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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十五章 欲望昇華、夢幻転生? 士道誠心高等部お祭りショー!

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第四百三話

 



 明坂ミコさんとメンバーの人たちと一緒にトレーニングをしたけど、すぐにボロが出た。

 山吹マドカに踊りと歌は向いていない。

 キラリが何度も励まそうとしてくれたけど、焦る気持ちばかり膨らむ。

 そんな私の頬を明坂ミコさんは両手で包んで囁いた。


「肌を重ねたのなら……天使星の願いくらい、わかるでしょう? なぜ、自分に備わる力を使わないの?」


 その言葉にはっとした。

 腰に帯びた刀を通じて感じる。キラリの願い。

 心に痛いくらい伝わってくる。キラリの思い。

 それを再現するだけなら――……刀で戦うのと同じようにできるはず。

 気づいてしまえば、なんてことはない。

 すぐに振りは覚えられた。キラリからすれば簡単すぎて、私からすれば難しすぎるもの。

 身に付けて何度も確かめる余裕すらあったから、考える。

 春灯が明坂に捧げた、ひとりぼっちの昔の自分にだいじょうぶだよって気持ちを捧げるような願いの歌に、何かが足りない気がする。

 明坂が混じった。春灯は本気で歌えるだろう。大勢に救われて。ひとりぼっちじゃないって歌えるだろう。

 突発的なレッスンの合間に聞こえてくる明坂の子たちの話を聞いている限り、そのクオリティはかなりのものらしい。

 でも――……本当に、じゃあその歌だけで足りるんだろうか。

 コナタはひとりぼっちだ。緋迎先輩がついていて、生徒会のメンバーが接触したという。

 どれほど和んだところで……精神的な孤独は変わらないんじゃないか。


「どうしたんだ、難しい顔をして」


 キラリの言葉に視線を向ける。


「……考えてたの」

「声に出してみろ。ここには大勢いるんだから、一人で考えるよりいいだろ」


 キラリの言葉に周囲を見渡した。

 春灯のマネージャーさんがいて、綺羅先輩の弟さんのツバキちゃんがいる。

 明坂ミコさんも、明坂のメンバーもいた。

 それに佳村さんや並木先輩、警察の関係者とスタッフさんがいるの。

 私たちの会話にみんなが視線を向けてくる。

 少しだけ呼吸を整えてから、考えを述べる。


「私はそもそもバラードを頼んだ時、寂しいとか、物足りないとか、終わっちゃう悲しさを触発して願いを引き出そうと考えた」

「私たちが参加する以上……必ずそういう気持ちを引き寄せるつもり」


 明坂さんの言葉に頷いたけれど、問題はそこじゃない。


「でも……コナタが分かち合いたい相手は春灯。壇上にいる春灯で……歌の最中はどこまでいっても対処が遅れる」

「緋迎くんがいるんじゃだめなの?」


 並木先輩の言葉に頭を左右に振った。


「緋迎先輩はもう……親代わりみたいなものです。絆は深いけど、でも本当の親じゃない。春灯だってそう。誰か……誰かが、コナタのそばにいて、コナタの孤独に寄り添う必要がある」


 呟く。


「キラリは……コナタが生きる道を探したいんでしょ?」

「そりゃあ、まあ」

「ならコナタが生きたい、もっと一緒にいたいと思えるようにしなきゃいけないし……私たちと同じになりたい、あるいはなっていると思えないといけない」


 爪を噛む。


「なれないっていう絶望を感じたら……成長したコナタが一体なにをするか、わからない」

「あ、あいつはいま……全力で楽しんでいるんだから、問題ないだろ」

「でもね。祭りは終わるんだ。永遠なんて、ないんだよ」


 キラリの言葉に言い返して、考える。


「不安にさせちゃだめ。そうさせない……何か、仕掛けがいるんだ。それはなに? 士道誠心にいられる……春灯のそばにいられる安心感を与える仕掛けは、なに?」


 何度だって爪を噛んでいると、手を取られた。

 並木先輩だ。


「天使……あなたは、コナタの存在を、あるべきものへと変えたいのよね?」

「え、ええ……生徒会長の言う通りです」

「要するに……隔離世の刀のように、現世にいられて隔離世で存在をさらに増す、そんな存在ならどうかしら」


 さらっとそう言い切れちゃう並木先輩に身体中が痺れた。


「そ、それだ!」


 すぐに乗っかるけれど、並木先輩は頭を振る。


「けれど……隔離世に来たばかりの大人には難しく、それ以外はもう……己の才能、ないし御霊との出会いを済ませている。侍になる可能性をもって、さらに御霊を宿せる存在がいないとだめ」


