第三百七十七話
ナチュさんはボクに言った。
「ツバキ。君が春灯ちゃんに求める愛ってなに」
ボクの書いた歌詞を見ながら、楽しそうな笑顔をしている。
赤字だらけ、ダメだししかないノートを進んで読みあげるの。
「誰にも優しい、誰もが救われる……これってツバキの願望だよね?」
「……うん」
「そうじゃないよ。春灯ちゃんにそうあってほしいっていう願いじゃなくて、君が春灯ちゃんのことを知った時にはじめて知った愛。それってきっと、これじゃないよね」
つらい。端的に言えば。ずっとつらい。
ナチュさんは笑顔で責める。楽しくてたまらないっていう顔をして言うの。
悔しいけど言っていることは間違っていないから、余計につらい。
「春灯ちゃんからみたら、どうかな。春灯ちゃんにとっての愛、ツバキやファンのみんなが求める春灯ちゃんの愛って……本質的にはこうだけど、でももっと違うんじゃないかな」
俯きそうになるけど、堪える。逃げだそうとすると、ナチュさんの笑顔が消える。そっちの方が何倍も怖いから。
「春灯ちゃんを知った時のツバキはどんなだった?」
「……どうやって、生きたらいいか……わかんなかった」
「春灯ちゃんを知ったら、その気持ちはどう変わった?」
「……ボクでも、思った通りに生きていいんだって思った」
それですべてが楽になったわけじゃないけれど。
気持ちがずいぶん楽になって、少しずつ自分が変わっていった。
間違いなく、あの出会いがボクの転機だった。
「それって、なんでだと思う?」
「……ん、と」
必死に考える。こういう時、急かしてこない。ただ待ってくれる。
すっごく厳しいけど、本質的には仕事に本気なだけなんだと思う。
だから深呼吸をしてから、浮かんでくる言葉を素直に伝える。
「エンジェぅは……生きたい理由を、形にしようとしているから」
「もう少しわかりやすく」
「みんなに伝えてる。楽しく生きたいし、そのためにがんばろうって」
「大人にも通じる言い方で」
「……私がいるから、そんなにつらい顔しないで?」
「潰れているだめな男を口説き落とすみたいな台詞だなあ。もうちょっと頑張って」
ちっとも手を緩めてくれない。
「…………人生、はっぴー」
「投げないの。へこたれそうになった時ほど死ぬ気で言葉を出すのが君の仕事。ほら、がんばって」
「ううん」
眉間に皺を寄せて必死に考える。
「じゃあ、そろそろヒント。ツバキが泣きそうになっていたら、春灯ちゃんはなんて声かける?」
「――……え?」
「きっとそれは一言だ。あの子のメッセージのテーマはわかりやすい。ツバキが言ったとおりの内容だよ。けど……きっとそれは、一言で伝えられる。それって、なんだと思う?」
表情が緩む。今日はじめて見る優しい笑顔に内心ずるいって思いながら、呟く。
「だいじょうぶだよ……かな」
言ってみてから腑に落ちた。
「そうだね。じゃあ次の段階にいこう。春灯ちゃんの愛をテーマにしたエピソードは書いて出してもらったけど……恋人に留まらず、いろんな人に振りまいているね」
「……ん」
緋迎先輩と、そのお兄さんだけじゃない。
いつも話しているから、ボクはちゃんと知っている。
山吹マドカ先輩とか、天使キラリ先輩のこととか。
「それって……どうかな。無償の愛情? それとも……性愛?」
「……緋迎先輩だけ、特別」
「そうだね。高一でいろいろ体験しているから、本人は否定するだろうけど……どちらかといえばイケてる方だ」
ナチュさんの言葉に頷く。
クラスの男子が好きな子とそういうことした、みたいに言っているけど……学年でそういう男子は一人きり。中三はそんな感じ。
高三のお兄ちゃんに聞いてみたことあるけど、恋愛している層があって、その中に経験している層がある。全体で見たら、ゼロではないけれど、でも決して多いわけじゃない。
「春灯ちゃんがそういう女子だっていうのは、呟きアプリや写真でいやっていうほど伝わっているから……見せ方は何通りかある。ツバキ、例を挙げて?」
「えと……性愛も含めた、生々しいけど、現実的な愛」
「他には?」
