ。ああ、無理か……器用に振る舞えるんなら、とっくの昔にあんたは汚れてただろうからな」

「――……ほんと、男って初物が好きだよね。そういうの、ヘドがでる」

「奇遇だな。俺もだ」

「ああ、そう……嘘をついてまで煽りたいわけ? 見損なったよ」

「あんたを本気にできるんなら、なんでもするさ」


 にらみ合う。いつでもこい。寄らば斬る。俺の間合いはわかっているはずだ。

 刀の――……読みが正しければ三日月宗近の御霊。とすれば佐藤エマは沢城ギン同様、己の体術のみで戦っている。

 センスは自分と同じか、或いはそれ以上か? 傷つけたとはいえ浅く、反撃を浴びて消耗しているのはむしろこちらの方だった。

 ラビ、緋迎の野郎だけじゃない。とんだ化け物が二年生の中に眠っていた。いいね、ぞくぞくしてきやがる。こんなに昂揚させられるとは思わなかった。

 期待を注ぐ俺を見て、しかし佐藤エマは鼻息を漏らして構えを解いた。


「……なんだよ。そこまできてやめるのか?」

「さっきの発言、謝るなら奥の手を一つだけ見せてあげようかと思って」

「――……あんたの積み重ねがどんなものであろうと、あんたに出会えて、苦戦している状況が既に最高だ。悪かった」

「ほんと、思い切りがいいね。気に入ったよ、沢城」


 そう言うなり、こちらに向かって、何の予備動作もなしに歩み寄ってきた。

 あまりに自然、あまりに邪気のない歩み。

 戦闘中なのに、戦う意欲が奪われる。

 相手を斬る欲すべてを吹き飛ばされる。既に術中にあるのか。わからない。

 ただ、見た目の美しさで並木コナ、ユリア・バイルシュタインの名前が挙がりすぎる二年生においてなお――……目を奪われるほど、何気ない日常的なその動作が堂に入っていて、そして戸惑った。

 ハルの奴が本気になった時にやるような突拍子のない策とは違う。

 戸惑ってしまう。

 荒唐無稽な歩みの中で、エマの手が刀に触れた瞬間、鮮血が待った。

 わけがわからなかった。

 何を食らった? 胸を見下ろした。斬られている。派手すぎる出血を、間近にきた彼女は浴びるはずだった。

 なのに、血は彼女を避けていく。


「汚れない。汚れることができないこれは――……まさしく呪い。さあ、月に似合う花を咲かせよう」


 瞳に浮かぶ月を見た。直後、派手に身体が切り裂かれた。斬られてから気づくこの技は達人によるものに他ならず、しかし――……欠片も理解ができなかった。


「か、ふ――……」


 噴き出てくる血を吐き出す。

 人によるものならば、どんなものであろうと見抜く眼力がある。自負がある。鍛えてもきた。なのにわからない。こんな道理があるか。或いは彼女の言うとおり、これは呪いか。そんなものを相手に勝てるのか。

 ――……いや、勝つ。たとえ今は敗北しようとも。やがて、必ず勝つ。

 そう気持ちを切りかえ、せりあがってくる血を必死に吐き出し、膝を突いた。

 こんな瞬間だからこそ、思考が巡る。

 村正のいわれを技へと変えた己のように、佐藤エマもまた、刀のいわれを技へと変えて戦うのだろう。そうに違いない。

 だとしたら、彼女が刀を抜いたら汚れることなく斬る――……つまり、相手に触れることなく斬れるということか?

 そこまできたら、もうほとんど大道芸のレベルだ。

 ならば、コマのように神速の抜刀術の使い手とか? いてもおかしくないが、しかし。しかしこれはあまりにも、神業に過ぎる――……。


「死なれちゃ困るから、傷は塞ぐよ。けど失った血は戻らない。きみは一人で戦況を覆しかねないから、しばらく休んでいて。いい教えになったでしょ? こういうやり方もあるんだって――……」