 厳しいハードルを課せられた。

 唸る。警察関係者はもちろん無理だ。スタッフだって無理。

 なにせ黒い御珠を胸に宿して大陸を移動してくるような祟り神を宿すなんて、途方もないことだ。

 それこそ……ハルみたいにとんでもない子がいない限り……。

 視線が並木先輩たちの先に向かっていって、呟いた。


「――……いる」


 思わず駆けだして抱き締める。


「きみがいる!」

「え、え?」


 きょとんとするツバキちゃんを見つめる。


「そうだ。緋迎先輩よりもずっと強く……コナタのそばに寄り添えて、ハルのように包容力の化け物で! きみがいる!」


 男の子にしておくには華奢で、高等部に入って御珠を宿そうものならすぐにだって少女になるであろう……そんな未来が約束された、ハルの大々大ファンで、何より心が強い子!


「きみに御願いがあるの――!」


 私は思いついた作戦を告げた――……歌までもう、あと僅か。


 ◆


 エンジェぅがマイクで曲名を告げた頃、ボクは明坂の人たちにまぎれて緋迎先輩のそばに行った。

 コナタとエンジェぅが名付けた男の子を見る。

 緋迎先輩にそっくりだ。穏やかに切り替わる曲調に、サイリウムを両手でぎゅっと握りしめている。


『みんなが輪を作って笑っているの。きみはいつもその真ん中にいるね』


 エンジェぅの歌声が響いてくる。

 ふり返ってみたら、目が合った。手を振って笑ってくれる。


『ぼくはいつも遠くでひとりぼっち。きみをいつも遠くに感じるね』


 歌声に明坂のお姉さんたちの歌声が重なっていく。

 みんながサイリウムをゆるやかに振る。

 きょろきょろ見渡して、コナタもそれに合わせて動くけれど。


『さみしいの。きみがみつめてくれないことが』


 Bメロに合わせて徐々に、ゆっくりになっていく。


『かなしいの。きみにみつめてもらえないぼくが』


 そして、腕が下りていく。

 一気に音が増えて豪華に変わる――サビに入る。


『となえて。笑顔の魔法。きみのそばにいくよ』


 俯きそうになるコナタの手を取った。


『つなぐよ。こころとからだ。きみの手をとるよ』


 だいじょうぶだよって囁いて、エンジェぅを指差した。

 コナタが泣きそうな顔をしてエンジェぅを見つめる。


『すきなの。ひとりぼっちでもきみのこと』


 エンジェぅがかざした手のひらに、金色がきらきら浮かんでいく。


『きっとね? 仲良くなれたら明日はちょっと幸せなんだ』


 歌い終えて、ふうっと息を吹きかける。

 山ほどの金色が客席に向かって飛んできた。

 繋いだ手をかざして受け止める。

 どうしていいのかわからないコナタを導くように握ってみせた。

 あたたかくて優しい光。

 二番目になる時には、コナタは表情に困っていた。


『手の届かない人に恋をせずにはいられない。ボクはずっとひとりだ』


 明坂ミコさんが歌を変わる。その間にエンジェぅは壇上を降りて、駆け出す。

 金色をめいっぱい放ちながら、楽しそうに。

 遠のいていく背中を残念そうに見送るコナタの目の前に小さな星が落ちた。

 はっとしてみると、壇上の……エンジェぅにとっての天使がボクたちに笑いかけている。


『きみはいつもボクがあげられないものを欲しがり、違う誰かにすべてを捧げる』


 歌詞はどこか皮肉げ。


『だいすきだ。なのにきっとむすばれない』


 つらいつらい恋の話。


『だいきらい。ぼくじゃずっとすくえない』


 明坂の人たちが一斉に息を吸いこんだ。サビのために。全力で歌い上げるために。


『こどくは、繋がる願い。きみに手を伸ばそう』


 一途に歌い上げながら、ボクらに向かって必死に手を伸ばす。


『こどくは、優しくなる力。見つめて』


