表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十四章 歌手デビューは百難くるの?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

370/2929

第三百七十話

 



 まず友達って言われたの。そうなるとあれだよね。


「中学から続いた天使と堕天使の因縁、まさかの直接対決!? いえいえ、彼女はやっぱり天使なのでした」


 ナチュさんの笑みが深くなる。トシさんは半目。カックンさんはさっと俯いて肩を震わせていた。


「あ、あれ? なんで? なんか外した感じです?」

「……い、いや、いいから、つづけて。今のドヤ感で」

「はあ……それじゃあ」


 んー。そうだなあ。


「剣道小町は背中が侍! 強くて激しい女の子はいつだって堕天使の味方なのです!」


 柴田さんが真っ赤な顔して出て行った。なんで?

 高城さんはずっと背中を向けているし。


「ほんと……俺これで決めたっていうところあるんだよな……」

「やめろ、ナチュ早い」

「黙ります」


 な、なに。なんでなの? なんでダメージ受けてるみたいにみんなちょっと項垂れてるの?


「愛する乙女に先立たれても、魂の絆は離れません! ふたりはマブダチ!」


 三人そろって眉間の皺が深くなる。ど、どういう反応なの?


「つ、つづけても?」

「友達はもうよそう」「それがいい」「もたないからね」

「「「 次は青春で 」」」


 三人の反応がげせない……。

 ま、まあ……お題チェンジっていうなら。


「青春だと……そうだなあ」


 まずは文化祭だけど。


「太陽の女神と氷結の女神の歌劇ショウはキスがお約束なの!」


 三人がそろって背中を向けて、今度は高城さんが出て行った。

 なんで? そんなにだだすべりなの!?


「え、えっと……続けるの?」

「「「 次。はやく 」」」

「はあ……それじゃあ」


 選挙だから……そうだなあ。


「私たちの未来は彼女が切り開く! 生徒会長の武器はハリセンロックなの!?」


 ……あれ? とうとう無言になられた。やっぱりこれ、だだすべりだよね? だって怒りにぶるぶる震えていらっしゃいますよね!?


「……恋愛」


 トシさんが未来からきた猫型ロボットみたいな声で言うのにむしろ私が吹き出しそうなんだけど。ううん……なんだかへこたれてきた。


「妖刀にぶったぎられた私の赤い糸」


 ナチュさんがぶはっと吹き出した。


「かと思いきや、私の刀は既に契約者に捧げられていた」

「ぶっ……まさかの切り返し」


 だめだおれ、とカックンさんがツッコミを入れる。


「すべては、そう……契約した時に決まっていたの。私の心はあなたのもの」


 どや顔で言った瞬間、壮大にトシさんが崩れ落ちた。


「と、トシさん?」

「ひ、一言だけ言わせてもらっていいか?」


 俯いたままぶるぶる震えて、トシさんが吠えた。


「世界観がわからない!」

「おぅっ」


 た、確かに並べてみるとへんてこ過ぎましたかね?


 ◆


 小休憩を挟んでみんなが涼しい顔して戻ってくる。

 お前はスタジオにいろって言われたから素直に従っていたんだけどさ。獣耳でばっちり聞いていたよ。みんなの爆笑する声。

 そんなに変かなあ。そうでもないよねえ? あの大人達のツボなのかなあ。

 考え込んでいたら、ナチュさんが言うの。


「恋愛は満場一致で、妖刀にぶった切られた私の赤い糸に決定ね」

「えっ。し、失恋の話なんですけど」

「強がりの台詞っぽいけど真理をついてるよ。契約者のくだり」

「えっ」

「片思いより両思いがいいよね」

「そ、それをいっちゃあ元も子もないのでは? それに私はほんとに好きだから付き合ってるのであって!」

「わかってる。切られたと思った糸は運命の相手にちゃんと繋がっていたんでしょ?」

「……そ、そうですけども」

「恋は熱病。山ほど歌われたテーマだけどね。ぶった切られたっていいよね。容赦なくて」


 そ、そうかなあ。よくわからないよ?


「すぱっと失恋した感じがいいな」

「女の子は男子と違って切りかえ早いっていいますよねー」


 トシさんとカックンさんが遠い目つきをしていらっしゃるのは、なにゆえ?


