第四百二十七話
団体行動が染みついているせいかな。
別のクラスの子がひょっこり顔を出して「あの、まだいる感じ?」と聞いてきたの。
すかさずレオくんが温泉から出て「そろそろ戻ろう」と提案した。
みんな素直に従って脱衣所へ。
むつかしい顔をしているノンちゃんはまたしても男子の悪ふざけから脱衣所を守っているみたいです。大変だなあ。
でも逆に男子を見ちゃえという女子の悪ふざけが発生しないのは、みんながいる手前、遠慮しているからとか?
まあいっか。むしろいま話題になっているのは誰がどうかという感想戦。それぞれのクラスの目立つ男の子たちの話で持ちきりです。きゃいきゃいはしゃいで賑やかですよ。私は九組の誰かの名前があがらないものかと聞き耳を立てました。羽村くんとか神居くん、カゲくんの名前がちょこちょこあがっていたかな。カゲくんも陸上やっていて鍛えているけど、二人もなかなかですよ。羽村くんはよく踊っているみたいですし、神居くんは体育だけでもかなりの運動量で動いているし、納得。
しみじみそう思いながら、着替えを手早く済ませたよ。
部屋に置いてあったゆったりめのキャミだけど、不便は感じない。
霊子を操り、創造さえしてしまう。
刀鍛冶ってすごい。
しみじみ思いながら着替えを済ませて、つぎつぎと外へ。
戦いを終えたノンちゃんと一緒に清々しい顔で出ると、しょぼくれた顔の泉くんを男子がさんざん弄っていた。
もしや……? と思ったのですが、まあ敢えて掘り下げないでおこう。あと泉くんには気をつけよう。彼はきっと狼さんに違いない。
足早に旅館に移動して、やっと辿り着いた時にはそこそこ湯冷めしていたよね。
風呂に入り直しだーと誰かが言って賛同の声があがり始めた時だった。
「――……なに、あれ」
誰かがぽつりと呟く。
すぐに別の誰かが空を指差すの。
「あ、あれ!」
みんなで見上げた月は――……赤く染まっていた。
思わず身構えた。来るべき時が来たんだ。
「れ、レオさま」
姫宮さんが不安げに呼びかけた時だった。
ぴんぽんぱんぽん、と。もはや聞き慣れた音がしたの。
『赤い月がやってきた。さあ、個別課題に具体的な移動先が書いてある生徒は準備のち、移動を開始せよ』
ぴんぽんぱんぽん。
いや、あの。どんなかっこよく雰囲気だして読んでも、シオリ先輩……前後の音で台無しなのですが。
「と、とりあえず……課題にある生徒は行動を。そうでない生徒は旅館にて待機。ここまできて課題を失敗というのはいただけない」
「そ、そうだね。住良木くんの言うとおりだ。ほら、きびきび移動!」
トモが手を叩いてみんなが行動を始める。
私も刀を二振り確認して、港を睨んだ。
夜の島は暗闇に包まれている。旅館くらいだ。明かりが灯っているのは。
星と月の明かりの下、ヘリがいる気配はない。
けど耳を澄ませると、確かになにかが聞こえるの。ニナ先生とユリア先輩を連れてきたヘリよりもずっと静かで、だけど――……複数いる。
見上げた月は赤い。
誘われるように歩き出す。気づいたら走りだしていた。港に向かうのは――……私一人。
匂いがする。
嗅ぎ慣れた匂い。
私を落ち着かせる匂い。
或いは……私を昂ぶらせる匂い。
背中が見えた。
二つの刀を手にした侍の背中――……大好きな人の背中を見間違えるはずがない。
「か――……な、た?」
飛びつこうとした。呼びかけようとした。でもその時にはもう、首筋に二振りの刃があてられていた。
本気で私を斬るつもりの目つき。
『間が抜けているな』
十兵衞が呆れる。けど、しょうがない。
見えたよ。死線は、確かに二つ見えた。見えてしまった。
いつもなら避けられる。でも一瞬おもったの。久々に会えたんだしハグの一つもしてくれてもいいのでは? とか。いくらなんでも前置きくらいはしてくれるはずだ、とか。
甘い幻想だった。
「気を抜くな。上級生と教師が見ている。これは授業だ」
「――……そのようで」
カナタの視線が私の感情を探る。
