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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十四章 歌手デビューは百難くるの?

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第三百六十八話

 



 尻尾につけられた疑似釣り竿と布が気になりすぎて落ち着かないし、いざ釣り開始となってお尻を海に向ける絵面の間抜け感がひどすぎてやばい。

 私はいったい何をしているんだろう。釣りとは哲学?

 そんな気持ちになりますね……。

 カメラを向けられてるし、船は揺れるし、そういえばそもそも釣れたらスカートが濡れてしまうのでは? と不安になってきたし。


「うう……」


 いたたまれない! いたたまれないよ!


『十兵衞、まだか。ごちそうはまだか!』

『急くな。のんびり構えろ。平常心、けれど緊張を保つ……』


 十兵衞……ちゃちゃっと釣る方法はないの?


『風情を楽しめ』


 風情って言われても!

 周囲を見渡す。

 撮影スタッフが待機していて、釣り船スタッフの船長さんは舵のそば。お兄さんは私を気にしてくれているけど、どうしていいやらって困った顔をしてる。

 当然だよね。私にもどうしたらいいかわかりません。強いて言えば一刻も早くお魚を九匹つりあげて楽をしたいですね。


「ところで青澄さん。海の歌でなにかいいのご存じないですか?」

「えええ?」


 橋本さん、それいま? いまなの?


「海……海……演歌? ええ? 海でしょ?」


 眉間に皺を寄せる。必死に脳内データベースを探る。

 海はでかいぜおっきーぜ的なの?


『なしなし、だめじゃ』


 ええ? まさかのタマちゃんNG……。

 じゃあ、じゃあ……浦島太郎さんが歌ってた奴?


『却下。アイドル路線でなにかないのか?』


 うええ? アイドル路線?

 ううん。毎日カチューシャ? それとも渚で一番可愛い女子?


『最後の奴がいいの! 妾にぴったりじゃ!』


 ……もう、しょうがないなあ。

 じゃあタマちゃんに捧げるつもりで歌うよ!


『ハル……玉藻に煽られたからといって、あまり大きな声を出すなよ。魚が逃げたら困る』


 うっぷす。

 もう、みんな注文が多いんだから!


「――……」


 口ずさむ。これ歌うなら水着がいちばんいいけどね。一月の船で水着はチャレンジャー過ぎるよね……まあいいや。

 ほらほら。愛想を振りまくからお魚さんたち、来て下さいよ!

 尻尾をふりふり口ずさんでいた時だった。


「あうち!?」


 ぐいっと尻尾が持って行かれそうになる。

 久々に言うかもしれないけれど、尻尾はとても敏感なのですよ!

 不意の容赦のない力加減に悲鳴が出たよね。

 引っ張られてるの。尻尾につけた疑似釣り竿の糸が。正確にはその先についた針が!


『きたな。この感じ……でかいのが食っているぞ』


 楽な尻尾は一本たりとてない。


「来た!? 来ました!?」


 涙目になりながら橋本さんに頷く。


「引いてください! 引いて!」


 そう言われましても、釣り竿についたあのぐるぐるがないよ! 糸を引き上げるって言ったって限界があるよ!


「ふわ!?」


 ぐいって引っ張られて、あわてて踏ん張る。

 思い切り尻尾を持ち上げた。そして手近なものに捕まる。

 マジで引きずり込まれそうですよ!


「ふんぬぬぬぬぬぬ!」

「頑張れ! 東京ドームの視聴者プレゼントがかかってる!」


 橋本さん、あとで覚えてろ!!! と歯を食いしばりながら、必死で尻尾を上げる。布がすっぽぬけないようきつく縛り付けられているから痛いのなんのって!

 目に浮かぶ涙を堪えながら、唸る。

 十兵衞!


『体力勝負だ。食いついた魚に体力がある。粘れそうか』


 無茶いうなあ、もう!