 いろんな人たちに触れながら、明坂の人たちが全力で歌うの。


『つなぐよ。ぼくときみの手。あったかいね』


 全力で走っていたエンジェぅが息を切らして、ボクたちの目の前にやってきた。


『つながる。ぼくらはひとりだから……きみを感じられるんだ』


 間奏に入った。壇上の明坂ミコさんとミユさん、それに天使先輩と山吹先輩が踊る。

 客席を取り囲むように散らばった明坂の人たちも、エンジェぅも。

 重ねていた手が繋げられた。

 見ればコナタが自分からボクの手を繋いでいたの。ぎゅっと。痛いくらいの力で。離さないように。


『もしきみがいなくなったら』


 エンジェぅが歌を引き取った。

 視線はコナタとボクと……緋迎先輩に。


『ぼくは心にきみを抱くの。そのとききっと、はじめてひとり』


 だけど、と呟いて、手を伸ばす。


『きみがいる。てをつなげる。きみが笑っている姿を見られる』


 金色が伸びて、ボクたちを包み込む。


『きみを見つめる限り、手を繋げる限り、ボクはもうひとりじゃない』


 握手会をしている明坂とファンのための歌詞だった。

 ちょっとあざとすぎるかもしれない、と思ったけど。

 歌われて、金色を浴びてしまうとそんな気持ちも吹き飛ぶ。

 そして……本当の意味に思いを馳せる。

 ボクらは一人だ。だけど……きっと世界には何十億人という可能性があって、ボクらに意思がある限り……孤独にはならない。

 目を閉ざさない限り。閉じこもらない限り……。

 この歌においては、明坂を思う限り、ファンはひとりぼっちじゃないし。

 エンジェぅが歌う限り、それを聞いているボクらはひとりぼっちじゃないんだ。

 さあ、最後のサビだ。


『となえて。笑顔の魔法。きみのそばにいくよ』


 コナタの手を握り返した。


『つなぐよ。こころとからだ。きみの手をとるよ』


 きらきらの光を放ちながら、そのただ中からエンジェぅが手を伸ばしてくれた。

 コナタが恐る恐る握る。微笑みぎゅっと握られる、手と手。


『すきなの。ひとりぼっちでもきみのこと』


 もしボクらに孤独があるのなら、それを癒やす術はきっと簡単だ。


『きっとね? 仲良くなれたら明日はちょっと幸せなんだ』


 願い、一歩を踏み出す。

 傷つく可能性は山ほどある。虐げられる可能性だって。

 変な近寄り方をされたらぎょっとされるし、そもそも求められてなかったら意味がない瞬間だって山ほどあるだろうけど。

 めげずに、相手のことを考えて、近寄ることを覚えていけば……きっと大丈夫。

 それについて語りたかったけど、ナチュさんに語りすぎだって言われた。

 救いの歌。明坂のファンにとって、明坂が歌う意味がある曲。だから、説教臭いメッセージはなしなんだってさ。

 エンジェぅがコナタをぎゅっと抱いて、離れる。

 その背を思わずコナタが手を伸ばしたけれど、掴めずに……エンジェぅが行っちゃう。


「これで……終わっちゃうのか」


 呟く声を聞いてたまらなくなった。


「だいじょうぶだよ」


 寂しがり屋の男の子に呼びかけずにはいられなかった。


「ボクがいるし、生きていれば何度だって会えるし、歌を聴けるよ」

「――……」


 コナタの顔が歪む。目に涙が浮かぶ。

 胸に宿った御珠が目まぐるしく白になったり、黒になったり。


「……春灯が、いないと、しんじゃう……これが、最後なんだ」


 緋迎先輩が身構えている。

 壇上でエンジェぅがふり返り、天使先輩たちと揃ってはっとした表情をしていた。

 けど、山吹先輩に御願いされた言葉を思い出して、ボクはコナタに問いかけた。


「そんなことないよ。きみがどうしたいのか言ってくれたら……笑顔の魔法、届くよ」


