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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十五章 欲望昇華、夢幻転生? 士道誠心高等部お祭りショー!

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第四百一話

 



 ライブの開始時間が迫って、最終チェックを進めるアリーナで……衣装姿。メイクも済んでいる。頭の中に思い描くのは、万感の思い。

 全国を廻ってのライブツアー。明坂にとって大事な日だ。この二日はいわば、明坂からファンへのバレンタインのプレゼントのようなもの。

 いつもは飄々としたメンバーや、元気だけが取り柄のメンバーも神妙な顔をしている。

 きっとライブ後に食べるもののことでも考えているのだろう。

 たとえ眷属になろうと、不摂生をすれば身体に出る。

 ストレスがかかると食べちゃうメンバーにとって、ライブツアーは地獄の日々に違いない。

 日頃の仕事をこなしながら、心身の調子を整えてやりきらなければならないのだから。

 一瞬の油断もできない。

 メンバーたちの顔を眺めていき、後ほど発売されるライブ動画のバックステージの撮影に付き合いながら、明坂ミコは思いを馳せる。

 いまこの瞬間、自分から最愛の少女を奪った災厄が隔離世にいる。

 朝方そっと覗いてみたら、歴代の緋迎の中でも指折りの弱者が道を説いていた。

 災厄は祟りという概念から人へと姿を変えて、真剣に弱者の教えを受けていた。

 何の冗談だ、と思った。

 けれど同時に痛いほど実感した。

 曖昧な概念ほど、対処しようのないものはない。

 ただ巫女を供物として捧げるだけの現象ではなく、人の孤独や悲しみが具現化した祟りでもなく、孤独や悲しみを軸に生まれた意思として接する。

 道を説いて……恐らくは探っているのは、自分たちの世界との妥協点。

 今回、侍と刀鍛冶たちの提示する妥協点は明白だ。春灯の歌であり、士道誠心の祭りである。

 そもそも今回の災厄、生み出したのは人と同じ人生を歩めなかった哀れで人騒がせで犯罪さえ犯した青年だという。

 なら、発端から離れて世界中の欲望を吸いこんで人へと変わった赤子を導き、発端が望んだ環境へと連れ出せるようになれれば――……或いは道が開けるかもしれない。

 気に入った。正直、かなりいいと思う。

 これが自分のような、なまじ力を手にした者なら同じ選択は選ぶまい。

 どうにかして倒す、ただ一つの結末を求めて挑んだはずだ。

 最弱、ゆえに最強。かの緋迎は、力を持たず、選ばれなかった者の気持ちをくみ取り導くという。

 彼のような選択を、いったいどれほどの者がとれるだろうか。

 厳しい選択だ。倒すより恐ろしいほど困難。だがなるほど、そもそも倒す必要があるのか? という問題提起は必要かもしれない。

 先日住処を訪れた真中愛生のアマテラスがあって尚、今回の厄災を倒しきれるかわからないのだ。力で敵を倒す以外の道があるのなら、模索するのも悪くない。

 祟り神。荒御霊。それは一面でしかない。神である以上は強大で、人の身で倒しきれるものではなく、神や妖怪の御霊を宿してなお人はあくまで人。通用するかどうかは怪しいものだ。多大なる犠牲を払うことをよしとするのなら、挑めばいい。

