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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十六章 バレンタインは縁を作るの?

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第四百十六話

 



 わりとさ、好きな人に頭を撫でてもらうのって嬉しくないですか?

 大好きなんですよね。カナタに頭を撫でてもらえるの。

 だからってクラスの男子にはお勧めできない理由があるのですが。

 子供扱いすんじゃねえぞ、なんで上から目線なんだよ、ばーーーーか! とか、お前に頭なでられたくねーから! とか、なりかねないので。

 距離感、大事。

 なんだろうなー。カゲくんや岡島くんからはありなんだけど、シロくんとか井之頭くんとかだと身構えちゃうし、羽村くんからだとどきっとするわルルコ先輩に怒られそうだわで別の意味でなし。だいたいそんな感じです。

 まあでも私とカナタは恋人同士なので、全然問題ないわけですよ。

 先輩と後輩カップル的には定番ですし!

 撫でられながら蕩け顔でひっついて、それとなーく尋ねる。


「電気けしません?」

「落ち着かないか?」

「まー。いまさら見られて困るところも……」


 めちゃめちゃあるけど。


「……それはそれとして」

「流したな」

「いいから! 暗い方が落ち着くところありますし。闇の世界の住人的に」

「……まあ、妖狐だけにな」

「中途半端に突っ込まないで! と、とにかく……消すよ?」


 えい、とリモコン操作で電気を消した。

 ふう……。


「えい」


 電気つけられましたよね。

 い、いつになくカナタが積極的!?

 悪戯っぽく笑って楽しそうに私を見つめてくるのはなにゆえ?

 頭を撫でるだけじゃなくて、指先で獣耳の付け根をくすぐってきたりして。


「くふう」


 思わず情けない声をあげてしまうのですが。


「あ、あの。なぜつけるのですか?」

「いや……並木さんはうまいこと言うな、と思ってな」

「……ええと?」

「満月みたいに丸いのな」

「そこまでじゃないよ!? 満月に比べたら、さすがにもうちょっとしゅっとしてるよ!」

「そうだな」


 適当!


「明るいところでじっと見つめたらわかる」


 ほんとにじっと見つめられているのですが……!


「狸顔っていうけど……確かに。言われてみたらしゅっとしていて、お前が願う玉藻のようにしゅっとしてるな」

「せやろ」


 どや顔をする私に笑って、カナタはしみじみ言うの。


「ああでも丸顔の狸顔ってしゅんとするお前も十分かわいいけどな」


 うれしくない……!


「ちょっとー。いつもの褒めテクはどこへ?」

「幸せで気が緩んだ今は、お前が可愛いってことしかわからないな」

「……そうですか」


 ちょろきゅんしてしまいましたよね……。


「ちなみに、理想はやっぱり玉藻なのか?」

「んー? そりゃあね!」


 どや顔で頷くよ。

 あまあまする時にはだいたい二人そろって寝ているのか、答えてくれないので返事はないけども。構わず言うよね。


「なんかねー。見た目もそうだけど……突拍子もないこともやまほどするんだけどさ。ちょこちょこグラビアとか、ジャケ写とかドラマの打ち合わせをしていてね?」


 カナタの腕を抱き締めて、のほほんと喋る。


「タマちゃんがきびきび動いて見せ方をあれこれ考えてくれたりするの。高圧的に言うんじゃなくて、相手をその気にさせて動かすんだよね。男女隔てなく」

「……立ち振る舞いに憧れる?」

「かなあ……うん、そうかも。見た目の理想っていうだけじゃないの。基本的には私に任せてくれるんだけど、私に無理なところは割と率先して助けてくれるし、頼りになるなあって思う。それは十兵衞も一緒でね?」

「立ち振る舞い?」


 長くなると思ってもカナタは嫌な顔をしないで、髪を撫でながら聞いてくれるの。


「うん。人を見抜く眼力とか、軸をぶらさずに私にいろいろと……内省? を促してくれたりするの。思い返すと十兵衞に言われたことは、わりとなんでもすとんと腹に落ちちゃう感じ。だからもっといろいろ教えて欲しいなあって思うんだけどさあ……あんまりね」