 歌詞を引用しながら問いかけると、コナタは大粒の涙をぽたぽた落としながら言うの。


「……もっと、きいてたい。春灯と、つながりたい。ぜんぶ、ほしいよ」


 胸の御珠が黒くなっていく。

 兄さんに聞いたことがある。黒い御珠。エンジェぅたちから聞いた話も思い出す。

 黒――……それは欲望の色なのかもしれない。

 夢も自分も塗りつぶす、悲しい色。

 いろんな色を抜いて、引いて、その根っこにある……違う色を見つけ出す。

 それがそれぞれの夢色なのかもしれない。

 焦らないように息を整えて、語りかける。


「ん、と。全部は無理かもしれないけど。つながっていられる道、あるよ」

「……ほんと?」


 おっきな身体とは思えないくらい、小さな子供みたいな願いに頷く。


「うん。一緒に生きるなら……きっとある。きみが神さまなら……歌を聴いて、そばにいられる道があるの」


 内心で緊張が増していく。

 山吹さんは言っていた。


『欲望を見せたり、弱みを見せて刺激したら……一瞬にして祟り神としての本性を露わにするかもしれない』


 けど目の前にいるコナタはボクとエンジェぅの顔を交互に見ている。

 胸にある御珠は、高等部の特別体育館で見た色に徐々に近づいていた。

 黒は消えていく。

 歌は捧げられた。金色も。そして……鎮めるための祭りも。

 あとは……根源を癒やすだけ。

 油断せず、けれど歩み寄る気持ちを弱めずに、踏み込む。


「きっと一番そばで聞けるよ。一番近くで感じられる。きみがボクと手を繋いでくれるなら、ボクがきみに好きだって言うよ」


 見つめる。


「きみはもう一人じゃない」


 コナタの瞳からさらに溢れる雫。

 落ちる前にそっと拭って、問いかける。


「ボクの刀になってくれますか? ……ボクが君の願いを叶えるから。エンジェぅの歌を作るお手伝いをしているボクの中に、入ってくれますか?」


 目元をごしごしと拭って、それでも足りずに泣いちゃう。

 コナタがなくたびに胸に宿る御珠が輝きを放っていく。

 ボクらに夢をくれる結晶に変わっていくんだ。


「――……コナタ。おしえて。きみの願いを」


 囁く。


「おれは……おれは……」


 運命の分かれ目。けれど、ボクはこの手を離さない。


「ひとりは――……いやだ」


 切実な願いは、きっと。


「誰かと繋がっていたいよ」


 ボクらを一番苦しめるものに違いない。


「おれは、どうしたら、いいの」


 その囁きに応える者なら――……壇上にいるよ。


 ◆


 春灯のそばにいたい、という願いをマドカに伝えられた時には、もう見えていた。

 青く煌めく特大の願い星。

 春灯とマドカと三人でそっと歩み寄っていき、涙を流すコナタの御珠に手を当てた。

 注ぎ込む。


『この世にいたい』『現世にいきたい』『春灯のそばにいたい』『つながりがほしい』『消えないものがいい』『特別なものがいい』『いつか士道誠心にいきたい』『楽しいこと、やまほどしたい』


 伝わってくる。切実な願い。その奥底から流れ込んでくる。


『――……天使キラリ。星はすべてを見通す』


 何かの意識。いや、何かなんかじゃない。こいつは……私の刀の声だ。


『運命は廻り廻る。かの魂が宿るべき……現世の依り代はもう、女の腹の中にある』


 もう少し私に対して気の遣った言い方はできないものか。


『贅沢を申すな。我はまつろわぬ者……地に堕ちることなく煌めく星神よ』


 はいはい……。


「コナタ。純粋なる魂の持ち主よ、緩やかに育ち、見上げろ。お前が求めた金色の星は――……既に手の中に」


 囁いて、思い切り息を吸いこんだ。


『これより行なうは神の所業』


 あんた、神なんだろ?


『うむ』


 ならば必然、やり通す!


