第三十九話
尻尾の穴は一本用だから、八本ともなるとすごく窮屈。
無理矢理留めているからはち切れそう。
私の興奮もはち切れそうです。ピンチ。
洋服はほとんど使えないし、顔の熱も引かないから行く先もないし。
困ったなあってベンチで途方にくれていたんです。
そしたらね。正面玄関の方からパンが顔を覗かせた大きな大きな紙袋を抱えたユリア先輩が歩いてきたの。
食べる場所を探しているのか、きょろきょろ見渡す視線とぶつかって……あわてて頭を下げたよ。
すると歩み寄ってきて「そこ、いいかしら」と言ってきたの。断る理由もないし「どうぞどうぞ」です。変な振りじゃなく。
隣に腰掛けたユリア先輩の紙袋、改めて見るとすごい。
フランスパンは三本出てるし、ウィンナーとかメロンパン……総菜と菓子、二種類の入り混じった匂いがしてくるの。
それも焼きたての香ばしさつき。嗅いでたらお腹がきゅうううと鳴りました。はしたなくてすみません!
「たべる?」
「い、いいんですか?」
「メロンパン一つあげる」
他は全部食べるんだ。すごい。ただただ、すごい。
「あ、ありがとうございます」
「ごめんなさい。もっとあげられたらいいんだけど……そしたらすぐお腹すいちゃうの」
まじですか。
どれだけ食べるねん。はらへってるねん?
「いつも何かを食べてないと落ち着かなくて……困った性分だわ」
「……オロチの影響です?」
「元々大食いだったんだけどね。刀を手に入れてからは酷くなるばかり。特に折ってもらう前はどんなに食べてもお腹がすいているままだった」
困ったように笑いながら、フランスパンをとりだして千切る。
それをぽいぽい口にほうり投げていく。しっかり噛んで飲み込むのに……ペースが早いの。
テレビで見る大食いさんみたい。
「食べても元が八岐大蛇に繋がっているせいか、足りないのよね。油断したら致死レベルで痩せる」
「……そ、それは、その」
痩せるならいいじゃないですか、と言いにくいよ!
「肥大化した意識もあなたのおかげで断ち切れたから、私とオロチに見合った長さになるまで付き合えば……この衝動も身体の変化も落ち着くって聞いているんだけど」
「……それまでは今のまま、なんです?」
「そういうこと。白銀の君とかいって、すっかり大食いキャラで定着しちゃって困ってる」
辟易としつつも……前と比べて明るくたくさん話してくれるユリア先輩は新鮮だった。
「あなたの刀はどう?」
「え、あ、えっと……二人とも助けてくれます」
「羨ましいわ、本当に」
「あはは……でも先輩の刀はすごいですよ」
「ありがとう。大事にするつもりだよ。食べるのが好きだから開き直ることにしてるの」
幸せそうにパンを食べる先輩は生き生きしてる。
なんか……すごいなあ。いやなことがあったら怒ったりへこたれたりしがちなのに、受け入れちゃうなんて。この人すごい。
メロンパンをはむはむ食べながら考える。
タマちゃんも十兵衞もいい人だから助けてもらうばかりで、私はいっそ困ってないけど。
中にはラビ先輩やユリア先輩みたいに困っている人もいるんだ。
「それにしても」
「え?」
「尻尾、すごいわね。ボトムスもパンツもそれこそ丸く大きな穴をあけないとだめなんじゃない? それだとお尻丸出しってことになるし」
「あ、そ、そうなんです! 実は困ってて」
「なら、購買に行ってみるといいわ。この学院ならではのカタログがあるから、あなたにも……ちょうどいい品が見つかるはず」
購買、かあ。
確かに顔を出したことなかったかも。
それに良い気分転換になりそう。
メロンパン(中にたっぷりホイップクリームが入っていて美味しかったの!)を食べた私は先輩に別れを告げて、紙袋を手に購買に向かうのでした。
◆
トモに何度もお願いするのも悪いし、自分でやるのも限界だよなーと思っていたのです。
だから、一階の正面玄関から食堂に行く途中にあるコンビニくらいある購買に行って、入り口に設置された棚から女子用ファッションカタログを手にしてびっくり。
『ほう……いいの!』
『……反応しにくいな』
喜色のタマちゃんに対して言葉を濁す十兵衞。
それもそのはず、下着から洋服から、尻尾が生えた女子用の服の写真がずらり。
モデルさんも尻尾が生えてるの。三つ叉の猫尻尾とか、わんちゃんの尻尾とか。
ブランドもね? 私でも知っているような名前がちらほらと。
「おお……おお! すごい!」
ゴスロリブランドまで!
