第三百八十話
真顔どころか迫真の表情でにらみ合う私に、ミコさんが言った。
「ところで……ねえ、春灯。切った張ったする時、家具こわす?」
「……まあ、本気だしたら? 壊れるかも?」
闘志まんまんですからね。何が起きてもおかしくないかと思います!
「家具どれも一品物ばかりだから、一階下の私専用のジムに移動してからでいい?」
……あれ?
「いっ……いいですけど!?」
「そうしよう。こうなるかもしれないと思って、準備させてるの」
「……はあ」
あれ!? なんかこう、がんがん闘志を燃やしてぶつかりあう、そんな流れじゃないの!?
部屋のこと心配するとか、割と現実的だし冷静すぎるのでは?
よし、と頷いて歩き出すミコさんを女の子たちが跪いて拍手をしながら送り出す。
私に何かを仕掛けてくる気配、まるでなしです!
強いて言えば何気ない問いかけがそもそも私のペースを乱している。
あれかな。これっていわゆる「めっちゃ遅刻したけど、そのおかげで心乱されたお前やぶれたり!」みたいな、あの……巌流島の対決のノリなのかな? ど、どう思う? 十兵衞。
『あれは本気で部屋を大事にしたがっていると見た』
じゃあ最初から下で仕掛けてよ! 私のやる気を返して!?
『気持ちを切らしたら、もっと相手のペースに巻き込まれるぞ』
むうう! なんて強敵なんだ!
ミコさんだけじゃなく、他にも大勢いるわけで。
いったい何が起きるのか。
視線をさ迷わせる私にミコさんはめんどくさそうに言うの。
「ああ、うちの子たちなら気にしないで。春灯と戦わせて怪我でもしたら、明日の仕事に差し支える。写真集を出す子もいてさ。握手イベントあるから、傷つくなんてもってのほかなの」
「……はあ」
アイドルの仕事、大事すぎか。いや、大事すぎる方が当然なのか。
ファンは宝物。その感覚はお仕事をはじめたばかりの私にすらあるのです。
アイドル活動の第一線で戦うミコさんたちのグループなら、しっかりしているに違いない。違いないのですが……。
「う、ううん」
いまいち読めない。ううん、違うな。まったく読めない。
ミコさんという人の……吸血鬼の底が見えてこないんだ。
警戒しながらエレベーターへ。
刀を手に並んでいる二人きりの密室の気まずさといったらなかった。
恐る恐る内心でタマちゃんやお姉ちゃんたちに呼びかけたけど、反応なし。
十兵衞だけみたい。
『初めての経験だな』
まあね。考えてみたら……そうだね。
十兵衞と二人だけで戦いに挑むなんて。
しかも今回の戦いってなんだかちょっと不思議なノリ。
ミコさんは私を仲間に引き入れたいし、従わせるより気持ちを奪いたいんだ。
それほどまでに私に重ねて見ている女の子への気持ちは特別で、重なって見える私の資質や特性に特別な気持ちを見出している。
赤い茨の棘は私への執着であり、見慣れた顔でいる女の子たちにとっては、ミコさんの愛情なのかもしれない。
血を吸うため……命をいただくために、愛し合い触れ合うために使う、究極の拘束術。
歪かもしれない。
でもそういう愛の形があることを私はフィクションで山ほど見てきた。お母さんの井戸端会議で聞くご近所さんのどす黒くて生臭い恋愛事情を踏まえても、清らかな愛だけじゃないのが現実です。
なら、この程度の歪さじゃ否定さえできないのかも。
或いは血を吸うことに完結しているから、まだ尊いのかもしれないし。
……ちょっと憧れちゃうのも、ごまかせない。
ごめんなさい! だってほら! なんかいいじゃん! こじらせた私には否定しきれないよ! むしろ憧れちゃうよね!
……すみません。落ち着きます。
吸血鬼を中心に絆が繋がっているアイドルグループの縁って、なんだろう。その精神って、どんなものなんだろう?
