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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十六章 バレンタインは縁を作るの?

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第四百六話

 



 ふっと意識が揺らいだ時だった。

 立沢理華、と先生に名前を呼ばれた。

 優しくて見た目もいい。それに気さくだし、男子相手には下ネタだって言う。

 女子がチョコをあげる準備をしているくらい人気があって、みんな彼のことが好きだ。すべてがうまくいっていた――……表面上では。

 けど私は知ってる。

 うちの中学に赴任する前の前の学校で、先生は生徒と淫行騒ぎを起こして辞めたことを。

 家が貧乏で頼れる大人のいないようないじめられっ子に目を付けて、クラスで孤立させて手を出そうと画策していることを。

 気を抜かないで『いい先生』に見られるように頑張っているけど、たった一人の女の子を見つめる目つきのやばさに私は気づいてる。

 表面的にはうまくいっていても、誰とも話せなくて、どうしていいかわからないで孤立してる子はいる。

 どんな経済的な事情があっても、心身を傷つけられる可能性があるなら学校なんて休んでいいと思うし、親のことが気がかりだとしても無理して嫌な学校くるくらいなら、転校した方が可能性が広がるのにって思う。

 ――……私も一年の頃、いじめられて仲間はずれにされてたから。

 環境をかえて、自分の見せ方をかえるだけ。それで案外、なんとかなる。ならなきゃまた学校を変えればいい。それだけ。

 呟きアプリで見たことがある。


『最低な扱いをされたなら、その場所を出よう。どこかに自分の居場所はある。世界は広いんだ。飛び出す勇気が自分を救う』


 その通りだと思う。

 実際、私の人生は劇的に変わった。

 でもね。わかってるよ。

 それでも『自分を変える選択』や『環境を変える選択』を取れない人がいるってことくらい。

 女の子にそれとなく接触してお友達になって、いろいろと聞き出した。

 先生に変な目で見られたり、個人的に呼び出されて指導中に肩に触られたり、ある条件が満たされた翌日はなんだか椅子がべたべたするって言うじゃないか。

 びんご、と内心で喝采を上げた。

 そして――……気をつけて監視していたら『偶然』撮影できたんだ。先生が目的の子の椅子に頬ずりしている写真。

 だから先生を呼び出して提案したの。

 もちろん、画像を突きつけて言ってやったよ。


「取引しましょうよ、先生。私がいる間はもう何もしないでくれます? もめ事おきて卒業なんて、私いやなんですよね……条件をのんでくれるんなら、画像と記憶は消しますから」


 って。嘘と本音を混ぜたの。

 どうなったかって?

 予想通り、襲いかかられたよね、死にものぐるいで。どす黒い、欲望と怒りと恐怖にまみれた顔してね。お前からにしてやる、という台詞のオマケ付きだ。

 そりゃあさ。

 どんなに私の体育の成績がよかろうが、先生からしてみればさ。

 相手は女子中学生だもん。

 大人の男が襲いかかればどうにかなるって感じするじゃん?

 だからこそ――……チェックメイト。

 同時に警察に電話しておいたの。

 最初から疑ってたし、過信する気もなかった。

 適当に悲鳴をあげながら、衣服をはぎとられる速度も抵抗で調整しながら――……『想定通り』の時間で、警察は乗り込んできた。

 すぐに私は保護され、先生は未成年への暴行と強姦容疑で現行犯逮捕される。

 恐ろしい形相で睨んできたから、言っておいた。


「嘘ついてごめんなさい、先生」


 毒は多めに。


「でも……あなたにとって弱い立場の人間に、あなたが何をするのか、その真実は明らかになりましたね」


 そして現実はきつめに、笑顔にのせる。

 なにせ、この後が最低で最悪な行為を暴く瞬間なのだから。


「だめですよ、るな様がきている女の子の……しかも生徒の椅子をなめちゃ。ちょっと鳥肌ものの変態ですよね。あは!」


 って。

 女の敵から悪魔って言われた。

 復讐するとか、いろんな罵詈雑言を並べながら連行されていく姿をじっと笑顔で見送った。

 気にしない。する気もない。あんたには――……その価値すらない。

 けどね、同意する。


「私も悪魔だって思います」


 でもね、先生。

 私の楽園に手を出しただけでも許せないのに。

 悪魔に隙を見せたあなたが悪いんですよ――……。


 ◆


 頭の下に柔らかい熱を感じた。

 優しい手つきで髪を撫でられている。

 なんだろう、と思って瞼を開けた。


「――あとは撤収するだけ? んーでも、この子おきないし……って、あれ。おはよう?」


 春灯ちゃんが小首を傾げて挨拶をしてくれたの。

 あわてて起きようとしたけど、全本能が抗ってぽやっとした表情を作った。

 ああ、そうか。そうだね。春灯ちゃんに頭を撫でてもらった方が――……気持ちいいし、特権間違いなしだし、なにより話ができるね。私の本能、冴えてる!


