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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十四章 歌手デビューは百難くるの?

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第三百七十六話

 



 仕事の話は基本的に機密事項なんだから、ほいほい人に話しちゃだめだよって言われても、たとえばカナタには言わずにはいられないし、テレビに出るならうちにも連絡したいしで、さじ加減が難しい。

 高城さんに許可をもらって帰りの車移動中に実家に電話したら、お母さんの話がまあ長いし!


『――でね、アンタのCD、ご近所さんに配り歩いているの』

「ちょっと! やめてよ、はずかしいなあ!」


 顔から火が出るやつだよ? それ。


『サインも書いてっていう人がいてね? 色紙かっといたから!』

「テレビの話するだけだったのに、仕事増やされてる……そういう、仕事以外の話でなにかないの?」


 ぶすっとしながら聞いたら、返事がない。


「お母さん?」

『……ううん、まあいいわ。いい? 仕事を始めて稼ぎだしたからって、羽目を外して緋迎くんと生でしたりしちゃだめよ』

「ちょっと! 高城さんの車で移動中に生々しいこと言わないでよ!」

『ぜったいだめよ!? 水物の仕事で家庭を持つなんて、アンタには千年早いから! 彼が就職するまで待ちなさい。特に稼ぎ時の今は絶対にだめだから……いいわね?』

「わ、わかってるよ! 気をつけてるし、それは変わらないし!」

『心配なのよねえ……』


 もうやだ。まあ心配なのもわかるけどさ。


「ぜったいしないってば」

『まあアンタより彼の方が百倍しっかりしてそうだけど。でも……男の子だから、タガが外れる時があるの。それが男の性欲ってものなんだから』

「わかったから! 他に話はないの!?」

『よろしく伝えといてね』

「他には!?」

『あ、お母さん子供できたかもしれないの』

「――……ほんっと、お母さんの自由さが羨ましくなるときがあるよ」


 娘にはさんざん言いたい放題いっといて、自分はそれとか。


『むすっとしないの。アンタと違って私は専業主婦にまた戻る予定。羨ましかったら、あと十年待ちなさい』

「……なぜに十年」

『世間から女の子として認めてもらえる時期には限りがあるの。十年くらいして、しっかり成長してれば胸を張って家庭が持てるわよ』

「夢がない」

『現実の話よ。男女差別だなんだかんだいうし、仕事人として女子の幸せとかいうけどね。まだまだ面倒くさい人が多いし、女子が一人で働くには生きにくい世の中なのは事実なんだから』


