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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十五章 欲望昇華、夢幻転生? 士道誠心高等部お祭りショー!

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第三百九十一話

 



 東京を見渡す気持ちは一口では言い表せない。

 眷属たちを従えて飛ぶたびに思う。いろんな時代を経て移ろい変わりゆく。

 それが人というもの。

 景色にはそれが如実にあらわれる。

 しかし……。


「……これはもう、幻想なんかじゃない」


 空から舞い降りてくる金色の粒子が見慣れた少女の姿になって、硝子越しに手を伸ばしてくる。

 思わず伸ばした。硝子越しに重なる。

 どれほど変わろうと、その本質も願いも……結局は変わらない。

 人の心の有り様は。

 窮地に陥った際に拳を握りしめる者もいれば、それ以外の道を探る者もいて、中には生きることを放棄したり現状から目を背ける者もいるかもしれない。

 生きたいように生き、考えたいように生きる。

 それぞれの領域の広い狭いという個人差が衝突を生み、軋轢を生じて、それは集団的な意思の塊となって争いになったり、或いは……今の自分たちが挑もうとするライブのように救いになったりする。

 個人にできることなんて、たかがしれている。

 それでも……思いのままに行動できてしまう、そんな人間がたまにいる。

 窮地に陥った人間を助けるために、自ら窮地に飛び込む者がいる。

 フィクションではそれを英雄としてあがめ奉る風潮がある。今でも根強いといっていい。

 是非については語らない。

 誰かを救うために飛び込んだ者が、必ず幸せな結末を掴み取るとは限らない。

 悲劇もまた……この世に山ほど満ちている。それを賛美する気はない。

 何より愛する少女が、その姿勢のままに命を投げ出して……自分は苦しんだのだから。

 なのに。


『……――』


 唇を開く。金色が作り出す少女が微笑む。

 どこから飛んできたのかは明白。士道誠心からだ。

 その霊子は青澄春灯の願いでできている。けれど……その姿は、士道誠心に眠る御珠を作り出した、愛する少女のものに他ならなかった。


「言いたいことがあるなら……直接、言えばいいじゃない。それともなに? 自分に会いに天国に来いとでもいうの? ……だめ。裁定を受ければ、生を自分勝手に歪める私は地獄行きが相応しい」


 彼女は頭を振った。そうじゃない、と訴えるように。

 霊子が硝子を通り抜けて私を抱き締める。

 あたたかい。ただただ……あたたかい。心を変えるのは、そんな……何気ない体温だと、私は痛いくらい知っている。

 青澄春灯の願いはいい。きちんとわかっている。染めるのではない優しさを。

 誰か――……恐らくはあの女狐だろうが、あいつが導いたのなら玉藻の前の性根もだいぶたたき直されたに違いない。


『たすけて、あげて』

「――……久しぶりに会いに来たと思ったら、それ?」


 呆れて笑う私から離れて、金色の霊子は消えていく。

 深く息を吸いこんだ。

 誰のことか、考えるまでもない。思考しようとした、まさにその瞬間だった。


「お姉さま」


 扉越しにミユが声を掛けてきたのは。


「なに?」

「……お休みのところ申し訳ありません。妙な車が下にいまして。レプリカの反応があるのですが」


 髪の束を指で摘まんで呟いた。


「興味ない。対処が必要なら好きに暴れなさい」

「かしこまりました」


 気配が遠のく。

 どれほどの闇が手を伸ばそうと、昔から思えば昼間のような明るさだ。

 邪も随分と大人しくなった。

 人の叡智が発達すればするほど、怪異はより限定的に変化しているように思えてならない。

 何かにつけて神や妖怪を作り出す種に変えていた頃に比べれば……この世はずいぶん、生きやすくなった。

 それでも邪は生まれる。その相手だけで……もう、いい。限界だ。人の相手なんて……ミコや春灯だけで十分。

 眠れない夜がくる。棺はもうやめた。遠い昔に。どんな箱に包まれようと、世界を狭めようと……いつしかくる。


「アレが……くる」


 彼女を殺した闇がくる。

 そうならないために……頑張るだけでもう、自分は限界だった。


 ◆


 現世に戻って寮を出ようとするなり、メイ先輩に見つかったのは割と致命的だった。

 事情を吐かされた時は生徒会一同、正座だったし、三年生にあまり迷惑を掛けないようにと気遣う並木さんは逆に叱られる始末だった。


「ダメージコントロールの話は前にしたよね? ハルちゃんの防衛戦を敷いている手腕は素直に素晴らしいと思うけど、いざっていう時に頼れる戦力から目を背けるのは考え物だね」

