第三百六十九話
クラスのみんなが「買ったよー」って教えてくれたり、トモやノンちゃん、マドカやキラリまでもが昼休みのルミナちゃんのラジオで流された私の曲をわざわざ一緒のテーブルでご飯食べてまでして口ずさむのはちょっと拷問のようでした。
恥ずかしすぎるよね。
サインも頼まれた。私の必需品にマジックが追加されそうです。
ご飯を食べたら中学に顔を出した。ツバキちゃんにサインしにいったの。二人でハグしたら元気充填できるかなーって思ったけど、甘かったよね。大騒ぎになっちゃってさ。
ツバキちゃんにサインをしたけど、それだけで済まなかったよ……。
放課後になる頃には軽くへこたれそうでした。現状の変化に心が追いつかないよ……。
高城さんは車を運転しながら、なんともいえない顔をしてた。
社長が叱ったって言ってたからなあ。気にしているのかもしれない。
仕方ないなあ!
「高城さん。電話で聞こえたお姉さんの声、奥さんです?」
「あっ、え? そ、そうだ……昔、アイドルをやってたんだ」
「へええええ! え? え? 高城さんの担当の子?」
「ま、まあ……」
「うっわ! 担当さんに手をだしたんだ! やっらしー!」
「ちがっ、わないけど……だから言わないんだ。まったく」
ぶつぶつと文句を言ってるけど、運転に影響はない。今日も安全に、事務所へ向かってます。
「奥さん、綺麗な人? 可愛い人?」
「……百年に一人の逸材」
「ふうううううん」
「な、なんだよ」
「百年に一人とかいわれても、アイドルでも……恋はするんだなあって」
「……まあ、ね。ああでも、活動中はそういうことは一切なかったんだぞ?」
「ふうううううん」
「本当だって。ファンあっての仕事だって、お互いわかっていたからさ」
渋い顔から一転、感慨深い顔をするの。
「今朝、春灯に連絡した後、社長に電話で報告したら叱られたんだ。うちの奥さんがアイドルを続けられなくなったのは、仕事を入れすぎて現実に心が追いつかなくなったせいだろって」
すごくどきっとした。現実に心が追いつかないなんて、まるで私のことみたいで。
「春灯で同じ失敗を繰り返すのかって言われて……頭が冷えたよ」
「それで、奥さんに慰めてもらったとか?」
「なんでわかるんだ?」
「私も彼氏に慰めてもらったから」
「なるほど……お互い、なんだな」
「素敵なパートナーに巡り会えてますね」
「そうだな……春灯の仕事のパートナーなのに、不安にさせてしまってすまない」
「いーえー。仕事ばんばん取るっていったの、私のためだと思ったら怒る気なんてなくなりますし」
「――……ちょっとときめいた」
「運転! 運転しっかりして!」
はらはらするなあ、もう。
笑っちゃいながら、考えたのはね。人にはそれぞれに歴史があって、今に繋がっているんだなあっていうこと。
いろいろあって、失敗を犯した自分からぽんと変われるほど器用でもないけれど。
なんとかやっていこうね。今を乗り切るために!
◆
事務所に移動しながらの道中、高城さんは説明してくれたよ。
「いま、オファーがきてるのは……釣り番組と」
ん?
「動物バラエティ番組と」
……んん?
「お料理バラエティ。あと大食い番組のオファーも来てる」
……なんで? なんで大食い? どこかでアピールしたっけ?
「あ、あとこれを忘れちゃいけない」
お、くる? 音楽系の何か、くる?
「路線バスの旅」
「どれも音楽とかすりもしない! っていうか最後のなに! なんで!?」
「ほら、あるじゃん。マドンナ登場的なイベント。あれだよ」
「……まどんな?」
「いわゆる可愛かったりきれいどころの女子だね」
それは知っているんだけど。
「……ちなみに共演するのは?」
「お笑い芸人さんとおじさん」
おじさんって!
