第三百七十五話
高城さんとの電話で「社長の無茶ぶりの詳細は出先で」と言われたの。
社長の無茶ぶりってなんだろうね? こと日常におけるタマちゃんと十兵衞の放置っぷりはなかなかのものです。二人とも気ままに過ごしているんだろうし、お姉ちゃんもあんまり構ってくれない。
『おいこら。勝手に我を薄情者にするな。カナタの指導をしてるんだ』
ほんとにい?
『他にもあるが、言わん。今ので言う気が失せた』
お、お姉ちゃん! へそを曲げすぎなのでは?
『やーだねー。絶対、言わないもんねー』
くっ……小学生のトウヤでももう少しマシな煽り方するよ!
『はいはい。じゃ、そういうことで』
マイペースか。まったくもう。
高城さんの運転する車に乗って、日記帳とにらめっこ。
あれこれ指示される内容を必死に書き込むのだ。主に今日のスケジュールについてね。
待って? 私の仕事、突発的すぎるのでは?
もっと綿密なタイムスケジュールなのが芸能界の基本なのでは?
知らないけど。歌手になったのに知らないけど。
……私、だいじょうぶ?
「春灯、聞いてるかい?」
「な、なんでしょうか」
「今日は直で局に行くよ」
「……なぜに?」
「テレビの仕事があるからだよ。日記帳を見ていたんじゃないのかい?」
「うっぷす」
あわてて日記帳を見る。書くのに必死で頭に入ってこないんだもん。手のひらサイズの日記帳が赤ペンで真っ赤だよ?
「今日のお仕事は?」
「打ち合わせだ。社長チョイスの仕事が多いから、気をつけていこう」
「……無茶ぶりたくさんな予感」
「最後のが一番おおきい本命だから、気を引き締めてね」
「うええ」
気持ち悪くなってきた。
歌手だけじゃ済まされない勢いで、放課後に容赦なく詰め込まれるスケジュール。
おかげで部活どころじゃないし、休みが早く欲しい……けど忙しくなるばかりなんだ。はあ。
「なにするんです?」
「まあ……それは行ってからのお楽しみかな」
「え。まさかの先送り?」
「そういう言い方をしないの」
高城さんのおかんスキルが発揮されて唸る。よくこうやってお母さんみたいに叱ってくるの。
はあ。気が休まる暇がないよ。学校がいちばん居心地いいもん。
『ちゃんと仕事しろよ。対価をもらうんだからな』
こういう時だけお姉ちゃんがうるさいし。
だいじょうぶ、わかってるよ!
お仕事ばりばりするもんね! ドーム公演のためなら、なんでもこいだ!
◆
局のスタッフさんにご挨拶する機会がとびきり増えて実感したことがある。
私はどうやら人の名前を覚えるのが苦手だ。そんな悲しい事実を実感する。
うちのクラスにしたって白井くんたち残念3や犬6の名前、頭に入ってないもんなあ。岡島くんや茨ちゃん、井之頭くんも名字だけだし。ぐぬぬ。記憶力よくなりたい。
高城さんに引っ張られて、会議室に通される。
その瞬間にはもうきりっとしていなきゃいけない。忙しいってほんっと大変!
『しゃんとせんか』
タマちゃんに言われてきりっとする。
「失礼します」
頭を下げて、急いで案内された椅子に腰掛けた。
頭が熱い。パンク寸前。誰か助けてくだしい、と泣きつきたい気持ちで顔をあげると、向かい側に社長がいた。なんで。社長なんで。
「それじゃあよろしくね、城戸ちゃん」
「ええ。ええ。今回の企画は肝いりですからね。どーんと任せてくださいよ!」
見知らぬひげ面のおじさんがぺこぺこして社長を送り出して、それから会議室を見渡した。
そばに高城さんがいてくれるから、まだなんとか堪えられているけど……知らない顔だらけに違いない。
人見知りしたくなって俯く。
「はじめまして、番組制作プロデューサーの城戸アキラです。今回、お話をいただきまして、侍候補生たちを主体にした番組を予定しています」
……わっと?
