第四百三十一話
大騒ぎだったよね。
『反重力機構だけ分離してどんどんあがってくぞ!』
『わけわからないもん適当にこさえてのせたら、そうなるだろ!』
『機関長! どうしますか!』
『艦長、切り離すか霊子に溶かしてエネルギーに変えて、海に落ちるかの二択だ!』
機関部からの報告にレオくんが手すりを掴む。
『主砲部分が大破!』『焼け付いた霊子の補填をしねえと、こりゃあ二発目は無理だぞ!』『つうか張り切りすぎだろ、泉ぃっ!』
『お前らも乗り気だっただろ!』
泉くんたちが悲鳴をあげているし、それは――……
『艦船に次々に亀裂が入っています! 急いで直しているけど、正直一発でも攻撃を食らったら終わりです!』
『男子ぃ! さぼんな!』『これがさぼってるように見えるんか!?』
日下部さんたちも一緒で。なにより霊子戦艦コウヅシマ自身も同じだった。
「艦長!」
「――……やはり零から作ろうとしても、そのすべてを叶えるだけの理論、理屈、ないし……それを破壊して無理矢理、へ理屈だろうと破綻していようと貫き通すだけの圧倒的な力がなければ無理か」
「艦長! 直ちに対処が必要です! ご決断を!」
マドカが叫ぶ。レオくんが吠える。
「着水だ! ばらばらにならないよう、細心の注意を払え!」
「了解した!」
タツくんが叫び、足下の角度が緩やかに変わる。島の上に飛び上がったコウヅシマがゆっくりと海に向かって下りていく。
その時だった。
「敵船に変化あり! 姫宮さん!」
「わかっておりますわ! 直ちに表示します!」
ルミナさんと姫宮さんが慌ただしく声をあげる中、正面頭上の壁のモニターに映し出されたよ。
コナちゃん先輩たちが乗っている船が浮かび上がっていく――……いや。
「浮かんでいる? いや、違う。あれは!」
「足が生えている!」
マドカとレオくんが歯がみして睨むモニターのど真ん中、豪華客船に見える船がゆっくりと船体を浮き上がらせていく。その船体に生えているんだ。船体と同じ素材の、無骨で気持ちの悪い二本足が。
それだけじゃない。船の上部が膨らんで、上半身を生やしていく。
率直に言ってかなりえげつない変化だ。生えた両手の付け根がぶくぶく盛り上がって、一瞬にして巨大な棒を作ったの。二本の棒は膨らみ弾けて二振りのハリセンへ。
間違いない。あれにはコナちゃん先輩が乗っている!
「くっ――……!」
レオくんが口惜しそうに歯がみした。
自壊する寸前の私たちの霊子船に対して、あちらは余力十分に見える。
なにより、コウヅシマよりも巨大に成長していくあのハリセンで引っぱたかれたら、私たちは海の藻屑になるに違いない。
足りない。何もかも、足りない。
浮上したときは確かに何かを証明できた。それはきっと私たちの勢いとか、可能性とか、そういうものに違いないはず。
なのに、ここまでか。ここまでなのか!
みんなの心が折れそうになった、まさにその時だった。柊さんが凜とした声で言うの。
「エンジンルームに繋ぎます」
映像が切り替わる。
制服姿で液体の中に浮かんで膝を抱えているノンちゃん。
目を伏せて、手足や身体につけられた管から光が伝わっていく。
でも、待って。エンジンルームに繋ぐって、じゃあ、ノンちゃんがエンジン代わりなの?
映像が引いた。
二つの筒に、二本の刀が突き刺されていた。手にする侍候補生は、シロくんとトモ。
二人が必死の表情で刀を握っていた。刀が光るたびに、その奥にある球体の中にいるノンちゃんに繋がる管が輝く。霊子を直接送って、それを変換して――……コウヅシマに送っているの?
それって、どれほどの負担があるの?
