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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十六章 バレンタインは縁を作るの?

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第四百十七話

 



 朝のホームルームが終わった後、ニナ先生に呼び出された。

 話題は切り出されなくてもわかっていた。


「虹野くんと何かあった?」

「……まあ、その。あいつ……虹野の部屋へ行ってチョコを渡した時に、荒ぶっちゃいまして」


 詳細は言えないけど、でもまあ担任を欺くことはできないね。


「自制心が強い天使さんが荒ぶるとなると、発情期?」

「ちょっと!」


 あわててニナ先生の口に手を当てた。

 他のクラスの生徒がちらほら休み時間だから廊下を歩いているんだ。

 聞かれたくない。

 ニナ先生にじっと見つめられて、大人しく手を下ろす。


「すみません……でも、お願いですから、あんまり言わないでください」

「そうしたいのは山々なのだけど。獣の性質を出したら、それは消しきれるものじゃない……緋迎くんを見ればわかるでしょう?」

「う……」


 その切り返しは卑怯だ。

 あのキスしまくり暴走事件を経て、春灯は安倍の導きのもとに発情期を克服したはずだった。

 でもたまに緋迎先輩が歯形だらけになっている日がある。

 春灯は確かにぐっと女っぽくなって可愛く綺麗になったけど。だからって男子の憧れの的にならないのは、緋迎先輩と付き合っているという事実だけじゃなく、緋迎先輩の噛み痕がちょっと気の毒に思えるレベルだからだ。

 あたしが知る限り、その痕はずたずたじゃないし、歯形が薄ら見える程度なんだけど。だからって、なあ? どんなにいけてる相手と付き合えたとしても、噛み癖がひどいと躊躇するだろ。

 まあ……あたしもあいつをどうこう言えなくなったわけだけど。


「あの。どうしたら……押さえられますか?」

「知ってる? 本能って押さえられないから本能っていうのよ?」


 あ、あれ? 笑顔で絶望宣言された?


「人としての本能に加えて、己の心が望んで手にした現世に収まり切らぬ力。御霊のそれは、何らかの形で宿主を苦しめる。それが獣憑きの宿命なの」


 尻尾も獣耳も自由自在に出したり消したりできるはずのニナ先生は、今日は朝から尻尾と耳が生えていた。


「……先生、ちなみに耳と尻尾を出しているのはなんでなんですか?」

「私もあなたと同じでね……」


 遠い目つきで九組を睨むから、視線の先を辿ってみると獅子王先生が出てきたところだった。

 ぶんぶん音が聞こえてきて見れば、ニナ先生が尻尾をぱたぱた振っている。

 犬神憑き。犬の感情表現はとてもなじみ深い。

 獅子王先生がこっちに気づいて、けれど申し訳なさそうに頭を下げてさっさと逃げるように遠くの階段に向かっていった。


「……また逃げた」

「に、ニナ先生? 声に恨みが籠もりすぎているのですが」

「あら、いけない」


 うふふ、なんて笑っちゃって! でもニナ先生の笑顔がかつてなく怖いんだけど。


「そろそろね、子供が欲しいのだけど。彼、まだ躊躇っているのよ」

「はあ……」


 大人の、それも新婚さんの悩みともなると生々しいことこの上ないな。


「さかりの時期はやめた方がいいんじゃないか、とか言うの。けどこういう時期の方ができやすいって、先輩方から聞いているのよね」

「……ちなみに、どれくらいできやすいんですか?」

「まあ、百発百中とまではいわないけど。ほぼそれに近いかな」

「まじか」


 リョータと進むかどうか、頭のどこかで選択肢に入れていたけど甘い考えだったみたいだ。

 ため息を吐く私に先生がプリントの束を差し出してきた。


「ちなみに、いろんな獣憑きの先輩方から聞いていた対処療法。一応、目を通しておいてね?」

「は、はあ……あれ? これ、春灯は?」

「渡したかしらね? どうだったかな。あ、でも緋迎くんにお願いされて去年の初めの頃に渡したのは覚えているわ。だけど、彼の様子を見る限りじゃまだ苦労しているみたいね」


 春灯の面倒を見るためにできることはなんでもする、か。

 つくづく苦労性だな、あの先輩も。


「何か使えそうなものがあったら、やってみてね? あと、恋人同士のことは教師が止めきれる範疇にないけれど。くれぐれも、無責任なことはしないように」

「……そこはむしろ止めてくださいよ」

「教師が止めたら、逆に燃え上がっちゃう子もいるからね。たぶん、あなたもそのタイプ」


 じゃあね、と言ってニナ先生は行ってしまった。

 ため息を吐いてプリントをめくってみる。


『獣憑き本能対策マニュアル』


 どれどれ……?


