第四百二十一話
必死にマニュアルを読み込んだ。操縦技術から構造解析、どう走るのかの理屈についてなどなど――……諸々必死に叩き込む。
俺と同じ二年生の刀鍛冶全員が苦しんでいた。我らが生徒会長の命令はかなり厳しいものだった。
霊子で作りあげた船は歪そのもの。対して、戦場を意識させた島での演出に合わせて第二段階への仕込みはかなり本格的。
「やべえもう無理だ……」
「コナちゃん、ちょっと限界だよ」
「つうか! これは淑女の嗜みであって男がやることじゃない!」
ユウリがぼやき、コユキが渋い顔をしていた。気持ちはわかる。
「並木さん、さすがに……いきなり三年生と同じ事をやるのは無理がないか?」
「緋迎くんまで弱気にならないで。隔離世においては常在戦闘の精神でいるべき。今年度の数ある事件を踏まえたら、わかるでしょ?」
「まあ……」
唸る。だめだ。並木さんに自省を促すなんて、俺には無理だ。
早々に諦めようとしたら、同級生の刀鍛冶たちがきつい視線を送ってきた。
みんなが訴えている。
『諦めるな』
と。
『お前がなんとかしろ』
と。
荷が勝ちすぎていると思うのだが、呼吸を整えてから切り出した。
「しかし、だな。次の仕掛けにこれはちょっとやりすぎじゃないか?」
「いいえ。むしろこれくらいやるのが必要なの! そもそも一年生はぽやっとした子が多すぎる! あの子といい、佳村といい! おかげでミツハ先輩に釘を刺されたじゃない!」
「――……なるほど」
みんなにアイコンタクトでサインを送った。
これ以上は無理。ミツハ先輩に怒られたとあれば、俺でも並木さんのように突っ走らざるをえない。
一斉にみんながため息を吐く中、並木さんのボルテージがあがる。
「わかっているわ! もちろんやりすぎだということはね! けど一年生を引き締めて、再来月には上級生になる自覚を引き出すためにも! 獅子は我が子を谷底へ突き落とすがごとく、窮地を作り出すの! だからやるわよ! いい!?」
「「「 了解でーす 」」」
「よろしい!」
テンションの差が激しいんだが、それはいいのだろうか。
まあ、ツッコミはしないが。明らかにやぶ蛇だからな。
それにしても――……
「あいつらはどうするのやら」
格納庫に並ぶたくさんの巨体を眺めて呟いた。せめて無事に終わりますように――……。
◆
トモとシロくんを軸にする高速移動によるネットワークの構築に岡島くんと茨ちゃんが加わり、一年生は早くも集団を形成して島の学校に集まることができたの。
マドカとレオくん、シロくんが三人で協議していたら、ギンがどこかから偵察に来て遭遇。ノンちゃんが旅館を滞在先に変えているというので点呼の後に移動。
旅館に集まって再度点呼を取ったら、脱落者なしでした。
まずはなによりだと胸をなで下ろして、九組のみんなと合流するの。
レオくんが主体的に指示を出して、みんなでそれぞれクラスごと男女に分かれてお部屋に移動することになったの。出来る限り侍候補生三対刀鍛冶三になるよう心がけて、各クラスで協議。十分経っても決まらないならこちらからてこ入れをする、だってさ。
九組は人数が少ないので十組と合同になったの。
まあ九組の女子は二人だけだし、十組はそもそも人数少ないからしょうがないか。
レオくんに報告して割り当てられたお部屋に移動した。
和室だ。窓を開けると海が広がっている綺麗な景色が見える。遠目に薄らと船が見えるけど。この島に住んでいる人が現世で船を出しているのかもしれない。
「参ったな……バックパックには着替えや下着類が一切ないぞ」
「あーでも最低限の必需品があるのは助かるかも」
「……でも、石鹸類、ない。お風呂かな」
「はらぺこまじん」
十組の子たちに気兼ねするのか、茨ちゃんが落ち着かない顔で私のそばに来た。
「あ、青澄。無事か?」
