第四百二十三話
八葉くんを交えて二年生の傾向解析を始める。
シオリ先輩のように情報技術に特化した生徒がいればいいけど、残念ながら思い当たる人はいない。もしかしたら隠れている可能性はあるけど、現状では表に出てきてない。
八葉くんみたいに一歩引いている人もそれなりにいるのだろう。わからなくもない。小学校ではもてはやされる秀でた部分は中学校になって目障りになって陰口をたたかれ始め、高校に至っては様子見にうつる。そんな人生経路を歩いてきた人もいるだろうから。
とりわけ士道誠心に集まる生徒はどこかがちょっと非凡だ。当然だよね。現代において刀を求める精神がありきたりなわけがないから。
たとえいまの士道誠心の中で埋もれていたとしても、彼らにはそれぞれの物語があって然るべきだろう。残念ながら、どれだけ耳を澄ませて、目をこらしても、そのすべては追い切れないのが現実だけれど。
ひとまずは輪に入ってくれた八葉くんに尋ねる。
「ねえ。八葉くんなら……どういう手段に出る?」
「まあ、二年生の動きについてはさっき言った通りだよ。けどなー。シロあたりもう言ってそうな気がしたけど。先生でてこないのとか、三年生が絡んでこないの、おかしくね?」
何気なく口にされた言葉に全員で顔を見合わせた。
住良木くんは頼もしそうに八葉くんを見ていたし、それは結城くんも一緒だった。
理解する。目の前の状況に視野が狭まっている私たちの感覚を。そして八葉くんはもっとずっと冷静に全体を俯瞰していることを。
「つまり?」
「山吹、俺に聞くなよ。わかってんだろ? ――……先生か、三年生が攻めてくるかもしれないってことだよ」
ぞっとする指摘だった。
けれど真っ先に考えるべき想定に違いなかった。
「に、二年生に任せているのなら、ある程度は二年生に委ねるんじゃないか?」
「だとしても仕掛けのタイミングと大枠の流れくらいじゃねえの? これが学校の行事で、授業である限り、どこかで先生が介入する方がむしろ自然じゃね?」
「――……そ、そうだな」
「まあ全体的なイベントは二年生が考えてるっぽいけどなー。午後に空白の時間ができるなんて無駄なこと、学校側がするはずないだろー」
「……むう」
八葉くんの言葉に結城くんが腕を組んで考え込む。
「というわけだから、シロ。知恵を出せ!」
「くっ……わ、わかっている!」
痛感した。
この二人は組ませておくべきだ。
住良木くんと視線を合わせてうなずき合う。
「八葉くん。状況分析と対応の提案、お願いできるかな」
「おー、いいぜ。まあ青澄に言われて仕方なくきたけど。俺も今回の授業はクリアしてえし。まあどっちもぶっちゃけシロに仕事振るけどな」
「おい! カゲ、きみが振られたばかりじゃないか!」
「お前の方が得意だろ? 俺は無茶ぶりする方なの」
「わけがわからない!」
「まあまあ。とにかくシロとセットにしてくれりゃあ、なんとかするよ」
「まったく……最初にそう言えっていうんだ」
二人とも仲いいなあ。
あっさり笑って言ってくれるなら、もっと以前から加わって欲しかった。
いや……言うまい。
八葉くんのような生徒がもっと自主的に行動できる空気を作ること。それが私たち全員の課題に違いない。
ルミナちゃんのトークに思考が引き寄せられる。
「とゆーわけで、青澄春灯さんによる明坂29のシングルメドレーでした。春灯ちゃんの曲は大事な場面でとっておきたいからこういう流れになったんだけど、お答えいただいた現役歌手に感謝! さてさて、それでは今日の士道誠心の主役は君だ! のコーナーです! 今日はぁ――……」
ルミナちゃんが名前を呼び上げて特徴を語る。
名前を呼ばれた生徒が照れくさそうに周囲の生徒と話して、ルミナちゃんを見る。
ああいうコーナーがもっともっと必要なんだな。
それに……午前中の動きを評価して取り込む流れも必要なんだ。
とはいえ情報を統括してまとめて分析する役割が必要だ。
ルミナちゃんあたりにお願いしてみる? マシンロボの通信担当で顔が広いルミナちゃんなら持ってこいかもしれない。放送委員会メンバーもコーナーの取材で各クラスに顔を出しているだろうし。
ひとまず午前中に派遣した各班の責任者から報告を吸い上げて、二年生の先輩たちや学校側よりもっと的確に個人個人の評価をしていかないと。
――……なんだかいよいよマネージャーじみてきたな、私。
考え込んでいる場合じゃないか。確かに八葉くんの言うとおりだ。タスクを振っている生徒ならいざ知らず、そうでない生徒は午後はまるまる宙ぶらりんになる。
そんな無駄な状況を、ここまで大がかりな仕掛けをした特別授業で学校側が許すはずがない。
どう仕掛けてくる? 二年生がくる? 三年生がくる? それとも先生?
