表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十四章 歌手デビューは百難くるの?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

381/2929

第三百八十一話

 



 エレベーターのそばに行くと、ナンバーツーのミユさんが私の荷物だけじゃなく、着替えをブティックの袋に入れて持参して立っていたの。

 身構えたけれど、彼女は冷たい表情を向けて退屈そうに言うの。


「お姉さまのお客さまに失礼があってはいけませんので……下までお送りします」

「あっ、で、でもミコさんが」

「寝かせてあげてください。安眠できる夜は――……実に百年ぶりですので」


 その言葉の意味、そのスケールに、もはや言葉もない私から、眠るミコさんをそっと受け取って寝かせちゃうんだ。

 そして荷物を返してくれるの。


「タクシーを用意しましたから……下へまいりましょう」

「は、はあ」


 頷いて恐る恐るエレベーターに入る。

 扉が閉まって移動し始める。

 ずっと無言だったのに、エレベーターが下りきったところで彼女は言った。


「エキセントリックな方なので、いろいろと行き違いはあったかと思いますが……ファンや我々、眷属を思い……お姉さまは隔離世の現状を憂いているのでございます」

「……それは、まあ。なんとなくわかります」


 眷属を好き放題しているとか、ひどい人っていうだけだったら私は打倒しなきゃいけないって気持ちになっていたと思う。

 でもそうじゃない。ただただ私を求めるのに必死で、そのためにぶっ飛んだ事をしただけだ。

 嫌う理由としては十分かもしれない。

 でもね?

 それをせずにはいられない孤独のつらさを……ひとりぼっちの寂しさを、私は知っている。

 手段は間違えたかもしれないけれど、人を求める気持ちを好きにならずにはいられないから……私は二つの御霊を手にして、今日までやってきたの。

 マドカじゃないけれど。


「どんとこいです」


 胸を張る私にミユさんが頭を下げてきた。


「主に代わり、お詫びいたします」

「いっ、いえ、いいですから……頭を上げてください。それと、よろしくお伝えください」


 何気なく言って、でもそれが一番しっくりきたから続ける。


「今度は普通にご飯たべたり、持ってきてくれていたお洋服ちゃんと見てみたいって言っておいてください。いつだって、また伺いますので」


 そう言ったら、ミユさんはすごく眩しそうに私を見つめてきた。な、なんだろう?


