第四百二十六話
岡島くん渾身の調理によるメニューは二品。
まるで勝負を挑むような課題よりもまず、岡島くんは全力で下ごしらえをして――……提供したの。
日が落ち始めた食堂に集まったみんなの前に、旅館の厨房にあった鍋とカセットコンロを二組ずつ並べた。
調理班がそれぞれのテーブルに移動して火をつける。
ぐつぐつ吹いた出汁鍋は、海鮮とお肉の贅沢しゃぶしゃぶ用。
ダシから具材からすべて、岡島くんの手による物。
野菜が煮込まれた鍋もそばにあって、それは好き嫌いはあれど基本的には誰にでも食べられるよう気を遣われているの。
ついでに麺と焚いたお米を用意してある。
締めはうどんか雑炊で、という粋な計らいですよ!
あちこちからいい匂いが漂う中、冷えた水を手にしたレオくんがみんなの顔を見渡した。
「課題の進捗はどうだろうか。侍候補生は一定の成果を出し、刀鍛冶もまたそれぞれに達成しつつあると聞いているが――……みんなの顔を見る限り、今日の山場は越えられたと思う」
「うんうん……あっ」
頷こうとするより先に、盛大に私のお腹が鳴りました。
すかさず笑い声が起きるけど、その誰かのお腹も鳴るの。
「そうだな……あまり長い話はよそう。サバイバルと聞いたが、先輩たちはだいぶ気を遣ってくれているようだ。それだけじゃない。みんなが一丸となって行動し、今日の食卓にたどり着けたことに感謝の言葉を捧げよう――……ありがとう。それじゃあ食べようか」
グラスを掲げてレオくんが笑う。
「いただきます!」
「「「 いただきます! 」」」
みんなで手を合わせて歓声をあげながら野菜お鍋に箸を伸ばす。
そもそもかなり丁寧に切られて用意された野菜の煮込み鍋は栄養満点。それにこの島の野菜はとても味が濃くておいしいの。
茨ちゃんは迷わずご飯をよそった丼に野菜とおつゆをごろごろ落としてかきこんでいる。見れば井之頭くんが率先してやっている食べ方で、みんなもつられて同じ事を試していた。
少し離れて十組は、キラリが鶏肉を出汁鍋に投入して煮込んでいる横で、他の子たちが魚や牛肉の切り身をしゃぶしゃぶしてた。
あちこちで笑い声が聞こえる。落ち込んでいたみんなの顔はもう、ここにはない。
箸と咀嚼音と話し声。獣耳は聞こえすぎるのがたまに傷。でもまあ概ね大好評な様子を見るだけで報われた気持ちになるね。
もそもそと食べながら思いを馳せる。
空から落とされた時にはどうなることかと思ったけど、蓋を開けてみたらどこまでも授業。一年生ならこれくらいが当然なのかも。逆に言えば……二年生や三年生になったら、どんな目に遭わされるんだろうかと心配でなりません。
或いは二年生にとっては、特別授業の最初の時のノリが最初から最後まで続くのかなあ。
だとしたらカナタが心配。一年生の授業の面倒を見ているみたいだから、二年生の特別授業は別であるんだろうけど。これからやるんだだとしたら、私たち一年生はどれほど関われるのだろう。見ていられないのだとしたら? どうなるのか気になってしまう。
正直に言えばこれは入門編だ。
仕方ないよね。教官役がそばについているわけでもない形で成立できる内容なんて、限界がある。或いは私たちが不甲斐なければ先生たちが乗り込んできて、あれこれ指示を出して具体的な行動に出るのだろうが、そこまでじゃない。
口中にたまった熱気を吐き出した。
「……はふ」
ある意味で、今回の特別授業は三日間のお祭りだ。
一年生の底力や能力を確かめながら行なわれるレクリエーションなんだ。
乗り越えられるかどうか、不安はあるけれど。
課題は乗り越えつつある。
赤い月。まるでキーワードのように提示された今夜の最後の舞台を前に、不安はあるけれど。やりきろうと決意する。
「なーなー。野菜鍋としゃぶ鍋でダシが違うじゃん? どっちを雑炊にして、どっちをうどんにするー?」
はいはい、と手を挙げる茨ちゃんに意識を奪われた。
「あれ。もう野菜ないの?」
はっとした時には野菜鍋がほとんど空っぽに! なんてこった!