 けれど神が荒ぶるには理由があり、それを治める術に可能性を見出した彼らは決断した。

 神をも救う。

 途方もなくて、けれど……もし、それができたのなら。或いは救いがあるかもしれない。

 孤独は癒やせる。その可能性を見せてくれ、士道誠心――……。


「お姉さま?」


 我に返る。

 心結が自分を見つめていた。


「そろそろです」

「……わかった」


 頷くと、心結が走りだそうとする。

 だから呼び止めた。


「心結」

「なんです?」


 ライブ前の緊張に強ばる身体をそっと引き寄せた。


「私を一人にしたくない?」

「――……もちろんです」


 囁いて、抱き締め返す腕の力を忘れない、と。そう感じた。


「よし。いこうか!」


 背中を叩いて微笑む。

 隔離世に挑む士道誠心や警察の侍、刀鍛冶たちには申し訳ないのだが。

 今日は――……自分たちに会いに来てくれたファンのために捧げたい。

 だからどうか、がんばって。

 当たり前のように救ってくれ。これから先の可能性を開くために――……。


 ◆


 春灯、と呼ばれて周囲を見渡す。

 高城さんがペットボトルを差し出してくれていたの。

 あわてて受け取る。

 なんだかぼうっとしちゃうんだ。圧倒されて。

 歓声は音の暴力のようだった。待機場所で眺める会場で、明坂29の子たちが一糸乱れぬ踊りを披露して歌っている。

 口パクした方がいいでしょっていうくらいの、それこそダンスパフォーマンスグループばりの本格的な踊りを披露しながら、息も乱さず歌う。

 人にはできない。あれは吸血鬼と眷属だからこそ許されるパフォーマンス。他の追随を許さないアイドルグループの真実は、けれど人々の血を吸って精気を吸うためにではなく……ファンの笑顔のために存在する。


「……悔しいけど、すげえなあ。明坂の本気はライブにある、か……妬けるよ」


 カックンさんがしみじみ言うの、わかる。


「カックンさんとこだって、本格派だったでしょ」

「俺はあそこまで激しく踊って歌えないかなー。自分のパートの時は止まるわ」


 ナチュさんのツッコミを受けても元気はない。

 それもしょうがないのかも。

 明坂のみんな、身体を動かせばどうしたって声が揺れるだろうに、ずっと動きっぱなしなんだもん。次の曲にうつって、バレンタインのナンバーになってさ。


『チョコ、座席においといたけど! 受け取ってくれたかねー!?』


 イントロで明坂の子が叫ぶと、会場が爆発するように盛り上がった。

 アイドルはんぱない。アイドルのファンもはんぱない。

 カックンさんがため息を吐いた。

 まーねー。ちょっと羨ましすぎるよね。この状況は。


「なに演奏前にテンションさげてんだ、おら」


 椅子を思い切りトシさんに蹴られて、しぶしぶカックンさんが立ち上がった。


「しょうがねえ。ちょっと本気でドラムを叩くとしますかね」

「そうそう。これも一つの経験値。いきますよー!」

「じゃあ……春灯、見てろ」


 私の額に握り拳を当てて、トシさんが二人と出て行った。

 バレンタインのナンバーが終わる。

 ミコさんがマイクを握る。

 拍手と歓声が静まりかえって、語りかけるの。


『バレンタインの贈り物はね? もう一つあるんです。聞いてくれますか? 今日のための……新曲』


 割れんばかりの歓声があがる中、トシさんたちが楽器を手に現われた。


『ボクらがひとりじゃない理由』


 曲名を告げて、演奏が始まる。

 明坂の女の子たちが広すぎるアリーナの外壁に移動して、ファンに近づく。

 旋律に耳を澄ませようとした時だった。


「春灯! あ、あの」


 高城さんがスマホを耳に当てて強ばった顔を向けていたの。


「……警察から、電話で。緋迎くんが」


 手にしたペットボトルを落とした。

 どうしていいかわからず手で口を覆う。

 ずっと大丈夫だと信じていたけど、だめだったの……?


「か、カナタが……そんな……」

「泥とケンカしてるって」

「……え?」


 思わず目が点になったよね。


「ど、どうなるかわからないから、早く来てくれって!」


 焦ってディスプレイを見る。まだ曲の途中だ。

 本当なら曲が終わったあと、出て行ってご挨拶をしなきゃいけない。けど、きりっとした眼鏡の人が咳払いをした。


「事前にこういうことがあるかも、とミコたちと打ち合わせにて把握しておりましたので……問題ございません。ナチュさんからも事前に対処は検討し、準備もしてありますので、どうぞお気遣いなく」


 そ、そんなんでいいの!?

