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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十七章 特別授業はサバイバルで生き延びろ!

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第四百二十四話

 



 二年生、初手に選ばれた侍候補生に対する教師陣と先輩、それにコナからの指示は単純。


『ユリア・バイルシュタインへの要請を告げる。暴れまくり、食料を食べきってニナ先生と共に帰還せよ。一年生への攻撃は許可するが、オロチを出すことを禁ずる』


 旅館の内部へ入った。受付のあるフロントフロア。最近改装されたばかりのようで、アジアンカフェ風の編み込みタイプのテーブルと椅子が設置されていて、一年生たちが集まっていた。

 彼らを背に刀を握るのは、住良木レオか。


「ユリア・バイルシュタイン! そこで止まれ!」


 彼の叫びに混じってくる圧倒的な霊子。それこそが彼の絶対的命令権の正体だろう。

 しかし――……彼自身が今だ未熟の身。しかしこの身は既にオロチと同化して久しい。

 神に人の命令など通用するはずもない。

 優雅に歩き続けるだけで彼の表情が強ばる。

 なるほど、兄に負けじと見事な容貌の持ち主だ。刀を手にした構えもなかなか堂に入っているが、クラスメイトの他の三名に比べるとその剣術は些か不安である。

 彼自身、それがわかっているのだろう。その場に集まる他の生徒に気づかれないようにポーカーフェイスに徹しているつもりだろうが、刃先に迷いを感じる。


「食堂はどこ?」

「くっ……素直に言うとでも?」


 住良木が呟きながら目配せをした。刀を抜かず、背後に手を伸ばす。

 殺気丸出しの誰かの首を掴んで、そのまま住良木へとほうり投げた。住良木同様に金髪の持ち主で、美少女――……とくれば彼女がコナから聞いた姫宮ランか。

 悪くはないが出自と積み重ねが違う。彼女の刃は己に届かない。

 焦りを見せる住良木に微笑みかける。


「大人しくするなら手出しはしない」


 歩き出す。迷わず立ちふさがる意気やよし。


「獅子王刀、私に勇気を!」


 挑んでくる住良木の踏み込みも、振り下ろしも――……やはり足りない。

 だいいち、


「刀に勇気を求めるな。勇気を持って握れ」


 心構えが足りなすぎる。

 懐に飛び込んで、胸に手を当てた。


「食らえ、オロチ。腹一分までだ」

「ぐっ――……」


 住良木から吸い上げた。

 耐えきれずに倒れ伏す住良木に悲鳴があがる。

 一年生たちを一瞥した。挑んでくる気概のある生徒はいないようだ。或いは住良木が言い含めてあるのか?