「ぼーっとしてるからだぞ? 大勢で食べる鍋は戦場なんだ」
「……むむ。ならば締めをがっつり食べるまで!」
「そうこなくちゃな。なー岡島、おすすめは?」
「野菜鍋に麺を。付け合わせの味噌を溶かせば味噌煮込みうどんになる。濃厚な味わいのとてもいい野菜のダシが出た鍋でやれば、優しい味の鍋うどんになるよ」
「よっしゃ! じゃあそれで! 残りの魚と肉は両方にぶっこんで、雑炊とうどんにするぞー!」
きびきびと動く茨ちゃんに二つの鍋が姿を変えていくの。
あちこちで鍋について意見がやりとりされていく中、手を叩く音が聞こえたの。
見るとマドカが姫宮さんと二人で最前列のリーダー席で立っていた。
「いいかな。生活班からの報告で、旅館から少し歩いたところ……海沿いに一年生が全員入れそうな巨大な露天の温泉があるみたいなの」
思わず茨ちゃんと顔を見合わせちゃったよね。
「女子には悲報かもしれないけど……男子には朗報かな? なんと、混浴です」
マドカが茶目っ気たっぷりに言った瞬間の男子の歓喜といったら、ちょっと引くレベルでした。実際引いている女子がちらほら見えますよ。
「まあでもこういう機会なので、いっそ腹を割って交流すべきでは? という意見もあり、刀鍛冶のみなさんに水着を用意していただきました。温泉に入る生徒は水着着用のうえ、まああっついプールだと思って入る方向で」
すかさず姫宮さんが口を開く。
「もちろん、諸々の事情があり難しい生徒も中にはいるかと存じます。そういう生徒は旅館のお風呂の用意が終わっておりますので、そちらで入浴してください」
「あくまで全体方針としては水着で温泉ですが、みなさんの判断にお任せします」
姫宮さんの合いの手に頷きながらも、マドカはあくまで温泉を促す方針のようだ。
「生活班に暫定的に時計を用意してもらいました」
そういえばスマホがないから時計を確認しない瞬間が多すぎた。マドカが指し示す方向に、壁に掛けられた時計がある。いまは十七時過ぎ。
「温泉を希望する生徒は食事を終えたら、およそ一時間後、各部屋に置かれた水着を持参の上、十八時に正面玄関へ集合を。水着着用しない者、温泉に入れず。以上です」
席に座るマドカと姫宮さんに、みんなが一斉にひそひそ話を始めた。
男子が女子をからかったり、女子は女子同士で探り合いをしたり。
こっちはどうなるか、と身構えるけれど。
「岡島、どうするー?」
「ただの湯船よりは温泉の方がいいかな」
「だよなー。俺もそっちだわ」
「茨……水着、ちゃんと着てよ」
「もち」
笑う茨ちゃんを羽村くんがなんともいえない顔で見ていたの。
「茨、お前ってさ。もう少し慎みを持った方がいいんじゃないか? 青澄をみろよ。何も言わずにいるぞ」
「えーでも温泉あるなら、入りたいじゃん」
「……そうだな、お前の言うとおりだ。俺が悪かったよ」
あっけらかんと言い返す茨ちゃんにあっという間に降参する羽村くん。
「なあなあ、青澄はどうする?」
「どうって言われても」
諸手を挙げて賛成っていうほど考えなしではいられないし、だからといって参加しないのはそれはそれでちょっと迷う。
「一緒に入ろうぜー。九組全員でお風呂とか、こういう時でもないとできねーし」
「……まあ、そうだけども」
ちらちら見てくる茨ちゃん以外のクラスメイトの視線に私はどう答えたら。
『別によいじゃろ。身体の手入れは欠かさずしておるのじゃし、水着じゃし』
タマちゃんはそう言うだろうと思ったよ!