「そういうこともするけど、でも何より求めているのは……無償の愛」
「もっと出して」
「……性愛に溺れるけど、満たされない、独占欲」
「まだまだいけるはずだよ」
「どちらかだけじゃ満たされない……恋愛の答えが見つからない迷子」
「他には?」
「う、んと」
がんばってひねり出さなきゃ。あり得る可能性を……エンジェぅが表現できそうな恋愛のテーマを、もっと、たくさん。
「今まで通りじゃぜんぜん足りない。殺されるくらい愛して欲しい、とか」
「――……いいね。他には?」
「うう、んと」
苦しい。すごくすごく、苦しい。
「自分の愛なんて、軽く越えてみせてよ……とか」
「勝ち気に強気、だけど切なさもあり。いいね。もっと出せる?」
「ええ……ええと」
求められるのが苦しい。だけど、こういうお仕事なんだからと自分をなだめて言うの。
「性愛、は……肉体があるから否定できないもの。無償の愛は、精神を強く求めるもの、で……」
ナチュさんは異論を挟まず、誘導せずにボクの答えを待っている。
「どっちもないと、立ち向かえないのが……現実?」
「人によるかな。でも春灯ちゃんはそうなのかもしれないね」
「……繋がりたい、し。だけど、間違いが起きないよう……気をつけていて」
「なかなかストレートに伝えるね、春灯ちゃん」
「教えてもらった、から」
苦笑いを浮かべる。ボクが聞かせてってお願いしたことだから、エンジェぅに罪はない。
「夢を現実にするために、できることは、なんでもする」
「それは……どうしてだと思う? ただ体温が欲しいだけ? ただ……愛されたいから?」
「……んと」
君はどう思うの? と、ナチュさんは視線で訴えてくる。
「……不安、だから」
「ふむ」
「できること、なんでもしたいし、していなきゃ……見えなくなっちゃうから」
「……それは、何? 見えなくなるのは、どんなもの?」
「……愛情」
「彼氏からの?」
「だし……たぶん、自分からの、愛情」
「それって、どういうことだと思う?」
「恋愛に……確かなものなんて、ない?」
「春灯ちゃんはそれに対してどう言うだろうか」
「……だいじょうぶだよって、言うと思う。胸を張って。乗り越えてみせるって言うと思う」
「なるほど――……ワードが揃ってきたね。整理しようか」
ブースから聞こえてくるエンジェぅの歌声や楽器の音に気持ちが持って行かれそうになるけど、ナチュさんに睨まれて必死で集中する。
ノートに記されていく。
『不確かな恋愛感情、どれほど愛して愛されても満たされない気持ち、だけど乗り越える。だいじょうぶだよって、言ってやる』
ナチュさんが書き上げてくれたワードを見ながら思う。
整理してみると……客観的にボクとナチュさんで考えてみると、いつも聞いているときは素敵で完璧に見える恋愛が、姿を変える。
感じるのはただただ……エンジェぅの強さと弱さ。
「ただ虚勢を張るだけじゃないんだよね。春灯ちゃんの良さって、なんだと思う?」
「……発信し続けること?」
「ちょっと違うな。それだとネットで呟いている人、みんな春灯ちゃんになっちゃうから。もっと具体的に、差別化してごらん?」
「ん、と」
厳しい責めモードの笑顔じゃなく、子供をあやすように言われるの。
お兄ちゃんみたいだ。だからリラックスできるし、考えられる。
「自分のため、自分みたいに悩んでいる人のために……がんばり続けるところ?」
「そうだね。誰かのためっていうだけなら、それはただの善人で……とかく誰かを責めがちな今の時代、大事にするべきだと思うけどさ。歌詞にしたらちょっと退屈だ。大事なのはさ」
ナチュさんが満たされないという文字にアンダーラインを引く。
「弱さがあって、それに対して答えを出していること。そして、その答えで誰かを殴りつけないことかな。あの子はエッジをきかせて攻めるタイプじゃないからね」
素直に頷く。ボクも……ナチュさんの言うとおりだと思う。
「自分を肯定するのって、傍から見ると守るのに必死みたいに見えちゃうけど。あの子はちゃんと行動してる。そしてそれは……これからどんどん証明されていく」
「……テレビのお仕事、するから?」
