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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百三十話

 



 隔離世の太平洋に浮かぶ船内を南ルルコは歩いていた。

 霊子船はそのすべてが霊子で作られている。まさに隔離世だけに存在する船だ。

 客室のある階層は大きく三つに分かれる。最下層の二年生と一年生を収容できる二等船室。

 三年生が集まる一つ上の一等船室。そして先生方と警察や自衛隊の関係者が集まる特等船室。

 生徒たちには彼らの正体同様、知らされていない事実がある。

 御珠による隔離世の自国防衛のための戦力確保、開発のために付喪神の招来に勤しんだ関係機関の努力の結晶が存在する。

 かつて大戦時代に運用された船の付喪神たちの御霊化。成功例はただ一つだけだが。

 シオリに調べさせてその情報に行き着いた時には、両手を掲げた。

 これ以上はよそうと思った。

 隔離世で戦う方向性に会社の舵取りを持っていくのなら、知るべきだ。

 けど今のところ、その予定はないから……これ以上は知らない方向性にしようと決意した。

 何せ、機密扱いだ。

 芸能活動のため、渡米した青澄春灯が遭遇したメンバー丸ごとだから恐れ入る。それってなんだか途方もない。しかし彼らにも御霊にも慣熟のための訓練が必要である。そのために乗り込んでいるらしい。ツッコミ処しかないが故に、恐ろしい。ツッコミ処を越えるだけの思惑が存在するという事実が眠っているということを暗に示しているからこそ、恐ろしい。

 繰り返す。降参だ。これ以上は知りたくない。

 なにせ生徒たちは知らないのだ。自分だって知るべきではないのではないか。

 生徒たちが理解できるようになるべく簡略化されたマニュアルを作成し、学校側が警察に要請して派遣した刀鍛冶という偽の立場で生徒たちを指導している彼らの正体を。

 二年生のみならず、三年生――……特に刀鍛冶を志す生徒はその薫陶を受けている。

 ミツハの実力は特に大人からみてもかなりのもののようで、おかげでミツハはあれこれと大活躍中だ。

 しかし侍候補生――……特に三年生は、暇を持て余していた。

 シオリ経由で現状を探り、掴み、何か悪戯ができないか考えてみたけどやめた。

 三年生がするべきことはもう、少ない。

 選択肢の中に後輩をかき乱すという目的はない。

 授業はほぼ終わり、あとは卒業式を待つばかり。

 受験を終えてフルメンバーが船に揃っている現状で、やることといったらバカンスを楽しむことくらい。

 特別授業で毎年、島を訪れては一年生が授業を受ける間、二年生が三年生を歓待するのがしきたりだった。それにしたって二年生は、並木コナを中心に全力で挑みすぎだと思う。

 専用の給仕服に身を包んで上級生や教師、警察関係者に愛想を振りまいたり、ちょっとした舞台を催しては全力でパフォーマンスを披露したり。三年生の歩んだ三年間をまとめて、大事な場面を演出しながら映像作品として上映してみせたり。

 みんな、笑って泣いた。

 弱みをみせないユウヤや、誰にもにこにこするジロちゃんさえ目に涙を浮かべて拍手していた。強い背中を見せるばかりのメイとミツハですら、目元を手で覆って涙を隠していた。

