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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十六章 バレンタインは縁を作るの?

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第四百八話

 



 学食で再会した岡島くんに飛びついて「彼氏向けのちょこ作りを教えてくだしい」と泣きついていた時だった。駆け足が近づいてきたの。

 なんだろうと思って姿勢を正すと、ラビ先輩が駆け込んできたところだった。

 ダッシュで私のそばへ来て、首根っこを摘まんで持ち上げる。ひょいって。肩に担いだかと思うと、またしてもダッシュ。


「あ、あのう」


 あまりにも雑なのでは?

 いろいろ言おうと思ったけど、すぐに気づいた。寮の外に出たラビ先輩をユリア先輩が追いかけてくる。両肩に二人の女子をのせて。


「ちょ、あの!」

「なんだかだんだん楽しくなってきた!」


 キラリとマドカだ。

 なんだろう? なんだろう!

 きょどる私の獣耳がサイレンの音を捉えた。それだけじゃないよ、車のブレーキ音も。

 扉が開く音がしたと思ったら、ラビ先輩に押し込められた。


「わっ」「ちょっ」「なんというクッション性能」


 私とキラリ、そしてそこに放られたマドカが蕩け顔なのはなんでなのか。

 刀が四本投げ込まれた。私たちのだ!


「ごめんね、三人とも。警察から緊急任務だ。急いで移動してくれ……じゃあね」


 扉が閉められた。エンジンがかかる。

 サイレンが鳴り響く。前に乗っているのは警察のお兄さんたち。

 凄い速度で加速していく。

 急いで座り直す私たちに警察のお兄さんたちが事情を説明してくれたの。


「東京都神楽坂で邪による襲撃事件発生。警視庁警備部侍隊と所轄の侍が現在現地へ急行していますが、もしかすると現地での邪討伐では足りない恐れがあります。そこで――」


 最後に身体を起こしたマドカが目を輝かせて言うの。


「そこで私たちにお呼びがかかったと!」

「そういうことです」


 お兄さん、動じないの凄い。


「まずは我々が現地へ皆さんをお連れします。必要に応じて、邪の発生源の元へお連れする可能性もあると侍隊から指示が出ております」


 はあ。っていうか、警視庁の侍隊ってあれだよね。シュウさんだよね。


「少しの間ですが、シートベルトをして準備なさってください」


 そう言われましても。

 横目で二人を見た。呟く。


「……制服でよかったよね」

「それな」


 キラリが迷わず頷いた。


「キラリのパジャマ可愛いよね。ハル、知ってる? 最近、猫のパジャマ買ったんだよ? 絶対、彼氏へのアピールとみたね」

「ち、ちが! コマチが似合ってるっていうからであって」

「ふううん?」


 いやいや。マドカ、いつものノリで話すけども。

 前の警察官の二人は真面目な顔で高速道路に入って、かっ飛ばしている真っ最中ですよ?


「ふ、二人とも。ざっくばらんに話しすぎじゃないかな」

「えー。いいじゃん。これが私たちの戦闘準備だよ」

「マドカが私より適当! な、なに? なにかいいことでもあったの?」

「テンション高めにハルこそ、なにかいいことでもあったの?」


 マドカに返されて思わずキラリを挟んで見つめ合っちゃった。

 耐えきれずに笑っちゃう私、だめかも。


「あの……現地の邪襲撃、具体的な状況ってわかります?」


 意外にもキラリが一番真面目なのだった。

 いつもならマドカが確かめるところなのに。


「現状では、まだ確かなことはなにも」

「ただ……通報した住民の身体に宿っているという情報が入っています」


 二人の返事にキラリとマドカと三人で首を傾げる。


「身体に宿る……邪?」

「聞いたことある?」

「ないなあ」


 三人で話してみたけど、ちっとも思い当たる節がない。

 現世にいるわけじゃないよね? それとも現世にも影響が出るような邪なの?

 瞬時に思い浮かんだのは――……


『――……絶対に、許さない』


 理華ちゃんの後ろから聞こえた、あの声だった。

 けどなあ。気づかなかったよ? 周囲は確認した。あと確認していないのは、理華ちゃん本人の素肌くらい。


『脱がしてもみんと、わからんかったのかもしれんなあ』


 な、なるほど。

 タマちゃんの言葉に唸る。

 確かにそこまではやらなかったね。

 初対面ではないとはいえ、いきなりファンの服を脱がすとか……できない。できるわけがない。でも、待って?