 ますます夢がない。


『その時々の生きやすさってものがあるし、そういう意味でもアンタが子供なんて早すぎるの』

「……わかってるってば。高校生で母親やれるほど、私はタフでもしっかり者でもないですよ」

『それがわかっているならいいわ。じゃあね。お腹だして寝るんじゃないわよ?』

「わかってます! おやすみ!」


 むすっとしながら電話を切ると、高城さんが笑うの。


「前に契約まわりでお会いしに行った時に話したことあるけど、春灯のお母さんってパワフルだよね」

「容赦がないだけですよ」


 私がカナタに対して積極的だからって、人生設計のダメだし山ほどするし。

 まあ……お母さんがあれこれ厳しく言ってくれるからこそ、私も気をつけなきゃって自分を戒める部分が山ほどあるから、一口に文句も言えないんだけどさ。


「まあでも……春灯が歌手デビューしていなかったとしても、お母さんの意見には賛成かな」


 高城さんまで同じこというのか……。

 しょんぼりしながら呟く。


「子供、だめですかね。二人とか三人くらい欲しいのですが」

「子供がだめなんじゃないよ。時期っていうか……責任能力の話だね。育てるの、ほんとうに大変だよ。命を育てるために必要な社会保障とか、パートナーとの関係性とかね」


 渋い顔をする高城さんを見た。


「高城さんちは? 子供いないんです?」

「うちの奥さんに、厳しくパパ・スタディされてる。その許可がでないと許さないって断言されてるな」

「えと……ぱぱ・すたでぃとは?」

「うちの奥さんが言っているんだけど、要は子育てについての考え方を教えられているんだ」

「……ほう?」

「育児っていうのは本来、どちらか片方が一方的に負担するべきことじゃない。けど働いていると、どうしてもおざなりになりがちだ。共働きならきついし、そうじゃないと」

「……奥さんに負担がいきがち?」

「旦那に理解がないと、そういうことになって……女性からしてみれば、まさに地獄みたいだね。そして、そういう瞬間に夫は妻に負債を抱えさせてしまうんだってさ」

「か……漢字がいっぱいでてきたよ?」

「早い話、結婚は離婚で終わらせられるけど、子供はそうはいかないだろう?」


 う、うわあ。現実的だし生々しい!

 けど、でもそうだね。そういうこと考えなきゃいけない問題なのか。そっか……。


「子供を産んだら、心健やかに成長するまで面倒をみて、社会に出るまで育てる義務がある。そのための人生設計がいるし、そもそもはじめての育児は失敗しまくると思うんだよ」


 さすがにパパ・スタディ受けてるからなのか、私の身近にいる誰より生々しい……!


「子供を育てててんぱって、できた親になれるだろうか。いや、なれないっていうのがうちの奥さんの意見なんだ」


 なんだろう。元アイドルなんだよね?

 びっくりするほどしっかりしていらっしゃるのでは?


「俺は早く欲しいんだけど。まだまだ心構えが足りないみたいだから、頑張っているっていうわけだ」

「……大変なんですね」


 実際にカナタと私に当てはめて考えてみると、わからないことしかないや。

 なるほどなあ。お母さんも私の話を聞いて心配するわけだね。実感しかない。


「お互いの協力が大前提だし、二人でやっても山ほど失敗するだろうね。それでも二人で乗り越えていかなきゃいけない」

「仕事しながら、食べていきながらってなると地獄のようですね」


 久々に心が折れそうです。

 しょんぼりする私に高城さんが笑う。


「まあ、だからちゃんと準備をして、つらいことがあっても乗り越えられる流れを自分たちの中に山ほど作っていこうって話になるわけさ」


 それだけ聞いたら、恋人同士の心構えの一つのようだけど……抱える責任の大きさが全然違う。そしてどれだけ準備をしても、しすぎるっていうことはないのかもしれない。


「若年での結婚、十代の出産。それでちゃんと子育てしている人も中にはちゃんといる。それを否定することはないし、するべきでもない。けれど……」

「基本的には責任をまっとうできるようになってから、かあ」

「それを教えたいんだよ、きっと。お母さんはちゃんと春灯を育てている最中なんだ」

「……今日は高城さんにも育てられている気がします」

「あはは! まあ……ロック歌手の生活が破天荒だと、傍から聞いている分には面白いけどね。子供だけじゃない。自分もパートナーも、命の責任を抱えるなら逃げ出さずに幸せにしてもらわなきゃ困る」