「あーうん、まあ。茨ちゃんも問題なさそうだね」
「ああ。けどさー。十組すげえ図太いのな。安否を喜ぶより、現状確認とか」
「ニナ先生のクラスだからしっかりしてるのかも。私たちも行動しよ」
「お、おう」
どぎまぎしてる茨ちゃんを連れてトイレとお風呂の確認。
流れるし紙の準備もばっちり。なんならいつでもお客さんが泊まれるお部屋だ。
電気もつく。ひとまずライフラインは無事そうだ。
となると気になるのがご飯なんだけど。
「ちょっとレオくんに会ってくる」
「あ、え」
「茨ちゃんは岡島くんを呼んできて? ご飯の確認したいからリビングに来てもらいたいの」
「わ、わかった」
ばたばたと慌てて出て行く背中を見送って、部屋の中を見た。
「キラリたちはどうする?」
布団を確認したりお茶を用意したりしている中で、キラリが言うの。
「落ち着いたらあたしも行く。マドカと合流してできることをやっていかないと、三日もいるんだろ? 落ち着かないよ」
「わかった。会ったら伝えとくね」
「たのむー」
返事を残してぱたぱたと駆け出す。
あちこちでみんながざわつきながら、今できることがないかを模索していた。
特別なことをすぐにできるわけじゃない。
それでも、やれることはある。探せばきっとある。
それぞれに動き出していく。
三日間を乗り切るために――……。
◆
問題は発生していた。
住良木くんと二人で正面フロアに詰めていたら、ハルがやってきたの。
「マドカ、何かできることある?」
「待って。その話をしているところなの。聞いててくれる?」
本当ならすぐに具体的な返事をしたかったけど、頭を抱えている時ですぐには伝えられなかった。
のっしのっしと大きな身体で歩いてきた、ルミナちゃんと同じ六組の大神くんが渋い顔で言う。
「食堂から報告だ。やはり、食材だけ意図的に空っぽにされていた」
外から駆けてきたうちのクラスの侍候補生たちが口々に言う。
「山吹、やっぱりねえぞ」
「お前の読み通りだった」
「食材だけ、どの家を引っかき回しても見つからねえ!」
ハルだけじゃなく、中心メンバー全員が唇を噛む。
結城くん、月見島くん、住良木くん、姫宮さんに佳村さん。
みんなでいろいろと話していたんだ。
これがもし特別授業でサバイバルと銘打っているのなら、現状だと手ぬるいにも程がある。
隔離世に一年生だけを飛ばして生存させるなら、何もない島でやるべきだ。
けれど私たちはサバイバル術を習ったりしていない。だからこその、現世で人が住んでいる島での演習なのだろうが……だとしたら、物資が山ほどある場所でサバイバルなんて簡単すぎる。
盗み放題、忍び込み放題。無法地帯の隔離世で、現状はあまりにも楽勝ムード。
そんな状況を、空から一年生全員を放り出すような学校側が許すか? いいや、疑わしい。だからこそ調べてもらったのだが、まさか……食料でくるとは。
「コンビニは?」
「なかった」
クラスの男子がすっかり落ち込んだ顔で言う。
「商店とかも回ってみたけど、食べものはなかったな。小麦粉と調味料一式はあったが」
「途中で畑とか果樹園を見たけど、そっちは使えそうだった」
「牛とかもいたぞ」
思わず頭を抱えたくなった。
なるほど……楽はさせないが、しかし頑張れば生き延びられる程度のサバイバルか。
実学の初心者編。いきなり林の中に放り出されて生き延びろといわれるよりはずっと簡単だ。
だとしたら、一年生にぴったりと言えなくもないかな。
「わかった。農業に詳しい生徒を集めよう」
「お待ちになって。まさか盗むとでもいうつもり?」
意外なことに姫宮さんが口を挟んできた。
「何か問題ある? 現世の野菜がなくなるわけじゃないし」
「道義的にどうかと申し上げているんです」
「――……ええとさあ」
思わず眉間を指で引っ掻いた。