「青澄春灯さん、はじめまして」
「は、はじめまして」
「あなたには総合司会を務めていただきたいと考えています」
「――……え、ええと」
理解が追いつかない。
「いま、なんと?」
「総合司会です」
「え、と」
思わずふり返って高城さんを見たら、笑っているだけ。でも目が言っている。いまは先方の話を聞きなさい、と。
急いで制作プロデューサーの城戸さんに視線を戻す。黙り込んでいるみなさんの空気に気づいて、あわてて立ち上がって挨拶した。
「あ、青澄春灯です。歌のお仕事はじめました。突然のことで驚いてますが、よろしくお願いします」
って言えちゃうようになっちゃった。
打ち合わせの連続で、経験のたまもの。積み重ねは人を作るのです。なむなむ。
っていうか言っといてよ! 高城さん! 私なにもわかってないよ!? 普通こういうのって前振りあるでしょ! 個別でご挨拶したりしておくものでしょ! もう!
「急に決まったプロジェクトですが、青澄春灯さんをはじめ……侍候補生という一部の日本の高校生、大学生たちはとても不思議な力を持っているそうです」
城戸さんがぶれずに力強い声で説明する。
「容姿だけに留まらない彼らの能力を発掘し、お茶の間に届ける。そのための番組であり、今回は住良木財閥よりかなりの出資をしていただく予定です……姫宮さま」
呼ばれた名前にびっくりして、あわてる私の右手からすっと一人の男性が立ち上がった。
思わず目を見開いたよね。くわって。だってさ。
「どうぞ、みなさんのお力を借りて番組を盛り上げていただけたらと思います。よろしくお願いいたします」
深々とお辞儀をするその人を私は知っている。
姫宮ランさんのお兄さん。日本でもとびきり儲かっている住良木財閥の本社で働くやり手のお兄さんだ。
席に座って私にウインクする。レオくんのように優雅で、レオくん以上に決まっていた。痺れてしまう私です。
ところでわりと不思議な席順じゃない? そもそも出資者が顔をだすって不思議じゃない? そうでもない? だいじょうぶ? だいじょうぶなのかな。
はらはらする私を含めた全員に城戸さんは言うの。
「今回は青澄春灯さんが所属する事務所の全面バックアップをいただいて、人材発掘をしていくと共に、これまでにない企画に精力的に挑戦していきたいと考えています」
スタッフの一人が恐る恐る手を挙げて尋ねるの。具体的には? って。
城戸さんはぎらついた目をしながら笑う。
「昨今、厳しいご意見をいただき萎縮しがちながら……才能とバトル、或いはのんびりとした豪華な日常コンテンツは可能性があるかと考えます」
「つまり高校生同士を競わせたり、あるいは田舎で生活させると?」
「大人が大人の遊びをするのは、もう既にありますからね。高校生だからこそ、というだけじゃなく……侍候補生や刀鍛冶だからこそ、できることを探していきたいと考えます」
そう言われてもねえ、そのだからこそってなによ、みたいな微妙な空気が広がる中、城戸さんは私を見つめてきた。
やな予感。
「青澄さん」
「う゛ぁい!? あ、す、すみません。驚きすぎて変な声が」
高城さんと姫宮さん以外、誰もくすりともしてくれない。あうぇー……。
「何か……発掘できる才能に心当たりは? あなた自身、その類い希なる容姿と素晴らしい歌声をお持ちです。さらに光を放つパフォーマンスがすごい。他に誰か、すばらしい人はいませんか?」
「え!? あ、えっと」
無茶ぶりきた。嫌な予感が的中した。
困るなあ。困るよう。
初顔合わせの大人達が渋い顔して俯いているんだもん。
何を言っても外す予感しかしないよ?
でも黙っているわけにもいかないから、考えながら言うの。
「容姿っていう意味なら、同い年の子にすごい綺麗な子がいます。先輩にも結構いますし」
「事前にお渡しした資料にあります三名です」
高城さんがすかさずフォローを入れてくるけど、どういうこと?
