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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十五章 欲望昇華、夢幻転生? 士道誠心高等部お祭りショー!

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第四百話

 



 住良木グループが出資しているホテルに分散して宿泊する運びになったの。

 ホテルの部屋割りは急きょ決められた。

 基本的には寮と同じ。男女同室の人は、希望があれば別室対応。

 先生がたから風紀についての諸注意をもらいました。

 そして質問の段になって、誰かが言ったの。


「晩飯はどうなりますか?」


 先生たちが顔を見合わせた。


「いや、バイキング?」

「けど、宿泊先のホテルによってはないんじゃ」

「そもそも大勢でいきなり駆け込んで、受け入れられるんですかね」

「お金はどうなります?」


 ざわつく先生たち。

 幸いなのは「自腹で済ませてこい」って言われないこと。

 先生方が揉めたけど、レオくんが歩み寄って説得を始めてすぐに落ち着いた。学院長先生がおヒゲを撫でながらレオくんのサポートをしていたっぽいです。

 駅のそばにある施設に山ほどレストランあるから、組ごとに分かれて食べることになったの。

 九組は零組、十組と一緒に行動したよ。ライオン先生とニナ先生の引率です。

 ファミレスに入ってご飯だぜ! ……いや、もうちょっと豪勢でもよかったのでは?

 まあわがままも言ってられないか。学校のお金で出してくれるっぽいし。

 男子がそろってやんちゃな注文をしようとして、ニナ先生が笑顔で咳払いをして牽制するという場面が何度かあったりしたけど、無事に晩ご飯も終わって、バスに乗ってホテルに移動したの。

 部屋について扉を開けると、カナタが寝かされていた。

 サクラさんたちは今も隔離世にいるのか、そして別の部屋にいるのか……ここには見当たらない。

 ベッドに腰掛けて、手を繋ぐ。

 あったかい。ピアノを弾くのが上手で、刀の手入れだってする繊細な指は、今は私の手に力を返してくれない。

 寝息は大人しく、乱れる気配はない。ただ……その心はいま、隔離世にいる。

 みんなの分まで、たった一人で戦っている。

 何が起きるかわからない。死んじゃうかもしれない。なのに……頑張っている。

 見ていたらなんだかたまらなくなっちゃった。泣きそうだ。引っつかんで揺さぶって戻ってきてって言いたくなる。けど、だめだ。邪魔しちゃいけない。

 ――……無理だ。

 横で寝て、朝起きて触ったら冷たくなっていたりするかもしれない。

 穏やかじゃいられない。何か力を注げたら、と思わずにはいられなかった。

 ノックの音がして、次いで呼び鈴の音がして我に返る。

 急いで扉を開けると、シュウさんとコバトちゃんがいたの。


「やあ……ちょっとだけ、合間を縫って会いに来た」

「……ど、どうぞ」

「失礼するね」


 部屋に入ってくると、二人は迷わずカナタの様子を見に行った。

 寝ているカナタにシュウさんが触れるの。

 集中するその横顔に、何か言わずにはいられなかった。


「カナタはどうですか」

「今は父さんが第一陣の補給のために指揮を変わっている。第二陣が戦闘待機。だが……現状では、その必要もなさそうだ」


 私の問いに対する直接的な答えじゃなかった。

 不安が膨らむ。


「――……カナタは、無事?」

「今はまだ。押し寄せた泥を凝縮した、祟りが緩やかにだが確実に意識を持ち始めている。カナタには勝算があるようだが……胸に黒い御珠を宿した子供が、それこそ三歳児くらいの存在が今では五歳児くらいに成長した」