「あ、あの……」


 いや、これは作りすぎだな。

 もう少し普通にいこう。

 心配されるのはまずい。

 嫌な印象で覚えられたくはない。この人にだけは。


「すみません、舞い上がっちゃって。大ファンなんです……」


 計算で目を潤ませる技はまだ未習得。だから素直に言うと、春灯ちゃんはすぐに笑ってくれたの。


「ありがとー。私のCD持ってきてくれたし、イヤホンから……私のアルバムの歌、聞こえちゃって。なんだか嬉しくなっちゃった」


 はにかむこの人は天使か。


「CD持ってるのかな? 二枚目になっちゃわない?」

「あ……でも、春灯ちゃんのアルバムなら全然!」

「んーじゃあ。サインとか……あなたになにかさせてもらえる?」


 蕩けるような声だった。

 私は蕩けた。だめだ。春灯ちゃんの声、やばすぎる……!


「い、いいんですか? いやでも、だめですよ。他のファンに示しがつかないんで!」

「えーでも。売り子をしていて私のアルバム持ってきてくれたの、あなたが初めてだったから」


 だめでしょ!

 普通こういう時、歌手のアルバムもっていくでしょ!

 いや、強制はできないけど!


「なにかさせてほしいな。話しかけたら気絶しちゃうくらい思ってくれてるんなら、余計に」


 笑顔の春灯ちゃん、やばすぎる。後光が差している……! 差してないけど。それくらいの圧倒的リアルを感じる……! もうだめだ、頭が死んでるやばい。


「じゃ、じゃあ……」


 躊躇ってみせるかわいげの後に、本命を。


「士道誠心、はいるんです。今年の四月から」

「ほんと!? わ、すごいね! 後輩ができるんだ! わー!」


 めっちゃはしゃがれるの可愛すぎる、やばい。鼻血でそう。待て、出すのは家に帰ってからでもいいはずだ。どう、どう。私の鼻血、引っ込め……よし。


「……それで、あの。春灯ちゃんみたいになれたらいいなって、思っていて」

「――……ん? ああ、そっか! そうだね」


 視線が外された違和感に首を傾げると、春灯ちゃんが申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「ごめんごめん。ちょっと話してたの。人に聞こえない声が聞こえちゃう性分で」

「――……」


 やばい、なにいってるかさっぱりわからない、かわいいやばい……。


「私にあわせて眉とか髪とかやってくれてる?」


 きづかれた!


「照れくさいなあ……嬉しい。でも、たぶん、私より目鼻立ちくっきりしているから、もっと綺麗になるよ」


 動揺する。予想外の言葉だった。いや、言葉自体はそうでもないな。むしろ予想外なのは、言われてちっとも嫌じゃなかったことだ。

 クラスの女の子に言われても本当はそんなこと思ってないの丸わかりだわ、と思うのに。

 この人からは嘘を感じない。謙そんでもないし、嫌味でもない。

 何が違うんだろう。

 わからないからこそ――……最高にアガる。


「春灯ちゃんなら、どう変えます?」


 探りを入れたい。入れ続けたい。この人の世界の見方を知りたくてたまらない。


「んー? そうだなあ。むつかしいなあ。素の良さはキラリみたいで……あ、すっごく綺麗なクラスメイトがいるんだけどね? その子くらい、あなたってキラキラしてると思うんだ。だから……下手なことしないかな」


 まばたきをした。


「下手な、こと?」

「私の見た目とりいれてくれて、だけどまんまじゃないんだよね。今年の四月入学ってことは中三だよね? でも私と比べてすっごくすっごく見た目を作るの上手だと思うの。勝てる気がしないから、私の見た目がもしあなたなら……私は変に手を入れないと思う」