「うそうそ。素敵な大御所のタレントさんだよ」
「おじさんのインパクト強すぎてどうしたらいいか」
「温泉にも入るよ」
「……え、撮られるの? 混浴?」
「混浴じゃあないけど、撮られるだろうね。茶の間にお色気を届ける役割だから」
「……それは、ちょっと、その」
「だよね。女子高生になにをやらせるんだって話だ。その点を指摘したら、年齢再確認されちゃった」
あははは、って笑っているけど、待って。どういうこと? どういうことなの? 不安が膨らむばかりですよ。
「ああ、そうそう。火曜日夜の情報バラエティ番組で侍と刀鍛冶の紹介っていう企画があるみたい。それとかは?」
「ま、まあ、そういうのならいいですね」
あのおっきな人と会えるんなら、がんばるし。
侍と刀鍛冶の普及に繋がるなら頑張るし!
「あとはーそうだなー」
「ええ? 割ともうお腹いっぱいなんですけど、まだ何かあるの……?」
「インタビューでいろいろ答えていたじゃない? その記者さんがドッキリ番組の制作者と仲がよくてさ」
嫌な予感してきた。
「配信はじまったらくるんじゃないかなー、ドッキリのオファー」
「いきなりクレープ顔に投げつけられたりするの……?」
「どうかなー」
「ちゅ、中学時代のキャラでいくなら、ドッキリ要素とかっこつけ要素がケンカしちゃうのでは?」
「それもそうだね。あっはっは!」
雑! 嫌な予感しかしない!
「やですからね! そういうのは!」
「まあまあ、それはいいじゃないか」
「いつかドッキリがくる予感しかしない!」
「それより、あれがあった! ラジオ番組」
「へ!?」
目が点になる。
「ラジオ? なんで?」
「五分だけの短い番組なんだけどね。ご挨拶して、何か一つ話して曲振り。お話で締めてご挨拶っていうの」
「おおお……そ、そういうの! そういうの待ってた!」
どきどきしながら拳をきゅっと握る。
「番組名は確か……青澄春灯だどん!」
「すぐ終わりそう! フルコンボする前に終わりそう! 開始して間もなく終わりそう! ぜったいやだ! せめて名前を別のにしてくだしい!」
「もう一つ案があった。子羊たちとクレイジーエンジェぅのお茶会」
「やめて! そういう路線は心の準備が必要なんです! だいたい手紙とかくるノリじゃないでしょ、もういいよ!」
はあ、はあ、はあ……。
「あはは。まあ冗談はさておいて」
「……どこからどこまでが冗談だったのか、まったくわからないんですけど」
「火曜夜八時からのトークバラエティ」
「えっ」
「もちろん司会は大御所中の大御所さん」
「……まじで?」
「まあ今の春灯だと自己紹介ですべって怒られて、それっきりで終わりそうだと思うけど」
「辛辣……まあその通りになりそうですけどね!」
くっそう。手のひらでころころ転がされている感じがひどい。
「でも社長命令でその仕事は引き受けた」
「えええっ」
「俺も受けた方がいいと思ってさ。負け戦と思わず予習して頑張っていこう」
「……気が重たい」
「緊張感があるのはいいんじゃない? 笑って楽しんじゃうのも手だけど、春灯は気を遣っちゃうタイプだよね」
「……い、いちおうは」
目上の人相手だと構えちゃうし緊張するよ。
「あとはねー」
「まだあるの!?」
「金曜夜の音楽番組はもうすでに出演決定していてスケジュールに書いてあるので」
「えっ」
「なにがあったかな……それ以上のやつが何かあった気がするんだけど」
それ以上のやつ? むしろ極致なのでは? すでに到達しちゃっているのでは?
「そうそう……特別なのがあった」
「……特別なの?」
なんだろう? バラエティ? 酷い目にあわされるノリのやつ?
「日曜夜の、例のバラエティー」
私は笑顔で叫びました。
「本末転倒だよ! あと私、芸人じゃないから!」
でもお願いします!