「ああ。春灯ちゃんはタフで根性あるからね。高城さんもついているし、大丈夫じゃないかな……なので、肯定するノリは積極的に使っていこう」
ノートに記されていく。びっくりするくらい綺麗な字。
「次の問題。独特な言い回しやフレーズは使用するべき?」
「……ん、と」
実はナチュさんにCDを渡された。必死に聞き込んだ。
歌声は素朴でありふれていて、歌詞もすごくわかりやすい。曲調もすごく馴染みやすいもの。悪く言えば……歌声みたいにありふれている。
すごいストレートなグループ。ライブ動画も探してみたけど、みんな泣きながら聞いているの。
あとは……トシさんのグループ。ボクより大人の男の人が本気で色気を振りまいている歌詞。ちょっと文学的表現もあったりするけど、多様されてはいない。曲が盛り上がるところでだけ独特な言い回しが使われている。
ナチュさんのいるグラスタの新曲も聞いた。ポップな曲調に乗せた意味不明なフレーズが妙に愛らしくて、なんだか口ずさみたくなっちゃう。
そして――……エンジェぅのアルバム。
テイストは全体的にエンジェぅの中学時代のノリ。テーマは様々だった。中学時代のこと、学生生活とか青春とか。英語の歌詞で歌う性愛テーマの曲は、おうちで訳した日はどきどきして眠れなかった。
アルバムを正解と言うのが一番楽だし、間違いない。
だけど、きっと違う。
ボクにしか出せない答えを求められている。
「……表面的なわかりやすさ、きっと、大事」
相づちさえ打たずに、ナチュさんは見つめてくる。
どきどきしながら続ける。
「だけど、へんてこすぎると……とっつきにくいし」
視線をブースに向ける。アルバム曲の練習をしているエンジェぅの歌声を聴きながら考える。
次のシングルのメインは和のテイストをふんだんに取り入れたロック。
これまでいろんなバンドがやってきたことだけど……アルバムにないノリ。エンジェぅがやるのは初めてだ。
勝負曲に違いない。
できれば何度も聞いてもらいたいし、ドーム公演で一番盛り上がってもらいたい曲に違いないから。
「サビとかで、一フレーズ、だけ。思わず言いたくなるようなのがあれば、いいかなって思う」
「なるほど……全体的なノリは? 楽曲のテイストに合わせるべき?」
「ん、と……世界観、統一した方が、わかりやすくなるけど……」
考える。
「まだ探り探りだから、あくまで……言葉自体は、わかりやすい方がいいと思う」
恐る恐るナチュさんを見たら、深く頷かれた。
「なるほど。ツバキの選択はわかった。要望はまとまっていて、明白だ。確認しておこう」
ナチュさんがページをめくる。こないだ会った時に書いてくれた約束事があるの。
『春灯ちゃんの気持ちが乗る曲。お客さんが歌って気持ちが乗る曲』
それが大前提。
「春灯ちゃんのメインターゲットは?」
「……ボクみたいな、生きるのに自信がないタイプ?」
「生きるのが大変だと思っている子だね。トシさんが書いた歌詞を歌う春灯ちゃんに憧れちゃうような、どちらかといえば器用じゃないタイプだ。世間とギャップを感じている子でもある」
何も言い返せない。そのままボクに当てはまることだった。
「そういう子たちが発散できるようなフレーズも出していこう。やることまだまだたくさんあるけど、準備はいい?」
「はい!」
そのために来ているんだ。明日の生放送で仕掛ける。それはもう……エンジェぅの規定路線。
仕上げない限り、帰れないよ!
◆
突貫工事にも程がある。
ブースで練習を終えて外に出ると、ツバキちゃんが真っ赤な顔してソファに寝そべっていたよ。
仕上げた歌詞を眺めてナチュさんはご満悦。
「できたのか?」
トシさんの問いかけに、喜色満面で頷くの。
「可能性ありますよー、こいつは! まあまだまだ練り込みいるんで、明日には間に合わないんで約束通り、英語翻訳お願いします!」
「……しょうがねえなあ」
ナチュさんが差し出したツバキちゃんの歌詞ノートを受け取って眺めるトシさんにくっつく。私も見たいよ!
だけどトシさんは私を肘で追い払って、ノートを掲げるの。子供か!