「……うん」


 具体的な単語は出さないだけで、人並み外れた人生を歩んで身を崩す歌手の伝説をいくつか知っている。私はそういう風には生きるつもりない。ちゃんとしたい。できる限り。

 子供の問題も一緒。

 だから意図しない結果にならないよう、配慮しているよ。

 あまあまはそりゃあ、できるかぎりするけど。それとこれとは別って感じですよ。

 私もカナタもちゃんとしているつもりなんです。これでも、一応は。

 それはこれまでもこれからもずっと変わらないことでもあるの。


「恋をするのはいい。山ほどしていい。気晴らしに行きずりの相手とセックスするのも、それはそれで人生の楽しみかもしれない。独り身ならね」


 不意の言葉は達観したものだった。少なくとも私みたいなのほほんとした高校生に言えることじゃなかった。


「けどね。人生を築くなら、取れるべき責任をまっとうできる相手をちゃんと選ぶべきだし……自分の人生の選択に、責任を持つべきだと俺は思うよ」

「……ん」

「責任を取れないことは、するべきじゃない。痛い目を見るのはいつだって、自分であり……大事な誰かなんだから」


 スマホを取り出す。

 無性にカナタに甘えたくてたまらなくて。

 その選択に私は後悔しないだろうという確信しかないけれど。

 カナタもそうだと心の底から思ってくれているけれど。

 他はどうだろうか、と考えた。

 ツバキちゃん――……マドカやキラリたち、学校のみんな。それにトシさんたち……。


「私のマネージャーをやること、高城さんは納得してるの?」

「春灯の責任なら喜んでとるけど。だからこそ言わせて」

「……なんです?」


 不安になっている私に高城さんは笑って言うの。


「春灯に子供はまだ早い。彼氏と愛し合うのは止めないけど……大人として言わずにはいられない。避妊はしっかりするんだよ?」

「もう! わかってるってば!」


 ぶすっとしながら二の腕を叩く私を高城さんが笑う。

 いつものようにいてくれて、まあ内容は過激だけどね。

 心配してくれてはいるんだ。

 それは翻せば、危ないと思われているからに違いない。

 私はお母さんも高城さんも安心させられていない。カナタ相手ですらそうなのかもしれない。

 気を遣っているだけじゃ足りないのかな。それじゃ、失敗していないっていうことしか証明できないのかな。

 悪魔の証明のような気もするけど。信頼してもらうためには、私が失敗し続けないことしかない。その時点で険しい道になってません?

 ううん。ちゃんと話し合って考えを伝えた方がいいのかなあ。

 ただ怒るように言い返すだけじゃなくて。

 硝子越しに自分を見ていたら、悩んでいるのがばかみたいに思えてきた。

 抱え込んでいてもしょうがない。


「……カナタ、たぶん侍になるつもりなの」

「うん?」


 運転しながら相づちを打ってくれる高城さんに言うの。


「シュウさん……お兄さんや、お父さんみたいに強い侍になりたがっていると思う。就職するとなると、大学を卒業して就職することになるかなあって」


 それは、私なりの人生設計。


「そしたら……結婚して、身を固めて。落ち着いたら、子供を作る。そういう道のり……長くて、何が起きるかわからないけど。そういう流れかなって」


 目を閉じる。深呼吸をした。


「私は……私も侍になりたい。だけど歌手をしながらだと、どうなるかわからない。歌うのは好き。だけど、手にした刀を捨てられるはずがない」


 夢は現実になって、私の一部になっているのだから。


「それでも、探していく。どっちもやっていける道を。カナタと私の人生が落ち着くまで……そりゃあ、えっちなことはするけど。子供つくるのは、まだとうぶん先だって決めてるよ」


 目を開けて、恐る恐る隣を見た。高城さんは微笑みながら聞いてくれていた。


「ちゃんと考えているんなら、それを……彼氏のカナタくんと、お母さんにくらいは話してもいいんじゃないかい?」

「……うん」


 頷いた。

 話さずにいた曖昧なものを、言葉に代えて具体的にする。

 歌詞を作る仕事みたいな流れだ。

 なんだ。カナタに甘えたいだけじゃないんだ、私。

 ツバキちゃんとも話したいんだ。

 私の気持ちを形に変えるために、一生懸命な子と……ちゃんと話さなきゃ。

 そのためにも、まずはカナタからだ。


 ◆


 寮に戻ってカナタに説明したよ。

 そしたら、ちゃんと真面目に聞いてくれたの。


「――……夢、か。進路ね。確かに考える時期に入ってきた」


 ソファに腰掛けて、カナタは壁を睨んでいるの。

 不安が顔を覗かせる。じっと見つめる私に気づいて、カナタは苦笑いを浮かべた。


「真中先輩たちの……南隔離世株式会社だったか。あそこも悪くはないのかもしれないと思い始めているんだ」

「え……侍になるんじゃないの?」


 わりと地味にショックな新事実なんだけど! 話しあったの初めてくらいの衝撃!


「ミツハ先輩からいろいろと教えてもらっているんだけどな」


 しかもわりと前から着実に考えていたっぽい!?


「従来の侍や刀鍛冶にとらわれない可能性を模索し続けている」


 やっぱり前から考えていたんだ……! 私はそれを、見抜けなかった……!