 歩み寄ってくるエマが胸に触れてきた。彼女の手はそれでも汚れることなく、霊子を注いでくる。傷が塞がっていく。しかし、出血のせいで気が遠くなって――……。


「――……くん、沢城くん!」


 揺さぶられて意識を取り戻した。

 山吹がいる。ハルのように獣耳を生やしてご機嫌じゃねえか。


「……おお」


 思ったよりもしわがれていた。たとえ塞がれようと、出血のダメージは深い。


「だ、だいじょうぶ? 傷は塞がってるけど、でもひどい量の血の痕跡があって、こ、こんなのあまりにも」


 てんぱる山吹に笑ってみせる。


「……血が足りねえ。飯をくれ」

「そんなどこぞの怪盗三世じゃあるまいし。でも、そっか。隔離世の私たちは霊子を集めた存在だから、霊子を取り込んだ方がいいのかも」

「……あ?」


 わけのわからねえことを言うなよ。


「なんでもない。担ぐよ」

「……わりい」

「ううん。こっちも用意された相手の戦力はひとしきり片付けたところだから、いいの」


 そういう話をしてるんじゃねえよ、まったく。自分のテンポで生きやがって。まあ、それは俺も同じか。


「……へっ」

「ほ、ほんとにやばそうだね。急ぐね? 鼻は利くから、匂いのする方へ行くよ!」


 軽々と背負われて、苦笑いがでる。

 ノンには見せられないな。あいつに見せる姿は――……勝った背中と決めている。

 次は、必ず。

 待っていろ。それまで……勝負は預ける。


 ◆


 先生たちに挑むリョータたちは奮戦したし、健闘した。

 けれど、相手が強すぎた。

 歯形を向けてくるクウ先生には接近戦を挑めず、コマチとユニスが必死に飛び道具を駆使するが……それじゃあ食われるばかりで手がなく。

 ならばと二人が歯形の注目を集めている隙に接近戦を挑もうとするリョータたちはニナ先生が繰り出す巨大な犬たちに行く手を阻まれて思うようにならない。

 剣を手にしたミナトは特に必死に挑む。初めて目にするあいつの本気は、けれど犬を傷つけることができなかった。あたらなきゃ、意味がないからな。

 俊敏に駆ける犬を全力で追いかけたのはトラジだ。バカみたいな怪力と瞬足を発揮するトラジをしても、犬は捕まえられなかった。単純に避け方を心得ているという、それだけの事実が持つ強さをまざまざと見せつけられたんだ。

 ならばとニナ先生に直接格闘戦を挑んだのはリョータだ。しかし、拳は空を切る。蹴りは届かず、代わりに鞘で厳しく殴られてしまう。纏いで得たスーツは防御力が高いようだが、それでもリョータの心を厳しく責めた。

 どう足掻いても、手が足りない。

 意識を取り戻したアリスが刀を手にするが、しかし力を発動するだけの体力もなく。

 何も起きない。奇跡は、起きない。

 みんなが頑張っているのに――……届かない。

 己を諫め、導き、厳しく育てた人間は何よりも手強いという、世の中の当然の摂理を見せつけられる。

 理解しているさ。

 世に天才ともてはやされるアスリートたちにさえ、途方もない練習量が必要だという現実を。

 競技における理解力、分析力、勘所の良さや着眼点に、とかく意識が向かいがちだ。

 しかし何より泥臭く彼らは膨大な積み重ねを経ている。

 如何に効率的かつ効果的に膨大な練習を積み重ねるか、身体にかける負荷やメンタル形成さえ計算して緻密に作りあげられる。

 見方を変えれば、それは――……あらゆる人間においても通じると思う。

 必然的に、およそ何も積み重ねていない人間から見て手が届かないと思わせるような化け物が生み出される。

 理解できない、或いは知らないからこそ、単純な二文字に甘えてそれで留めてしまう。それじゃ届かないのは必然。

 三年生や二年生の戦闘能力を見ても、春灯たちを見ても、暴走したら私たちを押さえ、導けるだけの力が教師には必要だ。どうしたって、士道誠心の教師には強さが求められる。

 だからこそ、先生たちが先生たちでいられるだけの理由があるはずだった。

 マスターや先輩のように、ニナ先生やクウ先生が私たちの教師であるために必要な強さを持っていないはずがなかったんだ。

 そのためにどれほどの積み重ねを経てきたのだろうか。わからない。わからないから、知りたいし、知らなきゃ近づけない。

 必死に星を見る。見つめても見つめても、わからない。マドカのように先生たちの積み重ねをわかりやすい形に変えてくれたら、わかりやすくていいのに。

 二人の一挙手一投足から探るという、当たり前の手段しか執れない。

 やっとの思いで身体を起こし、手を伸ばす。

 私が捧げた五つ星が流れようとしている。人に星を見れるなら、少なくとも七十億以上あるはず。夜空にはどれほどの星があるだろう。天文学的な数字になるはずだ。けどここにある星は五つが五つ、それぞれ別々にある。点と点でしかない。

