第四百三十五話
アリスが刀を鞘から抜いて跳躍した。普段見るよりずっと鋭く早い。強いて言えば沢城のそれに似ている。待ち構える二人の先生の手前で振り下ろした刀が、何かを斬った。
悲鳴を上げるように裂ける。空間に亀裂が入る。そして、
「開け根の国の門――……」
吐き出されてくる。数え切れないほどの――……蛆虫、羽虫、ムカデに蜘蛛。他にも形容しがたいものたち。怪異。端的に表現するのなら、漢字で二文字で足りる。
悲鳴をあげるユニスとコマチ。なんなら私もその輪に加わりたかったけど、できなかった。
見えたんだ。アリスの刀の柄に黒い星が。一瞬膨らんで叫び声がした。
『死を寄越せ――……食らおう、お前の寿命を一つ』
着地したアリスがふらついた。
みんな、アリスが起こした事象に目を奪われているから気づいていない。
けれど、地面に刀を突き刺して、両手を乗せているアリスは――……あれは刀に縋り付いているだけだ。
先輩の強さを疑わない。上級生たちは先輩を神聖視しているきらいがあるし、実際あたしは先輩に助けてもらったことがある。
その妹となれば、期待値は否応にも高くなるし――……実際、アリスは窮地においてクラスの誰も理解できないほどの奇跡を起こして道を切り開いてくれた。
だから無邪気に信じていた。アリスがその気になれば、それで終わりだと。
そんなはずないじゃないか。よく見てみろ。
「――……う、く」
アリスの微かな悲鳴が聞こえる。ぽた、と何かが雪に垂れていくのが見える。
駆け寄って身体をこちらに向けて見た。鼻血がぼたぼたと垂れて、唇は紫色になっていた。
刀を使わないのは、強すぎて己の身を滅ぼしかねないからか。
「なんで言わないんだ!」
「――……にげた、ほうが、いいかもですね」
儚く笑うアリスを問い詰めようとした時だった。
ニナ先生の咳払いの音が聞こえた。
「こほん。こういう戦い方は感心しないわね……クウ先生、頼めるかしら」
「まあ……これくらいなら」
刀を抜いた我らの副担任、飯屋クウ先生が刀を手に舞う。
すると、どうしたことか。空中に赤い歯形が浮かぶのだ。開いて、閉じて。虫たちを容赦なく蹂躙していく。噛み散らかすんじゃない。赤い歯形が通り過ぎた後にはもう――……何も残されていなかった。
「……燃費、わるいんですよねえ。幼女だけに、体力、なくて」
私をぐいっと手で押しのけて、アリスが刀を抜いた。
すかさずニナ先生が「およしなさい」と呼びかけてくる。
「暁さん。昨日の課題、この場で達成できないのなら此方にも考えがあるけれど」
「刀とは仲良しさんです。なので今も前も達成し続けています――……腹ぺこなので」
刃紋に指を当てて付け根から切っ先へ撫でる。
「宿主を食い殺しかねないのが、たまに傷。でも時間稼ぎはできます」
「アリス! よせ!」
「幼さの特権って、甘やかされることにあると思うんですよね。だから幼女は迷わず行使します!」
刀を振るう。
「切り開け! 虫でダメなら悪霊で!」
裂け目が開いて薄暗いモヤが噴き出てきた。一瞬だけ青白く骨の像が浮かび上がる。
その瞬間、アリスが派手に血を吐いた。その露骨な変化に気づいたみんなが駆け寄ってきたけれど。あたしが駆け寄ったときにはもう、アリスは意識を失っていた。
刀を強く握りしめて。
下ろしていいのに――……戦い、守るつもりでいたんだ。こいつなりに、あたしたちの力になるために。
「まだまだ未熟。根の国への門を開けるのなら――……その先を狙えるのに。あなたは幼く、エサにしかなれずにいる」
悪霊どもが舞い踊る空を見上げて、クウ先生が刀を掲げる。
「食らえ、餓鬼――……」
歯形はどんどん巨大になって、そして一噛みで終わらせてしまった。