「キラリ。理華ちゃんの……あの、渋谷での一件で、中学生の女の子いたじゃない?」

「いたじゃないって自然に言われてもな。まあ……いたけど。士道誠心に入るって言ってたっけ」

「そう、その子! 何か気づいたことある?」

「……そう言われてもな。なかなか気合いの入ったちびで、あたしたちくらい星が大きかったってことくらいしか」


 何気なく口にした言葉にマドカがすかさず絡む。


「なになに? 期待の新人あらわる?」

「入学するとしても再来月だろ。まだ二月だぞ、気が早い」

「そうだけどさー。キラリは気に入ってるっぽいね? 気合いの入ったとか、星が大きかった、とか。珍しい賛辞じゃない?」


 マドカの指摘に思わず頷いた。


「確かにそうかも……照れ屋さんであんまり褒めないもんね、キラリ」

「はあ? な、なにいってんだ」


 浅めに座ったキラリの尻尾が左右にぶんぶん振られる。

 打撃を食らう私とマドカです。


「あ、あの」

「わかった、わかったから落ち着こっか」

「はあ? 落ち着いてるし」


 さらに尻尾の勢いが増して! いたい! いたいよ!

 マドカと二人で必死になだめる。前のお兄さんたちの肩が揺れていた。横顔を見たけど口元ちょっとわらってる。なんかすみません、ゆるくて。


「……で、あいつがなんなわけ」

「え、えっとですね」


 機嫌が落ち着いたキラリの尻尾が緩やかに揺れる。今度はくすぐったい。

 耐えようかどうしようか悩んでいたら、マドカがきゅっと掴んだ。


「みゃっ!?」


 すかさずキラリの手がマドカの鳩尾に入った。


「――……悔い、なし」


 ふっと笑ってマドカが前のめりに倒れていく。

 ま、ま、マドカー!

 結局マドカが復活してから事情を話して、その頃にはもう目的地についちゃったのでした。

 こんなんで大丈夫かなあ。


 ◆


 パトカーが並んでいて、穏やかじゃいられない顔で家を見上げているご夫婦やご近所さんがいた。住宅地の中だからそれほど多くはないにせよ、野次馬を警察が遠ざけている。

 侍隊がいたよ。みんな、刀を抜いていた。

 当然だ。

 ――……理華ちゃんがパーカーを羽織ってた軽装で、ゆらゆらと揺れていた。

 影から浮かび上がってくる。不気味な手、触手。

 本人に意識はない。項垂れた顔は精気がなく、目は閉じられていた。

 あわてて駆け寄る私たちも含め、その場にいる侍たち全員に指示をだすように、きりっとした顔のお姉さんが叫ぶの。


「隔離世で現在、対象にとりつく邪の駆除を行なっています。現世では被害の最小化に努めるように!」

「「「 応! 」」」


 触手が野次馬に伸びる。影でしかない。けれど掴まれた場合の影響は見えない。

 だからプロの侍は切り払う。取り囲むプロの守りは鉄壁。

 思わずツバを飲み込んで、見つめちゃった。

 私たちなんて必要ないくらい、侍隊の動きは俊敏かつ的確に過ぎたから。

 思わず見惚れていたら、マドカが呟いた。


「――……だめだね」


 え、と聞き返すより早くキラリが頷く。


「聞こえてくる。邪な願い……あのちびを破滅して、食らい尽くしたいっていう……大嫌いな声だ……ああいうのが、あたしは嫌いだ」


 いつもより敵意を剥き出しにするキラリが刀に手を掛けた。

 すぐにマドカが片手で制する。


「待って」

「なんでだよ! あのちびを助けないと!」

「――……この場に、あの邪を生み出している奴、いる?」


 マドカの問いかけにぞっとして周囲を見渡した。

 みんなが物珍しさとちょっと恐怖とかなりの好奇心で侍隊の戦いを見守っていた。

 変な人は、少なくとも私からは見つけられなかった。

 キラリも、マドカさえも同じみたいだ。


「ここで邪を倒しても、またすぐ出るんじゃないかな」


 マドカが告げた可能性にぞっとした。


「そ、それってつまり……ここにいる邪は分身みたいなものってこと?」

「あの女の子の邪なら、私たちがつく頃には倒されて終わっていたはず。そもそも私たちを呼ぶ必要さえなかったはず」


 眩暈がする。私だけじゃなく、キラリさえ苦しそうに顔を歪めた。


「わけがわからない。お前はどうしていつもそう、何足飛びもして結論を出そうとするんだ」

「そ、そうだよ。マドカ……どういうことなの?」


 喘ぐ私たちにマドカは真剣な顔をして理華ちゃんを見た。


「あれは……邪であって、邪でないもの。黒い御珠や泥に……ううん、コナタくんに比べたらささやかなものに違いないけど。あんなに歪な邪を出す人なら、この場にいたら……周囲にいたら、声が聞こえるはず。なのに、なにも聞こえないの」