 星は一つじゃだめなのか。一人に一つだけじゃだめなのか。私にはどう足掻いても、数多くの願いがあろうと一人に一つしか見えない。それ以上はどうしたって無理だ。

 なら、じゃあ、一体どうしたらいいんだ。わからない。わからないけど、何もしなかったら――……終わってしまう。みんなの顔が曇って、落ち込んで、それで終わりなんて嫌だ。

 なのにクウ先生に食われてしまった力は戻らず、膝が笑って仰向けに倒れてしまった。

 眩暈がして気持ちが眩み、意識が遠のく。熱に包まれていく。

 あったかい。

 見上げた空に、煌めく星が見えた。

 優しい顔した真中先輩が立っていた。


「ハルちゃんが選んで、マドカちゃんが愛したあなたは……あのシオリが手を取ったあなたは、それでお終いなの?」

「だって、あたしは……何もできないんだ。どんなに願っても、願うだけじゃ……意味がない」

「みんなが頑張ってる。あなたが注いだ星で……自分の力の使い方に、ささやかだけど気づいたから」

「……でも、あたしは」


 気づいてない。まだ。まだ何か、あるはずなのに。


「私にはもう、見えている」

「――……え」

「見上げてごらん?」

「……でも、まだ、昼前で」

「いいから……見上げてごらん、あなたの星を」


 抱き上げられて、見上げる。

 光の中から見た空が漆黒に染まって、輝き出すんだ。数え切れないほどの暴力的な輝きを。


「星は集い、銀河となりて……私たちに命を知らせる」

「ぎん、が……」

「結びつけて星座に変えて、夢を見る。なのにあなたは、いつまでひとりぼっちでいるつもり?」

「――……あ」

「いつまで、みんなをひとりぼっちにしたいの?」


 その言葉に心の蓋を開けられた気がした。


「もう、あなたには仲間がいる。あなたにはもう、見えているはず」

「――……あたしには、もう、見えてる?」

「ええ。あそこに輝く五つ星。そして輝き方を知らない、一つ星。あなたと交ざって、七つの星はどんな星座を作り出すのかな?」

「せいざ……」

「シオリが選んだあなたはもう、とっくに私たちの大事な仲間。さあ、お助けしよう。仲間を……立ち上がり方を知らない子供を。なによりも、まずあなた自身を! さあ、答えて。まだ、あなたはあなたとみんなをひとりぼっちにしたいの?」

「――……違う!」


 歯を噛みしめて、手を伸ばす。一番強く輝く星に。


「あたしは、もう――……絶対に、ひとりぼっちになんか、してやるもんか!」


 掴んだ瞬間、身体中から星が溢れてきた。

 光が一層強く瞬いて、真中先輩と共に消え去る。

 けれどこの心に確かに熱が宿った。あの人の熱すぎて焦げ付きそうな熱が。

 噴き出るままに叫ぶ。


「纏いて変われ! あたしの力!」


 ジャージが一瞬で纏いへ変わる。それだけじゃ留まらない。


「繋がれ! みんなの願いを一つに変えて!」


 胸の星を掴んでリョータへ飛ばす。貫いて、ミナト、トラジ、コマチ、ユニス――……そしてアリスへ。


「なんだ、これ――……」

「気持ちが、昂ぶる!」

「やべえ、あがる! 意味わかんねえ!」

「けど、元気、でてくる!」

「負けたくないって気持ちが溢れてくる!」

「――……七つの星、繋がる先は七星剣」


 全員の気力が満ちていく。気持ちが繋がっていく。心が重なって、広がっていく。

 独立したそれぞれの動きがリンクしていく。もちろん、それだけじゃ到底、先生二人には届かないけれど。

 確かに変化していくの。


『私が歯形を引き寄せる! コマチ、クウ先生の足を止めて!』

「蔦、でて!」

『ミナト、犬の相手は俺が引き受けた! クウ先生を!』

「うりゃあああ!」


 気持ちが繋がる。言うより早く、仲間の心が届く。

 あうんの呼吸が成立していく――……。

 てんでばらばらだった私たちの点と点が繋がって、線へと変わるからだ。

 ユニスが精一杯の光線を放ち、クウ先生が食らうその瞬間、コマチの蔦がクウ先生の足を絡め取った。即座に飛び出したミナトに犬が気づいて襲いかかろうとする。しかしトラジが犬の行く手を阻む。群がられて尚、トラジは笑っていた。ミナトが振り下ろした刀が確かにクウ先生の刀を捉えたのだ。


