第三百八十八話
朝になって身体を起こそうとして、抵抗を感じた。
腕に春灯がしがみついている。気持ちよさそうに寝ている顔に異変は見受けられず……しかし、その髪に一本、白髪ならぬ黒髪が混じっていた。
心中穏やかではいられず、そっと触れて確かめる。霊力の流れが乱れていた。整えてすぐ、黒髪は金に戻る。
一度深く呼吸をしたかと思うと、寝言を口にするのだ。
「サンドイッチはたまご一択です……」
「どんな夢なんだ」
霊子の糸を通して確かめる。
肉体に変化はない。強いて言えば身体の軸には十兵衞の、その周囲には玉藻の前の霊子が満ちている。にも関わらず……春灯の中心はあくまでも、春灯自身の核が存在している。
本来、侍は掴んだ御霊に染まり、或いは重なり混ざり合う。
事実、ミツヨも姫も、その霊子は俺と溶け合っていた。
並木さんや佳村、ミツハ先輩に確認したが……あらゆる侍が俺と同じ状態にあるという。
だが春灯は違う。掴んだ可能性を、自分のものに染め上げるのではなく……別個のものとして、認知している。
だからこそ、その心は不安定で、時に普段の強さからは想像できないほど脆く、危うい。
優しい奴だ。大好きな人間のために一生懸命になれる健気な奴だ。
けれど弱さ、醜さに必死に目を背けるという誰もが持ちうる姿勢もある。
春灯は途方もない可能性の塊を手にしている。けれど……完璧な人間などいない。
曇ることもある。だからこそ、俺がいる。
しかし――……現実的に互いの世界が離れ始めて、物理的な距離が広がっている。
そばにいれない今の状態は、春灯を確実に蝕んでいる可能性に繋がっているに違いない。
「今のままじゃ……守り切れないか」
息を吐いた。
自覚する。春灯の現状が変わっていくのなら、俺は立ち止まってはいられない。
追いかけるべきだ。どうにかして。
春灯が歌手になって芸能活動を始めるなら、春灯のそばにいれるような道を探るべきだった。
「わかっているなら話が早い」
「うわっ!?」
春灯の腕を引きはがしたかと思うと、何者かが背中の布地が何かに掴まれて一気に引きずり込まれるのだ。
咄嗟に受け身を取って、すぐに気づく。
見覚えのある巨大な部屋の机の上に、見覚えのある少女が腰掛けていた。
「ちょっとさあ。我はお前に文句があるわけ」
冬音だ。そばにクウキとシガラキが控えている。それだけじゃない。見覚えのある女性が二人、こちらに向かって手を振っていた。雪女と女郎蜘蛛。
間違いなく地獄に引きずり込まれた。下手人は姫のようだ。
「いきなり……ずいぶんなご挨拶だな」
「ご挨拶だな……じゃないぞ。問題意識の共有化は大事な業務の一つだからな。しゃんとしろ」
春灯とよく似た容姿で不機嫌そうにされると、精神的によくない。
「わかっている。春灯の現状を手をこまねいて見ているな、と。そういうことだろう?」
「その通りだ。だがなあ、カナタ。まだまだ認識が甘いぞ?」
彼女は腕を組んだ。指先で二の腕を苛立たしげに叩きながら、閻魔姫は告げる。
「グラビア撮影はするわ、襲われそうになるわ。心が曇ったアイツは、滅多に言わないひどい下ネタをマネージャーに言うほどやさぐれた。なんて言ったか知っているか?」
「――……さすがにそこまでは」
「シガラキ!」
「かしこまりました」
シガラキが手を叩いた瞬間、眼前に映像が浮き出てくる。
「春灯はな? クラスの男子がスカートがめくれて春灯のパンツが見えることに気づいてきゃっきゃした。それを知った春灯は全員を怒るくらい、前はちゃんとしていた。なのにだ」
見覚えのあるマネージャーの男性が運転する車にいる春灯の映像に切り替わった。
『男の子にとって手を伸ばさずにはいられない、というのがそもそも魅力の一つだよ』
