第三百九十話
土日が一番いそがしいのかもしれないと、カメラを向けられながら思いました。
私はいま何をやっているかって? お仕事ですよ。お仕事。
ふり返ると、昨日は突撃冒険バラエティーで世界中のお祭りに飛んでいく人に即興で歌ったり、ミコさんのために書いた歌詞をツバキちゃんと二人で詰めたり。
寮に戻ってカナタにひっつこうとしたら、カナタは渋い顔で妙に分厚く化粧された紙の本を読んでいたの。なにかって聞いたら、台本だって。それきり答えてくれないから表紙を見たら、私でも知っているゲームのタイトルがしれっと書いてあったよね。しかも映画!
質問しても流されるので後ろからじっと見ていたら、だいたいわかった。私の彼氏が主演クラスだよ。あらすじはねー。ざっくり言うとね?
白桜と黒桜という二人の剣士が幕末のような時代に暗殺のために暗躍していたの。異界の剣術を使う二人の剣士は幕府側と志士側に分かれて戦っていた。なんとその二人は双子。彼らは同じ人を愛したの。
けれどその人が働くお店は京都のような古都の中でも名高い料亭。両陣営の重鎮が会合の席を設けて和平を結ぼうとしていて――……双子の剣士が料亭に襲いかかり、少女は戦乱の世に翻弄されていく。
ゲームだと最終的には白桜と黒桜、どちらかと結ばれるベストエンドか、どちらも死ぬバッドエンドがあったり。或いは重鎮はちゃっかりサブキャラとして存在しているので、それと結ばれたり、将軍に召し抱えられてしまうなんていうエンドも存在しているんだけど。
映画の台本だと、ラストは二人の剣士を命を賭して止めて、ゲームだとちょい役だった悪役がラスボスに昇格し、そいつを三人で倒して、暗殺はもう終わり。幸せに生きていこうねっていう筋で終わるみたい。
あらすじの手の入れっぷりを思うと、まあ揉めそうではあるし、だけど三人が幸せのグッドエンドが欲しいっていう根強いファンの声もあるから、ぎりぎり受け入れられそうな気もする。
邪魔をするのをやめて見ていた私に諦めて、カナタがキャストを話してくれた。
コナちゃん先輩ヒロイン、ラビ先輩が白桜。そしてカナタが黒桜だ。キスシーンとかいちゃいちゃあまあまシーンもあるみたいです。
むすっとしたのは言うまでもありませんよね。仕事だとしても。それってどうなの? と睨んでおきましたよ。
だいぶ話が横道に逸れちゃった。
いまはね。カメラを向けられているの。どこにいるかって?
「あうち!」
お寺で座禅を組んでいます。
お坊さんが後ろに立って例の棒で右肩を叩いてきたの。
絵は撮れたんだからもういいじゃないって思ったけど、橋本さんとスタッフは止めてこない。むしろカメラと音声さん以外は私と一緒に座禅を組まされているの。ざまあみろ、とは思わない。
これはね。予想以上にきついよ。じっとしているのはつらいし、叩かれるのも結構痛い。
今回の挑戦は街レポなんだってさ。だからって街でも有名な禅寺で修行させられたりとか。予想してなかったよね……。
『こういう時間もいいものだ』
そりゃあね。十兵衞は得意そうですけども。
『昔はよく叩かれたものさ』
意外。十兵衞にもそういう頃があったの?
『剣の才覚が云々、膨らむ期待……増長する自尊心。禅、茶、釣り……いろいろと鍛えられたものだ』
……だれに? お父さん?
『世話焼きの坊主がいてな』
……ふうん?
『そら。気を抜いていると』
「あうち!」
びしっとやられるの、つらい。
見る見えないとか、そういうのを超越しているよ。
気配もろくに感じないし、お坊さんってば何者なのか。
『殺意がなければ殺気も感じぬであろうよ』
……気をつけます。
『我欲にまみれれば、それ』
「あうち!」
『一撃を食らうようだ』
いやいやいや! 私いまなにも考えてなかったよ!?
『しかし、な』
『くふふ~。ぐらびあの業界内での反応は上々じゃと高城が申しておった。もでるの仕事もくるやもしれぬと言いおった! いいのう、いいのう……これはハルを通じて妾の美があまねく世界へ広がるのも時間の問題じゃのう!』
「あうち!」
くっ……なんてこった!
タマちゃん、ちょっと気持ちをおさえてよ!
気づいたら尻尾がそわそわ揺れてるよ!?
『いかんのう。いかんのう。下着姿までなら許す! まあハルはちんまいからのう』
ちょっと!?