 説明される言葉がまともに頭に入ってこない。


「明日には……高校生くらいにはなるだろう。そうなれば、どうなるか……敵が疲れるかどうかもわからないが、カナタはそうはいかないだろうから」

「お兄ちゃんは大丈夫」


 コバトちゃんは力強く断言してくれた。


「……コバト」

「信じていいと思う。いまの……カナタお兄ちゃんには、いろんな力が集まっている。よくわからないけど、そう感じるの」


 カナタの手をぎゅっと握りしめて、コバトちゃんが笑ってくれる。

 それだけで――……私は救われた気持ちになるよ。


「だからだいじょうぶだよ。パパもママも、会いに行ってこいって言ったの……だいじょうぶだと思ったからでしょ?」

「……そうだね」


 シュウさんは微笑んだけれど、その目元に浮かぶ不安は消せなかった。

 コバトちゃんを抱きあげて、シュウさんが私に言ったよ。


「悔いのないようにね」


 その言葉を残して行っちゃった。

 どう思っているのか、わかっちゃった。シュウさんは、もしかしたら危ないかもしれないって思っているんだ。

 会いに行ってこいっていうのも……カナタの状態を確かめるために違いなくて。

 確かめたうえで、シュウさんはだめかもしれないって思っているんだ。

 たまらなくなった。


『こと……体力および精神力において、閻魔姫を宿した存在が徹夜越しの戦いくらい乗り越えられぬとは思わぬ』


 ……タマちゃん。


『問題は、此度の相手。妾も地獄にて噂しか聞いたことがない。仮に……祟り神で、その糧が人の孤独や怒り、悲しみなら……相手に限界はないじゃろうな』


 気持ちが爆発しそうだった。


『それでも……カナタは育て、導く道を取った。十兵衞がいる。姫を宿し、ミツヨを手にして……なによりお主の歌を信じて、刀を手にした』


 何度だって目元を拭った。それでも溢れて止まらないんだ。


『……妾も明日に備える。ゆっくり休め』


 ふっと声が遠のく。

 カナタの手を握った。それでも足りなくて抱き締めて。縋り付きたくなって。でも抱き締め返してくれないんだと思ってたまらなくなった。

 明日まで何が起きるかわからない。誰かが深く傷つくかもしれない。死ぬかもしれない。

 そんなことにならないように、みんなが冷静に努めて……当たり前のように完遂する。

 矢面に立っているのは、私の恋人。

 こんなことになるくらいなら……昨日もっと触れ合っておきたかった。

 優しい声をもっとたくさん聞いておけばよかった。

 ――……これが最期になっちゃうくらいなら、いっそ。

 前のめりになった瞬間、電話が鳴ったの。


「ふわ!?」


 あわててスマホを出したら、うちのお母さんだった。


「も、もしもし?」

『サクラさんからいろいろ聞いたら、なに? 本当に大変なんだっていうじゃない?』


 いきなり飛ばさないでよ。


『で。彼氏の窮地に変なこと考えてそうなタイミングがそろそろきそうだなと思って。カナタくんのズボン、脱がしてない?』


 思わず手元を見た。カナタの制服のズボンを右手が掴んでいました。


「……ないよ?」

『間があったけど。まだってこと? それともやっちゃった後?』

「な、なななな、なにをやっちゃうっていうのかな!」

『そんなもん、出るうちに出させておこうという』

「お母さん!?」


 いくら夜だからって娘相手にド直球すぎるよ!


「ま、まだです! まだなにもしてません!」

『よかった。いい? 血迷って寝込みを襲って子作りに励むより、やるべきことがあるでしょ?』

「……助けに行けなくて、見に行くこともできない私に何ができるの?」


 不満のすべてがこの返事に詰まっている。けど。


『はんっ!』


 鼻で笑うの。


『あんたばか?』


 うわ。うわ! 絶対それ、お母さんそれ、言いたいやつでしょ!


『春灯。あんたの仕事は?』

「……歌手? 侍にもなる予定」

『刀を手に戦えないなら……今のあんたには何が残ってる?』

「――……うた?」

『あるじゃない。やること』


 思わずまばたきした。


『たまの電話で金色がどうの。お母さんにはよくわからないけど……それってようするに、元気をあげる力なんでしょ?』

「――……あ」

『いま歌わなくてどうするの』


 言われてやっと、すとんと落ちた。


『明日は本番があるっていう話だから、差し支えない範囲で……届けてあげなさい』

「うん!」

『やっと元気な声になったね。春灯はそうでなくちゃ、だめだよ?』


 いつだって安心をくれる声に励まされるんだ。

 ……私にだって、カナタに元気をあげられるかもしれない。

 その可能性だけで、私は今夜に立ち向かえる。


「……お母さん、ありがとう」

『感謝するならたっぷり稼いで、温泉旅行にでも連れて行ってね』

「もちろん!」

『よしよし。それじゃあ電話を切るけど……脱がしちゃだめよ』

「うっ」

『手を離しなさい。じゃあおやすみ』


 ぷつ、と電話が切れてスマホとにらめっこをしてから、右手を見下ろした。

 ……ちょっとくらいは。いやいや。いやいやいや。明日無事に済んでカナタにばれたら、すごい目で見られる気がする。よそう。こんな機会は滅多にないけど。でも、よそう。


「……明日、お祭りのあとにたっぷりあまあましてもらうからね?」


 そっと頬にキスをして、立ち上がる。

 明日に差し支えない範囲で歌うとしても、準備したい。

 寝ているカナタに歌うなら……どんな曲がいいのか。

 最高の金色を届けられるように。

 待っていてね……元気が足りなくならないように、頑張るから!