「尻尾の手入れ、獣耳の手入れを怠ることなかれ……己の力に目覚めるほどに人に比べて鋭敏な感覚を手にすることになるため、うまく付き合うこと?」


 前者は春灯の話を聞く限り緋迎先輩が率先してやっているようだ。

 だが、なあ。後者はどうなんだ?

 春灯はあたしよりよっぽど獣耳と尻尾を使いこなしていて、なのにあいつが苦しんでいる話なんてろくに聞いたことがないけど。

 まあいちいち本能ぶっちぎりで天才肌なところがあるけど、あっさり受け入れて馴染んでいるだけとか? あいつはとことん規格外な女だな、まったく。


「尻尾や獣耳の対策とか、感覚の対策とか……獣憑きとして生きる方針についてばかりだな。ってことはあれか? 春灯が過ごしやすいのは緋迎先輩が仕事をしているが故の? って、そうじゃないだろ」


 それよりも肝心なのは。


「あった。さかりの対処法。己の獣の性質を知り……」


 獣の性質って、要するに猫だよな。


「究極的な解消法は擬似的な行為に及んで本能をごまかすか」


 いやいや。待ってくれ。

 お願いだ。待ってくれ。

 それはないだろ!?

 思わずよろけた。

 しれっと言うなよ、頼むから!

 と、とんでもないこと書いてあるなあ! なんだよこれ!


「親友や恋人などのパートナーがいる場合、或いは心を許せる刀鍛冶に精神的に満たしてもらうこと……って」


 おいこれ! 自発的に解消する方法が壊滅的だぞ、おい!

 思わずマニュアルを睨んで次のページを捲ってみたら、過去の失敗例が書いてあった。どれどれ?


「水風呂に入って風邪を引き、熱が出て面倒を見に来てくれた人を相手に襲いかかる」


 最悪だな。あと残念すぎる。考えたら結末がわかるだろ!


「壁を引っ掻いていたら音に気づいた隣の部屋の生徒に通報され、寮母さんにしこたま怒られてフラストレーションが溜まり、慰めてくれた友人に迫り関係を持つ」


 やっぱり最悪だな!


「恋人を求めすぎて愛想を尽かされ、別れてしまい遠吠えしまくり怒られてフラストレーションが溜まり、先生に素振りをさせられて精神的にぼろぼろになって、優しくしてくれた人に襲いかかる」


 ――……待て。


「どれも結末が同じじゃないか!」


 他にもある失敗例に目を通したけど、最終的には襲いかかるとか関係を持つに至っているのがあまりに頭悪い。

 確かにさ。そりゃあさ。昨夜、リョータに襲いかかった記憶はばっちり残っているし。我を忘れてしまっていたから、そもそもあれは理性で制御できる代物じゃないって実感があるんだけども。

 それでも救いがあるかもって思って見ているのに、これはないだろ。

 うつうつしてきたけど、まだあと一ページあるからめくってみた。

 そこにはとびきり大きな文字で書いてある。


『生きるの大変になるけど、慣れたらなんとかなる! 大人になったらお酒を飲んで大騒ぎをしたら少しは気が紛れてさかりもごまかせる! グルーミングしてもらうと結構きもちが落ち着くけど、毛が長いと付き合ってくれる人が減る一方だし、酒だ! 酒もってこい!』


 いやいや、だめな結末が容易に想像できるぞ? 酔いに流されて見ず知らずの他人と、とか。そういうことになるだろうと思いながら下にある記述を見たら、


『それやってこないだオカマバーのママとやっちゃった俺はどうしたら』


 重たすぎて受け止めきれない! いいことあるといいな!


『ど、どんまい。ちなみに私はそれで爛れた生活になったから、お酒は宅飲みがオススメかな』


 いやそれ、一緒に飲んだ人とやっちゃうでしょ。この流れだと。


『まあ……それで刀鍛冶とほぼ夫婦状態なんですが。ちなみに女子同士です』


 ほらな! やっぱり予想通りだよ! それにしても爛れてんな、おい!