不安になって拳をぎゅっと握った時だった。
「佳村さん。例の奴、いけますか?」
柊さんは求めている。それだけじゃない。確認している。
膝を抱えて浮かぶノンちゃんが目を開けた。そして微笑む。
きっとそれが合図に違いなかった。
「了解。それじゃあサブエンジンから――……メインエンジンに切りかえます」
柊さんがそう言った瞬間、ふわっと身体が浮いたの。
「へっ」「えっ」
そして一瞬で落ちていく。
私だけじゃない。マドカの声も聞こえたよ。
ぐるぐる転がって落ちて、転がって、何かのローラーにころころ転がされて液体の中へ。
正面から落ちてきた何かと抱き合って、それで何かがキラリだって気づいた。遅れてマドカも入ってきたよ。
口を閉じて周囲を見渡す。広々とした機械の管まみれの部屋。足下を見ると、硝子越しにさっき映像で見たノンちゃんやトモとシロくん、そしてエンジンルームに集まっているみんなが見えたの。
なんて悠長に見ている場合じゃない。このままじゃ溺れちゃう。
暴れる私たちにすぐ、液体の中なのにいやにはっきり音が聞こえてくるの。
『落ち着いてください』
柊さんだ!
『その水は艦内の霊子を具現化したもので、溺れることはありません。落ち着いて飲み込んでください。呼吸ができます』
そ、そういわれても。
てんぱる私とキラリのそばで、マドカが口を開いた。
泡が出ていく。けれど、マドカはちっとも苦しくなさそうだ。笑って頷いてくるから、キラリと手を繋いで意を決して口を開いた。
流れ込んでくる水は無色透明。味もない。
飲み込んですぐに身体中に満ちてくるの。圧倒的な霊子を。
『仲間さんと結城くん、二人の作った雷神に連なる御霊の霊子だけでは足りません。だからこそ、一年生の中でもとびきり膨大な霊子量を放つ三人には、佳村さんに力を注いでもらいます』
返事をしようにも喋れるのかどうかわからない。
惑う私と違って、マドカは迷わなかった。
「ここから艦長の補佐をしろと?」
『できれば』
「聞いてないんだけど」
『先輩を驚かせたくて。万が一にもばれないためには秘匿するしかありませんでした』
「驚かせるほどの手を打てるの?」
『ご協力いただければ』
「しなきゃ巨大ハリセンの餌食か。仕方ない」
え、あっさり納得しちゃっていいところ!?
「お前な」
「待って、キラリ。どうこういってられない。霊子戦艦が壊れる寸前なの。やらなきゃやられる。負ける方がお好み?」
「――……勝つ方が好みだ」
「そうこなくちゃ! 佳村さん! オペレーション、よろしく!」
二人とものりのりなんだから、もう!
「はいです!」
足下から聞こえてきたノンちゃんの声が、導いてくれる。
「霊子戦艦はこの世にあらざるもの」
その通りだ。こんな戦艦が世の中にごろごろしていたら、それこそ宇宙人と戦いになっちゃう未来がやってきそうだ。
「元々現世に根ざして構築された隔離世の霊子を無理矢理変換しているから、霊子戦艦の霊子は元に戻りたがっています」
霊子にそもそも意思があるの?
いや、難しく考えるよりも……もっと素直に。あるべき状態に戻りたがるというのは、自然な反応だと捉えておこう。
「それをなんとかするのが刀鍛冶の技量なのですが……すみません! ノンたちでは、まだまだそこまでの力がありません! そもそも、熟練の刀鍛冶にもできるかどうか!」
それも納得。そんなことが高校一年生……いや、刀鍛冶を始めて一年にも満たない人たちでほいほいできるようなら、隔離世の平和はもっと乱れに乱れまくっているだろう。
それにこんなことを思いついて大々的に目立つ形で実行しちゃう刀鍛冶なんて、これまでいなかったに違いない。隔離世の治安を守っている警察の侍隊に見つかっちゃったら、怒られるくらいじゃ済まないだろうし。
前例なんて、ないない尽くしの無鉄砲で無茶な夢の叶え方。
「ですが」
だからなんだとノンちゃんが提示する。
「上級生のみなさんや先生方に、一年生がやれることを証明するくらいなら……無理に挑む価値もあります!」
知ってるよ、大好きだもん。
「無理を通して道理を蹴っ飛ばす」
それで死んじゃどうしようもないけれど。
生きる道があるのなら、今の苦しさや道理を前に無理だと諦めるより、蹴っ飛ばして叶えてやるんだ。
「そうです! いいですか? マドカさんにノンが霊子の流れを伝えます。体感したものの指向性を正す役目をキラリさんにお願いします!」
「なんだかよくわからないけど、やるしかないか」
「情報の取捨選択なら、任せて」
二人揃って背伸びしてる。できないと言うんじゃない。やってやるっていうんだ。
「ハルさん、お二人が導く霊子の流れに、ありったけの霊子を注いでください! 金色です! あなたの金色は、ノンたちの未来を作る金色です!」
あげてくれるんだから! 大好きだ!