「それで実家でお母さまや大人と団らんしている十兵衞を見ると嫉妬するのか?」

「そう! そうなの!」


 思わず尻尾が膨らんだよね。まあ掛け布団がもふっと盛り上がる程度の変化ですけども。


「カナタもいつかはあんな風になっちゃうのかな」

「どういう流れなんだ」

「……お母さんと親密な空気で飲むんだよ。私を差し置いて」

「待て。一ミリも介在していない話題で俺への風評被害がひどい」

「うちのお母さんと飲みたくないの?」

「意味がわからない。ま、まあ……そりゃあ、春灯の家族だから大事にお付き合いしていきたいとは思うけども」

「……やらしい」

「この会話に正解がなさすぎる」


 呆れながらも撫でる手は止まらない。えんどれす……。


「くふう」


 ついうとうとしてくるけど、頭を振って必死に眠気を振り払う。


「そこまで起きようとしなくても」

「やだ。たまに二人でお話できてるんだもん」


 獣耳に届いてくるの。敢えて言い方を変えるなら……あちこちから愛を叫ぶ獣の声。

 私だってーと思うのに、尻尾の櫛テクばりに撫でテクが神がかっていて抗いがたい。


「……最近、あんまり一緒にいられないね」


 ぽつりと呟いた。

 夜は二人で眠ることができているから、まだましだけど。

 それすらなくなったらと思うと、不安。

 夏休みで離れた時期さえ落ち着かなかった。

 考えてみたら一緒にいるのが当たり前になりすぎていて、いまさら離れられない。

 ううん……みんな、そのへんどうしてるのかな。


「でも気持ちは離れてないだろ?」

「……まあ」


 それでも密着していたいというのは甘えなのかなあ。

 付き合いたての頃よりも日にちを重ねるごとにそばにいたくなるばかりだけど。

 たとえば新婚さんみたいに、落ち着いた瞬間にだらしなくなっちゃうのかな。


「私がだらしなくなる瞬間って、いつ?」

「夜かな」

「いやな即答! 否定できないけど!」

「あと尻尾の手入れの時」

「またしても否定できない!」

「今もそうだな」

「……くふう」

「まあでも……どれも好きだけどな」


 はわわ、とかリアルで言うヤツはいないという。けど言いたい! はわわ!


「噛みつき癖くらいかな、困っているのは」

「うっぷす」


 しまった、こういう切り返しがくるとは。


「どうしてなのか、噛みつき癖の理由だけがよくわからない」

「……あ、あの、歯がむずむずしまして」


 あと血を吸うわよってやりたくなるというか。

 ほんとはあまりよくないのかもしれないけど、なんかこう……盛り上がっちゃうんですけども。


「業の深い性癖だな」

「むっ」


 そういう煽り方しちゃっていいのかな!


「カナタもカナタで私に応えてくれる時点で業が深いと思うけどなあ」

「お、言うじゃないか。じゃあ――……」


 もぞもぞと動き出すカナタに押し倒されたよね。

 次だ! 次がくるぞ! 気をつけろ!


「業が深いもの同士」

「……噛んでもいい?」

「それはだめ」


 笑って言われちゃいました。残念!

 まあでも……夜は長いけど、そろそろいいよね? 朝まで浸っても――……。


 ◆


 まさか、朝までぶっ通しでミナトの部屋でゲームすることになるとは思わなかったよね。

 それぞれにご飯だなんだと解散していく。

 九組の八葉くんと結城くんとか、他にも羽村くんに三組の木崎くんとか。あとは六組の大神くんとか。まだまだたくさん、よくもミナトの部屋に入りきったなあという男の密集具合も今は解消された。

 十分寝るからと言われて、ミナトに気を遣って部屋に戻る。

 どきどきした。まだキラリが寝ていたらどうしよう。いやいや、起きているかも? もう部屋に戻っているかも……。


「――……い、いくぞ」


 呟いて扉を開いた。

 恐る恐る部屋の中を覗き込む。


「ん……」


 気持ちよさそうに寝息を立てているよね。

 足音を立てないように部屋に入って気づいた。


「……嘘でしょ」


 寝巻きが脱ぎ散らかされてる。

 ぎょっとしてベッドを見たら、暑いのかな? ベッドがまくれて素足が丸見えになっていた。

 あわてて目をそらした。

 見ちゃだめだ。キラリに許してもらったわけじゃないのに、勝手にそんな……よくない。これはなんだかとても、よくない。

 急いで視線を逸らして、制服とタオルとカバンを取った時だった。


「――……あ、れ。んんん……」


 悩ましげなキラリの声が聞こえた瞬間、全身に緊張が走る。

 飛び上がるほど驚いたよ。うそうそ、待ってくれ。ここで起きられたら大変な誤解をされるんじゃあ?

