第三百八十四話
翌日の放課後、私は神奈川の海辺にいました。
何しているのかって?
二月に入ったとてもとても寒い中、水着姿で笑顔を向けているよ。カメラに。
「はーい、目元もう少し笑えますか?」
カメラマンのお兄さんの声にタマちゃんが本気を出して応える。
その気持ちと動作をくみ取りながら、内心では寒さに凍えそうな自分を必死に励ましていました。
なぜにグラビア。なぜに冬に水着。日差しが明るく波が立っているし、遠くでサーフィンしていたり、ボートカヌーを楽しんでいる人たちがいる。
海水浴客はもちろんいるわけがない。海に入る人たちだってウェットスーツ姿です。
そんな人たちがいる砂浜で、私は二振りの刀を手にポーズをとりながら、ばしゃばしゃ激写されているのです。
コート姿の高城さんが缶コーヒーを飲んでいるのが憎くてたまらないよね。
ほとんど自棄。こういう仕事になるとタマちゃんが俄然やる気になるので手も抜けない。
鳥肌が立ってくるけど修正しちゃうんだろうなあ。現代の技術はすごいと聞くし。
にしても、ねえ……。
「いいねー。もう少しポーズ変えられますか?」
タマちゃんが砂浜に寝そべって、私のおちちの谷間が見えるように胸を寄せる。
黒い砂に白い水着がまあ映える。刀に舌なめずりとかしてさ。
これ、侍の季刊誌のグラビアなんだけど。そういう路線じゃないと思うよ、タマちゃん。
『じゃがカメラマンはノリノリ、集まってくるおのこどもも前のめり。楽しいではないか』
なんていうか……素直に尊敬する。
男に媚びる女まじさいてー、みたいな声を聞くことの方が中学時代まで多かったけど。
タマちゃんくらいあけすけな方が、男子に受けるし恋人もすぐ見つかりそうです。
まあ、私にはカナタがいるんだけど。もう必要ないのだけど。
『男性人気、あればあるだけよいではないか』
でもなあ。女性の反感を買って人気が減ったらしょうがないわけで。
『作りあげたこの最高の肉体美! おのこは下世話な欲望を向けるじゃろうが、しかし見よ! 女子のうらやましそうな目! これ! これじゃ! 妾が真に欲しいのは、隔てのない美!』
……そうですか。
『なんじゃ、ノリが悪いのう』
まあ私も経験しているので、男の子の事情に理解がないわけではないですが。
今回の写真って、なんかなあ。私の元に来る邪に、変なのが増えそうだよ?
『欲望を吸って磨かれる美もある。開き直れ。一心に打ち込む者に向けられた敵意はひがみじゃ。ひがみは身も心も醜くする。対比により、そなたはより美しくなる……精神の強さは十兵衞譲りじゃろう?』
……まあね。
『ならば胸を張れ。恋に落とせ。あの吸血鬼どものように……写真を見た者を魅了せよ。引いてはそれがお主たちの未来を切り開いていく』
……ん。
気持ちを切りかえた私にカメラマンさんが興奮して近づいてこようとした時だった。
高城さんが二の腕に触れて止めたの。
「あの……あまりセクシーなのは、ちょっと」
「す、すみません」
我に返るカメラマンさんに笑いかけて、立ち上がって砂を落とした。
「仕切り直しましょうか。構えてみせるので、連続で撮っていただけますか?」
微笑んで、刀を握りしめる。
身体に馴染んだ姿勢たち。想定する敵を前に、戦いを挑み、防ぎ、攻めてみせる。
シャッター音が連続する中、振り下ろした刀を止めての――……残心。
深呼吸をしてから鞘へと戻して、私の剣舞に見入っていた人たちに微笑みかける。
その一枚が――……雑誌の表紙を飾ることになるのは、少し後の話。
◆
意外と人が集まってきちゃったの。
車の中で着替えるのも危ないかも、ということになって、バスタオルを纏った私は高城さんの車で近くの民宿へ。
制服に着替える。データの管理とか、修正の度合いとか。いろいろと調整しなきゃいけないから高城さんはすぐに離れていった。
江ノ島は静かだ。波音が聞こえるし、カップルがデートを楽しむ声も聞こえてくる。
けれど、ここに争いはない。
ぼんやりしていたら、カメラマンさんに名前を呼ばれたの。
畳のある部屋で、どうせなら写真撮らない? って話になってさ。許可は既に取ってあるからっていうけど、制服で和室で撮る写真ってなんだろう。
『高城に聞けばよいではないか』
まあ、たしかに。
「あのー。うちのマネージャーは?」
「あ、ああ……それなら隣の部屋で画像の確認をしているよ」
「ならちょっと行って――……えと?」
立ち塞がれた。
カメラマンさんの目つきがどうにもおかしい。