 まあ言ってくれなきゃわからないけれども。

 なんてこった。これは高城さんちばりにちゃんと話し合うべきなのでは!


「こないだ、住良木の会社の人間と一緒に世界的な興行団や歌劇場に営業に行ったらしい」


 そう語るカナタは楽しそうだったの。

 もっと聞きたいなあって思うもの。


「霊子を操り、物質を変換する力。能力のある刀鍛冶に許される奇跡の力――……それはもっと、活用できる。鍛錬する俺たちの可能性がまだまだ眠っているんだ」

「……大学、は?」

「行くよ。今の三年生たちのようにな……けど、警察には兄さんがいる。無理に後を追いかけて変に歪むより、俺は俺の道を探したい」


 それから私を見つめて、申し訳なさそうに顔を歪めるの。


「すまん……いつか話そうとは思っていたんだ」

「それは……べつに、いいんだけど」

「俺の道を探そうと思ったのは、春灯と出会って……いろんなことがあったからで」

「それも、べつにいいんだけど。なんとなく、わかるし」


 ただ、驚いたの。

 その驚きをどう扱えばいいのかわからなくて、戸惑っているだけなの。


「ルルコ先輩の会社、どう……なの?」


 先輩たちがんばれーっていう、そういう次元の話じゃなくなってくるから、確かめずにはいられなかった。


「警備に限らない。いま春灯の芸能会社から大きな案件が舞い込んできているみたいで、それ次第で大きく変わるだろうって」

「……そっか」


 大きな案件ってきっと、私が司会をやるあの番組のことだ。

 ってことはじゃあ……まだ、先行きがわからないってことじゃないか。


「二年生の進路に大きく影響を与えるだろう。今後の侍の人数増減にさえ、な」


 そこまで言われてやっとぴんときた。

 ああ、だから……警察から要請があったんだって。

 ルルコ先輩の会社が盛り上がるほど、侍や刀鍛冶の就職先が増えるかもしれない。

 警察の侍事情が変わるかもしれない。

 矛盾してみえるのは、侍候補生や刀鍛冶を増やすための施策がそのまま、ルルコ先輩の会社に流れていっちゃいそうなところだけど。

 考えてみれば、シンさんたちが起業して民間の警備会社ができたわけで。業務を分担するとか、いくらでも対処しようがある気がする。

 それに就職っていう意味なら、公務員っていうだけで強いし。警察に対しては危惧するほどじゃないかもしれない。少なくとも私よりはシュウさんの方が何倍もうまくちゃんと考えているはずだから。