「――……」


 さらりと言ったよ。勝てる気がしないとか。

 わけがわからない。いや、勝ってるでしょ、と。勝ちまくりでしょ、と。

 だけどこの人は本気で言ってる。

 やっぱり……理解できなくて、アガる。

 歌手で歌の凄さもさることながら、ビジュアル抜群な春灯ちゃんに言われても……信じきれない。でも春灯ちゃんに見える世界では、違うんだ。

 知りたい。やっぱりどうしても、春灯ちゃんの世界の見方を知りたい。

 そんな私に笑って言うの。


「なんだか……私に足りない物をたくさん持っていると思う。そんな気がする……名前を教えてもらってもいい?」

「立沢、理華……です」

「理華ちゃんか。入学、待ってるね? ……え? あ、うん。そうだね。そろそろ起きれそうだね……立てる?」


 途中で自然に誰かと話してる春灯ちゃんが意味不明すぎて、たまらなく興奮するの。


「あの! 士道誠心にいったら、私でも春灯ちゃんのようになれますか?」


 返事をすることさえ忘れて夢中で尋ねたら、春灯ちゃんは人差し指に金色の光を出して、私の額に当てたの。すごくすごくあたたかかった。


「誰も別の誰かにはなれないよ。自分は結局変えられないし、世界だって……変えられない」


 なのに告げられた言葉はさっきまでの春灯ちゃんからは想像さえできないメッセージ。


「え――……」

「爆弾を手に飛び込んでも、悲しみが広がるだけだし。力をつけても、変わるのは世間の対応くらい。変わるのは生き方だけなのかもしれない」


 扉を叩く音が聞こえた。春灯ちゃんが微笑む。


「理華ちゃんが選びたい道を行く方がずっといいよ」


 心を撃たれた。ど真ん中、一直線だった。


「あなたの願いが――……あなただけの可能性に繋がっているんだよ」


 じゃあ起きて、と私を起こして春灯ちゃんが扉を開ける。

 真面目そうなスーツのお兄さんが春灯ちゃんと打ち合わせを始めようとして、私に気づく。

 その目に浮かぶ困惑の色に気づいて、すぐに立ち上がって荷物を掴んだ。


「す、すみません、出ます」


 そう言って横を通り抜けようとしたら、腕を取られた。

 春灯ちゃんだ。


「待って、これ……忘れないで」


 紙袋の包みをくれたの。

 あわてて受け取って中身を確認する。

 ちっちゃな紙箱。開けたら小さなデコつきチョコケーキが入っていた。

 他にもね。


「実はサイン、もうしちゃってたりして」


 照れくさそうに笑う春灯ちゃんのサイン入りCDだ……っ!


「あ、ありがとうございます!」

「うん! じゃあ――……」


 おもむろにぎゅっと抱き締められた。

 胸一杯に広がる。甘くて脳が蕩けるような、私が知らない匂い。


「気をつけて帰ってね?」


 なんて返事したのかさえ、頭に入ってこないレベルでふらふらしながらその場を離れた。

 CDショップの賑わいはもう落ち着いていて、外に出ると二月の冷たい風が首筋を撫でてくる。

 手元を見た。紙袋はまだある。チョコケーキも。サイン付きCDも。

 スマホで急いで検索した。ちっちゃな春灯ちゃんの歌がニュースになってる!

 周囲を見渡した。もう誰も何があったか知らない顔をして歩いていた。

 当然だ。

 もうイベントは終わったんだから。

 だとしても、だとしてもだよ? 私はどうしたらいいんだろう。

 だいたいのことは想像できるくらい成長してきたつもり。

 なのに――……ああ。やばい。春灯ちゃん、さっぱりわかんない!