『……ティッシュに?』
『春灯はたまに凄い下ネタを言うよね』
『弟がいるし、彼氏と普通にするので……まあ、このくらいは』
思わず顔を顰めた。
「これだよ。ド直球の下ネタだよ? ここまでやさぐれちゃったよ! ちょっと彼氏さ。春灯がこんなんじゃだめでしょ」
お姉さまは大層ご不満のご様子である。
「……確かにな。俺の前じゃ決して言わない」
「お前は春灯が選んで、お前自身がそうであろうと望んだ王子さまなんだ。けどあいつは未熟で、なのに人一倍がんばっちゃうせいで視野狭窄に陥りやすいから、誰かが気をつけていないとすぐに惑うんだよ」
さすがに姉だけあってよく見ている。
「お前はただの高校生? 乗り越えろ! 春灯と違ってデビューしてない? なんとかしろ! どう考えても、アイツが邪に飲まれている悪影響が出てる。お前の言うように、お前が行動しないと何が待ち受けているかわからない!」
「姫……理不尽ですよ。そもそも本来、彼女の人生は彼女の責任の範疇にあるものでは?」
「わかっているよ! でもなあ、クウキ。我はな、春灯が大事なの! 放っておけないの! カナタも一緒なはずなの!」
見かねたクウキの忠言に言い返す彼女の言葉には、全面的に賛成だった。
こちらを見てくるクウキに軽く頭を下げて謝意を伝える。
クウキの言葉ももちろんありがたい。
春灯も恐らくは同じように、自分の人生の責任を誰にも委ねる気はないだろう。
けど二人で生きていく以上、片方が問題を抱えているのなら……さすがに奪い取るのは感心しないが、繋いだ手の主を支えたいと思わずにはいられない。
姫は俺に言う。
「いまあいつに起きている異変、我も文献を漁って調べた。そしたらシガラキもクウキも覚えがあるというが、お父さまは事実を伝えることを禁じてきた!」
「……なぜ、禁止する必要が?」
「秘匿事項だそうだ。春灯が出会った吸血鬼すら、本当のところを理解してはいないが……あいつが地上にいる一番の事情通なのは間違いない」
春灯が出会った明坂29の不動のセンター、明坂ミコか。
「でもなあ。生の理を無視して長生きし放題のあいつは地獄じゃすこぶる評判が悪い! おかげで、春灯の下ネタ発言と相まって視聴率ががた落ちだ!」
「待て……視聴率とは?」
俺の問いかけにシガラキが笑顔で手を叩いた。
垂れ流し状態で流れていた映像が切り替わって、春灯のテレビ映像が映し出された。
「実は地獄のテレビ放送で、姫の妹君の実況番組を放送中です」
「……なんだって?」
できれば聞き間違えであってほしかった。
しかし、シガラキはますます楽しそうな笑顔で言う。
「日中の彼女を対象に、姫の権限をもって、玉藻の前の監修のもと……映像を流しているんですよ。ここ最近の視聴率はがた落ちですね。やはり女性の下ネタはあまり受けがよろしくないです」
待て。頼むから待ってくれ。頭痛が止まらないんだが。
「いや、あの。え? じゃあ何か? 俺とあいつのプライベートも放送されているのか?」
「カナタさんもカナタさんですよね。もう少し女性向けを意識された行動を心がけていただかないと。視聴者の受けがあまりよろしくありません」
「違う、そういうことじゃなくて!」
「櫛入れ以外のバリエーションはないんですか? そば打ちも、見た目とのギャップはありますけど。もう少しこう……テレビ映えする趣味が欲しいですね。何か特別な技能を身に付けましょうよ」
「ギャラも出ないのに、地獄のテレビのために何かする気はないからな!」
「それはつまり……ギャラが出たら、してくれるということですね?」
くっ……シガラキめ! 相も変わらず俺を転がそうとする……っ!