 どちらでもいい。話が早くて助かる。

 匂いを嗅いで本能の赴くままに進んだ。シチューの残り香がする。

 ふらふらと歩いていた時だった。見た目は悪くないのだが、どうにも残念そうな男子生徒が立ちふさがる。

 コナから見せられたファイルにあった。

 泉アム。女子生徒に大層だらしなく、目が無いという。異様に華奢に見えるが空手部の部員でかなりの使い手と言うが――……。


「なに? 邪魔をするの? 月見島あたりが出てくるのかと思ったけど」

「一応、俺らの三日分の飯なんでね。奪われるのは困るんで……先鋒だ」


 地面に手を当てて引き抜いていく。

 作られていくのは鉄パイプ。

 刀鍛冶だったか。コナが佳村と選抜した霊子の扱いが得意な三人の内の一人。

 くるくると回して曲芸のように踊り――……構える。隙はない。先ほどの住良木よりも手強い気配を感じるが。


「女性に手をあげるタイプには見えない」

「それを言われちゃうと弱いなあ」

「構わずおいで」


 明るく笑う泉に刀を抜いた。手招きをする。


「――……ッ!」


 迷わず飛び込んできて鉄パイプを振るう。迷いはない。

 それに軸を狙って本気で打ち込まれる。しかも切り返しが前提の乱打型。

 まともに相手をするなら下がらざるを得ないのだが――……


「オロチ、構うな。迷わず食らえ」


 刀に鉄パイプが当たった瞬間に囁いた。

 刀が鉄パイプを作りあげた霊子を一気に吸いこんで食らい尽くす。

 思わずよろけた泉の腹部に手を当てて――……同じように霊子を食らう。


「くっ、そ……そんなの、ありかよ……」


 倒れる一年生に一瞥をくれてから食堂の中を覗き込む。

 食材をカートに移した暁先輩の妹さんと月見島、それに一年生数名と目が合った。


「おー。食いしん坊が登場ですねえ」


 迷わず刀をすべて展開する月見島の思いきりのよさはいい。

 すぐに挑まずこちらを牽制するように己の戦力を余さず展開するのも悪くはない。それにしたって、素直すぎるが。


「逃げろ。時間を稼ぐ……組み合ったら終わりだ」


 思わず苦笑いが出た。

 港でニナ先生に挑んだ岡島といい、月見島といい……目標意識が低すぎる。

 冷静に評価するならば、こちらの戦力を甘く見ていないが故の発言と考えることもできるが。

 それにしたって将来的に不安を誘う言い方だ。それでは、


「わ、私たちも!」

「士道誠心の侍候補です!」


 大勢の気持ちをまとめきれない。

 月見島と共に刀を抜いたり、或いはお玉やまな板を構えたり。

 フロアにいた生徒たちよりも勇敢な生徒が集まっているようだが、まったく……。


「がんばえー」


 暁先輩の妹はマイペースに手を振るだけ。

 呆れたように笑って、月見島が構えた。


「ならば――……障害を排除する!」


 いや、それ下策だから。

 接近戦がまずいと看破したのなら、挑んできてはいけない。

 仕方ないな。

 駆け出す月見島と生徒たちを視認して、刀を地面に突き刺した。


「食らいつけ――……」


 刀の先端からオロチの霊子が這い進み、挑んでこようとするすべての生徒を捉えた。

 青澄春灯――……特別体育館で四月、彼女を苦しめたあの技だ。

 やりすぎるなよ、と兄に言われていたっけ。そう思って、囁く内容を変える。


「腹一分までね」


 すべからく霊子を奪って倒れさせた。

 声さえ出せずに悔しがる一年生の間を抜けて、食材の前へ。


「もぐもぐごくん! もぐもぐごくん!」


 必死に食材を食べている暁先輩の妹を睨む。

 三年生から要確認人物に指定された一人だ。

 暁アリス。彼女の資質だけが見抜けない。

 小さな子供にしか見えない彼女が、勢いをつけすぎて涙目になりながら必死に生の食材を口に運んで飲み込んでいる。


「なにをしているの?」

「たべられちゃうまえにたべちゃえば、ぜんぶ奪われたことにはならないと思って!」


 とんちか。

