第四百二十二話
畑が阿鼻叫喚なんだけど。
マドカに「キラリ、何かがあったら迷わずみんなを守ることを優先してね」と言われて送り出されてきてみた。護衛部隊に仲間トモがいて、他にも一年生の腕に覚えがある奴が集まっている。
だから手を出す必要性なんてないと思っていたのだが。
「ちょちょちょ! 白菜が! 白菜が襲ってくる!」
「手足はえてんぞ!」「なんで噛みついてくるの!」
繰り返す。阿鼻叫喚なんだけど。
手足が生えた白菜だけじゃない。ニラが刀みたいに宙を飛び交って襲いかかってくる。
どう見ても普通の野菜じゃない。暴れ回るたびに巨大化していくのは、なにかの悪い冗談なのか。そしてそれらの野菜に一瞬だけ星を見た。
『さあ……争え……抗うんだ』
ラビ先輩の楽しそうな声が聞こえるのは何かの悪い冗談か?
「――……全部、仕留める」
コマチが刀を振るい、空中を切り裂いた。その割れ目から出てきたジンベエザメがニラを飲み込んでいく。それだけじゃない。
「要するに根と余計な不純物を切り裂けばいいのよね? ならば!」
本を開いたユニスが呪文で出した風の刃で白菜についた余計なオプションすべてを切り裂いた。
劣勢を察した大根とカブのお化けを仲間トモと狛火野が切り裂いていく。
おかげで抱えきれないくらいの野菜が集まっていく。それはいいんだが。
ぷりぷりしたユニスが本を閉じてあたしを睨みつけてきた。
「ちょっと。現場責任者みたいに任されているのに立ちっぱなしでいないでよ」
いつもなら言い返すべきところなんだが、あたしはため息を吐いた。
「はあ」
「な、なによ」
「いや……野菜からラビ先輩の声が聞こえたんだ」
「……え? ラビって……副会長の?」
「そ」
あの兎野郎。もとい、先輩め。面倒なこと仕掛けてきやがって。
これじゃあ他の部隊も大変な目に遭っていそうだ。しかし、まあ。
「食材がでかいと安心感があるな」
「ええ、そう? 大きい野菜ってそれだけ大味な予感がするんだけど」
「食べてうまけりゃ、腹を壊さない限り正義だ」
「……あなたの理屈はずいぶんわかりやすくていいわね」
呆れた声を出すユニスを横目に腕を組む。
「問題はこいつをどう持ち帰るかだな……コマチ。ニラみたいに飲み込んで運べないか?」
「やって、みる」
トラジたちうちのクラスの男子がいたら問答無用で運ばせるところだけど、いないからな。リョータは牛とか鶏の確認をしに行く部隊に配属されちゃったし。
ジンベエザメを巨大化させて野菜を飲み込ませている。よしよし、これならなんとかなりそうだ。コマチがいてくれて助かった。
それにしても……。
「一年生、十一組。全員を食わせる料理なんて、いったい誰が作るんだ?」
呟いたけれど返事はなし。
一年生が全員集まっている今回の特別授業で実感する。
横の繋がりはまだまだ薄い。
狛火野とはちょっとくらい話せるとしても、仲間トモとはろくに会話したことがない。
畑部隊の面々を見渡して思う。みんなどこかぎこちないし、ぎくしゃくしている。
課題は山積みにしか見えないんだが。
大丈夫なのか?