「あの?」

「いえ、なんでもございません……必ず、お伝えいたします」


 そこまで言ってから、すごく申し訳なさそうな顔をされました。


「それから、青澄さま。こちらも他言無用を貫きますが、今夜のことは、その――」

「ああ……」


 合点がいった。言いふらさないでっていうことだ。当然だよね。

 確かに今日聞いた話はどれも刺激的だったし、それ以上に今日起きた出来事すべてが破天荒だったから。

 でも、いいの。


「東京の夜には不思議な奇跡が眠っているんだなあっていうことで。明坂ミコさんとお友達になっただけです……それだけ。ね?」

「ご配慮いただきありがとうございます――……それではお気を付けて、お帰りくださいませ。ドレスはお持ち帰りいただいて結構ですので。こちらをお忘れなく」


 差し出されたのは、私のスマホだった。

 ミコさんの胸に隠されたはずのスマホ。いつの間に。

 受け取る私に彼女は微笑んだ。

 まるで秘書かなにかのように見事な会釈をして、私が下りたエレベーターの扉が閉まっていく。

 まばたきをした。追撃はなし。


『……やれやれ。忙しい夜じゃったなあ』


 うん! ほんとだねえ……タマちゃん。大変だったなあ。


『色狂い扱いされたみたいじゃな』


 ねー。


『カナタに対してはそういう一面があるからのう』


 まあねえ。

 否定しないよ。私はそれくらい……カナタと二人で過ごす時間のすべてが好きだから。

 なんなら今日の生放送で歌った曲も愛を歌うもののだったの。トシさん作曲、英語歌詞の攻めたロックナンバーはね。


『でも……誰彼構わずでは、ない。故に吸血鬼に抗えた、か』


 たとえば気持ちいいことが単純に好きなだけなら……いくらでも身を捧げた気がする。

 そうして溺れていたかもしれない。

 けど……。


「違うよ。それに……ミコさんだって、色で人を操ったりしない」


 彼女も、そして彼女の眷属になった子たちも、そんな道を選んでいないと思う。

 愛情があるから一緒にいるだけ。

 二十八人の少女に対して……ファンに対して。


『じゃが……おぬしを狂わせようとした』


 それだけ……孤独だったし、かつて愛した女の子を思っていたんだよ。

 私への熱情が彼女を狂わせたの。


『そんな簡単に許してしまうのか? 際限がないぞ?』


 わかってる。だからって罰しても……なんにもならない。

 拳を握りしめて殴りつけるより、私は開いて手を繋ぎたい。それだけだ。

 彼女は仕事に真摯に向き合っていると思うし、私の知らないことを山ほど知っているに違いないから。敵になるより……学校のみんなと同じようなノリで、仲間になりたいだけ。

 だって、ドレスは好意だったんだ。

 彼女は嘘をつかなかった。

 アイドルやファンに対する気持ちにも嘘はないに違いない。

 大事な先輩になってくれるに……違いないの。


『……まったく。おぬしの愛は途方もないのう』

『傷つくことも多い道だ』


 けど、私はこの道を歩いていく。二人がいるから……歩いていけるんだ。

 二人だけじゃない。

 歌の仕事なら、社長や高城さん、トシさんたちがいてくれる。ツバキちゃんも支えてくれる。

 そして……カナタと恋をしながら、お互いに手を繋いで支えあう。

 ひとりきりじゃない。それはきっと、広げていけるし……元気をくれるに違いないよ。

 タクシーに乗って、スマホを確認した。高城さんから連絡が入っている。


『春灯、だいじょうぶ? 心配だ。これに気づいたら連絡して』


 おんなじようなメッセージが山ほどきてる。

 それだけじゃない。山ほど連絡してくれている。通話履歴が埋まっているの。

 苦笑いをしながら、私は運転手さんにお願いする。


「すみません、あの――」


 会社の住所を伝えた。

 事務所に帰ろう。まずはいったん落ち着きたい。

 恐る恐る呟きアプリを開いたら、リプ欄がひどいことになっていた。

 スクロールしてもスクロールしても確認したことないメッセージだらけ。

 どれもすべて今夜の生放送の感想だ。

 頭に入ってくる前にアプリを落とした。だめだ……限界。

 素敵なメッセージもどうしようもないメッセージも、私への中傷も山ほどきている。

 よりわけて受け止めるだけの元気が今はもうないや。

 まばたきをした次の瞬間には事務所についていた。

 どうやら私、めちゃめちゃ疲れているみたいだ。もう、やんなっちゃうなあ。

 刀を抱き締めて、ため息を吐く。

 代金はいただいていますから、と言われたのがせめてもの救いだったの。


 ◆


 事務所に入って制服に着替えて、ドレスは袋に戻した。

 もらった下着のあまりの心地よさに、脱ぐことはできなかったけどね。

 案外、芸能人って副業やっていると聞くし、ミコさんは芸能会社の社長らしいし。吸血鬼で、長命が真実なら……ランジェリーブランドも持っていたりして。

 吸血鬼のブラ。もしそうならいいなって思っちゃった。今度確かめてみよう。

 フロアに入ったら、高城さんが駆け寄ってきて矢継ぎ早に何があったか聞いてきた。

 けど、全部言えるわけもない。

 私はミユさんに約束をしたのだから。かといって、大事な仕事仲間の高城さんに何も言わないわけにもいかない。すごく心配してくれたんだもん。

 笑って言うのはね?


「えと……ミコさんのヒルズの自宅に連れて行ってもらって、お洋服もらって帰ってきました」


 ちなみにミユさんが渡してくれた袋にはちゃんと私の服がすべて入っていた。それだけじゃない。ふんわりあったかい感触がしたよ。戦ったりしている間に洗濯してくれたのかも。