まあねえ。あっついプールだと思えば、ね。気にするだけ損なのかもしれませんが。なにより温泉っていうだけで魅力的なのがずるい。
今日は特に問題ないだろうし。あるのは羞恥心くらいのものですよね。ほんと。
「じゃあまあ、入るかな」
茨ちゃんだけって、岡島くんがいるとはいえ心配だし。
「そうこなくちゃ!」
微笑む茨ちゃんはいい。涼しい顔の岡島くんも「大丈夫か?」と素で心配してくれる羽村くんも心配はいらない。
むしろ一斉に咳払いをする犬6とか要注意だ。いろいろ気をつけよう。
締めを少しだけもらって、いそいそと席を立った。見れば同じようにせわしなく席を立つ女子が結構いたよ。茨ちゃんの肘を掴んで、移動を始める。
部屋へと戻る道すがら、キラリたち十組の女の子たちと合流したよね。
「どうしよっか」
「どうするもこうするも……潔癖を気取るか、明日や今後に向けてこの波に乗るかでいったら後者だし、となればいろいろ確認がいるだろ」
「だよね」
「当然だ」
二人で頷きあう。
「もっとたべたかったのに」
「いいからくるの!」
文句を言う茨ちゃんを連れて行く。
水着になるにはいろんな準備がいるのです。しょうがないよ!
◆
男子も女子も、ほぼほぼ欠けることなく十八時に集合したよ。
食堂の後片付けをしてくれた男子には感謝の念しかないし、部屋にあった水着はわりと布面積多めのビキニかワンピースの二択で、セットで置いてあった簡易の下着セットもあわせて刀鍛冶のみなさんにもやっぱり感謝しかない。
バスタオルにくるんで集まった生徒たちの顔はみんなどこか浮ついていた。男子は女子を、女子は女子を落ち着かない顔で見ている。「どうする」とか「まじで?」とかいう声も多い。
遠目に離れて参加できない子たちがなんともいえない顔をしている。なぜかはまあ、想像に難くないけれど、こればかりはしょうがない。
マドカとレオくんの主導でみんなで移動を始めた。
正面玄関から出ていく。その時点で驚きだった。
「温泉ってどこにあるんだろーな」
移動距離は長いのだろうか。二月の気温はそれなりにきつくて、なにせ私たちは制服しか着ていないから困る。浮ついていた私たちの気持ちはわりと早々に引き締められてしまいました。
港に辿り着いてすぐ脇の道へ。歩いて七百メートルちょっとかな?
そこにはなるほど、確かに湯気がのぼる施設があったの。
みんなで脱衣所へ入る。女子が全員で腕を組んで、お互いをにらみ合った。
遠くで男子のはしゃぐ声が聞こえる。まあ年頃の男の子たちだし、しょうがない。それに混浴にはしゃぐ男子の声ってわりと素直だよね。それを聞いてますます女子の更衣室の空気が重たくなるよね。
みんなが視線をマドカに送る。
「わかってる。そんな目で見ないで。水着は事前に確認したけど、女子の刀鍛冶がこしらえてくれたから布地はばっちり。三日間の特別授業ぶっ通しで使ってもしっかり持つほど丈夫だし、透けないし、脱げない」
マドカの言葉に一人の女の子が前に出た。
「三組の日下部マモリ、水着を率先して用意した刀鍛冶です。水着については保証します。すべて私がチェックしました。そもそも、女子の水着は女子の刀鍛冶だけで作りましたから」
みんなが手の中にある水着を見つめる。
いや、水着をそこまで気にしているわけではなく。
気にしていないわけではないけども。
問題はそういうことじゃなくて。
戸惑う空気を代弁するようにキラリがぼそっと言ったよ。
「いや、夏でもないのに水着で出るかって話だろ」
そうだそうだと頷くみんなにマドカが苦笑い。
「わかるけど。きっとここに集まっているみんな、準備してきたんでしょ?」
「「「 まあ、それは 」」」
元も子もない問いかけにみんなが唸る。
マドカは続けて言うの。
「提案を受けて決定したのは私。今日の襲撃も、そもそも集合にかけての流れも、その後のすべても……私たちの信頼関係はなるべくいろんな形で高めていくべき」
そもそも、とマドカは語る。
「空からの投下とマシンロボの演出はつまり、命を預け合う関係を作れ、というメッセージだと思うの。軍隊なら一緒にお風呂に入る場所もあるみたいだし。まあさすがに仕切りはあるみたいだけど」
大事なのは、と声を上げるの。