 嫌でも痛感する。

 卒業するんだなって。

 ずっと同じ場所にはいられない。

 本当に、卒業するんだ。

 指先で霊子を氷へと変えて、氷を願いに変換してコートにする。南ルルコ式早着替えは要するに、刀鍛冶の子たちの技を学んで作った亜流の技の一つでしかない。

 本当に早着替えすることだってできるから……やっぱり技の一つでしかない。

 重たい扉を開いて外に出た。

 その島には神という文字が使われている。

 二月の冬の海の上は厳しい寒さに見舞われていた。

 一年生たちはきっと、寒さに身体を寄せ合って寝ているに違いない。

 長く息を吐き出す。

 白く煙って消えていく。

 瞼を伏せた。波音と風の声。満天の星空から光が雨のように降り注いできそうだった。

 過去からの光。遥か彼方から届く幻想。掴めはしない。それでいい。

 見上げて感じ入ることができるから……光は空に浮かぶだけで価値がある。


「ルルコ」


 名前を呼ばれてふり返る。

 メイがいた。サユも、ミツハも、ユウヤもジロちゃんも。

 他にも同級生のみんなが思い思いの表情で出てきたよ。

 みんな私の会社に入ってくれて、中にはもう精力的に仕事を始めている子もいる。

 営業活動に励んでいるユウヤのおかげだし、ユウヤの負担を考えて手伝いを買って出てくれたみんなのおかげだし……頑張ってくれるから、そのおかげ。

 卒業しても、きっとやまほど大変なことがあるだろうけど。

 私たちは生きていく。

 もしかしたら途中で道が分かれることくらいあるかもしれない。

 構わない。

 そう思えるようになってきた。

 一緒にいられる時間がみんなにとって、糧になるのなら。その糧を取り込んで、みんなの幸せな未来に繋がっていくのなら……それで構わないと思ったの。

 みんなでいることが、何かの役に立つのなら――……きっと心はそばにいられるに違いないから。

 私はもう、それでいい。

 ユウヤには甘すぎる、初志貫徹しろって怒られちゃうんだけどね。

 いつまでも、気持ちさえあれば繋がれるという事実に救われるから、後はもうみんなの幸せを願う気持ちが南ルルコの真実だった。

 満たされているといえば満たされている。

 あとはもう……毎日をひたむきに頑張るだけだし、それは物心ついてからずっと続けてきた戦いでしかないから。

 卒業しても続いていく。それだけで私はもう、救われている。

 だって、ほら。私を一人にしてくれないお節介が、学年全員にいるんだよ?

 もうなんだって乗り越えていけるよ。その確信しかないもの。

 なんて幸せなんだろう。

 実感して、身体中に広がっていくんだ。

 逃れようのない、大事な居場所から巣立つ瞬間を……今は笑って迎えられそうだという気持ちが。

 次に思うのは、もうね。ただただ――……ひとつだけのこと。

 すぐそばに歩いてきて、メイとサユが私の手を握ってくれた。


「どうしたいの?」

「教えてよ、ルルコ」

「二人ともわかってるくせに。もうコナちゃんには伝えてあるからさ……やろう」


 メイとサユに笑って、三人で島を見つめた。

 繋がる手と手を島へと伸ばして己の霊子を注ぐ。


「いくら伝達済みでも、二年生が困るだろ」

「ユウヤはうるさいな。ルルコの言うとおりにしてもいいでしょ、これくらい……私が鍛えた並木なら乗り越える」

「ミッちゃん、カナタくんのことも可愛がってるくせに」

「うるさいな、ジロウ。あいつはいいんだよ……師匠不幸者だから、青澄に苦労させられる方がお似合いなんだ」


 ユウヤたちが楽しそうに話し、仲間たちがそれに続いて口々に希望を語る。

 私たち三人は祈りを捧げた。

 ミツハがみんなの霊子を繋いで、私たち三人に注いでくれるから――……


「さあ、真冬に似合いの奇跡を起こそうか」


 風が吹く。暁先輩が活躍していた頃は大人しく、自分の生き方さえ知らなかった風が強く強く、自分の思うまま吹いていく。遠くから雲を引き連れて――……星を隠していく。

 奔放な風に乗って天候を操る神の御技を振るうのは、憧れからすべてを失った太陽。同じ憧れから月に住まう兎の導きを受けて空に輝き、いまは誰より強く気高くあろうと強さを示す。それは時に厳しく、未熟な子らから光を奪う。