「だめだ。お前にはまだ早い」
「いやいや! 明日うたうし!」
「無理だ。明日はツバキのために全力だすってことだけ考えろ」
「うえええ?」
「かみ砕くにゃ時間がかかるだろ?」
「……ま、まあ、そうですけど」
「疾走感とライブ感を大事にする」
「……とかなんとか言って、見たくらいじゃ下手丸出しになるから自棄気味に歌わせようとしてません?」
「お、当たり。やるなあお前」
「えへへ……って、だまされませんからね!? 当たって嬉しいなあ、じゃないことくらいわかってますから!」
「はっはっは」
肘で追い払ってくるガード力が意外と高くて戸惑う。くそう。トシさんには敵わないぞ……!
ナチュさんもカックンさんもそうだけど、特にトシさんが私の知らない大人感満載で太刀打ちできない。
「それじゃあ曲も含めて明日まで封印な」
「いやいやいやいや! 昭和とか平成初期の音楽漫画じゃないんですから! 大失敗する予感しか見えないですけど!?」
「いやでも集中できんだろ?」
「そ、そんなあ!」
「おら! ツバキ連れてとっとと帰れ。ガキは帰れ。しっしっ」
「むうう!」
ナチュさんもカックンさんも、笑って見守るだけ。
高城さんに至っては電池切れのツバキちゃんを抱えて移動の体勢に入ってる。
もう、しょうがないなあ!
「覚えてろ!」
「それ、負け惜しみっていうんだぜ?」
「或いは負け犬の遠吠えっすね」
「でも春灯ちゃんは狐なわけで……狐って犬科だっけ?」
「そうか。お前、犬だったのか! ドMっぽいもんな。骨なげたらくわえてきそう」
「しないもん!」
「あははははは! ほら。まわってみろよ。おまわり。できんだろ?」
「しないってば!」
ますます頬を膨らませる私を見て大爆笑するトシさんには、絶対いつか仕返ししてやるんだ!
◆
ツバキちゃんは家に帰るまでの間もすっかりくたびれ果てていた。
ナチュさんが面倒を見ているとはいえ、心配。
膝を貸している私をフロントミラーで見て、高城さんが笑うの。
「がんばっていたよ、ずっと」
「……明日のために?」
「春灯のためもあるだろうし……勉強熱心だ」
「……そりゃあね」
自信を持てる。それについてはね。
「でも……明日まで内緒とかで、本当に大丈夫なの?」
「トシさんたちの判断を信じるよ」
「……それでこけて大変な目に遭うの、私なんだけどな」
「だからこそ、やりがいがあるだろ?」
「言い方の問題とかじゃないから、もう」
ぶすっとしながら言って、だけど納得しちゃうんだから……私も大概だ。
なら、それは置いておくとして。
「明日の海外ゲスト、本当に出演しないかもなの?」
「日本ライブのために来日はしているみたいだ。だけどドタキャン騒ぎなど問題が多い人でね」
「ふうん」
「いつかを思い出すなあ……春灯は知らないだろうけど」
「え? 何かあったんです?」
「何かが起きても、あそこの番組スタッフなら対処できるだろうっていうこと」
「……ふうん」
寝息をたてるツバキちゃんの額に手を置いた。とても熱い。
こんなに頑張ってくれているのに。
「もし、他のアーティストがその枠を自分たちでやりたいって言ったら?」
そしたらだめになっちゃわないのかな。
「ギャラは出ないしリハにも限界があるし、カックンさんのいるアイ以外はライブが遠いからね。それに勢いとしても話題性からしても、生バンドでやる春灯以外に選択肢はないんだ」
「……新人ならこけても痛くないし?」
「裏を読むなあ。まあ……外れてはいないけど。もっと純粋に、番組サイドは春灯に期待しているんだよ」
「……私だって期待してるよ?」
ツバキちゃんの熱を吸えたらいいな。
ぬくもっていく手を左右で入れ替えて、冷やしながら呟く。
「寝て、起きたらその日がくるんだね」
「ああ。気持ちは整ってきたかい?」
「燃えてるよ」
メイ先輩が私にくれた――……小さな太陽。
折れないだけじゃない。尽きない熱情がこの胸に宿っている。
「がんばる!」
「そうこなくちゃ」
高城さんの声に頷いて、深呼吸をした。
車は向かっていく。私の行く先を照らすためにひたむきな子の家へ。
それだけじゃない。それだけじゃ済まない。
スマホを出して見たら、明日の出演呟きに対してたくさんのリプが来てた。
いつも通り前向きなだけじゃない。いろんな意見がある。
でももう、いちいちへこたれない。
膝に感じる熱と重みだけじゃない。練習を積み重ねて、一緒にいる人の顔が私の日常に変わっていくたびに思う。
私ひとりだけじゃないんだって。
旗を手に、私は人々の目の向く先へ行く。
どれほどの人が気持ちを向けてくれるかわからない。大勢に一瞬で嫌われるかもしれない。
構うもんか。
私は選んだ。だから子供の頃からあった番組に挑む。そこに迷いはない。
気持ちならもう――……とっくの昔に戦闘モードだ!