 ちょっと笑ってしまった。

 なるほど確かに、捉え方次第では二年生の作戦は少しだけ失敗したのかもしれない。

 小学生にしか見えないか弱い体躯でできることは限られている。

 自分に立ち向かうよりも食材をなんとかしようとする考え方自体は大いにありだと思う。

 なるほど、暁先輩の家族らしい。

 あの人は出会った頃からずっと、侮れない不思議な人だった。


「もぐもぐごくん! もぐもぐごくん! もっ――……」

「それ以上たべたらお腹を壊すよ」


 必死に食べ続ける健気な彼女の首裏に手刀を叩き込み、気絶させる。

 食材に手をかざし、オロチを通じて飲み込んだ。後にはもう、何も残されてはいない。

 作戦は達成した。あとは撤収するのみ――……。


 ◆


 まずノンちゃんが復帰した。

 惑うノンちゃんにニナ先生が微笑む。


「あなたのしたいようになさい」

「は、はいです」


 私たちの回復に勤しむ中、ユリア先輩が満足げな顔をして旅館から出てきたの。


「作戦完遂。帰還します」

「そうね。帰りましょうか」


 大きな犬の背に乗って、二人は駆け去っていった。

 プロペラ音が遠くに聞こえる。そちらへ全速力で。追いかける元気も気力も、私たちには残っていなかった。

 憂鬱になりながら、それでも港に行った四人を散らばっている封筒と一緒に回収して回復し、旅館のフロアに集まる。

 みんなそれぞれに反省することが多すぎた。

 痛感していたよ。やることが明白だからあとは頑張るだけなんだけど、敗北の味がきつすぎて私たちは意気消沈していたの。

 気持ちが上向きにならない。どうするべきか悩み、けれど時間が過ぎていく。

 レオくんもマドカも、カゲくんも黙り込んじゃっていた。

 アリスちゃんだけ、しゅんとして「もっと食べておけば」とか言っていたけど。どうしたものかと思っていた時だったの。


「あのー。佳村さん、いいですか?」


 食堂に全員集まっていたかと思いきや、ただ一人だけこの場にいなかった子がいたみたい。

 眼鏡をかけたボブの子が廊下から顔を覗かせてきていた。


「柊さん、どうかしたのです?」

「港で回収したサンプルの霊子を解析して、回収用マシンロボを展開。全員の課題を回収しました」

「えっ。ほ、ほんとですか?」

「柊はできる女ですから」


 どや顔で言う女の子の後ろから、島に下りた時に私たちを襲ったドローンによく似たのが出てきた。何台も飛んでいるそれには掃除機がついているの。

 彼女が指を鳴らすとドローンが空中に熔けて消えて、封筒がばさばさばさって落ちてきた。

 あのヘリが吐き出したもの。


『個別の課題を散布します。みなさんが本日中に回収し、明日までに達成できなければ強制的に退場とします』


 シオリ先輩はこう言っていた。なら、あれが課題なんだ。


「じゃあ……とりあえず、配ります?」


 ノンちゃんが恐る恐る問いかけると、レオくんが頷いたの。


「そうだね……そうしようか」


 急いで仕分けに入るノンちゃんを見て、ルミナちゃんとかキラリとか、私もそうだし手持ちぶさただったみんなで寄っていった。

 キラリは言ったよ。


「それぞれのテーブルに一山くばって、みんなでやろう。気分転換になる」

「そうだね。うちもそれがいいと思うわ。いいかなー?」


 努めて明るく、よく通る声で言われると不思議と気持ちが引っ張られていくの。

 みんながどんとこい、とばかりに頷くから、出てきた生徒で封筒の束を集めてそれぞれのテーブルに配っていった。

 クラスごとに分けていく。それが終わったら、各クラスのテーブルに配っていくの。

 ひとしきり終わった頃を見計らって、またしても――……ぴんぽんぱんぽん、という音がした。


『一年生のみなさん。食料防衛ミッションは残念ながら失敗――……と、二年生の総意としてはそう結論づけたいところですが。待って、そんな顔をしないで?』


 シオリ先輩の声だ。私たちのことが見えているみたいに言うの。