嫌ったか、と。不安が見える。だから笑う。
「私の相手がカナタでよかった」
「そうこなくては」
飛び退り、ポケットに手を入れる。採取した葉は九枚。
私に突きつける刃はお姉ちゃんのもの。炎を出せるそれはまだ、大人しい。
基本的な戦闘能力が既に異様に高い。カナタはもう……体力に不安の残る未熟者なんかじゃない。コナタと向き合い鍛えた一人前の侍に違いない。
「春灯。お前の戦闘課題は三つ。九尾としての戦闘技術の向上、両目の使用、そして」
「歌と戦いの融合技。まずは目からいくよ――……」
温泉でたっぷり補給した全身の霊子の巡りを左目に向けて――……見つめる。
カナタが瞬時に白銀の刃を振るった。ミツヨちゃんが不可視の霊子を切り裂いたの。
私の魅了の目から放たれた力を、一瞬で。
カナタは笑ったよ。
「なるほど。一つはクリア。残る二つはどう証明する?」
「右目はいいの?」
「確かめるまでもない。ニナ先生に圧倒された時は醜態を晒したが、しかし……囲まれさえしなければもう少し活きていたはずだ。お前もわかっているんだろう?」
「まあね! なら――……じゃあ、魅せるよ」
タマちゃんの刀を抜いて地面を貫く。
身体に満ちる霊子を煌めかせ、九尾を膨らませて唇を開いた。
「――……」
ワードはいらない。まずは旋律を。
口ずさみながら己の思い通りのステージに化かしていく。
カナタが光世ちゃんを鞘へ。お姉ちゃんの刀を振るい、構え――……私に振り下ろす。
けれどその刃は届かない。
私の腰に帯びた刀を抜いて構えるの。私の十兵衞が。
カナタを刀ごとはじき飛ばして十兵衞が消えて――……私の懐から出て行った葉っぱに霊子が重なり、一人の女の子に姿を変える。
トモだ。カナタが刀を振り回し、迷わず黒炎を纏わせる。
私の出したトモは刀に雷光を纏わせて疾走する。私の歌のテンションに合わせて、一撃。また一撃。
けどカナタにはまだまだ余裕がある。わかりきっていた。だから旋律を少し重めにトーンを変える。取り出して投げた葉っぱがギンへと変わり、トモとカナタの闘争に加わる。
苛烈な二人の侍候補生の刀をそれでもお姉ちゃんの刀だけでさばけるカナタは恐ろしい。まだまだ私の化かし方が足りないせいかもしれない。
なら足りないだけ足してやる!
「――……!」
ビートをあげていく。
葉っぱを残らず出して変えていくの。
タツくん、狛火野くん、キラリ。マドカにレオくん。
ラビ先輩、ユリア先輩……。
本当ならもっと出したい。けど私の納得できる葉っぱは九枚しかなかった。
そしてカナタは私が化かした九人を相手に惚れ惚れするような動きで踊るようにかわし続ける。
私を睨んでくるの。
求められている、そうわかったからタマちゃんの刀を抜いて疾走する。
踊りの輪の中へ飛び込む私に私の化かしたトモが十兵衞の刀を投げた。
掴み取り、斬りかかる。
歌うまま。
キラリは私に提案した。
『マドカの戦い方。あれはアンタに似合っていると思う。たとえばまず……自分の姿を変える』
九人に混じって入れ替わり立ち替わり。カナタの視界を奪った瞬間に、己の姿も刀もまるごとメイ先輩に化かしてみせた。
「燃やせ、アマテラス!」
歌い叫びながら刀を振るう。メイ先輩が出すような炎を纏わせて。
カナタが目を見開いて思わず飛び退いた。当然だ。メイ先輩の脅威は、みんな染みついているから。
けれど私の炎はカナタを包みこそすれ、燃やしはしない。
たまらずカナタが悔しげに叫ぶ。
「くっ、偽物か!」
その通り。本当の炎じゃない。
構えようとするカナタに化かした九人で挑ませる。手は休めないし気を抜かせない。
『相手を翻弄する姿に化けるのも手だ』
シュウさんに化けてヒノカちゃんに化かした刀で龍を飛ばしてみせた。
カナタが咄嗟にミツヨちゃんで龍を切り裂くけれど、それさえ幻想。
焦れたカナタが私の化かした九人を切り裂いて私めがけて全力で刀を振り下ろす。
すかさず化かした刀を後ろへ回し、無防備にその身をさらした。