思わずふり返って凝視したら、高城さんに睨み返されました。先を続けろ、と。そういうことですか、もう。
「なんでも器用にこなす女の子がいますし……侍候補生に限らず、刀鍛冶のみんなもすごいです。身体能力だけじゃなく、性格やキャラクターという意味での人間力は、歳よりしっかりしていると思います」
最初に言ったのはマドカのことで、後者はノンちゃんや超強い三年生のミツハ先輩だけじゃなく、誰よりコナちゃん先輩のことだった。
「胃袋に限界がないお姉さんとか」
ユリア先輩ね。
「士道誠心に限らなければ……私よりも不思議な術をうまく使う二人がいて」
ユウジンくんとレンちゃんね。
「ショーを企画・実行できるほどの知恵と技術を持っている人たちだっていますし」
羽村くんや木崎くんたちのことだ。
「企画さえわかれば、いくらでも名前を挙げられる気がします」
その自信なら、ある。
「素材がないとわからないっていうんなら――……そうだなあ」
学校のことを思い返して、すぐにぴんときた。
「月末、邪討伐があるので……住良木の可視化の技術をもって撮影したら、ちょっとはわかるかも」
ちょうどいいイベントが待ち構えていましたね。なら全然問題ないじゃないって思いながら、胸を張って言った。
「みなさんから見たら、たんなる化け物退治なので……けっこう荒っぽいですけど。映像をおさえてから具体的な企画を練っても遅くないと思いますよ」
即興のわりに、着地点は結構マシじゃない?
どやあ!
仕事の経験値が私を着実にステップアップさせているのでは!
『調子に乗るでない。この場で具体的な方策を出す意味では、ちと弱いぞ?』
あうち。タマちゃんのお叱りをいただいちゃいました。
まあねえ。この場で方向性を決めきれないもんね。
しかもスタッフさんたちに対してお仕事増やしちゃってるか。
撮りにこい、なんて。少なくとも新人が局の人に言っていいことじゃない。
実際、スタッフさんの大勢がめんどくさそうに顔を顰める。
本来ならそっち側であるはずの城戸さんは、構わず笑う。
「じゃあ、具体的な日程を詰めましょうか。士道誠心には既に撮影許可をいただいていますからね」
い、いつの間に。
あれ? そういうの大丈夫になったの? 前はだめみたいな流れじゃなかったっけ?
『おぬしが派手にでびゅうして、事情が変わったのではないか?』
そうなのかなあ。だったら別にいいんだけど。
自分から言い出しておいてなんだけど、邪討伐だよ? かなり刺激的になりそう。
問題ないのかなあ。大丈夫かなあ。
『さて……高城と城戸、姫宮は笑っておるようじゃが』
そっと確認したら、確かにその通りだった。
なんでかなあ。
『後で確認すればいい』
確かに十兵衞の言う通りだね。高城さんに聞いてみるか。
具体的な日程の詰めを城戸さんが言うの。配られた資料には邪討伐に対するスケジュールが組まれている。既に用意されているんだ。いつの間に。
異様にフットワークの軽い人がいるみたいだ。それも顔がきく誰かが。
城戸さんかな? もしかしたらすごいプロデューサーさんなのかなあ。
話し合いが終わって、姫宮さんを送り出してから高城さんと二人で城戸さんに挨拶する。その流れで聞いてみたの。
「今回の番組の企画って、妙に勢いありますけど、変に決まりきってなくて……どういうことなんでしょうか」
春灯、と高城さんにたしなめられたけど、城戸さんは笑ってくれた。
「いいんですよ。春灯ちゃんと呼んでも?」
「どうぞどうぞ!」
「それじゃあ春灯ちゃん。社長にちゃあんとお礼を言った方がいいよ。じゃあね! 討伐で刺激的なの、どかんと派手によろしくね!」
私の肩を叩いて行っちゃった。そばにいた高城さんを凝視する。
「どういうこと……?」
「春灯、圧。圧が怖い」
高城さんも私の肩を掴んでぐいぐい押すの。
いったいなんなんだか。もう!
