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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十六章 バレンタインは縁を作るの?

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第四百十三話

 



 チョコを作る女子たちは、なんと時間帯を分けて数班に分かれている。

 後半は男子も混じった混合部隊もいる。まあ今時、もらうだけが男子の華じゃないわけか。


「ねえ、キラリ。チョコの湯煎って意味がわからないのだけど」

「さっき説明されただろ」

「覚えきれないわよ。あなたはわかるの?」

「う……」


 ユニスの真顔の問いかけに唸る。

 私も料理は喫茶店のバイト以外はまだまだだからな。

 戸惑っていると、すぐに岡島がやってきて丁寧に教えてくれた。

 どこかで女子の声があがると近づいていき、紳士に徹して教えてくれる。

 バレンタインを楽しむ気がある奴しか集まっていないにせよ、岡島の株はうなぎ上りじゃないか。ストップ高なんじゃないか。


「……おいしくなれ、おいしくなれ」

「ねえねえぷりぷりキラリ。アリスへのチョコはまだですか?」


 まあ、それどころじゃないコマチもいれば、食い意地しか張っていないアリスもいるのだが。


「アリス。参加するなら作れよ」

「えーいやですねーチョコはいただくものですよ?」


 しれっと言うな……。


「コマチを見習えよ。トラジにあげるチョコを一生懸命かきまぜてるぞ」

「ねえコマチ、チョコに髪の毛を入れて気づかれないと永遠の愛が叶うらしいわよ」

「よせユニス、そういう情報を流すな。コマチも髪の毛を抜こうとするな!」


 はらはらしてきた。

 そりゃあ、おまじないには覚えがある。

 髪の毛はまだ可愛い方で、皮脂とか……まあちょっと筆舌しにくい類いの身体の一部を入れて食べさせるという奴だ。大好きな人の体内に吸収されてどうのとか、小学生時代はあんまり深く考えなかったけど、いま思うと顔が強ばるな。

 女子の手作りチョコほど、えげつないものはなく、なぜかそういうことに気がつく岡島は怪しい行動をしようとする女子に積極的に声を掛けている。

 あいつは妙にできる男だな……。


「刻んで入れると気づかれる率が減るらしいわ」

「おいこら魔女、そういう呪いを教えるな」

「あら。血とかもっとあれな内容を言わないだけマシだと思いなさいよ」

「……ほんと、もう。勘弁してくれ」


 うんざりしながらコマチに代わってボウルとゴムベラを受け取る。


「愛が重い案件」

「アリス……なんだそれ」

「私たちの愛は深く、時に暴走してしまうのです。それは初めて好きになった男の子の抜け毛を思わずティッシュにくるんで持ち帰り、そのコレクションがついに一年分になってしまうかのように」

「それは……重たいな」


 間違えた方向に全力疾走っぷりが残念だしな。


「絶望した!」

「なんだよ、急に叫ぶなよ」

「絶版になって絶望しました。あ、正確には重版掛かれば別らしいですけど」


 重版出来、重版出来と口ずさみながらふしぎなおどりを踊り始めるアリスに何かが吸い取られる……。


「あのな……だから、なんの話なんだ」


 うんざりしながらゴムベラでかき混ぜていたら岡島にもういいって言われた。

 ユニスとコマチが用意したハートのクッキーにチョコをまぶして、シートに並べていく。

 十組はハート型のチョココーティングクッキーで統一することにした。

 どうせミナトあたりが率先して比べたがるに違いなく、変に意識されたり評価されるのも面倒だけど、かといって放置するとコマチが頑張りすぎた凄い出来の何かを作りかねず、私たちがやばい……ということで、女子会議の末の結論である。許せ。すべては談合で決まる……。