「と、とにかく! 俺は許可した覚えがないし! そんなものに協力する義理もない!」
「姫、やっぱりだめですねえ。新キャラ投入します? 誰か現世に派遣して」
「よせ。そういう露骨な恋愛漫画ちっくなエンタメ路線より、生々しい二人のリアルがウリなんだから」
姫も姫で、その返答はどうなんだ。
「本当に放送しているのか……」
「まあ年齢制限が入りそうなシーンとか、あまりにもプライベート過ぎるところは省いているけどな。我の妹について知りたいという声があって、流してみたら受けたから。二人の夜のいちゃつきとか、春灯が仕事で奮闘しているところを選んで流しているよ」
「……あいつ、知ったら怒るぞ?」
「だから知らせる気はないぞ?」
あっけらかんと言って……まったく。姉妹ゲンカが起きる予感しかしない。
「まあ視聴率はいいんだよ。地獄の問題は地獄で片を付けるから」
「とはいえ、姫が責任を持っているので、視聴率低下イコール姫の人気低下みたいにスポーツ新聞に弄られていますけどね。脚色の必要性に迫られて、なにげにピンチです」
「うるさいなあ! シガラキ、黙ってろ! それはこっちの問題なの!」
……本当に、もう。情緒をことごとく破壊してくれる地獄だな。知っていたけれども。
「姫、話がずれています。それに私は妹君のテレビ界への挑戦劇、好ましいと思っていますよ。もっといろんなバリエーションが見たいですね。ぜひ頑張っていただきたい」
クウキは満足しているのか。
「アイドルの出現とかぁ。吸血鬼との燃える対決とかぁ。芸能生活とかぁ。楽しみだけど……ねえ?」
「芸能界の闇的なのはぁ……春灯ちゃんには求めてないなぁ。下ネタ言わせるほどやさぐれさせちゃだめよぉ。もっと幸せにしてあげてほしいな?」
「「 ねー。あまあまシーン、もっとみたいしー! 」」
女子二人の手痛い指摘に唸る。
本当に密着されているみたいだな……。
「いろいろとお手伝いしたいんですよ。早い話……姫を宿したあなたは、間接的に我らの王なのですから」
シガラキの言葉に誰も異論を挟まないという事実に眩暈がする。
「ミツヨは俺に王の力を与えるといったが……」
だからって、こういう流れで知りたくはなかったぞ。
本当に俺をからかうのが得意な奴だ……まったく。
「ねえ、カナタさん。先日、春灯嬢に仰いましたよね? 南隔離世株式会社に入って、兄とは違う道を行くと」
「――……まあ」
言ったな。言った。間違いなく言った。
「玉藻の前と柳生十兵衞を宿した彼女に負けないほどの資質を、あなたは既に手にしているはずです。ぜひご活用いただきたい。むしろ姫をこき使っていただきたい」
「おい! こらちょっと!」
姫が悲鳴を上げるが、その程度で怯むシガラキではない。
「失礼。訂正します。姫を尻に敷いていただきたい」
「ひどくなってる!」
「最後の訂正です。三年生はアマテラスがついている以上は勝手に輝くでしょうし、一年生は言わずもがな。二年生も……動き出すべき時ですよ」
シガラキに指摘されるまでもない。
「わかっているさ」
「我を宿したんだ! カナタ……頼むぞ?」
「もちろんだ」
頷いてみせる。
「俺がどうしたいか……既に答えは出ている。俺を呼んで連れてきて、その意思を確認したがるということは……活用していいんだな?」
俺の問いかけに姫は重々しく頷いた。
「付喪神はお前に歌った。王の力を与えると。ならば我はお前に捧げよう。姫として、地獄の力を。我のすべてを。必然、ならば二つの魂が押し上げたお前は既に王である。故に……」
下りてきた冬音の言葉の後を引き取るように、二人の美女が歌う。
「私たちの王に尽くす準備はできている」
「現世で暴れ回る術をもう、あなたは手にしている」
手にした可能性は俺と溶け合い、俺のものになっていた。