 焦って手を振り回すけど、意味がなかったよね。

 身体を起こしたキラリの無防備な曲線を目にしてしまった。


「……さむい」


 さ、さむいんだ? まあ、布団ほとんどかかってないし、ブラだけじゃさむいだろうけど!


「なん……ん?」


 尻尾が揺れる。ふらふらと。

 自分の身体を見下ろした瞬間、ぴんと伸びた。毛がぶわっと広がる。

 赤面したキラリの目が! 猫の目が! 瞳孔がきゅっと狭まって!


「リョータ……見損なったぞ!」

「待って! 違う! いろいろ違う! ああでもいま見ちゃってごめん!」

「しゃあああああ!」


 飛びついてきたキラリの爪の餌食になるのは……甘んじて受け入れたよ。


 ◆


 制服とカバンとタオルと一緒に投げ出されたけど、しょうがない。

 転がって倒れる俺に、隣の部屋にいるトラジが手を差し出してくれた。


「よう、災難だな」

「……ま、まあ。キラリは照れ屋だから、これくらいは想定の範囲」


 握った手を引っ張ってもらって、なんとか立ち上がる。

 トラジのすぐそばにコマチがいたんだ。ぽぉっと赤い頬をしているけど、どうしたんだろう。

 そう思った俺の背中をばしっと叩いてトラジが笑う。


「なんだ。手でも出して正気に戻られて怒られたか? 天使もきついことするな」

「い、いや……手は出してないし」


 誓って、それはまだしてない。


「だからこそキラリも受け止めきれないっていうか……その、コマチ。頼めるかな?」

「う、ん」


 頷いてくれたコマチにお礼を言ったら、トラジは肩を竦めた。


「なんだかよくわからねえから……ま、風呂で話を聞くよ。おら、ついてこいや」


 問答無用なのに嫌味じゃないトーンって、不思議だよなあ。

 キラリが学級委員長みたいになっているけど、だとしたらトラジは裏の委員長っていう感じ。或いは副委員長かな。

 地元のやんちゃな人たちのリーダーだし、警察で侍のお姉さんのように腕っ節も強いし。妙に頼りになるんだ。まあ、コマチに対しては妙に甘いけど。二人は見ていて微笑ましいから、あのユニスさえ弄らない。