『アリス、動けるなら一緒に!』

『門は開いちゃだめよ!』

「――……わかってますっ!」


 視線を向けたニナ先生の懐に、リョータとアリスが潜り込む。二人の動きは完全にシンクロしていた。それだけじゃない。動きの具体的なイメージがアリスから伝わってくる。驚くほど繊細で強かで緻密な動きをリョータが完璧にトレースした。

 あのニナ先生が防戦一方になる。けれど、この瞬間を待ち望んでいたように先生が笑った。


「なら、これはどうかしら――……っ!」


 笑う口元を見て、瞬時に思い描いた。あの影から子犬を山ほど出して、こちらの力を吸い取る技を使う気だ!

 リョータの気持ちが膨らんだ。思わず念じていたんだ。


『果敢にタフに!』

「チャレンジだぁああ!」


 リョータの身体が煌めいた。私たち全員の力を吸い上げて、姿が変わる。銀河の力を宿して青く光を放つ。


「みんなの絆で、掴んでみせる!」


 噴き出る子犬の嵐に迷わず右手を突きだした。


「吸い取れぇええええ!」


 叫び声に呼応して右手が掃除機の形に変わった――……って、掃除機!? よりにもよってスイッチの一つかよ!

 子犬の嵐が吸い取られていく。それだけじゃ済まない。あらゆる霊子が悲鳴をあげて吸い取られそうになるからこそ、リョータは掃除機をあわてて消した。


「あ、あぶない! ……ふう。さすがに最終フォームを夢見たのは、まだ早すぎた……っとと」


 悔しそうにいいながらふらついて、尻餅をついたリョータの纏いが解ける。

 同様に私の纏いも消えた。

 みんなとの不思議な繋がりも消えてしまった。

 たまらず座り込んだのはリョータだけじゃない。私も、みんなも全員力尽きていた。

 それを見て、クウ先生もニナ先生も刀を下ろす。


「どうやら、壁を一つ超えられたみたいですね! 素敵な力でしたよ、みなさん!」

「じゃあミッションはここまでとしましょうか。クウ先生、お肉を持って退散しましょう」

「了解であります!」


 二人そろって満足げに言うと、たき火にかざしていたお肉を掴んで立ち去っていく。

 ――……って、いやいや!


「あ、あの! 何か具体的な指示とかは?」


 思わず呼びかけたら、ニナ先生がふり返って言うんだ。


「街の反対側へ行けば、合流できる頃合いね。店舗を覗けば食料があるわ。それでご飯を作って食べて、午後に備えてね?」


 それじゃあ、と言って犬の背にまたがって行ってしまった。


「は、はは……どこまでも自給自足か」

「材料が用意されているだけ、ましじゃないかしら」

「……確かにな」


 ユニスのツッコミに苦笑いしながら見送る。

 力尽きて、仰向けに寝転がった。

 無数の星はもう、今は見えず深い青。


「……ねえ、キラリ。途中で光に包まれていたけど、何があったの?」


 ユニスの問いかけに笑って、手を伸ばした。


「まあ……ちょっとした、サプライズかな」

「ふふー」


 アリスが笑う。


「うちの兄の恋人はお節介さんなのです。ね、ぷりぷりキラリ」

「……ああ、そうだな。確かに……あの人は、お節介だ。もっと早く……絡んでいたかったと思えるくらい、最高の先輩なんだろうな。でも」


 頷いてから、寝返りを打ってアリスを睨む。


「ぷりぷりキラリはよせ」

「ちぇー、けちんぼー」


 あんまりくだらなくて、みんなで笑う。

 勝ち負けでいったら、決着はつかなかったが負けだろう。しかし一矢報いた。そして今の戦いの積み重ねは、大きく私たちを育てる一歩に違いなかった。

 それにしても――……真中先輩に優しく構ってもらうの、初めてだな。

 先輩っていうのは……いいもんだ。

 どうせならもう一人の先輩からも構ってもらいたい。マドカや春灯ほど構ってもらってないというか、可愛がられてない。まあ真中先輩やラビ先輩、シオリ先輩よりも難しそうな人だけど。なんとなく、近しい何かを感じるから。繋がりたいと思う。

 ひとまずそれは午後か明日に持ち越しかな?