思わず食い入るように見つめる私にタマちゃんが呆れる。
「趣味的すぎるじゃろ、パスじゃパス」
そんなあ!
私の魂の根源を否定されるだなんて!
っていうかまたしても自由を奪ったね!
「んーちゃんと見ると……服も下着も野暮ったいのが多いのう」
高校生が着る服ですよ! 私から見たら十分派手なのもありますけど!
「妾の好みじゃないのう」
「お困りかい?」
カウンターの内側から声を掛けてきたのは、若い男の人だった。
目が糸みたい。細面で全体的に華奢な感じのお兄さん。縦縞の店員さん用制服姿です。
「もうちっと、マシな服の書はないのか?」
「んん……そうだなあ。これなんかはどうだい?」
カウンターから出てきたお兄さんが棚から一冊選んで渡してくれた。
髪の明るい可愛いモデルさんのカタログだった。
ぺらぺらと捲るタマちゃん。いかにも今時って感じの服達を見るけれど、タマちゃんの好みではないみたい。
「だめじゃ。年相応のかわいらしさは出ておるがの。もっとスタイルを活かしたものがよい」
「となると……ふむ」
失礼? と言って、私の尻尾を数えた。
それから私の獣耳と顔を見つめて笑う。
「玉藻の前、そうか……君が噂の一年生、青澄春灯ちゃんね。OK、そういうことなら」
カウンターの内側に戻ると、奥へ下がって……しばらくして一冊の本を渡してくれた。
「値が張るけど、その棚にあるカタログよりも幅広く、かつ魅力的なラインナップがあると思うよ。スタイル重視で玉藻の前なら、その本だ」
言われてすぐにタマちゃんがページを捲る。
「おお、いいのう! こういうのが欲しかったのじゃ!」
スケスケのドレスにはじまり、妖艶な着物とか……ゴスロリよりもよっぽど趣味的な服もあれば、大人の美人さんがカジュアルに着こなす服もある。
それに有名ブランドの下着もずらり。タマちゃんが求めるようなセクシーなのもばっちりあるの。
トップスのフードつきには獣耳オプション、ボトムスのすべてに尻尾穴オプションの値段が書いてあるからすごい。その値段もやばい。
「オロチ討伐の報酬が出ているだろうから、受付で確認してごらん」
「報酬じゃと?」
「注文は添付の紙に記載して持ってきて。下着から洋服から制服の改造まで込み込みで、いつでも承るよ。袋に入れて持ってきてくれれば、専門業者に渡して完璧に仕上げるから安心して持ってきて」
「礼を言うぞ。そなたは?」
「関です。関さんでも関おにいさんでも、関おにいちゃんでも。好きに呼んで」
「じゃあ関おにいちゃん、またくるからの」
タマちゃん、ナチュラルに言うなあ。しかも語尾にハートつきそうな声で媚び媚びだ。
関おにいさんもまんざらじゃない顔で手を振って見送ってくれる。
やれやれ。
「ひとまず報酬を受け取りにいくぞう」
あのう、タマちゃん。私の身体の自由は?
「なに、ちょっとした気晴らしじゃ。そなたはゆっくりしておれ」
意外な言葉だった。
タマちゃんなりに気を遣ってくれたのかな。
いや、タマちゃん、自分の欲しい服が欲しいだけなのでは?
「ばれたか」
あーっ! ちょっと! お金手に入れて勝手に買ったりしないでよ?
「できない約束はしない性分じゃ」
笑い声をあげるタマちゃんと言い合っていたら元気が出てきた。
だから完全に油断してました。
まさか、まさか。
「おう……」
「……ちっ」「……ふん」
学食でお腹を満たそうとしたら、両脇に沢城くんとシロくんが座ってくるなんて。
思いもしなかったんです。
ど、どうしよう!
これはかつてないピンチなのでは!?
つづく!