 それにしても……。


「トラジ、首筋」

「あ? ……ああ、まあ、ちょっとな」


 歯を見せて嬉しそうに笑ってた。

 思い返してみると、コマチの首筋にも――……って、ことは。


「うわ、すごい! え、ほんとに?」


 思わずテンションがあがる俺の頭に手を置いて、強引に髪の毛を乱してくる。


「ちょっ、トラジ!」

「騒ぐな。それよりお前はシャワーだけな」


 ご、強引なんだよなあ。トラジだからはまっていて、言い返す気すら起きないけどね。


「で、でも……それならトラジの部屋でもいいんじゃ」

「だめだ。俺の部屋は散らかっているんだよ。今日はだめだ」


 歯を見せて笑うトラジを見て気づいた。


「……あ、そっか」


 コマチとそういうことになった部屋には、まあ……そりゃあ、いれたくないよね。


「ミナトもてめえも、大概察しがいいのが困りもんだ。いいから行くぞ」

「はいはい」


 今は素直に従っておこう。

 トラジの提案で消毒するべきだって言われて、でもまあ傷口が赤く腫れているくらいだからいいんじゃない? って言い返したんだけどね。

 トラジは許してくれなかった。

 シャワーで洗い流して消毒作業することにした。

 脱衣所で脱いでみたら昨夜キラリにやられた場所がミミズ腫れになっていたよ。


「あいつ、気性が激しいタイプだな。お前は苦労するよ」

「あはは……」


 さて、どう答えるべきか悩んでいた時だった。


「あははははは! ちょっと、カナタ! それはさすがにひどいね!」

「うるさい、ラビ……頼むから黙ってくれ」


 兎耳の前生徒会長と一緒に、緋迎先輩が後ろにやってきた。

 手早く部屋着を脱いだ緋迎先輩を一目見て理解したよ。

 首筋も肩口も、身体中に噛み痕がある。


「……あっちも激しいな」

「そ、そうだね」


 トラジの言葉に頷いていたら、ラビ先輩がふり返った。

 そして俺たちを見て、緋迎先輩の肩を叩く。


「カナタ、あっちもすごそうだ」

「ん? ……ああ、虹野だったか?」


 名字をぴたりと言い当てられてどきっとした。


「な、なんで」

「天使の彼氏だったか。うちの彼女から話は聞いている」

「それよりもー。きみ、なかなかの傷だね? キラリちゃんが尻尾を生やした瞬間に、こうなる運命が待っていたわけだ」


 大仰な言い方をするラビ先輩の脇腹を肘で軽くつついて、緋迎先輩が手を差し出してきた。


「緋迎カナタだ。よろしく」

「あ、あの……虹野リョータです。どうも、よろしく」


 あわてて握手する。

 よかった。よかった! こんな縁があるとは思わなかったよ。


「ところで」


 咳払いをしたトラジが呆れたようにツッコミを入れてくるんだ。


「傷だらけの男同士、裸で握手しているところ悪いんだが……つまり、あれだろ? 彼女が手強い同士だろ?」

「あ、ああ」「そ、そうだね」

「さっさとシャワーを浴びたらどうなんだ? ほら、出会いは大事だけどな。脱衣所で確かめるものじゃない。そうだろ?」

「「 た、確かに 」」


 ラビ先輩が一層楽しそうに笑っていたよ。

 すぐに大浴場に入ってシャワーを浴びる。少しだけ腫れている箇所が疼くけど、痒いくらいで済んでいるから俺はいい。でも隣のシャワーを使う緋迎先輩は引きつり笑顔だった。


「あ、あの……聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「彼女の……その。獣の本能って、どうやって対処してますか?」


 俺の問いかけに緋迎先輩はシャワーの湯を止めて、自分の傷だらけの身体を見下ろしてから俺を見た。


「これで、対処できているように見えるか?」

「あ……そ、そうですね」


 できてないですよね。明らかに、できていないが故の傷跡ですよね。


「男湯と女湯がきちんと壁に隔てられていてよかった。向こうに聞こえなくて済むからな」

「……あ、あの?」

「正直に言うとな。獣に類する発現をした御霊の宿主は、猛獣だ」

「も、猛獣」


 猫のような瞳をして、爪を伸ばして襲いかかってきたキラリにぴたりと当てはまる。


「人ができたあのニナ先生ですら、盛りがきたら凄い不機嫌になる。十組の担任なら、見たことはないか?」

「……ええと。ない、ですかね」

「まあ、そうだな。十組ができた時には獅子王先生とご結婚されていたか」


 遠い目付きをして、緋迎先輩が深いため息を吐いた。


「なら、まあ……例はお前自身が体験したものだけでも十分だろうが。本人たちにはあまりその自覚がなく、しかし何かしら行動に出るものだ。春灯なら噛みついたり、暴走する瞬間だし。天使なら?」

「……爪をとぎたがる」

「お前も苦労しそうだな」

「し、しみじみ言わないでくださいよ!」


 トラジに続いて二回目だ。そういう心配をされるの、正直精神的によろしくない。


「天使は……あれがもし猫なら、まあ冬や春先は特に注意が必要だ」

「……や、やっぱり……あれって?」

「俺もお前にとっても、それぞれの彼女のデリケートな話題だからあまり声を大にして言いたくはないが……そういうことだ」


 発情期。青澄さんの事件のような騒ぎになるかもしれない?