コバトちゃんに化けて微笑み囁く。
「おにいちゃん、やめて」
「――ッ!」
思わずなのだろう。軌跡が歪んだ。
私を切り裂く寸前で狂った。
マドカがギンを相手に使った手。
私というよりタマちゃんが得意な搦め手だ。
やっとの思いで私の首筋で刀を止めて、カナタが笑ったの。
「ずるくなったな?」
「ほめことば?」
囁いて飛び退く。
葉っぱを操りステージへ。
楽器を手にしたトシさんたちに化かして、現し身の私に歌を委ねる。
『あんたはたぶん、テンションでパフォーマンスが変わるタイプ。なら自分をのせるために、化かした自分に歌わせるのも手』
金色を放つ役目を委ねて、二振りの刀を振るう。
自分の剣技で足りないのなら、明坂ミコさんに化けて自分さえも化かす。
己の霊子を彼女に重ねて蔦を出す。カナタを捉えようとする。だめだ。地獄の炎を纏って燃やされてしまう。
ならルルコ先輩だ。
刀を振るって海の水を操る。カナタを飲み込ませるんだ。だけど、圧倒的な物量で迫っても、尽きることのない炎は蒸発させてしまうの。
似せた私の霊子じゃ、本物の霊子には至らず、限界があるみたい。まだまだ改良の余地しかない力だ。
とはいえ水には違いない。
なのに蒸発させちゃうほどの高熱を纏いながら、涼しい顔でカナタが私を睨む。
「終わりか?」
「まさか」
微笑み吹き出す衝動のまま、己を変える。
化かすなら――……カナタがお姉ちゃんの力を使うのなら、こちらもお姉ちゃんに化けるまでだ。
「黒炎はあなただけのものじゃない」
『――……』
胸の内から気持ちを伸ばして引き寄せる。
きっともうとっくに寝ている時間。それでも契約のまま、カナタに力を捧げるお姉ちゃんとの繋がりなら私にだってあるもの。
引き出す。
私の刀にお姉ちゃんの炎が混じる。
「我らのもの……さあ、あげていこうか!」
「――……!」
私の半身が歌う。
金色だった私の髪が漆黒に染まる。
金色を浴びながら、黒く駆ける。
重なりぶつかりあうの。
どうしてか。ずっと前から知っていた感覚だけがあった。
トモと初めて全力で戦ったあの日の黒い力に重なる。
お姉ちゃんはずっと前から私に力を注いでくれていた。
それだけじゃない。
カナタと違って御霊が内にあるわけじゃない私の黒い炎は頼りない。
だからこそ、浴びて集う金色が漆黒を塗りかえていく。
足りないからこそ、半身も化かしたみんなも霊子に変えて取り込んで――……
「――……」
歌い、叫びながら金色に煌めく炎の一振りで斬りかかった。
重なる二色。光と闇。にらみ合う私たち。
「いつまでも歌えるか?」
頷いた。
「……化けて化かして。そうして、出会ったものの力を活かしていく。玉藻にも、十兵衞にもなれるのだろう。なるほど、みせてもらった。お前の可能性――……」
微笑む。
いつまでだってきっと戦っていられる。
それほど余力に満ちていた。
まだまだいくらでも変われる。
そうして――……
『マドカを見ればわかる。どんなに力を借りても、自分の理解した形でしか振るえない。あいつは頭を使うのと勘がいいみたいだから、相手の理想をくみ取れる。でも、あんたは違う』
私は、
『途方もなく誰かを信じられるあんたなら、きっと……どこまでも化ける相手を信じる限り、理想的に力を引き出せるに違いない』
『キラリ……』
『信じる分だけ、あんたはどこまでも自分を変えていけるんだ。それがきっと、あんたらしさなんじゃないか』
強くなるんだ。
漆黒は金色へ。
染まることを拒絶し染めるための色から、照らす色へ。
あるべき姿に戻った私を見て、カナタがまばたきをした。
次の瞬間、カナタの表情が変わったの。
だから炎を消した。カナタと同じタイミングだった。
全身に満ちる霊子のまま、どう行動するべきか迷う。
カナタは微笑んだよ。
「試練は果たされた」
「……じゃ、じゃあ?」
「課題は達成だ」
「やっほう!」
「残念」
思わず飛びつこうとしたら、よけられました。
あ、あれ?