「いきますよ! 結城くんとトモさんの作ってくれた道筋を――……いま、あなたたちに!」
下の球体から光が噴き出てきて、私たちを包み込む球体に注ぎ込まれたの。
びりびり痺れるような強烈な刺激の光に包まれて、マドカが迷わずキラリの右手を両手で握った。
「――……雑多だけど、感じる。確かに……霊子の願う声」
光が一瞬でマドカの身体に吸いこまれていくの。
マドカが視線をキラリに向ける。二人が繋いだ手が煌めく。
「キラリ!」
「わかってる!」
身体中をびりびり痺れさせる光を一点に集めて注がれて、とんでもなく痛いはずの握手に……だけどキラリは笑うんだ。楽勝だと伝えてみせるように。
すぐにキラリの身体のいたるところからきらきらの星が噴き出てきたの。
「ふん……これだけじゃ足りないな。ブリッジ! 聞こえてるなら返事しろ!」
キラリの叫びにすぐに返事がきた。
『こちらブリッジ。何か要望が?』
「あるに決まってる! 全員たたき起こせ! 起きているんなら、力をよこせ!」
き、キラリ、頼み方!
「いいか? どんなにささやかでもな。あたしたちは全員で上級生に立ち向かうんだろ? なら春灯に任せる前に、全員の霊子をよこせ!」
『やり方は』
「知るか! お前が考えろ! 艦長だろ? みんなの願い星をあたしによこせ! 無理を通してどうこうっていうの、一部でやって、それで済ませようなんて許さないぞ!」
『わかった』
レオくんの返事は簡潔だった。キラリはかなり無茶ぶりしたけど。言い方かなりあれだったけど。でもレオくんは楽しそうに返事をしてくれたの。
すぐにシオリ先輩が使った、あの音が鳴ったよ。
ぴんぽんぱんぽん。
『やっほー。ルミナでーす! 状況はだいたい伝わるように流していたんで、ご存じだと思いますが、みなさんの力が必要です! でもいきなり言われてもどうすればいいかわからないと思うので、うちの声に続いて、みんなで叫んでいきましょー! いいですかあ? いきますよう!』
明るく弾む声についつい、いまが戦闘中だってことを忘れそうになる。
『まずは触りから。もうそろそろねむたいぞー! せーのっ!』
「「「 も、もうそろそろ、ねむたいぞー! 」」」
『うーん。反応がいまいちですねー。みんなー、まだまだ声、だせるよねー?』
あ、これってあれだ。ヒーローショーとか、昔の子供向け映画でおきまりの奴だ! サイリウムをふりふりしないあたりが昔を感じる!
『そろそろねむたいぞー! せーのっ!』
「「「 そろそろねむたいぞー! 」」」
半ば自棄気味な声があちこちから聞こえてくる。
『うーん。声は出たけど気持ちが一つになっている感じがしませんねー。じゃあねー。次はこういうのでどうかな?』
い、いいのかな? 海に向かって落ちていくこの状況下で、こんなにのんびりしてて。
私の危惧をよそに、
『細マッチョ好きのみなさーん、いいですか? いきますよー! 月見島タツキの筋肉は、すばらしいぞー!』
ルミナさんはノリノリだったよね。そしてどこからか聞こえてくる主に女子、微妙に男子が交ざっている唱和にキラリの顔が渋いものになった。ま、まあまあ。いいじゃない。こういう気持ちのまとめ方もありだと思います!