身体は仕事に捧げて殉じるし、純潔もファンに捧げているみたいなノリだ。きっと卒業するまで、彼女たちは潔癖であり続けるのだろう。
明坂29の魂の向かう先は、ミコさんが作りファンが求めるアイドルの理想像。
そう考えると、私の知るアイドル像らしくて、きらきら輝く素質を持っているような気がしてくる。人間、なかなか理想通りに生きられないのが実情なのに……彼女たちは体現している。
世界観があるのも当然だ。私の歌で作った空気を塗りかえちゃうのも、或いは必然だった。
吸血鬼と眷属たち。
夜の住民を気取っている彼女たちは既に、普通の人と違う生き方を選んでいるのだから。
エレベーターを下りた。
壁などない。
超高層にあって問題ないよう分厚い硝子に包まれて、いろんな運動器具が並んでいる。それにボクシングやプロレスで戦うようなリングまで。それでもまだフロアが余っている。
床に設置された照明の電源はついていた。
まるで立体映像として作りあげた人工的にしか見えない美人のメイドさんが待ち構えていたの。
「お姉さま。準備をしておきました」
「ミユ、いつもありがとう」
ミユと呼ばれたメイドさんはミコさんに頬を撫でられただけで蕩けそうな至福の笑みを浮かべた。ミコさんに抱きついて、その身なりをすぐさま整えると幸せそうに囁く。
「これでよし」
「助かるわ」
「お姉さま、もったいない御言葉です……失礼いたします」
すすす、と下がってエレベーターに乗るの。
見事な会釈をする彼女は、扉が閉まるまで頭を下げたままだった。
「あれ、うちのナンバーツーなの。名前一文字違いっていうのもあって、彼女はメンバーの中でも特別。私とコンビの曲も山ほど出しているの。テレビとかで今よりもっと活動するっていうのなら、いずれサシで会うかもね」
「……はあ」
細かいエピソードとか名前とかなんで明坂29に入ったのか聞いてみたい! なんて思っている場合じゃないぞ、私。これから戦うんだから。
「それじゃあ、やろうか。ここの器具はメーカー保証ついているけど、刀で斬ったら保証きかないと思うんだ。だから壊さないでね? 事務所宛に請求書を回されたくなかったら」
「……う、うん。気をつけます。気をつけますけれども」
その、なんだろう。
「マイペースなミコさんといると、だんだん戦う気持ちが削がれていくのですが」
「じゃあ諦めて手を貸してくれる? 私のものになってくれる?」
「……いやですけど。気が進みませんけど」
そもそも私は私のものなので。それも歌手活動していったら私とファンのものになっていくのかなあ、なんて予感はありますけれども。
答えは変わらないのですよ。
「じゃあやるしかないよね。セールスランキング、春灯のせいでうちのCD二位止まりだし」
「それは、そのう」
「握手会とかいろいろ大変なんだからー。ストレス解消させてよ、春灯で」
彼女が半目になって、挑発的に微笑んでくる。
どう対処したらいいのか、わからない。
レンちゃんも大概、初対面の頃は激しくぶつかってきたけれど。
北斗の校風なんだろうか。マイペースなのに激しいのって。じゃあ、ユイちゃんってもしかして……? いやいや、今は考えている場合じゃないよ!
ああでも、気持ちのやり場が見いだせないのも事実です。
大見得きったのに、あまりにもミコさんペースなんだから。
戸惑わずにはいられないの。
「あ……あのう。ミコさんは私をそこまでものにしたいのですか? いまいち本気度合いがわからないのですが」
「初手で血を吸って、あんなに気持ちよくさせてあげたのに……まだわからないの?」
「そ、それを言われると……っていうか! 私べつに心は奪われていませんからね!?」
「だから戦うんでしょ?」
「そ、そうですけども!」
いまさらなにいってんの、って顔をされても困るの!
「じゃあやる気をだして。このフロアも私の結界の中だから、どこまで本来の力を出せるかわからないけどね?」
ふふんと笑った彼女が腕を組んだ。不敵に胸を張ってのどや顔で告げてくる。
「気になるなら玉藻に呼びかけてみたら? ああ、その必要はないか。さっき確認していたもんね」
「――っ!」
何も言わないのに、当たり前のように私の心を読んでくる。
この人の能力の底がまったく見えない。
閻魔姫のお姉ちゃんと戦った。シュウさんとぶつかったこともある。だけど、それとはまた違う。
どちらかといえば――……初めて会った頃のユリア先輩のような、底の知れない何かをミコさんは持ち合わせている気がしてならない。
あの時のことを思い出すと、苦いよ。だって私はユリア先輩にこてんぱんに負けたのだから。
「たっ、戦う必要……ないなら帰りたいです!」
「は? 返すわけないじゃん」
「……ですよね。わかってました。わかってて聞きました」
笑顔で言われちゃうから、さめざめと泣きたくなる。
変な人に好かれちゃうなあ。何かそういう素質でももっているのかな……。
『構えろ。彼女はお前の姉君に決して引けを取らぬ』
……まあ、ね。そうだよね。嫌な気配ならびんびん感じてもいる。
だけど尻尾は内股に逃げてこない。私の直感は勝機を見出しているのかもしれない。それがなにか、ちっともわからないけどね!