 っていうか、ナチュさん……! 先見性! ああもう頭がごちゃごちゃで追いつかないよ!

 しょうがないなあ、もう!


「失礼します!」


 駆け出す。

 許しが出るのなら……何より私がカナタに会いたかったのだから、迷わない。

 待っていてね、カナタ!


 ◆


 時刻、十六時過ぎ。

 人型はもはや十五、六歳ほどに成長していた。

 容姿はやはり、俺に……緋迎カナタによく似ている。

 斬り合うだけでは飽き足らずに笛を出してみせ、俺と同じ曲に挑戦し。腹が減ったからと相手を待たせて警察に食べものを出してもらえば、俺より多く食べようとし。気晴らしに春灯の歌を流して褒めてみせれば、俺より多く褒めようとする。

 対抗心の塊だ。どうにかして俺に勝ちたいらしいのだが、それがいかにも子供っぽい。小さい頃から見ているから、印象に大して変化なし。


「カナタ! 聞いてるのかよ!」


 いつの間にか名前を呼び捨てだ。兄さんが俺に呼びかけてからはもうずっとこうだ。


「聞いてるよ。だから、春灯の良さは語り尽くせないと言っているだろう?」

「なら一つでも多く言える俺の方が勝ちだ!」


 まったく……ずっとこの調子なのも、精神的にきついんだよな。

 さっきはつい言い返してとっくみあいのケンカになった。

 俺も高校二年生だからな。精神的に熟成するには早すぎる。

 特に、春灯のこととなると妙に高圧的になってくるのが面倒だ。

 本人に会っていないくせに、と言うとこいつは言うのだ。


「俺は春灯の金色を求めてきたんだ! お前より知っているぞ!」


 って。何度目になるのか、もう数えるのもやめた。

 俺の姿になって、俺と似たような刀を二振り選んで、春灯について熱く語る。

 頭痛がするな。まったく。

 どんどんただの人になっていくこいつは、けれど俺そっくりの制服を霊子で作ってなお露出している胸に宿した御珠とその霊力の迫力から、俺以外誰もまともに近づけずにいた。

 厄介な奴だ。本当に。


「あのなあ」


 いい加減我慢の限界が来たから詰め寄ろうとした時だった。


「カナタ!」


 春灯が駆け込んできたのは。

 思わず春灯を制止しようとした。けれどそれより早く、人型が迷わず春灯に抱きついた。


「春灯-!」

「なっ!?」


 固まる俺の前で、春灯の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ、胸に顔を埋めて必死にしがみつく。