 ま、まあ……あんまり夜更かしできないけど! そのぶん、気持ちを込めるから。

 どうか、届きますように。


 ◆


 十組の仲間たちと別れて指定された部屋の扉を叩くと、マドカが招き入れてくれた。


「キラリ、ようこそ」

「……アンタと同室か」

「あれ。不満?」

「別に? 男子と一緒よりは気が楽」


 泊まるなんて思っていなかったから、荷物はほとんどないに等しい。

 クウ先生に許可をもらってメイク落としだなんだとコンビニで買い物をした、その袋と刀くらいだ。

 ツインだけにベッドが二つある。ソファを出してもっと大勢で寝ろ、と言われても文句の言えない状況下なので、少しほっとする。

 マドカは通路側のベッドに刀を置いていた。


「キラリ。ベッド、どっちがいいとか希望ある?」

「……窓側の方が好きかな」

「じゃあ今のままで」


 笑いながらマドカがてきぱきと動いて、ポットから湯飲みにお湯を注ぎ始めた。しっかり二人分だ。ティーバッグがお湯の中を漂う。眺めていても仕方ないか。

 袋を座椅子に置いて、ベッドに腰掛けた。ため息を吐き出す。


「士道誠心、やっぱり意味不明」

「どうかしたの?」


 マドカから窓に視線を向けた。カーテンに隠れて夜の景色が見えない。


「普通、男女別だろ」

「いまさらそこ?」


 マドカは笑うけども。


「いや、だって。恋人たちのやる気満々って面を幾つも見たぞ。産めや増やせじゃあるまいし。風紀の諸注意、意味ないだろ。ぽこぽこできるぞ」

「性教育はしっかりしてるし、風紀の諸注意の中にはそういう話もあったよ?」

「……それがそもそも問題だと思うんだが。あたしとしては、やるなよって感じなんだが」


 渋い顔になる。


「まあ危機感あるなら部屋かわれるし。言い出せないで異性と同室なんてことにならないよう、先生たちもチェックしてるでしょ」

「だからってな……」

「何より……本人の資質はもちろんだけど、遺伝も大きいと思うからね。侍と刀鍛冶」


 思わずまばたきをした。


「それ、どういうこと?」

「親が隔離世に関わっていたら、必然的に子供も素質が芽生えやすくなる可能性があるんじゃないかってこと。それとなーく四月からみんなに聞いて回っているけど、親が侍か刀鍛冶って人けっこう多いよ?」