だが、切り離してみよう。俺自身の可能性を、何よりシンプルな形で捉えるために。
春灯が金色を見つけたのなら、俺も何かを見つけ出してみせようじゃないか。
それが……引いては彼女たちの言う王の力になるに違いない。
「使い方が見つからないというのなら、プロデュースしてやるぞ?」
姫の言葉に笑った。
「春灯のように……自分で見つけるさ」
ただしあまり猶予はなさそうだが。
あいつの髪が一本だけとはいえ黒くなっていた。明らかによくないことの前触れだ。
いつものように過ごしていたからって……春灯を放っておいていい理由なんて一つもない。
なにせ俺自身、放っておきたくないからな。
「すぐに行動に移す」
そう告げて初めて、冬音がほっとしたように微笑んだ。
「そう、それだ。その覚悟が決まった顔をいつも見せてくれよ……ばか」
◆
緋迎くんが朝早くに生徒会を生徒会室に招集するなんて、初めてのことだった。
ラビとユリアはさすが双子というくらい、あまりの眠気にそっくりそのまま船を漕いでいる。
シオリは俯いている。頭がゆらゆら揺れていた。半分寝ているに違いない。
私は早起きには慣れているからいいけれど。
「何かしら、用件って」
「並木さん。今のままだと、俺は彼女を守り切れない」
「……あの子のことなら、防衛シフトを組んで活動している最中では?」
用件が見えなくて問いかけた。
しかし彼は……私が好きになった頃のように緊張に満ちた顔をして言うのだ。
「芸能活動をするあいつのそばにいるための手段がいる」
「――……そう。看過できない事件が、あの子が芸能活動をしている間に起きたわけね?」
「話が早くて助かる」
まあ、これくらいは事情通を気取って誰にも情報を与えず、そのうえで周囲をかき回すわ、悪戯放題をするわのラビの相手をしていれば余裕です。それよりも。
「具体案は?」
「先日、並木さんが呼ばれた春灯の芸能会社……俺たち生徒会にも既に話が来ている。けど、番組開始を待っていられない」
「今すぐあの子のそばにいられるようにしたい、と?」
「何かないだろうか」
またずいぶんな難題を持ちかけてくれたものだ。
「四月から放送開始の番組の撮影スケジュールが来ている。グループ活動による歌の活動を前提に。けど……あの子とは違って、私たちは後追い。本来なら、すぐに活動できるものじゃない。段取りがあるの」
説明しても彼の意思は揺らがないようだ。
私を見つめる真剣な眼差し……一意専心。
彼の気高さに焦がれたことを嫌でも思い出す。
それは――……自分の求める生き方を貫こうとするあの子と同じ瞳に違いない。
本当、似たものカップルなんだから。少し妬けちゃうな。まあ、終わった話だからいいさ。
「たとえば……そうね。あの子のマネージャーさんの下について勉強させてもらうとか?」
「ボディガードにもなれる、か」
「けど、マネージャー業を高校生でやるって、そりゃあ漫画でごくごくたまに見るけれど。高校生の勤務可能時間じゃ、到底勤まらないと思うの」
「……だめか」
冷静になって考えてみて欲しい。
「何より事務所が全力で推している最中のあの子のマネージャーに、新人でノウハウもまるでない高校生がなれるわけもない。ド新人で仕事も大してないタレントならまだしもね」
そういうタレントほど、しっかりしたマネージャーがついてもり立てるべきだと個人的に思うわけで。マネージャーという線は、考えてみればみるほどありえない。
「……他にはないのか」
喘ぐように訴えてくる彼に、できれば道を示したい。
けれど彼自身に見えないように、芸能界へのお誘いが掛かった段階でしかない私にだって見えないのだ。どうすればいいかなんて。
「曲……つくれば?」
ぽやっとした顔と眠そうな声でシオリが呟いた。
「作曲してあげれば……それで、そばにいれるんじゃない? 歌詞つくるサポートしてる、中等部の子みたいにさ……ふああ」