 その力に乗せて――……雪を降らせる。

 自分を強く惹きつける輝きに焦がれて、冷たさしか知らなかった私が教えたいことは一つだけ。寒くなればなるほど、求めずにはいられない熱の正体を探して。

 学校にいる私たちから一年生のあなたたちに送れる最後の試練を、どうか乗り越えて。

 そして二年生に……なにより私たちに見せて。あなたたちの可能性を。

 もし激動の時代において何かの思惑に晒されたとしても、乗り越えられるあなたたちの強さをどうか見せて――……。


 ◆


 ユウの部屋に行きたい気持ちはあったし、ハルやキラリに絡みたかった。

 それでも山吹マドカが今回の特別授業で背負う役目は重い。

 だから我慢だ。我慢の時なんだ。

 顔を出してくれた結城くんを交えて、日下部さんと三人で打ち合わせることにした。

 場所は九組男子、結城くんの泊まる部屋にした。私たち三組女子の部屋はもうほとんど寝ていたし、二月の冷気に対して館内の室温が寒かったからね。

 気丈に振る舞っているようで、一年生の中でもかなりタフなあの佳村さんの消耗が激しい。生徒たちのモチベーションの管理も難しい。いくらニナ先生が分身を山ほど残して監視しているとはいえ、それでも悪さを試みるのが十代の悪ふざけの持つやばいパワーだと思うんだけど、それにしたって静かすぎる。

 出だしのインパクトや課題による精神的なストレスと戦闘にみんなの精神的な負荷はかなりのものに違いない。

 寮の部屋じゃなく、スマホもなく、起きてからずっと隔離世にいる状況も結構きつい。

 どうサポートするのか、それを考えないと最初に配られた道具を使って降参する生徒も出てくるかもしれない。

 いや、どんだけメンタル弱いんだよ! と思う人もいるかもしれないが、こればかりはそれぞれの性格や生い立ちも関わるところだし、押しつけられることじゃない。

 大事なのは先生たちや先輩たちから任されているこの状況下で、気を遣える人たちがどこまでサポートできるかでしかない。

 その具体的な内容について語り合っていた時だった。


「今日のルミナさんの放送や水着で混浴のようなレクリエーションは息抜きに大事だと思う――……はっくしょい!」


 結城くんが豪快なくしゃみをしたの。大丈夫かと言おうとした時、ひんやりとした冷気を感じた。エアコンの暖房はつけっぱなしだ。それでも寒気を感じるって、どういうこと?

 結城くんの背中に背中を預けてうつらうつらしていた八葉くんが「シロ、お茶」と眠そうに呟く。渋々、八葉くんを寝かせて結城くんがポットのお茶を用意し始めた。

 男子の部屋という状況下で特に構えたりせず、むしろ結城くんと八葉くんの密着や、神居くんと羽村くんがほとんど抱き合っている状況を目を輝かせて見つめる日下部さんにはちょっと不安があるけども。ともあれ、立ち上がって窓際へ。カーテンを開いてみて、思わず目を見開いた。