「まあそういうわけで、恋愛については全採用。掘り下げていこう」

「はあ……まあ、採用ならいいですけども」


 人に冷静に恋愛の分析されると、なんだか落ち着かない気持ちになります……。


「青春はねー! 迷わず女神同士のキスだよね」

「ああ、そっちだな」

「俺も俺も!」

「とまあ……満場一致なわけだ、これも」


 ナチュさんの提案に疑問符。


「ハリセン、だめですか?」

「そっちは次のシングルに取っておこうって話になったの。かなり明るいポップな曲調が似合いそうだからさ」


 おおう……これまた採用の流れ。いいのか。それでいいのか。


「冬を吹き飛ばす情熱的なバラードだなー」

「歌詞の主役は当然、氷結の女王だね」


 カックンさんの夢見る言葉にすかさずナチュさんが指摘を入れる。


「なもんで……次だ。友達。これで悩んだわけだ」


 トシさんが首を捻ってる。


「ここまでの流れで行ったら……世界観を出す意味でも、トシさんのテイストに合うのが一番いいよねって話になったんだよね」

「俺とナチュさんのノリじゃないもんねー」


 カックンさんが残念そうに言うの。ぴんときたの、何かあったのかな。あったらいいな。


「柴田さん断然推しの剣道小町……あれ、なんで推しなんです?」


 トシさんが振ると、柴田さんは腕を組んで言うの。


「堕天使と剣道小町、並べたら堕天使の方が強そうだけど。なのに強いと強いで掛け合わせてるノリで言い切るでしょ? どや顔で。それが春灯ちゃんらしくて。なんだかツボにはいっちゃったんだよね」


 そ、そんなに変だったかなあ。


「きっと本当に強いんだろうね、その子」

「ま、まあ」


 トモは強いよ。いろんな意味で。


「で……カックンは?」

「俺はそうだなあ。ふたりはマブダチかなあ。そういう単語しってるんだっていう衝撃が強くて、やばかった」

「う……」


 語彙はお父さんとお母さんにめちゃめちゃ影響を受けているので。す、すみません……友達の語彙に近づくチャンスがなかなかなかったんです。許してくだしい……。


「ナチュは?」

「僕もふたりはマブダチかな。その中だったら。剣道小町と堕天使の出会いって、聞いたことないからさ。気になる。ただまあ……いや、その先はどうぞ」


 ナチュさんが言葉を止めて、トシさんに譲った。


「俺は最初のがいいな。春灯らしさを描きやすいっていう意味では。ただ……気になるフレーズっていう意味ではふたりはマブダチだよな」

「ストーリーが複雑すぎる内容になりそうだね。天使はむしろわかりやすい歌になりすぎる嫌いがあるけど」

「そうなんだよな……剣道小町は表現しきれるかってとこが悩ましい。和と洋の融合か」

「いろんなジャンルの融合っていう意味ではチャレンジになるし、面白いんじゃないっすか? 柴田さんだけじゃなく、俺らも賛成なわけで――」


 大人達の話が込み入ってくる。それを眺めながら唸る。悩ましいもの並べても、困らせちゃうだけなのかなあって。すぱんと、これがいいって決められるようなものを提案した方がいいのかも。