「さあ、変われ! 現世に生まれ落ちて、あるべき姿を獲得せよ!」


 全力で霊子を注ぎ込んだ。

 緋迎先輩を追いかけて、必死で作りあげた欲望が作りし身体が徐々に溶けて、星へと変わっていく。

 思わずツバキがコナタに駆け寄ろうとした。マドカが制した。


「「 コナタ! 」」


 緋迎先輩が名前を呼ぶ。春灯とハモった。

 コナタは二人を見て、それからまずはツバキに向けて微笑んだよ。


「きみ……ありがと。つながり……わすれない。うれしかったよ……かたな、あげられそうに、ないけど……ごめん」

「いい、いいよ……っ」


 言葉が出てこないけど、必死に頷くツバキをマドカが抱き締める。


「カナタ……いつかぜったい、一本とってやるからな」

「――……ああ、待っている」


 頷く緋迎先輩ににっと笑って、そして最後に春灯を見つめた。


「春灯……うた、すごかった。もっと聞いていたいな」

「うん……うん! いくらでも、うたうよ……っ」

「ああ……くらやみを、ひっしで……すすんできたけど……ねむたく、なってきた、よ……」


 足は消え、手も消え失せた。

 御珠に触れる私の横を通り抜けて、春灯がコナタを抱き締めた。

 瞼を伏せて歌う。優しい子守歌にコナタは歓喜の吐息を漏らして、星へと変わって消えていった。

 ことん、と御珠が落ちて転がる。

 黒くない。煌めく御珠は神社や天守閣にあるのと同じもの。

 そっと掴み上げた。

 星はもう見えないけれど。

 空を見上げて呟いた。


「早くおっきくなれよ。待ってるからな」


 とびきり大きな流れ星が落ちたのだった。


 ◆


 祭りは終わった。

 明坂はいつの間にか撤収していて、警察のみなさんの誘導に従って下に下りたの。

 コナタロスにわんわん泣く私にキラリは言ったよ? 誰かの子供として産まれるみたいなことを御霊が言っていたって。

 もしそれが本当なら……叶って欲しい。そして絶対に再会するんだ。

 絶対に見つけ出すからね。

 そう決意しながら地上に戻って、現世に戻った。

 バスの中で目を開ける。九組と十組、零組のみんながいるバスの中で歓声があがる。

 楽しかったとか、やりきったとか、そういう声に参加しようとして口を開いた。

 けど言葉が出ない。それどころか身体中に猛烈な倦怠感が襲ってくる。

 指さえ満足に動かせなかった。身体を支えきれなくて、隣にいる茨ちゃんに寄りかかる。


「青澄? だいじょぶか? 顔真っ青だぞ……てかつめた!? ちょ、せ、先生! 青澄が!」


 抱き留められて、瞼を伏せる。

 意識がふっと落ちて、次に目覚めたときには寮のお部屋にいました。

 私は床に敷いた布団に寝かされていたの。枕元にコナちゃん先輩がパジャマ姿でいて、私に気づいて額に手を当ててきたの。

 すぐに霊子が流れ込んでくる。そして自覚した。今日、がんばりすぎて、またしても霊子が空っぽになっていたっぽい。

 何かを言おうとしたその時、盛大にお腹がぐうって鳴ったの。


「元気そうでなによりね」


 微笑むコナちゃん先輩に返事をしようとしたけど、声が出なかった。

 倦怠感はまだひどくて、まともに動けそうにない。そんな私の状態に気づいているのか、引き起こしてくれたの。

 テーブルにあるおにぎりを食べさせてくれた。あーんして。照れくさいなあ、いやだなあとでれでれしようと思ったんだけど、できなかった。


「ほら、カナタ。あーん」

「……らびー」


 カナタが妙にくたびれていて、ラビ先輩に抱き締められていたの。

 コナちゃん先輩が私にするようなノリで。ぎゅって。


「むりだよ。今のきみじゃあね。ほらほら、観念して。あーん」


 おかゆを食べさせていたの。

 カナタも反抗するように睨んだり、やだとかいろいろいうけど。

 最終的にはね?


「……あーん」


 だって。あーんだって!

 ラビ先輩どいて! 私があーんしたい!

 叫びたいけど、そんな元気はなく、めそめそ泣きべそを掻きながらコナちゃん先輩のおにぎりを食べるのです……。


「泣くほどおいしいの?」


 違うんです……。

 っていうかラビ先輩くっつきすぎなのでは? カナタも満更でもない顔をして食べているのがげせないのですが。仲良すぎなのでは?

 私みたいにくたびれちゃったのか、カナタはちっとも動けそうにない。

 だからって。だからって。二人はちょっと、その距離感はちょっと!


「……ああ、あれか」


 コナちゃん先輩が私の視線に気づいて、ため息交じりにそっと布団に寝かせたの。


「目に毒だからよしときましょう」

「コナちゃん、目に毒ってどういうことなんだい?」

「説明拒否」


 私にはわかる……。

 視覚的な暴力だ……。

 二年生でも屈指のイケメンがあーんとか……。

 でもまって。一人、私の彼氏なんだけど。

 もう一人の彼女、私のそばにいるんだけど。

 何かがおかしいのでは?