「うわ……雪だ」


 空から降り注ぐの。

 満天の星が見えていたはずの夜空が雲に包まれて、しんしんと雪が降り注ぐ。

 それもかなりの勢いだった。大粒の雪が島を白く染めていく。

 圧倒的だ。あまりにも作為的で、だからこそ勢いの強さに気づかずにはいられなかった。

 胸の内からじんわりと感じるの。知っている。私はこの現象の根源をきっと、知っている。

 不意に窓が揺れた。どこからか吹く風にまぎれて、私をお助け部に引き入れてくれた大好きな先輩の匂いがしたの。

 ルルコ先輩の力だ。

 瞬時にわかってしまった。

 さらに窓ががたがたと揺れる。

 強風と降りしきる雪の勢いは止まらず、室温と気温の温度差は増すばかり。


「これは……積もるかもしれないな」


 のんきに言う結城くんを横目に見て、納得した。

 誰もこの現象を誰かが起こしたなんて連想しないに違いない。

 けれど私にはわかる。ルルコ先輩がやっているんだ。それだけじゃない。風と天候を操る絶対的な力は……三年生の三人娘が手を合わせた結果なんだ。

 だとしても、ね。


「んぁ……やばいなあ」


 眠そうに目を擦りながら這ってきた八葉くんが外の景色を見て、呟く。


「明日はおおかた演習くらいで済むだろうと思ってたけど、こりゃあ……今日中にもう一波乱くるぞ。サバイバルはむしろ明日が本番かもな」


 八葉くんの方がずっと鋭いよ? 結城くん。

 二人にはそばにいてもらおうと改めて決意したよね。


「か、カゲ。いまのはどういうことだ?」

「いや……外の温泉から戻るとき、どこにも雲なんて見えなかったのに、強風が雪を大量に降らす雲を急に連れてくるなんて、明らかにおかしいだろ。く、ぁああ!」


 伸びをして目を擦ると、八葉くんは羽村くんと神居くんの寝姿に目を奪われている日下部さんを呼んだ。


「日下部さ。悪いんだけど、刀鍛冶連中を起こして暖房機器のチェックを頼めるか?」


 急に名前を呼ばれてびくんと震えた日下部さんがあわてて頷く。


「え、あ、うん。いいけど」

「頼むわ。俺はシロと動ける男連中を起こす」


 ぴんときていない結城くんが尋ねた。


「ど、どうしてだ?」

「太平洋の島か日本海の島か、それとも海外なのか。ここがどこにある島かわからないにせよ、暖房とか窓を見た感じ……降雪地帯じゃない。なのに、この勢いで降ったら積もるし、それじゃあいろいろやばくなる。雪かきくらいしねえとな……ふああ!」


 あくびをかみ殺して「じゃ、いくぞ」と結城くんの首根っこを掴んで出て行く八葉くん、わりと容赦ない。そして頼もしいことこのうえないな。

 出て行く八葉くんたちに続いて、日下部さんも出て行った。私も九組男子の部屋にいてもしかたないので、廊下に出る。

 ぐっと冷え込んだ夜の部屋だろうと、容赦なく八葉くんが扉を叩いて、男子の名前を呼んだ。寝ていたところを起こされて不機嫌そうに出てくるみんなをなだめて、出て行く。その中には月見島くんや沢城くん、ユウもいた。一緒に出てきた住良木くんが私に気づいて歩み寄ってくる。

 状況を簡単に説明すると、住良木くんは眠そうに目元をこすって出てきた佳村さんに申し訳なさそうに話しかける。


「佳村さん。すまないが旅館のチェックを頼めるかい?」

「……あいえう」


 なんて? と思ったけど、寝ぼけた様子の佳村さんは頷いてとぼとぼと歩いて行った。

 お部屋を回る日下部さんに抱きついて、手を繋いで二人で動き始める。


「山吹くん。これは規定のプログラムだと思うかい?」

「私は……なんとも。司令のお考えだと、いかがですか?」

「一日目の手口と明らかに違うやり方だけに、イレギュラーだと考える」


 なるほど、と頷いた。


「三年生の介入、だとしても……これくらいだろうが」

「今回だけ……そう考える理由はなんですか?」


 素でわからない。ルルコ先輩たちがこれほどまでのことをしたなら、もっと大変な出来事が待っていてもおかしくないだろうに。


「一日目を教師と二年生だけで通したんだ。三日間、その趣旨、手法でやった方が混乱が少ないし、運営もしやすいだろう」

「一日目はお試し、二日目は本気でサバイバルというのも考えられますが?」

「山吹くん」


 思慮深い瞳が私を真っ直ぐ捉える。

 すべてを見通されるような、不思議な力に満ちた視線に思わずどきっとした。


「確かに入学してからこれまでの試練はかなりのものだった。それでもね。一年生全員がギンのように戦えるわけでも、青澄くんや仲間くんのようにタフなわけでも、山吹くんや結城くんのように頭を使えるわけでもないんだ」


 その指摘に言い返せなかった。


「これが授業であるのなら、基本的には難度の調整が必要だ。難しくすればいい、というほど単純なものじゃない」

「……そうですね」


 頷くばかりだ。


「投げ出してしまうようじゃ、身にならず……意味を成さないか」

「その通り。まあ……それでも、あらゆる考えと個性の集団に同じ教訓を学ばせようとするのは、正直に言えば不可能だと思うんだが」


 苦笑いが出る。

 奇しくも私たちはそれをテストで、日々の授業で証明している。

 趣味一つとってもそうだ。絵を描くのが好きな人が全員、漫画家やイラストレーターやデザイナーになるわけじゃないし、動画を見るのが好きな人が全員、配信者になるわけでもない。