◆
ちっとも大丈夫じゃないぞ、どうやら。
キラリたち食料部隊とその護衛部隊を送り出し、放送委員会とハルが会議を始めるのを見てから、月見島くんと沢城くんに旅館の防衛シフトについて打ち合わせてもらうよう打診した。
結城くんと住良木くんと私、それに佳村さんと姫宮さんの五人で会議を始めたんだけど。
「ショッピングセンターか何かあればよかったけど、ないんだよね」
住良木くんの途方に暮れた声に姫宮さんが項垂れる。
「ええ。それに着替えがバックパックに入っていなかったので、早くも女子から不安の声があがっていました」
そうだろうね。下着の替えがないのは地味に精神的にきつい。寝巻きは旅館の各部屋ごとにある着物を使えばいいけど、三日間ぶっ通しで同じ下着はなかなかハードだ。
特に学年一のお嬢さまと名高い姫宮さんにとってはハードルが高いだろうな。私もいやだし。
「炭水化物が取れないのは不安だ。米もじゃがいももないとしたら、結構厳しくないかな」
「ううん」
結城くんの言葉に唸る。
巷でよくきくダイエットでは抜かれがちな炭水化物だが、日常的に摂取している生徒の方が圧倒的に多い。白米や麺類のない食事となると、それだけで憂鬱になる生徒がいてもおかしくない。
三日間。短いようで長い。精神的なケアはなるべく怠りたくないのが本音だった。
「どちらも農家の倉庫を当たる班に任せているから、備蓄を見つけられればなんとかなるかもしれないよ」
「そうですわ。問題は着替えです」
「う、うん」
住良木くんはともかく、姫宮さんのような切り口は苦手みたいで、結城くんったらたじたじだった。やれやれ、助け船を出すか。
「なら、民家の下着類を集めるとか?」
「いやです。顔も知らない誰かの使用済みを使うなんて」
いやまあ、仰るとおりなんだけど。
「三日間、同じ下着を使わなきゃいけないよりはマシじゃない?」
「……で、ですが」
「わかるよ。いやなのは。私だって喜んでやりたいわけじゃないし。でも、ねえ。洗濯班を結成させて洗い乾かす流れをつくるとしても、その間は下着なしでいなきゃいけないわけで。できる?」
「そ、それは……」
姫宮さんが赤面しながらちらっと住良木くんを見た。
苦笑いを浮かべて住良木くんが言う。
「戦いに不慣れな生徒もいるだろうし、生活班を編制するべきだとは思う。洗濯班、食事、あとは旅館のお風呂周りかな。そこをカバーできれば、最低限の生活は確保できると思う」
「れ、レオさま」
「服に関しては民家から借用するしかないし、気が引けるなら洗濯中は下着に関しては目を瞑ってもらうしかない。洗濯中は行動不能なんて言われてしまうと、運営がかなり苦しいよ」
「で、ですが! わたくしは!」
「いや、ランの気持ちは至極まっとうだし、それが自然な意見だとは思うんだが……ちょっと名案がね」
そこでわざとらしく私と結城くんを見てくる住良木くんも、なかなかどうして大したタマじゃなかろうか。
「そうだな……佳村さん。霊子で下着を作ったりできない?」
「えと……できないことはないのですが」
「ほんと!?」
「あのあの。既製品と比べると、刀鍛冶の技量がもろに出ちゃうので。あまり期待されると困ります」
いかにも自信がなさそうだけど、問題ない。
「この際、完璧な既製品じゃなくていいの。男子はほら、フリーサイズのゴムで履けるトランクスタイプでいいでしょ? どう? 結城くん」
「あ、ああ。それでいいと思う。体型によってウエストのサイズをSからLLまで用意してもらえれば」
「女子に関してもスポブラかカップ付きキャミ、あとはショーツを確保できればいいかな……どう、姫宮さん」
この手の問題に関してはデリケートな人との妥協案がぽんと出れば、一番楽なんだけども。
「その……このような状況下で贅沢を言うべきではないとわかってはいるのですが。できれば元の下着を元に、複製品ができればありがたいな、と……佳村さん、難しいでしょうか?」
「えとえと……ひとりだけ、得意な人は思い当たるのですが。ちょっと……その」
みんなで顔を見合わせた。そこで言いよどむ必要性があるの、なにゆえ?