 マドカは断言した。


「間違いない。ここにあの邪を生み出した奴はいない」


 なんとか食らいつこうと口を開いた。


「と……遠くから、現世に影響が出るほど色濃く出て人をどうこうする邪なんて、ちょっとあまりに歪か、それか強すぎない?」


 私の問いかけにマドカが頷く。


「だからきっと、私たちがいる」


 連れてきてくれた警察官二人を見て、それから周囲を見渡すと、マドカはごつい警察の大きなバスに駆け寄っていった。待機している人に話しかけて刀鍛冶がいるかどうか確認している声が聞こえる。


「あいつ、なにしてるんだ?」

「……さあ」


 マドカはいつでも私たちの一歩先二歩先をいっている。私たちを呼んだ警察の意図さえ、もしかしたら掴んでいるかもしれない。

 横目に見たよ。警察が用意したライトに照らされた理華ちゃん。上半身は裸でパーカーを羽織っているだけ。だから見える。黒い染みが這い回っている。それは大きな手の形をしていた。指の太さと手が這い回る位置はどう見ても、男の人の……欲望にまみれたもの。

 警察がどんどん野次馬を避難させていく。


「理華ぁあああ!」


 女性が悲鳴をあげるように呼びかけた。泣いている。お母さんなのかな。抱き締めて、守るように下がらせて、歯がゆい顔をしている男性はじゃあ、お父さんか。


「理華! どうした! そんなのに負けるお前じゃないだろう!」


 必死に呼びかける言葉に身体が震えた。

 何かしてあげたい。私のファンになってくれた子なんだから。

 マドカがダッシュで戻ってきた。


「緋迎シュウから伝言でてた! 私たちはすぐに刑務所に――」


 呼びかけられた時には夢中で前に進んでた。

 私目掛けて触手が猛烈な勢いで迫る。鉄壁の僅かな間隙を縫って迫り来る触手をたった一太刀で切り払う。

 歪な手に触れさせない。私に触れるには――……足りない物が多すぎる。

 十兵衞の心と共に刀を振るいながら、気がついたら歌っていた。

 獣耳が捉える。


「なるほど、それもありか――……ハルはここに残る! キラリ、急ぐよ!」


 マドカが切りかえて、行動を開始した。足音がして、すぐにパトカーが離れていく。

 そっちは任せる。

 私がするべきなのは……もっとシンプルなこと。

 理華ちゃん。きっと気持ち悪くて最低な気持ちで、いやなものに飲み込まれちゃっているだろうけど。

 どうか、目を覚まして。立ち向かって。

 そんなのに負けないでって……あなたのお父さんが願っている。あなたのお母さんも心配しているよ。

 きっと。きっと強い子だと思うから。さあ――……目覚めて!


 ◆


 春灯ちゃんの歌声が聞こえた気がして意識を取り戻した。

 いま、私の身体中を這い回る手つきを覚えている。

 必死に私を犯し、殺すことで、自分の身を守るだけじゃない。欲望を満たそうとする先生の気持ち悪さを覚えている。

 総毛だつ。気持ち悪い。怖い。必死にはね除ける。だめだ。目を開ける。後悔した。先生がいる。裸だ。幸いにしてすぐそばにいるから顔しか見ずに済んで、不幸にしてすぐそばにいる拒絶感がやばすぎる。

 必死に押し返した。だめだ。払いのけられる。

 どすぐろい顔。血走った赤い目。涎を垂らす口元。


『お前のせいで。お前のせいで! 女はいない、刑務所は地獄だ! 人生めちゃくちゃだよ! だからなあ、立沢。お前くらいは、俺の慰み者になってくれないとさあ!』


 自己完結型の屁理屈。聞いた瞬間に頭が冷えた。


「伴侶を探す気もなく。自分の願い通りの欲求を満たす相手が欲しいだけなら……あんたが男だろうと女だろうと、風俗か飲み屋にでもいって一夜の遊び相手を探せ!」


 思い切り膝を振り上げた。感触については認知しない方向で。

 怖くて堪らない、泣きそう。でもこいつにだけは弱みを見せない!