 人が違えば結果も変わる。資質とかそういう些細な問題じゃない。気持ちや感性、生まれてから積み重ねてきた経験がすべて違う。だから受け取り方は変わるし、そこに確実さを求めるのはかなりの無理難題だと素直に思う。

 集団を対象に同じ結果を求めるのは無理があるんだ。どうしても。

 かなり強引にまとめちゃうけど、住良木くんの意見には賛成だった。


「獅子王先生がサバイバル授業をするのなら、これとは比べものにならないほど厳しくなるだろうが……これは旅行で、特別な行事とみる。ならば?」

「つまり……ここへきての難易度変更は、イレギュラー」

「その通りだ」


 優雅に微笑む姿を見て、反省した。どこかで彼のことを侮っていた。

 そんな私の心の動きさえ見抜いているように住良木くんは微笑んだ。


「三年生は一手だけ、しかし本気で打ってきた。対処に手抜かりをしたら明日に差し障る。対処しよう」

「はい!」


 頷いて動き出す。

 私たちは集団でいる。一人で抱え込む必要なんてない。

 当然のように今日を乗り越えてみせるさ――……。


 ◆


 雪が降ってきたから柊さんと二人でお部屋に戻る道すがら、マドカやみんなが慌ただしく動いていた。私も手伝おうかって言ったら、マドカに「ハルと柊さんは待機。基本は休んでいて。明日のために」って言われちゃいました。

 柊さんにおやすみなさいを言って、お部屋に戻ったの。

 暖房が止まっていてお部屋がすごく冷えていた。気になってカーテンを開けてみたら、雪の勢いが増してほぼほぼ吹雪。

 こりゃあ明日は積もっているに違いないよ。

 窓がとても冷たくなっていた。凍っちゃう? まさかそこまで冷えたりは――……。


「あ、あったかくしておこっかな」


 なんとなく怖いから、暖房をつけようとした。

 ぴ、とリモコンが鳴る。だけど暖房はうんともすんともいわない。

 何度押してもだめ。あれ? 私、押すボタン間違えてる?

 不安になって電気をつけようとした。素早く豆電球にすればいいや、と思ったの。

 だけど吊るされた糸をどんなに引っ張っても、電灯はつかなかった。

 なんとなく嫌な予感がして、廊下に出たらね?