『ミッション発動時点でのすべての食材を奪おうとした我々の侍は、ごくごくささやかな量ではあるものの、ごく一部を奪うことができませんでした』

「どや! 幼女のお腹の中にあるんやぞ!」


 アリスちゃんがすかさず自慢げに笑う。


『というわけで……ごく一部だけになりますが、物資の進呈です』


 じゃじゃーん、という音がして天井がかぱっと開いた。そして紐にぶら下げられて巨大な箱が落ちてくるの。床につくなり紐は溶けて消え去り、天井の穴が閉じていく。


『理想的な品ではないかもしれませんが、ともあれみなさんの気持ちを繋ぐものになれば幸いです。がんばってね? それじゃ、個人課題の健闘を祈る!』


 ぴんぽんぱんぽん、と聞こえてそれっきり。

 すかさず立ち上がって箱を迷わず開けたのはマドカだった。

 気になって歩み寄り、中を覗き込む。

 なにがはいっているのかな――……。


「ケーキと……たくさんの、紅茶の箱?」


 それこそ全員に配れそうなたくさんのぷちケーキの山に、全員分まわせそうなティーバッグの箱だ。


「なになにー? あ、ええやん! 時間もたぶんきっとお菓子時だし、たべよ? ねー! みんなも気分転換したくないー?」


 ルミナちゃんの声はひょっとしたら、ひょっとせずとも私たちの気持ちを引き寄せる魔法の結晶なのかもしれない。すぐにファンの子たちが「したいー!」と声を上げる。


『おぬしもほれ、どちらかといえば同じ事をするべき立場じゃぞ?』


 うっ。タマちゃんの言うとおりだ。反省します……。


「よっし。じゃあお湯をわかさないとね。えっとえっと。岡島くーーん! 頼めるかなー?」

「もちろん」


 ルミナちゃんの迷いのない呼びかけにすっと岡島くんが立ち上がり、調理場へ移動する。料理班もあわてて後を追いかけるの。

 すぐにお湯を用意して全員分のコップを用意。ティーバッグをいれてお湯を注いで回る。

 ケーキの配布も率先して動く人たちでしていくの。

 すぐに準備を終えてお菓子タイムへ。その頃には個人課題の封筒も配り終えていた。

 椅子に戻ると私向けの封筒が置いてある。

 香りの高い紅茶とスイーツの香り。甘いのが苦手な子ももちろん中にはいるだろうけど、でも誰も不満を言わないのは……今の微妙な空気を変えたいと願っているからに違いない。

 レオくんが立ち上がった。


「いいだろうか」


 みんなが視線を向ける。


「僕らは……実に多くの問題を乗り越えてきた。それぞれにできる限りのことをして……いつしか錯覚していた。僕らにできないことはない、と」


 痛い。それが事実だから、痛い。


「けれど忘れてはいけなかった。二年生は僕らと同じ一年を歩み、さらにもう一年積み重ねていることを。そして……教師はさらにその先を行っていることを」


 その通りだ。

 ユリア先輩もニナ先生も、私たちのずっと先にいる。それはもう疑いようのない事実だった。


「だが……だから、なんだ。僕らが負けていい理由にはならないじゃないか」

「レオ、くん……?」


 意外な進行に驚く。


「僕は悔しい。今回の件で……もっとできることはあったはずだ。みんなはどうか」


 尋ねられてそれぞれにそれぞれの感情が浮かんでいく。

 どこか他人事――……なんて距離を置いていられる人はいない。

 それがひょっとしたら士道誠心に集まる生徒にかけられた魔法なのかもしれない。

 小学生みたいにどこか素直で、前向きでさ。だけど高校生だから素直に言うほど無邪気でもいられなくて。ひねていたりいなかったり。

 声を発さないところがいい証拠。でも……だからなんだ。私たちはまだまだやれる。そういう気持ちを持っていることにかわりはないんだ。


「やろうじゃないか。個人課題を乗り越えよう。それだけで終わるとも思えない。なら、次はもっと先を目指そう。僕たちが刀を手にして、この世界を変える力を手にしたのは――……諦めるためじゃない」