「そりゃあ本来するべきことじゃないけれど。現に食料はないなら自給自足に踏み切るしかないでしょ? 釣りだってしてもらうし、必要なら牛だって斬る。でもそれは生きるために仕方ない選択なの」
「いくらなんでも野蛮すぎないかしら。殺生に手を染めるなんて」
「あのね? 私たちが普段食べてるご飯だって、誰かが代わりに殺して流通経路にのってるの。いまさらそういうこと言わないでもらえる?」
「……でも、盗んで殺して、これじゃ蛮族そのものじゃない」
思わず住良木くんを睨んだ。
「ラン。生きるためだ。今回は目をつぶってくれないか」
「……レオさまがそう仰られるのなら」
「山吹くんも。いつもの聡明さを忘れないで。お願いだ……君ならもっと理性的に話せるはずだろう?」
く……悔しいけど、住良木くんの言うとおりだ。
慣れない状況で焦っていらいらしている自分がいるのがわかる。
落ち着け。平常心、平常心。
倫理観が高いのは姫宮さんの方だし、隔離世だから何をしてもいいと踏み切っていいわけでもない。品性を忘れたくないというメッセージ自体は大事だ。
姫宮さんのような子も一年生には山ほどいるはず。そのケアにも気をつけないと、短いような三日間さえ乗り切れないに違いない。
深呼吸をしてから切り出す。
「姫宮さん。あなたの言う通り、無法者になれって話じゃないの。冷蔵庫に食品が保管されていない時点で、現世のこちらの島の人たちが学校に協力しているのは明白。逆にこう考えて欲しいの。意図的に残されている物資は使っていい、というメッセージがあると」
「なるほど……」
頷いちゃう姫宮さんを見よう。ほら、素直に反応しているだけ。良い子なんだから、乱されるだけ損だ。
「まあ率先して牛を肉にしたりとかするわけじゃないし。私も犯罪行為を率先してやりたいって言っているわけじゃない。あくまで授業の範囲内でできることをしようっていうだけ」
「……それなら、構いません」
よし。切りかえて、切りかえて。まずは提案だ。
「もし同じように心配していたり腰が引けている子がいたら、教えてくれる? 同じように説明するから」
「いえ。わたくしの方でケアいたしますので、お気になさらずに」
「ありがと」
よし、想定通り。
もともと責任感が強くて面倒見のいいタイプと見ていたよ。刀を手に入れる時に沢城くんに立ち向かう私に、わざわざ付き合ってくれたもんね。
ほっとする私にすかさず住良木くんが提案する。
「なら魚釣り部隊と野菜収穫部隊、それぞれの護衛部隊を編成しようか」
「ある程度、人材は絞ってある。島の地形把握も必要だし、調査部隊も必要だな」
結城くんが迷わず言ってくれるのもあって、頼もしいことこの上ない。
こほん、と不意に咳払いをしたのは月見島くんだった。
「それよりも……俺は刀や一年生全員の心身のケアが気になるが」
「そ、それなら日下部さんが中心に見てくださってます!」
佳村さんが既に対応していたの。
思わず全員で顔を見合わせた。推移を見守っていたハルだけじゃない。後から後からやってくるたくさんの生徒たちが私たちを見つめていた。
「……あれ」
「案外」
「やれそう?」
思わず呟きあったよね。
でものんびりはしていられない。
壁に掛かっている時計を確認した。ここまでいろいろやって、まだ朝十時って正気の沙汰じゃない。
切りかえていこう。きびきび動かないと夜になる。暗くなって電気でも落とされた日には、対処ができなくなる――……なんて。
考えすぎか? いや、ラビ先輩がいるしなあ……。
まあいい。それも想定しておくか。まずは、
「ルミナちゃんを呼び出して、放送を掛けてもらおう。ハルにはゲストで出てもらう。コーナー作って、昼休みの放送の準備もしよう」
深呼吸をしてから立ち上がる。
「なるべく動じないように、日常を演出して立ち向かう……司令」
「わかっているとも」
続いて住良木くんが立ち上がった。