◆
事務所に向かう車の中で事情を聞いたよ。
「伊福部くんが持ってきてくれた士道誠心の生徒の資料を見て、社長が前から用意していたんだ。春灯だけじゃなく、春灯みたいな子がどかんと売れる仕掛けを」
「はあ……いわゆる大勢いる女子グループとかユニットたくさんな男子アイドルのノリです?」
「まあね。手っ取り早く言えば、そう」
座席に身体を預けてため息を吐く。
「それで……侍の冠番組かあ」
入学した頃の私じゃ想像もつかない状況だよね、これ。
「姫宮さんがぼやいていたよ。昔なら絶対に許可が出なかっただろうけど、春灯ちゃんのおかげでやっと状況が好転してきたって」
「……え、いつの間に?」
「大人はいろいろあるもんさ」
でたでた。大人って言葉でごまかして。そういうのよくないと思いますよ!
「侍の機関誌からもグラビアこみで撮影と取材の要請があったし……なんだっけ? 邪、だっけ? それを倒しているだけじゃだめってことさ」
「ふうん……」
「社長たちが口説き落としたけど、警察の侍からも士道誠心に要請があったみたいなんだ。できる限り答えてくれって、内密にね」
「はあ……」
警察の侍……隔離世について理解を深めてもらいたがっている人っていったら、間違いなくシュウさんだ。他にもいるのかもしれない。
これはどうやら、思った以上に大きなプロジェクトみたいだ。
「侍も刀鍛冶も、なり手が少なくなっているって話題みたいだよ?」
「え、そうなの? うちの学校、めっちゃ組数あるけど」
「城戸さんから資料をもらったけど、星蘭は学費が安いから入っているだけみたいだし……北斗は年々生徒数が減少中。山都にいたっては廃校の危機だとか」
うそ……。
「……ぜんぜん知らなかった」
「士道誠心は恵まれているっていう業界内の評判も頷けるね」
「わ、私より高城さんの方が詳しそう」
ぐぬぬ。私の方が一年学校かよってるんだからね!
……って、我ながら意味不明だ。
「緋迎シュウさんが頑張ってきたけど、知識や技術を警察に留めていちゃあ学生への訴求力はないっていうことだね。隔離世とかいう概念も、春灯と出会って初めて知ったっていうくらい認知度ひくいし」
「むう」
なんだか悔しい。あんまり広まって、邪が増えすぎたらみんな大変な目にあっちゃうから、その扱いはデリケートなのかもしれないけれど。
それにしたって、なり手が減っているんじゃどうしようもないのか。
となると、シュウさんたち……だいぶ大きく舵を切ったみたいだ。
考え込む私に高城さんがフォローするように言うの。
「地獄とか天国とか、宗教絡みや観念的なものよりもっと、現実的なことに興味がうつっているからしょうがないよ」
具体的に言わないだけで、現実的なこととやらが世界情勢とかに絡んでいるのはニュースを見ればだいたい想像がついちゃう。
「私とか、番組とか……そんな状況で出して、受けるんですか?」
「今だからこそ夢が必要だって、酔っ払った城戸さんが社長に漏らしていたよ」
「熱い……」
「実際歌の売れ行きは好調だし、ばんばんドーム公演の問い合わせが入ってきている。だからぜひとも頑張ってくれ。俺としても、夢を売る仕事を支えたいからね」
「はあい」
頷いて、日記帳を確認した。今日の仕事はもう終わり。明日の予定を確認して学校へ戻れば終わり。トレーニングも今日は入っていない。カバンにしまってからスマホを見る。
ツバキちゃんからメッセージが来ていた。
『……だめでした』
『課題、たくさん』
『でも、がんばる』
可愛い兎のスタンプにほっこりしながら、ツバキちゃんに楽しみにしてるって送る。
ナチュさんたちの厳しさは身をもって体感している。