◆
さっそくテレビかと思いきやそんな事なくて、今後の方針について打ち合わせをした後はそのままスタジオへ直行でした。
トシさんたちがいて、次のシングルに入れる三曲を作ってくれているところだった。
歌手になってるんだなあ、私。バラエティタレント路線も模索されている真っ最中ですけども、そもそも歌手だもんね。その仕事ちゃんとしなきゃ。
エンジニアの柴田さんが何度も繰り返し、私の歌声を再生していた。それを譜面に起こしてああでもないこうでもないとトシさんたちが音色を試している。
「本当なら音源持ち帰って、いくらでも作業ができるんだけどね。三人とも揃ってやりたいんだってさ。おかげで付き合わされちゃってるの、俺」
「あ、あはは」
柴田さんが私に声を掛けてくれたの。
「……私の歌、めちゃめちゃですね」
「でも勢いがある。身体の毛穴が一気に広がるような……聞いていると、無性に身体を動かしたくなるような響きがある。なんでかわかる?」
「……ええと」
「トシさんたちに教えてもらったら、いずれわかるようになるよ」
それって……。
「教えてもらわないとわからないこと、私やってるの?」
「そういうこと。だけど、ちゃんとわかってないから、曲調に統一感がないし演出しきれてない。そのせいでめちゃくちゃに聞こえるんだよ」
「……なるほど」
しょぼくれる私に柴田さんは笑った。
「十分すごいんだよ? プロが三人、首を揃えて楽しんでるんだから。芽はある」
指差して見せられる。ブースの中で三人そろって笑顔で楽器に向かっていたの。
「春灯ちゃんも、気合い入れて歌詞つけないと怒られちゃうね」
「あ、あははは……」
困った。そうきましたか。
柴田さんずるいなあ。
敢えて私が来たことを中の三人に言わないで気合い入れてくるなんて。
「すみません、ちょっと失礼して……春灯ちゃん来てますよ」
柴田さんがスイッチを押してマイクに語りかけると、ブースの中の三人が顔をあげて私を見た。早くこいってトシさんが怒鳴るから、私は急いで中に入るのでした。
◆
三人の要求で必死にあの日のインスピレーションを具体化する時間を過ごした後のことだった。
「それで、歌詞のコンセプトは何か決まってんのか?」
トシさんの言葉に顔が強ばる。
「え、えっと」
「だよな。お前に期待した俺がばかだった」
「す、すみません」
「トシさんきついね」
ナチュさんがまあまあ、とトシさんをなだめにかかる。
その隙にカックンさんが言うの。
「歌いたい相手を三つに絞ってみたら?」
「……相手を、絞る?」
「例えばさ。トシさんのバンドは基本的に人生を斜に構えて見ている人や、悲恋に浸る人がメイン。歌だってロックテイストだけど昭和の歌謡曲の雰囲気を導入して、哀切を込めているものが多い」
カックンさんの分析にトシさんとナチュさんが話をやめて耳を傾けてくる。
「怒りと泣きの歌なんだよね。フレーズの最後はマイナーで締めるけど、サビはメジャーであげていく。その自己肯定感のギャップも大事なポイント」
お、おんがくりろん?
『にもならん触り程度じゃろ』
た、タマちゃんわかるの?
『いいから聞かんか』
はあい。
「そこいくと、ナチュさんのバンド、グラススタンドはバンド名に反してひたすらポップ。世間的に言うリア充で、幸せを満喫している男女に向けた曲が多い。詩はモロだよね。グラスタって」
「確かにな」
トシさんが相づちを打ちながら笑う。
「けどポップってひとくくりに理解するんじゃなくて、曲調の中の些細な上げ下げとか、ナチュさんのバンドが作り出す独特の音色を使って曲調にストーリー性と刺激をたくさん入れてる」
「ふうん……」
解体新書的な内容? ついていくのがやっとなんですが、頑張って相づちを打つ。
「気づかないで心地よく聞き流したい時は聞き流せて、歌いたいときは夢中になれる。何より飽きない。それがナチュさんとこの強みだね」
「聞き流せてっていうのが、悲しいところだけどね。あと何年戦えるかわからないよ」
ナチュさんは肩を竦めた。
「それで歌詞作りに大事なのが――」
「ちょっと待った」「人のバンド好き放題いっといて、自分のバンドはスルーってそりゃあないでしょ」
カックンさんは流そうとしたけど、二人は許さなかった。
苦笑いしながら男たち三人が肩を組合うのを眺める。仲いいなあ……。
「わかった、わかったから離れろって。一月だからって暑苦しいなあ、もう」
渋々カックンさんが項垂れると、二人は離れて手をたたき合った。ほら、やっぱり仲いい。
「うちはほら……アイドルグループだからさ。夢見る女の子たちが相手なわけ。でもそれだけじゃなく、女子にアピールしたい男子もメインの客層かな」
「イキりたい男子な」「間違いない」
「二人とも辛辣だなー。とにかく、そんなわけだからキャラが推せる主張の激しい歌詞と曲調が多い。ノれる曲がメインだけど、バラードもなんでもやる」
カックンさんは苦い顔で肩を竦めた。
「でもまー、そのなんでもやる感とメンバーの個性が弱くてさ。メンバーそれぞれにやりたいこと探し始めて空中分解寸前なんで、解散するわけ。何か事件を起こす前にわかれとこ、みたいな感じで」
な、なんか激しく揉めてる予感がします……!