 とはいえ、それで終わりじゃ芸がないよね。なので岡島が用意してくれた小物を使ってデコることで、差別化を図ることにした。

 うんうん。これならミナトはうるさくせず、トラジもリョータもそれぞれに満足するに違いない。


「髪の毛……」


 抜くか否かを真剣に検討するコマチに呼びかける。


「よせ。後から入れたら呪いの効果がないぞ」

「キラリ……そういう止め方はどうなの?」


 いや、ユニス。提案したあんたに突っ込まれてもな。


「あんたにいわれたくない。っていうかユニス、ミナトにあげるんだな? 意外と仲良くやってんの? いつもはあんたが罵倒しているところばかり見るけど」

「まあ……泣いて土下座までされたら、義理くらいはね」

「……クッキーは既製品、チョコも安いのとはいえ手作りしてる時点でちょっとは気持ちがあるんじゃないの?」

「考えてみたら私、小学生の頃から毎年チョコは作って誰かにあげてたし」

「ふううん? 意外と恋多き女? 湯煎の仕方を知らない振りまでして。ミナトのこと、めちゃめちゃ意識してたり?」


 率先してからかいにいこうとしたのだが、ユニスは涼しい顔で否定した。


「違うわよ。あげる相手が必ずお腹を壊す呪いを掛けてるの」


 白いチョコペンで『一撃必殺』と書かれた大きなハートのクッキーを私はどういう気持ちで見つめれば。


「――……なにゆえ?」

「恋する心は下心。これくらいの困難を乗り越えられないなら、真心はないし。愛情がない相手と恋人になんてなれない」

「めんどくさっ」


 うっとうしいなあ。


「気持ちを試すようになったら終わりだぞ」

「ずっとお預けを食らわせているあなたに言われてもね」


 見つめ合って二人で同時に笑い声をあげる。

 コマチが横目で不安げに見つめてくるけど、ケンカじゃない。こんなのはじゃれ合いだって。マジで。


「……とにかく、ミナトが可哀想だからやめてやれよ」


 きっとあいつ、心の底から喜ぶだろうし。

 食べてお腹が一撃で破壊されるクッキーとか、報われなさすぎるだろ。


「……じゃあ、どういう呪いをかければいいの?」


 真剣にそう聞く女子の扱いなんて、あたしは知らないぞ。

 いや、かけるなよ。呪うなよ。素直にお菓子をあげろよ。

 あの! と声を上げるコマチにみんなで視線を向ける。


「す、好きになってって、気持ち……こもれば、いいかな、なんて」


 赤面しながら可愛いことを言うコマチは癒やし。

 ただしその手に握られた髪の毛は捨てるべきだと思う。


「もうそろそろつまみ食い解禁ターンの到来の予感!」

「しないから、アリスは待て」

「はふはふはふはふ!」

「犬か!」


 ああもう。ぎゃあぎゃあとうるさいなあ! リョータのメッセージをチョコペンで書きたいのに集中できないだろ!


 ◆


 あっちは賑やかだねーとルミナちゃんに振られて笑う。

 キラリのようにクラスの子たちと絡んでいる子もいれば、友達グループと来ている人もいる。

 山吹マドカもその一人だ。ルミナちゃんとか仲の良い女子たちとくっついてチョコを型に流し込む。

 ユウとキラリとハル、あとルミナちゃんたち友達、止めに剣道部やお助け部のみんなにあげるチョコ作り。

 異物混入は岡島くんが気をつけて注意して回っているから、士道誠心のバレンタインは多くの男子が夢を見る範囲で留まりそうだ。

 それにしても二番目の班で作っているけど、岡島くんは手慣れている。

 甘いマスク、穏やかな物腰。優しい声と真摯な振る舞い。何気に岡島くんファンは多いと思う。

 勉強ができるだけじゃなく、御霊の強さも理由の一つだ。

 酒呑童子。いろんなフィクションに引っ張りだこの御霊は岡島くんの不思議な雰囲気とのギャップがひどい。

 本気を出して戦う彼は普段からは想像さえできないくらいの野性味と粗暴な感じを出すんだけど、それがねー。また評判がいいというか。御霊と刀鍛冶別授業で、妖怪の御霊を宿している生徒とニナ先生のクラスにいる女子には密かに人気が高い。