咄嗟に周囲を見渡した。刀は荷物と一緒に置いてある。
気配を感じて飛び退いた。
私を掴もうとした手が空振りするの。
「き、み、ききききき、み、き、ききき、きれーーーーーーー!」
狂った音楽のように再生される声に鳥肌が立った。
涎が溢れて落ちる。筋肉が膨らみ、身体が巨大に変わっていく。明らかに尋常じゃない。
迷わず刀を掴んだよ。そして斬った。
口から泡を吹いて、カメラマンさんは倒れ伏した。
びくんびくんと震える身体を刃先でつっつく。反応なし。
「……なあに? これ」
渋い顔で呟いていたら、扉が勢いよく開いて高城さんたちが乗り込んできたの。
「春灯!? 変な声がしたけ……ど?」
痙攣しながら気持ちよさそうな顔に変わっていくカメラマンさんと、刀を手にしている私を交互に見て不安げに言うの。
「これは、いったい?」
そんなの私が知りたいよ!
◆
警察に通報したの。
そしたら鎌倉の交番勤務の侍お姉さんが来て、カメラマンさんの邪が一気に育って凶行に及んだって分析された。
「警ら中の刀鍛冶から特別な報告は受けていませんでしたが……何か、彼の欲望を刺激するようなこと、ありましたか?」
お姉さんの言葉に高城さんが一気に渋い顔になる。
名のあるカメラマンさんみたいで、仕事も途中なのに逮捕されちゃあ困る。
正気に戻って反省しきりのカメラマンさんを励まして、お姉さんには少し騒ぎになっただけで、なにもなかったと説明してお引き取りいただいたの。
撮影はもう砂浜でたっぷりしたし、その中のいかがわしい写真はちゃんと処分したし、必要な点数も確保した。
仕事が終わって、次の場所へ向かう車中で高城さんが呟いた。
「邪とか……勉強中だけどね。今日の一件、春灯の水着姿が切っ掛けなんじゃないかな」
「ええ?」
「かなり……ぐっとくる写真が多かったからなあ。あの人、撮影と欲望の切り分けができないって噂があったけど。今後はカメラマンの選び方も慎重にならないと」
真剣に言われると、困る。
「……私、ぐっとくるの?」
「春灯は自信ないほうがらしいけどね。自信ないならないで、グラビアやるなら自分なりにポーズや見せ方の練習をしないとね。タマちゃんがいるから、心配してないけど」
う、ううん。
「今回の写真は三月発売の特別号に収録される予定だ。かなり部数が出るんじゃないかな」
「……ぐっとくる写真、大放出?」
「アルバムの写真の評判もずいぶんいいんだ。あまり性におおらかじゃない人たちにはそうでもないけどさ。経験があって美しい春灯は、オープンな人たちや憧れのある人たちにとっては結構受けているよ」
「……はあ」
「少年漫画雑誌の表紙の仕事もきているんだ」
「……まじで?」
「どうする?」
どうって……ねえ?
「容姿をウリにしてもつほど、私ってたいしたことなくない?」
「グラビアの仕事をしておいて、それは嫌味だよ。言わない方がいい。第一、春灯を綺麗にするために一途に頑張っているタマちゃんに失礼だよ」
そう言われちゃうと、もう……否定できないよ。
「……じゃあ、そんなに……いいの?」
「俺が学生時代、春灯のグラビアがあったら買っていたなあ」
「うええ……嬉しいような気持ち悪いような」
「ひどいこというな」
「でも」
「男の子にとって手を伸ばさずにはいられない、というのがそもそも魅力の一つだよ」
「……ティッシュに?」
「春灯はたまに凄い下ネタを言うよね」
「弟がいるし、彼氏と普通にするので……まあ、このくらいは」
変に夢見てないというか。現実ってそんなもんだよね、的なところあるよね。
「そこは自分の写真集って言おうよ」
「気をつけまあす」
座席に抱きついて、尻尾を揺らす。
「今日はこのあと、何があるの?」
「収録だね。椿亭カツオさんのトークバラエティ」
「……え。今日!?」
思わず背もたれから上半身を離して高城さんを見た。
横顔が笑っている。
「できるよね。トーク」
「えええ。なんも用意してないよ!?」
「変に作るの嫌いだし、振りやすくて予想できてオチがわかりやすいのが好きだから。世界観を押しつけたり、空気も読まずにトークを引っ張ったり、凝ったことしなければ大丈夫だよ」
「……それが既にむつかしいのですが」
ひえええ。こういうのはむしろ、マドカの得意分野だと思うんだけどなあ。
『永遠に喋り続ける時点で、件の芸人とは相性が悪いじゃろ』
そうかなあ。打てば響くところあるから、案外気に入るかもしれないよ?