「むふー!」

「興奮しないの……よし、と。頭を冷やして寝ていなさい」


 冷却シートを頭にはられて、手を握られました。

 コナちゃん先輩の霊子が注がれていくの。


「……な、たは……りょ、し……」


 精一杯言葉にしてみたら、コナちゃん先輩は笑ってくれた。


「大丈夫。彼は心配ない……まあ、別の心配をした方がいいかもしれないわね」


 えっ。


「カナタ……いくら身体に力が入らないからって、こぼしすぎだ。ほら、ちゃんとたべて」

「う……」


 くううう!

 げせない!

 私が代わりたいのに! そこにいけないこの状況がげせない!


「むふー!」

「だから落ち着きなさいってば。もう、しょうがないわね」


 コナちゃん先輩の手が目元に当てられた。


「気が引けるけど……霊子の流れをもう少し調整するわよ? ほら……だんだん、ねむくなる……ねむくなる……」


 囁き声につられて、頭の中がすっきりしていく。

 すると倦怠感がそろって「お布団やっほい、さあ寝るぞ!」と睡眠欲に切り替わっていくの。

 ああ。ああ! カナタがラビ先輩とひっついているのに、それを見逃すなんて……!

 くっ! いっそ殺せ……!

 私はこれしきのことに屈したりなんてしないんだからね!