「コピーが得意な刀鍛冶は、男子なので……」
ああ、そりゃあ言いよどむわ……。
「無理だよね」「無理ですわね」
これには姫宮さんも大人しく降参した。
そりゃあそうだ。馴染みのない男子に、いまつけている下着を渡せはしない。
「私の案でいい?」
「……諦めます」
「す、すみませんです」
「「 いや、これは佳村さんのせいじゃない 」」
まさかの姫宮さんとのハモリ。
思わず顔を合わせて笑い合っちゃった。よしよし、気を取り直していこう。
「衣類に関して、あとは護衛部隊の衣装とか、日常の作業着があればいいかな」
「纏いだったか……あれを習得している一年生は十人もいないし、着替えは気持ちも切り替わるからね」
「そういうこと」
住良木くんに頷いてから、佳村さんに尋ねる。
「ジャージがいいかな。あとはフリーサイズのTシャツ。それも作れるならお願いしたいんだけど、どう?」
「刀鍛冶部隊でそれくらいはなんとか用意してみます!」
ふんす、と鼻息も荒く頷く佳村さんには言わなきゃいけないことがある。
「特に初日の刀鍛冶部隊の忙しさはかなりのものになるけど、お願いできる?」
「もちろんです!」
「お昼ご飯を食べてからでいいからね? お昼ご飯といえば、結城くん」
「ああ、既に調理する人材はこちらでピックアップしてある。岡島たち料理部の一年生が多いのは不幸中の幸いだった」
眼鏡を煌めかせてどや顔をする結城くん、頼もしい。
「なら……あとは防衛シフトと、二年生の仕掛けへの対応だね。司令、何かお考えは?」
私の振りに住良木くんは腕を組んで、右手で顎を掴んだ。
「そうだな。佳村さんは、柊さんという刀鍛冶とマシンロボの準備をしていると聞いたが」
「は、はいです。並木先輩から、マシンロボの試験も全面的に取り入れていくと聞いているので。ノンと並木先輩から見て、特に霊子の扱いが得意な柊さんにプランを練っていただいています」
「なるほど。島の状況がわかるのは、派遣した生徒が戻ってきてからか」
その言葉で住良木くんの悩みを察した。
「二年生が現状でなにかを仕掛けているかもしれない、と?」
私の問いかけに住良木くんは迷わず頷いた。
「ああ。ラビ・バイルシュタインはかなりの悪戯好きだからね」
正しい分析だと思いますよ、司令。
「並木生徒会長は常識人のようで、あれでかなり苛烈な方だ。それに尾張先輩の情報分析能力は決して侮ってはいけない」
「確かに……言われてみれば、シオリ先輩がいました――……ね」
何気なく喋りながら生徒が戻ってこないかふり返って――……見つけた監視カメラがなぜ、気になるのか。
考えるまでもないじゃないか。
すぐにカメラから視線を外して、ふっと浮かんだ考えを言おうとした口を閉じた。
「どうかしたのかい?」
「いえ」
気づかれただろうか? 半々だな。シオリ先輩もかなり勘が鋭いから。見ていたなら、ばれた可能性はある。けれど、そうでないなら……私たち一年生が監視カメラについて気づいていないように振る舞った方が、状況を逆手に取れるはず。
死角を探り、カメラを調べ、ここにいるメンバーにくらいは知らせたいが、今じゃない。
「マシンロボの人員候補、旅館の防衛シフトだけじゃなく、旅館にそもそも何か仕掛けられていないか探していきましょう」
別の角度から切り出して伝えた。誰にも私の意図は届かない。それでも構わない。今はまだ。
「やることは盛りだくさんですが、ともあれ……食材が届いたらお昼ご飯を食べて、備える方向でいかがでしょうか、司令!」
「ああ。山吹くんの策でいこう」
深く頷いてくれる住良木くんに、みんなで頷く。
とにかくいい加減、お腹がすいてたまらない。早く食材が届きますように。
◆
旅館に残っていた録音機材を使ってルミナちゃんと放送委員会の面々に歌のデータをあげて「ハルは料理お願いできる?」とマドカに指示されて調理場へ移動したの。
そしてあんぐりと口を開ける羽目になりました。
切り刻まれた巨大なエビの切り身。そしてテーブルを埋めつくす勢いで積まれた巨大な野菜たち。農家の倉庫から引っ張り出されたお米の巨大な袋とか、土をかぶっている見慣れた野菜たちとか、瓶にたくさん詰められた牛乳が霞むほど、まあでかい。他にも果物とか、当初の予想よりずっとずっと充実したものがたくさん並んでいるのに、海老と野菜に持っていかれる。
きゃっきゃと男子に囲まれてはしゃぐ茨ちゃんを見つめる岡島くん、苦笑い。そばにいるキラリもなんともいえない顔をしているの。
「……なにがあったの?」
「ゴカイで海老を釣った……というより。茨の針を狙って、二年生の先輩が仕掛けたエビが襲ってきた」
「こっちは野菜が化け物になって襲ってきたというか……」
二人の話の意味がよくわからない。
目をぎゅっと閉じて考えてみたけど、やっぱりよくわからない。
「ま、まあいいや。味はどうかな」
二人とも黙り込んでる!