『しかし今日はお主だけじゃ。覚悟することじゃな』
うええ。
『最近のその気持ち悪そうな声はよさんか。聞き苦しいぞ?』
うっぷす。すみません、気をつけます。
『よしよし。とりあえず心構えだけでもしておくんじゃな』
はあい。
火曜日夜に放送されるあの大御殿。まさか出ることになるとは思わなかったよね。
打ち合わせも山ほどした中にあったんだろうなあ。アンケートに山ほど答えたから、その中にあるんだろう。
なに書いたっけ。覚えてないや。こんなんで大丈夫かなあ。
◆
もちろん大丈夫なわけはなかったのです。
挨拶はちゃんとした。みなさんの楽屋に回った。その中にはミコさんもばっちりいて、熱烈な抱擁を受けました。その時点で私の心は砕かれそうでしたよね。ミコさんが横にいる番組で私は一体どれだけのことができるんだ、と。そう思わずにはいられなかったよね。
アンケートの内容は確認した。番組の流れだって何度もチェックした。
だけど、見るのとやるのじゃ大違い!
実際、みなさんの自己紹介が長い。まあ長い。そしてどっかんどっかん笑いを取る。アイドルや歌手のグループと、お笑い芸人さんのグループが集められているんだけどさ。
めっちゃマッチョで名前も見た目も超絶格好いい、若作りにも程があるおじさんロック歌手とか。
激しい嵐の中で裸にテープを巻いた衣装で歌っていたこともある綺麗な顔のおじさん歌手とか。
ミコさんがいて、たんと盛り上がるの。いちいちみんなキャラを売るだけじゃなく、椿亭カツオさんの気に入る振りと返しをばんばんするから。
お客さんも大喜びだ。
この流れで振られるの、地獄なのでは? そう内心で泣きそうになる私にカツオさんが視線を向けてくる。
「それで君、青澄春灯さん、か……なんやねん、絵面がうるさいわあ!」
「えっ。えっ」
「ちょ、なんやねんその尻尾。お前ちゃんと座れてんのか?」
てんぱる私。けど何も言えず、主張できなかったからこの瞬間に私の仕事がなくなる……! 何度もこの番組みてきたから、私しってるもん!
「基本立ちっぱなしです。車も背もたれに抱きついて座ってます……尻尾が多くてすみません」
「ああ?」
めんどくさ、という顔をされて泣きそうだった。
「何本あるねん」
「きゅ、九本です」
「だいたいなんの尻尾やねん」
「きっ、狐ですけど」
「ほならきゅうこーーん! とか、鳴いてみんかい!」
「えええっ」
動揺しまくる私にすかさずミコさんが口を開くの。
「いやいやいや。カツオ師匠、この子まだ新人ですから。ドがつく新人ですから。むしろ仕込んでいく流れで、ぜひ」
「ああ? 誰が無償でギャグやらなあかんねん! ……にしても、絵面うるさいわあ。可愛いけどな。尻尾は何本や?」
振られた!?
「きゅうこーーーん!」
「それそれ。できるやん」
指さし棒でつんつんとつつくようにして、笑顔を向けられました。
「ど、どうも……え、これでいいです?」
「振ったらすぐせえよ。あと身振りもいれてみよな」
ウインクしてはにかみながら言われてしまいました。
「それじゃあまずVTRから」
「ちょちょちょちょ! 待ってくださいよ! ちょっと可愛い子をいじれたからって、私たちのこと忘れないでください!」
ふくよかでめっちゃ肌つやつやの女芸人さんが割って入る。
「うるさいねん! お前らは声がうるさい」
「ひどい……ッ!」
迫真の顔で涙ぐむ女芸人さんに親指を立てる師匠。
それを見てほっとする女芸人さん。
ここは戦場だ……! 一瞬の油断もしちゃいけないんだ……!