「す、すみません」


 真中先輩は早い話、頼れよ、と。そう怒っていらっしゃるのだ。

 そして俺たちも「確かに、言われてみればその通りだなあ」と思ってしまうので言い返せない。

 メイ先輩と付き合っていた頃のラビなら、いくらでも言い返していたのだが……まあ、これは敢えて言うまい。俺でもどうすればいいのかわからないしな。


「なーにー? もめ事?」


 寮に入ってきたルルコ先輩や伊福部先輩、ミツハ先輩たち会社の重鎮揃い。

 それだけじゃない。


「……ふあ……あれ? なんか、めっちゃ人いる」

「わくわくの予感だぜ!」

「ちょ、こらアリス! 落ち着け、どう考えても一年が交じれる空気じゃない」


 天使たち十組の生徒がいた。風呂上がりなのだろう。男女ともに揃って、仲良く一緒にいるところをみると、誰かの部屋で時間を過ごす予定だったのかもしれないな。


「まあ……これだけいればいいでしょ」


 メイ先輩のどや顔に並木さんが恐る恐る尋ねた。


「本当に行くんですか?」

「当然でしょ? ねえ、キラリちゃんたち! 準備してきて。十組にまだ元気があるなら……ハルちゃんのために一肌脱いでくれない?」


 その言葉に天使はその気になったようだ。彼女の顔を見て、十組一同が「やれやれ」と頭を振っている。しかし誰も断ろうとはしない。それが彼らの総意のようだった。


「よし。じゃあ……夜だろうがなんだろうが、いっちょやってやりますか!」


 闘志を燃やす真中先輩と、彼女を見る並木さんの目の輝きぶりを見ながら思う。

 つくづく俺たちは、その魂が似ている。並木さんは真中先輩の背中も意識しているに違いない。


 ◆


 ラビとユリアは大型二輪で、それぞれ俺と並木さんを後ろに乗せることになった。

 ジロウ先輩と最近免許を取ったばかりだという伊福部先輩の運転する、駐車場から借りれるレンタカー二台には十組とメイ先輩、ルルコ先輩とミツハ先輩とシオリが分かれて乗った。

 場所は春灯から聞いている。しかし、まあ、なんだな。

 銀座、六本木、国立の美術館もあって。そんな一等地の中心にそびえたつ巨大なビルの最上階に住んでいるなんて、どういう人生だ?

 ビルのそばで停車したバイクから下りて、車に近づく。

 中に乗り込んだシオリがパソコンを睨んでいた。


「調べてみた。本来なら最上階からはじまる四フロアは会員制の施設になるはずだったんだけど、明坂29のアイドル明坂ミコが四フロアどころか、いろんなフロアを買い占めているね……」

「なんだって?」

「彼女、相当のやり手だけどボクの目はごまかせない……移動中にいろいろ調べてみたけど、あそこのビルに入っている事務所で、明坂ミコの来社映像がたびたび残ってる。エレベーターのカメラがとらえているよ」