 答えはきっと、すごくシンプルな気がしている。予感がある。わかれば「ああ、なんだこんなことなのね」と納得しちゃうような……そんな答えに違いない。

 でもまだわからないから、知りたくてたまらない。どうしたらいいかなあ。どうしよう。

 わくわくしながら歩く。

 渋谷は人が多い。スクランブル交差点を撮影する人がいて、笑う。


「――……あは」


 見ている世界が違えば、常識も違う。

 住んでいる世界を変えれば、常識も変わる。

 いたい世界にいればいい。

 世界に不満があるのなら、世界を変えれば済む。自分に不満があるのなら、いくらでも自己強化に励めばいい。

 変えられないのは他人。

 ねえ、先生。私にはあれ以外の解決法が見つからなかった。

 だから悪魔なのかな。あなたを貶める方法が一番最初に浮かんできたの――……。


「ねえ、きみ」


 前に回り込んできたお兄さんを見た。


「……ん?」


 意外。

 今時、しかも見た目をどんなに作ろうと露骨にちびの私に声を掛けてくるとは。

 視線を廻らせて、気づいた。

 お兄さんを見ている男がいる。

 にやにや笑って手を振っていた。

 一人じゃない。二人いる。

 すかさず私は写真アプリに投稿する時、カメラに向けるように笑ってみせた。


「なんですか?」

「め、めっちゃ可愛いね」


 よりにもよって、慣れてない感じ出過ぎだろ。もう少しがんばって。

 あとちょっとイントネーションが訛ってる。

 見れば服もちょっと浮いてる。背伸びした感が出ていた。


「よ、よければ」

「あー、喉かわいちゃったなー?」


 笑いながら腕を引っかけてぐいっと引っ張る。


「え、ちょ!」

「ジュースをおごってくれたらぁー。お兄さんと二人でお話するくらい、いいんだけどなぁー?」


 露骨に赤面して、初心か。

 勘弁してくれ。

 あと、見る目がない。

 中学生に声をかけて、これは事案だぞ?

 さーて、どのタイミングでばらそうかなあ。

 人が多いお店にしよう。それがいい。


「ね。お友達はほっといて……私とお茶してくれますか?」

「ま、まじか……東京ぱねえ。声かけたら逆にお茶に誘われるとか」


 うわー。ほんとちょろい。

 大丈夫かな。

 腕が身体に当たらないように気をつけてますけど、あなたの相手は悪魔ですよ。


「い、いくいく! ど、どこがいいかな。店とかよくしらねえし」


 ……可哀想になってくるくらい、ナンパ初体験丸出し。

 あんまり意地悪しないでおこう。


「じゃ~あ~」


 よし。一番高い店に行くか。


 ◆


 嘘うそ。

 トラウマ植え付けて帰すなんて、嘘の告白遊び並みに性格悪いからね。

 山ほどチューンのある喫茶店にしたよ。

 素性をそれとなくしゃべらせて、恋人がいたことない十八歳大学一年生童貞の栃木県の男子であることを暴きだし、今日は一念発起して渋谷でナンパに挑んだ事実を掴み、ついでに大学受験のイロハと、こいつがいかに将来設計あまあまなのかを探り出して、さらにはサークルでめちゃめちゃ可愛いと思っている女子が私より微妙だと気づいたけど、それでも思いを寄せているからどうしたらいいのかっていう悩みの相談にのって送り返した。

 なんてアドバイスしたかって?


「聞いている限り、サークル内部の男を食いまくりで、お兄さんどう見ても処女か馴染みのある友達相手じゃないと初体験のハードルさえ高そうだから……さばさばしている女友達と約束しとくといいですよ。三年後どっちもフリーだったら結婚しようって」


 我ながらがんばった。お茶代くらいの働きはしたはず。

 充実した顔で出て行ったからよしとしよう。

 一人になって長々とため息を吐いた。


「あー、うち帰りたくないなあ」


 自由を許すし、服装を褒めてくるわりにはごくたまに「口を出さなきゃいけない期」が訪れる母親の相手が面倒。

 人はお金があまって安定しすぎると遊びたくなるのか、母親はフィットネスインストラクターとできていて、父親には会社の新人や取引先という愛人がいる。

 破綻しているといえば破綻しているし、それでも最低限の家族という形態は維持されている。

 母親はいずれ自分より若くて美人でえっちなお客にポジションを奪われるだろうし、金で相手を引き留めるほど理性を失うタイプでもない。火遊びだとわかってやっている。

 父親も同じだ。手を出しておいて捨てる時には容赦がないし、面倒じゃない女を山ほど囲っている。それに金の切れ目は縁の切れ目だっていう厳格なルールで行動してる。

 二人はお互いへのちょっとの罪悪感と、それによって盛り上がる日常と非日常の間を漂いながら、一般ご家庭より歪な形で私に接している。

 結果……私にはお金が入ってくる。

 親の罪悪感だろうと、都合がいいから別にいい。

 冷めてる? それとも……冷血? 或いは破綻している?