 にしても、そうかあ。問題は……むしろ、私たちの将来なのか……。


「カナタは公務員にならないのかあ……」

「そこまで不満か?」


 カナタはどうやらまだわかってないっぽい。

 高校生男子の夢っていうだけで止まっちゃうの、仕方ないことなのかもしれない。

 私はたまたまお仕事はじめたから、それで考えちゃうだけなのかも。

 だとしても、言わなきゃいけないこともあるよなあ、と思うわけですよ。


「ルルコ先輩の会社はどこまで安定するのかな、と思うと不安です」

「お前がそれを言ったらはじまらないだろ。看板せおっているのは、春灯なんだから」


 私頼りか……そっかー。


「……おもたいなあ」


 基本的にカナタのこと、ぜんぶ大好きなんだけど。

 おそばといいシュウさんと揉めていた時といい、カナタは意外と自分の目的に夢中になって現実を忘れちゃう時があるみたいだ。

 だからってそのまま伝えても届かないんだろうなあ。

 シュウさんの時みたいに乗り越えられる流れにするために、私はいったい何をすればいいのかな。


「できることは、なんでもするから。仕事にしたって、受注に繋がれば展開が見えてくるって言っていたしな」

「ミツハ先輩が、でしょ?」

「弟子入りっていう形になりそうだが、少なくともビジョンは明確だと思う」

「横文字あんまり好きじゃない」


 ぶすっとしながら、ソファに横になってカナタの膝に頭をのっける。


「……不満をもたせてすまない」

「ううん。私もうまく伝えられてないし……まだまだ子供なんだなあって実感しただけ」


 そもそも、自分も仕事と進路を具体的にできてないもん。

 流れにのって、好きだから歌手になって。でもそれだけじゃうまくいかない瞬間がきっといつか訪れるに違いない。

 カナタのしょんぼりポイントを見つけたからって、自分のしょんぼりポイントを棚上げするのもなんか罪悪感あるしなあ。

 高城さんが言っていたように、私たちがどう乗り越えられるようになるかでしかないんだ。

 切りかえていこう。私はカナタと生きていきたいんだから。


「……でも、じゃあ。究極的には変わらないね、人生設計。仕事をして、生計を立てて……家族になるの」

「そうだな……雑に捉えず細かく捉えた方が失敗した時にうまく対処できるのかもしれないな」


 そこまで言ってから、カナタは呟いた。


「なるほど、だから不満なのか。俺が公務員じゃなくなるから」

「まあね。あんまり稼げない時がくるかもしれないし」

「まだまだ興したてだからな……そして、春灯頼りっていうんじゃ……そりゃあ、情けないな。やっとわかった。本当にすまない」


 わかってくれたなら、それでいい。そういうところも好きだし。


「いーよ。私も……そこから先は、まだ全然見えてないもん」


 深呼吸をした。


「……高等部を卒業したら就職するの?」

「ミツハ先輩には声を掛けてもらっている。俺も……並木さんたちも」

「そっかあ……」


 見上げる顔は、学生の顔でしかないはずなのに。

 変わっていくんだなあ。

 まだまだだめなところのある私たちだけど。

 学生でしかなかったはずの私が歌手になるんだから、カナタだって変わっていく。

 無垢なままではいられない。

 生きていくために。戦いの場へ行かなきゃいけなくなるかもしれない。


「……子供、欲しい?」


 囁く。最終的に一致してほしくて、だけどいま聞くには明らかに勇み足の問いかけを。

 私を見下ろして、カナタは冷たい手を私の額に置いて頷いた。


「安定したら……ちゃんと育てられるようになったらな。高校生の……違うな。勉強不足の俺にわかるのは、今じゃないっていうことだけだ」

「……そのためになら、勉強できる?」

「春灯と生きていきたいから。するよ……いくらでも」


 微笑む顔を上目遣いに見つめる。


「家事もする?」

「甘え方。そもそも何気なしにいつでも分担してきただろう?」


 むう。流れでいけるかと思ったのに!


「わかってるよ。でも夏休みは、気づいたらほぼほぼぜんぶ私がやってたし」

「……反省している。だがコバトたちと一緒に、できる限り手伝っただろう? ご飯とか」

「だからって作ってくれるご飯が高確率でおそばだったのはちょっと」

「……好きなんだよ」


 あ、ふてくされた。いけない、いけない。さじ加減だいじ。


「おいしかったけどね? でも、できれば毎日ちがうご飯たべたくない?」

「自分でやってみて実感してないか? その大変さを」

「むっ」


 意外と関心ひくいのかな?


「でも、食べたいって思うからがんばるし、喜んでくれて興味をもってくれた方ががんばりがいがあるわけで」


 どんどんむすっとする私に気づいて、カナタがすかさず言うの。


「春灯の手料理はどれも大好きだぞ?」


 最初にそれを言って欲しいなあって思いながら視線を送ると、苦笑いされちゃいました。

 だからってめげないけどね!