「青澄さん、歌!」

「歌ぁ!?」

「続き!」


 かちんときたけど、スカイダイビングの時と同じで自棄っぱちになりながら続きを歌う。

 持ち歌に夏歌があればなあ、アピールできるのにな……!


「――……!」


 ほんと、あのグループが好きな人たちごめんなさい……!


『粘れ。粘れ……今だ!』


 ふぬぬぬぬぬ! と下りがちだった尻尾を必死であげる。九本すべてが悲鳴をあげる。私はいったい何をやっているんだ、という気持ちで頭がいっぱい。

 それでも船を走って、なんとか糸を引き上げた。

 その瞬間、ざわついたの。


「まじで釣れた!」


 スタッフさん一人の声に思わず「おい!」って言いそうになったよね。寸前で堪えたけど。

 ふり返ると、疑似釣り竿についた引き上げられる程度の長さの糸の先――……針に、魚が九匹かかってた。


「もってますねえ! 青澄さん!」


 よ、よろこんでいいのかなあ……。


『なんじゃ。雑魚ではないか!』

『いや……うまいぞ、アジはいい』

『ヒラメはどこじゃ?』

『ちゃんとした釣り竿でなければな』

『なら、はようせんか! 妾はヒラメを所望する!』


 ……もー。なんだかなあ。


「それじゃあ青澄さん、今日の挑戦はすべて――……成功です!」


 橋本さんの声にスタッフさんたちが歓声をあげる中、心の中で駄々をこねるタマちゃんと、釣りに闘志が燃え始めた十兵衞の気持ちに押されて私は恐る恐る問いかけた。


「あのー……ヒラメが釣りたいんですけど。それって、できます?」


 せっかくチャーターした船なので、ということでご厚意で釣らせていただきました。

 私を操る十兵衞は見事にヒラメを釣り上げて、タマちゃんがご満悦なのでした。

 十兵衞は三尾くらいは釣り上げたかったみたいだけどね。一尾を釣れただけでもできすぎなので許してくだしい。


 ◆


 港に戻って魚をさばいて食べさせてもらったの。

 お兄さんの手つきは勉強になるなあって思いながら見ていたら、やってみます? って聞かれたからお願いしちゃった。

 魚をがちでさばくと血が結構でるんだね。あと内臓を出すのは解剖みたいでどきどきです。

 アジをさばいて切り身をたくさん作って、それを船長さんの作ったタレにまぶしてご飯にかけて食べたの。

 とんでもなくおいしかったよー! でも食べているところをカメラでばっちり撮られて、私は思ったよね。

 あれ? 私って歌手なのでは? これでは日曜夕方にやっている釣り番組とか、バラエティの一コマなのでは? って。


「食べっぷりもいいし料理もできて、最高じゃないですか! 青澄さん!」

「はあ……どうも。でも魚の調理は慣れてないので、教えてもらったおかげです。ありがとうございます」


 橋本さんに話を振られて、お兄さんに頭を下げたの。

 そしたら、はにかんで笑っていらっしゃいましたよ。


「ども……」


 朴訥とした感じ。いいなあ。うちの学校にはあんまりいないタイプ?