『一人呑みかグルーミングが上手な友達最強説』


 くそ……結局、そうなるのか。

 つまり……あたしがこれまでの記述から総合して出せる結論としては。


「……緋迎先輩のように、リョータに毛繕いをしてもらうしかない、と」


 まあ昨夜、確かにリョータに頭を撫でてもらったら気持ちがだいぶ落ち着いたもんな。落ち着きすぎて寝ちゃったのは我ながらどうかと思うけど。

 そもそも自制できればいいんじゃないか?

 そう思った時だった。

 ふわ、と香るんだ。あいつの匂いが。

 すぐに匂いの持ち主が顔を覗かせる。


「キラリ、そろそろ次の授業に行かない?」


 リョータがあたしの荷物まで出して声を掛けてくれたんだ。

 匂いがきつくなる。いやじゃない。それどころか――……


「い、いくから! さきいってろ!」

「えっ」

「お願い!」

「う、うん。わかった」


 一瞬迷う素振りを見せたけど、リョータは結局扉を抜けて行ってしまった。

 後に続くミナトやトラジからも、駆け足で出てくるアリスからも匂いがする。

 あたしに心配そうな顔を見せるコマチとユニスからもだ。

 けど胸をざわつかせるのはリョータだけ。ここまで露骨に身体が反応するの、悔しいし、恥ずかしいばかりだ。そんなにあたしはリョータが好きか。そうか……。

 落ち込んで項垂れるあたしにユニスが心から心配げに言うのだ。


「大丈夫?」


 頷けないのが、本当に悲しいところだ。


 ◆


 昼休みになって、いつもなら十組で食べる席から離れて今日は春灯を捕まえた。

 するとごくごく当たり前のようにマドカや佳村がセットでついてくる。

 春灯の友達といえば仲間トモだけど、あいつは基本的にクラスの女子と行動することが多いからな。まああたしが仲間トモでも同じ事をするし、だからあたしは基本的には十組と行動しているのだが。

 今日は別だった。

 よく食べるところを見かけるほど、飽きもせずにきつねうどんを啜る春灯に尋ねた。


「なあ、春灯。獣の本能って、どう対処してるんだ?」

「ぶえ!?」


 どんな返事だ、それは。

 じゅるじゅると啜ってから、春灯は本当に不思議そうに小首を傾げた。


「私、対処が必要なほど困ってないけど」

「「「 それはない 」」」


 思わず三人ではもってしまった。


「えっ、う、うそ? え、私なにかしてる?」


 わかってないなら、誰かが言うべきだ。


「緋迎先輩の歯形。見るたびに可哀想になるんだが」

「あっ、う、あ、あれはほら……情熱的な愛の形というか」


 照れながら言うな。


「歯形をつける女が言っていい台詞じゃない」

「うっ」

「そうですよ、ハルさん。人は噛んでいいものじゃないのです」


 うんうんと頷く佳村の首筋におっきなキスマークと薄ら歯形がついているように見えるんだが、それは突っ込まないでおこう。

 苦労しているんだな、佳村も。まあ、沢城けっこう激しそうだしな……。


「要するに、あんたはかみ癖がひどいんだ。どうにかした方がいいぞ」

「……で、でも、カナタ別にだめだって言わないし」

「いやとは言わないのか?」

「そりゃあ……噛むなよとは言うけど」

「言われてるじゃないか! なんとかしろよ!」

「……だって、我慢できないんだもん」


 しょぼくれながら言うけどな。


「ちょっとどうかと思うぞ?」

「と、彼氏を引っ掻きまくった天使キラリは言うのでした、まる」

「……なにか言いたそうだな? マドカ」

「べつにー? ただ、そっかー。猫の本能が露わに、ねえ」


 カレーを食べていたスプーンを紙ナプキンで拭うなり、マドカがそれを左右に揺らし始めた。吸い寄せられるように目で追いかける。


「なにしてるんだ」

「べつにー?」


 振りがどんどん大きくなっていく。なのに視線を外せない。どんどん身体が前のめりにならざるをえない! なんだ、これは一体!