いずれにせよ……戦闘面において一年生の体勢は盤石だといえる。
初っぱなから必殺技をぶっ放すメイ先輩とかじゃない限りはいけるはずだし、これが特別授業であるなら即座に敗北が決定するような手段は取らないだろう。
そう見積もって、私は住良木くんに旅館の守備班について提案した。
守り切れると信じて――……。
◆
マドカに「ハルも防衛に出てくれる?」と言われたので、食事を終えて後片付けを済ませて旅館の外に出たの。
下り坂が港に続いていて、途中にはたくさんの民家があるよ。後方にはとても大きな山があって、そこまでには林が広がっていました。島の西部にある住宅地には高校と中学が建設されていて、そこから北と南に延びていくように田畑や果樹園が広がっている。
港にはいくつかの船が停泊していた。漁船かなあ。
あれだけいたマシンロボは駆除されて、今では風の音しか聞こえない。
遠くに浮かぶ船が見える。小指大のサイズで、それがどんな船かもよくわからないけど。
ぼうっと見ていたら、鼻で笑う声が聞こえたの。
「アホみたいだから、口くらい閉じろよ」
「あ、あはは」
ギンに怒られちゃいました。お恥ずかしい。
周囲を見渡す。
三階建て、地下もある広々とした旅館の入り口には内地にあるような駐車場はない。
そもそもバスも車もあまり見かけない。せいぜい民家のそばにあるスクーターくらいかなあ。
どうにかして動かせないか確かめている羽村くんと神居くんがいて、腕を組んで瞑想をしているタツくんがいて。シロくんとトモ、狛火野くんとキラリ。ギンのそばにはノンちゃんもいた。
マドカがレオくん、姫宮さんと顔を合わせて話し込んでいる。
岡島くんと茨ちゃんがいて、少し離れて十組の子……特に鷲頭くんとカゲくんが笑い合っていた。そういえば、と思い立って近づく。
「ねえ、カゲくん、カゲくん」
「ん? なんだよ、青澄」
「例のポテチ、どうなった?」
「んー? ああ、あの結果な。五組の泉が全部持ってった」
「……泉くん?」
知らない名前だ。
「あー。女たらしの二枚目だったけど、たらしすぎて現在三枚目の都落ち。学外には彼女が山ほどいるけど財布に使われてるっていうんで、参加資格抜群」
「しかしまあ俺らん中じゃあかなり経験豊富だったからな。総取りでダントツだったわ」
「ふうん」
誰が一番たくさんのチョコをもらったんだろう。地味に気になるから聞いたよね。
「ちなみに誰が一番だったの?」
二人は私の問いかけに笑顔で一人の男の子を見た。
岡島くんだ。茨ちゃんが足を広げて、ガニマタで立っているからそれをやんわりと注意している。その背中を恨めしそうに見て、二人は言うの。
「つうかまさかチョコ教室でお返し多くもらうとかずるくね?」
「その手があったかって感じだわ、まじで。何が憎いって、岡島は気にしてないところだよな」
「本命さえもらえればいいんだ、あいつは」
あー、と頷いちゃった。
なるほど。確かに私もお礼チョコあげたし、みんなもそのノリであげていたっけ。それじゃあ誰よりたくさんもらっていても不思議はないかも。
カナタもラビ先輩も学年の女子ほぼ全員からもらっているみたいだけど、お礼参り的な要素が多分に含まれている。となると、もっとも純粋に好意を集めた人という意味では岡島くんなのかもしれない。
まーねー。チョコを包むものたくさん用意してくれたし、企画から運営まで全部ひとりでやったし、なのに下心ぜんぜん出さずに真摯に対応してくれたし。しかも茨ちゃんに一途っていうところがいいよね。
そんな岡島くんが一位になると見抜いた泉くん、何者。地味に気になるところです!