 狛火野くんが近いといえば近いかも。


「お父さんたちは漁師業、ながいんですか?」

「ええ……まあ。ガキの頃からですわ」

「俺も……高校卒業して、ずっとですね」


 船長さんたちが日焼けした赤い顔で笑うの。なんかいいなあ。

 欲望と対峙して隔離世いって戦っているのは、こういう人たちの日常を守るためなんだなあ。

 それだけじゃなくて、歌も聞いてもらえたら嬉しいなあって思ったし。

 こういう人たちに知ってもらうためには、無茶ぶりが過ぎるなあと思うこういう番組に出ることにも意味はあるのかもしれない。


「すごいですねえ」


 しみじみ噛みしめていたら、船長さんに笑われたの。


「いや、その尻尾で釣ったあんたも十分すごいよ」


 思わず笑い返しちゃった。


「確かに。尻尾で釣りとか……びっくりですよね」


 半目で橋本さんを見たら、なぜか今日一のどや顔だった。


「いい企画だった、っていう落ちがついたところで……青澄春灯さんのニューアルバム、絶賛発売中です。お買い求めくださいね?」


 あからさまにまとめに入ったのなんでだろうって思ったら、スタッフさんが「締めて」って書いた紙を向けていた。あれがいわゆるカンペなのかな。


「次回もぜひ、青澄春灯の挑戦にご期待ください! 本日はどうもありがとうございました!」


 手を振る橋本さんに合わせておく。

 しばらくして「はい、おっけーです!」という声が聞こえてほっとした。

 みんなで丼を食べようっていう流れになって、それなら酒を出しますよって船長さんが言ってくれてさ。大人が大盛り上がりしている時だったの。


「あ、あの」


 お兄さんが紙とペンを持って、私のところに来てくれたのは。


「サイン、お願いできますか?」

「え――……」


 思わず目を見開いちゃったよね。サインだって! サイン……。

 そりゃあね。小学校の時に考えちゃったりとか、中学生の時に魂の名前を筆記体で書いてみたりはしたけれど。

 本名デビューでサインとか。したことないよね!

 強いて言えばツバキちゃんに求められたことがあった気がするくらい。だけどそれだって、デビュー前の話だ。


「し、CD買ったんです。家だから、いま手元にないけど……これ」


 あわててスマホを出して、画面を見せてくれた。音楽再生アプリの中に……ある。私のアルバムがある!


「……ぜ、ぜひ……お願い、できますか?」

「う、え、あ、え、え、えっと」


 露骨にてんぱる私に気づいて橋本さんが近づいてきた。


「もしサインがないなら考えちゃいましょっか。自分、先輩の見たこと山ほどあるんで」

「い、いいんです?」

「いいですよー。今日めっちゃ無茶ぶりしたけど、春灯ちゃん頑張って答えてくれましたし。おにーさん、よかったですねー。たぶん、春灯ちゃんデビュー後初のサインですよ?」


 にこにこ愛想を振りまきながら、橋本さんが縦書きがいいか横書きがいいか、日本語がいいかアルファベットがいいか聞いてきた。

 いかにも手慣れてる感じだからお任せしちゃった。日本語とアルファベット、両方縦書きで作ってもらったの。

 即席にしてはびっくりするほどしっかり練られてた。芸歴十六年の新人さん、侮れない。

 どれにしようか迷ったけど、アルファベットは……かっこよすぎたし、ツバキちゃんに取っておきたいから、日本語で挑戦させてもらった。

 何度か練習した後の挑戦は、初々しくて慣れない雰囲気しか出てなかった。露骨なのは、お兄さんの名前と日付を書いたところの部分。私にとっては見慣れた自分の字でしかない。なのに、


「ありがとうございます! あ、あの、握手も……」

「してあげたら?」


 橋本さんに促されるままに、手をそっと握る。


「今後も気に入ってもらえるよう、頑張りますので……応援、よろしくお願いします」


 精一杯の気持ちを込めて、相手の顔をじっと見ながら言ったよ。

 お兄さん、顔を綻ばせて嬉しそうにくしゃくしゃにして笑ってくれた。

 何度も頭を下げて離れるお兄さんを見送って、くすぐったい気持ちでいっぱいだった。


「いい顔するね、春灯ちゃん」

「ど、どうも」


 照れくさくてしょうがない。


「ライブでもテレビでもなんの仕事でも、その顔をしてたら大丈夫だよ」


 不思議な気持ちになる。カメラが回っているときは、それこそ突撃冒険バラエティーのディレクターさんばりに無茶なこと言うし厄介だったのに、カメラが回らなくなるとすごい優しいの。

 業界っていうことを考えてみたら、この人は先輩になるわけで。そう考えてみると……私は先輩に恵まれているんだなあって思っちゃった。


「ありがとうございます」

「あんまり素直でも損するよ?」

「え……」

「変な人も多いんだ。助言ってのは本来、無責任なものだからさ。取捨選択は自分でしてね、っていう前提でしてるからね。いらないと思ったら、真に受けなくていいし、しっかり聞くことないからね」