 マブダチか天界対決か。

 トモか、キラリか。


「あのお……インスト抜いて四曲やればよくないっすか? なんて……」


 カックンさんが恐る恐る高城さんを見た。

 高城さんは腕を組んで悩んでいるの。


「シングルなしでアルバム販売。セールスはどうです?」

「一応……うちの会社の中でもかなりの伸びの良さです。話題性とみなさんの支えあればこそ、なんですが」


 そこは素直に言っちゃうあたり、私はまだまだだなあと実感する。無理に立てられても嬉しくないし、身内しかいないわけだから、むしろ助かる。


「春灯ちゃんの前で言い過ぎでしょ」

「いや、本当に……みなさんのおかげなのは、春灯も承知しているところなので」

「……です。いてくれなきゃ、私はなにもできませんでした」


 高城さんの言葉に、私は素直に頷いたよ。


「楽曲の反応もいいのですが……新しい一面というのは是非、挑戦して頂いた方がみなさんにとってもいい切っ掛けになるかと」

「じゃあ……キャッチーな曲は欲しいし、個性的な曲も欲しいっていうところだね」


 誘いの言葉に迷わずナチュさんが食いつく。

 笑顔のドSは誰より貪欲なのかもしれない。変化の機会にね。

 だけど硬直状態。会議室でやる打ち合わせをブースでしてるんだから、悩ましい。

 ここでできることすればいいのにね――……って、そうか。


「あのう」


 恐る恐る手を挙げる。


「本来、こういうことって会議室で関係者を集めてする、もの?」

「まあ……そうだね。スケジュールの都合もあるけども」


 頷いてくれた高城さんから、今度は柴田さんに視線を移して問いかける。


「で、ブースおさえて好き放題させてもらえるのって……大変?」

「会社のスタジオだからね。とはいえ僕は社長にお願いされて空き時間にできるだけ来ている形だから、無限じゃないかな」


 気まずい空気が流れる。仕事だからいてくれるけど、他の仕事に比べたら優先度は決して高いわけじゃない。他のエンジニアさんたちだってそうだ。


「……じゃあ、もういっそ歌って決めればいいのでは?」


 私の問いかけにみんなが眉根を寄せる。それでも怯まずに言うの。


「そ、そりゃあプロでずっとお仕事しているみなさんから見たら、私は新人でセンスも技術もまだまだで下手っぴなのは承知の上ですけど。ブースがあって、歌の話なら。コンセプトは明確になったんだし、音を出してなんぼのものでは?」


 生意気だとわかっているけど、それでも主張する。


「私の歌った音源はあって。使える使えないって感じで部分を切り取る形になると思うんです。だから……」

「四つ全部、あたりを入れてみたいってこと?」


 ナチュさんの言葉に頷いた。


「いけるかどうか、せっかく場所とみなさんの時間を押さえている今だからこそ作って試した方が早くないですか?」

「あのねえ――」

「柴田さん、すみません。後で言って聞かせますから」


 一言いおうとした柴田さんを高城さんが何かを言うより早くトシさんが制して、私に言うの。


「コネから始まった新人として贅沢なことしてもらってる自覚は?」

「あります」

「なら、生意気を言ってる自覚も?」

「ある、けど……」

「それでも……やりたいんだな?」

「はい!」


 トシさんはいつだって私の本気を確かめてくる。思い返してみれば、私が油断しているときばかり怒られてるなあ。気を抜かず全力を出せっていう、トシさんなりの教えなのかもしれない。

 今だってそうだ。


「わかってんのか? 使えない真似したら、お前はこの場での信用を失うことを言ってるんだぞ?」

「歌なら作曲になるだろうけど……社会人的にはこういうの、企画を出す感じでしょ? お父さんが仕事でよくやってるし、苦しんでる。だめになる企画書の方が圧倒的に多いって、お父さんいつもお酒に酔うと愚痴ってる」


 けど。立ち上がって、虚勢だろうが全力で根性だして言うの。


「それでも本気じゃない企画書なんてない。ぜんぶ真剣勝負だっていつも言ってた。一万回負けても、一回おおきく勝つまで続けるんだって……仕事相手やお客さんのことを思いながら、全力を尽くさないでいい理由なんてないんだって、お父さんいつも言ってるもん!」


 退くことなんかない。子供なのは変えられない。新人なのも変えられない。

 なら、生意気上等。自分を追い込んでいることなんて百も承知の上で、胸を張って言うよ。


「これは、私の仕事だから。私の歌に、私が人生賭けない理由なんて一つもないよ!」


 啖呵を切った。切ってしまった。やらかした、と脳内で私が悲鳴をあげる。だけどどや顔だけは譲れなかった。

 私を見つめる大人達の中で、最初に笑ったのはトシさんで、ナチュさんは苦笑い。


「うちの兄貴を思い出すなあ。熱い感じがそっくりだ」

「……熱いのはいいけど」


 カックンさんは、いつになく鋭い視線を私に向けていた。


「俺も人生賭けて勉強している最中だからさ。使えないなあって思ったら素直に言うよ? スタッフさんがしんどい分だけ、厳しくなる」

「……覚悟の上です」


 歌って金色を放って、それだけで気がついたらここまできていた。みんながここまで連れてきてくれた。アルバムのセールスだって、制作に携わったみなさんがいなきゃ成立しないもの。