アリスが気絶するくらい……出した力は一瞬で、片を付けられてしまった。
「さて……スチュワートさん。暁さんの治療はできますね?」
「は、はい! え、えと、えっと……!」
てんぱるユニスの背をコマチとミナトが撫でた。深呼吸をしたユニスがアリスに触れる。
「霊子を食われている……体内を。だけどこのくらいなら、なんとか……っ!」
ユニスの手がうっすらと光った。アリスの身体に伝って、広がっていく。
ゆっくりとだけど、アリスの顔色がましになっていく。
「気づかなかった……この私が……っ」
「俺もだよ、ユニス。アリスは飄々として、勝手気ままに行動しているからな。でも考えてみれば、こいつが俺たちに素直になるなんてことは――……」
「「「 山ほどあったよね 」」」
ミナトがしみじみといい感じに言おうとするから、全員で突っ込んだ。
「そ、そうだな。でも一番肝心な話は聞いたこと……ないよな?」
「「「 まあ 」」」
「だ、だよな!? そうだよな……いや、ほっとするのもどうかと思うけどよ」
みんなでしんみりしていたら、強い視線を感じた。
「それで? あなたたち……暁さんに頼るだけで、自分たちは何もしないつもりかしら」
「あはは。ちょっと……日頃の教育がまだまだ足りないと感じますねえ」
ニナ先生とクウ先生の言葉にあわてて身構えた。
「逃げようなんて思わないでね? 私の犬神はあなたたちをどこまでも追いかけるし」
「逃げたら食べちゃうから」
二人の先生の笑顔を前に血の気が引いた。
どうにかしないといけない。その手段はあるのか? いや……贅沢を言っていられる場合じゃない。そもそもアリスがここまで身体を張って立ち向かってくれたんだぞ。
刀がないからって、私たちが何もしないでいいわけない。
アリスをそっと寝かせて立ち上がる。
「天使さん。あなたから挑んでくるのかしら?」
手を叩いて内から出した星を空へ投げた。
落ちてくるそれを指を鳴らして散らして浴びる。
纏いを終えて、身構える。
「んー。やる気なのはいいけれど、昨日と同じ結果になるんじゃないかしら」
「わ、わかってますけど! こっちだって……課題は乗り越えたんだ」
手の内から出した星を人差し指に集めて掲げる。
「天使キラリ。あなたの課題はなんだったのかしら?」
ニナ先生め。みんなの前で言わせる気か。
「先生なら知っていると思いますけど」
「そうね。まあ、やってみましょうか……クウ先生」
「はい」
「って、ニナ先生じゃないんですか!?」
「旦那以外の誘い文句には乗らない主義なの」
くっ、と歯がみしたのは、私だけじゃなく、クウ先生もだ。
「結婚した途端にリア充アピール……っ!」
「だって、しょうがないじゃない? 充実しているんだから」
「~~っ! 早く彼氏みつけたいぞー!」
刀を掲げて走ってくるクウ先生に叫ぶ。
「いろいろ私情はいりすぎですよ! 飛んでけ!」
星を巨大化させて掴み、投げ飛ばす。
人差し指を突きつけて、山ほど。星を弾丸のように飛ばした。
けれどクウ先生がこちらに刀の切っ先を突きつけて叫ぶ。
「星のお菓子は残さず食べる!」
またあの赤い歯形だ。ばくばく食べる勢いは早食い選手も真っ青な爆食い状態。
くそ!
歯がみするあたしにニナ先生が楽しそうに笑う。
「うふふ。課題ばらしちゃおっかなー」
「くっ!」
「天使さんの課題はね?」
「仕方ないな! 久々だけど!」
右手はそのまま、左手に星を集める。貯めて球状へ。転がして右足で全力で蹴りつけた。右手に散らした星を吸いこんで巨大化する弾丸に思わずクウ先生が身構えた。
刀を振るい、歯形を巨大化させていく。食らった後が隙に違いないから、食われてもいい!