「どれもっていうのがハードルなんです! 具体的に褒めてくだしい! たまにでいいから! 昨日みたいなノリで! プレッシャーにならない程度に!」


 私の主張にカナタは呆れたみたいに笑った。


「具体的に、か……少しだけ父さんの大変さが身に染みるな。母さんと話があうと思うぞ」

「サクラさん料理上手だもんね……ママンハードル高し」

「なんだそのハードルは。そうじゃなくて、母さんがよく父さんに言っていたよ。同じ事」


 料理担当の人が誰もが苦しむ問題なのかな。どちらにせよ、


「おそばでいいカナタにはわかんないですよ……」


 ぶすっとしながら、カナタのお腹に顔を埋める。


「おそばに染まったこの私を慰める人はもういない」

「怒られるからよせ」

「はあい」


 ごろごろ寝ている私の不満に苦笑いをして、カナタはそばに立てかけてある刀を手に取った。手入れを始める気だ。真面目なところは大好きなんですけども。

 こういう……ちょっと特別な姿勢でいるのに、私スルーなのはちょっといや。


「……カナタは私にむらむらしたりしないの?」


 むすっとする私にカナタが肩を竦めた。


「昨日たっぷりしただろう?」

「男子高校生の性欲おとなしすぎませんか」

「女子高生の性欲はげしすぎないか。そりゃあ……むらむらするけどな」

「するんだ」


 どやる私にカナタが呆れるの。


「だからって……いつもじゃ疲れるだろう? 春灯が疲れるなら、仕事が一区切りつくまで我慢するぞ? 俺は」

「別に疲れないですしい」

「……本当みたいで怖い」

「私のせいみたいに言ったって逃がさないですよ!」


 にらみ合いながら、思った。

 確かに付き合ってから時間経ったんだなあって。


「前なら絶対、こういう話ちゃんとしなかったよね」

「よくもわるくも、距離が近づいた証拠かもな」

「じゃあねえ……近づいたなりに、たまにはがんばっちゃおっかな。逃げたくなくなるくらい……溺れさせちゃいますよ?」


 いそいそとズボンに手を掛けると、カナタがため息を吐いた。


「いいから、そういうのは」

「きらい?」

「どちらかといえば好きだけど……悪いことをしている気持ちになる」

「私がいろいろするのも好きだよ?」

「さっきの俺の失言もそうだけど……こちらから甘えたくなるの、お前から見て情けなくないか?」


 かっこつけたがりなんだからなあ、もう。いいのに。二人でいる時くらい。

 将来設計なら人生かかってるからちゃんとしてってなるけど。カナタだけじゃなく、私もね?

 でもあまあま絡みなら、むしろ弱みを見せてくれた方が私は嬉しいけどなあ。


「そんなことないと思うけど。後ろめたいなら、その分あとで頑張ってくれれば嬉しいし」

「……やる気だな」

「むしろカナタがその気になってくれる方が嬉しいし?」

「わかった。わかったから」


 ふふー、と笑う私にカナタは刀を置いて、観念したように呟くの。


「せめて、歯は立てないでくれよ?」


 その言葉に私はドヤ顔で言いましたよ。


「ちょっと自信ないです!」


 ◆


 翌日の学校、昼休みに私は中等部に行ったの。

 待ち合わせをしてね。

 高等部と中等部の境目にあるお庭のベンチに座っていたら、女子の制服姿が破壊的に似合っているツバキちゃんが走ってきた。

 急がなくていいのに、隣に腰掛けて呼吸を整えたツバキちゃんが不安そうな顔をする。


「エンジェぅ……くび?」


 いきなりそこまで不安がられちゃう!?

 どれだけ厳しい指導を受けているんだ……!


「そんなこと絶対ないから。ただちょっと、ツバキちゃんの様子を見たかっただけなの。仕事、どんな感じ?」

「……ん、と」


 スカートのポケットから出したスマホを渡される。

 画面に映っている。私が送った文章をツバキちゃんが直す作業ノートの写真。

 ナチュさんたちのツッコミとかも書き込んであって、ごちゃごちゃしてる。

 それだけツバキちゃんが苦しんでいるっていうことなんだろうね。


「……たいへん」

「みたいだね……何か手伝えること、ない?」


 私の問いかけにツバキちゃんが顔をあげて、うるうるした目で私を見つめてくる。

 激情が眠っている気がして思わず身構えた時だった。


「あ、の……ナチュさん、言うの。エンジェぅの、心の奥底。一番わかるのはボクだって」

「うん……そうだね」


 確かにその通りだと思うから素直に頷いてみせると、ツバキちゃんは意を決した表情を見せた。


「愛の歌。緋迎先輩との、こと。もっとちゃんと、知りたい。じゃないと……書けそうに、なくて」


 今の素材じゃだめってことだし、それも納得。

 なにせ原文はツバキちゃんの私への思いノートを見た後に書いたんだもん。

 気を遣ったし、それじゃ私の本質は伝え切れてないわけで。

 どうしたらいいんだろうって悩む。

 ありのまま伝えるのは、傷つけちゃうかもしれない。

 だからって伝えなきゃ仕事にならない。


「……教えて、ほしいの」

「ツバキちゃん……」

「ボクにしか、できないこと。ちゃんと、やり遂げたい!」


 泣きそうです。ほんともう、健気すぎない? だいじょうぶ? 私でいいのかい? って言わずにはいられないよ!