「なんの話をしてるんだ、ミナト」
「トラジはコマチからチョコもらってよかったよなって話だ」
「うるせえな。お前だってユニスからもらったんだろ?」
「……チョコだけでしたけどね。どこかの誰かさんと違って」
ミナトくんが半目でトラジくんを見た。動じることなく、むしろすまし顔で微笑むトラジくん強い。
「はっ。淑女のエスコートもできないてめえが悪いんだろ」
「……ぐうの音も出ない」
「そっちの……八葉。てめえはどうだったんだ?」
「んー? 俺はまあ、ぼちぼちかな」
軽く笑ってカゲくんが指を折る。
「青澄、茨からの友チョコだろ? 陸上部女子からの部活仲間チョコだろ? まあ……その関係で本命からチョコはもらったけど。岡島教室のチョコだと本命か義理かよくわかんねーや」
のほほんと言うカゲくんをミナトくんが恨めしそうに睨む。
「カゲも結構もらってんじゃねえか」
「悔しかったら部活やれよ。いつも陸上に誘ってんだろー?」
「いいの。人前で汗水垂らして走るとか俺のキャラじゃない」
「そうかなー」
「そうなの!」
言い切るミナトくんをユニスさんが呆れた顔をして見ているんだけど。
だ、大丈夫かな。なんだか心配になっちゃうよ?
◆
霊子船――……ハッチに用意されたヘリに乗り込む人数、四名。
操舵手はミツハ先輩がやり、私はその手段を叩き込まれるべく副操縦席へ。
推薦で受験を終えているミツハ先輩は余裕の顔でヘリを操っていた。
既にプロペラが高速で回転している。いつでも飛び立つ準備はできていた。
霊子を伸ばして構造を把握し、仕組みを理解して思うとおりに操るマスタースレーブ。その仕組みは現世の操縦者からしてみれば裏技でしかない。かといって、それが楽勝というわけでもなく。伸ばした霊子がいかに繊細にヘリのあるべき挙動を引き出しているのか、探ってみると実感する。
涼しい顔でヘルメットをつけて操縦桿を握るミツハ先輩を見ていると尊敬の念しかない。
挑戦、結果分析、対処。基本的には物事はすべからくその三つで成り立っていると私は思う。サイクルが短い人ほど天才扱いされるし、望む結果を出すまで諦めない強さこそ、人間の強さの本質だとも思うのだが。ともあれ、ミツハ先輩のようになるには時間がかかりそうだ。
「並木! 考え事は後だ! 乗客は、これで十分なんだな?」
「ええ!」
大きな声で返事をしてふり返る。
本来なら島までの距離くらい、どうにでもできる我らが腹ぺこプリンセスと教師の顔を見て、それから前を見た。
ガイド役の生徒が合図を出してきた。
「カラスワンより本部へ。これより離陸する!」
『本部よりカラスワンへ。快適なフライトを!』
「いちいちふざけてるな。了解! しっかり掴まっていろ!」
ミツハ先輩が叫ぶ。ヘルメットについているマイク越しにイヤホンを通じて聞こえる声に緊張せずにはいられない。膝上にある修正版計画書を見た。あのいたずら白兎の変更点を踏まえて、シオリが直ちに用意してくれたのだ。
『十三時、告知。襲撃と共に散布開始』
手はずを脳内でシミュレートする。何度してもしすぎるということはない。
もはや師匠とよぶべきミツハ先輩の前で失態を演じたくはない。
気合いを入れよう――……そろそろシオリが島に告知する頃だ。
◆
獣耳を揺らした。遠くに見える船から何かが聞こえたと思った時だった。
島中からぴんぽんぱんぽん、と軽快な音が聞こえてきたのだ。
思わず刀に手を伸ばして身構える。
『こちら、士道誠心二年生本部。一年生のみなさん、お昼ご飯はいかがでしたか?』
シオリ先輩の声だ!