そう感じたのは私だけじゃないみたいで、二人とも敢えてカックンさんに突っ込まない。
「本名の三隅賢で活動してたけど、ドラム叩きながらポップなノリで芸能活動しようと思ってる。ただ、いろいろ手広くやれはするかな」
「よっ、器用貧乏」「そのエッセンスが大事」
合いの手を入れる二人とも、ほんと仲良しか。
「それじゃあまとめに入るけど……いい? いいよね?」
カックンさんの問いかけに誰も異論はありませんでした。
「誰にどの季節、どのタイミングでどういう曲調、どういう歌詞で訴えかけるかって考えることが重要だよ。どの客層に、私はどういうサービスをするのか! って感じで」
「……客層」
真っ先に浮かぶのはツバキちゃんであり、ツバキちゃんが呟きアプリにのせてくれた新しいお友達の姿。私に服を寄せてくれた子たちだ。
次いで浮かぶのは、三人のファンの人たち。私を通じて三人の活動を応援したい人たちの顔。
現時点では後者の方が数は多い。新人だからしょうがない部分あるかもしれないけど、それでも歯がゆいところだ。
「物言わぬ客層に訴えかけることも大事だから、いま考えている人たちだけにとらわれないでね」
「うええ……む、難しいこと言いますね」
「カックンの言うとおりだな。客層についてはCDと配信の客層を見た方がいいぞ。マーケティングの話だからな」
トシさんの一言で、どんどん難しくなってきた……!
「手を借りろっつってんの。そんなてんぱった顔すんな」
「あうち!」
おでこに容赦のないチョップが襲いかかる!
打撃を食らった場所を擦る私にナチュさんが言うの。
「まあでもカックンの話で言うなら、サービスとか……客層とか。三曲あるんだし、それぞれ狙いをもって作りたいし、試したいよね」
「そういうこと。ナチュさんの言葉を借りるなら、三曲やる分、それぞれ三人のお客さんを思い浮かべたらどうかなって俺は思うわけ」
カックンさんのまとめにやっと納得した。
「それで、三つに絞ってみたら? っていう話になるわけですか」
「そういうこと」
頷いてくれたおかげで合点がいった。
「歌いたい相手……三人」
「彼氏とか一番のファンとか、狭めるのも悪くねえけどな。なにより大事なのは、お前に興味を持ってくれる、次のシングルを買ってくれるお客さんっつうのを忘れんなよ」
「ううう」
トシさんの敷くハードルはきっとごく真っ当なもので、だからこそ私には苦しい。
「あんまり媚びると叩かれるんだよねー」
「ね。ナチュさんの言うとおりだよ。メジャーになって変わったとか言われちゃうんだ」
「売れ線意識しなきゃいけないのはさ。そりゃあ売れなきゃ生きていけないんだから当然でしょって話なんだけどね。ずっと前から応援してくれた人たちに言えるわけもなく」
「表には言えない当たり前の悩みだよね」
ナチュさんとカックンさんはほんと苦労してるんだろうなあ。
「つうか、そのへんは当たり前の話でしかなくて、乗り越えて売れ線の中で自分らしさを打ち出せよって話でしかねえわけで。そもそも曲かわってねえのに言われたりもするわけで」
「それ言われちゃうとなー」
「弱いよなー」
「わかる。俺も言っててつらいよ」