 やっぱり悪魔って印象に落ち着く?

 どうでもいいかな。

 それが世界の選択なら、私は素直に受け入れる。

 そして……悪魔なりに生きていく。

 さて、移動しよう。もうここに用はない。


 ◆


 センター街に出て、手のひらに蓋を開いた紙箱をのせてスマホでぱしゃり。

 さっそく写真アプリに投稿しておく。すぐにツバキちゃんからハートが飛んできた。


『すごい! おいしそう! いいなあ!』


 あなたはもらえるでしょ、と思いながらも悪い気はしない。

 いいでしょーと返事をして紙箱を閉じた。

 どや、永久保存版やぞ!


「ふふー」


 上機嫌で歩き出した時だった。

 どこかで悲鳴があがったのだ。

 すぐに壁際に寄って周囲を見渡す。

 なんだろう。ひったくりか? それとも通り魔?

 そういえば去年の暮れに騒ぎになったね。異常な筋力を発揮した化け物みたいになった通り魔を、その場に居合わせた男の子が刀を手にして倒したって。

 とはいえ、まさかそうそう出くわすわけもないだろう。去年はちょっとやばいくらいで治安が悪くなった時期があったけど、もうそれも年が変わってからは落ち着いて久しい。

 そう思っていたら、パトカーのサイレンが聞こえてきた。誰かがスマホを手に呟く。


「駅前で暴れている奴がいるんだって。超やばくね?」


 いこうぜ、と仲間を連れて走りだしていく。

 日本きわまってるなあ。撮影する暇があったら逃げた方がいいですよー。

 まあ、私も見に行くんですけど!


 ◆


 スクランブル交差点まわりはかなりの騒ぎになっていた。

 交番もあるのに、人の壁の内側に空白がある。

 あのナンパ男が倒れていた。ナンパ男の友達たちもだ。

 髪のセットに何時間もかけていそうな優男のお兄さんが拳を打ち鳴らしている。そばにいる女が慌てていた。


「ちょ、ちょっと。やりすぎだって」

「あはは……いやだな、彼氏。わざわざ人の女にさ、声かけないでよ」


 いろいろたまっているのかな。優男のこめかみの血管の浮き出方は明らかに異常。

 それだけじゃない。倒れていたの、警察官が何人も。

 みんなスマホを向けているけど、優男は気にしてない。ナンパ男に歩み寄っていって蹴りつける。


「俺さ……昨日は会社でしぼられてさぁ!」

「うぐっ」


 容赦ない。先の尖った革靴――……あれはめっちゃ痛そうだ。


「その後の飲み会じゃ先輩の愚痴と説教ばっかでさぁ!」

「ふぐっ」

「パチンコじゃするし! 彼女から別れ話を切り出されてきまずいって、その瞬間にさあ! 声かけるかなあ!」

「――……」


 もはや悲鳴をあげられずに、ナンパ男が私の足下に転がってきた。

 優男が歩いてくる、その足音が妙に重い。象でも歩いてんのかって感じ。

 顔がどす黒くにごっていく。

 あの日、私が陥れた――……あの先生と同じ顔色だった。

 そう気づいた瞬間、足が前に出た。出ちゃった。なんでか。不思議と。


「……だれ。どいてくんない? そいつぶっ殺さないときがすまねえわ」

「いやあ。だって……自業自得じゃん?」


 言っちゃった。言っちゃったぞ、おい。


「あ?」

「彼女と揉めたのも先輩に説教うけたのも会社で怒られたのも……こんなことしちゃうあんたにも問題あるじゃん」


 わかってる。怒っている相手に正論を言ったら、


「アァ!?」


 爆発するってことくらい。

 どうする。どうするんだ。どんなに悪魔を自称したって、私は腕力ないし、格闘技を学んでいるわけでもなければ、武器だってないただの中学生だよ。

 ああでも――……


「私に少しでも関わる人を、傷つけないでくださいよ。じゃないと……私が気持ちよく生きれないじゃないですか」


 言わずにはいられなかった。

 中学生の理論だろうが知ったことか。

 これが私のルールだ。

 優男が笑う。


「じゃあお前から殺すわ」


 彼女はすっかり怯えて逃げ出した。

 責めないし、責められない。こんな男を選んだ時点で見る目がなかったし、反省を次に活かしてくれとは思うけど。


「あ、ぅ」


 ナンパ男が必死に立ち上がろうとした。なんだ。守ってくれる気か?