「はあ……」


 疑問符がいっぱい浮かんでくる。


「でも、橋本さんはいいなって思ったから褒めてくれたんですよね?」

「――……まあ、そうだね。春灯ちゃん、ほんといいね」


 少しだけ驚いた顔されて、それからなぜか喜んでる。


「これからもよろしくね。改めて、橋本シンゴです。東京中心にピンで働いています」

「ど、どうも……青澄春灯です」


 握手を交わしたら、橋本さんは「ご飯のこさず食べていこうか」と笑って行っちゃった。

 不思議な人だ。芸歴十六年の新人ですって、まるでネタのように言うけれど。私が知らないだけで、テレビに結構出てるのかなあ。

 ただの芸人ってところにおさまるタイプには見えない……なんて、私だけかな。そう思うのは。


『さてな……』

『それよりヒラメじゃヒラメ! 実家へ持ち帰るか? 寮に戻っても、ちゃんとさばいて食べられるか?』


 あ、あはは。タマちゃん、どれだけ食べたいの。

 しょうがないなあ。お兄さんたちにお願いして、血抜きをしてもらって、ケースに氷と一緒に入れてもらったよ。


 ◆


 事務所に一度戻って今後のスケジュールの確認をして、高城さんに送ってもらって学生寮へ。

 正直くたくただし、ヒラメは預かってもらって寝たいのだけど。


『ヒラメ! ヒラメ!』


 タマちゃんの食欲が珍しく旺盛なので、食堂のおばちゃんに許可をもらって調理場を借りたの。そばには岡島くんがいる。

 お兄さんたちにさばき方を教えてもらったんだけどね。私だけじゃ正直不安だからさ。声を掛けたの。

 カウンターの向こう側にはカナタや茨ちゃん、井之頭くんがいる。九組の食いしん坊組は岡島くんの部屋にいたのでついてきたんです。

 まあ五人くらいなら楽勝だよね。おっきなヒラメだからいけるはず。


「それじゃあ丁寧に処理していこう」

「お、お願いします!」


 エプロン装着、手も洗っていつでもいける。

 岡島くんの指導は漁師のお兄さんたちに負けず劣らず丁寧で、それでも私は苦労したけど無事にさばききることができた。

 大皿に骨のあるヒラメを置いて、その上に切り身をならべる。もちろん、エンガワもあるよ!

 肝も血の処理をして醤油と和えてある。

 岡島くんが用意してくれた豆腐とわかめのお味噌汁とご飯を添えて、食堂で待っている三人に出したよ。もちろん私も食べますとも。

 カナタの横に座って、みんなで手を合わせる。


「「「 いただきます! 」」」


 みんなで食事を囲んでヒラメを味わいながら、思考を巡らせる。

 ネット配信番組で挑戦って言ったけど……高城さんに確認してみたら、私の冠番組だ。

 高城さんには話題性があると言ってもらえたけど、世間的に見たらまだまだだよなあ、と思う。それこそ、海外のポップスターが私の呟きでもしてくれたら一気に状況は変わるだろうけど……さすがにないよねえ。アメリカから日本に戻ってきてから、そういう人と会ったりしてないし。強いて言えばあのアメリカ国歌を歌った場所にいた人くらいだけど。

 目まぐるしく過ぎて誰が誰やら、何がなにやら覚えてないもんなあ。

 うまいうまいと何枚も重ねて一気に食べようとする茨ちゃんを、岡島くんが一枚ずつ噛みしめて食べなきゃお行儀が悪いってたしなめる光景を眺めながら思う。

 なんだか運命が回り始めている。

 もしかしたら、なんて……考えてしまうのだ。

 そんな棚からぼた餅みたいな機会に恵まれても、私自身の実力が伴わなかったら痛い目を見る。士道誠心に入ってから学んだことだ。

 運は必要だけど、運だけじゃだめなんだ。

 私自身の実力がなければ……そもそも、なんにもならずに終わるのだから。

 がんばっていこう!