 まあそんな彼の意中の人物は知れ渡っているおかげで、単純に憧れの男子っていうわけじゃないんだけどね。

 岡島ミヤビと茨シズク。

 酒呑童子と茨木童子。

 御霊の関係性の深さはもはや運命。

 しかもねー。茨ちゃんが元男子っていうのがね。また一部の噂を盛り上げる理由になっていたりして。あれですよ。傍から見ている分には気になる二人の筆頭ですよ。


「ルミナちゃん、一年生のベストカップルを挙げるとしたら、誰?」

「おー。その話題に触れますか」


 私の問いかけ、そして岡島くんへの視線に気づいて校内ラジオのアイドルDJが笑う。


「一年生同士っていうなら、まずは仲間トモと結城シロか、或いは沢城ギンと佳村ノン! この二組が鉄板かなー」

「だよねえ」


 結城くんと沢城くん。努力家の知略型と天才剣士の幼なじみコンビ。それだけでもお腹いっぱいになれそうなくらいおいしいのに、二人の相手も一年生じゃかなりの有名人。

 剣道小町の仲間トモさんと一年生刀鍛冶筆頭の佳村ノンさん。二人ともよく絡むから、今ではすっかり友達だけど。二人は次の時間帯に参加するようだ。


「凜々しく強くて女子のアイドルの仲間さんが、結城くんの前では女子になるんだよねー」


 ルミナちゃんが蕩け顔で言うと、一緒にチョコを作っている女の子たちも夢見がちな顔をする。まあねー。仲間さん、かっこいいもんね。男前だし。なのに普段は情けなくて押しの弱い結城くんを男にするんだ。それを見て乙女の顔をする仲間さんが、またえらく可愛い。

 わかる。あの二人はいいよね。


「沢城くんと佳村さんはもうねー。うちの学校の理想コンビだよね。侍候補生と刀鍛冶。上級生と付き合ってるハルちゃんと緋迎先輩と一緒で、理想的」


 みんながうんうんと頷いた。


「やっぱり侍候補生と刀鍛冶になって、特に同室で生活してるカップルはさー。なんか違うよね」「そうそう。もはや恋人通り越して夫婦かよ! みたいな」「特にあの二人は、あんまり話さなくてもすべてをわかりあってる感あるし!」


 あはは、と笑いながら思いを馳せる。

 沢城くんと佳村さんは二人して、警察の特別授業で来てくれる民間警備会社に所属して、夜は邪討伐に出かけていた。

 だからこその安定感は凄くて、ハルと緋迎先輩とはまた違う夫婦感が出てる。


「佳村さんって、三歩後ろをついていくタイプのように見えるけど。あれで三年生のミツハ先輩とか生徒会長に見込まれて、マシンロボの中核になってたりするし。こないだのトーナメント、けっこうすごかったよね」