『頼もしいな』
呆れる十兵衞に構わず、深呼吸をしてから刀を構えた。
「その気になったか。じゃあ……勝利を諦めて?」
その言葉の真意を伺うよりずっと早く、腰回りを拘束された。
ぎょっとして見下ろしたら赤い棘があるの。私の影から伸びて、触手を伸ばすようにぐんぐん生えて首回りまで伸びてくる。
着せられたドレスは、けれど針を一つも通さず私を守ってくれていた。その事実に驚く。
ドレスさえ私を苦しめる手段にできたはず。
なのにミコさんはしなかった。この服は本当に贈り物だったの?
「纏いを身に付けていないみたいだから……それ、活用してね」
微笑む。私を苦しめず、しかし戦う力を奪ってくる。
ドレスはもはやただの好意。
本当に底が見えない人だ。
「なんで……なにがしたいんですか? どうして……こんな……」
「だから言ったでしょ? 春灯……あなたが好き。本物が好き。愛さずにはいられないの」
歌うように紡がれる言葉たち。
「屈服しない女の子は特に好き。そういう子が自発的に心を傾けてくれるシチュエーションがたまらないの。眷属たちにせよ……もともと私への好意がなきゃ、引き入れたりはしないわ」
優雅に歩いてくる。かつ、かつ。ヒールの音を鳴らして、優雅に。
「明坂29の所属する芸能会社の社長はね? 私なの」
歩いてくるたびに電気が消える。一瞬の内に暗闇が広がる。
夜を纏って紅の瞳の持ち主が歩いてくる。
「名前を変えて導いて……けど、アイドル活動なんて最初は遊びのはずだった。かつて愛したただ一人の子の真似事を……気晴らしにした。それだけのはずだった」
ぞっとする。東京の夜が照らす。女王の背中に広がる翼は本物に違いない。
「でも……眷属になった子たちが頑張って、ファンが見せてくれる甘い幻想が――……私に夢を見せてくれるの」
自己紹介だ。それは。私に気持ちを少しでも傾けてもらいたい、という。
「そうして生み出すお金で、どんどん夢を広げていくわ……でもね、それでも足りない」
私のすぐ眼前に来て、唇が触れ合うほど顔を近づけてくる。
「金色を出す……あなたが足りない。私でも、眷属の子たちでもできないことをする……あなたが足りないの、春灯」
惑う。
「お願い」
希う告白の言葉。
「誰にも味わわせることのできない快楽なら私があげる。玉藻を選んだあなたが満たされるすべての快楽を――……」
初手で私を落とそうとしたあの手は、私の御霊ゆえのアプローチだったのか。
でも、違う。違うよ。勘違いされているよ。
私は確かにあまあまが大好き。カナタと愛し合う時間が好きで好きでたまらない。
けど……行為と快楽だけが目当てじゃない。
もっともっと貪欲に、ただただカナタの愛情を感じたいだけだ。
まだ絆を結んでいない吸血鬼から与えられる人外のそれに溺れたいわけじゃない。
どれほどそれがよくたって。それで私は選びはしないよ。
意を決した顔になる私に、ミコさんはすぐに言葉を足してくる。
「それじゃ足りないっていうのなら、歌だって。うちの会社に来てくれれば、もっと輝かせられる」
日本を席巻するアイドルの中心が私に歌う。
「侍の技だって。誰もしらない高みへ連れて行けるよ? それでもだめ? なら……御霊の力の引き出し方だって教えてあげられる」
長い時を過ごしていることを――……アイドル活動のために隠す、少女の姿をした吸血鬼が訴える。
「すべて……そう、私の持ちうるすべてをあげたいの……だから、お願い」
願いは一つ。
「私と一緒に生きて」
明坂ミコという人は、孤独の切実さの結晶なのかもしれない。
きっと……もっとこの人に憧れていたのなら。
吸血鬼に憧れて、アイドルに憧れていたのなら。
迷わず頷くべき誘いに違いなかった。
中学生の頃の私なら、大喜びで頷いたはずだ。
血を吸われて、ミコさんがくれる快楽に永遠に浸り続けていただろう。望まれるままになんだって捧げたはずだ。