「――……ん」


 言い返せない。うちの両親がまさにそのケースだ。


「両親がそうじゃなくても、たとえばその親、あるいはそのまた親がそうかもしれない」

「――……広げすぎだろ。だいたい、会社の人とか春灯のバンドの人とか来てたのは、どう説明するんだ」

「隔離世を認知できるか否か。春灯に長いこと関わっていれば、そのハードルは必然的に下がるんじゃないかな……はい、お茶」


 木製の茶托にのせた湯飲みを受け取る。

 お礼を言おうと思ったら、マドカは私のすぐそばに腰掛けた。


「……近い」

「まあまあ。いいからいいから」


 何がどういいんだ、まったく……。


「結局、長い間、侍と刀鍛冶を存続させるための文化が根強く残っている……それが男女同室の理由なのかも」

「……さらっと話を戻したな」


 そっと距離を取ったら詰めてきた。


「なんだよ」

「これを機会に親交を深めようと思って」

「段取りを踏め」


 立ち上がって椅子に移動する。尻尾が邪魔にならないように気をつける。


「うう、手強い……でもめげない」


 いらないぞ、この場面で心の強さは。


「キラリさ。尻尾いつ生えたっけ?」

「……いつのまにか?」

「纏いとかいう上級生しかやらない高等テクは?」

「……授業で?」


 確か北斗と星蘭が来た時だったと思う。先生がくれた衣装がそのまま呼び出せる。あの格好でいると力のノリがいいから重宝しているが。


「あれって一瞬、裸になるよね」

「言うなよ」


 決して無視できない問題点がそこだ。ほんの一瞬すぎるから、どうせ見えないだろうと開き直っているわけではない。

 本気を出したらいつでも纏いが発動するから諦めているだけである。


「私いつも思うんだけど……キラリってほんっと、名前通りの見た目してるよね」

「――……視線の圧がひどい」


 リョータよりもぎらぎらした目で見るな。危機を感じる。

 しかもすぐに立ち上がって向かい側の椅子に腰掛けて。前のめりすぎるだろ。


「どうした。急に。順序を追って話せ」

「なんだかんだいって面倒みてくれるよね……」

「頬を染めて言うな!」


 やばい。今からでもユニスとコマチの部屋に行くべきかもしれない。

 この調子でいたら明日になる前に疲れ切るぞ、あたし。


「えっとね」


 よかった。とりあえず背もたれに身体を預け始めた。

 ひとまずこの隙にお茶を飲もう……。


「キラリと結ばれたら明日なんとかなると思って」

「ぶふっ」


 思い切り吹きだしたよね。


「なんて?」

「だから。キラリと結ばれたら、明日なんとかなると思って」

「……ほんとさ。お前のよくない癖だぞ。いきなり結論を言って、しかもその結論が何段飛びなんだって勢いだからな。わかるように言え。言ってもその気はないけどな!」

「まあまあ、照れないで」

「そういう問題じゃないし! いいからまず説明しろ!」

「んー。具体的な例を伝えるのが一番はやいと思うんだけど。メイ先輩とルルコ先輩のケースを思い浮かべて欲しいの」


 いきなり超弩級の例を持ち出しやがって……。


「結ばれた二人の力に変化があったの」

「……まあ、いいから続けろ」

「真中先輩よりも顕著に露骨に変化したのは、ルルコ先輩。氷一辺倒だったルルコ先輩が水を操るようになった。ただでさえ強いのに、変化を加えられるようになったわけ!」


 きらきら瞳を輝かせて、またしてもマドカが前のめりに姿勢を倒す。


「そこでキラリ! 私とキラリが結ばれたら明日は間違いなく勝利が確定する!」

「愛より力か。爛れた関係だな」

「私キラリ好きだし!」

「二言目に告白する時点でお察しだよ」

「キラリのためならなんでもするよ?」

「口説き方を勉強してから出直せ」

「出直したらいいの!?」

「……あのなあ」


 やっぱり部屋を出るべきかもしれない。


「つまり、あれか。相手の願いを聞くあんたと、霊子のありようを変えるあたしの力が増したら、明日はなんとかなると思っているわけか」

「まとめられるところも好き! そして大正解!」


 めんどくさいなあ、もう。


「もっと他にないのか」

「いまの私たちだと、お互いに刀を突き刺してもメイ先輩たちのような効果はないかな」

「意味不明」

「方法はあるけど、今の私たちじゃだめ。だからまずは愛し合おうぜ!」


 ちょうめんどい。


「友達からで御願いします」

「じゃあ友達同士、背中を流し合おう! キラリ、よくクラスの女の子の面倒をみてるでしょ? あのノリで! 友達ならいいでしょ? さあさあ、脱いで!」


 しまった……。


「いや、ユニットバスせまいだろ。大浴場があるホテルでもないし」

「密着感で高まる絆もあると思うの!」


 すごいめんどい……。

 なんだその……なんだよ、その……やる気は。

 頬を染めた彼女をエスコートする彼氏なみにやる気に満ちあふれているぞ。


「中で変なことする気だろ?」

「しないよ!」