「待ってた! ずっとこの瞬間を!」

「え、えと。え? あれ? 似てるけど……え? な、なにが起こってるの?」


 春灯も春灯で、好きにされすぎじゃないのか。

 急いで駆け寄り引きはがす。春灯を供物として選んだ祟り神だ。好きなようにさせていたら何が起こるかわからない。


「こら! やめろ!」

「やだ! 俺の春灯だ!」

「違う! 俺のだ!」


 歯を噛み合わせて敵意を剥き出しにすると、俺の腹を蹴りつけて刀を抜いた。

 姫の刀の似姿。何度目かのケンカでやっと引き抜いたそれで、黒い炎を再現するところまでは至っている。


「黒焦げにしてやる!」


 闘志を燃やす似姿を前に、苦笑いを浮かべた。


「お前にはできないぞ」

「できるもん!」


 涙目になって吠えるところはまだまだ幼い。


「うああああ!」


 けれど跳躍する勢いも、振り下ろす力も既に侮れないレベルに達していた。

 受け止めるだけでは軌跡を追いかけてくる黒炎に燃やされる。


『カナタ』


 わかっているさ。


「王の名において命じる! 蜘蛛の糸よ!」


 姫の刀から霊子を引き出して、目の前に左手を突きつけた。

 手の内から出る蜘蛛女の糸でがんじがらめにしばりあげた。


「ぐ、がっ! ひ、卑怯だぞ! いちいち俺の知らない力ばかり使って!」

「お前を産んだ卵のように凍らせてもいいんだぞ?」

「嫌いだ! カナタなんか、大嫌いだ!」

「一本を取るにはまだ程遠い。けど……お前にも同じ力が使えるはずだ」

「もうやだ! 俺、カナタに負けてばっかりだもん!」


 顔をくしゃくしゃに歪めて泣き叫ぶ似姿にどうすればいいのか途方に暮れて、糸を切ろうと刀を持つ手をあげた時だった。

 春灯が似姿に駆け寄っていく。


「……あなたのお名前は?」

「誰も、名前なんてくれないんだ……」


 悲しそうに呟く似姿に触れ、春灯は狐火を出して糸を燃やした。

 驚く俺に手だけ伸ばして制して、優しい声で呼びかける。


「じゃあ……そうだなあ。私とカナタの名前から文字を取って、ハルカとか……どう?」

「春灯の字が入るのは嬉しいけど……カナタの字が入るの、やだ」


 ずいぶんじゃないか。


「んー。じゃあねえ。コナタ? 彼方に大して、此方。うん、これがいいな」

「カナタの字が二つも入ってる!」

「そういわないで? 私の大恩人の名前が入っているからね。きっと強くて元気になるよ」

「……じゃあ、それでいい」


 いいのか。

 戸惑う俺の前で、名付けられた存在は春灯に抱きついた。


「春灯……さみしくて、ずっとずっとつらいんだ。だから春灯の金色がほしい。春灯のぜんぶ……くれる?」


 泣きべそを掻くコナタの頭をそっと撫でて、春灯は困ったように笑う。


「んー。私の命はあげられないけど……さみしさなんて、吹き飛ばしてあげるよ」

「……金色、いっぱいくれるの?」

「それだけじゃないよー? どうせ、カナタはあんまり楽しませてくれなかったでしょー?」

「そうなんだ。カナタは笛とか春灯の歌しか聴かせてくれなかった」


 春灯の胸に顔を埋めて……!

 子供のやることとはいえ。しかし。そこは俺の場所だ……! 違う、そうじゃない。落ち着け。落ち着け。


「ここからは私たちの出番だからさ。おいで……楽しいもの、いっぱい見せるから!」


 ぎゅっと抱き締める春灯にコナタは素直に従うようだ。

 春灯が視線を送ってくる。兄さんたちが慌ただしく活動し始めた。

 コナタをなんとか立たせて、春灯が隔離世だけのアリーナに向かう道へ移動し始める。

 見送れば、任務達成だ。上に行って見守るくらいはするべきだが、やりきったといえるのではないか。そう思ったのだが。

 手を不意に掴まれた。コナタがむすっとした顔で俺を見る。


「……カナタも、みるでしょ?」


 子供みたいに、拗ねてはいるけど、放ってもおけない……そんな純真さで縋られる。

 嫌な気持ちになるわけがない。


「当然だろ? ……俺に山ほど、いいところを見つけて教えてくれるんだろう?」

「――……うん!」


 嬉しそうに微笑むコナタに笑い、しっかり手を繋いだ。

 三人で向かう。アリーナへ。祭りが繰り広げられる地へ――……。

 コナタを殺すのではなく。癒やし救われる道をいくために。


 ◆


 警察関係者と士道誠心と星蘭の生徒、それに隔離世にこれるスタッフが観客席を埋める。

 本来なら泥で埋めつくされるはずだった。けれど実際には当初の予想よりずっと和やかかつ賑わいながら、アリーナ席が埋まっていく。

 最前列、中央にコナタがいた。寄り添うようにカナタがいる。

 刀鍛冶たちが総出でスタンド席のすべてを演技のできる会場へと切りかえる。

 妙にくっついているキラリとマドカが自分たちの衣装を見下ろして笑っていた。


「……なんか、二人とも仲良しすぎない?」


 私の問いかけにキラリが顔を真っ赤にして、あわててマドカから離れたけど……なに?