でも……もう、違う。
私は恋をして、愛に触れて……あまあまに浸って、もう昔のままではいられないんだ。
なら……それを伝えるよ。
「私は事務所のみんなやバンドのみんなが大事です。他の会社なんて考えられません。どれほど素敵でも……今を手放す理由にはなりません」
呟く。
「侍の高みにのぼりたいけど、それは誰かに手を引かれてじゃない。自分の足でいきたい。だから……十兵衞もタマちゃんも、私の背中をいつだって押してくれるんです」
申し訳ないけれど。
「御霊の引き出し方も、可能性も……自分で見つけなきゃ意味がない。教えてくれるのなら聞きたいけれど……」
これが私の意思だから。
「焦って気持ちを傾けたら、きっと躓いちゃうんだ」
頭を振った。
「たっぷり時間を掛けられても……だめ。私は恋をするの。緋迎カナタに」
ミコさんの顔に、寂しそうな諦観が広がるから……私は笑うの。
「だからね? 愛情で癒やされたいのなら……友達になろうよ」
「――……」
吸血鬼の顔が歪む。怒り、苦しみ……哀しさ……それだけじゃない。欲が瞳を濡らしているの。
「私の友達になったらね? 触れ合うことさえ私は辞さない構えだよ? 私にできること、なんでもする。きっと……あなたを一人になんかさせないから」
浮かべるのはマドカたちのこと。ツバキちゃんのこと。
「私にできる範囲でしかないけれど」
大事なカナタを傷つけたくはない。だけど同じくらい、友達や仲間を大事にせずにはいられない。
「手を繋げる。抱き締められる……そばにだっていられるよ」
でもね。
「あなたが私を求めるために私の自由を犯すというのなら、私は抗う」
刀を強く握りしめた。けどこれだけじゃ足りない。
カナタの力が足りない。清らかな力が足りない!
「確かに私は快楽に弱いかもしれない。あったかい気持ちを感じたいから……愛情を感じたくてたまらないから、とても弱いかもしれない。カナタにはいつもたしなめられちゃう私だけど」
願い、求める。御珠はここにはないけれど。
「そんな私だから知っている。心を繋ぐ力の強さを。支えてくれる愛情の熱を。私をひとりぼっちにしない、とびきりの最強を!」
既に絆は結んでいる。遠く離れていても。
腰に回された誘惑なんて、振りほどく!
「あなたが私を縛り付けるなら、私は自由を選ぶ――……そしてッ!」
手にした刀の縁がもしあるのなら――……。
「あなたの手を私から掴んでやるんだ! だから、お願い!」
胸一杯に息を吸いこんだ。思い出すのは――。
『もし侍の刀を……名刀に変えることができたなら、と』
いつか、カナタが歌った――。
『仮に、天下五剣の一つ。大典太光世をかの剣豪が手にしたならどうなるか』
その可能性、ただ一つ!
愛する人を信じて、私は叫ぶ!
「来て! ミツヨちゃん!」
願いのままに手にした刀が煌めいた。その白光が影を照らし、棘を溶かす。
強すぎる情欲を拒絶するように……私を解放するの。
当然だ!
「大典田光世を手にした十兵衞と共に、あなたの懐へ行く!」
手にした刀が姿を変えた。
「くっ――……」
ミツヨちゃんの光がいやなのか、ミコさんがあわてて飛び退く。
構うものか。
カナタの大事なミツヨちゃんに。けれど胸の内にある御霊は十兵衞のまま。ううん。
『繋がり叫べ!』
十兵衞が訴え、
『我らの――……春灯と繋がる者の名を呼べ!』
ミツヨちゃんが訴える。
衝動のままに胸に空いた手を当てた。
「タマちゃん! 戻ってきて!」
『遅いわ! 出番を待ちくたびれたぞう!』
当然のように引き抜く。白金の大神狐の刀を。
二刀は私の分身。この手にいつでも戻るのは、もはや必然!
「予定がどんどん狂う! ああ! でも、それでこそ彼女の再来なんだ!」
感極まった表情で笑い、歪む彼女の孤独を癒やす方法が見つからない。本当に?