「団体と団体で交流を深め、男子に下世話な欲を抱く隙も与えず、懐に潜り込んで家族のようになってしまうこと。個別での事案は基本的にそれぞれの責任の下で対処してもらいたいけど、何か言われたら必ず共有して」
思わず眉間に皺を寄せた。よくわからないのですが。
「えっと、つまり、どういうこと?」
「セクハラ受けたら女子全員で制裁を」
「な、なるほど」
頷く私の横でキラリが呆れた顔をする。
「いや、水着で混浴温泉に出て行く時点である程度は言われるだろ。あと羞恥心の問題だろ?」
「なら、こっちも言い返すまで。想像してみて? 好きな男子の半裸を見るチャンスなの」
マドカの反撃に何割かの女子が反応した。
「条件は同じ。食うか食われるか。ならば前のめりにいこうよ、サバイバル。じゃ、よろしく! ……前向きに!」
さあ着替えるべし、と促すマドカにノンちゃんが恐る恐る手を挙げるの。
「あのう……脱衣所の防衛に忙しいので、早くしていただけると」
思わずみんなで顔を見合わせたよね。
「防衛とは?」
「えっと。向こうにも刀鍛冶がいて。覗き見をしようとする人がいるので、脱衣所の霊子はこちらが掌握しています」
はあ、と思わずみんなでため息を吐いた。
「「「 男子ってほんとさあ…… 」」
「まあまあ。正直、よその学校じゃ見れないくらい、ここにいるみんなはきれいだし、そもそも向こうはこっちの肌をちょっと見るだけで三日はいけちゃう連中だからしょうがない」
さばさばした顔で言うトモは相変わらず強い。
「見せつけてやればいい。こっちも見るんだし。弱気になったら飲み込まれる。それよりも想像して?」
歌うようにトモが語る。
「侍候補生はみんな、身体をしぼっている。筋肉好きも細身好きにもたまらない肉体が、すぐそばにごろごろ転がっている。あ、そっちのあなたはがっしり好き? 大丈夫、それもたくさんいる」
トモがみんなをのせていく。
「小柄も大柄も。そうじゃなくてぽっちゃりが好きなら、それもそれでよりどりみどり。いずれにせよ、ありとあらゆるタイプの――……あたしたち女子一同に負けない粒ぞろいが待っている。まあえっちなことに前向きなのはちょっと考え物だけどね」
みんなで笑っちゃった。
「じゃあ……いこうか」
手を叩くなり、トモが制服に手を掛けた。
みんなで続く。そして水着に着替えてみて実感したよ。
「蓋を開けてみたら、ビキニ率たかくない? みんなやる気まんまんなんじゃん」
水着を用意してくれた日下部さんが突っ込んで、みんなで笑った。
意を決して出て行く。
「おっ、きたぞ!」
「すげえ!」
男子が喝采をあげるの、なんだかちょっとばかっぽい。
飛び込む茨ちゃんに続いて、アリスちゃんも飛び込む。
視線の熱はかなり高め。期待とかなりの下心と、もっと単純な興味の温度。
でも見れば女子のみんなもそれぞれにお目当てを見ている。
前向きだったり、強気でいられる子ばかりじゃない。
きょろきょろと周囲を見渡してトラジくんを見つけた中瀬古さんは、すぐに顔を真っ赤にして俯いちゃうし。思い切ってビキニを選んだノンちゃんはギンに話しかけられて落ち着かなさそうにしていた。
同い年のカップルっていいなあ。羨ましい。
みんなそれぞれ友達と固まりながらだけど、自分たちのコミュニティに向かっていく。
「青澄-! 早くこいって!」
「はあい!」
手をぶんぶん振る茨ちゃんに答えて、転ばないように気をつけながらぺたぺた歩く。
カナタと一緒に入れたらよかったのに。それが残念でならないし。きっと来年の修学旅行でも同じ気持ちになるに違いない。
まあ、いいか。カナタとなら、いつでも来ればいいんだし。
仲間がいるのなら、それで満足しよう――……。
◆
温泉の心地よさにみんななんだかんだでリラックスして、気がついたらあちこちに散っていた。
脱衣所から階段で下りて広がる正面の巨大温泉から少し離れたところに岩壁風呂があって、そこは最も海に近くて開放的みたい。
十組とか、トモやノンちゃんもそっちに行ったみたいだ。
私はのんびり空を見上げていた。
日はとうに暮れて、明かりのない街と小さな島ゆえにか満天の星空だったの。
絶好のロケーション。それゆえに獣耳は確かに捉えていた。いい雰囲気になっているそれぞれのカップルの声たち。