 チョコレートをくれるというのに、楽しむ前の事件に心が追いついていかない。

 だって、青澄さんの事件はかなりやばかった。

 目についた知り合いすべてに噛みつき、青澄さんと交流の深いキラリや山吹さんにはキスまでしたという。他にも被害者は数名いたみたいだ。

 キラリから聞いた話だと星蘭の生徒に助けてもらったというけれど。


「青澄さんって、その……今も、前に騒動を起こしたように、そういう瞬間があるんですか?」

「いや、あそこまでじゃないが。九尾の妖狐に身をやつして、あいつの本能はかなり強くてな。おかげでこのざまなんだ」

「……苦労してますね」

「まあな」


 苦笑いを浮かべる緋迎先輩。

 他の男子は見慣れているのか、誰も突っ込んでこないところに闇を感じる。


「……そんなにされて、嫌になったりしないんですか?」

「好きだからな。受け入れてやっていくだけさ」


 さらりと笑って言うところはかっこいいし、なんなら台詞もかっこいいけど、代償はどうやらでかいようだ。


「何か工夫してたりします?」

「ああ……尻尾の手入れをしたり、頭を撫でたり。春灯が俺の愛情を感じてくれるほどに荒ぶる気配が鎮まると気づいてからは、だいぶ楽になった。それまでは……かなり激しかったよ」


 く、苦労してる!


「サカリの時期だからって、安易に手を出すなよ。彼女が納得していないのなら、特に……しっぺ返しを食らう」

「そ、それって、どういう」


 脅されて思わず身構える俺に、先輩はシャワーの湯を勢いよく出した。


「今よりもっと酷い目に遭うだけだ。ほら、あんまりのんびりするな。飯を食べる時間がなくなるぞ」

「あっ」


 あわてて俺も身体を流し始める。

 じんじんと疼く爪痕に思いを馳せた。

 これより酷い目には、なるべく遭いたくないなあ。

 キラリのことをこれくらいの障害で諦めたくはない。

 だとしても、手段を模索しないと……今より先に進めそうにない。


「悩むなら、彼女に愛情を伝えたらどうだ?」

「愛情、を? べ、べつに……嫌われてはないと思うんですが」

「そうじゃない」


 一つ年上っていうだけとは思えないくらい深い笑顔で先輩は呟いた。


「案外、人間……本気で不安に思っていることほど、口には出さないもんだぞ」


 ◆


 コマチになだめられて、コマチが呼び出したユニスに服を着せられて、二人に連れられて自分の部屋に戻った。

 冷静になって思い返すと、リョータは私の頭を撫でこそすれ、よからぬことをしようとはしなかった。ただの一度も。

 っていうか、あいつの上にのしかかって獣丸出しの態度とか……最悪だ。最悪すぎる!


「キラリ……落ち着いて」


 普段だったら率先してからかってきてもおかしくないユニスが私の背中に触れてきた。

 なだめるように撫でるだけじゃない。不思議な熱がユニスの手から流れ込んできて、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

 なによりきくのは、無言でじっと不安そうに見つめてくるコマチの顔だ。


「……だ、だいじょうぶだから」

「尻尾は嘘をつけないみたいね」

「え?」


 ユニスの指摘にふり返ると、苛立たしげに揺れていた。毛が膨らんでもいる。


「何があったのか聞いてみたら……私が言うのもなんだけど。あなた、開き直ってリョータと結ばれた方がいいんじゃない?」

「なっ!?」

「猫のそれは結局、性的に満たされるか否かなわけでしょう?」

「な、ななななっ」

「あなたの親友の青澄だって、結局……彼氏に噛みついて、かなり進んでいるのは、そういうことなんじゃないの?」


 頭に血が上る。尻尾がびゅんびゅん乱れ舞う。コマチがあわててユニスと私の顔を交互に見るし、ユニスはユニスでつんと澄まして顔を背けていた。


「デレ期到来。身体が求めているだけじゃない……いい加減、素直になったら? あなた……本当は、したいんでしょ? 心から、リョータを求めているんでしょ?」

「なあぁ!?」


 思わず右手が伸びた。ユニスの鳩尾を的確に抉っていたね。


「図星、ね……ぐふっ」


 倒れるユニスにあわててコマチが寄り添う中、私はほっぺたを両手でおさえて部屋の中を言ったりきたりする。


「ないないないない! それはない! 断じてない! そりゃあ、あたしが決意しないとあいつはいつまでたってもなんにもしないだろうし! だからって、そんな! そこまで欲しがりじゃないし!」