「ま、マドカ。ちょっと、それはよした方が」

「んーふふ。えい!」


 ばっと掲げられたスプーンに思わず手を伸ばして掴んでしまった。

 学食に集まっている大勢があたしを見ていた。

 あわてて椅子に戻るあたしを、極上の笑顔でマドカが見つめてくる。


「やっぱり、ネコ」

「う、うるさい、黙れ!」

「本能をごまかせないのは、どっちかなー?」

「くっ」


 な、なんて奴に弱みを握られてしまったんだ!


「なるほどなあ……アゴの下とか撫でたら喜ぶのかな-?」


 春灯と佳村がそろって視線を逸らす。

 マドカがその気になると翻弄されてしまうことを、あたしよりも身に染みて知っているに違いない。

 おい、薄情者ども! 助けろ! と叫びたい反面、あたしが見ている側なら絶対に黙るなと思うので言い出せない気持ちもあったりして。

 途方に暮れかけた時だった。

 マドカの後ろに見慣れた人が立ったのは。


「なあにい? 楽しそうに話しちゃって。マドカちゃん、ルルコに教えてくれる?」

「うっ」


 びくっと身を強ばらせるマドカに、南先輩が顔を寄せる。


「まさかあ……同じ部活仲間で大事な大事な友達を、抗いようのない手でいじめたり……してないよねえ?」


 テーブルを挟んで向かい側にいるのに、それでも身体が一瞬ぞくっと震えた。体感するほどの冷気が流れてくるんだけど!


「し、してないです。まさかそんな。ルルコ先輩に選んでいただいた私がそんなひどいこと、するはずないじゃないですか」


 おいこら、どの口が言うんだ! どの口が!


「そうだよねー? お助け部の精神、忘れたりしてないよねえ?」

「しっ……してないです」


 肩にぽんと手を置かれてびくびく震えるマドカの耳元で、南先輩が艶やかに微笑んで囁いた。


「だよね? じゃ、ご飯たのしんでね」


 釘を刺すだけ刺して、あたしにウインクをして南先輩はテラスに向かっていく。


「……ルルコ先輩、怒らせると怖そうだね」


 呟く春灯には同意しかできそうにない。

 ぷるぷる震えているマドカが味わったであろう南先輩の殺気、恐るべし。

 沈黙が下りる中、


「あ、あの。それで、獣の本能でお困りなんですよね?」


 率先して声を上げる佳村はあたしよりもよっぽど天使。


「まあ、ね。いま見てもらった通りなんだけどさ。刀鍛冶の手でどうにかできないか?」

「そ、そうですねえ。緋迎先輩のようにはできかねるのですが……そ、そういえば、天使さんって特定の刀鍛冶はいらっしゃいますか?」

「ん? ああ……うちのクラスはユニスが面倒を見てくれるからな。刀鍛冶じゃないけど、あいつはわりと器用だから」


 魔女だし。


「う、ううん。そうなると……」

「ノンちゃん、見てくれたりしないの?」

「ノンは割とギンで手一杯なので」

「ひゅう! 一途ぅ!」

「ち、ちがうですから! 最初はそういうノリだったのですが、ギンも村正も相性がよすぎてすごく繊細なので、それで手一杯なだけなので!」


 赤面しながら言うなら照れ隠しかーとも思えるけど、必死に言う佳村はマジだった。

 まあな。トーナメントで仲間トモを切り裂いたあの技を思い返すと、いまでも鳥肌ものだ。あれの手入れをしなきゃならない佳村はどう考えてもキャパに余裕がなさそう。


「佳村が見てくれたら、それが一番なんだけどな」


 わりと本気で言ったんだけど、佳村は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「す、すみません。片手間で見るのは刀に失礼なので。やるなら本気で見たいですし、ユニスさんが手を入れていらっしゃるなら……ノンが出るのは逆にご迷惑かな、と」