「吹雪で停電とかマジでしゃれになんねえぞ!」「お、おい、どうすんだよ!」「落ち着け! 刀鍛冶部隊がいま確かめてる! 寝てる連中には山ほど毛布かけとけ!」


 あちこち生徒が駆け回っていたの。

 寝ていてって言われても、こんな騒ぎになったらお布団に入って寝られないよ。

 気になってしょうがないもん。

 マドカを探して正面フロアに行くと、もっと大騒ぎになっていたの。


「電線が切れたって、どんな風なの!? ちょっと外の風やばすぎて立っていられないんだけど!」

「雪の増える勢いが明らかに異常だ……耐えられるかどうかわからないぞ。大神が上にのぼって、雪をありったけ押し返してるけど……男子総出でやらないと、間に合わないぞ」


 雪にまみれたトモとシロくんの悪態にマドカとレオくんが険しい顔をしていたの。

 歩み寄るけど、声は掛けられない。目を覚まして集まっているみんな、黙り込んでいた。


「雲が問題かもしれない」

「司令、そうは言っても……三年生のあの三人が起こした天変地異なら、晴らすのは容易なことではありませんよ」

「そうだな……」


 レオくんが眉間に皺を寄せて、それからある一角を見たの。

 ねむそうに目をこすっているノンちゃんと日下部さんだけじゃない。柊さんも泉くんも、刀鍛冶の生徒がたくさん揃っていた。


「佳村くん。いけるか?」


 鋭い眼光に見つめられて、両手でほっぺたを叩くとノンちゃんは胸に手を当てて断言した。


「柊さんを主軸にして既に用意は終わっています――……いけます。みんなを起こしますか?」

「ああ! 直ちに結城くんと仲間くんは彼らに協力を! 刀鍛冶は総員体勢で活動を開始せよ! タツ、外に出た生徒を呼んできてくれ!」


 姫宮さんが差し出す帽子をかぶり、レオくんがギンのするように獰猛に歯を見せて笑った。


「士道誠心一年生――……霊子戦艦、コウヅシマ。発進の時はきた!」


 ◆


 慌ただしく活動を始める中、刀鍛冶が旅館のいたるところに触れて構造を目まぐるしく変えていく。生徒が寝ている部屋を内側に抱え込み、露天風呂を含めたお風呂施設まで収容して――……外皮をまとっていく。