本命はむしろ、
「晒せ! 願い星!」
右手でピースサインを作って右目に当てた。
クウ先生を睨む。胸の内にあるけれど、ちらついて捉えきれない願い星を補足。
『クラスの子すらカップル率が高くて、ニナ先生も結婚して私を置いてきぼりに……うう、次の合コンでは必ず! というのはさておいて!』
さておけるのか!?
『見せて、あなたの成長を! 学級委員長として、あなたがまず最初に見せて!』
ああ、見せてやるとも!
「見つけた! 開け、勝利への道!」
左手を願い星へと伸ばして指を鳴らす。噴き出る星の道。踏み出した。一瞬で加速する。
「その技はあまりに直線的すぎるの! それがあなたの弱点!」
クウ先生が構わず刀を伸ばしてくる。
「さあ、課題の成果を見せて! あなたの必殺技を、必殺技へと変えてみせて――……!」
ニナ先生が叫ぶ。
どんどん加速してクウ先生の構える刀に突っ込んでいくように見えるはず。
だから、リョータが叫んだ。
「キラリ!」
でも大丈夫。
「この身を星へと変えて! 降り注げ!」
「く! 口を開け、餓鬼!」
「うあああああ!」
叫んで、溢れる力のままに全身を星に散らして赤い歯形の中を通り抜けて降り注ぐの。
刀で捉えようもないくらい、天の使いたる星をきらきらと。
通り抜けて、あるべき姿へと戻って囁く。
「これが修行の成果だ」
立ち上がってふり返ろうとしたけど、足に思うように力が入らなかった。
気がついたら倒れていた。纏いは解除されて、元のジャージ姿へ。
な、なんで――……。
「ごめんね? 歯形の中を通ったら、問答無用で力を食っちゃうんだなあ。発想は悪くないし、生徒なら間違いなく倒れるだろうから、及第点」
「く、そ……」
こんなひっくり返し方、あんまりだろ。ミナトのゲームの最も嫌いな展開の一つだぞ!
先生の壁、厚すぎだろ……!
「あなたたちは見ているだけ? それとも……昨日の課題の成果を見せる気になった?」
ニナ先生の煽りにみんなしてその気になっていく。
それを見て理解した。昨日、マドカと特訓した時に言われたんだ。
『キラリも十組のみんなも、仲間さんと同じで……ちょっと短絡的になるところがたまに傷かな。鷲頭くんやユニスさんも、相馬くんも、肝心なところで好戦的になりすぎちゃうところが勿体ないよ』
実際、あの三人はコマチやリョータ以上にすっかりその気になっていた。
そして私も……まだまだだな。悔しい。何か。何かできないのか。
『だからこそ……キラリにしかできないことがあるかもしれない。キラリの星にはハルの金色と同じくらい、或いはそれ以上に何かすごいことができるかも』
何かってなんだ。その何かが知りたい。
先生たちに授業をつけられて、成果を示すけどいい感じに負けて、それで終わり?
そんなの悔しい。いやだ。やるからには――……勝ってみたいと思うじゃないか。
歯を噛みしめて、必死に立とうとするけれど、まったく力が入らない。私の元気だけを残らず食ったのか。あの餓鬼、なかなかの化け物じゃないのか。クウ先生、侮りがたし!
あれに勝つには刀を封じるか、食べる暇もないくらいの勢いでぶっ倒すしかないぞ。
だけど刀や本があるならまだしも、それもない私たちは素の力でどうにかするしかない。
マドカの言う何かも見つからないし、これじゃあ先が思いやられるぞ。
く……。
「ユニス! 武器を召喚できないのか!」
「あれは本がないと無理!」
「誰かが囮になって食われてる間にクウ先生を捕まえられるか!?」
「いやいや!」「ニナ先生が手を出すだろ!」「だいたい被害前提っておかしいだろ!」
「くそ! くそ!」
悔しい。立ちたい。挑みたい。
そもそも御霊は胸の内にあるはずだろ?