 拳を握りしめて頬を殴りつける。


「なんであんたがこんな方法しかできないか、興味もないけど!」


 怯む先生の目に迷わず指を突き入れた。


『ぐ、ぅ――』

「あたしに、」


 思い切り横へ引っ張った。抗えずに振り落とされる男の身体から必死に這い出る。


「さわるな!」


 横っ腹を蹴り飛ばして、必死にもがいた。

 けれど、身体中を何かが掴んできた。細いツルが伸びてきて身体中をがんじがらめにしてくる。

 黒い世界。暗いわけじゃない。先生の裸が見えてしまうし、その背中から伸びた触手が私を拘束していることさえ見えてしまう。最悪だ。

 片目がつぶれて、なのに笑う男が不気味すぎてやばい。


『……これはさあ。俺がお前を犯す妄想なんだよ。だからさあ』


 歩み寄ってきた。拳が握りしめられた。


『いつもみたいに言いなりになれよ!』


 振り上げられる――……殴られる!

 まただ。また、防ぎようのない暴力が私を襲う。

 いつもみたい、という言葉で理解した。黒い染みは先生の妄想の積み重ねなのだ。

 吐き気がするし、むかついてしょうがない。

 クラスの男子の無邪気な好奇心よりもっとずっとたちが悪い。

 自分の思い通りに汚したい、という欲望は……知りたい、触れたいというものに重ねて誰かに向けられた途端に害意になる。

 男でも女でもいる。こういう奴は。

 ああ、いやだ。

 対策を取るのは、怖いからだ。守らなきゃ、どうにかなってしまうからだ。

 計算するのは、そうしないと守り切れないかもしれないからだ。

 そうして他人の気ままな理由で、自分の人生が台無しにされちゃうかもしれないからだ。

 いやだった。

 転校だってしたくなかった。

 こんな男に出会いたくなんてなかったし、アンチなんか存在さえ認めたくない!

 お父さんとお母さんが浮気してるのも本当はいやでいやでしょうがない!

 ああ、そうさ。

 嘘だよ、ぜんぶ! 引っかかったな、そうじゃなきゃ困る! だって私は私を全力で騙しているんだから!

 叫んでやるよ! 真実を!


「いやだ! こんなの、いやだ!」


 理想的な世界で生きたかった!

 みんなと同じように生きたかった!

 埋没できるなら、そっちの方がよっぽど幸せだ!

 だって先駆者が山ほどいる! それほど安心できることはないだろ!?

 なのに、愛されてないわけじゃなくても――……私は一人だ。

 本当の意味で心を打ち明けられる友達もいなければ……親にさえ、本心を言えない。

 ひとりぼっちだ。

 とうとう自分に嘘を吐くようになった。こんな中学生いないだろ! ふざけるな!

 ほんとはずっと、自分を納得させる理屈を探しているだけなんだ!

 そうしなきゃ壊れそうだから! ……そうしなきゃ、死にたくなるから。

 必死に春灯ちゃんの格好を真似したり、アプリに自分を表現しまくるのは、だってもう……そうしてまで繋がりを求めていかないと、孤独に耐えきれないからだ。

 でも。

 あの金色はあったかかった。私にぬくもりをくれた。

 知りたい。そばにいたい。くっついていたい。もっと身近にいたい。

 全寮制だろうが望むところだ。春灯ちゃんのそばにいけるなら……そっちの方がいい。

 だって、親をどうにかする手段なんて浮かばない。

 どんなに考えても誰かが泣いて、誰かが恨んで、何かが破綻するのが目に見えている。

 親が作った世界を壊して……戻すだけの知恵が、私にはない。

 でも。

 思ったんだ。

 春灯ちゃんの金色のような何かを手に入れられたら、変えられるかもしれないって。

 ささやかな反抗心と強い孤独を感じるほど求める、夢のような未来に今を変える革命が起こせるかもしれないって。

 なのに。


『立沢……本当はさ。お前がよかった。なあ、本当はさあ。気づいているんだろう? あいつを見る以上に……お前を見ていたことに』


 認知したくない。

 いやだ。いやだ。『事実』を『認識』させるな。私のなかにその『真実』は『ない』んだ。


『あいつの椅子に気づいたのはさあ……自分の椅子がべとついていたことが、あったからだろ? そうだよ……誰よりお前の椅子がうまかった。いい匂いがしたよ、立沢ぁ……』


 うそだ。ない。『ない』ことに『した』んだ。だから言うな。言わないでくれ。


『そもそもの発端はさあ。立沢、自分に向けられた俺の好意に気づいたからだろ? ああ、あの日のように悲鳴をあげてくれよ。達観した顔を必死で取り繕って、笑ってみせろよ。お前の下着を今でも思い出して――』