思わずマドカを見たら、マドカは爪を噛んでいた。
『巨大な食材が山ほど手に入って、さぞや安心している頃だろうと思います。ですが衣服の替えがなかったり、スマホが手元になかったりで、不便を感じている頃じゃないでしょうか』
まさしく。連絡が取れないのは地味に不便です。
『というわけで、午後の試練です。食料を守り抜いてください。みなさんの居場所は把握しています。そこを守り抜ければ、一定の物資を送ります』
どきっとした。
二年生が攻めてくるのか。
そう思って獣耳を澄ませると、船からどんどん音が近づいてきたの。
目をこらしてみたらわかる距離になってきた。ヘリだ。
『それとは別に個別の課題を散布します。みなさんが本日中に回収し、明日までに達成できなければ強制的に退場とします。全体の達成の割合次第では特別にボーナスを支給しますので、みなさん頑張ってください』
まるで運動会のアナウンスみたいに脳天気で棒なんですが、だからこその味わいがやばすぎますよ!
『以上、二年生からの告知でした』
ぴんぽんぱんぽん、とのどかに鳴り響く音にみんなが一斉にため息を吐いたよ。
「なんつうか……あれだろ? 攻めてくるのは。ヘリまで出して豪華だなあ、おい」
ミナトくんの言葉にカゲくんが笑う。
「マシンロボまで出しておいて今更って気はするけどな。でもヘリ一機だけってことは、相当自信のある戦力なのかな」
脳天気な言葉に最初に反応したのはマドカだった。
「キラリとユニスさん、あとは仲間さんと結城くん。それに岡島くんと茨さんの六名は直ちにヘリに向かってください! 司令、いいですか!?」
「ああ! 残りは旅館の防衛に回る! ラン、直ちに中へ伝達! 予め決めた防衛シフトに移る!」
「かしこまりました!」
あわてて走りだす姫宮さん。キラリが衣装を纏い、ユニスさんが壁に立てかけてある箒を手にした。トモがレオくんに尋ねる。
「ヘリは攻撃対象?」
「いや、刺激しないでくれ。戦闘用のヘリならこちらが危険だ」
「日本にそんなの、ある?」
「ここが隔離世で、あちらに二年と三年の刀鍛冶がいるなら侮るのは危険だ。形状の把握と確認をしたら、ヘリの行動を監視。何らかの攻撃手段に出たら対処。戦力が投下されたら、対応してくれ」
「わりと大ざっぱ。それも仕方ないか……まあいい。了解! シロ!」
トモが呼びかけて二人して港に飛んでいく。
キラリとユニスさん、茨ちゃんと岡島くんもそれに続いた。
一年生の中でも特に足の速い六人組が辿り着く頃にはヘリの姿が見えていたの。
翼の横に幾つものミサイルがついていた。わりとスリムな体型のボディから二人の人影が落ちてくる。ヘリは構わず島の北に飛んでいった。ぱらぱらと何かをばらまきながら。あれがシオリ先輩の言う個別課題なのか。
気になるのはあの二人の人影だった。
キラリたちは大丈夫だろうか。
不安になる私の肩に誰かが手を置いたの。ふり返ると、マドカが真剣な表情で私を見つめていた。
「ハル、集中して。二人だけの人影。だとしても……それでこちらの食料を奪えるつもりに違いない。となれば……ひとりは先生に違いないから」
「う、うん」
マドカの言葉になんとか頷いて、港を見た。
みんな、大丈夫かな……。
◆
全力で空を駆けて一直線。
「キラリ、あれ!」
「わかってる!」
先を行くユニスの言葉に叫んで返す。
見えてきたのは、尻尾を生やした我らが担任。
一緒に落ちてくるのは、確かラビ先輩の双子の妹だ。
食いしん坊で有名なユリア先輩が食料を奪うボスということか。
わかりやすい構図を作ってくれるな。
にしても……獅子王先生とかならいざ知らず、ニナ先生が来るとか。ちょっと一年生、舐められすぎじゃないか?