なら刀の有無なんて、どうにかできないのか。そもそも……御霊の具現化した象徴が刀なら、御霊が内に宿っているのならいつだって取り出せてもいいはずじゃないか。アリスのように。
春灯のように御霊の声が聞けるなら。マドカのように己の積み重ねを当たり前のように刀に変えられたら。狛火野や仲間のように武道に覚えがあるのなら。沢城のように戦いに才能があったなら。
全部、ぜんぶ、あたしにはない。
ないものねだりをしたって――……何も変わらない。あるものでなんとかするしかない。
あるものっていったって、あたしには星しか――……。
『勝ちたい! キラリががんばってくれたのに! 俺はトラジやみんなの力を借りることしかできないのか!』
『アリスがここまでやってくれたのに、世界最強の魔女を自称して、これじゃあんまりにもやりきれないじゃない! 力が欲しい!』
『くっ……十組の参謀役を自認しているが、ちょっち厳しすぎるだろ。先生二人を相手に手がまったく浮かばねえぞ……せめて、剣か鞘があれば!』
『コマチを守るには……身体を張るしかねえのに! 一瞬で食われちまったら、お終いじゃねえか!』
『刀の、力……なくても、つかえたら……キラリみたいに、つかえたら……っ!』
みんなの星の叫び声が聞こえてくる。
必死に伸ばした手に浮かぶ、五つ星。
星に願いを。
私の星は叶えるための力――……もしそうなら、どれほどいいか。
『なぜ願わぬ』
だって、もしそうなら……それはもう、神の所業じゃないか。
『我は神。汝は宿した。ならば願わぬ道理などなかろう』
願いは……神さまに叶えてもらうから意味が生まれるんじゃない。
自分で叶えるから、やっと意味が生まれるんだ。
『――……さすればこそ、我は汝に手を貸そう。与えるのではない。気づかせてやれ。それがお前の願いだ』
気づかせる?
『己の罪を悔い、気づき……自分で行動するよう促す。神力結のように。青澄春灯のように』
あの二人のように――……なりたいと願って、気づいて初めて私は行動を起こした。
それですべてが許されるわけじゃない。
だけど行動が何かを変えていく。そうして私は二人に受け入れられ、許されていく。
同じだ。なら――……この星は、気づかせるための力。
『先へ至るか留まるか。いずれにせよ……そこから始めよう』
わかった――……やるぞ!
「届いて煌めけ――……五つの星」
手に浮かぶ星を飛ばして、五人の胸へ。
私に気づいて動揺する五人に話しかけようとしたけど、やめた。
飛ばしたところでもう限界だった。声が出ない。だけどなんでかな。ちっとも不安じゃないんだ。
「――……不思議」
コマチがあたしの飛ばした星を吸いこんだ胸に手を当てて微笑む。
「感じる……あたたかい、もの……」
ひざまずいて祈るコマチの周囲の雪が一瞬で溶けていく。
青々とした緑が広がって――……花びらが舞い上がっていく。
冬を追い払い、一足先に春を歌うように地面からたくさんの魚が躍り出て空を泳ぎ始めた。鮫だけじゃない。小魚からシャチからクジラまで。
鳴き声がして、一瞬ですべてが花びらに変わって降り注ぐ。浴びてみると不思議と身体に力が戻ってきた。
「ああ――……確かに」
地面を蹴ったトラジの手元に、割れた大地の隙間から岩で作られた棍棒が出てきた。
背負って構えるトラジの額に角が生えていく。
棍棒を軽く振っただけなのに、あまりにも強い風が吹きつけた。内に宿る力の尋常でない可能性を示すかのように。
「こういうのは……柄じゃねえけど。いや、うそ。かなり好みだわ」
トラジが割った地面が波打ち、ミナトの前に人の像が浮き出てきた。その像は確かに、ミナトの剣を抱き締めていた。鞘ごと掴み、抜き放つ。
隣に立つユニスの全身を、ぼんやりと光りが包み込んでいく。
「まあ……だからって、うちの担任二人を前に勝てるとは思わないけれど。それでも私の魔力で……みんなの力で挑む」
「ああ」
頷いたリョータの全身が変わっていく。日曜朝からお届けする特撮のそれに似て、でも違う。
纏いは不思議な仮面とマントを羽織った闘士の姿へ。
「限界なんてぶっ壊してやれ――……自分の手で。大好きなんだ、こういうの」
「旅立ちのクエストってところか。いいねえ、悪くねえな。天使、アリスも見とけや!」
剣を構えるミナトが吠える。
「いくぜ、お前ら!」
「「「 応! 」」」
二人の担任を前に挑んでいく仲間たちを見守りながら思いを馳せた。
春灯、あんたはどうしてる?