 心を塞ぐ。耳を塞がなくても聞かなかったことに『する』んだ。

 こんな悪意に、たやすく終わりにされそうになる、弱い自分なんて――……もう。


『悪魔だろ! ならそれに相応しいレベルまで落としてやるよ!』


 いやだ。

 お前なんかに、私を――……私の世界を犯されたくない!

 そう願った瞬間、頭の中に不思議な声が響いたの。


『――……その物言い、気に入った』


 先生が近づいてくる。見えてしまう。欲望の象徴が。


『汝は天使に憧れた。今も天上の響きが満ちている……どれ、聞こえが悪いのは困る。余興は大事にせねばならん。道を空けようか』


 何かが割れる音がした。瞬く間に黒い空間が割れていく。

 そして金色の光が満ちていく。

 春灯ちゃんの歌声がはっきり聞こえた。

 大勢の侍がいた。緋迎シュウもいた。先生が戸惑い、周囲を見渡し叫ぶ。


『じゃ、邪魔をしたらこのガキを殺す!』


 ――……断じて嫌だ。認められない!

 頭の中の声が笑う。


『そなたは悪魔にも天使にもなれる……何事でも願うがいい。そなたに与えよう』


 足りないものをすべてよこせ!


『ほう! すべてときたか! 欲深な』


 欲が深いから、こちとら人間やってるんだ!


『すべてを得てなんとする』


 簡単だ! 満たされる人生を選ぶ!


『満たされる人生とは?』


 誰かの世界を破壊する、ああいう男みたいな奴から――……私の大事な人すべてを守り抜く!

 一つでいい、冴えた答えを見つけたい!

 春灯ちゃんの見ている世界に満ちる、あの金色のような何かを私は掴みたいんだ!

 自分の人生を守り、貫き、笑える! それが私が満たされる瞬間なんだ!


『そうきたか。そうか……神に至る金を手にしたかの少女と同じものを望み、けれどその性質は時に反転する。人を救うために貶め、今まさに命を奪われようとする。献身か、或いは愚かなのか?』


 愚かだよ!


『即答か』


 当然だ。

 愚かじゃなかったら、こんな目にあったりしないもん!

 わかってるんだ。

 知恵を廻らせるのは! 頭を働かせるのは! 知識を探るのは!

 すべて、足りないからだ!

 満たされないからだ!

 そうしなきゃ守れないからだ!

 足りないと、望む結果を手に入れる可能性が下がるからだ!

 だからよこせ! 私にすべてに辿り着く知恵を、今すぐに!

 あの男から私の世界を守り抜く何かを、今すぐに!


『実に興味深い……そうか。彼の王とはあまりに違い、けれどそなたは実に人間らしい』


 今はそれどころじゃないんだ! 早くしろよ!


『不遜も許そう。我が力を取るか? 取るというのなら……刀として顕現してやらんでもないが。立沢理華、そなたの答えは』


 呼びかけに迷う理由はない。いいから、


「今すぐよこせ! あいつに汚される前に!」

『ならばこの程度の大罪、たやすく裁いてみせろ!』

「言われなくても!」

『さあ、契約の手を伸ばせ!』


 無我夢中で左手を伸ばした。


『そなたに知恵を』


 目の前を漂う金色を掴んだ瞬間、煌めく黄金の指輪となって左手の薬指に嵌まる。

 指輪が歓喜を叫ぶように輝きを放った。


『天使の微笑みを。そして――……』


 まるで祝福するように金色が春灯ちゃんの姿になるの。


『お前の世界を革命する力を授けようではないか!』


 吸い寄せられるように、春灯ちゃんの心臓に左手が伸びて――……掴んだ。


『すべてを与えよう! 求めるならば掴み取れ! 既に資質は認められた!』


 昂揚する気持ちのままに掴んだものを勢いよく引き抜く。

 金色は指輪に。光は力に。力は刀に。

 この手には確かに武器が握られていた。

 革命の時は来た――……さあ、反撃だ!




 つづく!

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