 どちらでもいい。真中先輩が絡んできた時点で、三年生には何かの思惑があるみたいで。暗躍するのが得意なのは、真中先輩じゃなくて南先輩の方に違いないから。

 放っておかれるわけないと思った。素直に信じられた。きっと接触してくるはずだって。

 楽しみだ。

 私をお助け部に引き入れたシオリ先輩と、あのマドカを選んだ南ルルコ先輩と向き合ってみたいと、素直にそう思えたのだ。


 ◆


 すんすん鼻を鳴らしていたらタマちゃんに「はしたない」と怒られましたよね。

 それでも青澄春灯、明日に向かって行動中なのです。

 匂いに誘われて遠くに見えた港町に歩いていった先で、遭遇したよ。


「ルミナさん!」

「ちゃんか呼び捨てでええよ!」

「おぅっ! る、ルミナ!」


 呼び直しながら駆け寄るの。

 豪奢な屋敷が建ち並ぶ、いかにも一等地めいた場所。その入り口になるだろう道にたくさんの同級生がいた。

 みんな心配そうな顔をして、倒れ伏したフブキくんを見つめている。寄り添うルミナの顔は暗い。もしかして、犠牲者が?

 不安になってフブキくんの顔を覗き込んだらね? 白目を剥いていました。ぴくぴく手足が震えています。


「ふ、フブキくん……だいじょうぶ?」

「青澄か……俺は、みんなを守り抜いたぜ……がくっ」

「フブキくーん!」


 脱力したフブキくんをゆさゆさ揺さぶると、ルミナが深いため息を吐いた。


「そんなんせんでええよ。このあほ、先輩の攻撃から身を守るって、勝手に暴走しただけやし」

「……どういうこと?」


 ぴんとこない私にルミナは説明してくれた。


「まずね? 気づいたらそこの街の中に停まった電車の中で寝てたの。みんなで外に出たら先輩が襲いかかってきたわけ。いやもうまじやばいと思ったし焦ったよね。だって誰も刀を持ってないんだもん」


 うんうん、と集まるみんなが頷く。


「だけど先輩は叫ぶわけ。触れた相手の秘密を暴く刀鍛冶だとかなんとか。しかもちょっとえっちな先輩でね? 女子のふぇちを暴いてやるとかいって、最初にうちを狙ってきたの。もうね。セクハラ以外の何物でもないよね」

「「「 さいてー! 」」」


 少ないながらに女子が唱和する。

 真顔で頷くルミナ、よっぽどいやだったんだろうなあ。気持ちはわかるよ……。


「そしたらフブキが先輩に体当たりをかましたの。必死に抱きついてさ。それでみんなで先輩をぼこぼこにして、丁重に送り返したよ。おかげでフブキの性癖が露わになったよね」

「ストッキング越しのパンツ。色は黒に限る。デニールは80か110」「それもダイヤマチのあるストッキングな」「業が深い」


 男子がしみじみ明かすフブキくんの性癖に、女子が渋い顔をするけど……ま、まあほら。そこはすごくプライベートな領域だから、そっとしておけばいいんじゃないかな。私にはよくわからないけど!


「男子がみんなそろって、フブキ-! って叫んだ時は何かの冗談かと思ったよね」


 ルミナが言うと、誰かがぼやく。


「つか、ルミナちゃんばりの可愛い女子と義理姉弟になっといて、それに対する言及なしとか……」「普通もっとあるだろ。幼なじみが姉弟になったからこそお風呂がどうとか、そういうの」「しかし迷わずスト越しパンツ、ダイヤマチ。デニールまで指定とか……」「業が深い」

「ああっ! フブキくんの顔色が悪くなってく! み、みんな、もうそのへんに! ルミナたち女子の尊厳をその身を挺して守ったことには違いないから!」

「「「 まあ、確かに 」」」


 思わず訴えちゃったよ。見てられなくて。なんか去年、黒の聖書を朗読させられた時の私を重ねちゃうの。

 いいじゃない。ちょっとあれなものを抱えていたって、いいじゃない。

 誰しもそれとなく、あるいは露骨にあると思うし。好みがね。


「とにかく、先輩はいなくなって、代わりに鍵を落としていって。うちらはどないしたらええんやろなーって話してたの」


 すっと鍵を出して見せられた。

 特に特別な形状をしていない。強いて言えば鉄製で太くておっきな、ゲームで牢屋の鍵になってそうな形をしてる。ありふれているといえばありふれているし、だからこそ現実ではお目にかかれないよね。めちゃめちゃ矛盾してるけど、さておいて。