 よどみなく喋って両手を組み合わせると、ルミナちゃんは夢見がちに言うんだ。


「いいなー。憧れるなあ。沢城くんの横に立てるよう頑張るのです、みたいな健気さ」


 あー、と頷く。

 こと剣技において、御霊に頼らずに先陣を切れる人はそう多くない。

 沢城くんは別格だ。ハルのように剣豪の御霊を宿しているわけでも、岡島くんのように妖怪の御霊を宿しているわけでもない。

 村正。刀の付喪神を御霊に宿して、持ち前の身体能力と戦闘センスで戦っている。

 一年生最強は誰? という話題になったら誰もが必ず名前を挙げる。

 当然だ。持ち前の能力だけで化け物にさえなれる相手と渡り合えるんだから。彼がトーナメントで見せた村正の技は、もしかしたら神さえ殺す必殺に到達しているかもしれない。

 そんな彼の刀鍛冶として寄り添うだけでなく、己の可能性を全力で広げている佳村さんはさすがの一言。

 マシンロボは彼女なくしては成立しなかった。それだけでも、彼女が刀鍛冶として傑物である証になるんじゃないかと私は思っている。

 霊子を操る才能――……隔離世に関わる刀鍛冶に求められる資質。侍候補生よりも多岐にわたり、或いは隔離世の物質を操り現世に影響すら与えるかもしれない無限の可能性。

 まあ、並木生徒会長のようにハリセンに変えたり、ミツハ先輩のようにお説教パンチにしたりとか。可能性にはいろいろあるみたいだけどね。

 強さやありようとしても、なるほど。沢城佳村ペアは理想的といえるだろう。


「マドカちゃんと狛火野くんもいいよね」

「あー」「わかる」「無邪気素直、不器用系犬彼氏!」


 いや、その言い方はどうなんだ。

 苦笑いを浮かべる私にルミナちゃんがにじりよってきた。


「その後、どうなんですか? 進展の程は!」


 握り拳をマイク代わりに向けられてもなあ。


「んー。ノーコメント、といいたいところだけど」

「だけど?」

「「「 だけど? 」」」


 みんなして詰めよってこられてもね。


「春休みにユウと、ユウのお姉さんと三人で実家に行く旅行の約束はしたかな」

「「「「 おー! 」」」」


 一斉に歓声をあげるから、離れたところで作業している子たちが一斉に見てきた。

 キラリたち十組の子もいる。注目されたいわけじゃないから肩を竦めた。


「まあまあ。でもねー。高校生で家族ぐるみって、わりとハードル高いからさ。まだなんともいえないかな」

「「「「 確かに! 」」」」


 そろって頷くの、いったいなんなんだろう。

 苦笑いしながら自分で話していく。


「高校生の頃に付き合って、いったい何割が結婚するんだっていうね。あるじゃん」

「でもでもー。ゴールインしてる人たちも結構いるっていうやん? なんだかんだできっかけになるっていうやん? むしろうちらもそれが理想なわけやん?」


 ルミナちゃんの言葉に私のそばにいる子がうんうんと頷いた。


「ぶっちゃけ侍も刀鍛冶も、普通の仕事してる人たちとのかみ合わせ悪いっていうかさー」「理解されないよねー。このご時世に刀とか、隔離世とか」「警察にいくと余計ねー。だからって今の相棒が満点彼氏かっていうと」

「「「 はあ…… 」」」


 いやいや、三人そろって憂鬱すぎか。


「相性いいのはもー、価値観を共有できる相手なわけで。マドカちゃんは狛火野くんと剣道部で一緒だしい? 同じ侍同士で相性は結構ええやん? いけそうな感じやん?」

「あ、あははは」


 そこに戻してくるか。やるなあ、ルミナちゃん。


「まあ……どう付き合っていくかでしかないよね。自分にとっても相手にとっても、今が理想か……それが未来永劫かわらないかっていうと、そんなことはあり得ないわけで」

「「「「 それな 」」」」


 みんなしてチョコを作りながら思いを馳せる。


「さいこうの、ベストカップル、いつまでも」


 そうなれないなら、なれないなりにやっていくしかないのが……まあ、人付き合いの常ですかね。胸の中がじんわりと熱くなった。光が頷いてくれたのかな?