「き、キラリ、どうかしたの?」

「違う。なんでもないから」

「……はあ」


 訝しむ私。でもキラリの尻尾は忙しなく揺れていた。やっぱりおかしい。

 マドカが口を挟む。


「まあまあ。それより……そろそろ出番だよね。トシさんたちは?」

「いまスタッフさんが楽器の調整してるから、それが終わったら私と一緒に出て演奏開始」

「そしたらMCで私たちが入っていく、と。えっと……何くんだっけ」

「コナタ?」

「そうそう、それだ。コナタくん! 彼の願いを私が具体化して、キラリに変換してもらう……なんだけど」


 舞台袖に立って、マドカが腕を組んだ。


「なんでかなあ。上にあがった彼の圧迫感、だいぶ和らいでいるんだよね。特別訓練とは関係なく」

「……特別訓練?」

「それはこっちの話!」


 キラリがあわてて口を挟むの、不思議でしかない。

 凝視していると、キラリに背中を向けられました。

 すぐにスタッフさんに呼ばれたの。準備いいって。

 トシさんたちはいつでもでていける用意を終えていた。

 ライトが落ちる。リハーサルの通りに……移動した。

 カナタはやり遂げた。

 初めて見たコナタくんは……ずっと素直でいい子になっていた。

 或いは泥としてやってきた状況を眺めていた人たちからしたら、想像できないだろう。そして受け止められなかったかもしれない。

 私は一番いい形で出会えているのかもしれない。

 カナタが願った形で。なら……できるだけ、全力で届けるよ。

 ライトが点灯する。

 熱い。

 ただただ熱い。

 カメラが移動する。城戸さんたちスタッフの中にも、隔離世にこれた人がいる。

 そういう人が手を貸してくれているんだ。住良木のスタッフと一緒に。

 カックンさんがドラムを打ち鳴らす。トシさんとナチュさんが楽器を打ち鳴らす。


「ようこそ青澄春灯と士道誠心のシークレットライブへ! 楽しんでいってくださいね!」


 手のひらに金色を浮かべて、ボールに変えて思い切り投げた。

 コナタの手元に届いたの。

 思わず立ち上がった子供の笑顔を見て、スイッチが入った。

 さあ、歌おうか!