「――……ぅう」


 落ちた。だめだったな、やっぱり。向いてないことはするべきじゃないってことだ。

 それは私も一緒だった。膝が笑う。超こわい! 対策とれない暴力まじでやばい!


「――……おらああ!」


 近づいてきて蹴ってくるその足を、暴力を私は受け入れるしかない――……はずだったの。

 いつまでたっても、痛みはやってこなかった。その代わりに、お姉さんが立っていた。

 蹴りを受け止めていたよ。鞘で。


「撮影だっていうんで持ってきてよかった……無事?」


 ふり返って言われた言葉が一瞬、頭に入ってこなかった。

 言葉を失うほど、お姉さんは綺麗すぎた。


「あ、え、と」

「そっちのちび、さっきの啖呵は気に入った。さて――……見てるなら手を貸せ、春灯!」


 お姉さんが叫ぶと、駆け足が聞こえてくる。

 背後をふり返ろうとした。上空を軽々と飛び越えていく。九つの尻尾を生やした、私の大好きな歌手が。


「木刀でもいい、どろん!」


 着地してすぐにスカートのポケットから葉っぱを取り出し、木刀へと変えた。

 そして迷わず鳩尾に一撃を入れる。

 かなりきつい一撃だったのか、優男がよろけたけれど……また倒れない。


「キラリ!」

「わかってる!」


 お姉さんが鞘から抜刀して、叫んだ。


「たまってる欲望ぜんぶ吐き出せ!」


 優男の胸を貫いて、引き抜いた瞬間に数え切れないほどの星が溢れ出た。

 どす黒い色をした星が出きってようやく、男が倒れる。

 春灯ちゃんが囁いた。


「……もっと他に手はあったかもしれないけど。今は、まだ……ごめんなさい」


 目の前の光景に立ち尽くしていたら、すぐにパトカーが停まって警察官がたくさんやってきた。救急車もくる。ナンパ男たちが連れて行かれる。

 人払いをする警察官たちを野次馬が急いでスマホで撮る。むしろ春灯ちゃんとお姉さんをめっちゃ撮る。

 春灯ちゃんは木刀を消して、私に気づいて目礼してくれたけど、警察官と一緒にすぐに離れていった。

 ぽぉっと見送る私は肩を叩かれたの。あのお姉さんに。


「無事?」

「あ、え、えと、はい」


 てんぱる。思考は巡る。春灯ちゃんはキラリって言った。

 春灯ちゃんが綺麗っていっていた、あのキラリが……このお姉さんなら、納得する。

 確かにこの人は……そこいらの美人じゃ束になっても敵わない。


「そ。じゃあね」

「あの!」


 思わず呼び止めていた。確認せずにはいられなかった。


「お、お名前は」

「え? ……ああ、言ってどうにかなるわけ?」


 ちょっと冷たくて、棘もある。けれど……やっと気づく。春灯ちゃんのように尻尾が生えている。猫の尻尾が揺れている。獣耳も春灯ちゃんのように生えていた。

 つんつんしている猫。そう思うと超絶美人が急にかわいく見えてくる。


「し、しりたいです。私、士道誠心に入るので」

「――……信じる理由もないけど、しょうがないな。あんたの星が見えるから」


 まただ。春灯ちゃんと同じだ。この人も私のわからないことを言う! アガる!


「あまつか……天使キラリ。じゃあね」


 髪をなびかせて行ってしまった。警察官にお礼を言われて、颯爽と。

 かっこよすぎか……。

 やばい……士道誠心、さっぱりわからない!

 入学したらなにが待っているんだろう! 楽しみで仕方ない!