 ううん。わりと頼みの綱だったんだけどな。佳村でもだめか……。


「ユニスさんに頼ってみてはいかがです?」

「……気が進まないんだよなあ」


 あいつ、根はすごくいい奴なんだけど。ケンカ友達みたいなところもあるから、頼りたくないというか。でも、そうも言っていられないかな……。


「だとしたら、少々お時間をいただければ、緋迎先輩にノンから相談してみますけど」

「めっちゃありがたいけど、放課後までに間に合う?」

「ちょ、ちょっとそれは。午後も授業たくさんありますし」


 顔を曇らせる佳村を見て、春灯が首を傾げる。


「あれ? カナタ、確か今日は仕事じゃなかったかな。確かそうだったと思うんだけど」

「ちっ……だめか」


 項垂れる。

 士道誠心でテレビとか芸能活動を始める生徒がちらほら増えてきていた。

 そうなる前ならいざ知らず、今はもう手遅れということか。

 くっそ。放課後にはリョータとデートなんだ。それまでになんとかしたいのに。


「何か急ぎの理由でもあるの?」


 ダメージから復帰したマドカの問いかけに一瞬迷ったけど、素直に事情を話したら三人揃って腕を組んでしまった。


「それは……」「もはや……」「引っ掻くしかないんじゃない?」

「いやいやいや! あたしはリョータを傷だらけにしたくないからな!」


 思わず言い返したら、春灯がすかさず反撃に出てきた。


「ちょ、ちょっと! 私だって別にカナタを傷つけたくないわけじゃないし、なんならえぐい噛み方はしないように気をつけてるもん!」

「ハル、実はなにげに気にしてたんだね……」


 マドカがしみじみ指摘する事実に項垂れずにはいられない。


「四月から狐をやってる春灯ですら、本能はごまかせないのか……これじゃあニナ先生の言うとおり、克服できないじゃないか」

「そ、そう言われちゃうと……うう、カナタ、ごめんなさい……」


 春灯まで項垂れてしまった。


「ま、まあまあ! ニナ先生ですら無理だと断言なさるほど、力が強いほどに強まるものなので! た、たぶん、きっと……お二人が強い証拠なのではないかと!」

「佳村さん、それあんまりフォローになってないよ。ほら、二人ともますます項垂れてるから」

「で、でも。獣憑きで強いほど当たり前のものなので、どう付き合うかでしかないのでは?」

「まあねー。でも当人たちの苦しみは、私たちからは見えないわけで……まあ、ふふー」


 マドカがわざとらしく笑った。


「策がないわけじゃあ、ないんだけどね?」


 思わず春灯と二人でマドカを見つめてしまったよ。


「ハルのそれは……ちょっと学食で話すには刺激的なので後回しにして。キラリのは、発展性がある気がするの」

「発展性って……なんだ?」

「猫って狩猟本能が強いから、引っ掻くだけじゃなくて、噛みついたりするようになるんじゃない? そしてそれはなくせるものじゃないと思うの」


 春灯が「まさかのキラリも私化現象」とか言うけど、やめてほしい。あたしは望んでいないからな!

 あとさらっと絶望的な宣告をするな! なくせないと困るんだ、こっちは!


「遊びたかったり体温があがったりしてむずむずしたりすると、攻撃的になる可能性があるから。遊びの延長線上でやっちゃうみたいだし……パニックになりやすいみたい。ちょっとした変化とかにも敏感なんだって」

「あー」


 なんで春灯が納得した顔をするんだ。


「天使さん、チョコ作ってましたよね? それで……興奮してパニックになっちゃった、とかです?」

「それかも! ううん、それだよ!」


 きらきらした顔をするな、春灯。佳村の指摘に言い返したいけど、材料が一つもなかった。

 実際、チョコを渡しにいって……それで、ああなったわけで。


「じゃあ、なにか? チョコを渡しに行っただけでパニックを起こして、それでリョータに襲いかかったのか?」

「パニックっていうより、大好きな人の前でてんぱりすぎたら本能が露わになっちゃうだけじゃない?」

「それはそれでいやなんだけど」


 そのたびにリョータが酷い目にあうわけだろ? 前途多難すぎるだろ。


「だから、まあ。てんぱったら一人になって落ち着くのがいいかも」

「マドカ、それって……策なのか? もっとこう、いつもの戦いの時みたいな、天啓のような策はないのか?」

「キラリの評価が何気に高くて嬉しいところですが、残念! ないかな」


 くっそ……。


「猫のかみ癖、引っ掻き癖は成長する際に必要な行動の一つだし。そういう意味ではハルのかみ癖もそれに近いと思う。さかりについても……佳村さんの言葉を前提に考えると、二人の力が強くなればなるほど避けられないものだと思う。ただ」


 安心させるためなのか、マドカは一呼吸おいてから穏やかな声で、


「二人とも大好きな彼氏を相手にその性質を出しているだけだから。そんなに悲観することないと思う。ハルの発情期はかなりやばかったけど、狐のそれを考えるともうだいぶ落ち着いているし、心配はいらないよね」


 マドカに見えているであろう事実を告げる。

 とはいえそれで問題なしとはならない。


「いや、でもな」

「まあまあ、わかってるよ。かみ癖とかの話でしょ? どうしようもない彼氏ならあれだけど。緋迎先輩はもちろん、虹野くんもすごく評判がいいし。二人の彼氏がちゃんと付き合ってくれる限り、改善できると思うんだ」


 そうはいうけどな。すぐ直らない限り、迷惑かけるわけだろ?