 笑ってチョコ作りに専念する。

 ユウはいったいどれほど喜んでくれるだろうか。女子にまだいまいち慣れてないユウの反応を思うと、わくわくする。

 よくてもわるくてもいい。喜んでもらえる結果にするように、できることをするだけ。

 今はまず、型に流し込む。きみが喜んでくれる形がハートならいいなと念じて。これが異物にならないように気持ちをこめて、作るだけ――……。


 ◆


 カナタ、と呼びかけられて顔をあげた。

 ラビの部屋で、ラビがいて、風早がいて……他にも二年生の男子がいる。


「いま女子が食堂でチョコ作ってるらしいぜ」

「ああ……そうみたいだな」


 春灯が学食に行っていたから聞いている。これだけ露骨なネタバレもないが、しかしまあ……素直に嬉しくはあるな。

 同じ気持ちなのか、ラビが兎の耳を手のひらで撫でつけながら緩い顔で呟く。


「コナちゃんくれるかなー」

「ちっ! てめえ、ラビ! 俺たちのアイドルを奪いやがって!」

「いたっ! 痛いよ、ユウリ……君だって、エマちゃんがいるだろ?」


 ラビを迷わず蹴ったのは藤岡ユウリ。刀鍛冶だ。侍候補生で同級生の幼なじみがいる。佐藤エマ。三年生や一年生の目立つ女子侍候補生に比べると小粒だが、しかしいぶし銀の働きをする猫又の御霊持ちだ。


「エマは……ほら、いいんだよ。あいつはそんなんじゃねーし」

「「「「 はいはい 」」」」


 全員で受け流す。赤面しながら言われてもな。


「そ、そうじゃなくて! 俺はだな。コナちゃんとユリアちゃんのチョコが欲しくて……っていうかコユキぃ! てめえ、女子なら作ってこいよ!」

「チョコは女子が作ってあげるものとか、前時代的だね。興味ない」

「俺のチョコが増えるだろ!?」

「必死すぎ。痛すぎ。きもすぎ。エマには同情するね」

「んだと!?」


 血の気が荒いユウリは愚連隊所属だ。腕っ節は強い。だからって、一年生の仲間トモの刀鍛冶になって久しい風早が気にするわけもない。

 それに風早はあのジロウ先輩の直系の弟子だからな。おおらかで人ができすぎたタフなジロウ先輩の弟子は、そうそうたやすく怒ったりしないのだ。


「だってほら。君へ片思いすればするほど、君ってプレッシャー感じて浮気したがるから。八十年代のフィクションの主人公じゃあるまいし、素直に受け入れたら? あんまりそわそわしないでさ」

「……けっ」


 むくれて膝をつくユウリを制御する術くらい、風早は熟知している。

 あっさり言いくるめられるユウリもユウリだけど。


「ユウリがそこまで盛り上がれるの、うらやましいなあ」

「カズマ……お前なあ。嫌味か!」


 のほほんと笑う男子をユウリが恨めしそうに睨む。


「えー。なんでさ」

「いや、だって……カズマ、彼女いるだろ」

「まーねー」


 ソファに寝そべって漫画を読んでいた手を下ろして、ぽやっとした顔で言う。

 演劇部所属、星野カズマ。侍候補生だ。武将の御霊を宿しているというが、その武将が誰なのかを誰にも教えていない。しかし戦いや舞台に出ればキャラは豹変し、激しく苛烈に戦う。勢い任せならたやすいが、知略を尽くすことも忘れないから、二年生の侍候補生たちの中でも陰の実力者と評判だ。