気づけばすべての生徒が集まっていた。
全員の顔を見渡して、住良木くんは刀を掲げる。
「いかほどの脅威が来ようとも、乗り越える。我ら士道誠心一年生、この三日を生き延びるぞ!」
「「「 応っ! 」」」
力と威厳、そして頼もしさに満ちた彼の声と立ち振る舞いにみんなの気持ちが集まっていく。
私じゃこうはいかない――……とまで卑下する気はないけどね。刀を手にしたあの日、私に気持ちを向けてくれたみんなのためにも。
だけど、それでも住良木くんのようなやり方はできない。
頼れる限りはどこまでも頼っちゃおう。そうしないと三日間の特別授業はもちろん、人生さえ乗り切れないに違いない。
◆
だいたいのマシンロボとドローンは仲間トモと遊撃隊によって駆除された。
そして当初の予定通り、佳村はコナの指示を参考に旅館を根城にして、一年生を集めて、今は生活物資を集めに散らばっている。
ちょっとしたレクリエーションの時間だよね。去年のボクらも、今の彼らのように何が起きるかわからなくて緊張しながら行動していたっけ。
護衛部隊をそれぞれにつけて移動しているあたりの手際の良さは、さすがマドカちゃん。他にも頭が回る子がちらほらいるみたいだ。
だからって――……。
「カメラの存在に気づかないようじゃ、まだまだ可愛い一年生だね」
笑いながら画面を眺める。いまは一区切りついて、ユリアが差し入れてくれた『シオリ用』と書いてあるスナック菓子を食べながら見守っているところ。
先生たちや立ち会いに顔を出してくれた警察の侍隊の人たち、それと三年生に送るための状況報告書を片手間に作る。
生徒それぞれにどのような行動をして貢献をしたのか、それもできる限り具体化してシートにまとめて、特別授業が終わって評価後に配る予定だ。
正直、今回に限っては表舞台に出る暇が欠片もないのだが。
「ねえシオリ、状況はどうなってるのかしら?」
「仕掛け時はまだかなあ」
コナとラビが二人とも入れ替わり立ち替わり顔を出しては聞いてくるのが、いちいちうっとうしいったらない。
カナタやユリアを見習って、もう少し大人しくしていてくれたらいいのに。
もちろん毎回答えるよ。
「お昼くらい、しっかり食べさせてあげようよ」
そう言って追い払っていたら、今度はカナタが凄く疲れた顔をして顔を覗かせてきた。
「なあ、シオリ……二人がうるさくてたまらないんだ。何か情報はないのか?」
「あのさあ」
眼鏡のツルを指で直して、ふり返る。
「うるさい」
「……はい」
すごすごと帰っていく。自動で締まる扉の向こうからラビとコナがあれこれ話しかけている声が聞こえてくるんだ。まったくもう。
袋を置いてウェットティッシュで手を拭ってから、気合いを入れてカメラ操作をする。
「さて、と。自動顔認証はもうあるけど、動作の識別はうまくいくかな。そいつがクリアできれば今後の評価がしやすくなるんだけど、ボクの子たちの成長っぷりはどうだい――……」
囁いて、プログラムを走らせる――……フリーズした。
「ああもう!」
髪の毛を振り乱して、急いで修正に入る。
一年生の三日間にあれこれ仕掛けるボクら二年生だって、同じ三日間を特別授業として過ごす。浮き足立っているのは一年生だけじゃない。ボクら二年生だって同じだ。
コナとラビがそわそわしているのも当然。
何せ――……。
『はろー。シオリ? いまいーい?』
端末の右下にルルコ先輩とのビデオ通話が強制的に立ち上がってきた。
「あの。忙しいんで」
『だめだめ。あいてる三年生で弄りにいくのは毎年恒例なんだから。定期的に所感を教えるの。じゃないとー……いじめちゃうぞ?』
めげそう。
ルルコ先輩のお仕置きはなー。
わりと精神的にくるからなあ。
「次はなんのコスさせる気ですか」
『それなんだけどー。シオリ、コスROMつくってみない?』