そう思いながら難なく着地したニナ先生を睨み、駆けていく。
まず最初に挑んでいくのは結城と仲間だ。雷みたいになって移動するあの二人が特別早い。
ユリア先輩を背に、ニナ先生が刀を振るう。
「吠えろ眷属! 駆けてのど笛に噛みつけ!」
ニナ先生の影から巨大な犬が二匹飛び出て、雷光を纏う侍候補生二人を難なく咥えて地面に押し倒した。
「吸い取り食らえ。我が物としろ!」
犬の身体が膨らんだように見えた次の瞬間にはもう、結城と仲間の雷光が消え失せていた。
二人は気絶したようにぴくりとも動かない。
あわてて足を止めて構える。
「だめねえ。初手で全力を出すなんて、よくない癖よ。圧倒して倒せるとわかりきっていない限り、戦力分析しないと」
「あ……」「く、そ……」
二人の悔しそうな声に微笑み、半ばで折れた刀をぶら下げて――……着物姿の女性が嗤う。
「ふふ……さあ、見ているだけ? それなら私たちはたやすく目的を達してしまうのだけど」
箒から飛び降りて、ユニスが私のそばで身構える。
岡島と茨さえ、二の足を踏んでいた。
ユリア先輩はニナ先生の後ろであくびをしている。舐められたものだと怒る余裕さえない。
「き、キラリ、どうするの」
「どうするもこうするも……岡島、茨。二人ならいけるか?」
囁いてみせるが、ニナ先生には筒抜けだろう。ふさふさの獣耳がどれほどの聴力か、確かめるまでもない。私にもネコミミが生えているのだから。
「コンビネーションか。考えてみれば……御霊別授業で先生と組み手はまだしてないな」
「……超こええんだけど。なにあの犬」
「茨、やるしかない……ただ、そっちの二人はどうにかして旅館組に伝達を。食い止めてみる……長くは持たない。さあ、行って!」
刀をぶら下げて、深呼吸をした岡島が己の胸に刃を貫く。
見届ける暇すらない。ユニスの手を掴んで全力で駆けだした。
遠吠えが二匹分。意気や良しと歓喜に叫ぶ犬二匹。でもどうしたことか。ニナ先生からはもっと多くの気配を感じるのは。
考えている場合じゃない。
「ちょっ、い、いいの!?」
「うるさい、だまれ!」
全力で逃げる。逃げるんだよ!