 そんな彼は同じように同級生の侍候補生の恋人と付き合っている。しかも侍候補生同士でありながら同室で生活をしているのだ。

 なんなら二年生の中でも最も早く付き合ったカップルだといえる。

 そこまで考えたところだった。

 不意に扉が荒々しく蹴り開けられた。そしてダッシュで中に入ってくるなり、ソファに寝そべるカズマに飛びついた。


「カズマ! かずまかずま! 私のチョコをくえ! さあ食え!」


 噂の彼女のお出ましだった。


「ちょっとー。みんな見てるよー? だめじゃん、そういうのはよそうって話したでしょ?」

「でも……カズマに食べてほしくて! 有象無象はどうでもいいから、ね!」


 これだよ、とユウリが渋い顔をする。

 乱入者にラビがそっと呼びかけた。


「あのさあ。クリスちゃん……扉を蹴って開けるの、そろそろやめてくれないかな」

「不敬!」


 少女がびゅん、と何かを投げつけた。ラビの額に当たって落ちたそれは紙箱だ。

 そう理解した時、殺気を感じて咄嗟に顔の前に手をかざす。

 ラビに投げつけられた紙箱と同じモノを投げつけられたようだ。受け取ったそれと同じものが風早やユウリにも投げつけられていた。


「一応進呈!」


 蓋を開けてみると、友の漢字の形をしたチョコだった。

 これ以上ない義理だな。いっそ清々しい。


「さあ黙れ!」


 彼女の言葉に俺たちは黙らざるを得なかった。

 お礼さえ拒否とは。

 しかし抗えない。

 彼女は強いて言うなら並木さんばりに激しい気性の持ち主だから。


「かずまあ……食べて?」

「んー。ここじゃなんだから、部屋にいこうか」


 あまったるい声を出す彼女を抱き上げて、


「じゃあね」


 カズマが立ち去っていく。

 くそ、と唸るユウリにはフォローのしようがないな。


「あの野郎……っ! 去年の四月から、いちいちいちいち俺たちの前でいちゃこきやがって……っ!」


 恐らくそれがカズマのいちゃつきシーンを見せられた者の総意だろう。

 ラビや俺だけじゃない、女子含めてな。


「ま、まあ……配慮して出て行ってくれるようになっただけ、ましだと思えばいいんじゃない? チョコくれたし」

「……何の可能性もない義理じゃん。母親チョコと大差ないじゃん」


 そういうなよ。


「クリスも相変わらずだな」


 呟いた。

 那月クリス。どうやらカズマの御霊と近しい人間の御霊を宿しているようだ。

 カズマとクリスのペアで襲いかかられると俺やシオリだけじゃない、ラビやユリアでさえも手こずる。あまりにも息がぴったり合いすぎているのだ。

 星蘭の鹿野のように派手で愛らしい見た目の彼女に夢を見た男子は多くいただろうが、現実は残酷だ。カズマが刀を抜いた瞬間に、彼女はカズマに恋したのだ。それからの全力アプローチをカズマはわりと早々に受け入れて、交際に発展。あまりのいちゃつきぶりにいらついた周囲と交戦に発展しかけたことも多々あるが……まあ、それはそれ。昔の話だ。

 カズマに関わることだとちょっと……いや、だいぶおかしくなるが、しかしそれ以外では面倒見のいい女子だ。ダンス部の部長をやっているという。春灯のクラスの羽村はクリスの部活の後輩になるわけだな。