『現代のもでるとやらに比べたら、戦力不足は否めんからのう。とはいえ、ちんまいもでるといると聞く。やれるぞう! 妾の第二回、世界征服列伝の始まりじゃあ!』
「あうち!」
落ち着いて! タマちゃん、そんなこと言っていたら神さま狐でいられなくなっちゃうよ!
『おっと、いかんいかん。それは困る。とはいえなあ。実に楽しみじゃぞう』
その気持ちはひとまずおさえて。じゃないと私の右肩が限界にきちゃうよ!
『仕方ないのう』
ふう……もう! 一事が万事この調子じゃ、私の身が持たないよ。
それにしても、モデルかあ。キラリみたいな方向性で綺麗じゃないと、背が高くないと無理だと思っていたけど。
そこまで磨いてこれたのなら、ちょっとくらいは自信をもっていいのかも?
「えへへ……あうち!」
天罰覿面ですね。とほほ!
◆
学芸大学そばからロケバスに乗って恵比寿へ移動した。
あちこち回っておいしいお店がないかいろんな人に教えてもらっては、お店に移動。取材OKかどうか私が確認して、許可が取れたら中へ入る。
お店や街で会う人みんなに尻尾に興味を持たれて、触られたり握手を求められたり。
ご老人の中には拝む人も出てきて、なんだか夏休みの頃を思い出しちゃった。
まあね。タマちゃんはもはや神さまなので、或いは御利益があるかもしれない。少なくとも私には効果がばっちりありましたし!
だからってそれはあくまでタマちゃんが凄いっていうことでしかないので、謙虚に。
ミコさんの教えを守って気をつけ続ける。
尻尾が大きくて座席に困るたびに、お店の人が慌てるからさ。私も私でついつい意識しちゃうよね。いちいち謝っちゃうよ。すみませんって。
カウンターに向かって席を横向きにして座ることが多い。
お腹いっぱいになるくらい食べて、あちこちでご挨拶をしながら街を歩くとしても恵比寿には思ったより人がいるんだね。こりゃあ渋谷に行ったら大騒ぎになるのでは……なんて。それはさすがに傲慢すぎるかなあ。
カメラが止まる。スタッフさんたちと一緒にロケバスの前に辿り着いた。大罪を犯す前に気を引き締めようとしたの。けどね。
「恵比寿だけだとたいして面白い絵が撮れないねー」
「……あのう?」
橋本さんがおかしなことを言い出すの、ぎょっとするよ。
「さんざん地上波でやりつくされた場所を撮っても、たいして挑戦にならないよね」
スタッフさんたちがそうだそうだと声を上げ始めるの、恐怖でしかない。
「いやいやいやいや。東京で、そんなにおかしな街訪問なんてできないですから!」
「何かないの? ほら。へんてこな力で世界を越えられるんでしょ? フォースの力でダークサイドの力が漂う暗黒世界へ行く、みたいなのりで」
そりゃあ次のエピソード上映って話だけど、だからって橋本さん。それはかぶれすぎでは?
「レプリカないし、隔離世いったら街訪問どころじゃないですから」
まったくもう……しょうがないなあ。
「もっと、こう。ミツコさんの深夜の街を徘徊する番組みたいに、事前に面白い場所を調べて行くノリの方が、ピンポイントな映像が撮れるのでは」
そうじゃないなら。
「今日はしっかり撮影できたので、失敗っていうことでもいいので。次は反省を活かして、どこかへ訪ねるノリっていうんじゃどうです?」
やんわりと提案したら、大人たちがつまらなそうな顔をするの。
「春灯ちゃん……そういう大人のまとめとか、調整とか。求めてないんだよ」
「えええ」
「番組から依頼を受けているのは、今の地上波じゃできないおかしなことなんだ」
どんな振りなんだ!
「もっとこう……春灯ちゃんだからこそ、その。ほら。あれだ。ドラゴンと戦ったり」
したけど。
「巨大な怪獣とバトルしたりとか!」
こないだしたばかりだね。
「いやあの。街訪問でなぜにバトル限定なのです?」
「ううん! だ、だとしたら、あれだ! 春灯ちゃんのような不思議ちゃんしか見つけられない通り道を抜けると、世の中の不思議を知り尽くした美人のお姉さんがいて!」
えええ。そういうの私できないですけど。
「あ、あとはほら。だああああ! って叫ぶと不幸に落ちる、そんな不気味なおじさんサラリーマンがいるお店を見つけたりとか!」
……あのう。
「橋本さん、いくつです?」
「芸歴十六年のぴちぴちの三十六歳だけど」
「あ、お父さんと年が近いんですね!」
「ぐふっ」
胸を押さえて橋本さんが崩れ落ちた。カメラマンさんが慌てて寄り添っている。大丈夫か、傷は浅いぞとか言っているよ?