 案外、あっさりわかってしまうものだな。

 むしろあっさり見つけてしまえるシオリが凄いのか。相変わらず、こいつはやり手だな。

 ヘルメットを取って髪の毛を指先で整えながら、並木さんが呟いた。


「文字通り、吸血鬼の城……正面から行って、会ってもらえるのかしら」


 ……それだよ。問題は。


「なあにい? ここまで来ておいて、実は連絡の手段が一つもないなんてオチぃ?」


 ルルコ先輩の呆れた声に俺たちは渋い顔にならざるを得なかった。


「いや、まあ……なあ?」

「いざとなれば乗り込めるかな、と」

「シオリがいるから、セキュリティはごまかせそうだし?」

「……荒事なら得意だし」

「ボクとしては、頼もしい生徒会だと言うしかないよね」


 生徒会一同の発言にメイ先輩の笑みが深まる。


「まだまだ安心して卒業するには程遠いかな」


 こめかみに血管が浮いてさえいなければよかったのに。


「ねえシオリぃ。電話番号、見つけられたりしない?」

「隔離世に行って、上に乗り込んでスマホを見つけるのが一番手っ取り早いかなと思います」

「結局、突貫かぁ。うちの会社もいろいろ気をつけて、ちゃんとしなきゃだね。シオリ、もうちょっとスマートな方法はないの?」

「……まあ。時間さえもらえれば、なんとか調べてはみますけど。時間かかりますよ?」

「どうしよっかなあ」


 南先輩が方法を考え始めた時だった。


「待った。全員、戦闘態勢」


 ミツハ先輩が号令を発した直後だった。

 身体が何かから引きはがされるような感覚を抱く。二年生二月ともなればもう身体に馴染んだものだ。隔離世へ魂が飛ばされる。

 よろめきながら、すぐに刀に手を置いた。

 見上げて驚く。

 そびえたつ近代的なビルが歪に姿を変えていた。ビルの外皮を白石に包み、まるで芽を生やすように洋城が生えている。その頂点は現世より途方もなく高く。

 窓から外を見ても気づかないだろう。或いは高いなあ、くらいののんきな感想を抱くかもしれない。けれど外から見たら、城の印象は歪に過ぎた。

 居城に近づいた侍を排除するべく、飛んでいる。翼を生やした少女たち。その手に刀はない。代わりに大鎌を手にしている。


「急げ!」


 ミツハ先輩の号令で急いでみんなが車から出てきた。

 空を飛ぶ少女たちの中から、ただ一人が下りてくる。いや、むしろ落ちてくる。

 彼女は地面に激突するのではなく、己の影にもぐりこんだ。

 何が起きる、と身構えたのでは遅すぎた。


「跳躍!」


 メイ先輩が叫ぶが、間に合わない。

 メイ先輩とミツハ先輩を除いた全員が、己の影から生えた赤い棘まみれの触手に捕らわれてしまう。


「意外と……侍もだらしのないものですね」


 感情をうかがい知ることのできない、少女の平坦な声が背後からした。

 飛び退くことすら許さないように、背中から抱き締められる。首元に寄り添う冷たい肌。


「こちらは警察もみだりに犯さぬ神聖なる城。特に男の侵入は許しません。お帰りいただくならば、見逃しましょう。けれど……女の園に侵入するというのであれば」


 首筋に硬く尖った歯の感触、四つ。


「殺しましょう」


 春灯で慣れているとはいえ、かなり強烈な挨拶だった。


「待って。こちらの話を――」

「聞かなければならない理由がない」


 俺の背後を取った少女はにべもなし。


『姫は寝ているので、代理で失礼します。シガラキです』


 なんだ。このタイミングで!


『私の御霊を掴んだトラジくんにもまだ声は聞こえないのでね。姫の力を通じて語りかけています』


 だから、なんだ! いま取り込み中なんだぞ!


『ですからね? 我らが王に伝えたいわけですよ。なに吸血鬼の手下にあっさり負けているんだって。使っていただかないと』


 この状況でどうしろと!?