 開きっぱなしの扉がそっと叩かれた。

 佐藤エマが顔を覗かせにきたようだ。


「あのー。ユウリくん、きてる?」

「ほら、観念していってきなよ」

「コユキうるせえ!」


 言い返して、ぶっきらぼうに歩いて出て行くユウリを残った三人で微笑ましく見送った。

 廊下に出て扉が閉まってすぐだった。

 ぽぉっと頬が上記した大人しく愛らしいと評判のエマの声が、ユウリと二人きりになった途端に響き渡る。


「あんたさ! いい加減、毎年あげてんだからわかるでしょ! もらいにきなさいよね!?」

「ああ!? なんでてめえのチョコなんかもらいにいかなきゃなんねえんだよ! コナちゃんかユリアちゃんに転生してから出直してこいよ!」

「きいいいい! どうせアンタはあの二人にもらえないんだから――……」


 ケンカする声が廊下に響き渡る。

 二人の荒々しい足音がどんどん遠のいていった。


「……ユウリもさ。さっさと観念すればいいのにね。ラビ、暗躍しどころじゃない?」

「んー。なんかユウリとエマって、見守っていたい気持ちにならないかい?」

「わからなくもないけどねー。でも、エマって大学とか、進路先で悪い大人にあっさり奪われちゃいそうな、そんな感じしない?」

「あー。確かに騙されやすそうだね。普段の猫かぶりモードが大人しい分ね」

「それそれ。で、後になってユウリが後悔しながら独り身を貫くんだよ」

「悲しい結末だね」


 二人の話が俺にはいまいちよくわからないのだが。


「なるようになるんじゃないのか?」


 何気なしに言ったら、風早に露骨にため息を吐かれた。


「さすがコナちゃんの片思いに気づかなかった男子は言うことが違うね」

「う、ん……」


 痛烈な皮肉に唸る。

 並木さんとのことが知れ渡っていることには、いまさら驚かないが。


「そ、そこまで言われるほどのことか?」

「そりゃあね。ミツハ先輩に最初に見込まれて、それは本当のところは緋迎ブランド抜きだったのに。求愛を蹴ってがむしゃらに侍の修行してたカナタはさ。もう少し、気を遣った方がいいよ」

「う」


 ミツハ先輩を持ち出されると弱い。


「まあまあ。コユキちゃん、あんまりカナタを苛めないであげてよ」

「ラビにも……コナちゃんが納得しているから言わないだけで、二年女子一同はきみに言いたいことが山ほどあるんだからね?」

「しまった。やぶ蛇か」

「自業自得だよ。ラビもカナタもさ。もうちょっと女子のみんなに優しくしてくれてもいいと思うよ」

「「 はい、気をつけます…… 」」


 思わず頷いてしまった。

 並木さんやシオリ、ユリアからはこういう風に怒られることがあまりない。

 並木さんが怒る時はもっと激しいしな。ハリセンが乱れ舞う時も多いしな。

 その点、風早のそれは……抉られるな。ただただ反省するよ……。

 そして実感する。

 三年生の刀鍛冶はミツハ先輩が厳しく強く律して、ジロウ先輩が優しくすくいあげている。

 役割分担は明白だ。

 その点、二年生の刀鍛冶は俺やユウリよりも並木さんと風早で回っているところが大きい。他にも頼りになる奴がたくさんいるのだが……とにかく。

 気が利く風早はそっと立ち上がって、懐から化粧箱を出して渡してくる。

 ちょっと値が張るが有名な店のものだった。


「じゃ、そういうわけでお返し期待してるから。またね」


 俺とラビ二人にだけ渡して、爽やかな笑顔で立ち去っていくその手並み。勉強になるし、痛感する。腹芸をさらりとするタイプが俺の学年には目立つ気がしてならない。

 ラビ、風早、並木さんだってできるし、エマもあれで周囲を欺くことが多い。

 一年生を見ていると、たまに羨ましくなるよ。みんな素直で。


「……三倍で許してくれると思うかい?」


 ラビの途方に暮れた声に俺は肩を竦めた。


「まあ、誠意の見せ方が足りないと……二年生女子一同を敵に回すんだろうな」


 遠回しに、けれど敢えて言葉選びを駆使してアピールしてきた風早のメッセージは明白。

 仲間につけたいなら気を遣え、と。単純で露骨だ。だからこそ付き合いやすいのだが。


「ねえ、カナタ。岡島ミヤビのチョコ作り口座、二年生女子は全員参加だって……」

「……そうか」


 思い描く。

 エマのように一途でよそ見をしたり友チョコをあげないタイプはまだしも、そうでない場合は?

 不吉な予感を抱いて、クリスの紙箱をもう一度確認した。

 小さな紙切れが入っている。

 手にとって見ると『三倍返し待ってます』などとしれっと書いてあるのだった。


「ねえ、カナタ。足音がたくさん近づいてくるんだけど……僕とカナタの名前を同級生の女子のみんなが口々に言いながら、僕の部屋にくるみたいなんだけど」


 天井を見上げずにはいられなかった。


「今年のバレンタインは去年以上に胃が痛くなりそうだね……」

「そうだな……」


 お返し、どうしようかな……。




 つづく!

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