まあこの雰囲気を武器に言いよられたら、ちょっとぐらっときちゃうのかもしれない。
しみじみ感じちゃう気持ちさえ吹き飛ぶくらい、そばにある海の音や風の音、それに広がる夜空は壮大なものだった。
ちゃぷ、ちゃぷと水音が近づいてくる。
見たらとても軽そうな男の子だった。
「青澄さん……で、あってる?」
「ん、と」
「泉ね。泉アム。刀鍛冶。隣いいかな」
「はあ」
断る理由は今のところ、積極的にはないので頷いた。
少し離れて腰を下ろすなり、泉くんは私の顔をじっと見てくるの。
「遠くにいても気づくよ、そのブロンドと見事な尻尾は」
「……どうも?」
「綺麗だね」
さらっと言える泉くんを半目で睨む。
褒められるっていうだけで、それは素敵な要素だけれど。
でも乗っかっちゃうほど浮ついてもいないのですよ。
「今日、その手口何回目?」
「実は君が最後なんだ」
それで理解した。本気じゃないし、冗談に過ぎないって。
「あ、褒めたのは本音」
「はいはい」
笑って流して呟く。
「苦戦してるんだね?」
「やっぱねー。女子の情報力はすごいね。あちこちで声を掛けると、悪い噂って形ですぐに広まる」
私は聞いてないけど、と心に壁を作りながら笑って言うよ。
「軽いんだ?」
「たはー。それを言われるときついな。でもまあその通りなんですけど」
笑っている泉くんを見て気づいた。
「あ! そっか、バレンタインの賭けに勝ったポテチ総取りの財布野郎って泉くんなんだ」
「どういう情報の広がり方だ!?」
「カゲくんとミナトくんから聞いたよ。二枚目の都落ち三枚目って」
「……否定できないのが苦しいなあ」
お腹を抱えて痛みを堪える仕草をする。大げさだけど、ちょっと笑える。
「ナンパしにきたの?」
「それは半分」
半分はナンパなんだ。しかも認めちゃうんだ。すごいなあ。
「もう半分は、近くで見たかったんだ。どれほどの体格か」
「え、と? スリーサイズ的な話?」
「そっちも興味あるけど。そうじゃなくて、侍候補生としてどうかってこと」
「うん?」
首を傾げる私に泉くんは斜に構えたように唇の端をつり上げて笑う。
「仲間トモ、沢城ギン。あの二人や零組男子だけじゃなく、天使キラリもなかなか締まってた。無駄な筋肉の付け方を一切していない……あんたも同じだ」
えっちな意味じゃない。もっと純粋な興味に違いない。
「手合わせしてみたいね。まあユリア先輩に瞬殺された俺じゃ、役不足かもしれないけどさ」
「……ふうん?」
ちょっとだけ興味を惹かれる。刀鍛冶の男の子。見た目の軽さだけじゃない何かを持っているのかもしれない。それなら知りたい気持ちはあるけども。
「ちなみにそれって、勝負だけで終わるの?」
「いやー。やっぱ勝ったらご褒美くらいはもらいたいね」
下心もばっちりあるんじゃあね。
「ならだめ。他を当たってください」
「やっぱりだめかー」
ちっともへこたれていない泉くん、なかなかいい性格してそうだ。
そう感じた時だった。
「お、泉がナンパしてる」
「しかも玉砕してるっぽいぞ」
「青澄相手にナンパは無理だろ」
男の子がわらわらと近づいてきたの。カゲくん、ミナトくん、羽村くんもだ。
男子の刀鍛冶が用意したのだろう水着以外は裸。泉くんもそうだけど、三人揃ってかなりいい体付きなんだよね。具体的に表現し始めるとめちゃめちゃ長くなるし、カナタという恋人がいる私がそれをするべきなのか悩ましいので控えますけれども。端的に言うと三人揃って細マッチョ。
「やだやだ。筋肉どもがそろって俺にちかづくんじゃない」
「「 まあ、そういうなよ 」」
泉くんが渋い顔をするからこそ、カゲくんとミナトくんが悪い顔してひっついていく。
悲鳴をあげる泉くんに爆笑が起こるの。仲いいなあ。
隣に腰掛けた羽村くんが「ばかだよなあ」としみじみ呟いてから、
「青澄。あっちの岩場の温泉で山吹たちがお前を呼んでたぞ」
私に教えてくれたよ。
「ありがと」
温泉を吸った尻尾と水着がずりおちないように気をつけながら立ち上がる。
それだけであちこちから視線を感じるのはちょっと慣れない。
尻尾を絞って、いそいそと離脱を試みましたよ。タマちゃんは見せつけてやるべしと訴えてきたけれども。私には無理だよ!