 引き抜かれた刀を見つめる。

 強く鈍く光る刃先が掲げられる。


「掴み取るためだ。己のできる可能性を――……気持ちを新たにしたのなら、スイーツを食べようか。そろそろ、紅茶の具合がいい頃だと思うから」


 微笑みながら納刀するレオくんにすかさずマドカが言うの。


「お菓子いただきまーす!」

「「「 いただきますー! 」」」


 女子がすかさず乗っかって、男子も続いていく。

 席に座ってレオくんがマドカにお礼を言っている。

 前にあるリーダー席を見たの。

 レオくんと姫宮さん、マドカにシロくんとカゲくん。

 それぞれにぷちケーキを食べながらいろいろしゃべりあっているの。

 じいっと見ていたら、肩を揺さぶられた。


「青澄ー。おまえの封筒、どんなだったー?」


 茨ちゃんが私をじっと見ていたよ。

 あわてて封筒を開けてみた。


「えっとねえ……どれどれ?」


 中には黒いカードが入っていたの。

 あれこれ意匠のついたカードに白字で書いてありました。


『教師指令:歌唱と戦闘技術の向上のため、両者の合わせ技となる技の開発』


 ……うっ。とうとうこれがきたか。歌うだけでも、戦うだけでもなく。

 どちらも重ねてできるような技術の開発。

 なるほど確かにこれは私のための課題に違いない。

 まだあるよ?


『先輩指令:両目の魔眼の向上』


 ううっ。か、カナタ発信かなあ。

 右目は元々何度もお世話になったけど、左目はまだまだ未発達だ。

 発動したりしなかったり。しても無作為に魅了してしまう力。

 まだ力の欠片も見いだせていない。

 一つ目に続いて二つ目も難問だぞ? それにまだあるよ。


『部活指令:困っている生徒がいたらお助けすること!』


 で、ですよねえ。軽音楽部からは特にないみたいだけど。

 元より当たり前にやらなきゃいけないことだ。

 どれも二日間でやらなきゃいけないとしたら、寝ている暇なんてなさそうです。

 しょぼくれながら、最後に書いてある一文を見たの。そこにはね?


『生徒会より特別要請:九尾としての戦闘技術の向上のため、月が赤くなったら港へくること』


 なんて、しれっと書いてありました。

 嫌な予感しかしない。

 私のカードを見た茨ちゃんは苦笑いをして囁きました。


「大変そうだな」

「……う、うん。茨ちゃんのは、どんなの?」


 明日までに乗り越える課題がそれぞれに設定されているのだとしたら、それの程度が知りたいのですが。これこれ、と渡された真紅の縁の白いカードには流麗な字で書いてあった。


『教師指令:茨木童子と協調し、その力を思うさま使えるように必殺技を開発せよ』

『先輩司令:化粧くらいできるようになりましょう』


 その二つだけ。あ、あれ?


「茨ちゃんはそれだけなの?」

「まーなー。どっちも俺からしたら……おっと。あたしからしたら、かなりの難題だけどな。化粧道具とかそもそもねーし」

「ああ……」

「でも裏にさー。書いてあるんだよ」


 これこれ、とカードの裏を見せられる。

 そこには確かに書いてあった。


『月が赤くなったら山の頂上へ。必殺技を使えたら、化粧品を進呈する』


 眩暈がする。

 もしかして、もしかしたら……かなり念入りなプログラムが進行していないだろうか。


「は、羽村くんはどういう課題だった? 二つだけ?」

「俺のは先生、部活、先輩からの指令だな。どれも一緒で、踊りと戦闘の融合を目指せとさ。本来なら沢城くらい動けるだろうから、それをやれって書いてある。月が赤くなったら街に出て戦え、だと」

「おおう……神居くんは?」

「……暴走せずに戦えるようになれって」

「そ……そっか」


 それには納得しかないから頷いちゃったんだけども。


「岡島くんは?」

「御霊の制御……暴走するところが急所だから、克服しろって先生から。あとは……今晩の食事で全力を振るえ。作ったメニューを指定の場所へ届けろって部活から指示が先輩と部活から出てる」

「な、なるほど」


 本当に、それぞれにいろいろと考えてあるみたいだ。

 二年生発信というだけじゃない。学校全体がそれぞれに具体的な方向性を提示してきている。指示は曖昧だけど、逆に考えれば達成できる限り手段は問わないということに違いない。