 ああもう。受け止めきれないくらい過剰だったけど。好意に溢れていた。あの場所には……。

 だめ、むり。今夜はキャパオーバーだ。考える元気がないのです。


「派手な人だったよ。グループの子たちを連れて、歓迎してくれたの」

「変な遊びとか、後々スキャンダルになるようなことはなかったかい?」

「えっと……」


 どちらもありました、と言えるけれど……吸血鬼のこと、ミコさんは隠しているみたい。

 私も約束した手前、言うつもりはなかった。


「ミコさんとジムで汗を流したよ」


 間違いじゃないはず。


「あとは……うちのアイドルグループにこない? って勧誘されました」


 だいぶ遠回しに表現すると、そんな感じかな。


「えっ……えっ? えっ。え!?」


 愕然としたのは高城さん。社長も他の社員さんもフロアにいて、あわただしくしていたはず。なのに私の言葉にみんなして手を止めて、しんと静まりかえるの。

 あわてて言ったよね。


「こっ、断りましたよ? もちろん!」


 みんなそろってほっと息を吐くの、露骨すぎて困る。


「は、春灯……変な男に襲われたりしなかったかい?」


 私を熱烈な愛情で思ってくれる国民的アイドルの吸血鬼には襲われましたけど。


「変な薬を勧められておかしな気持ちにならなかったかい?」


 吸血鬼の出した棘のせいで恍惚としかけて、危ない気持ちになりかけましたけど。


「写真に撮られたら困るような目にはあわなかったかい?」


 全裸に剥かれたりしましたけど。


「言って。困ったことは全部対処するから!」


 ……言えるわけないなあ、どれも。

 約束したからね。

 やっぱり肝心の部分は言えないよ。

 必要な部分はちゃんと伝えたもの。


「んー、そうだなあ……今日、すっごく疲れたの」


 お腹をさすって笑ってみせた。


「お腹すきました!」


 結局ご飯は食べ逃しちゃったからなあ。


「おいしいものが食べたいです!」


 私のお願いに高城さんは笑ってくれたよ。


「……その様子なら、問題なさそうだね。よし! 春灯が食べたいもの、なんでも言ってくれ。今すぐ行こう!」


 わあい、とはしゃぐ私に高城さんが一言付け足しました。


「ただ……その刀は車にしまっておこうね」

「はあい」


 そうだった。私は所持許可証を持っていないのだった。

 無我夢中で呼び出して、さも当たり前のように振る舞ってきたけど。

 いよいよもって不思議。

 場所を飛び越えて刀がくる理由ってなんだろうね?

 十兵衞の刀もミツヨちゃんから元の姿に戻っていたし。

 不思議は山ほどある。ミコさんはきっと、いろいろ知っているのだろう。

 話したいとは思う。ただ……もう少し落ち着いてからでも遅くないに違いない。

 いつか遊びに行こう。吸血鬼の待つ場所へ。今度は、お友達として行こう――……。


 ◆


 車で移動できて帰り道の途中にある場所ということで、私は恵比寿の焼き肉屋さんにお邪魔したの。尻尾が目立ちすぎてめちゃめちゃ気づかれたし、握手だ写真だちょっとたいへんだったけど。構うもんか。


「肉だ! お肉たくさん食べるぞう!」

「珍しいね、春灯が焼き肉なんて言い出すとは」

「いいの!」


 明坂29の数字部分の語呂に影響されて、なんて言えない。

 っていうかなぜに二十八人なんだろう。不思議。集まった人数が二十八人だから、とかなのかなあ? それともみんな、お肉が大好きとか?


「春灯、店員さんきたよ。なにを食べる?」

「あっ、えっと! お姉さん、注文いいですか?」


 店員さんに山ほど注文するけど、高城さんの顔がひきつったりはしない。

 ただ呆れてはいる。

 ご飯ものや麺もの全部に上物ぜんぶ頼んだ私に引いている……。


「食べ過ぎじゃない? いくら打ち上げみたいなものだからって」

「そんなことないもん」


 言い返してから、気づいた。


「打ち上げって……そういえばトシさんたちは?」

「トシさんは仕事。ナチュさんはグラスタ、カックンさんは……仲間と飲み会だね」

「ふうん……じゃあ今夜の打ち上げは高城さんと二人きりかあ」


 しょんぼりする私に、高城さんは苦笑い。


「そばにいるって約束したのに、一人にしてごめんね。ちゃんと機会作るから、もう少し待って?」

「ん。それぞれ……元々いる場所があるから仕方ないですし。大丈夫です!」


 胸を張る。虚勢じゃない。いつか機会がくるのなら、それでいいのです。


「それより高城さん、ツバキちゃん連れて挨拶に回っていたってことは……ツバキちゃんの営業していたの?」

「まあね。春灯とは違うけれど……社長はツバキにも、何らかの可能性を見つけているみたいなんだ」


 ビジュアル面でも精神的な意味でもね。すごくいい子というだけじゃない。士道誠心ですごい刀を手に入れるだけの可能性を秘めていると私も思うから、賛同する気持ちしかなかった。