高いハードルほど、越えたときに身につくものがある。だけど、飛び越える前に折れちゃしょうがない。そして、そのあたりを知らない人たちじゃない。
大丈夫だと信じよう。めげない間は見守ろう。
気持ちを切りかえたところで車が停車する。高城さんに促されて扉を開けた。
カバンを掴んで、いつものオフィスに入る。
人がたくさんいるはずのオフィスに、今日はどうやら人がいない。
「静かですね」
「社長命令で、伊福部くんが知らせてくれただけに留まらず、当たれる限りの侍候補生や刀鍛冶たちに当たっている最中なんだ」
「ふうん……」
ユウヤ先輩が紹介していたのは三年生が中心だったと思うけど。
それ以外の可能性ってなにがあるんだろうね? 打ち合わせで高城さんは意味ありげに三人とか言っていたけど、その内訳は? それもお楽しみってことなのかな。
パソコンをチェックした高城さんと二人で明日の打ち合わせをする。
日記帳に最新情報もちゃんと書き込んで、スケジュールをチェックする段階になって言われるの。
「金曜日はアルバム曲を生放送の歌番組で歌ってもらう。トシさんたちも一緒だ」
「……ん」
「ナチュさんからの指示で、ツバキにも見に来てもらう」
その目的は明白だ。
「シングルの歌詞の感触を掴むためなんだよね?」
「ああ」
「めいっぱい……気合いいれなきゃだ」
「基本的には歌がメインだからね。頑張っていこう」
「はい!」
気合いを入れて頷く私に、高城さんは少しだけ迷うように視線を動かした。
「……あの。高城さん?」
「いや、金曜日はナチュさんのいるグラスタも……カックンさんのいるアイドルグループも出演する。特にカックンさんのグループは解散前最後のテレビ出演だ。ぴりぴりすると思うから、春灯は一人にならないようにね」
「はあ……」
ぴりぴりする具体的な想像が浮かばない。だから何気なく尋ねたよ。
「……そういえばカックンさんのグループの名前ってなんていうんです?」
「アイSMILEだ」
……アイは恋愛の愛なのかな?
「トイレにはできる限り行かないで」
「えええ!? どんな無茶ぶり? 漏らしたらことなのでは!」
「いいから。出来る限り……俺か、トシさんのそばにいるんだよ。わかった?」
「なんでなのかわからないと、なんとも言えないのですが」
眉間に皺を寄せる私に、高城さんが困り果てた顔をする。
腕を組んで椅子に身体を預けて、なんとか口角をあげて笑ってみせるんだけど。
言葉を探しているのか、何も言ってくれない。
私には言いにくいことなのかな。なんだろう……。
「私、嫌われているとか?」
「……」
高城さんの口角がますます上がる。ぴんときたよね。
「え。ほんとに?」
「……春灯にはかなり投資しているからさ。やっかみがあるかもしれない」
「何か言われるかも……です?」
「同じ回に出演する人たち、みんな大体いい大人だからさ。言われたとして、せいぜい皮肉くらいで済むとは思うけど。春灯はメンタル大事にしないと、クオリティに直結するからね。できれば守りたいんだ」
「……ううん」
もやもやする。
「問題……当てちゃった私も私ですけど。もやもやします」
「ごまかしてもばれそうだし、それだと余計にモヤモヤするでしょ?」
「……まあ」
唇を尖らせる。
「勢いがあって、運を掴んで、さらに全力で輝いている。春灯のまぶしさは、それだけ……誰かの闇を照らすかもしれない」
「……はふ」
しみじみ思っちゃうんだ。
仕事って大変なんだなあって。
もう少し、なにも知らない高校生でいたかったなあって思っちゃった。
でももう、私は歩き出した。ううん、走りだしている最中だ。
なら、なんだって乗り越えるだけだ!