芸人さんたちが自己紹介をしていく。みんなそれぞれに一つ掴みのネタを披露したり、させてもらったりしていくの。
だけど、油断をすると師匠が私に振ってくるので、そのたびにどれほど恥ずかしくてもやらなきゃいけないのでした。
空気が……抗えないよね!
そして、VTRが流れる。
『私が人より遅れていると思うこと』
音楽と一緒にミニドラマが流れるの。
『私が人より遅れていると感じているとき……それは』
綺麗なお姉さんが自分より容姿がちょっと残念な女子を恨めしそうに見る。
駆け寄っていく先に男の人がいるの。
『プライドが邪魔をして、彼氏が一人もいないだけでなく』
画面が切り替わって、結婚相談所へ。
『これまで交際はおろか、異性の友達ひとりいなかったので』
相談所のお姉さんが笑顔で勧めてくるのが、
『お見合いをする時、相手がみんな適齢期を過ぎていてちょっとはげている時』
お見合い写真みんなはげているの。
主役のお姉さんは若く見えるけど、年齢がいっているってことなのかなあ。
苦笑いと笑い声が入り混じるスタジオで、次のVTRが流れる。
『私が人より遅れているなあ、と感じた時』
高校生の男の子が、同じように男の子の集団に話しかける。
いかにも冴えない男子グループ。
『なあなあなあ。今週もアキバいくだろ? 劇場でアイドルのステージ、みるだろ!?』
『……あ、わるい』
一人だけ、ちょっと可愛い顔の男の子がはにかむ。
『ちょっと……』
そう言って断るの。
『俺も……ちょっと』
そばにいた子も断る。
『訝しんでいると……』
画面が切り替わって、しょぼくれた顔で駅から下りた主役の男の子が、発見する。
断った子たちがそれぞれ、女友達と二人で遊んでいる光景を。
『最初はアイドルに現を抜かしていた友人たちが、そろいもそろって同じアイドルのファンの女の子と仲良くなっていたとき』
笑い声と共にミコさんがピンで抜かれている。
すまし顔で会釈をしたところでカツオ師匠が引き取るの。
「こりゃあ、まあ……なあ! しょうがないわ。出し抜く奴がおんねん!」
「私としては一生追いかけて欲しいですけどね」
「ミコなあ、そうはいうけどな。茨の道やぞ? 仲間が次々と彼女作っていくんねやろ? 残酷やわー」
師匠の言葉にロックスターのおじさん二人が苦笑い。
「いや、まあ! ねえ! アイドルめっちゃ可愛いし。追いかけたくなるけど、彼女も欲しいですよね」
すごい衣装で歌っていたおじさんの言葉に、芸人のおじさんが言うの。
「欲しくてもなあ! 声かけられないからアイドル追いかけてるんだよ、こっちは!」
切れ芸だった。
「あほなことぬかすな。アイドルファンがみんなお前みたいな内気とちゃうやろ。VTRの男子もくっついてたぞ」
「言わせてもらいますけどね! ファン仲間と付き合っちゃうとか、アイドルマジ舐めてますから! 推しに胸を張って応援できるんですかってことですよ!」
芸人さんのツバを飛ばす勢いのトークにカツオ師匠が渋い顔をして振った。
「そんなお前はいまは?」
「ばりばり独身です」
「だめやないか!」
その指摘に泡を食う芸人さんに、笑いが起きる。
流れが既にできているの。なんだ、これは……いったいどういう計算式なんだ……。
「もうええわ。最初は……えー」
丸テーブルの上にある台本を見て、指さし棒を私に向けてくる。
「青澄春灯さん。人より遅れているなあと思うところは」
てんぱる。頭が真っ白になるよね。だけど何か言わないと見捨てられて終わっちゃう。
「えっと……あの。私、友達ができたの高一に入ってからなんです」
一斉に静まりかえったよね。
みんながいたたまれない顔をして私を見つめてくる中、カツオ師匠は豊富な経験で切り込んでくる。