「どこかにその鍵で開けられる扉があるのかも?」

「いちおー、男子が調べに行ってくれたんだけど……」


 おおい、と遠くで声が上がった。

 見たら男の子たちが集団を連れて歩いてきたの。その中にはユリカさんを背負って歩くタツくんや姫宮さんを背負ったレオくんだけじゃない。残念3、イヌ6もいる。木崎くんと肩を抱いてお互いを支え合って歩く羽村くんがいた。神居くんが足を引きずって歩いていて、狛火野くんが肩を貸していた。

 傷だらけになったおっきな男の子が、同じく傷だらけのギンを抱きかかえていた。心配そうな顔をして寄り添うマドカはかなりレア。

 遺跡探索を選んだ一年生がずらずらとやってくるんだけど、ギンが死に体みたいになっているのが気になりすぎたし、マドカに尻尾と獣耳が生えているのも気になりすぎた。


「ギン!? マドカ! なにがあったの!?」


 思わず駆け寄っていく。

 村正を抱き締めたギンは顔を歪めて目を薄く開けて私を見たの。


「――……ちっと、傷に響く。けどまあ、無事だ。山吹は、しらねえ」

「ど、どうして? ギンをそんなに圧倒できる人なんて……カナタ?」

「ちげえ……ちっと、休ませてくれ」

「う、うん……マドカ?」

「とりあえず、沢城くんを寝かせよう?」

「そ、そだね」


 頷いたの。確かにマドカの言うとおりだ。

 それでもたまらずみんなを見た。

 残念3もレオくんも傷だらけだ。レオくんに背負われた姫宮さんも。

 タツくんとユリカさんさえぼろぼろだったの。

 茨ちゃんと岡島くんだけ無傷だけど……それ以外はひどい有様だった。


「なにがあったの?」

「……すまん。ギンと同じだ。強いて言えば、先輩にしてやられた」

「言葉もないね……鍛錬不足が憎い。光明は見えた。だがまだまだだ」

「そうさな……ふう」


 レオくんの悔恨の言葉に、ため息を吐いてそっと腰を下ろすタツくん、相当疲れているみたいだ。初めて目にした期がする。タツくんがここまで追い詰められているの。ユリカさんはほとんど気絶するように項垂れて船をこぎ始めた。


「大神くん、どうしたの?」

「七星……話せば長いが、途中で合流した連中すべて、二年生にしごかれたみたいだ。俺も初めて相撲で負けた」

「大神くんが負けるなんて、よっぽどやんね」

「俺もまだまだ未熟者というだけのことだ」


 ふっと微笑むおっきな男の子が建物のそばにあるベンチにギンをそっと寝かせた。

 重たい空気が広がる中、おおい、とカゲくんの声が聞こえたの。

 見たらトモとシロくんがカゲくんを支えて歩いてきてた。カゲくんの手にする刀は見たことのない輝きを放っていたよ。

 それだけじゃない。


「やっと、合流だな」


 後方から聞こえた声にふり返ると、キラリたち十組が歩いてきたの。

 みんなすっかりくたびれた顔をしていた。

 誰かが口を開こうとする。けれど言葉にならない。私たちは身も心もぼろぼろだったに違いない。

 なんとかしなきゃ。こういう場でみんなをもり立てられないんじゃ、歌手でいられないよ。

 そう思って、意を決して口を開いたの。


「あのっ」


 みんなの注目が集まったまさにその時!

 ぐうううう! と盛大にお腹が鳴りましたよね。


「――……あ、の」


 俯く。恥ずかしくてやばすぎる私を見て、岡島くんが笑った。


「素敵なランチを先輩が振る舞ってくれるかと思ったけど、待っていられないね。食材を探してご飯にしようか」

「……異議なしであります」


 小さくなって呟く私にみんなが笑い声を上げた。明るい空気に変わっていくのは嬉しいのですが、他に方法はなかったのでしょうか……。


『アホ丸出しじゃな』


 返す言葉もございません!




 つづく!

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