 ふわふわと浮かんでくる。

 春灯と大浴場で会うたびに……或いは他の女子たちののろけ話を聞くたびに「ふうん。私は知らないけど。それってそんなにいいの?」みたいに思ってしまう瞬間、すべて。


「いやいやいやいや! ないない! 絶対ないから! そこまであたし、あいつに気を許しているわけじゃないし!」

「……あのね」


 ダメージから復帰したユニスが私を睨みつけた。


「昨夜の出来事が答えでしょ? 観念したら?」

「――……うう。で、でも!」

「なら、鏡をみてきなさい。今の顔、自分で見たら嫌でもわかるわよ」


 ユニスの言葉にコマチが何度も頷いた。

 あわててユニットバスに入り、鏡を見たよ。

 真っ赤だった。目が潤んで、締まりのない顔をして。

 まるで緋迎カナタの話をする春灯みたいだった。

 尻尾が揺れる。落ち着かない気持ちの分まで激しく揺れる。


「うそだ。そんなの……そんなの、まるで……じゃあ、あたしも?」


 いつかの春灯みたいに……あんなに暴れ回ってしまうくらい、リョータのことが……好き、なのか。

 いや、好きだけど。好きだけど-!


「んなああああ! 一歩を踏み出せないユニスに指摘されて気づかされるとか、屈辱ーっ!」

「し、失礼ね!」

「あんたもいい加減、観念してミナトといい感じになりなさいよ!」

「こっちに無茶ぶりしないでよ! それとこれとは話が別でしょ!」

「そうだけどー!」


 転がりたい。くそ。くそ! ああでもここまできたら、いっそ露骨なくらいリョータに伝わっちゃっているはずだ。あたし自身が気づいていなかった、一線に対する思いが。

 ああ――……ほんと、最悪。

 あたしは一体、今日……あいつとどんな顔して会えばいいのか。


「……学校、いきたくない」


 呟いた瞬間、扉が無造作に開いた。


「ぷりぷりキラリ、さぼりよくないですよ。幼女は身に染みているのです」

「くっ……あんたがいたか」


 のほほんとした顔して入ってきたんだ。

 お前はいつもいつも、なんでわかりきった調子で全てを見通して言うんだと思わせてくるアリスが。


「みなさんもそう思うはず。ねー?」

「あ、あはは」


 苦笑いをするリョータの声に飛び上がるほど驚いた。

 見たら制服姿のうちのクラスの男子一同がいて、当然その中にはリョータも含まれるのだ。


「ほらほら。ご飯を食べて学校いきますよう! って、え? なんでほっぺたをつまんで――……むにむにしないでくだせえ!」


 きらきらした顔をしたアリスのほっぺたをさんざん弄んで、渋々観念した。

 リョータはあたしに何も言わなかった。

 見れば首筋にうっすらミミズ腫れがあるのが見えた。

 何度も何度も引っ掻いちゃったから、当然だ。

 なら、謝らなきゃいけないのも、当然なんだ。

 券を買って並ぶ列、十組の最後尾にリョータを引っ張って並ぶ。

 言葉を探そうとして視線を迷わせるリョータのジャケットを引っ張って、囁いた。


「……ごめん」


 すごく驚いた顔をしたよ。

 みんなは敢えてあたしたちに触れてこなかった。

 アリスですらそうだ。

 みんな無言で主張してくる。さっさと仲直りしちゃえよ、と。

 ありがたいやら、うっとうしいやら……いや、ありがたいな。


「いいよ。ニナ先生から、どれほど抗えないものか聞いているし……キラリの気持ちも、少しだけわかったから」


 目の前が真っ暗になった。

 それはつまり、あれか。あたしの欲とか、そういうのも筒抜けなのか?


「~~っ」


 世界の終わりが訪れた。

 絶望によろめくあたしを慌てて支えて、


「ち、ちがう、そういう意味じゃなくて……ただ、キラリにもっと気持ち伝えなきゃって思ったんだ」


 リョータが耳元で囁くんだ。


「放課後、時間いいかな?」

「えっ――……」

「デートしようよ」


 その誘いにうちのクラスの女子の肩がぴくんと揺れた。もちろん気づいた。

 けどなにも言えない。

 頷くのが精一杯だったよ。




 つづく!

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