っていうかトシさんもか。そして、これからは私も苦しむわけか……。
「まあ、そんなわけだ。春灯……お前と一緒にやる曲は、俺らにとってもリベンジなんだよ」
「リベンジ……」
「春灯を旗頭に、俺たちは人生を賭けてんの」
トシさんの言葉に二人が顔を引き締めた。
「確かに言えてる。人生賭けてるね。春灯ちゃんが売れてくれれば、営業もしやすくなる!」
カックンさん……。
「まあ……新しい刺激もらえないと、元いるバンドが停滞中だからさ。自分を変えなきゃ生き抜く自信が持てない感じなんだ。僕もその点では、カックンと同じだね」
ナチュさんも……。
「もちろん俺もだ。活動休止、つうかもう事実上は解散だからな。新しい居場所がどうしても必要なんだよ。それは口を開けて待ってりゃ手に入るエサじゃない。自分が掴み取る獲物でしかねえんだ」
トシさんまで……。
「お前がおいしくなってくれなきゃ困るわけ。素材は見込んでるんだ。熟成して、うまく調理して、どうおいしそうにお客さんに出せるかかかってる」
「春灯ちゃんはごはんなわけだ」
「そりゃまた、ずいぶんとおいしそうな話だね」
笑うお兄さん三人衆の下ネタ度合い、たまについていけなくなるのですが。っていうか、カックンさんは今はまだアイドルなんだからさ。ほどほどがいいと思いますよ! 個人的に!
それはさておいて。
「みんな、人生賭けて勝負にきてる?」
私の問いかけに三人そろって頷くの。
トシさんはそっぽを向いて腕を組んでいて、ナチュさんは私を見つめて爽やかに笑っていて。カックンさんは闘志を燃やして拳を握りしめていた。
「じゃあ……この四人らしい自己紹介の曲が、いいな」
呟いてみたら、しっくりきた。
「私たち、こんなバンドだって伝わるような曲がいい。ライブになるたび絶対歌いたくなるような、お客さんが聞かずにはいられないような、そんな曲がいい!」
自分で言っていて、当然気づく。
「無茶だけど。狙って作るものじゃなくて、生まれるものなのかもしれないけど」
「まあ……俺たちが作った物をどう受け取るかは、お客さんの自由だからな」
トシさんの冷静な切り返しが胸に刺さる。それでも言うの。
「でも、狙って作らなきゃ、そもそも勝負にならないもん」
「……そうだな」
厳しい男の人が笑ってくれたから、決意を胸に抱く。
「なんでも言ってください。私、めっちゃ頑張りますから!」
その言葉に三人はそれぞれ顔を見合わせて、悪ガキみたいに笑ったの。
あれ。は、早まりましたか?
「なんでもっつったな」「言ったね」「言いました」
どや顔をする三人に嫌な予感が膨らんできます。
「あ、あの」
「柴田さん、聞いてました?」
『もちろん。高城さんたちもみんなばっちり聞いてましたよ』
ナチュさんの振りに柴田さんがマイクを使って声を入れるのずるい。
「それじゃあ……」
トシさんが私の肩に手を置いた……だけでなく、掴んで言うの。
「まず、てめえの書いた黒歴史。ぜんぶ見せろ」
「えっ」
「ああでもそれは今すぐには無理だな。ならブースから出て、ノートに高校生になってからの記録を書き出せ」
「ええええ!」
思わずのけぞろうとしたけど、無理でした。トシさんに肩つかまれてるからね! 痛くないけど!