 私じゃなきゃいけない歌という可能性を示してはいない。

 だから納得してもらえないし、生意気だと思われて終わってしまう。大人達は厳しいことを言う。

 なら……示せばいい。認めてもらえるまで、百万回負けても……一回勝つために。

 つらいのは、そんなに負ける時間はないっていうことだ。

 ゆっくりペースでなあなあで、みなさんにお任せしてそれで終了でいいなら……謝って終わり。

 でも、そんなことしたくてここにいるんじゃない。

 トシさんは笑顔で何も語らず、だけど試すように私をずっと見つめているのだから。


「生意気いってすみません。それでもお願いします。やらせてください」


 深く頭を下げる。お辞儀の仕方は身についている。


「いいじゃないですか。柴田さんは仕事で、他のみなさんもそうだろうし……ナチュもカックンも、それぞれ理由があるだろうけど」


 トシさんが楽しそうに、けれど甘えを許さない強い声で……


「俺はこいつの歌に惚れたんだ」


 私を煽る。昂ぶらせる。


「誰より楽しんでるよ。今まで会った誰より……あがるんだよ、お前の声は。俺はお前のそばで弾きたいと思ってるよ」


 その言葉に顔を上げずにはいられなかった。


「みなさん……俺からもお願いします。あがりまでもう少しありますよね? それまで……こいつのわがまま、聞いてやってはもらえませんか」

「……まあ、可能性を感じているのは僕も一緒ですから」


 一番厳しい顔をしていた柴田さんの表情がゆるむ。


「ちょっとちょっと。なにいいところ持って行ってるの! 優しくする方針でいいなら、俺にだって口説かせてくださいよ!」

「カックン、それは遅すぎだよ」

「これがトシさんのやり方か!」


 ナチュさんのツッコミにカックンさんが大げさに悔しがって、和やかになる。

 気を遣ってもらっているの、すっごく感じる。

 意地を張るだけじゃ作れないんだ。こういう空気は。私にはまだ、そういうお勉強が足りてない。急いで目尻を指で拭う。


「せっかくだから言わせてもらうと、僕は春灯ちゃんの世界観が好き。普通、ああいうこじらせた子って救いを外に求めて甘える傾向が強いと思っていたけど、春灯ちゃんは自分を鍛えて戦うための暗示なんだよね。そういうの……好きだな」


 ナチュさんまであたたかく言ってくれるのずるい。そして「え、言っちゃうの?」とおどけるカックンさんも、ずるい。大好き。


「まあぶっちゃけ……キャラで見れば作り込みは甘いけど。なんか春灯ちゃんの聞いてると、歌い始めた頃のたまらない気持ちを思い出すんだよな。そういうわけで、俺も好きだから」