 ◆


 歌が始まった瞬間のコナタのはしゃぎぷりといったらなかった。

 立ち上がってがむしゃらに声を出して、だけど周囲の観客のノリにすぐに気づいて戸惑う。そっと耳打ちをして、だいたいのノリ方を教えた。

 戸惑うコナタに金色は惜しげもなく注がれる。考えている暇があったら歌を聴いて、と煽る春灯に、コナタの興奮はすぐに戻った。

 はしゃぐ姿を見るのは……正直、悪くなかった。自分によく似ているのは確かに複雑だけど。でも、コナタは俺じゃない。別の存在だ。


「失敗ばっかり悩みはたっぷり、嫌になっちゃうような時でも――……」


 春灯の歌にきらきらした顔をして、無邪気にはしゃぐ姿に微笑む。


「かませ!」


 春灯が叫び、コナタが観客と一体に鳴って歓声をあげた。

 サビを聞いて、曲が終わったら目に涙を浮かべて拍手をする。

 春灯の大ファンにしか見えない。

 倒すべき災厄には……ちっとも見えない。


「どうもー!」


 拍手をしながら山吹が天使を連れてやってきた。

 司会の二人の登場にコナタが口を開ける。瞳の輝きは失われないまま。

 期待しているのだ。


「青澄春灯さんのアルバムより、続けて三曲お披露目していただきました! ぜひとも駆け抜けるように歌っていただきたいところなのですが?」

「春灯はまだまだ新人。ベストコンディションで皆さまに歌を届けるために、一度お休みに入ります! ああ、待ってください!」

「今日の主役は彼女だけじゃありません! さあ――……今こそ士道誠心の火を掲げるとき!」


 山吹が煽ったその瞬間、スタンド席から一斉に光が打ち出された。


「か、カナタ! なにあれ! なにあれ!」


 飛び跳ねてはしゃぐコナタに笑って言うのだ。


「刀鍛冶の歓待だ。それだけじゃない。見ていろ――そら!」


 アリーナの中心から巨大な光の球が打ち出された。

 天高くのぼっていく。そして、一斉に弾けた。粒子はすべて動物の姿になって、空を自由に駆け回る。

 動物たちが集い、人の姿に変わった。情熱的に踊りあう男女。

 全身像からバストアップへ、そして口づけあう唇へ。重なり合うハートになった瞬間にピンクに煌めいて、弾けて降り注ぐ。地面に当たって、兎にすがたを変えてぴょんぴょん飛んで消えていく。

 パフォーマンスに参加していない士道誠心の生徒たちが、そして星蘭の生徒たちまでもが一斉に手を叩いた。コナタは兎の消えていったところが気になるようだ。

 星が一筋落ちた。コナタの目の前に。ぴょんぴょん跳ねて消える。

 はっとしてコナタが見上げると、天使が人差し指を突きつけていた。


「よそ見は厳禁」


 ウインクをする天使にコナタの頬が上気する。


「ねえ、キラリ。士道誠心の刀鍛冶一同によるパフォーマンスに続きましては?」

「あたしたちダンスチームの出番だ!」


 天使が指を鳴らした瞬間、ライトが一斉に消えた。

 テンポの早いラテンの音楽と一緒にアメリカ南部のカウボーイスタイルの衣装に着替えた生徒がかけだしてくる。

 並木さん選抜、士道誠心ダンスチーム。

 特に春灯と同じ九組の羽村や、体育祭でルルコ先輩のチームにいた木崎の二名が主軸だ。

 天使と、去年の文化祭でお助け部の舞台を大いに盛り上げたチームが混ざっている。

 羽村が陽気に笑って拍手を煽った。コナタが率先して手を叩く。

 心配はいらない。自分の思い通りにならなくて癇癪を起こすことしかできなかった赤子の姿はもう、ここにはない。


「カナタ! みてる!? すごいよ! 楽しいよ、これ! ねえ、見てる!?」

「ああ、見てるよ」


 笑って、気持ちを重ねよう。

 あとはもう――……楽しむだけだ。


 ◆


 ペットボトルの水を飲む。

 音楽を鳴らして口パクで、それでみんなが喜んじゃうなら……反則のようだけど、それでいいとさえ思う。

 けど、私のバックについている人たちは私に裏技を許してくれはしないだろう。

 当て振り上等、そのうえでパフォーマンスをみせることすらある、あの金曜夜の生放送で私たちは生バンドの生演奏で乗り切った。

 やらなきゃ。

 ペットボトルを持つ手が震えていた。受け取ろうと歩み寄ってくれたスタッフさんに渡しそびれる。身体が強ばっている。


「ご、ごめんなさい」

「いえ!」


 あわてて拾ってくれるスタッフさんにお礼を言って、だけどこの先どうしようかと思ったの。歌詞の確認? 流れを確かめる? それともトシさんたちと話す?

 どれも正解じゃない気がする。

 どうしよう。コナタくんは全力で楽しんでくれている。だからこそ、がっかりさせたくない。

 なのに、歌えば歌うほど不安になっていく。私はやりきれるのかどうか……わからない。

 きょろきょろ見渡して、モニターに視線が止まった。

 ソロパートにうつったのか羽村くんが全力で踊っていて、次いで木崎くんが前にでる。身体をどうやったらそんな風に自由に動かせるのかなあって思うくらい、躍動感に溢れている。そして……ルルコ先輩が早着替えさせたのか、みんなと同じ衣装に身を包んだキラリが前に出た。

 ルルコ先輩の系譜。モデルさんにしか見えないルルコ先輩がシオリ先輩を選んだ。内に閉じこもった容姿を敢えて守るシオリ先輩は、けれど……やっぱりモデルさんにしか見えないキラリを選んだ。