『次は-。年上のお姉さん好きのみなさーん。いいですか? いきますよー! ニナ先生の結婚は個人的に喜ばしいけど、やっぱりちょっと寂しいでーす!』
主に男子の咆吼が。
『そしてそして性癖をこじらせた男子ぃー? そんなニナ先生に個人的指導を受けてみたいぞー!』
やっぱり主に男子の咆吼が!
『あ、いいですね。佳村さんをはじめ刀鍛冶のみなさんが、思いを吸い上げています。ゲージは八十パーセント。じゃあこのノリでラストに一発、でかいのいきますよー!』
いいのかなあ! これ、いろいろといいのかなあ!
『着水三十秒前!』
姫宮さんの悲鳴に構わず、ルミナさんは言うの。
『今日の温泉での水着姿、正直-?』
みんなが叫ぶ。最高でしたとか、ごちそうさまですとか、ありがとうございますとか。見れなくて残念とか、いろいろ。
みんな自棄だったよね。でもきっと霊子戦艦のあちこちで、迫り来る水面が映し出されていたに違いない。
「艦内中の霊子、きました!」
「こんな願い星かよ! ああでもやってやる! 春灯!」
名前を呼ばれた瞬間、キラリの手から伝わってくるの。
霊子船艦のすべて。霊子戦艦に乗っているみんなの気持ち。いろんなものが。
圧倒的。だからこそ――……土壇場になって、不安になった。
私にできるだろうか。自信がどうしてももてない。
「ハル! あんたを信じるあたしを信じろ!」
「春灯! あんたが信じたいあんたを信じ切れ!」
「できるよ! ハルなら!」
トモが、キラリが、マドカが叫んでくれた。
だから歯を噛みしめて、伝わってくる霊子のすべてに注いだの。
球体が金色に溢れていく。
自壊する霊子船艦を変えるなら今だ。
「ハルさん! みんなの願い! あなたに託します! 霊子戦艦を戦える形に変えてください!」
「わかった!」
さっき呟いた単語から、どうしても――……私が連想するのは、あれしかないの。
でもね。ここまでしたなら、もうそろそろ――……私たちだけのマシンロボになる時が来たのかもしれない。
デザインは下手だ。だってやったことがないから。奇跡的に最高の形になることを夢見たりはしない。
無骨でいい。
私たちは侍であり、刀鍛冶である。
ならば――……化ける姿は、一つ!
◆
必要最低限に変異を留め、最小限の霊子運用で目的を達成する。
コナがミツハ先輩の教えを受けて実践した手法は、未だ前例がないゆえに完璧とはとても言いがたいものだろう。それでもボクら二年生の刀鍛冶たちの中で誰が考えるよりも実践的に違いない。
いつでもこいと構えるボクたち二年生の船を前に、あまりにもゆっくりと落下していたハルちゃんたち一年生の霊子船が、力尽きたかのように落ちる速度を増していった。
あわや、という寸前だった。
なのに、どういう理屈によるものか? いかにも宇宙戦艦みたいなディテールの船が光り輝き、船首の先に巨大な星が浮かんだ。
星を通り抜けて金色に煌めく戦艦が巨大な波飛沫をあげた。
船が隠れる。ボクらの霊子船が照明を注ぐのに、波飛沫は消えない。
けどね。球体の中で、ボクは期待していた。船で見守るルルコ先輩たちも、絶対にそうだ。
何かを仕掛けてくる。次はどうくる?