「だめだ。授業が終わるまでお預けだ」
「そ、そんなあ!」
「……俺も寂しいが、監視の目がそこら中にあるからな」
カナタがちらっとどこかを見た。
あわてて視線の先を探ると、民家の軒下に監視カメラが設置されていたの。
それでぴんときちゃった。シオリ先輩が見てるんだ。それだけじゃない。カナタが引くってことは、二年生や先生のみんなが映像を確かめているに違いない。
「乗り越えられるさ。もう少し、辛抱してくれ」
しゅんとして尻尾が下がる私の頭をカナタは優しく撫でてくれたの。
「じゃあな。そろそろ期限のようだ」
「え――……」
獣耳に聞こえてくる。何かが回転する微かな音。
カナタが飛んだ。星空に消えていく。遠ざかっていくの。
私の彼氏は夜の闇に消えてしまったのです――……。
◆
とぼとぼと旅館に向かって歩いていく。
島の中心部にある山の上で何かが衝突する音がする。
青と赤の軌跡が重なり、何かとぶつかりあっていた。島のあちこちで激しい戦闘音がする。
一つ、また一つ……私とカナタのように区切りがついて静まりかえっていくの。
きっとそれぞれに試練を乗り越えて戻ってくるに違いない。
一足お先に玄関へ。
「ただいまあ」
旅館の中に入ったら、
「あ、おかえりなさい。これ、どうぞ。寒かったでしょう」
温泉の水着を用意してくれた日下部さんがお茶を出してくれた。
「わっ、ありがと。いただきます」
お礼を言って椅子に腰掛けてお茶を啜る。
疲れたあ。今日はもう何から何まで目まぐるしく過ぎていきすぎだ。
刀鍛冶の誰かが設置してくれた壁掛け時計を見たら、まだ九時前とか信じられない。
ぼうっとしていたら、日下部さんがそばの椅子に腰掛けたの。話しかけたそうな気配を察してみたら、
「あの。戦闘後の刀の手入れ、よければしましょうか?」
恐る恐る提案してくれたんだ。ちょっと意外だった。でもそっか。刀鍛冶だもんね。
カナタのことが思い浮かぶ。専属契約とか、別にそういうのを結んでいるわけじゃない。
命を預ける大事な半身を気軽に誰かに預けるべきか、それとも手入れの不十分な状態でいるべきか。両方を天秤に掛けて悩む。
『手入れを怠ること、即ち命の管理を怠ることに通じる。こだわりよりも実を取れ』
十兵衞の言葉は真理に違いない。
「じゃあ私の二振り、見てもらってもいい? 異常がないかだけでもチェックしてもらえると」
そっと鞘を二つ手渡しするの。
受け取って「失礼します」と呟き、それぞれ刀を抜いて念入りにチェックをしてくれる。
見ればキラリやマドカも離れた席で刀鍛冶の生徒とつきっきりでいた。
それでぴんときたの。
「刀鍛冶のみんなの課題は、侍候補生の刀のメンテだったりするの?」
「あはは……実を言えば」
日下部さんが苦笑いを浮かべて肯定してくれて、納得。
「どうも私はとびきり多いみたいで。なんと今日中に五十人のチェックが課題なんです」
「五十人って」
多すぎじゃないですか?
「私がダントツなんですよねー。佳村さんだけじゃなく、学校からも担がれるとは思いませんでした。おかげで温泉から帰ってきて働き通しですよ」
ちょっとむすっとしてみせるけど、その目つきは真剣そのもの。
一年生の刀鍛冶といえばノンちゃん! みたいなところあったけど、考えてみたら他にも生徒がたくさんいるわけで。もっともっとお付き合いを増やしてもいいのかも。まあ、泉くんみたいなタイプだったら構えなきゃいけないけど、日下部さん相手ならその必要もないだろうし。
見守っていたら、簡単にばらしてチェックして、手際よく鞘に戻したの。
「とりあえず異常なしです」
「とりあえず?」
「ちょっと乱暴に使った痕跡がありますね。少しだけ尖った霊子を感じます」
「うっ」
た、確かに。地面に突き刺したり、霊子を無理矢理だしたり。今日の扱いは激しめだったかも。
「でも芯の通った頑丈な造りなので、特に心配はいらないかと思います。青澄さんの担当は緋迎カナタ先輩ですよね?」
「あ、う、うん。っていうか私のこと、知ってるんだ」
「あなたは有名だもの」
さらっと言われてしまうと、どう反応していいやら。
「とりあえず現状では特に何かする必要はないかな、と。気になるなら、道具がないんで現状ではささやかなメンテしかできそうにないですが。お任せいただければ明日までにやっておきますよ。どうします?」
「えと……」
二人とも、どう?