「春灯ちゃん! 人には言っちゃいけないことがあるんだよ!」
「そうだよ! 高校生の娘がいてもおかしくない年齢とか自覚させないでよ!」
「結婚と出産だけが人生の華じゃないの!」
「「「 だけど指摘されるとめっちゃ凹むんだから! 」」」
スタッフさんたちが涙目で訴える横で、いつも綺麗で優しいメイクさんがぼそっと言ったよね。
「親にも触れられず、友人にも何も言われなくなり……凹まなくなってからが、人生の始まりなの」
って。誰も何も言えなくなっちゃったよね。
「……なんか、ほんと、すみません」
謝らずにはいられませんでした。
誰よりモテそうな美人で気配り屋さんで優しいメイクさんも、苦労しているんだなあ。
◆
結局その日は座禅でびしばし扱かれて、お坊さんにされた説教と絵を繋いで編集すれば最低限、予定していた内容になるからっていうことで、挑戦は成功というVTRを撮って終わりになったの。
せっかくだから夕ご飯をみんなで食べに行こうっていうことになった。ご飯をたくさん食べたの私だけだもんね……。橋本さんはそのへんちゃっかりしていて、私をはやし立ててお店の人を褒めちぎりはするけど、一口くらいしか食べなかったし、それで済むような小皿料理しか注文しなかった。
やるなあ。ずるい。お店の推し料理を食べざるを得ない私から見たら、羨ましいやり方です。
その反動だからなのか、和食居酒屋では山ほど食べていました。
お酒も回って、みんなのコイバナをさんざん聞いたの。
メイクさん、遠い目をして言ったよ。
「悪い男に引っかかりやすいっていうのかなあ。浮気されたり、不倫してみたり……その場の幸せはね。あったの。でもねえ……誰かが泣く恋なんて、するもんじゃないわ」
しみじみと言うメイクさんだけ世界観が重たい。にも関わらず、メイクさんに気を遣って思うまま話してもらっている高城さんの対人スキル、恐るべし。
遠目に見ていたら、肩をとんとんと叩かれたの。橋本さんがお酒の回った赤い顔で真剣な顔をして言うんだ。
「春灯ちゃんさ。なんかお宅の事務所でおっきな番組やるんだって?」
「ああ……えっと。まあ」
どこまで言っていいのかわからず曖昧に答えると、橋本さんは遠い目をしたの。
「まだまだこっちは企画自体が弱いからなあ。羨ましい話だよ、ほんと」
「ああ、あの。橋本さん、それは」
「いいのいいの。高城さん。愚痴をぶつけたいとかっていうよりはね。俺はこの番組をみんなの野望に繋げたいんですよ」
手を振って、橋本さんが言うの。
「この番組もねえ。予算は出ているんだけど、どこよりも先行しているうちにしたって、まだまだなんだよなあ。尻尾の釣りもさ、マグロもインパクトあるけど……これまであったでしょ!」
その言葉に個室にいるみんなの顔が神妙な表情になるの。
「悔しいんだよ……恐らく、春灯ちゃんの学校の生徒さんを使おうと思っている番組さんにしても、どうやれば受けるものを作れるか模索している真っ最中なんだ。どうしたら……春灯ちゃんが輝いて、俺たちは胸を張れるのかなあ」
「まあまあ、呑んで」
「こいつはどうも」
音声をやっているおじさんが注ぐ日本酒にお礼を言って、おちょこを傾ける。
長い吐息の後、橋本さんが夢を見るように語るの。
「そりゃあね。俺自身ブレイクしたいよ。けどね。それ以上に、面白いことしたいんだ。そのために縋り付いてここまでやってきているんだよ……だからさ。春灯ちゃんと出会ってね。俺は夢を見てるんだ。何かぶちかましたいわけだ!」
おちょこを掲げて、目をうるうるさせて。三十路のおじさんがきらきら子供みたいに輝いているの。
「おれもだ!」
「いいものつくろう!」
「いやいや、受けるものじゃなきゃ」
スタッフさんたちが次々に続く。みんなお酒で真っ赤になった顔で、楽しそうに笑っていたの。