 ああ、もう。泣かせてくるのやめてほしい。


「甘やかしてるのは、君にもっと素敵な表情を見せてもらいたいから」


 カックンさんの甘い声に、


「厳しくするのは、君にもっと先を目指してもらいたいから?」


 ナチュさんが爽やかに笑って続いて、


「愛するのは、もう理屈じゃないんだ。揺さぶってくれよ、俺らの心をさ」


 トシさんが締める。


「ほらいけ、どうした? 泣いてる場合じゃねえぞ? ここ、いつまで空いてます?」

「あと三十分くらいかな」

「おら、柴田さんが言ってるぞ。三十分以内だ。決めてこい」


 煽られて、べそべそ泣きながら私はブースに入った。

 高城さんがハンカチをそっと渡してくれるの、だめ押しなのでした。


 ◆


 感情が決壊している状況だからなのか、こみ上げてくる。

 いろんな思い出たち。お題に選ばれた時の一幕すべて。

 声が泣いていちゃしょうがないから、呼吸を整えてから気持ちのままに歌うよ。

 思い浮かべる相手のこと。

 メイ先輩は激しくて厳しくて、途方もなく優しい。その愛情に、隔たりなんかない。

 誰よりそれを知っていて、誰より切実に求めたのはルルコ先輩だ。綺麗で、頑なで、それ故に閉ざされていた心の持ち主。

 お助け部でその系列にあたるキラリを思うと、不思議だ。巡り合わせを感じずにはいられない。ルルコ先輩が選んだシオリ先輩が、キラリを選んだのは……絶対運命。

 私の漆黒はキラリとの出会いから始まった。ユイちゃんを中心にした、無視事件から端を発して……小学校の時もろくに友達のいなかった私には、どうしても許せなくて。

 甘えていた。厳しくしていた。大好きだったし、もっと愛したかった。あの日々を。キラリのことを。ユイちゃんや、中学時代のみんなを。

 すべてを捨てて、何食わぬ顔で入った私は不安のただなかにいた。痴漢に遭って狛火野くんに助けてもらって……レオくんと衝突して、白馬に乗ったタツくんに会って。

 新入生代表の挨拶で、ギンが前に出たこと……今でも覚えている。

 男子だらけのクラスで不安がいっぱいだった時に……私はきっと、人生で初めての友達を得たの。トモ。仲間トモカ。私にとって大事な名前。

 中学時代の私が産みだした絆や歴史は、私を士道誠心に運んで……本当にいろんな体験を積ませてくれた。

 男の子に抱き締められて眠ったの、初めてだったのに。ギンに抱いた気持ちは淡く儚いもので。同じような気持ちをいくつも注いでもらっていた。

 私が手を取ったのは――……カナタ。

 誰より味方でいることの頼もしさを、私は一心に注いだ。そんな私が失恋に嘆いて心がとうとう折れそうになった時、助けてくれた。

 痛いくらい思い知った。微かな可能性を強い絆に変えるのは、どこまでも人の意思なんだ。

 私とカナタが二人で手を繋いだから、今の絆が結ばれている。

 ギンとノンちゃんだってそうだ。トモは誰より強く、シロくんの手を取ったよね。

 自分に夢中になったらしっぺ返しを食らう。メイ先輩はそれを厳しく強く……とびきり優しく教え続けてくれた。

 キスをしたルルコ先輩とメイ先輩は、あの日……間違いなく世界の中心に立っていた。

 意思は繋ぐ。ユイちゃんが呼びかけ、キラリが伸ばしてくれた手をやっと私は取れたのだ。

 歌いながら思い出す。

 本当にいろんなことがあった。

 切実な痛みの中で触れ合う優しさを作り出すのは……幸せを願う人の心。

 あの頃の私なら、なんていうだろう。


『天使は自ら天界を下りて、喜び笑顔で果実を食らう』


 エンジェぅの言葉に笑って、頷く。

 叶えたい理想を作りだすのは、楽園を去る覚悟で禁断の果実を食らう強い意志なんだ。

 そんな当たり前のことに、ようやく気づいた気持ちだったの――……。


 ◆


 気がついたら――……三十分なんかとうに過ぎていた。

 自分で自分の旋律を覚えていない。

 胸に広がるのは「見つけ出したい答えを得た」納得と「夢中になると周りが見えなくなる自分」への後悔。

 変わらないんだなあって、痛感したの。私は……変わらないんだ。

 何度か呼吸してから気づいた。自分の息の激しさに。


『――……全部、とったよ』

「え……」

『みんな、感じ入っているから僕から一言』


 柴田さんを見る。


『いい歌だった。君の仕事は楽しい。素直な感想だ……でておいで』


 頷く。額からだらだらと汗が流れ落ちていく。やっと、自分が汗だくになっていることに気づいたの。握りしめていたハンカチはくしゃくしゃになっていた。

 一歩目でよろめいて、あわてて二歩目を踏み出す。身体を支えながら、外に出た。

 頭の中は真っ白だった。歌っている最中は山ほどいろんなことが思い浮かんだのに。それをすべて声に出したら、残されたのは「こんなに満たされていいのかな」っていう不安だけ。