「負けないし、へこたれないですよ? ドームに向けて、一意専心です!」
「……頼もしいな。それでこそ春灯だ」
だいじょうぶだいじょうぶって笑ってみせる。
心の中では身構えていた。たとえば……グラスタも、アイの人たちにも会ったことはない。私が知っているのは、私の歌に興味を持ってきてくれたトシさんたち三人だけ。
「今日の確認は以上だ。スタジオ、覗いていく? 今ならトシさんたち詰めていると思うけど」
「……ん」
そのために会社に来ているみたいなところ、あるし。
高城さんに連れていってもらうことにしたの。
金曜日に向けて、少しでも練習したかった。
もし誰かが私のことを嫌うなら、そんな気持ちさえ吹き飛ばすくらい……全力で歌ってやるんだ。
◆
スタジオ入ってさんざん歌って気持ちを吹き飛ばしてすっきりした時だった。
ペットボトルのお水を飲んでいたら、ナチュさんがポケットから出したスマホを睨み始めたの。どうしたんだろう。
じっと見ていたら、トシさんたちも気づいた。
「どうした」
「ああ……いや、ちょっと。すみません」
軽く頭を下げて、ナチュさんがブースの外に出て行く。スマホを耳に当てて話しながらだ。
すごく険しい顔だった。そんな様子を見たの、初めてだ。教える時の厳しい表情は、いつだって笑顔の形をしている人なのに。
どうしたんだろうって思ったら、呟いていたの。
「グラスタの人かなあ」
その瞬間、お尻を蹴られました。
「おら、なに悩んでんだ。吐け」
トシさん、ほんと容赦ない!
ぶすっとしながら、高城さんと話した内容を正直に話したよ。そしたらね?
「ちっちぇえことでぐだぐだ悩んでんじゃねーよ。てめえが言った通り、歌って認めてもらわなきゃしょうがねえだろ? 歌手なら、それでいいんだよ」
「はあ……」
タバコ吸ってくると言って出て行っちゃった。自由すぎるなあ、もう。
笑いながら見送って、カックンさんは私に言ってくれたよ。
「うちのグループはいまさら誰かに嫉妬とか、そういうのないと思うけどね。まあ……グラスタはどうかわかんないけどさ。妬みやそねみは向けられるよ。目立つ仕事についたなら、宿命だ」
「……はあ」
「落ち込むことないんだ。目立って輝いている証拠なんだから。そういうのは……真摯に仕事をして、油断せずに身の回りを固めていれば落ち着いてくるよ」
「消えるわけじゃ、ないんです?」
「まあね。叩ける要素がある限り人は何気なく叩くし、好感度っていうのは水物だと俺は思うかな」
現役アイドルのシビアな意見、重たい……。
「でもね。興味を持ってもらえる内が華だし、光を浴びている間にいかに力を示せるかでしかないんだよ。それを春灯ちゃんはちゃんとわかってるし、トシさんに伝わったからあっさり出て行ったんだ」
「……歌で示す、ってことです?」
「そういうこと。そこがぶれない限り、大丈夫だよ」
私の気持ちをカバーして、さらにまさかのトシさんフォローまで!
ほんと、カックンさんはすごいなあ。しみじみ思う。
「カックンさんがいてよかったなあ」
「それ、俺にとって最高の褒め言葉! いやまじでねー。反省してるんだよ。なんで俺、もっとこういうことできなかったんだろうって」
しみじみ言ってから、首裏を掻いてカックンさんも出て行った。
やばい、恥ずかしいこと言い出したから買い物してくるって言って。
大人って、なんだかめんどくさい。
だけどそのめんどくささを、私はいいなあって思い始めている。
電話を終えたナチュさんがしかめ面で「うちのボーカルが番組の曲順に文句いいだしてほんとめんどい」って愚痴っていた。
仕事は大変だ。悲しいことに。そして嬉しいことに、だからこそやりがいがあるんだ。
みんなが立ち向かっている。
そして求めている。
「ご機嫌なのを頼むぜ、春灯」
「気持ち吹き飛ばしてくれよ! 春灯ちゃん!」
「曲なら僕らが作っているからさ。頼むよ……明るい笑顔でよろしく!」
充実した瞬間を。
私もきっと――……それを求めずにはいられないに違いないのだ。
つづく!