『まあまあ落ち着いて。あなたも……恋人に、別の少女に首を噛まれたなんて言えないでしょう?』


 ……そりゃあな。


『ならば、ほら。あなたには炎があるのだから。まずそこから始めましょうか……カナタさん。準備はいいですね?』


 胸一杯、息を吸う。


『姫の炎はもう――……あなたのものだ。さあ! 燃やせ!』


 噴きだした。足下から一瞬で、周囲を溶かす地獄の炎を。

 咄嗟に少女は飛び退いた。炎に燃える茨を払い、周囲の仲間たちの茨を切り裂く。

 見守るしかなかったメイ先輩とミツハ先輩も続く。

 空を飛ぶ少女を睨む。彼女もまた、俺を強く睨み返していた。


「……お前」


 強烈な憎悪を向けられる。


「来なさい! 私を侮辱するのなら、地べたに這いつくばらせてあげる!」


 少女の号令に、空を飛んでいた吸血鬼たちが次々と下りてきた。

 刀を手にこちらも戦闘態勢を整える中、ラビが呟いた。


「……ちょっと前の映画にあったよね」

「ラビ、なんだ。この状況で」

「いや……ほら。ヒーロー同士が戦ってさ。片方の勢力の精神的な要になる人物がフレンドリーファイヤで治癒不可能な傷を負うんだ」

「アメリカコミックのヒーローものだね?」


 ルルコ先輩が乗っかってきた。


「この場合、どっちが酷い目にあうのかな」

「ラビ、なにをいっているの? 勝てばいいじゃない。勝って向こうの親玉に問い詰めるの」

「コナちゃん、やる気なのはいいけど……こっちが彼女たちを倒して、彼女たちの親玉は素直に話してくれるんだろうか。ゲームじゃないんだから」

「……まあ、自分たちを苦しめた相手にペラペラ喋る義理はないよね」


 シオリの呟きにどんどん俺たちの戦意が削れていく。

 異変に気づいて吸血鬼の少女たちが渋い顔をした。


「先ほどの剣幕はどこへいったのかしら。やる気がないなら帰っていただけますか?」


 俺の背に立った、あの少女が迷惑そうに言ってきた時だった。

 空から特別大きな翼を生やした少女が優雅に下りてきたのだ。


「待ちなさい。私を追いかける地獄の炎の匂いがしたわ――……心結、下がりなさい」


 その声に満ちる官能的な響きに思考が一瞬揺らいだ。


『気を確かに。魅了の力に身を委ねてはなりません……あなたの心にはもう、既に特別な少女がいる。思い出して』


 シガラキの言葉に唇を噛んで、必死に春灯を思い浮かべた。

 すると奇妙な揺らぎはすぐにおさまっていく。

 だがそうはいかない者もいた。主に男子とシオリがふらついて、膝を屈していた。

 いや、男子だけじゃないのか。そこは男子だけでいいんじゃないのか。どうした、シオリ!


「お、お姉さま!? ですが!」

「いいから。私の城の前で、王の証を持つ男に暴れられては困るの……下がりなさい」

「――……かしこまりました」


 眷属たちが素直に従い、己の影に飲み込まれて消えていく。

 優雅に降り立つドレス姿の少女。美しさという概念を具体化するにしたって、それは人によってありとあらゆる形があり得るはず。

 けれどアイドルとして愛され、その中心に立つ彼女を見て誰も疑問など抱かないだろう。

 彼女が美の極致にいるのだと。

 春灯を乱そうとした少女が確かにそこにいた。


「そう……春灯の恋人はあなたなのね」


 彼女はすぐに俺を見た。何も伝えていないのに、察してくるその力はなんだ。


『余計な思考はやめて。彼女は人の心を吸い取る術に長けている。それはもう、呪いといってもいいかもしれない……考えてはいけません』


 シガラキの言葉に戸惑う間に、彼女は微笑みを浮かべて俺たちを見渡した。


「面白いことをしているのね。過去にも隔離世……それだけに留まらず、天界や地獄も巻き込んで大暴れをしようとする輩はいたけれど。あくまで現世に根ざす精神、気に入った。特に――……南瑠々子と真中愛生。並木小楠と尾張汐里。その関係性はいい」