「さみしいことを言うな! あほ! 俺らがいまここにおるやないか」
「と、友達になってくれるんです!?」
「あほか! 仕事仲間や! 友達は……仕事がおわってから、個人的にな」
また週刊誌にのりますよ、と芸人さんが突っ込んで、カツオ師匠が冗談や、とお茶目に笑う。
テレビで見ると自然なのに、いざ自分がその場にいるとなると、まるでショーに巻き込まれているかのような疾走感がある。やばい。
「で? 高校に入ってから友達できたんか」
「そうなんです!」
「尻尾がめっちゃあんのに? 何本やったっけ」
「きゅうこーーーーん!」
「それそれ! 身振りもちょうだいね!」
笑顔で押されるし、芸人さんたちがめちゃめちゃ突っ込んでいく。
どれだけ新人歌手に仕込むんですか、とか。それで大いに盛り上がっていくの、すごい。
魔法を見ているみたいな気持ちだった。
あんまり感動しているからか、カツオ師匠が声を張る。
「そんな泣きそうな目で見て、なんやねん!」
「芸人さん……はんぱねえなって思いまして」
「素人か!」
すかさず突っ込むカツオ師匠に芸人さんが声を張って突っ込むの。
「いやいや、お笑いに関しちゃ素人でしょ! まだ仕事はじめたてですよ!」
「そうですね! 俺らも素人なんで優しくしてくださいよ」
甲高い引き笑いをして、すかさず混ざったおじさんロックスターにカツオ師匠がツッコミを入れていく。
すぐ次の話題へうつった。いろんな人たちが自分のトークネタを披露して、芸人さんたちが率先して話題を広げたり突っ込みを入れたりするの。
おじさんロックスターだけじゃない、ミコさんも恐れもせず果敢に混ざっていく。
痛感したよね。ああ、ここは生半可な知識と技術じゃ到底太刀打ちできない、まさに頂点のような場所なんだって。
「もうええわ! 話題かえます。次のVTRどうぞ」
カツオ師匠が振って、すぐにモニターに映像が流れる。
『私が人より一歩進んでいると自慢できること』
なんて答えたっけ……えっと。えっと。あっ!
『彼氏とかさー。男子とかさー。マジできもくない?』
『わかるー。うちら友達だけでいるのが一番いいよねー』
女子高生三人組の中で、一人が笑顔で頷く。
『だよねー……などと言いながら』
その一人が、視線を窓際の男子にちらっと向ける。
男子もまたちらっとこちらを見ているの。
『クラス一のイケメンと付き合っていること』
主に女性のお客さんたちと、よくこの番組でモテないアピールをしている女芸人さんたちから悲鳴があがる。
同時に思い出しちゃったよね。
そして滝のような汗が出たよね。
次から流れるVTR、最後まで集中できず頭に入ってこなかった。
「こちらのコーナーも青澄春灯さんから」
「え、えと」
やばい。これは……これは、揉める奴だ! でもいわなきゃいけない。
「かっ……彼氏が、いまして」
「アァアアアア!?」
圧が。女芸人さんから、圧が!
「す、すみません!」
「ええから喋って」
カツオ師匠の退屈そうな声の方が何倍も怖かったよね……。
「親公認で、その……夏休みに、彼氏の家にお泊まりして」
すごい目つきで睨まれている! VTRが! ちょっと悪意あったから!
ああでも最後まで言わなきゃ終われないわけで!
「いや、へんなことは一切なかったんですよ? ただ、その。家事を一通りしていたんです」
「何日間や」
「えっと……二週間はいたかなあ。あれ。もっとだっけ」
ええええ? と、またしても驚きの声が広がるの。
「……え? きみ幾つやったっけ」
「十六ですけど」
「高一!?」
「は、はい」
「家事って、どうせしょうもないもん作ったんやろ」
「いやいやいや。なんでも作りますよ-!」
「なんや、得意料理いうてみい」
鋭い眼光が私を射貫く。つまらないことを言ったら殺す、という目だ。怖い!