 肝醤油の味わいを噛みしめながら、私は決意するのであった――……。


 ◆


 お風呂を済ませて、大浴場前の休憩スペースでツバキちゃんとスマホで通話して、山ほど話してさ。サインの約束をして、ひと息ついてようやくお部屋に戻る。

 カナタが刀をばらして丁寧に手入れをしていたよ。

 打ち粉をしているカナタは私にとってかけがえのない日常そのものだった。

 そっと扉を閉めて、後ろに回る。


「ひといきついたら教えて?」

「どうした?」


 笑って答えるカナタの背中を見つめる。

 男の人にしては華奢な背中だ。綺羅先輩やタツくんに比べると明白。

 でも……やっぱり、広くて頼もしいから男の子の背中なんだなあって思う。


「肩、もみたいなあって」

「急にどうした」

「私は普段から迷惑を掛けているんだなあって実感したの」

「それでねぎらってくれるのか?」

「……だめ?」

「気持ちは嬉しいけど、春灯の迷惑なら買ってでも俺のものにしたいよ」

「……どうして? いやじゃない?」

「いやになったら、お前と一緒にいるのがつらくなるだろう? それはあり得ない」


 それは正論だし、確かな事実だった。


「いやになるわけがないよ。ちゃんとして欲しいとは思うが、それは俺にも言えることだしな」


 手を止めて、刀身に柄を装着しながらカナタはしみじみ言うの。


「だから、これからもよろしく頼む……それが俺の正直な気持ちだよ」

「……ん」


 手元が狂ったら危ないから、うずうずしながら待つ。

 鞘におさめてようやく、


「もういい?」

「ああ……おいで」


 手を広げて私を迎えてくれた。カナタの首元に鼻先を当てて胸一杯に息を吸う。

 汗の臭いがする。


「身体、動かしてたの?」

「ああ。ラビと並木さんとトーナメントの反省戦をしていた」

「おお……反省戦」

「真中先輩たちが安心して出て行けるようになるためには、俺たちはまだまだ未熟だからな」


 実感するなあ。

 本当に……卒業式が近づいているんだなあって。


「綺羅先輩の卒業を前に、二年生の愚連隊の連中も思うところがあるようだし……ミツハ先輩がいなくなるとなると、二年生の刀鍛冶一同としても何もしないではいられない」


 カナタの肩に頭を預けながら呟く。


「私、歌手活動してていいのかなあ」

「いいだろ。誰もが認めると思うぞ?」

「……そうかなあ。侍候補生としては横道に逸れすぎてる気がする」


 愚痴だなあと自覚しながら言ったらね?


「そんなことを気にしていたのか?」


 カナタが笑ったの。

 私の脇に手を添えて、そっと上半身を離すと私の目を見つめて言うの。


「侍として、隔離世の可能性を知らせる存在として……お前は誰より第一線を走っているのに」

「……可能性を、知らせる?」

「ああ。隔離世の刀の……御霊の可能性はもはや、戦うだけに留まらない。元来、広告塔っていう路線だったはずだしな。誰にもできない……交代できない役目を担って、春灯なりに戦っているんだ」

「……それが、歌手活動?」

「気づいてなかったのか?」

「……うん」


 呟いて、頷いた。


「私なりに、戦う、かあ」


 ギンと戦った時のことを思い出す。

 私の戦い方を……ギンは認めてくれたような気がしているの。


『気のせいではない』


 十兵衞?