「テーマは恋愛」
「あと青春!」
「それから……友達かな」
トシさんにすかさず乗っかるナチュさん、少し考えて言うカックンさん。
「……いまから?」
「俺らにわかるように書け。ヤってる最中の感想もありゃいいな。もちろん俺ら全員が読む」
「せせせせせ、セクハラなのでは!」
トシさんの発言に思わず赤面しながら言い返す。
「いいか。これからはてめえの生き様が売り物なんだ。歌に魂ぶつけるっつってんのに、余計な殻なんかいらねえの。ただ歌のために、出来る限り自分をさらけ出してみろ。出す出さないはその後で決めりゃあいいんだからな」
「うええ……」
「書け。書けないっつーなら、書けるまであの手この手で攻める」
「ぐ、具体的には」
「高城さんにお願いして、彼氏を連れてくる。そして聞く」
「いいいいい、言わないと思いますけど!?」
「お前が言わないなら、彼氏を高校生が行ける限界のエロい店に連れて行く。問答無用で」
「卑怯な! カナタを人質にとるなんて!」
「カナタっつうのな。なるほど」
「はっ!? 誘導尋問!?」
ショックを受ける私にトシさんはにやりと笑って、手を離した。代わりに肩を軽く叩いて言うの。
「わかったら、やれ」
「うっぷす……」
とぼとぼと出て行く。
まさか、まさか……この段階になって、青春振り返りノートを作ることになるなんて。
こんなの歳を取ったら黒歴史ノートに早変わりじゃない? 私、中学で既に経験済みなんですけど!
なんてこった。なんてこった……。
ブースの外に出たら、高城さんがすぐに大学ノートをたくさん買ってきてくれた。
白紙のノートに自分をさらけ出すのなんて、いつぶりだろう。
日記に挑戦した時もあったけど、ちゃんと書くのは久々だ。
深呼吸をする。
聞こえてくるのは、柴田さんが再生するめちゃくちゃで、だけど思うがままに歌う私の歌声。そしてトシさんたちがブースの中で楽器を武器に、戦っている音。
そもそもさらけ出して恥ずかしいものは山ほど出してきた私だ。ここで怯んでいちゃしょうがない……しょうがないよね。しょうがないのか……そっか……。
「むん!」
息を吸いこんで、覚悟を決める。
まずは四月の出会いから。
私を痴漢から助けようとしてくれた男の子との出会いから書きだそう――……。
◆
終わらない。書いても書いても終わらない……。
四月の邪討伐まで書き終えて、熱暴走しかけた頭を手であおいで冷やしていたらトシさんが出てきた。
何も言わずにノートを取って眺めてから、私に向かって笑いかけてくる。
「くくくくく」
「あ、あの……その笑顔はいったい。笑い声が不穏なのですが」
怯える私にノートを丸めてべしって叩いて、トシさんは吠えた。
「長文かいてどうすんだ! エピソード! わかるように! 短く!」
「ひい! ゆ、ゆるしてくだしい!」
「ちょっちょっちょ! トシさん、仕事ノリ出過ぎ! 厳しすぎ!」
荒ぶるトシさんをブースから出てきたカックンさんがあわてて止めた。
「プロになりたて! 新人! 女子高生! 一回り近く年下! もうちょっと優しく、ね?」
「ったく……」
厳しい目つきで睨むのをやめて、深呼吸をしてからトシさんがソファに腰掛ける。
「どれどれ?」
気にせず笑顔でノートを取って、ナチュさんがページをすごい勢いでめくる。
「――……なるほど」
「え、なに読めんの? 速読できちゃう系男子?」
「まーねー。時間は有効に使わないとね」
笑ってさらりと言ってのけるナチュさんがノートを開いたまま、テーブルに戻した。
「春灯ちゃんさー」
にこにこ笑顔にトシさん荒ぶりモード以上の脅威を感じて思わず背筋をただす。
「な……なんですか」
「世の中にまだ夢見てるよね」
「うっ」
予想を超えた鋭さに脇腹が痛む。
「いや、いいんだよ。その夢の見方が、独特な言い回しとかファンタジックなノリになるとかから、もうちょっと現実寄りになっているのは。俺ら付き合いやすいし助かるし。でもねー」
こ、これは……精神的打撃を浴びるターンだ!