わくわくしながら、ボクは予め用意していた音源の再生準備をし、スピーカーのシステムを連結した。
きっとくると思ったんだ。
一年生のマシンロボ制御術には致命的な欠陥まみれ。特に、幻想を幻想のまま適当に済ませてなんとかなるだろうと甘くたかをくくっているところが欠陥だ。彼らの中で「いやでも、やっぱりうまくいかないかも」「動かないんじゃない?」「無茶だろう」という不安があれば、本来あるべき形を歪められた霊子の抵抗と重なって、自壊に繋がるのだ。
それに気づいていないなら、きっとコナがその気になっても彼らはボクらにたどり着けずに終わるに違いないと思っていた。
でもね。
同じくらい期待してた。
繰り返す。
きっとくると思ったんだ。
波飛沫が落ち着く。巨大な人型マシンロボが立ち上がる。
額に三日月兜をかぶり、腰には二本の刀さす。
派手な装飾はない。兜くらいだ。アニメで見るような、視聴に長く耐えて愛されるように考えに考え抜かれた洗練されたデザインでもない。
初めて見る。戦艦のように似せてくるかと思ったのに、違う。
初めて見る! 下手でもうまくいかなくても、この苦境を乗り越えるために自分たちらしさをやっと求め始めた姿に違いない!
興奮のあまり、音源を流しそびれた。
ハルちゃん、そして一年生! きみたちはどうする? 見せてくれるかい? ボクに……動揺するコナのレア顔を。
期待するし、同時に映像を鋭く睨みもした。
『侍隊はいつでも戦闘準備を! 霊子船のコントロールは私一人でやる! ユリアは敵背後へ水面下で移動! 刀鍛冶! 侍隊の援護の準備! きりきり動け! 勝利のために!』
首にぶら下げたヘッドフォンからコナの鋭い指示が山ほど飛ぶ。この状況下にあってなお、一年生がこれほど暴れて尚、コナは冷静だ。
レア顔は見られそうにないな。残念ながら……あと期待することといえば、そうだな。
「無骨な侍マシンロボ、その真価は?」
囁いて笑う。
すぐに見られるに違いない。
◆
頭の中で大好きな歌手のお姉さんの歌声が響いていた。
煌めく星の空色に染まる日々を思って、なんなら歌っていたよ。全力で。
願いのまま、シンプルに――……やりすぎちゃって余分なものを取り払う。
心臓部分にいるのは、私たち三人だけ。
感じるの。
胴体部分にはタツくんがいて、頭頂部にはカゲくんがいる。
中心部分に霊子を伸ばして、私たちを繋ぎ止める柊さんがいる。ノンちゃんじゃなく。
「結局いつもの人型か」
「だが……どういうわけか、いつも以上にやれそうだ」
「奇遇だな。俺も同じ事を思っていた!」
カゲくんが笑い、操縦する。
すべて、自分の身体のことのように感じるの。
侍マシンロボが二本の刀を振るう。
軌跡に光の球が幾つも吐き出されて、カゲくんが駆るちっちゃな頭のマシンロボが生み出される。それぞれ頭に手足が生えて、刀を握っていた。
数え切れないほど、ちっちゃな映像が出てくるよ。三百六十度。
一年生の侍候補生と刀鍛冶が複座で乗り込んでいるの。
『な、なんだこりゃ!』『分身か』『いや、分身っていうか……散らばっただけだろ』
『はっはっは! いいねえ、こりゃあいい!』
みんながてんぱる中、大きな声で笑ったのはギンだった。
ノンちゃんと二人で乗り込むマシンロボが空に立っていた。私の金色とキラリの星の上に立っている。
『要はあれだろ? 総出で突っ込めっつう話だろ? 単純じゃねえか!』
「あのハリセンに挑むのは気が引けるが……まあ、これもいい修行だな。八葉」
「カゲってよべよ、いい加減! いくぜ、タツ!」
「おう! みな、続け!」
カゲくんの指摘にタツくんが笑って、私たちの巨大侍マシンロボが走りだす。
みんなが声を上げて私たちの身の丈にあったマシンロボで挑んでいくの。
きぃん、とハウリングを起こしてから、二年生の船から声が聞こえてきた。
『ちょこざいな! 加速機構、解除! はじき飛ばしてやるわ!』
ハリセンを持つ手がゆっくりと動き始めた。
『おっしゃあ、泉ぃ、いくぞ! 一番乗りだ!』
『ばかよせ、やめろ!』
それに油断した生徒が飛び込んでいったのが、運の尽き。
一瞬で、すぱん! とはじき飛ばされたよね。
泉くん、なむなむ。
船がハリセン乱舞で弾幕のように結界を張りながら私たちに突っ込んでくる。
「だめ! 上から攻めちゃ!」
『足だ! 足を狙うぞ!』
マドカが叫んだ瞬間、レオくんが命じたの。
反応できた一年生が海の中に飛び込んでいく。けど反応できなかった生徒のちび侍マシンロボがすぱぱぱぱん! と、容赦なくはじき飛ばされていくの。なむなむ!