欠伸をかみ殺すシオリに私は首を振る。
「それはかなり難しい。そもそもあの子のそばにはプロが集まっている。ごまかしのきかない作曲の分野に挑むのは、あまりにハードルが高い。いくら緋迎くんがピアノをやれるとしても」
深いため息を吐く。
「繰り返すけど、あの子は事務所が全力でバックアップをして、恐らくはかつてない強力なサポート体制で支援されながら歌手活動およびタレント活動をしている真っ最中。本来なら、ド新人が介入する余地なんてないの」
「ツバキは異例中の異例ということか……悔しいな」
歯がみをする彼に胸が痛む。なにも苦しめたいわけじゃない。
それでも……嘘は言えない。ぬか喜びはさせられない。
仲間として、するべき提案は現実的に実行可能なプランであるべきだと思うのだ。
「いきなり作曲やらせろ、というのではなく。あの子のそばにいるプロに弟子入りを志願するという手はあるけれど……そもそも徒弟制度じゃないだろうし、何よりプロに認めてもらわなきゃ話にならない。まあ、手段の一つには数えていいかもしれないけどね」
正直あまり可能性はないと思うので、次のプランへ。
「それにしたって、あの子のそばにいるには弱い。中学生の子のように、歌手活動の時でしかそばにいれないんじゃ、そもそも……あなたにとって物足りないわけでしょう?」
「……そうだな」
「バンドに入るというのは目標になるでしょうけど、バンドの印象を変えかねないから……先方にとってはハイリスク。その時点で、かなり険しい道と言わざるを得ない。結局は」
「俺があいつくらい輝かなきゃ仕方ないわけだ」
「そういうことね。ユニット活動を率先してできるよう、何かを手土産に事務所に働きかける以外の手はないんじゃないかしら」
「……できることは、なんでもする」
緋迎くんの決意は固い。
しかし世の中、願うだけでは叶わないことの方が多いのだ。残念ながら。
だからこそ――……強い意志を持って、諦めず行動し続ける人ほど生き残るのだろう。
そんなわけで。
あの子を助けるためにも、仲間の願いを叶えるためにも。
絶対に諦めたりはしないからね。
必ず見つけてみせる。希望を通す道筋を。
「今日、放課後になったら事務所へ行きましょう。ちょうどお誘いの返事をしなければいけなかったわけだし、そこで調整に挑んでみましょう」
「……新人がわがままいったら、生意気に見られて……扱い難しいってことになって、終わるんじゃない?」
「シオリの言うとおり、それも現実なんでしょうけど。だとしたら、行動で示すしか手はないじゃない? 何もしなかったら、何も起きずに終わるのだから」
決断しよう。
「誠意と行動で掴んでみましょう。緋迎くんの願いは……私たちの願い。あの子は私たちにとって大事な後輩だし……なにより」
テーブルを叩いて、微笑む。
「今月やる演舞会……三年生にとっては最後になる大事なイベントの前に、中途半端な状態でいたくはないの」
私たちは生徒会。生徒のための集団だ。
先月はトーナメントをやった。今月もイベントを予定している。その結果によって、警察との行事に影響がある。
気を抜いている暇はないのだ。ただでさえテレビだなんだと稼働が増えている最中なのだから。
撮影だろうが、収録だろうが、なんだって乗り越える。
「やりましょう。三年生が仕事を始め、あの子が続いて爆発的に広まりを見せながら輝いている真っ最中。なのに私たち二年生が何もできずに指をくわえて見ているなんて、あり得ない!」
胸の内からわき出る霊子をハリセンへと変えて、掲げた。
「挑んでやろうじゃない! タレント活動だろうがなんだろうが、全身全霊でね!」
言い切ったその気持ちのままで、寝落ちしている双子を起こす。