「だけど、血を吸われたあなたの中に宿った恐怖は、私を傷つけられない!」
立ち向かおうとするのに、足が止まる。どうしても前へ行けない。本当に!?
いいや、違う。断じて違う!
何が立ちふさがろうと。私は前へ進むんだ!
「どうしても嫌がるというのなら、諦めて眷属にするまで! あなたの中にいる男なんか、一夜で忘れさせてみせるから!」
鞘から刀を抜き放つミコさんに視線を向けた。
だけど、残念!
まだ、私の呼んでいない名前がある!
「お姉ちゃん! 私の恐怖なんか吹き飛ばして!」
『我を呼ぶのが遅すぎる!』
叫んだ瞬間、私の足下から黒い炎が吹き上げた。
私の中に眠る弱気さえすべて灼いてしまう。
足は動いた。前へ踏み出せる。
ほら。もう孤独を気取るあなたのそばに行くのを邪魔する障害なんて、ないんだ!
「くっ――……それでもだめなら! 気が狂うまで縛り付けるだけ!」
あちこちにある影から赤い茨が生えてくる。
『死を弄ぶ夜の女め』
お姉ちゃんの怒りの声がする。
『夜中にたたき起こしやがって! 春灯、思い知らせてやれ!』
激怒の声の理由に呆れるけど、笑っちゃいそう。
お姉ちゃんらしい。そしてその理屈でいったら起こした私も超ピンチ。
それに……あの茨はやばい。糸に絡め取られて、肌に触れようものならそれは確実に私を苛む。血を吸われたくなってしまうの。
怯みそうになる私の弱気を、私が呼ぶまでもなく叱咤する声がある。
かつての私が叫ぶの。
『我らの魂は一つ! 憧れは消せない! けれどもはや形にとらわれない。我らの特別は既に彼女への必殺を手にしている! 我らの光の色を思い出せ! 彼女が求める光を注ぎ込め! それこそが、勝利への道だ!』
エンジェぅ――……きっとミコさんに憧れずにはいられない、私の子供心の声に気づいて笑う。
茨がうなりをあげて私めがけて伸びてくる。
きっとタマちゃんの刀じゃ私と同じでとらわれてしまう。
だから迷わず十兵衞の刀で斬って、斬って、先へ進んだ!
「見えている」
呟いて、心の中に広がっていく。
私の右目は捉えているの。死線の先にある、生きる道――……活かす道!
「私にはもう! 見えている!」
キラリのように、叫ぶんだ!
「駆けるよ、勝利への道!」
私を守る最強は、けれど彼女を傷つけず、肉薄する。
キラリほど流れるようにはいけないけれど、それでも全速力で!
「く、そ――っ」
刀を抜き放って焦燥感をあらわにする彼女の胸に、私はタマちゃんの刀を突き刺した。
金色に変えて、注ぎ込む。
「金色が欲しいなら、いつでもあげる」
引き抜いて、囁く。
「あなたのものにはなれない……あなたの願いのすべてには応えられないかもしれないけれど」
刀を振るって金色を散らしながら微笑む。
「お願い、吸血鬼。はじめるならお友達から。友達になったなら……私にできる限りのことをして、あなたの孤独を癒やすから」
メイ先輩がくれた人を染めるのでなく、あたためる力。
「――……ああ」
満たされた吐息をこぼして、彼女が力を抜いた。
私の金色に包まれて意識を失うひとりぼっちでいようとする女の子を抱き留める。
あんなに女の子たちに囲まれて、なんで寂しそうにしているの?
とっくにあなたは満たされているはず。
それに気づけるはず。
焦がれる前にどうか……自分のそばにある熱を思い出して欲しい。
「……もう、ひとりじゃないからね?」
「――……」
何も言わず、彼女は目を伏せた。
メイクが乱れるくらいに大粒の涙が垂れて、はじめて気づく。
凄く濃いクマが隠れていた。
ひょっとしたら気丈に振る舞って、孤高でいなきゃいけない理由があるのかもしれない。
圧倒的センター。頂点で居続ける……願いの結晶。アイドルの吸血鬼。
でも、残念。
それは終わりなの。だって私がそばにいるから。
胸一杯に息を吸いこんで、囁いた。
「またね? 大好き」
孤独な吸血鬼にいつか安らぎが訪れますように――……なんて言わないよ。
私がひとりにしないから。
もうあなたは――……ひとりじゃないからね。
つづく!