「なら、いいよ。なんとかなったもん」


 私を魅了してきたあの茨だけじゃない、何か不思議な力をまだまだ隠し持っていたとしても……吸血鬼だけに不思議はないかなあと思うけど。

 私はちゃんと帰ってこれたもの。


「ミコさん、普段はすごく面倒見がよくて、とくに女の子には優しい人なんだけど……だからなのか、女の子相手になるとちょっと愛が深くなりすぎる時があるみたいで。本当に何もなかったのかい?」


 う、噂にはなっているんだ。あはははは……。

 もっと最初に教えといて!? それ結構大事な情報!

 まあ……教えてもらう暇なく電話奪い取られちゃったんだけども。

 高城さんもまさかミコさんが私を自宅に招くほど気に入るとは思っていなかっただろうし。

 やれやれです。


「異様に高いお店でおごってもらったりとか……愛でられまくったりしてない?」

「あ、あははは」


 前者はまだないけど、後者に関しては大当たりです!


「ぼちぼちかなあ。可愛がってもらって光栄です。売れてるアイドルの中心人物ですし、いろいろ知っているみたいだから……芸能界の先輩との縁ができて、ありがたいなあ、と。それだけ。ね? それだけですから」


 嘘はついてないよね?


「ならいいんだけど」


 口籠もる高城さん。その隙に七輪が来た。

 ぱちぱちと炭が音を立てる。

 お肉が次々とはこばれてきて、高城さんがお奉行さんになってくれた。

 焼かれていくお肉をちまちま食べながら考える。


「ねえ、高城さん。人に告白する時って……どんな気持ちになるのかな?」

「告白って……またずいぶん急だね。やっぱり何かあったのかい?」


 まだ疑ってくるから焦る。急いで取り繕うよ。


「いいから! どんな気持ち? たとえば……アイドルの奥さんに告白した時って、どうだった?」

「……また懐かしい話を振ってくるなあ」


 苦笑いを浮かべて、高城さんはお箸を動かす手を止めた。


「そうだな……仕事で忙しくて、普通の女の子じゃいられなくて……摩耗していって。休みなんてないって話は前にしたよね」


 お肉が焼けてもうもうと立ちこめる煙の向こう側で、高城さんが遠い目をする。


「ファンの子に手紙をもらってさ。それを読んで泣いていたんだよ。手紙自体は俺もチェックしてから渡したもので……なにげないものだったんだ」


 ちまちまカルビをつつきながら黙って話を聞く私に言うの。彼女が泣くとは思わなかったって。


「私は普通の女の子です。あなたのように特別なことなんてできません。すごいなあ、どんな気持ちなのかなあっていつも思いながら応援しています……みたいな感じだった」

「……ほんと、なにげない応援メッセージですね」


 泣き所がわからないくらい。だけど……奥さんは泣いたんだ。


「特別っていうのも、その環境に身を置いてみると日常に変わる。そして世界はそれまでいた頃と分断されて、その境界線をまたぐことはできない。ただただ……隔絶される、だったかな。彼女は寂しそうにそう言っていたんだ」


 泣きながら言う台詞がもう、私には言えないものすぎて想像できない。

 そんなことを泣きながら言えちゃうくらいの感性、感覚、日常……。

 どれも私からは程遠い。

 強いて言うならミコさんにより近いものなのかもしれない。


「私はもう……おかしくなっているって言うんだ」

「……おかしく?」

「それがただつらくて、泣けてしょうがないんだって涙を流し続けるんだ。気がついたら……もう放っておけなくて。必死で慰めて、だけど誰にも理解されないし私はひとりぼっちだって言い続けるんだ。それにかちんときて、気がついたらプロポーズしていた」


 急展開! 思わず前のめりになるよ!