 ざわついていくフロア。みんなの気持ちは課題に向かっていく。

 明日までに乗り越えられるか、否か。脱落するわけにはいかない。なんかそれって、情けないもの。

 漆黒のカードを睨んで、気持ちを新たにする。


「ようし、やるぞう!」


 ◆


 ハルがその気になっているのを遠目に見て、羨ましくてたまらなかった。

 山吹マドカと書かれた封筒の中にある、ルルコ先輩の匂いのするカードと睨めっこする。


『教師指令:無数に出せる己の名もなき刀に名前とありようを与えること』


 これは――……誰にも言ったことがない、けれど内心で抱いていた課題だから別にいい。

 問題はその下だ。


『部活指令:一年生の課題をすべて達成させること』

『ルルコより特別要請:一年生の課題をすべて達成させること』

『生徒会より特別要請:一年生の課題をすべて達成させること』


 なんで三者がよりにもよって一番の難題をふっかけてくるんだ。揃いも揃って。あんまりじゃないか?

 気が遠くなってカードを裏返すと、見慣れたルルコ先輩の丸文字で書いてあった。


『マドカちゃんならできる。一年生みんなの力を借りて頑張ってみて?』


 だってさ。

 そう言われてもなあ。気が重いよ。

 個別にいちいち課題を聞いて回っている時間の余裕はない。

 この指令と特別要請を乗り越えるためには、必要な力がある。

 すっと立ち上がって十組の集まるテーブルへ向かう。

 キラリは自分のカードを手に、クラスメイトと話していた。


「――マチのそれは無茶ぶりだな。鮫に限らずいろんな生物を出せるようになれとか……ん? なに、マドカ」

「ちょっといい?」

「なんだよ」


 席を立つでもなく、不思議そうに見上げてくる少女。

 天使キラリ。人の願いを星に変えて、寄り添い叶える少女。

 それゆえに人々の心を聞く力を持っている。彼女がいないと、始まらない。

 とはいえストレートに言うのもな。どうしたものかと戸惑っていると、周囲の生徒がちらちらと視線を向けてきた。

 奇しくも十組は九組、零組と同じテーブル列にいる。ハルやユウがこちらを気にし始める。

 笑ってなんでもないよう取り繕って、キラリの獣耳に唇を寄せた。


「二人きりで話したいんだけど」

「……変な話じゃないだろうな」

「お願い」

「……しょうがないな」


 なんだかんだで付き合いがいいし、困っている人を放っておかないことに決めたキラリは頼もしい。中学まで鬱屈した人生を送っていた分、しっかり生きて報いようとしているのだという。

 二人で離れて、カードを差し出した。するとキラリは律儀に自分のカードを私に見せてくれた。そこには書いてある。


『教師指令:星や必殺技に頼る以前の根本的な戦闘技術の向上』

『先輩司令:必殺技や星を使った技のさらなる開発。月が赤くなったら山の頂上に移動して披露すること』

『部活指令:困っている人をお助けすること!』

『ルルコからの特別要請:へこたれそうな人がいたら、意識的に助けにいってあげてね?』


 なるほど。戦闘面での指令と共に、日常的な姿勢に対する要請がなされる傾向でもあるのかもしれない。そう納得してキラリを見たら、私のカードを睨んで面倒そうな顔をしていた。


「よくもまあ、あんたも無茶ぶりされるもんだ。これ、無理だろ」

「そうはっきり言わないでよ! これが達成できなかったら私の特別授業が終わっちゃうんだから!」

「そうだな。まあ……でもわかった。要は、これを解決するために力を貸せっていうんだろ?」

「うん。キラリの願いを聞き届ける力があれば、あちこちで困っている生徒を見つけ出して、働きかけられるかなって思うの」

「……だからってすぐに解決できるとは思わないけど。あたしの課題もなかなか重たいからな。戦闘面での課題が終わったら、いくらでも付き合うんだが」


 歯がゆくて足を踏みならしたくなる。

 いや、あのさ。それ待っていたら、間に合わなくなるよね?