 動揺する。彼女の言葉は、何かが違う。

 聞くだけで心が挫けそうになる響き。生物としてそもそも格が違うのか。この差はなんだ。


「話がずれた。青澄春灯を思ってきたのね。山吹円がいないのが残念。だけど天使星がいるのなら、ちょうどいいかもしれない」


 すべて、彼女のペースだった。

 刀を握りしめる俺を彼女が睨む。


「やめて。春灯を連れてこなかったことにはね、腹を立てている。けど……或いはあなたが私の立場に立つのなら、それもまた一興かもしれない」


 訝しむ俺に彼女は微笑んだ。


「春灯に約束してあるの。その代理として迎え入れます。聞きたいことはすべて答えてあげるから、さっさと現世に戻りなさい。寝たままでいる肉体が可哀想よ」


 彼女は言うだけ言って、お辞儀をした。

 眷属たちと同様に己の影に溶けて消えていく。

 戸惑う俺たちの顔を見渡して、真中先輩が刀をおさめる。


「ま、話し合いで済むならそれに越したことはないか。男子……あとシオリ、しっかりして」


 あわてて並木さんとミツハ先輩と三人で調子が狂っている侍候補生たちの治療をはじめる中、小さな女の子が歌う。


「疲れ果てた古の女王。その心は何を求めるのか。光か熱か、それとも愛か」

「アリス、なにいってるんだ」

「己の領域に焦がれる人を迷わず虜にする力。それってもはや世界中に愛される才能ですよねえ」

「アリス?」


 天使が呼びかけるが、女の子は城の頂点に手をかざして笑っていた。


「だけど愛されることと愛することって別なんですよねえ。恋愛ってなんでこんなにむつかしいんですかね」

「……私たちにわかる言葉で喋れ」

「幼女も恋を知る年。ロリコン野郎に思いを寄せるかも」

「えっ」

「うそでえす。魔女が魂を捧げた剣士の心はもう揺らがないのでえす」


 十組はどうものんきだな。羨ましくもあるのだが。

 ラビの霊子が乱れに乱れていた。霊力に楔が打たれているような、そんな歪さ。

 混乱する心を戻すのは、そう難しいことじゃない。

 すぐに頭を振って、ラビが正気を取り戻す。


「なかなかきつい一発だった……」

「アイドルのオーラ、まじやばい……」


 シオリもかなりきつそうだった。


『思い人がいるくらいじゃ防げない呪い。魔性ですねえ。あやかしの花……』

『あらー。私たちと似たようなものじゃなあい?』


 女子の声まで交じってきたぞ。雪女のお姉さんか。


『やっほー、ひさしぶりー』


 ……あの。窮地は去ったとは言え、まだ予断を許さないので。あまりのんきでいられるのは、ちょっと。


『タマちゃん呼んできた方が、カナタくんもちょっとは前向きに頑張れるんじゃなあい?』


 やめてください。なんとなく、かの吸血鬼少女と玉藻の前は相性がよくないように思います。


『まあ、男を惑わす意味ではおんなじ属性だものねえ。ちなみに私もぉ』


 後にしてください。


『しょうがないなあ』


 ……ふう。


「一瞬で間を詰めてきたあの技……吸血鬼。ただ御霊を宿した生徒なのか? あれ」

「メイちゃんの言うとおりだね。個人的に妙だと思うなあ。ユウヤはどう見る?」

「俺に振るなよ。南は?」

「……なんかあ。無条件にお姉さまって言いたくなるオーラがあった」

「なにいってんだ」


 三年生は状況の分析を始めていた。

 ミツハ先輩が呟く。


「佳村がいたら見せたかったな……連れてくるべきだった」


 睨まれる。


「並木、緋迎。霊子を探った?」


 並木さんは迷わず頷いた。


「緋迎くんの背後を取った子なら、侍候補生とさして変わらぬ印象です。ですが……内に宿る御霊ともいうべき存在は」


 一呼吸おいて、


「最後に現われた、あの吸血鬼の少女のものでした」


 恐るべき事実を口にしたのだった。


 ◆


 現世に戻る俺たちに、最初に現われた少女が歩み寄ってきた。

 少し準備をするから、一時間の後に来て欲しいという。

 立ち去る彼女を見送って、南先輩が笑顔で切り出した。


「腹ごしらえをしよう」


 戸惑う全員の顔を見渡して、明るい声で言うのだ。