 大丈夫かなって不安になった。

 やっぱりだめだったのかな。一万回の失敗の中に入っちゃったかなって。

 トシさんにつま先を蹴られて、カックンさんが我に返ってあわてて私を見る。


「え、えと。厳しいこと言うみたいな言い出しっぺで……だから、言うけど」

「……はい」


 ついハンカチを握りしめちゃった。


「めちゃめちゃ」

「……う」

「でも……使う。俺は、使う。それ以外、選択肢が浮かばない」


 ごめん、と言ってカックンさんが出て行った。

 ナチュさんも無言で続く。

 撤収準備をはじめるエンジニアさんたち。柴田さんも。

 みんな静かで。高城さんはただ静かに微笑んでいた。

 何も言ってくれない。

 トシさんが私を睨む。


「お前さ」

「は、はい……」

「追い込まれた方がいいな。お前はもっと、自分を追い込んだ方がいい……確信したよ」

「……そ、それって、どういう」

「野暮な言葉は言わない。大人の男の嗜みだ、覚えとけ……柴田さん、データ頼みます」


 柴田さんはトシさんに短く返事をして、それっきり。

 高城さんに「帰ろう」と言われて、手を引かれる。

 カバンと大学ノートを掴んで、とぼとぼと歩いて続く。

 だめだったのかな。よかったのかな。さっぱりわからない。はっきり言ってくれなきゃ、わからないよ……。


 ◆


 車で中央自動車道を走りながら高城さんがラジオを流す。


『いま話題沸騰中なんですよね。彼女の尻尾は本物のようですよ? 青澄春灯のアルバムより――』


 DJさんが曲名を告げて、私の歌が流れる。

 まるで夢みたいな現実。隔離世に行って、可能性を掴んで……どんどん、一時は忘れていたくらい遠い昔の何気ない夢が現実に叶っていく。

 すべてが現実離れしていて、何をどう信じたらいいのかもわからない。

 夜の道路を眺めていたら、高城さんが私の歌を口ずさんでいた。

 トシさんが作ってくれたノリノリのロックナンバー。ラジオを通して聞くと、自分の声のはずなのに別人みたい。

 スマホを出す。リプが増えてる。フォロワーも。私の知らない人が、私にいろんな言葉を“贈”ってくる。それはいろんな形をしていた。善意もあれば悪意もあって、共感もある。

 高城さんが代わりに呟いたCDとダウンロード販売の呟きのリプには、曲の感想がたくさん送られてきていた。


「……そんなにいいかなあ、私の歌」


 呟く。


「春灯は自信がないんだね」


 高城さんに私のだめなところを見抜かれてしまった。


「……今日、みんな最後は無言だったし」


 膨れる。甘えちゃう。手を叩いて褒めて欲しい、とまでは言わないけど。だめならだめ、いいならいいって言って欲しい。

 一番おしえて欲しい人たちが何も言ってくれないと、ただただ不安になる。


「カックンさんが言ってたろう? 使うって」

「……じゃあ、よかったの?」


 頬杖をついて外を睨む。苛々してぶさいくな顔を晒している自分の顔が映りこむ。

 それに気づいて、顔の力を抜いてため息を吐いた。

 タマちゃんに怒られる前に表情を直す癖がついちゃってる。


「感動している時ほど、言葉を失うものさ」

「……高城さんは、マネージャーだから優しいことを言うんだよ」

「自分の敵になって厳しくするのは、嫌いなんじゃなかった?」

「うっ」


 一緒にいる時間の間に何気なく話したのかな。前にした決意のこと。


「トシさんたちから連絡来てる。いいの作るから待っていろってさ」

「……それだけ?」

「ネタバレは最後までしない主義なんじゃない?」

「……適当なことばっか言って」


 ぶすっとするのも疲れて、シートに身体を預ける。

 もう夜の十一時が近づいている。

 同じ東京なのに、どんどん周囲が暗くなっているように感じるのは気のせいかな。


「……車で送ってもらうの、特別っぽいですよね。そういうのも生意気なのかなあ」

「いまさら気にしないの。元気があればなんでもできる! 笑う門には福来たる!」

「……本当に、ありがとうございます」


 夜に吸いこまれそうな気持ちで囁く。

 私の歌が終わってDJが明るい声で喋っている。当たり障りのない内容を楽しそうに。


「出し切って疲れた?」

「……夢中になって歌うと、いつだってくたびれちゃうんです。それでも、体力ついてきたからもつようになってきましたけど」


 霊力というとややこしいからやめておいたの。


「ドームでライブなんてやったら、私しんじゃうんじゃないかなあ……」


 自信なんてない。四万人とか五万人が入るドームでやるライブを歌いきる自信なんて、あるわけない。


「ライブの詳細やチケットの問い合わせが来てる。今のペースでいったら、日に日に増えていくね。取材の申し込みも増えてきた……でもライブの準備に専念したいなら、言ってね」