「だからさあ、春灯ちゃん。気兼ねせずに全力でやってくれ! どの番組に出てもだよ? 全部みるよ! その上で、俺が……うちの番組が一番、春灯ちゃんを輝かせてみせるよ」
豪快に笑う橋本さんと、次々と決意表明していくスタッフさんたちを見ているとさ。
たまらなくなっちゃうよ。
ミコさんの話を聞いてよかったって思った。
エールは……送ってもらうだけじゃない。こちらから送ることもできる。
この人たちに報いたいと思う。私にできる限りのことをしたい。勢いをつけてもらうだけじゃない。勢いをつけてもらいたい。
城戸さんの番組だって同じだ。トシさんたちだってそうだし、高城さん……社長、ツバキちゃん。みんな同じ。芸能活動だけじゃない。
侍と刀鍛冶の関係だって一緒だし、そもそも……人と人が一緒だと思うんだ。
私は私一人の力でここまできたんじゃない。
タマちゃんと十兵衞の力を借りて……いろんな人に支えられて、やっとここまできたの。
これからもきっと一緒だ。支えられて、それ以上に支えて。
縁の結んだ人たちと一緒に生きていくんだ。
ひとりぼっちだと感じていた中学ですら……ユイちゃんは私をずっと気に掛けてくれたし、キラリだってずっと私と同じように孤独を感じながらお互いを想っていた。
ああ。無性に歌いたくなってきちゃったな。
熱い人たちに囲まれながら……胸の中にじんわりと熱が注がれていく。
もしかしたら、誰かがくれる熱の分だけ、私の小さな太陽は少しずつメイ先輩の太陽に近づいていくのかもしれない――……。
◆
明坂の歌はもう私の手を離れて、ナチュさんたちが練り上げている真っ最中。
事務所に帰って明日の仕事の流れを聞いた私は、寮に戻ってカナタにお願いしたの。
隔離世に連れて行って欲しかった。
気遣うような顔をするカナタに笑って言ったよ。だいじょうぶだよって。
現世から離れてすぐ、気づいた。
大量の邪が私の部屋を包んでいるの。
聞こえてくる微かな声は雑音にしか聞こえないくらい大きく歪。でもいい。
触れる端から歌を通じて願いに変えて、溶けていくそれを身体に取り込んでいく。
熱が膨らむ。増していく。その分だけ、気持ちが膨らんでくる。
窓を開けて外に出る。夜空を駆けて飛んでくる。
どれほどの量を今日、溶かしたところで……明日にはまた、大量の邪が飛んでくるに違いない。
「お、おい」
カナタの心配する声に笑顔だけ向けて……手をかざす。
願いを通じて欲望が夢に変わっていく。誰かが私に向けてくれた熱の分だけ、満ちていく。
漆黒は輝く太陽に変わって、私を包んでいく。
「春灯!」
駆け寄ろうとしたカナタが怯んだ。
煌めく光がおさまって、輝きを増す。髪に尻尾の毛に、光が満ちる。
きらきらと煌めく粒子を帯びていた。
身体の中に渦巻いていた。私に欲望を向けた人のあらゆる願いが。
「――はるひ」
弱々しい声を出して、私に触れる。
「取り込んでみようと思ったの」
身体中に霊気が満ちていく。
「消しても増えて、声を届け続けるのなら……これはもう、私の夢と一緒なんだ」
囁く。
自分の邪の刃を受け入れた時から、あるいは決まっていた結末。
「みんなの気持ちの分だけ、輝くよ」
毛に満ちる煌めきが徐々に和らいでいく。けれど……明らかに、取り込む前よりも煌めきを増していた。
唇を開く。かざした手をより一層夜空に伸ばして歌うよ。
取り込んだ熱が放たれていく。どこかから飛んできた邪を私の夢に変えて、戻していく。
それらはきっと、霊子体に届いて溶けて……私の願いの分だけ、ちょっとくらいあったかくなってくれるはず。
いつまでも、いつまでも――……私は歌い続けるの。
◆
その光景をどう表現するべきか悩んだ。
或いは、それは……神に己を捧げる供物のようで。
或いは、それは……人々の願いを受けて、捧げられる命のようで。
春灯に触れた瞬間に感じたのは、途方もない霊力だった。
五月。出会った頃の春灯からは想像さえできないような、何か。
大神狐となった玉藻の前を宿しているから?