 特に十組の面々が戸惑うが、そこは三年生で社長の勢いで引率する。

 ビルの中にあるスープうどん屋で食べることになった。

 ユニスを交えて、ミツハ先輩と並木先輩とテーブルを囲む。

 南先輩と真中先輩、ラビが侍たちをまとめて今後の対策を練っている横で、ミツハ先輩は切り出した。


「仮定する。あの女が本物の吸血鬼で、御霊になるレベルの存在だ。とすると?」


 視線を向けられた並木さんが言葉を引き取る。


「疑問が生じる。そんな存在が生まれ得るのか。生まれるのだとしたら、それはどうやって存在することができるのか。そして……」

「いま現在、どんな状態にあるのか。当たり前に存在するのなら、彼女の力はどれほどのものなのか……か」


 呟いて息を長く吐き出す。


「地獄はある。保証する。と同時に……隔離世があるのなら、そういう存在もいるのだろう。ユニス、君は何か知らないか?」


 問いかけると、うどんをずるずる食べていた少女があわてて箸を止めた。

 とびきり遅れてやってきたから、少女は食べ切れてないのだった。


「ずる……す、すみません」

「……食べきってからでもいいぞ。伸びるし」

「い、いえ」


 恐縮する少女は、春灯とはまた違う……生まれ持っての金髪と容姿からして、英国淑女たりえる存在に違いないのだが。

 どういうわけか、うどんを食べる姿が似合いすぎている。

 ミツハ先輩と並木さんと俺の三人に見つめられて、ユニスは恥ずかしそうに頬を染めた。

 膝の上にある本に手を置いて呟く。


「戦乱の中、決して伝承には残らず……けれど、人を常に支える少女の存在は、魔術師協会においては伝説のものとなっていました」


 切り出された情報に思わず隣にいる並木さんと目を見合わせる。


「……古よりも昔。人々が暗闇に魔物を見出していた時代、今よりも奇異な人々が世に山ほど存在していたといいます」


 聞いたことのない話だ。


「吸血鬼だけに留まらず……日本ならば鬼や天狗であるように、日本を含めた世界中で海や山より這ってくる暗闇の怪異の伝承が昔は広く伝えられていました。その身一つで鎮めた巫女の話は……母に教えてもらったものですが、協会にも古く伝わっているものです」


 それもまた、初耳だった。


「警察も……兄さんや父さんからも聞いたことがないぞ?」

「いつからか……人は光を手に入れて、知識や文明を手に入れるごとに理解していきました。ああ、この世には思ったほど不思議はないのだと」


 それが人の歴史だと俺は思う。

 もちろん、この世は不思議に満ちている。

 知識を得ていけばいくほどに、その先にはまだまだ世界が広がっていることを知る。

 解明していくほどに手を伸ばし、広げて。けれどそれはまだ、すべてではない。

 大学に進んで、研究職につくのなら。それを探求する権利を得るのかもしれないと……高校二年生なりに思うのだが。

 ユニスの話す物語は続く。


「リンゴを落として、爆薬で壁を壊し、核の炎を手にして……いつからか、暗闇は随分遠のきました。或いは暗闇は神秘性の象徴であり、それを追い払うほど……人の欲望は膨れ上がったのかもしれません」

「……この世に邪が満ちている限り、その暗闇は現われない?」

「わたくしはそう思います」


 ユニスが頷く向かい側で、ミツハ先輩は暗い顔をしていた。


「どうかな」

「……何か?」

「解釈が違うんじゃないかな。途中の筋に疑問やツッコミポイントはあるが、それはいい。だがな。欲望が増えるに連れて減るものって……それはなんだ? そこだけははっきりさせておきたい」


 その問題提起に唸る。


「それは……たんなる災害ではない?」

「私は思うよ。邪と対峙し、それに挑む侍たちを支え、彼らが手にした夢を鍛えながら……考えずにはいられない」


 グラスの水を飲みきって、ミツハ先輩が囁いた。


「侍の夢は恐れと不安、迷いで曇り、錆びて折れて、朽ちていく。邪にしたってそうだ。切り裂かれ、怯えるたびに膨らんで、やがては龍になる。なあ、黒い御珠は何を連れてきた?」