「そこじゃないかな」
「う……」
「これなら黒歴史ノートの方が楽しそう。僕、ネットに広まった時に一通り読んだんだけど」
まさかの死刑宣告!
「書き味とか言葉遣いとか、いつでもあの頃の自分に戻せるようにして。そうしないと苦しい」
「ううっ」
「あと隠喩とか、よくあるノリになってるから、独自性を探していこう」
「うううっ」
とんでもねえハードルを爽やか笑顔で課してくる……!
「ぜんぶ書いてくれたら僕は読むから。あの頃のノリで一から書き直してね」
「そ、そんなあ!」
「その方が高城さんも周りもみんな、仕事やりやすくなるし、春灯ちゃんに仕事頼みやすくなるからさ。むしろ仕事のためには武器が必要なの。春灯ちゃんの場合は、あの頃の世界観。いまもっとも欠けてるものだね」
笑顔のドS!
「ナチュさんえげつない……」
「そうかなー。手を抜いてる方だけど?」
これで!?
「アルバムの歌詞だって僕なりにアレンジして何度も直すの、ほんっと大変だったんだから」
うううっ、それを言われてしまうと厳しい!
「ま、まあ……じゃあ、せっかくなんで俺からも」
めそめそしかけてる私に申し訳なさそうにカックンさんが言うの。
「シーン、決め打ちにしちゃお。その方がトシさんも読みやすいし、春灯ちゃんらしさを探り出せるから」
優しい言葉に涙がでそうです。さすがはアイドル……女の子の味方だ……。
「じゃあ……トシさん、どうします?」
「……さっきは悪かった」
深呼吸をしてからぼそっと言って、トシさんはすぐに切りかえて言うの。
「俺らからお題を出したけどな。それぞれで、一番特別な思い出をまず話してみせてくれよ」
「青春……友達……恋愛で?」
「ああ。あんだろ? そんなナリして明るい顔して、気力体力充実しまくってんなら。なんか、エピソードの一つや二つ」
強ばった空気を和ませるように、高城さんがコンビニ袋を広げてみんなにお菓子と飲み物の差し入れをする。
炭酸ジュースをちびっと飲んで、思考を巡らせる。
青春で言ったら文化祭か生徒会長選挙だ。ううん……僅差で選挙かなあ!
友達で言ったら大変だよ。トモ、ノンちゃん、マドカに……キラリ。女の子でもそれぞれに特別な思いがある。男の子で言ったら、シロくんはやっぱり感慨深い思い出が多い。
でも……強いて言えば、キラリかな。中学の頃からっていう意味では。そしてそうじゃなければ……マドカだし、なによりトモだった。友達エピソードは厳選しきれないかもしれない……。
恋愛でいったら……特に高校に入ってからトーナメントまでは激動の連続だったなあ。
愛を知る前はギンだし、恋をしたのはカナタだ。続いているのも、幸せな思い出がたくさんあるのも全部、カナタ。
「いま女の子の顔してるねー」「ういういしい空気だねえ」
ナチュさんとカックンさんの声に我に返る。
「ちったぁ気が紛れたか?」
「それだけじゃないよ? いくつか浮かびました」
「じゃあ……そうだな。難しいな。春灯にわかるように言えっつうんだろ? 二人そろって変な目で見るな。高城さんも柴田さんも。大丈夫ですから」
片手でおさえてから、トシさんは私を見つめて言うの。
「その中で、もっともつらいとき、もっとも幸せなときのエピソードを連想しろ」
「んん?」
「あとは喜怒哀楽がはっきりしてるエピソード。そんで、言葉にできない感情がもっとも強いのを選び取れ」
「んんん?」
既にむつかしい。
「トシさん、それはしょりすぎだし、いきなり課題が重すぎ」
「ナチュほどじゃねえだろ……じゃあカックン、あとは任せた」
「ええ!? ナチュさんの指摘なのに俺? まいったなあ……それじゃあ」
渋い顔をしながら、それでもカックンさんはノートにお題を書いたの。
『お題に対して特別気持ちの強いエピソードを、タイトルつけて列挙してみよう!』
なんだか途端に教育番組のノリになりましたけど!?
つづく!