 そんな私の気持ちさえ、ツバキちゃんはわかっちゃうに違いない。


「エンジェぅは、憧れ……ボク、エンジェぅの輝き、みんなに届けたい。それができるお仕事……誰にも渡したくないの」

「――……そっか」


 執着の先にある強い衝動。

 私絡みだというだけじゃない。ツバキちゃん自身の強い願い。

 覚悟はもうとっくに決まっているんだ。

 淡い気持ちがどうとか、そういう次元じゃとうになくなっている。

 現実の仕事であり、なにより夢そのものなんだ。

 それに変な気を遣う方が……よっぽど失礼だ。なら、私も覚悟を決めるよ!


「よし。じゃあ一緒にはなそっか。なんでも言うし、なんでも聞いてね?」

「ん!」


 うなずいて、スマホを下ろしてポケットからメモ帳とペンを出した。

 さすが新聞部! 取材の準備は万端なんだね。

 めいっぱい息を吸いこんで、それから話し始める。


「まず、出会いから話すね? あれは、刀鍛冶を決めるためのイベントだったかな――……」


 ◆


 話しても話しても、時間がいくらあっても足りないね。

 だから要点をしぼった。私とカナタにとって特別大事なこと……二人の抱えている不安や未来についても。

 今日はトレーニングの日だから、高城さんにお願いしてツバキちゃんに同伴してもらった。

 ツバキちゃんもナチュさんたちに会いたかったみたいだし、ちょうどいいやって割り切る。

 ひとしきりお話してからスタジオに行くツバキちゃんと一端お別れして、私はボイトレへ。

 トレーナーさんにめちゃめちゃ怒られながら特訓したよ。

 技術が圧倒的に足りなくて、理論構築もできていない私は怒られることの方が圧倒的に多い。

 怒るのが仕事だ、とまで言われちゃうから、音楽系の人ってなにげにスパルタじゃない? それとも私のトレーナーさんが厳しいだけなのかなあ。

 とにかくひとしきり終わって、汗を拭いつつ会社のスタジオに顔を出した時には夜遅く。

 ツバキちゃんはナチュさんとマンツーマンでブースの外で話し合っていた。

 獣耳を立てようと思ったら、トシさんに呼ばれたの。


「春灯、ちょっとこっちこい」

「はあ」


 手招きされて、ブースの中に入る。

 カックンさんと目配せしたトシさんが、なにやら神妙な表情をしている。


「あっちが詰めている最中だからな……邪魔はしたくねえ」

「はあ」

「とはいえ……ツバキから聞いたぜ。お前の話。それを今あっちで詰めている最中だ」

「……え、と?」


 話の向かう先がわからず、不審に思って首を傾げた私にトシさんは言ったよ。


「明日の番組、面倒な海外ゲストが来るみたいでな」

「はあ……」

「ドタキャンもあり得るって話だ」


 そ、それって大問題なのでは? 番組的に厳しすぎるのでは? っていうかなぜ呼んじゃったし。


「一発、仕掛けるぞ。お前の新曲でな」

「……新曲って。え? だって歌詞も曲もまだできてないはずで」

「歌詞はいま作ってる。曲もさっきやっと区切りがついた……こう言うのは癪だが、社長に言われて全力疾走だ。おかげでくたばりそうなんだが、ぶっ飛んだのができた」


 てんぱる私に、トシさんは運命を告げる。


「明日、一曲ジャックする。生放送で、俺たちのすべてでぶちかます。覚悟はいいか?」


 それはきっと、避けられない未来に違いない――……。




 つづく!

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