「カゲ!」
「わかってる!」
鋭い踏み込み、迷いのない太刀筋で二本のハリセンに刀を合わせたよ。
考えてみれば――……カゲくんはずっと努力してきた。
ユリア先輩を助けるために。競い相手のギンに勝つために。そして恐らく、ラビ先輩に認めてもらって、胸を張って恋をするために。ずっと!
二年生が操るマシンロボのハリセンを受け止めて、
「乱れ舞っても結局、二本しかねえんだ! 止められない道理はねえ!」
叫び、みんなを守る姿に夢を見た。
やっぱり私たちのカゲくんは、最高で、みんなの中心だ!
「今だ! 攻め込め!」
カゲくんが叫ぶと、海の中からぷちマシンロボが山ほど飛び出てきて船に取りついたの。
『くっ! ちょこざいな! 総員出撃! 刀鍛冶隊! 問答無用で霊子に溶かせ! 侍隊は援護し相手を捕縛せよ!』
『『『 了解! 』』』
船からわらわらと人がでてくる。
マシンロボが人に負ける道理はないかと思いきや、そもそも霊子で作られている時点で刀鍛冶に勝てる道理こそないのであった。
こうなるともう、総力戦にしかならない。
それだけじゃない。
ハリセンに重ねた刀にどんどん、相手の――……コナちゃん先輩の霊子が伸びてくる。
そして、溶かされていくの。私たちの希望と夢を結集させたマシンロボの霊子が。
「くっそ、パワーが落ちてるぞ! ハル!」
呼びかけられて歌を中断して、すぐに答えた。
「だめ、とっくみあったら溶かされちゃう!」
「接近戦は不利かよ!」
「カゲ、離れるか!?」
「だめだ! 離れたら船の連中が狙われちまう! こっちに意識を奪っておかないと!」
咄嗟の判断と状況分析、なにより決断力。
同じ資質を持っているだろうタツくんも、思わず黙り込んじゃった。カゲくんの言う通りだと思っているに違いない。
「ここが潮時か」
「……刀鍛冶がいてもな。相手の技量が上かよ! くそっ!」
歯がみするカゲくんに悲しみの気持ちが広がっていく。
ノンちゃんの代わりにすべての制御の中枢部になった柊さんが、敵わない現状を憂いている。
その時だったの。
奪われていくエネルギーに押し返されつつあったハリセンが、徐々に、ゆっくりと押し返せるようになったのは。
こっちの霊子は溶かされていくばかりなのに、なぜ。
疑念を抱きながら相手を見ると、腕の付け根にノンちゃんがしがみついていた。もう片腕には濡れ鼠の泉くんと日下部さんが。レオくんが檄を飛ばして、ギンがカナタに挑んで……侍候補生が侍候補生とぶつかっている。
劣勢だろうと。経験値が相手より低かろうと。手にした力が相手より弱かろうと。心に抱く勇気だけは負けない。
劣勢は拮抗へ。拮抗は優勢へ。
「いけるか!」
タツくんが吠える。けれど、
「だめだ……これで、終わりだ」
霊子の削り合いは――……腕に取りつかれてなお、こちらの霊子を溶かせるほどの技量を持ったコナちゃん先輩に軍配があがった。
それだけじゃない。マシンロボの背後に、いつのまにかいたの。
八岐大蛇。付け根に乗ったユリア先輩が頭部を――……その中にいるカゲくんを見つめていた。背後を取られたというだけじゃない。あのオロチと二年生の船マシンロボに勝てるだけのエネルギーがもう、ない。
握った手に力がこもる。必死に侍マシンロボを作るために全力を尽くしていたキラリとマドカが悔しがっている。
けれど私もカゲくんの言葉に項垂れるしかなかった。
もうほとんど、からから。尻尾は八つ溶けて消えて、髪の毛に黒が混じりだしている。これ以上やったら、私がもたない。
一年生のみんなが絶望と悲しみに満ちた顔で私たちを見上げてきた。
まだいける、と訴えている生徒もいた。
だからこそ。
「これで終わりだ。いったん深呼吸して、目の前にいる先輩たちの顔をよく見てみろよ」
マシンロボの刀が溶けていく。みんなの心が溶けていく。でもね?