 雪に包まれていく中で、旅館はその姿を変えていく。

 柊さんに誘導されるまま、私はブリッジに通された。

 レオくんがいる。姫宮さんやマドカ、シロくんがいて、カゲくんがいてタツくんがいる。

 マイク前に座っているのはルミナさんだ。


『通信士ルミナより各位へ。夜中なのに突然発進、それが私たち一年生の運命のようです。こんばんは、おはようございます。起きてくださーい! 戦の時間だぞ!』


 警告音が広がって、あちこちから悲鳴や怒号が響き出す。


「コントロールセンター、柊より各位。艦内映像を表示します」


 柊さんの両手はコントロールパネルの中に埋まっていた。霊子が煌めく線が見える。

 正面の壁に映像が浮かび上がってきた。


『通信士ルミナより、全艦発進配置でーす。あ、戦闘配置じゃないんで、役目を指示されていない侍候補生は何があっても対応できるよう、待機していてくださーい』


 のんきに語られるルミナさんの声に、うつしだされた映像の中にいるみんなが笑う。

 寝ているお部屋は映されていない。


『砲術室、泉よりブリッジへ。熱を入れますか?』

『待て待て、こっちが先だ。エンジンルーム、二組刀鍛冶の福田だ。結城、仲間両名を収容。動力の確保開始』


 レオくんが腕を組んで黙っている。

 マドカが代わりに口を開いた。


「発進までの時間は?」

『十分はくれ』

「了解。それが確実な時間ですね?」

『ああ。出力の高い霊力の持ち主を回してもらえれば、短縮可能だが?』

「いえ、明日もあるんで現状でお願いします」

『それを聞いてホッとした。三分で、とか言われるかと思ったぜ。じゃあな』


 映像の中の小さな窓が閉じる。

 笑顔の泉くんのいる小部屋が拡大された。


『泉よりブリッジへ。こっちの準備は?』

「動力がないと動けないでしょ。でも準備はしておいて。あの雲を晴らせるように」

『了解した! ようし、今日は好き勝手したお詫びに気張るぜ!』


 おお、と後ろで決意に溢れた男の子たちの声が重なり、映像が切り替わった。

 日下部さんが顔を出す。


『整備班、日下部よりブリッジへ。霊子船艦と地面の乖離、開始。予定では三分後に終わります。それより男子がやる気でめんどくさいです』

「目をつぶって頑張って。三分でいいのね?」

『ええ。こちらは予め準備をしていたので、霊子船構築を含めてあと三分で終わります』

「よろしい!」


 マドカがレオくんを見た。

 目深にかぶった帽子、いつの間にか用意されたコートを羽織ってレオくんが腕を組み、右手で顎に触れていた。


「柊より伝達。火器管制を八葉へ委譲。操舵を月見島へ委譲」

「八葉、了解だ」

「月見島、同じく」


 きびきびと動いている。


「姫宮さん、通信のオペレーション補佐、お願いします」

「心得ておりますわ」

「ようし、喋るぞうー!」


 ルミナさんが身体をほぐし、姫宮さんが手元のコンソールを忙しなく操作していた。


「司令……いえ、艦長。方針はどうなさいますか?」

「――……」


 今はまだ、その時じゃない。

 そう語るかのように、レオくんは厳しく映像を睨んでいる。


「外の映像、出します」


 柊さんが囁いた瞬間、映し出されたT。

 白銀の世界。島の表情は一変していた。明らかに異常気象に見舞われている。

 島に異変あり、どころの騒ぎじゃない。


「通信網設置。電波拾います――……」

「あ、なんか来ましたわ! ルミナさん、繋ぎます」

「待って待って。えっと……海上に船影あり! なにか連絡してきてるようですが……艦長、どうしますか?」


 柊さんたち女子三人がレオくんに視線を向けた。


「繋いでくれ」

「かしこまりました――……映像に強制介入!」

「霊子が流れ込んでくる……これは!?」

「ルミナ、とりあえず表示しまーす!」


 きゃっきゃとはしゃぐ女子三人の声に次いで、映像が切り替わった。

 シオリ先輩だ! ラビ先輩も、コナちゃん先輩もいる!


『やあ、一年生。何かしているようだから、三年生の霊子にまぎれて繋げてみたんだ。現状把握している状況について、君たちの答えを聞かせてくれるかい?』


 マドカが口を開こうとするけど、レオくんが片手で制した。


「この異常気象はそちらの……学校側の思惑と受け取っても?」

『いいよ。三年生たっての希望なんだ』

『ちょっと、ラビ』

『いいから。それでね。卒業を間近に控える先輩たちの希望を無碍にはできないだろう? だから行動していただいた。誓って言う。この三日、たった一回だけの特例さ』


 帽子をかぶって笑うラビ先輩の顔を見ると、既視感しかない。悪戯白兎モードにちがいないよ!


「サバイバル……この授業はそういう趣旨だという理解だが。これに変化は?」

『ないね。初めての体験だろうから、だいぶ難易度は押さえているけど、君の言うとおりサバイバルではあるよ』

「この島でなくてはならない理由は?」

『強いて言えば慣習かな。もし君たちがその島を出ようとするのなら、断言する。二年生は全力を持って阻止すると』


 ラビ先輩のそれは宣戦布告。

 ざわつくブリッジで、マドカがレオくんを見た。

 帽子で目元が隠れている――……財閥の御曹司。


『まあでもそうだね。島の敷地から出ないのなら――……まあ、手は出さないけど。どうする? 三年生が作り出した雪の中、きみたちはまさにサバイバルに挑まなければならないだろう。あと残りたった二日でも、生徒の動揺は激しいだろうね』


 歌うように笑うその声は、私をたくさん苦しめたあのアメリカ男に近くて、でもちょっとだけ違う。


『その鳥かごにはね。意味がある。君たちがその島にいる限り、こちらは万全の体制で授業を行える。君たちも食料や居場所に困らず、三日間、最低限の生活はできるはずさ。奇しくも今日、君たち自身が実証してみせたようにね』


 ラビ先輩の意図は明白。


『反逆する必要なんてない。そうだな……せいぜい、君たちが子供扱いされるのに耐えられるのなら、という但し書きをつけようか』


 露骨な煽り文句にブリッジにいる全員から熱気が! 溢れてくるよ!