「おおお。なんて? プロポーズの言葉は、なんだったんですか?」

「だいじょうぶ! ひとりにしない! 今のままじゃだめだっていうなら、俺と結婚したらいいだろ! って」


 売り言葉に買い言葉すぎる。そして意外と強気な告白だ。


「すぐに我に返った。ずっと好きだったけど、アイドルとマネージャーの境界線をまたいで越えすぎたし、我ながらひどいプロポーズすぎた」


 笑っちゃったけど、でも……逆に腑に落ちちゃった。


「奥さんが言っていた境界線を越えたのは……高城さんだったんだね」

「っていうこと……なのかなあ。だからって、こりゃあないなあって慌てたよ。もっとロマンチックにしたかったんだ。アイドルを辞めるときが来たら言おうと思っていた」


 若かったんだ、としみじみ言いながらウーロン茶を飲む。


「嫁さんが笑ったんだ。なにそれ、ひどいって。もっと素敵な形でさらってくれるんだって、無邪気に信じていたのにって」

「……奥さん、すごいなあ」


 それって、逆に言えば……信じて、仕掛けたんだ。高城さんにさらってもらえるのか、どうか。

 仕事がつらくて限界で……だからこそ、救いを求めた。そして高城さんは応えたんだ。奥さんの気持ちに。


「落としたようで、落とされてますよね」

「言うなよ。当時、さんざんからかわれたんだから」

「……アイドルの最初のファンになるマネージャーが、アイドルの硝子の靴を脱がしたんだ」


 じゅうぶん、ロマンチックだと私は思いますよ?

 現実的すぎるとか、生々しすぎるとか。ファンへの裏切りとか……いろいろ言えるけど。

 でも、心が壊れてでも続けなきゃいけない仕事なんて、私はないと思う。


「今でも……悩む。よかったのか、どうか」

「高城さんも、きっと奥さんも大人だったから……身勝手に終わりにしたわけじゃないでしょ?」


 私の問いかけに高城さんは重々しく頷いた。


「まあね。社長に直談判をして、アイドル辞めるって話になって……関係各所に頭を下げて回って、卒業を発表した。輝くための心が限界だったから、壊れる前に最高のライブをやりきって……駆け抜けたよ」

「じゃあいいんですよ。これで」


 シンデレラになった女の子の魔法はきっと、お城で過ごしている間に現実に変わって解けていた。いつしか女の子自体が魔法使いになって……けど、その魔力には限りがあったのだ。

 だから彼女は決断した。

 残った力をすべて、魔法を求める人々に捧げて、運命をくれた人の手を選んで幕を引いた。

 お城を去って……ガラスの靴をくれた人を、厳しく強く導いているんだ。主に家庭の方向性についてね!

 そういえば。


「奥さんって……いまは何をしているんですか? 専業主婦?」

「対外的にはいつも専業主婦っていっているけど……実際はご縁のあるアーティストさんに楽曲を提供しているよ」

「なんと」


 それは初耳ですよ!


「アイドル時代に開いた料理店の経営もしていて、本当は俺も負けそうなくらい、きりきり働いている。だけどそれを言ったらかわいげがないから言うなって怒られるんだ」

「おおう」


 心は今もアイドルのままなのでは? それってなんだか素敵なのでは?


「実際には、経営しているお店に昔のファンの方々が通ってくれていてさ。嫁さんは自分で作った曲を披露しているんだ」


 魔法使いを辞めた女の子は、残ったささやかな魔力を使って魔法戦士になりました。つよい。シンデレラつよい。


「復帰しないんです?」

「もういいってさ。テレビとか週刊誌とか、日ごとに変わるランキングとか……疲れちゃうからって、さばさばした顔で笑うんだ」

「はあ……」


 聞けば聞くほど会ってみたくなる。

 うちのお母さんやサクラさんばりに強くて明るい人っていうイメージだ。


「春灯もさ。これからいろんなことが山ほどあると思う。でもつらくなる前に言ってね? やめるのも選択肢だし……長く続けていけるように頑張るのも選択肢だ。どっちを選んでもいい。ただ……限界になる前に助けさせて」


 お嫁さんみたいに、かあ。

 その言葉の意味にほっこりしちゃうんだ。


「ん!」


 微笑んで頷く。


「だいじょうぶですよう。私は全力で私らしく生きていくので。頼りたいことはなんでも頼りますし、だからお肉も焼いてもらっているわけですし!」

「それだよ。甘えてって言っておいてなんだけど、たまにびっくりするほど甘えすぎるよね。料理ができるんなら自分で焼けるだろうに」

「だって高城さんが焼いてくれたお肉が食べたいんだもん」

「はいはい」


 笑って新しいお肉を網にのせる高城さんに笑いながら、お肉をつまむ。

 それからたくさんお話した。

 今後もお仕事がばんばん入りそうだっていうこととか、卒業前のテレビのライブ最後ならアイにすればよかったのにっていうバッシングがあがっていることとか。だけど下手に突発的にやるより、全力でラストコンサートやりたいんだってアイのアカウントが発信して私への騒ぎはおさまって、今は概ね私の出演の反響は大好評に留まっていることとか。