『カナタならば迷わず委ねるところだが』
『この娘っこの腕を信用せんわけではないがのう。これしきの状態ならば、現状では必要ないじゃろ』
そっかあ。
「今日はいいや。また明日みてもらってもいい?」
「ええ。あ、佳村さんは沢城くんに一途だから心配いらないだろうけど……泉や他の奴より私にみせてくださいよ?」
「え、と」
「緋迎先輩の仕事、けっこう勉強になるし。なによりどちらもかなりの業物なんで。誰かに譲るくらいなら、私が学びたいっていうか」
が、がつがつしてるね。
「わかった。日下部さん、だっけ」
「日下部マモリです。どうぞよろしく、青澄春灯さん」
「よ、よろしく」
笑顔で主張されるの、慣れてない。
鞘を二つとも受け取って「お茶ごちそうさまでした」と伝えてそそくさと退散。
お部屋に戻ったら、布団が敷かれていた。
中瀬古さんとユニスさんが二人で浴衣姿でくつろいでいたの。
「あら。おかえりなさい」
「おか、えり」
「た、ただいま」
キラリがそばにいない状態で十組の二人と話すの、初めてだ。
どきどきしながら挨拶を返す。
「寝る場所は先着順。戦い終えて部屋に戻ってきたのはあなたで三人目」
「う、うん。じゃあ、えっと、どうしよっかな」
きょろきょろと見渡していたら、中瀬古さんが近づいてきたの。
「あ、の……ね? 青澄、さん」
「う、うん」
中瀬古さんが少し離れた窓際の布団をびしっと指差した。
「アリス、寝相、激しい、から。あそこ」
ほんのり隔離されてる……!
「……なるほど」
十組は仲がいいみたいで、わりと頻繁に一緒に遊んでいるみたいだから、寝相を把握しているのかも。その二人が身構えるアリスちゃんの寝相やいかに。寝相と言えば……。
「キラリはどう?」
「すごく、おとなしい」
「ほほう」
それは知らなかった。寝顔も天使みたいに可愛かったりするのかな。
一緒に行動したりとまりっこしても、私の方が圧倒的に早く寝ちゃうからなあ。
それに中学校時代のお泊まり行事で一緒の班になったことなかったから、知らなかったや。
「ちなみに二人はどこで寝るの?」
「廊下側、はじ」
どうやら、アリスちゃんは相当警戒されているみたいだ。
「じゃ、じゃあ……お隣いいですか?」
「どうぞ」「どう、ぞ」
二人とも特に構えたりせず自然に笑ってくれるから助かる。
制服のボタンを外して脱いだ。さっさと浴衣に着替えちゃおう。
そう思って下着姿になったところで、視線に気づいたの。
「……産毛も金色なのね」
「ええと」
ユニスさんの視線が刺さるのですが。
「それを言ったらユニスさんも金色なのでは?」
「私とあなたとだと、金は金でも方向性が違うというか」
「あー。うん、そうかもね。生粋の金髪美人さんから見たら、私のはまがい物かも」
「別にそう卑下するものでもないでしょう。あなたの金色は確かに綺麗なのだし」
さらりと言えるユニスさん、かなりいい人。
中瀬古さんがおかしそうに笑うの。
「ユニス……キラリに、言う時より、素直」
「う、うるさいわね。いいの、よそのクラスの人にそういうクラスの内輪事情は言わなくて」
「なん、で?」
「は、はずかしいじゃない」
赤面するユニスさんに中瀬古さんが「良い子、でしょ?」と訴えてくるから思わず頷いちゃった。にこにこしつつ浴衣を手にとって広げてみた。
尻尾穴がない。
これだとお尻を丸出しにする形になっちゃうけど、しょうがないか。こればかりは。
もう廊下に出られなくなるけど、諦めて着物を羽織ろうとした時だった。
「待ちなさい。貸して」
「え、と?」
「考えてみたら、あなたもキラリも獣憑きだったわね。穴あけるから」
枕元の分厚い本を手にとって、ユニスさんが立ち上がって手を差し伸べてくれる。