ううん。ううん。調理部とか、料理に覚えのある生徒が次々ときてはぎょっとした顔をして食材を見るの、なんとかしたい。
とりあえず調理場にある包丁を手にして、海老の切り身をさらに一口大に切って、思い切って食べてみたよ。
もぐもぐ――……。
「ど、どう?」
「うまいか? うまいだろ? 俺がつったんだぞー」
どや顔をする茨ちゃんを見て、それから恐る恐る問いかけてきたキラリを見た。
そばには十組のコマチちゃんやユニスさんもいる。私を不安げに見ているのは、茨ちゃん以外の全員だ。
みんなが静まりかえる中、私は海老の切り身を飲み込んだ。
「……おいしい」
「だろー?」
嬉しそうに笑う茨ちゃんは可愛いけど、それよりも気になって白菜を切ってみる。さっと水で洗ってから、かじりついてみた。しゃくしゃく音を立てて、何度も噛んでから飲み込む。
「……あまい」
「いけるんじゃね? うまい飯、三日間やれるんじゃね?」
ほくほく顔の茨ちゃんに頷いてから、岡島くんを見たの。
すると岡島くんはもうすっかりやる気に満ちた顔をして、盛大に手を叩いた。
「それじゃあ、料理しようか!」
シェフの本気の声に、調理部隊が一斉に頷いたのでした。
◆
霊子船の甲板に正座をさせられたラビの頭に並木さんのハリセンが何度も炸裂していた。
「ばかばかおばか! 一年生が乗り越えられなかったらどうしていたの! けが人を出さないよう気をつけろ、だけど気が緩まないように演出をしろって、先生たちから言われていたのに!」
「あはは。だからシオリの監視結果から見てもわかる通り、誰も怪我していないだろ?」
「今回は二年生のチームで一年生を導くの! ターンを無視したスタンドプレイはもってのほか! 少しは反省しろ!」
「まあまあ。結果よければすべてよしだよ。一年生の食卓を三日間維持するだけの材料は提供できたわけだし」
「くっ! ああいえばこういう!」
きいい、と怒る並木さんを止める生徒は誰もいない。まあ……これくらいは俺たち二年生にとっては見慣れた光景だからな。
とはいえ親友が叩かれ放題というのも、ちょっと居心地が悪い。
「並木さん。これくらいのことで、今年度の窮地を乗り越えてきた一年生が屈するわけもない。それを見越したラビの行動だ。勝手をしたのは許せないが、そろそろハリセンを振る手を緩めてもいいんじゃないか?」
「……緋迎くんはラビに甘すぎるのよ」
「いや、なに。怒るよりも、ラビの仕掛けすべてを白状させて利用した方が得なんじゃないかと思ってな」
「――……なるほど」
並木さんの目がすっと細くなった。
「ラビ。白状なさい」
突きつけられたハリセンにやっと青ざめて、ラビが俺に救いを求めるように視線を送ってくる。
「か、カナタ。助けるならもっと穏便に」
「だめだ。俺にとっての春灯のように、二年生にとって一年生は大事な存在なんだ。脅かすというのなら、しっかりお仕置きしないとな」
「ううっ。カナタの意地悪!」
ため息を吐いて並木さんに委ねた。
それよりも甲板からレストランルームへ移動する。
巨大な客船を基軸に作成した霊子船で、二年生の調理部隊が去年とは比べられないほど見事な手際で食事を作っていた。
舌鼓を打っているユリアとシオリのテーブルに腰掛けると、ウェイターを担う生徒がすぐに料理を運んできてくれる。
並木さんのコナ劇場を愛する俺たち二年生の、こういうちょっとやりすぎるところが……個人的には好きでたまらない。
まあ、爆食いをするユリアがいるといろいろと台無しなんだが。それも含めて愛すべき仲間たちだ。
「星持ちシェフの元で中学時代ホームステイしていた奴がフレンチだってさ。チームを作ってきびきび料理してるよ。それもユリアにかかっちゃ形無しだけど」
シオリの言葉に苦笑いを浮かべる。
「一年の岡島に対抗意識を燃やしていそうだな」
「どっちも料理部だからね」
「一年も料理中か?」
「もうそろそろ出来上がる頃じゃないかな」
頷いていたら、前菜が運ばれてきた。ウェイター役やウェイトレス役の生徒がテーブルを程よく監視して、きびきびと動いている。統制の取れた動きは霊子船についたカメラを通じて先生たちや三年生に見られている。