 もどかしい気持ちで腰にある刀に触れて――……理解した。

 ああ、なるほど。

 私への戦闘面での課題が単純だったのは、そういうことか。


「よし、わかった。戻るよ」

「え? ちょ、手を引っ張るな!」


 キラリの手を掴んでフロアに戻った。まだ誰も外に出ていないようだ。

 ほっとしつつ手を叩いて注目を集め、声を上げる。


「課題をそれぞれ確認した頃だと思うの。みんなに聞きたいんだけど、戦闘面での課題を課された人ってどれくらいいる?」


 ハルをはじめ、侍候補生が全員手を挙げた。

 顔が引きつりかけたけど、堪える。刀鍛冶は佳村さんをはじめ、数名程度。だが確かにいた。

 思考して、決断する。


「侍候補生はすべて外へ。夕方までに一人ずつ、私がなんとかする。近々で達成しなきゃいけない生徒を優先するから……刀鍛冶は佳村さんに任せていい?」

「は、はいです!」

「じゃあ移動しよう! きびきび行こう! 期限は明日までなんだから!」


 手をばしばし叩いて行動を促すの。

 悔しいけど、学校側からのアクションでやることが明白になると、取るべき行動も自然と変わってくる。

 今晩のご飯の食材とか下着や服の手配とか、考えなきゃいけないことは山積みだ。

 送り出している間に佳村さんに接触して、そのあたりの手配を済ませてから外へ。

 一年生の侍候補生がずらりと並んでいる姿は壮観だ。

 己の刀を手にして、内心で震え上がりながら私は切り出した。


「恐らく戦闘課題は、現状の力を把握して、より強くなるためにできることをしろ、という内容だと思う」


 全員の顔を見渡した。異論はないようだ。なにより!


「――……私は相手の力をくみ取ることができる。だから」


 さあ、言うぞ。他にやり方はあるかもしれないけれど。

 時間に余裕がないのなら――……だからこそ、気を遣う。


「全員を相手に組み手をしない? 私が課題を乗り越える策を提案するから、なんとかものにしてくれる?」


 ケンカをふっかける。


「――……へえ、面白いじゃねえか。じゃあ、まあ……俺からいかなきゃ話にならねえよな?」


 迷わず歩み寄ってきたのが沢城くんなんだから、泣きそうだ。

 けど笑ってみせる。

 彼はわかっていた。生徒がその気になるためにも、戦闘面で目立つ彼が挑んでくることには大きな意味がある。


「いいぜ。俺の課題は――……斬るべきを斬り、斬るべきでないものを斬らぬ理の剣を手にすること。お前に俺を教えることができるのか?」

「もちろん」


 刀を抜いて突きつける。


「いくらでも。できなきゃ話にならないからね」

「はっ! じゃあいくぜぇ!」


 飛んでかかってくる沢城くんと刀を合わせた。

 試すようにこちらを見てくる生徒たち。でも、だめだ。これじゃ足りない。

 視線でハルを捉えて、己の積み重ねを引き出す。金色の刃を手にして分身した。

 ハルの力ならもうすでに私の中にある!

 まずは二体の分け身で吠える。


「ほらほら、他にはいないの? 時間に余裕はないよ、やらなきゃいけないことがある生徒! かかってこい!」


 思考は三倍の労力を要する。

 沢城くんの相手をしながらだから余裕なんてない。

 なのに、ああ、それなのに。


「なら、僕が。ご飯を作らなきゃいけないから……酒呑童子を制御したい。相手を頼むよ」


 己の刀を胸に突き刺す岡島くんと、


「なら俺も! 技を作って岡島の手伝いしたいから!」


 同じように振る舞う茨さんなのは何かの悪い冗談か。

 いいや……これを乗り越えられないようじゃ、とても全員の課題を乗り越えられないに違いない。

 三体すべての頭が熱を帯びる。

 思考しろ。反射しろ。そして相手の力を感じ取れ。

 山吹マドカが命を賭けるなら、まさにここからに違いないぞ!




 つづく!

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