だから浴衣をそっと渡した。
するとユニスさんは私の後ろに回り込んで、
「ちょっと失礼するわね」
私のお尻の付け根、尻尾のサイズ感を手で触って確かめてから浴衣を布団の上に広げた。
本を片手に小声で囁くの。穴よ、開けって。
すると浴衣のお尻部分に穴が開いて、しかも裾までスリットが入っていく。自動的にボタンが生えてきて、対応する場所にボタン穴まで開いていくの、ただただ驚く。
「もう一枚は――……穴だけでいいわね。キラリの尻尾はまだ通しやすいし」
ユニスさんが手を振ると、布団の上に畳んで置いてある浴衣がふわっと宙に浮いて広がり、お尻の部分に穴が開くの。私の浴衣よりもずっと小さな穴。
中瀬古さんは見慣れているのか、さして驚いた様子はないけれど。私は思わず拍手しちゃったよね。
「すごいね! ほんと、魔法使いなんだって実感するっていうか! 箒で飛んでいったのも、そういえば見たし!」
「……あまり、はしゃがれてもね。あなたの放つ霊子も、立派な魔法みたいなものよ」
「い、いやあ、それほどでも」
でれでれしながら浴衣を身に纏う。尻尾の付け根から下のボタンを留めてみたら、ばっちり浴衣姿だ。どうせだから髪の毛も結わえちゃおうかな?
『風呂の後でいいじゃろ』
それもそだね。
湯冷めしちゃったし、寝る前にもっかい、今度は大浴場に入っておきたい。
そう一人で思っていた時だった。視線を感じたの。とても強い視線を、どういうわけか中瀬古さんが私に向けて注いでいるの。
「ど、どうかした?」
「あ、の……あのね? 金色、の、光……さわって、みたいなあ、って。だめ、かな」
ぴよぴよ汗を出しそうな可愛い上目遣いにきゅんとくるタイプですよ、私!
中瀬古さん、小動物っていう感じが素直に可愛いと思います!
「えっと……じゃあ」
いつかキラリが私に星をみせてくれたように、人差し指の先に出してみせる。
それをそっと中瀬古さんに向けた。
おっかなびっくり手を伸ばして、そっと触れると中瀬古さんの顔が蕩ける。
「わ……あった、かい……ね」
幸せそうに言ってくれるの、たまらない。きゅんきゅんきてやばいです。
ツバキちゃんにどこか似ている。
消えちゃった金色に触れた手を大事そうに抱き締めてるの見たらさ。
「もっかい出す?」
言わずにはいられませんでしたよ!
一度は迷惑じゃないかって聞いてくれたけど、そんなことちっともないので何度でもリクエストにおこたえしていたら、キラリたちが戻ってきた。
みんな浴衣に着替えてひと息ついていたらね? ノックの音がしたの。
「おーい。遊びにきたぞー」
ミナトくんの声だ。
一瞬、脳裏によぎった。
中学時代、誰かがお泊まり行事の時に提案した作戦「男子部屋にいこう」。もちろん男子側も同じ事を考えている人がいたみたい。だけど願いは叶わなかったよね。先生が怖い顔して見回っていたから。
でもでも、今日は先生がいない。となると……無制限?
それってどうなんだろう。
普通の高校なら怒られちゃうところだけど、うちの学校はいろいろと特殊だから、あり?
悩みの谷底に落ち始めた時でした。
ぴんぽんぱんぽん、と館内放送のように馴染みの音が聞こえたのは。
『えー、こほん。現在時刻をお知らせします。刀鍛冶の生徒は時計の管理、よろしくね。現在時刻は、二十二時三分二十三秒』
キラリが立ち上がって、刀鍛冶の子が用意してくれた時計の時刻を合わせる。
『さて……先生もいないし、行事も今日は一区切り。好きな異性の部屋に行って、あるいは夜空の下へ愛しい人とお出かけして、火遊びしちゃおう……なぁんて不埒なことを考える生徒に告げます。それ、だめ! 絶対! だって授業扱いだからね!』
シオリ先輩のテンション、今日ぶっ通しでおかしくない? 高くない?