何もかもがやり過ぎた遊び。それが授業になるんだから、士道誠心はおかしいし。だからこそ楽しくてたまらない。
この船を維持するために刀鍛冶たちは交代制で必死に働いているし、俺も食事の後は船の維持にあたる予定だ。
まだ春灯に会えそうにはないのだが。それにしても……。
「はあ」
「なに。まだハルちゃん眠らせたことを気にしてるの?」
「だまし討ちっていうのは、あまり好きじゃないんだ」
「例年どおり、一年生は二年生に騙されたり唆されて眠らされてあの島へ運ばれるんだ。仕方ないよ」
「それで納得するのもな」
「それよりご飯食べたら? ユリアが欲しそうに見てるよ」
「……ああ」
急いで食事を始める。慌ただしいことこの上ないが、しかし仕方ない。
三日間のスケジュールを完遂するためには気を抜いていられる暇などないんだ。
食事はうまかったぞ。しかしユリアが見つめてくるのは精神的にきつい。ラビが巨大エビを出したというが、その手際をどうかユリアにも使ってやってほしい。そうしないと、船の備蓄があっという間になくなるに違いない。
◆
レオくんの指示で、護衛部隊でさえ全員でお食事処のフロアに集められたの。
みんなに配られたのは岡島くんが用意した果実ジュースだった。酸味がきいたフレッシュミックスジュースを持つ。
みんなの視線を一身に浴びて、レオくんが立っていた。
「今日という日に、私たちは試練に挑む。三日間、何が起きるかわからない。不便は多いだろう。困難を強いてくるのは、普段、私たちに強い背中を見せてくれる二年生たちだ」
思いを馳せる。コナちゃん先輩、カナタ。他にもいろんな二年生の先輩たちが、私たちのためにあの手この手で試練を課してくるのだろう。
「しかし、どうだ。今、私たちはみなの結束のもと、食事を前にしている。日常を過ごしている。ならば……いつものように乗り越えられるに違いない。諸君らと共に健闘を。乾杯!」
「「「 乾杯! 」」」
みんなでグラスを掲げて声を上げた。そして隣にいる人とグラスを重ねて、飲むの。
身体中が蕩けそうな甘さに気持ちがぐっと華やいだ。
すぐにあちこちで食器が鳴る。
海老の身がたくさん入った濃厚クリームシチュー。足りない食材からなにから、岡島くんがあの手この手で工夫して、みんなにてきぱきと指示を出しながらこしらえた料理はみんなの食欲を大いに刺激しているみたいだ。
最初の五分はもうね、無言だった。先に食べ終えた男子がおかわり、と口々に言う中、そばにいる調理班のみんなで行動してよそう。
他にもご飯とかいろいろあるんだけど。なにせシチューがおいしすぎてやばかった。
ひとしきり落ち着いたところで、
「みなさん、こんにちはー! いやあ、なかなかの激動っぷり。まさか飛行機から落とされるなんて思いませんでした。うち、あの瞬間おもいましたよ。あれ? 殺し合いが始まるのかな? って。さすがに学校行事でそれはなくてほっとしましたよー」
ルミナちゃんがマイクを手に始めるの。お昼の放送、離島バージョンだ。
すぐに音楽が鳴らされて、いつもの空気になっていく。
耳を傾けたり、そばにいる仲良しとお話ししたりして、和んでいくの。
日常を作っていく。それによる安心感って、どれほど強いのか実感させられちゃう。
発起人のマドカはレオくんとシロくんと固まっていろいろと話し合っていた。
つくづく思う。
マドカってすごい。ちょっと並みじゃない。そんなの、割とかなり最初の頃からわかっていたけど。でもこういう機会になってみると痛感しちゃうんだ。
しみじみ感じ入っていた時だった。
「なんとなくさー。次に何が来るのか、予想しちまうよな」
カゲくんが言う言葉に思わず耳を傾ける。
「どういうこと?」
「海産物と農産物が巨大化だろ? としたら……次は肉が巨大化するんじゃね?」
「……な、なるほど」
安直のようでいて、でも大いにありそうだ。
牛さんとか鶏さんとか見てきたチームは野菜と海老の巨大化に大層驚いていたから、今回はまだ巨大化してないはず。でも、だからこそ、安心したところで……ぼかん! と巨大化して襲いかかられたりしても、全然不思議じゃない。