『問おう。住良木レオ……君たちの選択を』


 みんながレオくんを見た。この場にいたってレオくんに委ねるのかよ、なんて野暮なことを言う人は誰もいない。

 ただ、求めていた。

 私たちが艦長に据えた男の子の決断を。


「サバイバルとは――……困難な状況を越えて、生き延びること」


 それは、定義。


「一日目は旅行で済んだが、それでも負荷は強く、それぞれが行動しなければ食事さえ満足に取れずに終わっただろう」


 帽子を掴み、ツバを上げて睨みつける。


「それでも……ああ、僕はこう思う。まだまだ僕らはやれるはずだ……と」

『へえ?』

「――……我ら士道誠心一年生は、あなたたち二年生と三年生の背中を見て、今日という日まで励んできた。ならば、あなたたちの刃に己の刃を重ねよう」


 レオくんがマントを掴んだ。ばっと脱ぎ捨て、刀を突きつける。


「誇りと勇気を胸に抱き、刀を掴む! 我らの心は一つの刃となって、あなたたちへ伸びるだろう! 通信を切れ! 霊子戦艦コウヅシマ! 発進準備!」

「了解ですわ、通信を切ります!」

「そうこなくちゃ! ルミナより各位へ。みんな、報告を!」

『動力部よりエネルギー確認! 霊子充填率、八十パーセント! 発進できます!』

『主砲、既に展開済みだ! こちらもエネルギー回してもらって充填中! すぐにでもいけるぞ!』

『いつでも飛び立てます! 艦長!』『艦長!』『艦長!』

「「「 いけます! 艦長! 」」」

「コウヅシマ、発進せよ!」


 発進、とタツくんが吠える。瞬間、足下が揺れた。

 何かが噴き出る音に続いて、いろんなところから軋む音がする。

 それでも、空間モニターに表示される白景色が変わる。

 それだけじゃない。白い壁に見えていたところが風にあおられて吹き飛び、窓の役目を取り戻す。おかげで海が見えるの! 広々とした海の向こうに船がある!

 そして仰ぎ見る。星空を覆う雲を睨みつけた。


「対閃光防御! 隔壁、展開します!」


 柊さんが叫んですぐ、窓を板が覆った。


『霊子充填率、九十八、九十九、百!』

「主砲、我らの星を隠す雲に向けて発射せよ!」

「よっしゃあ! いけええええええええええ!」


 レオくんの指示にカゲくんが応えてトリガーを引いた。

 直後、轟音が鳴り響いたの。


 ◆


 ねえシオリ、なにあれとコナに言われて笑った。

 モニターを見ていて、久々に血がたぎったよね。

 雪の中から現われたのは、広義で言えば……霊子で作った幻想機械、マシンロボ。その亜種ともいうべき……霊子船。ボクら二年生が乗っているのと同じだ。

 けど明確に違うのは、あれが銀河を越えて星を救いに旅に行く船にとてもよく似て――……空を飛び、光に包まれた霊子の固まりを発射したところにある。

 それはルルコ先輩たちが作りあげた雲を払って、確かに星空を取り戻したんだ。

 ボクが住良木なら……ああ。通信で伝えてくるはずさ。

 あのメッセージを。必ずね。

 画面の端に来た伝聞を見て、大声を上げて笑った。ほら、やっぱりだ。

 ああ。ほんと……ハルちゃんだけじゃない。マドカちゃんやキラリちゃんだけじゃない。

 みんな最高だよ。


「メッセージが来たよ?」


 開きながらラビを見た。

 おろおろするコナを横目に、ラビは笑いながら読みあげた。


「ばかめ、か。ははは、やってくれるね! いいよいいよ。シオリ、彼らの行動予測は?」

「地面から上昇。霊子の計測はかなりはちゃめちゃだ。ありゃ気合いで動かしてるね。ひとまずこっちへ向かってくるみたい」

「突撃戦法だな。直ちに戦闘配備だ。先生方に通信を繋いで。コナちゃん、あたふたしている場合じゃないよ。状況は大きく動き出した」

「で、でもでも、これじゃあ予定のカリキュラムが」

「なんとでもなるさ。きみに誰かの劇場の端役は似合わない。彼らを島に送り返すなら、直ちに行動しなきゃ。さあほら、楽しんで」

「~~っ! ああもう、先輩たちも一年生もみんな勝手なんだから!」


 歯がみしてから、コナがコンソールを叩く。


「至急、艦内放送!」

「繋いだよ。コナ、いつでもどうぞ」


 ボクが渡したマイクを掴み、コナが吠える。


「みんな! 一年生が反旗を翻してきた! ぶったおすわよ!」


 そうこなくちゃね。

 寝る暇なんて、与えないよ?

 さあ、一年生。どこまでやれるかな?




 つづく!

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