◆
子鬼の棍棒を奪って殴りつけてみたり、あの手この手を試してみるんだけどね。
『ふっ。さすがに鬼ともなると、頑丈だな。さて、どうするか』
十兵衞、楽しそうに笑っている場合じゃないよ!?
お姉ちゃん! 見ているなら何か教えて!?
『――……なんだ? こっちはトウヤの隠している本を暴くのに忙しいんだが』
国語辞典の箱の中! ベッドのおっきなクッションの下! あとはだいたいお父さんと共有! 以上、終わり! さあ教えて!
『しょうがないなあ。なんだ?』
あの鬼、どうしたら倒せる!?
『玉藻に聞け。カナタから聞いているが、特訓みたいなものだろ? 自分でなんとかしろ、以上だ』
お姉ちゃん!? くっ! だめだ、スルーの流れだ!
『姫に言われてもなあ。妾も知らんぞ、あんなタフで面倒でアホな鬼』
ううっ。
アホと言いたい気持ちはわかる。
「オデ! オマエ! カジリ! タイ!」
どんどん知能指数が下がっているの。先輩、だいじょうぶかなあ。最初に会った時はもうちょっと普通の人だったのに。
『お主に嫉妬する器の小さい男じゃがのう』
ま、まあまあ! 嫉妬する理由は人それぞれですから! 私が可愛がってもらっているのは事実だし。
『芸能界でも苛められそうじゃのう』
ちょ、やめてよ! 現実的に起こりそうだから怖いよ、やめて!
『それよりも窮地じゃのう。十兵衞、手はないのか?』
『ふっ。徒手空拳で俺がやるなら五分か。或いは……だが、やるのはハルだ。そしてハル、お前さんには昨日、カナタに確かめられた力があるのではないか?』
あっ!? そ、そうだ!
「クワセロオオオ!」
「お断りです!」
振り下ろされた巨大棍棒が大地を割って、瞬間的に埃が舞い上がる。
あの鬼はおばかさんなので、
「ドコ、イッタ!?」
とか言っちゃうんだよね。だから埃に隠れている隙に――……尻尾九つ、妖力集中!
「かどわかせ! 魅了の魔眼――……ッ!」
埃が晴れると同時に左目に注いだ妖力で見抜いた。
「……ウ?」
「……ええと」
微妙な間ができる。
「あ、あれ? 効いてない?」
「……オレサマ」
あ、あれ? だめっぽいかな?
焦る私を見て、鬼が棍棒を落として両手を合わせた。
「オマエ! カノジョニスル!」
「やばい方向にいっちゃったよ!」
「マテ!」
「待ちませんよ! いやあああ! 待って! そういうのはよくないと思います! 彼氏がいるのでお断りです!」
悲鳴をあげてダッシュで逃げるけど、どすんどすんと足音を立てて追いかけてくる。
これぞまさしく鬼ごっこ、なんちゃって。
「ちっともうまくないですし……っ!」
「マテ! ヨメニスル! コドモはジュウニン!」
「その気はないですし……っ!」
必死で逃げていたら、足音がどんどん小さくなっていった。
ふり返る。
「俺の女になれ! 緋迎なんか捨てて!」
登場した時はわりとかっこいいお兄さんだったのに!
目をハートにして喜色満面でダッシュで追いかけてくるの、軽くホラーです!