「うあああ!」


 駆けだしたい気持ちでいっぱいだったけど、私にしては行動が遅れた。

 誰かが事情を話したせいで、啖呵を切った私に事情を聞きに来たよ。警察官が。

 おかげで今日は帰りが遅くなりそうだ。

 まあいいか。未成年なら、名前も出ないだろうし。


 ◆


 盛りだくさんの一日だったと言えるし、いつも通りの日常とも言える。

 いろんな警察署にちょくちょくご厄介になるから、警察の連絡を受けて迎えに来た母親が叱ろうとしたけど、予め遠回しに誘導しておいたおかげで警察官がなだめてくれた。

 おかげで事情を聞いた母親は今ではご機嫌だ。我が母ながら激しい。

 部屋に戻って何度も何度も写真を撮った。今日の記念……紙箱チョコケーキ、サイン付きCD。紙袋すら愛しい。

 願書を見る。侍の季刊誌を眺める。それだけじゃ足りない。ツバキちゃんに今日もメッセージを飛ばしてアタックして振られ、ネットを探して侍の情報がないか探る。

 春灯ちゃんとキラリちゃんの活躍がちょっとした騒ぎになっている。

 私は楽しくて仕方ない。

 だってね? ここが変だよ士道誠心。

 それこそ……春灯ちゃんが入学するその前は、今日みたいな騒ぎがあっても、騒動自体はニュースになるけど、侍はたいして話題にならなかった。

 刀を帯びている警察官がいて、けれど彼らは何も斬れないという。中途半端なその役職は、冴えない神職というか、オカルトめいた存在でしかなかった。

 治安を守るために刀を帯びているだけの、ただの警察官。昔からずっと存在する、私たちが歴史で勉強する侍とは一線を画した存在。でも現実にはちょっと変な人っていうだけ。

 いやいや、あり得ないでしょ? 人に尻尾が生えてるんだよ? 騒ぐでしょ! そう思って調べてみたら、侍の季刊誌にはわりといるの。だとしたら、尻尾の生えた人がいてもおかしくない価値観が根付いているってことになる。

 けど侍は廃れていたみたいで、あんまり認知されてなかっただけ。

 しかし春灯ちゃんが脚光を浴びて状況は一変した。

 だとしたらさ。春灯ちゃんはどうして世界を変えられたのかな? 春灯ちゃんにその自覚はちっともないみたいだけど! なんでかな!

 もーこの時点で、わけわかんなすぎ。やばい。楽しい!

 私の知らない何かが眠っているんだ。士道誠心に行けば、それがわかるんだ。

 楽しみすぎて眠れない!

 どきどきしていたら、スマホに通知がきた。知り合った人とは繋がるようにしてる。今日のナンパ男からだ。


『ありがと』


 他にないんかい、と思ったけど。

 笑って送っておいた。


『これに懲りたら、ナンパやめた方がいいですよ』


 そしたらすぐに返事がきた。


『おれ……きみとなら』

『やっていける気がして』


 恋じゃなくて勘違いっていうんですよ、それ。

 すかさず返事をしておく。


『だめです』

『私、中学生なんで』


 甘い夢は断ちきる。だって、私にはその気がないからね。

 すっごく時間が経って『まじ?』って返事がきた。その反応すら、引かれない。

 だから笑って返す。


『相談になら乗りますよ? ただし……悪魔なんで、高いですけどね!』


 そう返信して、あとはもう返事をしない。

 スマホを口元に運んで笑う。


「刀……いいなあ」


 私はどんな刀を手に入れられるだろう。

 今から楽しみでしょうがない!


 ◆


 仕事を終えて、ひと息ついた。

 今は帰り道。スタッフさんみんな、渋谷の騒動を見ているからもう大変だった。

 けどまあ、橋本さんだけじゃなく真壁さんもなだめてくれたおかげで無事、解散。

 時間があんまり遅すぎるから、実家に帰るのは明日以降に見送りです。


「春灯」


 車で寮に戻っているラジオ視聴中に、高城さんに名前を呼ばれたの。


「なあに?」

「……今日、気絶した子にずっとついていたろ?」

「ああ、理華ちゃん? うん」


 頷いた。ラジオではDJのお兄さんが今日の渋谷の騒ぎについてニュースを読みあげていた。


「スタッフが任せてって言ったのに膝枕してずっとついていてあげて……お別れしてもまだ渋谷にいるって残って。どうしたんだい?」

「んー? ちょっと気になっただけだよ」


 笑って答えておいたけど、内心では違うことを考えていたの。


『なにやら、よからぬ声が聞こえたのう』

『おおかた、男の妄念といったところか……』


 二人の御霊に内心で頷く。

 私の前で気絶した理華ちゃんの後ろに、誰も立っていなかった。

 けれど、確かにあの子の後ろから聞こえたんだ。


『――……絶対に、許さない』


 と。あの子を憎む声が、私にははっきり聞こえたの――……。




 つづく!

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