頭をおさえてただただ落ち込むように項垂れる二人を見て、シオリが必死に目元を擦っていた。
緋迎くんは本当に頼もしそうに私を見つめてくる。
「……君と出会えて、よかった」
「そう思うのはまだまだ早すぎるし、或いは遅すぎるんじゃない?」
「……そうだな。本当に、そうだ」
笑う彼と見つめ合って、ますます笑っちゃった。
過去にいろいろあったけど……それはもう、過去のことでしかない。
私たちはもう……かけがえのない仲間になっていた。
それでいいのだ。
ところで、ねえ……ラビ、それにシオリも。
私を思ってくれているんなら、ぼうっとしないでヤキモチの一つも焼いてくれてもいいんじゃないの? ほんと、朝に弱くて情けないったらないんだから。
何も言わずにテーブルに前のめりに倒れたまま寝息を立てるユリアは論外。
食べるか寝るか、朝はそれだけのようだけど……。
あなたね。いつか絶対太るわよ。そうじゃないと世の中間違っている。
◆
コナがやる気で、カナタも本気。
ラビはユリアと揃って、芸能界にそれほど興味がないのか、或いは振る舞い方を探っている最中なのかな? 妙にマイペースだ。
尾張シオリにとって、こんな状況は想定外すぎる。
だからどうしたらいいのか、わからない。
事務所の会議室で、ボクらの前に集まっているのは……ハルちゃんから聞いた噂の社長と見慣れないお姉さん。
「はじめまして、山岡ユキエと申します。士道誠心生徒会のみなさんのマネージャーを務めさせていただきます」
……山岡、ね。親の名前は海原だったりするんだろうか。
いや、危ないな。これはよそう。
「伊福部くんの映像で見た。君たちさ、プロとしては正直、現状ではまだまだ満足できないレベルだ」
社長の言葉ゆえに何より厳しい意見に違いない。
「けれど、それでも生徒会選挙の君たちの演奏には勢いを感じた……五人組のアイドルユニットとして、バンド形式でデビューさせようと思っているわ」
おじさんなのに妙に綺麗な社長さんの声に誰も何も言わない。
「曲と歌詞はこちらが用意する。演奏もラインを越えるまではプロの音を使わざるを得ない……けどね。そんなの、望んでないから。なんとかものにしてちょうだい」
甘えを許さないし、理想を求められてもいる。厳しく、だからこそ優しい。
「その前提で、帝都テレビで現在、企画も進行中……やってくれるっていう意思確認は済んだ。私からあなたたちにお願いすることは、まずは一つだけ」
立ち上がった社長が拳をテーブルに置いた。
「デビューの壁を越えてちょうだい」
きっとタレント活動を始める士道誠心の生徒全員が言われることに違いない。
「言いたくはないけれど、春灯ちゃんみたいなのはレアケース。あの子は時流に乗った。本物っていうだけじゃ輝けない世界なの」
まあ……その通りだと思う。素人ですらそうだと感じる。
「多くの者が望んで、しかし誰もが進めるわけじゃない道をあの子は全力で走っている最中。シンデレラの靴は一足しかないの……残念ながらね」
重たい空気が広がろうと、構わない。
「でもね? もし私たちが見出した輝きをあなたたちがモノにできるのなら、新しいガラスの靴ができるかもしれない。そして……私は、挑戦者が何度もスターに生まれ変わる瞬間をこの目で見てきたわ」
熱いメッセージだった。
「春灯ちゃんだけじゃ物足りないの。あなたたちにしか放てない輝きを見せてちょうだい」
こんな風に、見知らぬ大人に見込まれる経験なんて……これが初めてだった。
「それじゃあ山岡……あとはお願いね」
「かしこまりました」
社長が足早に立ち去っていく。
ボクたちを見出した人が、試しの空間へボクたちを導く人を置いて、委ねた。
「それじゃあ……話を始めましょうか」
にこりと微笑む山岡女史とは、どのような人物か。
ボクたちはそれを、すぐ知ることになる――……。
つづく!