 話題の矛先を掴んだアイが特別な動画をネットにアップしたことによってめちゃめちゃ加熱していて、ラストコンサートの話題で持ちきりだとか。

 ツバキちゃんの受けがいいこととか――……ドーム公演の問い合わせが殺到していて、この調子ならいけそうだってこととかね。

 ひとしきり話し終えた高城さんが「そういえば見せたいものがあったんだ」と言って、スマホを見せてくれたの。

 そこにはね?


『夢で見たの。春灯ちゃんに、会いにきてねって言ってもらえる夢。なんだか無性に気になって、観覧者に応募したの。そしたら受かってさ! 行ってきたの!(続く)』

『(続き)そしたらね? 今日! 今日ね、春灯ちゃんがこっちにきて手を繋いでくれた! めっちゃやばい……泣いた。でも笑顔で話しかけてくれた! 絶対コンサートいくからね!』


 めちゃめちゃハイテンションな呟きと一緒に、生放送に来て泣いてくれたファンの子の自撮りが写っていたの。

 やまほど大変なこともあったけど。

 これからも、つらいことも含めてきっとずっと続いていくんだろうけど。


「……がんばれちゃうな、こんなの見ちゃったら」


 あなたの……みんなの笑顔を見られるなら。

 私はどこまでだって、走っていけるに違いないよ。


「じゃあ……そんな春灯にお願いがあるんだけど」


 ずるいなあ。気持ちがすっきりした時に切り出すなんて。なんでも言えばいいよ!


「なあに?」

「明日、侍推しの番組で、こちらがピックアップした立ち上げメンバーを集めて、月末にやる例の討伐に向けた打ち合わせをするんだ。その日の司会、挑戦してみてくれる?」

「えっ」

「春灯の学校から生徒がくるからね。プロデューサーさんたちも集まる中で、存在感を発揮してもらいたいんだ。やってくれるよね。がんばれちゃうんなら」

「えええ……」

「よろしくね。あ、そっちの上カルビ焼けたよ」


 笑顔でさらりと流されますけど。

 ……あれ? もしかして、まだまだピンチは続く感じです?


 ◆


 夜を統べる女王に訪れた、つかの間の休息を邪魔せぬよう、彼女をベッドに寝かせた。昔は棺だったが、寝返りが打てないから特注品を作らせて気づいたという。そもそもベッドに寝ればいいじゃない、と。