「左目ききすぎだよ! タマちゃん、どうしたら!」
『どうもこうも、のう?』
『隙だらけだな。一撃浴びせれば正気に戻るんじゃないか?』
「うっぷす!」
ふり返る。
「青澄、春灯、ちゃーーーん!」
ほっぷ、すてっぷ、るぱんだいぶ!
そんな先輩めがけて、葉っぱをハリセンに変えて思いきり振り抜いた。
すぱん!
「――……またつまらぬものに、ツッコミをいれてしまった」
ばたん、と倒れる先輩を揺さぶる。
「あのお。大丈夫ですか?」
「――……忘れて。ほんと、いろいろ忘れて」
耳まで真っ赤になって恥じらっていらっしゃる。大丈夫そうだ。よしよし。
左目について説明されて正気に戻った先輩が冷静になるのを待ってから問いかけた。
「試練はクリアです?」
「まあな。刀もなしにどこまで戦えるかの調査と、昨日の課題の達成について改めてチェックだ。お前はクリアだな」
「はあ……ちなみに先輩、お名前は?」
「絶対教えない」
「いいじゃないですかー。私の左目にやられたとはいえ、告白してくれた仲ですし」
「絶対教えたくない」
「けち」
「けちで結構。それよりも緋迎や愚連隊の連中には絶対言うなよ。緋迎には殺されそうだし、愚連隊には笑われそうだ」
「まあ言いませんけど。いやあ、効果覿面ですねえ、私の左目」
「青澄……?」
「怖い顔して睨んでもだめですよー。それで、次はどうしたら?」
「ちっ」
舌打ちした先輩は刀を鞘に戻して言うの。
「お前ほど耳も鼻も利く奴なら、仲間のいる場所がそれとなくわかるだろ。合流して行動しろ。途中で敵とあったら倒せ」
「えーざっくりー」
「文句を言うな。とにかくこの島を出るには遺跡の攻略が必要不可欠だ。探せ、島のどこかに眠っている! じゃあな!」
言うなり全力ダッシュで逃げていく先輩に置いていかれる私。
えー。なんでー? なんで置いていかれるの……?
「しょうがないか」
鼻をすんすんと鳴らす。風に乗って土埃と雪と――……それから、これは……。
「甘い、匂い?」
なんでだろう。ルルコ先輩の香りに似ている気がして、誘われるように歩き始めるの。
雪原の先にはなにが待っているのだろう。
誰かと合流したい。ひとりぼっちで歩くのは……やっぱりかなり、さみしいよ。
タマちゃんか十兵衞、ぷちになって出てきてくれない?
『寒いのは嫌いじゃな』
『これも修行だ。がんばれ』
むうう! 二人ともいけず!
いいもん! ひとりで歩くもんね!
「キラリーっ! マドカーっ! カゲくん!? シロくーん! ギーーン! ……カナタぁ」
……さみしくなってきたけど。
とぼとぼと歩いていたら吹雪いてきた。
やばい、どうしよう。ラーメンのおつゆが恋しくなって倒れてマンモスに会いそう!
「っていうかムリムリ、ジャージじゃ凍えちゃうよ……っ!」
「――……ふわぁあ。あふぅ……そっかあ。ハルちゃんが来たか」
「えっ」
前を見たら――……吹雪のただ中にコートを羽織ったシオリ先輩が立っていた。
その手にぶら下げた刀から圧倒的な力を感じる。
それだけじゃない。風に乗って感じるの。ルルコ先輩と同じ匂いを、シオリ先輩から。
「ボクの結界へようこそ。さあ……ボクを倒してごらん?」
眼鏡がない。髪の毛がセットされていた。それだけじゃない。メイクをしていて……気づく。
すごく綺麗だ。吹雪の中にいるシオリ先輩。まるでルルコ先輩のように――……。
「ぼうっとしていたら……凍っちゃうよ?」
その言葉にぞっとして飛び退こうとしたけど、できなかった。
足先が氷に包まれていたの。
「それとももう……手遅れかな?」
優雅に歩いてくるシオリ先輩を前に、絶体絶命だよ!
ど、どうしよう!?
つづく!