「こっ、こないだ、他局になりますけど、番組でマグロをさばきました!」
甲高い引き笑いがスタジオに響く。
「ほんまかあ?」
「ほ、ほんとです! 洗濯も掃除もばりばりやりますし、揚げ物以外ならなんでも作りますよ?」
「好感度露骨に稼ぎようとしよってからに! どうせ大したことないやろ!」
「いやいやいや! なんなら作りにいきますけど! あなたの御世話みますけど!」
勢い任せに言うと、カツオ師匠の顔がぽおっと赤くなったの。
「……ほんま?」
芸人さんがすかさず突っ込んでいく。
「いやいやいやいや! マジで照れないでくださいよ、相手は女子高生ですから! 自分の年齢考えてください! いつもなら、誰がお前のあなたやねん、くらいは言うでしょ!」
「あかん。久々に可愛い女の子に言われたねやんか。別れた嫁さんにも言われたことないねやんか」
「知りませんよ! っていうか顔めっちゃ赤いですよ?」
またしても引き笑いがスタジオに響き渡る。
「無理やねん。ミコちゃんみたいな子もええし、若い女優さんもええ子がめっちゃおるし、タイプが多いねん。身体がいくつあっても足らんわ」
「恋多き中年すぎるでしょ! そんなんだから週刊誌を騒がせるんですよ! だいたい身体がいくつあっても付き合ってないですから!」
「ほんまや!」
テレビでよくみる大げさな驚きポーズの後にすかさず自分でツッコミをいれるの。
「って、ちゃうわ、あほ! 誰がスクープとられるたびに別れた嫁さんの苦言が掲載されるから気になって買う男やねん!」
「買ってるんですか? 買ってるんですね!? ちょっと、もう神みたいな存在なんだからそんな情けないことしないでくださいよ!」
「あかん……またネットで書かれるわ」
賑やかに笑って、名前がめっちゃかっこいい方のおじさんロックスターに振るの。
スクープの多さですかね、という返事に芸人さんが切り込んで、おじさんロックスターがマジで人を殴り殺す本気の目をしたのが受けたりして。
ミコさんが自分のグループメンバーと一緒に住んでいるその生活そのものが自慢だと言ったりしているの。写真投稿アプリの反響めっちゃやばい、という話になったりしてさ。
大盛り上がり。私はというと、うまくやれたのか、そしてこの後は見せ場を作れるのか、もう必死だし夢中だしで、おかしなテンションだった。
駆け抜けるようなトークの中で、歌の話題になったりして。歌手グループの人たちからちょいちょい意識的に話題を振ってもらえたの。なんでだろう。
最後はミコさんリクエストによるリブロース丼なるものを食べて一言いって終わったよ。
無我夢中だったし、収録がうまくいったのかわからない。
ただミコさんだけじゃなく、いろんな人が声を掛けてくれた。
耳がすべて熱い。
「君……格闘できる?」
名前めっちゃかっこいいおじさんに頷いたよ。
「空手、ボクシング、柔道……いろいろやるけど。トシと一緒に、遊びに来て。ジム、あるから」
「は、はあ」
「あかんあかん。だめやって、この人んところ行くとガチでボコボコにされるで」
いけてる衣装のおじさんの言葉にミコさんが顔を覗かせる。
「それって、去年の週刊誌がすっぱ抜いた二人の密着写真と関係があったりします?」
「腹やられたんやって。崩れ落ちたところの写真やって。っていうか、やめて? 俺の情けない話ひろめんのは!」
「いやあ……なかなかの嘆美さで、ファン出血ものでしたよー。私も三冊かいました」
「おかげで変な噂がたって困ってるんやから! やめてー!」
「彼女つくればいいのにー。ねー?」
私に振られても!
「な、なんか……女性ファンめっちゃいて、呼びかけたらその場で凄い数の恋人ができそうです」
「だめだめ。手はだすもんじゃなくて、気持ちを捧げて伸ばすもんなの」
その言葉に二人が微笑む。私なんかとは比べものにならないキャリアと実力のある人たちが気楽に話していて、話が一区切りついた芸人さんたちも声を掛けにきてくれる。
夢みたいな場所だ。絵は撮れたわけだし、そのうちはけなきゃいけないけど。
日常が切り替わっていく。
私が司会をやる番組が本格始動したら、こんなものじゃ済まないだろうし……。
「あの……おっきなライブって、どんな気持ちになりますか?」
恐る恐る尋ねると、私のそばにいた三人は顔を見合わせて、子供みたいに笑った。
「最高だよね……」
「すべてがむくわれる瞬間かな。お互いにとって」
「楽しみでしかないよね。怖さも、緊張も、苦しさもすべてひっくるめて……楽しみでしかない」
身震いせずにはいられなかった。
私にはドームが待っている。そのためのシングルの収録だって待っている。
「ほとんど毎日劇場で歌っているくせに、貪欲やね」
「あはは! キャパが違うと気分も違います。どっちも大事で、どっちも特別」
胸を張るミコさんを見ながら、思わずにはいられなかった。
歌のお仕事がしたい。
もっともっと、がんばりたい!
この欲望を止める術なんて、見つからないに違いない――……。
つづく!