◆
たっぷり寝て、学校の空き時間に送られてきた歌を必死に聴いた。
トシさんが送ってくれた歌詞を何度も読んだ。訳すなぶっころす、というありがたいメッセージつきの歌詞を何度も口ずさんだ。
ぴりぴりしちゃっている私を、九組やノンちゃんたち友達のみんな、なによりカナタはそっとしておいてくれた。
ただ……気持ちを向けてくれるだけ。がんばれって。それだけで十分。
高城さんの車に乗って、スタジオへ行く。
控え室に入って、荷物を置いて。新人らしくリハを頑張って、挨拶まわりをして――……目まぐるしく過ぎていく。
サングラスの似合うかっこいいおじさんと綺麗なアナウンサーがいるんだ。そして始まっちゃうんだ。そう思うと不安でしょうがなくなってくるけど、
「いやー。久々だわ、俺」
「僕は先月ぶりぐらいですかね」
「お前んところはいいよな」
「妬かないの。トシさんだって何度もここで伝説つくってるでしょー」
「過去の栄光だよ」
挨拶に来てくれたナチュさんがトシさんが和気藹々って感じで話しているの。
カックンさんはグループの控え室だ。同じ会社のマネージャーさんもついている。
私以上にぴりぴりしていたから、挨拶もそこそこに出てきた。
実感せずにはいられない。
見下ろした手が震えていた。
ゲリラライブの時とはまた違う緊張。
今日いるのは、プロだらけ。その視点から私は見られてしまう。
お客さんとは違う厳しさの中へ行く。どれほど戦闘モードでも、怖いものは怖い。
どうしようって思った時だった。手をきゅっと握りしめられる。
「――……だいじょぶ」
ツバキちゃんだ。笑ってくれている。けど繋いでわかる。ツバキちゃんの手も震えている。
「みんなで、怖いの。そうしたら……笑えちゃうかも」
「変なの」
笑っちゃった。
「でもそうだね」
深く息を吸いこんだ。
「トシさん、緊張してますう?」
「はあ? 舐めた口きいてるとケツ叩くぞ」
「こわっ! っていうかトシさん、いつも思うけど私に容赦なさすぎでは」
「ガキは嫌いなんだよ」
「ひどい!」
「ああ、訂正する。お前の歌は好きだ」
「むう」
「ガキじゃないところ見せてみろ」
「余裕ですし!」
虚勢だろうがいくらでも張ってやるんだ。
「ありがと、ツバキちゃん。私、だいじょぶだ」
私からも手をきゅっと握って笑ってみせる。
「青澄春灯さん、お願いします!」
声を掛けにきたスタッフさんに頷いて、鏡を見た。
衣装を着ている。メイクも髪もばっちり。中学時代に夢を見た姿よりも輝いていて、だけど圧倒的に現実。
金髪の私は整えられた衣装に負けていない。それだけは自信を持って言える。まあ、メイクさんたちが褒めてくれたからっていうのも大きいですけどね!
「……高校デビューのつもりが、流れ流れて歌手デビュー。何が起きるのかな」
笑顔は私のよくしる顔。へんてこに歪んでも、我ながらどうかと思うほどひどくなってもいない。
安定の……狸顔の丸顔で、さらにどや顔。
うん……やっぱり、私だいじょうぶだ。
「いってきます」
ツバキちゃんに手を振って、歩き出す。
トシさんたちがそばにいる。
スタジオへ行こう。
何が起きるかわからない。
観客がいて、出演者がいて、ひょっとしたら様々な思惑が支配しているかもわからない。
だからこそ、今から行く場所は邪の渦巻く戦場に違いない――……。
『――ススタンドのみなさん! そしてアイSMILEのみなさんです! そしてそして! 青澄春灯さんです!』
歓声が渦巻いてくる中、マイクを手に向かう。
ライトを浴びながら――……あの階段を下りるのだ。
つづく!