思考が一瞬フリーズしかけた。
「未成年の高校生相手になに言ってるんですか。定期的に連絡するので許してください」
『えー未成年とかなーにー? ルルコよくわかんなーい』
「三文芝居はいいんで。っていうか煽られるまでもなく、ちゃんと報告しますから。今も書類つくってましたし」
『じゃあ現状を報告して?』
笑顔でさらっと言うけど、この人これで本気だからね。
油断したら一年生を輸送した時の手際なみに気絶させられて、気づいたらスタジオに入れられて着せ替えられていてもおかしくないからね。しかもその時の衣装はきっと、採寸ぴったりに違いないんだ。
恐ろしい。南ルルコ恐ろしい。
ボクをお助け部に引き入れて、その次はマドカちゃんを選んで。三年生の中でも侮れない人は大勢いるけど、本気で怖いのは南ルルコ先輩に違いない。
「――……という感じで。今は生活資源の確保に動いています」
『食材の調達だねー。去年のシオリたちはどうしたんだっけ?』
「……ボクが海の魚を引き寄せてユリアがフィッシュ。カナタが田畑の野菜を適切に処理。コナが二年生の料理上手と一緒に調理。わりと困りませんでした」
『そうそう、そうだった。それで?』
「……それで、とは?」
『ちょっかいださないの?』
……ラビとコナみたいなこと言うなあ、もう。
「しません。一年生なんで。軍隊じゃあるまいし……衣食住のレベルを落として地力でやらなきゃいけないように仕向けるとしても、学校の授業の範囲を出るような脅威は」
『あれ? でもラビくんから出された計画書だとお昼ご飯前に仕掛けることになってるけど?』
「え?」
あわててオンラインストレージの書類を確かめる。
計画書に記載されている流れはボクが確認してから変更はない――……けど。嫌な予感がして変更履歴を確認したら。
『ラビ・バイルシュタインによって [ 一年生特別授業計画書.docx ] がコピーされました』
『ラビ・バイルシュタインによって [ 一年生特別授業計画書.docx ] が編集されました』
『ラビ・バイルシュタインによって [ 一年生特別授業計画書.docx ] が削除されました』
しれっと……しれっと通知残ってた。くそ、いちいちぴこぴこあがるの面倒で通知切っていたら、こんな一撃を食らう羽目になるなんて!
っていうか横の連携が何より大事だっていうのに、こういうことするなよ!
だからコナがいちいち怒る羽目になってるんだぞ! ああもう!
直ちにデータを復旧させて書類を確認したら、しれっと文章が追加されていた。
『食材調達における不測の事態への対処を確認』
他にも文章が追加されている場所はあるけど、構っていられない。
急いでカメラを確認する。
「――……嘘でしょ」
画面をみて、ボクは固まった。
ルルコ先輩が笑顔を残して通話を切っていることにすら、気づいたのは我に返ってからだった――……。
◆
六組の大神ってやつと、あとは八葉とか岡島、井之頭。他にも十組の相馬とか、鷲頭とか。他にもいろんなクラスの男集団に囲まれて落ち着かない。
女子比率がほとんどないんだけど。なんなの? 罰ゲームなの?
「茨、釣りは得意なの?」
岡島の問いかけに頷く。
「ガキの頃にしたっきりかなー。じいちゃんちが港町でさ――……それ!」
ゴカイを捕まえて針につけて海へ。
リールを緩やかに巻いた。
波は穏やか。魚影はちらついてみえる。けどみんな、なかなか釣れないみたいだ。
みんなの食料調達っていうんできたけど、こりゃあ坊主も覚悟かな。
ここから釣れるとしても、まあせいぜいアジがいいところじゃないかと思うし。数を釣らなきゃいけないのにこの調子じゃきついなーと思っていたら、ぐいっと引っ張られた。
「うわ!?」
「お、おい! 引いてるぞ!」
誰かが叫ぶ。一生懸命リールを撒くんだけど、だめだ。引きが強すぎる!