◆
遠くで犬の遠吠えが聞こえた。
星が瞬いて、キラリが駆けてくる。ユニスさんと手を繋いで。その後ろ――……ニナ先生がまるでもののけな姫に出てきそうな巨大な犬に腰掛けて疾走してくる。横に併走している犬の上にはユリア先輩が腰掛けていた。
ぞっとしたよね。
ユリア先輩にかかったら、文字通り食料をすべて奪われてしまう。しかも胃袋の中にだ。不可逆の奪取は、なるほど確かに明らかなピンチだった。
「ちょ、ちょっとマドカ。やばいんじゃない? 確かめるまでもなく四人ともやられちゃってるよ!」
「キラリの鬼気迫った顔なんてそうそう見れないよね」
引きつった顔でこぼすマドカは若干パニクってるみたい。
しょうがない。シロくんはもとより、あのトモがあっさりやられちゃう時点で異常事態。
でも私はいやっていうほど思い出した。
ユリア先輩の体術のやばさ。そして襲撃役を担うのがライオン先生じゃなくてニナ先生という時点で、想定しきれないピンチが迫っているんだって。
「じゃなくて! あの四人がやられちゃうってかなりやばいよ! どうするの!?」
揺さぶるのに、マドカはレイプ目状態でフリーズしている。
全力で走るキラリがついに追いつかれた。二匹の犬にべしってのしかかられてユニスさんとともに倒れ伏す。ただ踏みつけられただけじゃないのか、起き上がる気配なし。
だからこそ、
「しゃあねえ。月見島、厨房の守りを固めてくれ。慌てた中の連中が二次被害を出すかもしれないから、内部の指示は司令に任せますんで直ちに中へ。残りの連中は俺と一緒に時間を稼ぐ!」
「いいぜ。強敵が切れりゃあな」
迷わずギンが先陣を切って駆けだしていく。
十組の男の子たちがそれに続いた。のほほんと見守っているのはアリスちゃんくらいだ。
「んー。食料を持ち逃げ、ありなのでは?」
「そうだな! 頼む!」
何気なく口にされた可愛らしい声にレオくんが頷いた。
みんなで駆けだしてそれぞれの戦場へ向かう。
フリーズを終えたマドカがぐるぐる目になって叫ぶの。
「こ、こうなれば自棄だ!」
マドカ、それ死亡フラグだよ!
◆
ギンに向かってニナ先生が刀を向けた。疾走する犬の影から数え切れないほどの小さな犬が飛び出ていく。迷わず斬ろうとするギンもギンだけど、それにしたって犬の勢いが凄まじすぎた。あっという間に飲み込まれて、倒れ伏したギンだけが残される。
「ちょ、ちょっとこれ!? トラジ!」
「騒ぐな、リョータ! 諦めろ!」
トラジくん、諦めよすぎ! そう叫びたかったけど、だめだ。二人とも子犬の群れに飲み込まれて、ギンと同じ目に遭ったの。スーツを身に纏って挑もうとしたノンちゃんも、マドカも、誰も彼もが同じ結末に――……。
二の足を踏む私は子犬の群れに囲まれて、足を止めた巨大犬の背に乗るニナ先生とユリア先輩とにらめっこ状態になっちゃった。
「青澄さん……さあ、歌う? それとも戦う?」
ニナ先生に迫られた二択。どちらも結果は明白です。
「あ、あの……降参、というのは?」
「んー。評価を下げざるを得ないわね」
「ですよね……」
深呼吸をしてから、決意する。
「そっちが大群でくるのなら、こっちも大群で――……って、葉っぱがない!?」
「いろいろ残念ね。眠ってなさい」
「あっ、ちょっ、あっ、まって、あっ――……」
犬の大群に飲み込まれた瞬間、身体中の霊力がぐいぐい吸われてしまう。気がついたら倒れていたよね。みんなこれにやられたんだ、と理解するけど身体を起こせなかった。
去年の四月にユリア先輩に襲われた時のことを思い出す。
あれと似ている。圧倒的に違うのは、物理的に傷つけられるまでもなくただ力だけを奪われたという事実だ。さすがは先生ということなのかも。
『ふん……学びの機会ゆえ遠目に見ていたら、あっという間にやられおって』
『なに。これも修行だ』
ふたりとも静かだと思ったら!
『まだまだじゃのう』
わ、わかってるよ。
巨大な犬から下りて、ユリア先輩が旅館に向かう。
「ついていかなくて大丈夫?」
ニナ先生の問いかけに、ユリア先輩は微笑んだ。
「ごはんのためならなんでもできる」
その台詞で圧倒的説得力が出ちゃうの、ちょっと問題あるかもしれないと思うのは……私だけなのでしょうか?
つづく!