「……ライブは、なくならない?」

「春灯が逃げない限りは」

「……逃げたら一生、後ろ指さされるよ」


 高城さんやトシさんたちを裏切れるわけがない。

 だけどこれまでしてきたどの戦いよりも、目の前に用意された戦いは過酷で苦しいもの。

 怖い。怖いよ。ゲリラライブは、ちょっと歌えば逃げられる。終わりになる。だけどドームは違う。

 折れそう。ちょっとでもうまくいかないと、途端に怖くなる。このままで私、大丈夫なのかなあって。


「じゃあ命を賭けていこう。それが春灯の仕事なんだろう?」

「……うん」


 車がゆるやかに減速して、高速道路を下りて一般道に向かう。

 一般ゲートで現金で支払い、領収書をもらって信号待ちをしている時だった。


「……つらくなったら、自分の言葉を思い出すんだ」

「え……」

「きっと春灯は、自分の歩いてきた道のりから生まれた言葉に元気をもらえると思うから」


 ……自分の言葉に、元気をもらえる。


「だから、口にした言葉を思い出してごらん。つらいときほどね」

「……ん」


 頷く。けど、やっぱり聞いちゃう。


「なんで?」

「仕事をはじめてまだ一年も経っていないけど。春灯はつらい人を励ます言葉を口にする。心の底から信じて」


 ――……そんな自覚、なかった。


「セルフコントロールっていうのかな。自分を肯定する優しい強さに満ちた言葉なんだよ。だからきっと、つらい時……春灯は自分が使った言葉に誰より強く励まされると思う」

「……なんか、スポーツ選手の願掛けみたいですね」

「いいじゃないか。願掛けでいいのさ。春灯の気持ちが救われるのなら、それで十分」


 力強い言葉に頷いて、それからやっと笑えたの。


「高城さん、すごいマネージャーなんだね」

「春灯が元気になっただろう? たまには仕事しないとな」


 笑って、私を学校まで送り届けてくれた。

 いろんな人に支えられている。みんなの意思だけじゃなく、もしかしたら――……私の願いがあるから?

 そうなら、いいな。

 絆が増えていけばいいな……。

 強くて揺れない、折れない絆が。

 そしたら、ドームだって笑って過ごせるに違いない。

 なんとかそう思って不安をやり過ごしたけど、それでも……早くカナタに会いたいなあって思わずにはいられなかった。


 ◆


 車の上にて刀を振るう。

 揺れるわ移動するわ、走る車の上なんてろくなものじゃない。


『カナタ、くるぞ!』


 ミツヨの声に歯を噛みしめ、姫の刀を振るう。

 山ほどの黒い鳥が春灯を狙っているのだ。

 邪……人の欲望が春灯の霊体に群がり、食らい尽くそうとしていた。

 昨夜、二人で寝ている時に玉藻の刀が揺れていた。それだけじゃない。春灯がうなされていたのだ。

 起こそうとしても起きない。

 ただごとではないと感じて、隔離世へ行って目にしたのは、邪群がる彼女の霊体だった。

 迷わず焼き払ってみせた。それでもどこからかしみ出て彼女を苦しめるのだ。

 歌手になったから、歌が発売されたからその反動かと最初は思った。事実、明け方にはおさまったのだ。

 しかし今日、気になって隔離世へ移動して、玉藻たちの道案内をたよりについてきてみれば……この有様だ。爆発的に認知度が広まった反動なのか。

 生々しい欲望が形を成して春灯に向かってきている。

 ならば、守護する。


『余力は!?』


 あるさ。お前は俺に言った。王の力を与えると。

 お前を手にして……姫の刀まで掴んで、何より青澄春灯に恋をして近づいている。

 閻魔姫の力だけでは足りない。俺だけの力でも足りない。


「大典田光世! 邪悪を切り裂け!」


 白銀を手に叫ぶ。

 彼女を守るためならば、なんだって捧げよう。

 目指すはただ――……送り出すことだけ。

 何も知らせず、彼女が輝ける舞台へ。

 舞台の責務にさえ、耐えるのは困難だろうから。

 支え、守り抜く。

 必ず。

 そのための力はもう、手に入れているのだから――……!




 つづく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