『実はなんと先生たちが廊下に仕掛けられた監視カメラで見てますよ-。監視カメラのないところは島中どこにも存在しません。まあ一部の生徒は気づいているだろうけどね』
なんと。私はそこまで気づかなかったよ!
『なので、よからぬことをしないように。問題が発生する気配がしたら、こわあい顔した獅子王先生が成敗しにいきます』
「「「 ……それは、ちょっと 」」」
あ、あれ? キラリとユニスさんと中瀬古さんが揃って言うの、なにゆえ?
『あ、どこかの部屋の男子がいま、いやさすがにばれないだろって言ったね? 聞こえてるよ。でも残念ながら、そうはいかないんだなあ。おいでませ、犬神!』
シオリ先輩がハイテンションに言うなり「わふっ!」って鳴き声が聞こえたの。
びくっとして、恐る恐る聞こえた方向を見たら戸棚に行き当たった。
そっと開けてみたら、私やギンたちみんなから霊子を吸い取った、あのニナ先生が出したちっちゃなわんちゃんが入っていたの!
「「「 わあ! 」」」
思わずはしゃぐ私たち。キラリだけ渋い顔をしているけども。と、ともあれ。あちこちの部屋で歓声と驚愕の声があがっている。どの部屋にもちっちゃいわんこが見つかっているところなのだろう。
『ニナ先生の式神みたいなものです。というわけで、たまの学生旅行だとハイテンションになるのはいいし、いい雰囲気になるのは止めないけど、えっちなことはしないようにね。そういうのは学校に帰るまでお預けです。え? 今のは言っちゃだめ? はいはい、うるさいなあもう』
シオリ先輩、とびきり饒舌だ。
『とにかく先生が見ているからね。敢えて、こう言おう……羽目を外しすぎないように』
ある程度はお目こぼししてくれるって遠回しに教えてくれてるっぽい?
カナタがいない私としてはお友達と遊ぶしかないけども。
好きな人がいてアクション取れるタイプなら、これは嬉しいお知らせに違いない。
『あと、わんこをどうにかしようなんて思わないように。手ひどい反撃を食らいますよ?』
「いたたたた! 噛まないで! 悪かったって!」
早速どこからか男子の悲鳴があがった。なむなむ……。
『さてさて。それじゃあ今日はこのへんでお終いにしようかな。二十三時になったら問答無用で消灯します。遠隔操作を防ごうと思っても、刀鍛冶諸君。こちらには君たちの上級生がいるから、そうはいきません。監視カメラを含めて、諦めて受け入れるように』
苦笑いしか出ない。
『明日も課題を提示します。今はせめてゆっくり休んでね。おやすみなさい』
ぴんぽんぱんぽん。
はふう。ため息を吐いてから言ったの。
「お風呂入る人!」
ぱらぱらと手が挙がった。
アリスちゃんは布団にくるまって寝ている。今は大人しい。
茨ちゃんも前のめりに倒れて眠りの体勢だ。
ちっちゃなわんこはてふてふ戸棚の中から出てきて、アリスちゃんに寄り添うように寝そべった。鬼娘よりは幼女か。なるほど。
中瀬古さんがそっと手を伸ばして撫でる。ふわふわ、と感激した声で囁いていた。
白くてちっちゃなわんちゃんかあ。
トラップに使われたり、ミニゲームの景品もっていっちゃったりしないかな? なんてね。
基本的にみんな赤い月にお外出た組。そしてまだすぐに眠るほどじゃないみたいだ。アリスちゃん以外の全員が手を挙げたの。
「おーい、開けてくれよー」
「……男子を入れるくらいでわんこが怒ったら、まあ無情って感じだな。はいはい! 待てって!」
キラリが扉を開けて、外にいた十組の男の子たちに「風呂いくから、出直してくれ」と言っている。
身体がまだ冷えたままだし、ひとまず大浴場へ行こう。
この旅館のお風呂がどんなものかも気になるし!
つづく!