たとえばこれがお助け部の一年生だけの参加行事だったら、そこまでわかりやすい手は使ってこないだろうけど。今回の参加者は一年生全員だ。みんなにそれぞれ試練が降りかかるよう手配していたとしても、何らおかしくはないと思う。
やっぱりカゲくんは目の付け所がすごい。
「他にはなんか思いつくことある?」
「んー。そうだな。今日は二年生が直接手を出してはこないんじゃねーかなー」
「な、なんで?」
「ドローンも人型マシンロボも遠隔操作。巨大化食材も同じだろ? なら……今日はとことん、そのノリでくるんじゃねーかなー。並木生徒会長って、ある意味徹底してるじゃん?」
「……というと?」
「やるならとことん。やらないなら絶対にやらない、みたいな……わかりやすい人だと思うんだよな。青澄への対応みてるとさ」
「じゃ、じゃあ?」
「今日はたぶん、遠隔でいけるとこまでいくんじゃねえかな。きっと二年生にとっても、今回の三日間は授業だと思うし。そうなりゃ、今日の課題は一つにした方が二年生にとっても先生がたにとってもやりやすいだろ」
「おー!」
思わず尻尾がぶわっと広がったの。
「カゲくんもマドカたちのところに行って、今の話をしてくるべきだよ!」
「え。俺、そういうのはシロに任せるつもりで」
「そういうこと言ってないで! 私たちの授業にもいい影響あると思うし!」
「……でもなあ」
「カゲくんはもっと活躍するべきだと思うの! あんまり主張しないままいくと、ユリア先輩に引っかからないままいっちゃうよ?」
「お前さあ。そういうこと言うなよー」
しょうがねえなあ、と髪の毛をがしがし掻いて、カゲくんが席を立ってマドカたちの元に行く。その背中を見送ってため息を吐いたら、カゲくんの隣に座っていた羽村くんが笑ったの。
「あの面倒くさがり屋をよく動かしたな、青澄」
「羽村くんもなんとかいってよ。カゲくん、私たち九組の中心なのにさ。どこか引っ込み思案というか……もったいなくない?」
「そうは言うけどな。あいつは責任とかそういうの、苦手なんじゃないか? 神居からみたらどう思う?」
「え……まあ……カゲは、一歩引いてるとこ、あるし」
「だよなー」
笑う羽村くんに岡島くんが横目で視線を送る。
「羽村も同じ」
「え、俺に振るのかよ。それを言うなら神居だろ」
「ええ……茨みたいに笑ってる方が、いい?」
「なになに? 俺のこと呼んだ? ……こわっ。岡島わかってるって。私です。私のこと呼んだっていいました」
「「「 いってない 」」」
九組のみんながどんどん混ざっていく。
わいわい盛り上がる中、獣耳を揺らした。ルミナちゃんの明るく通る声に混ざって、カゲくんがシロくんに話しかける形でマドカたち中心メンバーの陣営に加わっていくの。
周囲を見渡してみた。
それぞれにそれぞれの調子で、今を楽しんでいる。
ルミナちゃんの呼びかけに答える生徒もちらほらと。うちの犬6は特に大ファンみたいでにこにこしながら聞いていた。
ひとまずお昼ご飯は何事もなく過ぎていきそうだ。
となれば問題はその後だけど――……
「八葉くん、そういうことに気づけるタイプならもっと意欲的に絡んできてよ」
「ええ? で、でもなあ……もう俺がそこまで頑張らなくても、十分というか」
「トーナメントとか授業で沢城くんに挑むばかりじゃなくてさ。いろいろ発案するの、似合ってると思うし。お願い。ね? いつだって危ないところで助けてくれたでしょ? それと同じノリで。是非! お願いします!」
「……まあ、じゃあ、そういうことなら」
マドカに促されてカゲくんが渋々だけど、その気になったみたいだし。
レオくんはどこかほっとした顔をしていた。
思えばカゲくんは最初の頃ほど、よく夢中になってみんなをまとめてくれていた。それを私も九組のみんなも、それに……レオくんやマドカだって知っているんだ。
あるべきところにまとまっていく。
きっと事件はいろいろ起きるだろうけど、乗り越えていこう。
みんなでね! それが今回の授業の趣旨に違いない!
つづく!