 ルルコ先輩なら、プリマにだって……氷上の妖精にだって、いつでもなれそうだ。或いは既にそうなのかもしれない。

 けど、キラリは。どう考えたって、キラリは、無意識のうちに……止まっている美だと思い込んでいた。

 でも、どうだ。


「――……ふわ」


 手のひらに星を浮かべて握りしめ、羽村くんと木崎くんが見せた動きを再現してみせて。周囲に漂う星とともに自由に踊る……その笑顔は。

 もしかしたら、私が初めて見る姿なんじゃないか。

 中学のダンスの授業だって、キラリはいつも理由をつけてさぼっていた。人前でキラリが踊っているのなんて、初めて見る。

 見れば納得、そして後悔。もっと早く知りたかった。キラリの本領が、今まさに発揮されているんだ。

 不意に背中から抱き締められた。


「ハール! なんかずるいよね? こんな隠し球があったなんてさ」


 マドカだ。


「う、うん!」

「でも……キラリに負けていられないからさ。見ててね?」

「え――……」


 出て行く。マドカに続いて、何人もの侍の姿が見える。

 メイ先輩がいた。ルルコ先輩も。北野先輩だっていたし……なにより。


「拳、向けてくれる?」


 トモがいたの。思わず拳を伸ばした。重ねてくれる。


「シロ、いこう」

「ああ……見ててね」


 シロくんも一緒だ。

 見送る私の横にやってきたのは、岡島くんと茨ちゃん。


「青澄さん……またあとで」

「いってくるぜー、青澄ぃ」


 気楽に歩いて行く二人を見送る。

 壇上のダンスチームが一斉にポーズを決めて音楽が終わった。

 歓声があがる中、キラリがマイクを受け取ってMCに入る。

 プログラムからいくと、この後は士道誠心の侍によるど派手なショーが始まるの。

 次は牡丹谷タカオさん率いる星蘭がねじ込んできた、サプライズショー。

 どっちも見た目に派手な技が使える侍候補生が山ほど技を使いまくるの。

 見ていたら圧倒されそうで。

 圧倒されたら、歌えそうになくて。

 逃げるように控え室に移動した。トシさんたちがそれぞれ自分の集中に入るためにいろいろしていたよ。

 トシさんは昭和の歌謡曲をイヤホンで聴きながらスマホで大好きなモデルさんの写真を睨んでるし、ナチュさんは鼻歌を口ずさみながら壁にピンポン球を投げてる。カックンさんは私の歌を聴きながら踊っていた。

 高城さんは見守るだけ。ツバキちゃんが隅っこで座ってモニターを見ていたけど、私に気づいて駆け寄ってくる。

 思い切り近づいて私から抱き締めた。


「え、エンジェゥ?」

「ごめん……ちょっとだけ、充電させて」

「う、うん……」


 赤面するツバキちゃんを抱き締めて、めいっぱい深呼吸した。


「私、いけてる?」

「も、もちろんだよ!」

「今日の歌のノリは?」

「最高だよ?」

「そんな基準、私なら?」

「越えられるよ!」


 思わず笑っちゃった。無茶ぶりなのに、ツバキちゃんはいつだって私の期待を越えてくる。


「……うん。じゃあ……もう少しだけ、充電させて」

「……ん」


 背中に腕が回ってくる。

 ぎゅっとはぐして、深呼吸をした。

 どれほどの時間が過ぎただろう。

 歓声がずいぶん遠くに聞こえる。

 構わない――……だいぶ落ち着いてきた。

 駆け寄る誰かの足音に気づけるくらい、周りが見えてくる。

 ノックの音がした。


「青澄さん、そろそろ御願いします!」


 ツバキちゃんからそっと離れる。


「見ててね」


 微笑み、告げる。


「届けてくるから」


 トシさんたちが立ち上がる。

 みんなでいく。あの輝くステージへ――……私は行く。




 つづく!

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