「……でも洗うとき、触るんだろ?」

「そりゃあね!」


 神さま、助けてください。

 なんであたし、友達相手に「その気満々な彼氏との接し方に迷う彼女」のノリで接しなきゃいけないんだ。


「襲われそうだからやだ」

「変なことしないよー?」

「ならその変なことの定義を述べてみよ。さん、にい、いち、はい」

「局部や陰部に性的なお触りはしません。けど積極的かつ前のめりに落とすための努力をします! 私そういうの得意だし」


 助けて。


「かっ、彼氏がいるだろ! あたし相手に盛るな!」

「いまは……キラリしか見えないの」

「くっ……どや顔で決めぜりふっぽく言いやがって。ちょこざいなんだよ!」

「でもちょっとどきっとしたでしょ? 私にはわかる……ふふふ」

「いや、やめろ。近づくな! 大声を出すぞ!」

「そんな口、ふさいじゃえばいいよね」

「――っ」


 やばい、こいつ本気だ。

 あわててお茶を放って飛び出そうとしたら、タックルを食らってベッドに押し倒された。

 馬乗りになったマドカが暴れようとする私の手首を掴んだ。

 じゃれあいとか、そういうのそもそも苦手な方だけど。

 それにしたってここまで懐に一気に踏み込まれたの……久々すぎて、てんぱる。


「あ、ああああ、あの」

「……いざとなったら仔猫になるんだね」


 怪しい光がマドカの瞳に宿る。


「ま、マドカさん?」

「でも……明日、ハッピーエンドにしたいから。私はなんでもするし……欲しい物を手に入れる機会は逃さないつもり」


 顔が近づいてくる。


「キラリもさ……わかっているはずだよ? 今のままじゃ……あの人型に、私たちは挑めないって」

「そ、それは……」

「必要なことだし……本気でいやなら、やめるから」


 首筋に噛みつかれた。


「っ――……」


 思わず暴れそうになる手を取られて、繋がれる。

 押しつけたりできるはずなのに、身体全体で覆い被さってくる。

 拒絶できるはず。

 なのに、すぐに離れて私の視界に迫るマドカの顔は切実で、思わず見つめてしまった。


「そんな顔したら、だめだよ。奪われちゃうよ……」


 そう囁くマドカを、結局……私は最後まで拒絶できなかった。


 ◆


 ユニットバスでひっついてくる身体を押し返す元気もなく、シャワーのお湯を浴びながらため息を吐いた。


「……メイ先輩にひっつくルルコ先輩みていて、いつも不思議なんだけど。楽しいの?」

「まあねー」


 つやつやした顔しやがって。憎らしいったらない。


「キラリって凜々しく振る舞ってみせているけど……中身は可愛いよね」

「……どうとでもいってくれ」

「洗ってあげる」

「はあ……なんで拒めないのかな」


 憂鬱だ。ソープを手にして泡立てるマドカを横目に、瞼を伏せる。

 思い通りにされてしまった。蹴ったり殴ったり、はね飛ばして逃げればよかったのに。


「無理だよ」


 マドカがこっちの考えていることをお見通しみたいに喋るのなんて、慣れきっているので尋ねる。


「……なんで」


 ベッドで私を襲う時も、今だって、すごく優しく労るような手つきで輪郭をなぞってくる。


「……ちょっと」

「きもちよくない? ハルには結構うけがいいんだけど」

「……大浴場でなにやってんだ」

「こんなのスキンシップだよ。まあ……ハルにしかできないけど」


 言われて思い当たる節があるから困る。


「まあ……今更だな」


 それにメイ先輩とルルコ先輩のように女子同士で仲がよすぎるように見える人はいる。

 理屈なら聞いたことがある。

 御霊が近しいほど、魂は引き合う。

 普通の学校なら距離を取ったり、きもいとか。あるいは差別の対象になるだろうに、うちの学校にいる連中は揃いも揃って寛容だ。

 そしてどうやら、あたしもその輪の中に入ってしまったらしい。


「ハルにはまだその先には進めずにいるけど」

「……どうしてなんだ?」

「んー。もちろんユウがいるっていうのもあるし、今のままじゃ依存にしかならないのが目に見えているから。もっとちゃんと自立してからがいいなって。私、ハルにはコンプレックスばかりあるからね」


 割とさばさば言うのが意外だった。


「整理ついているんだな」

「まーねー。ハルとキラリたちに助けてもらってから、時間はたっぷりあったし。おかげさまで」

「……なら、わざわざ私に手を出さなくても」

「きもちよくなかった?」

「……そういう問題じゃない」


 むすっとする私を見て笑うと、マドカが尻尾の付け根を叩いてくる。


「んっ……そ、それやめろ。わ、わかった! きもちよかった! だからやめろ!」

「やっぱり猫。かわいーなーもう!」

「抱きつくなっての!」


 本当に距離感ちかすぎる。


「いろんな手段はあると思うんだけど……明日まで時間もないし。ユウと違って生来の剣士ってわけじゃないからさ。私もキラリも……だからこれくらいしか、思いつかなかった」