「ほら、抗わないの……深呼吸して――……吸って、吐いて……そう……そのまま……」


 優しいコナちゃん先輩の声に導かれて、あっけなく私は屈してしまったのでした。

 即オチでしたよね……――。


 ◆


 サクラさんから連絡を受けた。

 うちの娘がやり遂げたという。カナタくんあってこそのうちの娘だと伝えておいた。

 緋迎さんのお宅とは懇意にさせてもらっている。

 お互いの子供の縁が繋いだのだから、お互いの子供の絆次第でどうとでもなってしまうだろうけれど。

 それについてはサクラさんも同じように考えているだろうが、なるようにしかならない。

 春灯を産んで、トウヤを産んで……楽なことばかりじゃなかった。

 冬音を失った時の苦しみで、一度は夫と冷戦状態になったりもした。

 けれど乗り越えてきた。そして……今はトウヤが気づかないように大人の知恵をフル活用しながら、営みに励んでいる。

 冬音と会えたのは大きい。サクラさんを霊界から引き寄せ、九尾の妖狐になったうちの娘を見ていると、その再会は或いは必然だったのかもしれない。

 産んでくれてありがとうと、ただ一言にどれほど涙を流したか。

 悔しさと悲しさしかなかった。春灯と一緒に士道誠心に行けていたなら、違う運命もあっただろうと。そうさせてあげられなくてごめんなさい、と。つい言ってしまった。

 そうしたら、どうだ。あの子は地獄における両親に許しを得て、こちらにくるというではないか。

 途方もない巡り合わせに感じ入っていたら、呼び鈴が鳴った。


「はあい」


 スリッパの足音を鳴らして出ると、冬音がいたの。

 うとうとと船を漕ぎながら、上品な着物姿のご婦人に抱かれていた。そばにいる二メートル以上ありそうな巨漢のおじさまが口を開く。


「失礼。突然の来訪で申し訳ない。冬音を預けに参りました」

「え、あ、え」

「恥ずかしながら……今の閻魔大王を務めております」

「まあ!」


 こういう時の反応がおばさん化して久しい。

 あわてて招き入れる。

 トウヤが下りてきて、冬音の姿に気づいて驚いた顔をしていた。


「ね、姉ちゃん? ちが、冬音さんだっけか」

「間抜けな顔してるんじゃないの。お父さん呼んできて」

「わ、わかった!」


 どたばたと激しい足音を立てる息子に頭が痛い。小学生に求めすぎかもしれない。


「父ちゃん! えらい人がきたぞ! はやくはやく!」

「なんだ、いま仕事中で」

「プラモ作ってるのが仕事かよ! モデラーじゃないだろ! いいから早く!」

「なんだ、もう」


 ぶつくさいいながら二階から足音が下りてくる。

 頭痛がひどくなってきた。


「すみません、騒がしい家で」


 いえ、と笑って下さったご婦人を見つめた。

 いやに儚げで繊細な美人さんだった。強いて言うならあれね。土星の子の大人版。


「どうしたんだ……うわ!?」

「ちょっと、あなた」

「どどどどど、どうしました?」


 きょどりすぎだ。素直なところが大好きなんだけど、こういう時には考え物。


「冬音を預けに来てくださったの」

「あ、え!? じゃ、じゃあ……まさか? 閻魔? 大王? えっ、顔あかくない」


 いまそこ大事じゃないでしょ。

 きつく睨んで黙らせて、咳払いをしてから告げる。


「まあまあ、あがってください。狭くて汚い我が家ですが」


 それでは、とあがりこむ三人。

 けれど冬音は眠くてたまらないのか、しきりに目を擦っている。


「あ、あの……もしよかったら、春灯の部屋でお嬢さんを寝かせてあげてください」

「そうですな。冬音」

「――……いい、部屋、わかるから」


 閻魔大王の持つカバンを受け取り、とぼとぼと一人で歩いて行く。

 不安がる私に気づいて、トウヤが冬音からそっとバッグを取った。


「ほら、あぶなっかしいなあ、もう」

「すまぬ……」

「いいっていいって。姉ちゃんだし」


 順応性が高すぎるのも困りものだ。夫のアニメの影響を受けすぎじゃないだろうか。

 それとも私が恋愛ゲームの弟像を見せすぎたせいか? 不安だが、まあ……頼れるからよしとして。

 二人をリビングに連れていき、お酒かお茶か尋ねた。

 すぐ帰るつもりなので、と辞退なさる大王にうちの旦那が絡む。


「いやいやいやいやいや! 閻魔大王から地獄の話を聞けるかもしれぬとあっちゃあ、放っておけません。帰るなんて仰らず、どうぞ一泊くらいなさってください。大王の邸宅と比べると質素ですがね」

「む……いえ、そんな」

「謙そんなさらず。ですがね、娘さんを預ける家をよく知るいい機会ですよ?」


 よくもまあ、舌が回ること。


「あなた……ご厚意なんですから」

「そうですな……いや、腹を割って話したいことも山ほどあります」


 すかさず夫が声を上げる。


「ならば酒だ! 酒にしましょう! いいのがね、あるんですよ。柳生十兵衞殿と玉藻の前さまにさしあげる予定だったんですがね? 現世の酒造もいきのいいのがいますよー!」


 明るい声で陽気に笑う。そういうところを、春灯はよく見て育ったのだなあと実感することは多い。


「すみませんね、のんべえなもので。いまつまみをお出ししますから」


 お詫びしながら急いで冷蔵庫に向かう。

 さて、こまったぞ。最近はよくサクラさんと、あとは緋迎さんちのシュウさんの恋人で奥さんになる予定のカグヤさんを巻き込んで料理を作り合っているのだけど。

 閻魔大王の舌を納得させる料理なんて、皆目見当がつかない。

 どうしたものかと迷っていたら、ご婦人が歩いてきた。


「あの……差し出がましいのですが、もしよろしければお手伝いさせていただけます?」

「あ、いえいえ。お客さまを働かせるわけには」

「その……私にとってあの子が娘なら、それはあなたにとっても同じはず」


 ご婦人の言葉にまばたきをした。

 すごくデリケートで、言葉にしにくいことを……自分から仰ってくださるとは思わなかった。

 正直、かなり救われたし。彼女が勇気を振り絞っていることは、声が震えていたことから察して余りある。


「そう、ですね」

「ならばもう……急ではございますが、私たちも家族のようなものです。なりたてだからこそ、歩み寄りたいと……そう、思うのです」


 一度深く息を吸いこんだ。

 すぐに思考を切りかえる。


「青澄レイコと申します。お名前をお聞きしても?」

「地上ではリナ、と。地獄ではただの鬼の姫でございました。娶られてからは閻魔大王の妻。それだけですが……あの人は地上の名前でお呼び下さいます」

「なら、リナさんと呼びますね」


 微笑み、一歩近づいて手を取った。


「早速なんですが! あなたたちの好みを教えてくださいます? いやあ、なに作ったらいいかわっかんなくて」


 笑ってみせると、リナさんも雪化粧に咲く花のように可憐に笑い返してくれた。


「そうですわね……では、一緒にお料理いたしましょうか」

「ぜひ!」


 夫の一人酒なら自分でつまみを作らせたりもするのだが、今日はそうはいかない。

 娘の戦いは終わったようだが、母の戦いはまさにこれからだ!

 気合いを入れていこう! まずは胃袋から掴んでやろうじゃないか!




 つづく!

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