 グラスを置く音がいやにはっきり聞こえた。


「あれは……邪のようで、違った。東京を襲った侍たちの亡霊、京都を乱す妖怪たち。黒い御珠は……恐れの姿を持って、やってくる」


 思わず顔が強ばる。


「暗闇は恐れの象徴だ。黒い御珠は……欲望と恐れの塊なんじゃないか?」


 ミツハ先輩は鋭い視線でテーブルのグラスを睨んだ。


「もしかしたら……じゃあ」


 並木さんが眩暈をおさえるように、額を手でおさえて呟いた。


「あの子に伸びてくる邪は……ただの欲望じゃない?」

「恐れもあるのかもしれない。そして……それが日に日に増している今、この状況下なら」

「古の暗闇がまた、訪れるかもしれない?」


 ユニスの問いかけにミツハ先輩は頷いた。


「すべては仮定と口伝の上での想像でしかないけどね。でも……並木、なにより緋迎。二人は私よりずっと、青澄春灯のそばにいる。だからこそ、教えて欲しい」


 思わず並木さんと一緒に身構えた。

 けれど刀鍛冶として、侍の隣にいるための戦闘法を確立してさらに高みを目指す人の踏み込みはそれよりもっと鋭く激しかった。


「彼女の手にした、あの金色の光にどれほど可能性を見出している?」


 言葉が出ない。


「いま、彼女に起きている現象の先に……何が待ち受けていると思う?」


 長いため息を吐いてから、ミツハ先輩をメイ先輩を見つめた。

 ルルコ先輩たちと共に笑い、楽しそうにしている俺たちの太陽を。


「力っていうのは……求めて、初めて可能性が生まれる。本人だけじゃなく、時代や周囲が求めると、ときにそれは怪物に変わっていく」


 アマテラス。言うまでもなく、破格の御霊だ。


「力が私たちを助けるのなら。じゃあ……いったい何が私たちを脅かすんだ?」


 ミツハ先輩の視線が周囲に流れる。

 店にいる他の客が、帯刀している俺たちを訝しげに見つめていた。

 俺の視線に気づいてあわてて視線を逸らされるのだが。


「恐怖はくる。きっと、くる。私たちを狙って……世間に私たちのことが広まれば広まるほど、或いは……」


 ミツハ先輩は確かに明言した。


「私たちは脅かされるのかもしれない。世間の恐怖という曖昧でとらえどころのないものにね」


 あまりにもスケールが大きすぎて、けれど理解しなければいけないこと。

 春灯がテレビに出て、次々と黒い御珠が出現した……その事実が意味するものを、もっとはっきり捉えるべきかもしれない。

 恐れが膨れ上がるまさにその時だった。


「なら、じゃあ……やっぱり、テレビは渡りに船でしたね」


 並木さんは微笑む。力強く。

 三年生に真中メイという太陽がいるのなら、二年生には並木コナという輝きが存在する。


「みなさんに伝えていって、理解を広めていけばいい。暗闇が襲ってくるというのなら、払いのけるまで。そうして生きていくんです。私たちは己の夢を手に。強く、ただただ前へ」


 彼女の言葉に目を伏せた。

 やはり、彼女がいてよかったし……彼女だからこそ、俺たちの中心に立つのだろう。

 なあ、ラビ。俺たちの生徒会長はやっぱり、伊達じゃないぞ?


「その言葉を聞いて、ちょっと安心したよ。じゃあ……そろそろ準備をしよう。ユニス、早くうどん食べちゃいなさい」

「は、はい」


 あわててうどんをすするユニスに微笑み、気持ちを向ける。

 吸血鬼には山ほど聞きたいことがある。

 春灯を守るために。暗闇が訪れるというのなら、まずはその姿を明らかにする――……。




 つづく!

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