閻魔姫である姫を宿した己と比較しても、やはりあまりにも常軌を逸している。
まるで何かが降臨したかのような、人並み外れた言動と思考。
歌い続ける彼女を止められなかった。
誰かが向けた欲望を己の受け止められる形に変えて飲み込んで、そして少しだけ救われた気持ちになる光を返す。注がれる分だけ、注いで戻す。
理解する。
双子の姉が死して閻魔の姫になるほどの器なら、その妹もまた……或いは神へと至るほどの器に違いない。
不意に歌が止まった。崩れ落ちたのだ。あわてて受け止めた春灯の霊力はほとんど空になっていた。取り込んだものはすべて放った。放つために使った力は、春灯が生きる力さえ奪い去ろうとしている。
そんな献身ができる精神とは、なんだ。
わからないまま、己の力を必死に注ぐ。春灯を守るシフトだった生徒会のメンバーが遅れて駆けつけてきた。俺の力を注いでも足りない分だけ、並木さんが足してくれる。
彼女に任せて、ため息を吐く。
寒気しかしなかった。
「……ふと思いついた、どうにかしたいという気持ちだけで突っ走ったんだろう。ハルちゃんの悪い癖だ。だからって、それで命さえ捧げちゃうんじゃ。彼氏としては心中穏やかではいられないよね」
ラビの言葉に返事さえ浮かばなかった。
「番組、やるんでしょ? 露出も増えてく……そして飛んでくる邪も増える」
シオリの言葉に続いて、ユリアが長いため息を吐いた。
「きっとこの子は……それこそ、己の欲望のままに向けられた気持ちさえ、己の願いに変えようとする」
「そして……いずれは心の力が失われ、死に至る」
ラビが引き取って告げた事実はもはや、覆りようがないだろう。
本当に何気なく、誰かの気持ちを救おうとして。邪に包まれる現状をなんとかしようとして、それでやってみた。その結果さえ予想もせずに。
なんとかなると思っているんだろう。それをする価値が絶対的にあると信じているに違いない。
願いのままに行動して、己を顧みることさえ忘れる。
「いろんな苦難を乗り越えてきた。自分の欲望さえ飲み込んだ。なのに……この子の願いはきっと途方もなさ過ぎて、己すら殺しかねないのね」
並木さんの言葉に俯く。
「何気ない悪意もあるだろう。それはハルちゃんがどんなに頑張ったって、ハルちゃんを傷つけるんだ。もし……もし、ハルちゃんを本気でどうこうしようとする邪が現われたら」
「わかっている」
ラビの言葉を遮った。
「治すことさえできないほど、傷ついて……終わりが訪れる」
わかっているんだ。
「後手に回っているよね……窮地を絶好の機会に変える、逆転の策はないのかな」
「状況さえ理解できていない現状では、厳しい」
シオリとユリアの言葉に深呼吸をした。
冬の冷たい空気に包まれて震える身体の衝動をこらえたくて、拳を強く握りしめる。
「鍵は既に、この手の中にある」
「……緋迎くん?」
並木さんの問いかけにふり返った。
仲間たちの顔を見つめながら、俺は言うのだ。
「吸血鬼に会いに行く。恐らくは……この地上で、誰よりも今の状況に詳しいに違いない」
春灯の話を思い浮かべるに……まあ、歓迎はされないだろうが。
「明坂ミコのもとへいく」
「それって、あのアイドルグループの?」
「ああ……その、なんだ。無茶かもしれないが」
シオリの問いかけに頷いてから気づいた。
我ながら、無茶にも程があるかもしれないと思ったのだが。
「なら早くしましょう。守るために芸能活動がんばろうって決めても、この子が全力疾走で私たちを置いていくのなら?」
「もちろん僕たちはそれ以上の速度で追いかけないとね」
「後輩が……倒れちゃうなんて、暁先輩の二の舞はごめん」
「ま、ボクらに乗り越えられない壁はないってことだよね。主演は無茶ぶりだけど、潜入はボク好みだ」
……本当に、頼りになる仲間たちだよ。お前たちは。
「いこうじゃない。今夜にでも……吸血鬼の城へ」
「急だね、コナちゃん」
「当然でしょ? あなたが言ったんじゃない。この子以上の速度で追いかけるって。なら待っていられないわ」
我らが生徒会長がハリセンを掲げた。
「行くわよ! この子を部屋に寝かせて、さっさと状況を打破する手段を探るの! 決して……悲劇は繰り返さない。私の目の黒い内は、絶対に!」
気持ちは一つ。
そのためにも――……迅速に、行動を開始する。
春灯。お前が思うまま、願うままに駆けていくのなら。
俺たちもまた、願いのままに走るよ。
血色が戻って気持ちよさそうな顔をして寝ている春灯を見ながら、俺たちは決意を胸に抱いたのだった。
つづく!