 眠る彼女にアイマスクをつけ、香を焚いて、遮光カーテンを引く。

 最後に頬に口づけて、そっと部屋を出た。

 その足でプールのある部屋へと行く。

 CDを出せばランキング上位。付属したチケットを手に握手しに来るファンは多く。あらゆるメディアに顔を出して、存在感を発揮する仲間たちが、水着姿ではしゃいでいる。

 体力、気力ともに彼女たちがご主人さまと扇ぎ、己がお姉さまと呼称する吸血鬼の恩恵にあずかるため、際限はない。

 己の都合のいいように力を操れる女王により、日光に晒されても問題はなく、水の不得手も消えて久しい。


「あ、ミユさまだ。ねえねえ、ご主人さまが振られたんでしょ?」

「アイツ、ぶっつぶす? ねえ、ぶっつぶす?」

「嫌がらせの手段なら山ほどあるけど。やっちゃう?」


 はしゃぎまわる無邪気さは、女だらけのグループとしては希有なものなのかもしれない。

 険悪さもなければ言葉のきつさも……結成当初を思えば、だいぶやわらいでいる。

 いろいろあったのだ。明坂29にも。

 ミユはため息を吐いて頭を振った。


「いえ。お姉さまは彼女を大事にしたいとお考えです」


 そう発言した時に胸がちくりと痛んだ。それでも無視して続ける。


「わたくしたちは今や先端を進む者。他者を不幸にする暇も、蹴落とす余裕もない。そのようなことをした方ほど歩みを止め、己の腹を晒すことになる」

「スキャンダルは怖いよねー」

「悪評も困るよねー」

「やりにくくなるもんなあ」


 己の発言に提案してきた少女たちが一様に顔を曇らせた。


「そういうことです。今よりもっと高みを目指すためには……己を高め、他者のよいところを見つけ、ただただ献身的に己に取り込む必要があるのです」


 それが……第一線を走り続けるということだ。そうミユは結論づけている。


「些末なことはしないよう、心がけなさい。でなければ、己の首を絞めることになる。引いてはグループに迷惑を掛けることになるのです」


 胸を張って命ずる。


「誰かの足を引っ張るまでもなく……わたくしたちはこれから先もずっと、毅然と気高く己のためにただただ前へ突き進むのみです。よろしくて?」

「「「 はあい 」」」


 聞き分けはいい。統制は取れている方だ。お姉さまは、たまに褒美と称して己の血を与えることがある。その時だけは誰もが目の色を変えて互いに蹴落としあうが、それ以外に関してはわりとどうでもいい。さばさばしている。

 そんな彼女たちもファンに対しては笑みを絶やさず、女神のように……或いはファンの学生時代にファンを好きだったクラスメイトのように接する。

 すべて、お姉さまの教育の賜物だ。

 自分たちの現状も、人生もすべて……お姉さまが与えてくださったもの。

 お姉さまの寵愛が欲しい。認めてもらいたいし……愛されたい。そしてお守りできるようになりたい。お姉さまが抱える責任をできれば一緒に背負えるようになりたいのだ。そのためにも……ファンに尽くす。応援してくださる方々のために全力を出すのみ。

 ネガティブなことを取り入れていたら、曇りが生じる。それはいずれ負債となって、自分や周囲を巻き込んで、足を引っ張ることになる。グループ活動を通じて得た教訓だった。

 前向きなことしか、している暇も余裕もないのだ。

 正直に言うならば、自分たちよりもお姉さまに頼られたあの青澄春灯には嫉妬せずにはいられないのだが。


「不足があれば……その者は誰かが足を引っ張るまでもなく、自分でつまずくものです」


 特に新人の内は、誰もがそう。

 お姉さまに何度助けられたことか――……。

 自分で立てなければ、あるいは支えてもらえる環境を作り出せなければ、自滅していくのが自然の摂理。

 なにやらテレビ局で大きな番組を立ち上げるようだが、果たして彼女はどうなるだろうか?

 どうなっても、自分には関係ない。

 この命も、仕事も。

 とうにファンとお姉さまのために捧げている。

 強いて言うならば。


「せいぜい頑張りなさい。お姉さまの楽しみに繋がるように……」


 そうして……己と周囲に与えてくれればいい。

 自分たちのように。

 周囲にいい影響を与えてくれるのなら、自分たちはもっとそれを取り込んで、さらなる高みを目指すだけ。

 ナンバーツーにまでのぼりつめた。そのおかげで、お姉さまに特別なお仕事を委ねられるようになってきた。

 まだまだ進む。

 選挙で一位になって、頂点を走り、求め続けられる苦しみから解放してあげたい。そこまで育ったのだ、と安心してもらいたい。

 圧倒的な孤独から解放するために……その役目を誰にも譲る気はない。

 だからこそ、お姉さまを狂わせた彼女を思うと胸に仄暗い気持ちが生まれてくるのだが。


「……――」


 青澄春灯を強く意識しすぎている。強い衝動が湧き上がってきた。

 思い詰めている自分に気づいて、息を吐く。

 頭を振った。

 何度だって、同じような気持ちになってきた。お姉さまが関心を向ける芸能人が現われるたびに。メンバーが増えたり卒業するたびに。

 そのたびに、いつもいつもお姉さまに怒られてきた。

 浮かべるべきは笑顔。素直に素敵に笑うこと。届けるべきは幸せ。

 忘れちゃいけない三箇条だ。

 お姉さまを追いかける私が囚われてはいけない。


「ちょっとコースをあけて。入るから」


 ミユは己の衣服に手を掛けた。下着姿になって水へ飛び込む。

 冷たい水に身体をさらして歓声をあげる。みんなで水を掛け合って笑い合う。子供のように。

 仕事に不要な感情を切り捨てるのは、もはやプロ根性のなせる技。慣れたものだ。このくらいはね。

 吸血鬼の眷属たちは夜にはしゃぐ。

 幸せを届けるために、まず己から幸せになる。

 誰かを不幸にしている暇は欠片もない。

 ただただ幸せになるために、気晴らしをする時には全力で気晴らしをするだけ――……。




 つづく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