「本気の顔をしてる。俺たちを全力でぶっつぶさないと負けるって面だ。なあ……どうかな。俺はこの結果、案外悪くねーなって思うんだ」
奪われた霊子は戻らず、元の旅館に戻りたがるマシンロボの気持ちをいやというほど感じている。
ありとあらゆる願いを汲んだカゲくんが決断した。
万感の思いで呟く声が聞こえたの。
「――……お前ら、ほんとよくやったよ。けど、いい加減……ちっと、眠たくない?」
しんみりした声で、囁くの。
「場外戦は……ケンカは終わりだ。笑顔でケンカ相手とハグして、帰って寝ようぜ? 明日も明後日も、まだ授業はあるんだからさ」
マシンロボの霊子を通じて響く声にみんながそれぞれに現状を受け入れていく。
先輩たちはずっと大人だった。刀を下ろし、拳を下ろして……私たちの決断を見守ってくれる。
レオくんが促し、シロやトモや日下部さんたちが……前向きな力の強い人たちが励まし合い、健闘を称えながらみんなの気持ちを誘導していくの。
それを見て安心した瞬間、必死に伸ばした力が出なくなった。
「――……はふっ!」
思わずこぼした声と共に、侍マシンロボが霊子戦艦に姿を戻していく。あちこちが悲鳴をあげるのを見て、あわててオロチが頭を使って支えてくれた。それだけじゃない。二年生の刀鍛冶の先輩たちが出ていったみんなと乗り込んできて、最低限、島に戻るまでの修復をしてくれたの。
メインエンジン球体から吐き出された私たちは起き上がる元気もなく、駆けつけたノンちゃんたちに霊子を注がれたよ。
オロチに運ばれて島のあるべき場所に戻り、旅館は元の姿へ。
限界を越えて頑張ったみんな、特に刀鍛冶は二年生の先輩たちに運ばれてお部屋へ。
私もカナタに運んでもらったんだけど、話す元気がでなかった。安らぐ匂いに包まれて瞼を伏せて――……もう開けられなかったよ。
今夜、私たちは生き抜いた。戦い抜いた。結果は勝利に終わらなかったけど、今日得た経験は必ず活かす。充実した気持ちに身を委ねて――……布団に寝かされたから、眠りにつくの。
明日はどんな日になるのかな。
ああ――……本当に、カナタの匂いは落ち着くなあ。
「……またな」
離したくないのに、元気がないや。だから……会いに行っちゃおうかな。
「だめだ。授業が終わるまで一緒に我慢しよう」
ずるい。カナタは触れている間中ずっと、霊子を繋いで注いでくれていた。
満たされていく。どこまでも、どこまでも。
「明日はいい日になる。おやすみ」
手が離れていく。けれど身体にカナタの霊子が満たされているから、さみしくない。
一度呼吸したら意識がどんどん深く沈んでいったの。
夢は見なかった。だってもう……今が夢そのものだから。ずっと続いていくよ。気持ちを切らさない限り、ずっとね。
だってそう考えて前のめりに生きた方が……道理を蹴っ飛ばして、私の信じる私でいられるの。
つづく!