 耳元で囁かれる真面目な声に気持ちが引きずられる。

 ああ、くそ。ほんと、いざってなると私は受け身みたいだ。


「それに……触れてみたかったの。ハルが憧れた女の子に」

「春灯きっかけかよ……傷つくぞ、それは」

「なぁんだ。そう言ってくれるくらいには気に入ってくれた?」


 ほっぺたをつんつんつついてくるのが本当にうっとうしい。


「エキセントリックだけど。あんたなりのスキンシップって思っておくよ……」

「じゃないと彼氏にあわせる顔ないもんね?」

「次いったらさすがに怒るぞ?」

「じゃあもう言わない。私もユウに言われたら困るのは一緒だし」


 しれっと言いやがって。

 むすっとしながらそっと押したら、マドカは私の腰を抱いた。


「でも……キラリの願いをもっと知りたいから、今日は離さない」

「……あんたにこのやり方を教えた奴がにくらしい」

「おかげでキラリに喜んでもらえるでしょ?」

「……だからにくらしいの」


 微笑むマドカが首筋に唇を当てた。噛んだ場所だ。

 決して唇にキスはしてこない。マドカなりの優しさなのか、或いは臆病さなのかもしれない。

 わからないまま夜が更けていく。

 私の気持ち、すべて明らかにするために――……マドカは全力で愛情を注いでいるつもりなのだろうけど。

 無我夢中すぎて、私は受け止めるだけで精一杯だった。

 星は見えたよ。何度でも。

 だから嫌っていうくらい伝わった。

 マドカとマドカに宿った女の子の不器用さ。そして……こいつなりに私に気持ちを向けてくれる熱情ぜんぶ。

 背中に回した手に力を込めながら思った。

 ここまでしたんだ。明日は万が一さえ許さない――……。


 ◆


 朝日がのぼる。

 侍隊が向けてくれるライトのおかげで暗さは感じずに済んだ。

 姫の霊子に限界はないとしても、疲労する節を燃やして己を鼓舞する必要さえなかった。

 身体に馴染んだ熱が広がっていく。だいたい深夜一時くらいに途切れて理解した。

 春灯が俺の現世の肉体に力を注いでくれたのだろう。

 おかげで疲れはたいしてない。

 しかし人型は力の使い方さえわからず暴れ回っていたせいで、そうもいかないようだ。

 動きのきれが鈍ることはない。

 けれど俺に一太刀も浴びせられない精神的な負荷で、そろそろ限界なのか。

 何本目になるかわからない刀を抱いて、泣きべそを掻く。

 小学校五、六年くらいの年月になっていた。

 髪が生えている。病的に白かった肌は健康的に色づき、顔立ちもはっきりと少年のものに変わっていた。

 俺とずっと対峙しているからなのか、どことなく鏡合わせに自分を見ているような気になる。そんな容貌だ。


「どうして、あたらないんだよ」


 幼い少年の声だ。それさえ……自分の幼い頃の声に似ているように感じた。

 それに人の言葉を滑らかに喋るくらいになっていた。


「当たっているさ」

「うそだ! きれてないじゃないか!」


 癇癪を起こす様子さえ変わっていた。

 悔しそうに拳を握りしめて、地面をたった一度だけやるせなさそうに殴るだけ。

 見ていると懐かしい気持ちにさえなる。

 父さんや兄さんに稽古をつけてもらっていた、小さい頃の自分がまさにこんな感じだった。

 あの頃、二人はどうしたっけな。

 父さんは何も言わず、俺がその気になるのを待っていた気がする。

 兄さんは優しく、けれど逃げることを許さず道を説いた。

 学校の授業を思い返す。

 獅子王先生に厳しく指導された経験が一度もない生徒は、士道誠心には存在しない。

 行動で正す。逃げるのなら、見送る。

 逃げればそれが負債になると、邪討伐や日頃の授業でいやでも知るから……逃げる暇なんてなく、俺たちは立ち向かうしかないことを教えられる。

 それ以外でも……刀に限らず、俺は生きているだけで大勢の人々に教えられて生きている。

 春灯ですら、俺は教わることが多いくらいだ。

 人を真剣に思うことはもちろんだし、その熱意が自分の望む形じゃなかったら? お互いに付き合い方を模索しながら、日々教えられているよ。

 ひと息吐いて、その場に座り込む。

 向き合うように座りながら、声を掛ける。


「やめたいか?」

「……っ」


 目に涙を浮かべて頭を左右に振る。

 少年の胸に宿る御珠は黒いまま、変わらない。


「……その気になったら、教えてくれ」


 アスファルトの一部を己の願う形へと変える。

 強く感じる十兵衞の願うまま、笛にして吹く。

 泣きべそを掻いて、必死に手で目元を拭っている少年の気持ちが戻るまで。

 いつまでも待とう。

 これが俺なりの戦いなのだと、思いを胸に抱いて――……。




 つづく!

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