民家に飾ってあった釣り竿をまとめて持ってきたんだけど、こんな安物じゃもたないぞ!
ぐいいいっと引かれて一生懸命釣り竿をたてる。それでも身体がずりずり海に引きずり込まれる。な、なんだ? よっぽどでかい魚にでも食われたのか!?
「ちょっちょっちょっちょ!」
あわてた。釣り竿がやばい。折れたら困る。単純に、壊したくて持ってきたわけじゃないから。
「でかいぞ、気をつけろ!」
「気をつけろったって!」
鷲頭に言い返すけど、釣り竿が悲鳴をあげるんだ。
叫ばずにはいられない。
「やばいやばいやばいやばい!」
「耐えろ!」
誰かが釣り竿に手を掛けてきた。
手の中に力が伝わってきた瞬間、釣り竿が一瞬で太くなったんだ。それだけじゃない。しなりもいい。
すぐに糸さえ太くなる。
「いけ! なんとか釣り上げろ、俺たちの晩飯!」
手応えに負けない竿に仕上げたのか。どうやって。刀鍛冶だからか?
ええい、そういう考え事は俺には向いてない!
「んなくそおおおお!」
地面に両足をめりこませて、必死に釣り上げる。堤防でよかった。岩壁とかだと踏ん張りがきかなかったもんな。
ようやく拮抗したと思った瞬間、さらに引きが強くなった。
「やばい……!」
リールを巻くどころじゃない。すぐに岡島が背中から抱きついて、釣り竿を握った。
「茨、本気でいくよ」
「わ、わかった!」
腰に帯びた刀から力をぐいっと引き出す。
鬼の意識が身体中に満ちていく。歯を食いしばって耐えて、全力で釣り竿を握る。
釣り竿を強くした誰かがさらに釣り竿にふれて、巨大に変えるんだ。
強化されたリールに大神や井之頭が取り付く。
他にも刀鍛冶が急いで地面の霊子を網へと変えて準備した。
大捕物になってきたぞ!
「いけえええ!」
銛をどこからか引っ張ってきた鷲頭と相馬が構える中、海に影が見えてきた。
誰かが悲鳴を上げる。
「お、おい、あれって!」
誰も何も言えない。
いやだって。エビでタイを釣るっていうけど。
ゴカイで港をまるまる飲み込めそうな巨大エビが引っかかるとは思わないだろ!
あまりの光景に俺も岡島さえも釣り竿を落とし、多少のことには動じない井之頭がぽかんと口を開け、さっきは機敏に動いていた奴らが総じて立ち尽くした。
エビが顔を出す。ところどころ鉄のカバーに覆われた、それはもはやマシンロボだった。
幸いなのはエビの部分もかなり残っているところなんだが。とんでもなく巨大な身体で跳ねて岸にあがったエビを見上げて呟く。
「あれ、うまいのかなあ」
誰も返事をしてくれなかった。
巨大な爪を掲げて威嚇のポーズを取るエビに、最初に我に返った鷲頭が叫ぶ。
「あのエビを倒せ! うまいかどうかわからねえけど、今日の飯だ!」
半ば自棄になって剣を掲げて挑んでいく背中に、大勢の男達が続いた。
たとえばここに山吹とか、そこまで高望みしなくても声の通る女子がいたら「ばかか、にげろ」とか、もうちょっと現実的なツッコミをして退散しただろうけど。
女子はぱっと見、俺だけだし。
他は揃いも揃って、こういうノリが大好きなバカ野郎ばかりなのだった。
「っしゃあ!」「いくぞ!」
「……はあ」
バカの空気に加われない岡島がため息を吐く。
けど俺は構わず戦線に加わった。
ばかでかいエビの身にかじりついたら、幸せに違いないから!
つづく!