 傷つけるのは本意じゃないし、春灯ももちろんそうだろ。


「むしろハルもキラリも人であることに加えての獣憑きなんだから、いろいろとやりようはあると思う。まあ任せてよ! ひとまずキラリはご飯が済んだら私についてきてくれる?」

「……どこへ行く気だ?」


 警戒するあたしを見て、マドカが脳天気に笑う。


「ちょっと校庭まで」

「なんで?」

「いいからいいから」


 不安しかない。

 春灯と佳村は互いに顔を見合わせて、それからあたしを見た。


「まあきっとなんとかなるよ」

「山吹さん、いざっていう時は頼りになりますし」


 まあ、弱腰になったのはあの隔離世スーパーアリーナのダンスくらいだもんな。

 渋々ご飯を済ませてマドカについていくことにした。

 校庭に出て、さらにその先へ。学校のそばにある林の木のそばに来て、マドカは春灯ばりのどや顔であたしに言ったよ。


「まずはこれで爪研ぎからはじめよっか」

「帰っていいか?」

「ああもう! 待ってよ、冗談とかじゃなくて!」

「なら、説明しろ」


 いつも言う文句はもうやめた。

 マドカも心得たもので、真面目な顔ですぐに切り出す。


「あのね? 猫って前足で引っ掻く時はそうそうないと思うの。飼い猫なら、基本的に興味があるものを確かめたり引き寄せるために爪を出した前足を使うわけ」

「……ふむ」

「けど本能に荒ぶるキラリが虹野くんを爪の伸びた手で引っ掻こうとしたのは……興味あるだけじゃなく、獲物として認識していたんじゃないかと思うの」


 獲物って。


「あ、あたしを肉食系みたいに言うな」

「猫って肉食でしょ。まあ厳密に言えば、限りなく肉食に近い雑食なんだろうけど」

「だ、だからって!」

「認めた方がいいよ。欲しい物があったら迷わず行動するし、その爆発力はハルと同じか……ううん、それ以上かもしれない。キラリは肉食か草食かで言えば、間違いなく肉食だと思う」

「――……う」

「欲しい物があったら、刈り取る。きっとその方が、キラリはより輝くよ」


 ぐっと顔を近づけて、マドカが囁いた。


「私にキスした時のように」


 瞬間的に頭が沸騰しかけた。


「あっ、あれは!」


 思わず大声で言い返そうとするあたしの胸に手を置いて、そっとマドカが押し返してきた。


「わかってる。でもね? いつもは自分のことを私っていうキラリが、ハルに対して砕けて言うあたしって言い方になってきてる」

「――……」


 自覚してなかった。けど、マドカに指摘されて唸る。確かに今日は混乱しまくってる。


「よっぽど余裕がないみたい。なら、キラリの星に従ってみるのもいいんじゃない?」


 それじゃあ爪研ぎしてから戻ってきてね、と言うだけ言ってマドカが去っていく。

 あたしの星って言われても。

 自分の胸を見下ろした。マドカが触れた箇所、心臓に微かに見える。

 あたしの星が囁いている。


『――……リョータ、そろそろその気になってくれたのかな?』

『なら……あたしも』


 顔中が熱くてたまらない。

 いてもたってもいられなくなって、地団駄を踏んでいたら手が痒くなった。

 綺麗に整えている爪が瞬く間に伸びてカーブを描いた爪の先端が鋭く尖っていた。

 たまらず木に当てて引っ掻いてみると、どうだ。すごくすっきりする。

 がりがり引っ掻きながら、叫んだ。


「ああああ! もう! うるさいなあ! わかってるよ!」


 星が叫んでる。

 進みたい。先へ。春灯のように、あたしも。

 大好きなリョータと……もっと愛情を確かめ合うこと、増やしていきたい。

 今日、デートする。

 バレンタインデーに……リョータとデートをする。

 タイミングはもう、明白に違いない。




 つづく!

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