◆
岩風呂の縁に腰掛けているキラリやノンちゃん。それにユニスさんと姫宮さんだけじゃなく、ユリカさんもいて。トモにシロくん、零組の四人や十組のミナトくん以外のメンバーがいて。そして湯船に浸かったマドカが手招きしてきたの。
とりあえず温泉に浸かるんだけど、尻尾がお湯を吸うから一気に水位が変わるの恥ずかしい。
「ハルってえっちな身体してるよね」
「ちょ」
マドカが迷わず言うのやめてほしい。シロくんが咳き込んでトモが半笑いになるわ、キラリのそばにいる男の子が私をちらっと見て、キラリに耳を引っ張られている。
「あはは。してやったり」
どや顔をするマドカの頭に狛火野くんが握り拳をこつんとあてる。
「変なことしない」
「ごめんって。まあ冗談はさておいてさ。ちょっと相談しておきたくて」
どういうことだろうか。
「赤い月がのぼる――……今夜の課題の総仕上げ。確かめてみた限り、割合はずっと少ない」
「山吹くんの言うとおりだ。そして……まだ、月は赤くなっていない」
レオくんの言葉に思わず夜空を見上げた。
空に浮かぶ月の色は見慣れた金。赤くなる気配なし。
「それぞれに当たってみてもらった結果、一月のトーナメントで目立った一部の生徒のみが戦闘課題の確認で、場所を指定されて戦うことになりそうだ」
レオくんの言葉にすかさずギンが笑ったの。
「はっ。上等じゃねえか……すべてが終わりゃあ汗を掻いて身体も冷えてそうだ。そん時ゃ、旅館の風呂に入りゃあいいな。どちらにせよ、今夜はいい気持ちで眠れそうだ」
「既に勝つ気なのか? 呆れるよ、あんたのそういうとこ」
キラリがすぐにぼやくけど、ギンは笑うだけ。
「当然だろ。今回においては課題を達成すりゃいいんだ。結果が見えてる試練なんざ、何を心配することがある」
「ニナ先生には一瞬でやられたくせに」
「てめえもな」
キラリとギンが笑顔で見つめ合うけど、火花が散っているよ!
「まあまあ。とにかく、ハル。気をつけた方がいいと思うんだ。ニナ先生とやる気のユリア先輩くらい、強い人があてがわれるかもしれないから」
「あの二人クラスの相手かあ……わかった」
マドカの言葉に頷く。
たとえばニナ先生が再びやってきたとして、勝てるだろうか。
葉っぱを多く詰んで帰っても、それだけじゃ足りない。あの不思議な犬の神さまたちを相手に、どうやって挑むべきか見えてこない。
ニナ先生だけでも手一杯だ。それと同じくらいの脅威が立ちはだかるかもしれない。
課題の締めくくりとなれば……よほどの強敵がくるに違いない。
「まあでも……まさかこれ以上、度肝を抜く強敵が今日中にくることもないと思うんだけどね」
ねえ、マドカ。それってフラグだと思うの。
言わないけど。確定しそうだから言わないけど!
「にしてもさ。ハルはもちろんだけどキラリもやっぱり綺麗な身体してるよね。ユニスさんも悩ましげだし、それは姫宮さんも一緒で」
「なんであんたが男子目線なんだ」
キラリがマドカに心底呆れた声を出す。
それでもマドカは構わず続けるの。
「零組男子の四人も十組男子もさ。惚れ惚れするほどいい身体すぎて特に触れることはないなあと。キラリ……はいいや。ユニスさんはどのタイプが好み? あ、それとも鷲頭くんいないからだめ?」
「なんのことかわからないけれど。敢えて言うなら狛火野くんとか、沢城くんのような剣士として洗練された体付きがいいわね。月見島くんは骨太な感じがたくましくて頼もしいし、住良木くんは華奢に見えるけれど、骨格自体はしっかりしているから先が楽しみという点では好ましい」
わりとがちな感想の矛先は――……同じ十組の男子へ。
「トラジは月見島くんタイプよね。大柄で筋肉も発達している。腹筋に目に見える筋があるのは頼もしい限り。リョータは華奢だけど、鍛えるときっと沢城くんたちのようになりそう。ミナトは……あのばかはどうでもいいわね」
ふん、と鼻息荒く言うあたり、思うところはありそうだ。
「認めたら? ミナトも沢城や狛火野と同じで、結構しぼってたぞ?」
「……まあね。でも肝心なときしか本気にならないようじゃ、日常的な信頼を持つ相手にはできない」
「素直に言ったら? あいつが本気を出したらいつでもその気になるのにって」
「……うるさいわね」
むすっとする魔女さまにみんなで苦笑い。
それにフェチ話に持っていこうとしたマドカに対してわりと理性的にかわした手際はお見事。
気分を切りかえるように、マドカが私に抱きつきながら言うの。
「まあそういうのはお湯に流してさ。赤い月に備えてゆっくりしようよ」
「あたしも賛成」
「あたしもだ」
キラリとトモが二人で顔を見合わせてはにかむように笑い合う。
なんだか意外なものを見た気がしたよ。
◆
学校からの特別支給される制服に身を包み、グローブを嵌めて、帽子をかぶる。
ネクタイをピンで留めて、皺を伸ばした。
霊子船の船室で自分の姿を睨む。
緋迎カナタ、腰に二刀を帯びて戦闘態勢は整った。
『船長室より各位。これよりハッチにて戦闘機の離陸準備を始める。選抜戦闘要員は速やかに移動せよ。繰り返す――……』
シオリの緊迫した声に気を引き締めて船室を出た。
駆け足で走るラビと出くわして、一緒にハッチへ急ぐ。
鞘に包まれた刀を両手に握り、床につけて仁王立ちする獅子王先生の前に並んだ。
「そなたらはこれより修羅と化し、一年生の勇士に厳しい修行を課す者である。覚悟はよいな」
「「「 応ッ! 」」」
「卒業する三年生も見守っている。三日間の特別授業が終わり次第、そなたらの特別授業にシフトする――……当然、島の施設はあらかた破壊され、めぼしい物資は焼き払われる。そなたらが去年体験し、今年の一年生が体験しているよりもずっと厳しい環境に身を置くことになる。再び聞こう。その覚悟、とうにできているな?」
「「「 もちろんです! 」」」
「うむ。ならばよし! ゆくぞ!」
「「「 応っ! 」」」
それぞれヘリに乗り込んでいく。
遅れて参加した三年生たちが多い。戦闘用ヘリの操縦席には三年生の刀鍛冶が乗り込んでいる。ミツハ先輩のマスタースレーブシステムを把握し、使いこなせる指折りの実力者たちが俺たちを島へ運ぶのだ。
ローターは既に回転していた。しかし騒音が鳴るはずのハッチは静かなものだ。微かな回転音が聞こえるだけ。サイレントモードとでもいうつもりか。
予め指定されたヘリにラビと二人で乗り込む。
操縦席にいたのはミツハ先輩だった。
席に備え付けのヘッドフォンをつける。
『カラスワンより本部へ。これより第一陣、発進する。どうぞ』
『本部よりカラスワンへ。作戦を確認せよ。どうぞ』
『カラスワンより本部へ。目標時間になり次第、白兎が月を染め上げる。閻魔を投下。狐の資質を確認後、閻魔を回収して帰投する。以上だ……どうぞ』
『了解、カラスワン……作戦の完遂に期待する。発進を許可する!』
『ようし、いくぞ!』
ふわりと浮遊感を覚えてすぐ、ずっとスムーズに空へと飛び出していった。
ヘリが向かう。ラビが二本目の刀を手に微笑む。
『カナタ、ハルちゃんを相手にガチバトル……やりきれるかい?』
『シオリの目を通じて全体が見ているからな。八百長はなしだ。最初から全力で行く……手心は加えない』
操縦するミツハ先輩の背中を睨みながら、俺は姫の刀を握りしめて告げる。
『他の誰にも譲る気はないさ』
そうとも。
青澄春灯の資質を見極め、鍛え、導く役割は――……他の誰にも譲る気はない。
待っていろ、春灯。
全力で挑みに行く。赤い月の下で。
俺はお前の力を必ず引き出してみせる――……。
つづく!