『道を記し、導くもまた戦いなり。いいではないか』


 ……いいのかな? 切った張ったしてなくて。


『そればかりが戦いではないよ。戦わずして勝つのもまた道。歌で邪悪を生まずに導けるのなら、それに越したことはない』


 邪を……生まず、そう導く……。


『ふん。人の考えなど、そうたやすく変わるものではないぞ?』

『だが……気分は変えられるのではないか?』

『歌は万能ではない』

『しかし可能性もまた、ゼロではない』

『……まあ、そうじゃが』


 私にしかできないこと……。

 歌うことの意味……かあ。

 もちろんそれは、軸足になる考えに繋がっているはずだ。

 金色の光はそのためにある。星空のようにまたたいて……そんな光景が見られたらいいなあと思うの。

 邪を変える力。生み出さずに済む可能性……そんなものがもしあるのなら、隔離世に対する印象だって随分かわってくるはずだ。

 できるかどうか、今すぐにはわからないけど。探してみようと思ったの。私なりの戦い方をもっともっと知りたいから。

 しみじみしていたら、カナタが尻尾を触ってきた。


「ずいぶん……乱れているな」

「あ、そ、それは……釣りしたせいで」

「無茶をするな……櫛の入れがいがある」

「うっ」


 や、やばい。今日は良い空気のまま、あまあまへ突入して甘えまくろうと思っていたのに!

 これじゃあカナタの櫛で寝かされてしまう……!


「どれ、櫛は――……」

「あ、明日じゃだめかな」

「だめだ。尻尾の手入れは俺の使命だからな」


 使命に格上げされてた!?


「よし、櫛がとれた。いくぞ――……」

「くふう」


 違う。違うの。気持ちいいけど、これじゃないの。これじゃないんだけど。


「くふう」


 カナタの手が止まらないの!


「た、耐えられたら……甘えてもいいですか」

「お前が寝落ちする方に賭ける」

「あっ、あっ、手つきが丁寧に! それだと私ねちゃ――くふう」


 背中を撫でられながら尻尾の手入れをされると、寝ちゃうよ……!


「ドーム公演が待っているんだろう?」

「う、うん」

「尻尾の乱れは心の乱れ。律していかないとな」

「さすがミツヨちゃんの宿主!」

「姫からも、春灯にはもう少し厳しくしろと怒られたところでな」


 お姉ちゃんめ! 和解したと思ったら、相変わらず私に厳しいんだから!


「そっ、それと櫛入れとなんの関係が」

「どうせ……あまあまたっぷり増量して、今夜はオールナイトですね、みたいなノリだったんだろうが」

「うっ」

「だめだからな」

「な、なんで。私がまた発情期になってもいいというの!」

「次は遅れを取らない」


 むうう! かたくなだ! カナタが久々にかたくなだ!


「……ただでさえ色々あったんだ。今日くらい、ゆっくり休め」


 決め顔で言われたから、私は同じく決め顔で聞きました。


「それで、本音は?」

「今日は疲れたから、ゆっくり寝たい」

「ふーんだ! そうはさせないもんね! ぜったい起きててやるんだから!」

「はいはい……その時は俺も覚悟を決めるよ」


 笑いながら櫛を入れられて、たえきれずに私は鳴きました。


「くふう」


 長い戦いが始まる予感です――……!


 ◆


 結果はさておいて。

 翌朝、スマホが鳴ったの。寝ぼけ眼でスマホを手にしたら、高城さんから電話だ。

 なんだろう? 目を擦りながら電話に出る。


「もしもし……」

『春灯!? と、ととと、とにかくテレビ! テレビつけて!』

「えええ……なに……朝から」


 凄いテンションでまくしたてられる。

 民放、どれでもいいからって言われてテレビをつけた。


『――おすみ春灯さんのニューアルバムについて、反響が広がっています』

「え?」


 私のアルバムのジャケ写が出てる。

 九尾と着物姿の私が映える、黒を基調としたジャケット。


『現在、CDと同時にネットでも配信されているこちらのニューアルバムですが、海外のセレブが一様にこぞって手に入れては、スマホで流して口ずさむ動画を投稿しているんです』

「ぶえ!?」


 変な声が出た。驚きすぎて。


『これを受けて日本にも影響が広がっているようで――……発売して二日が経過した現在、配信しているストアでも店頭でも独走状態です』

「え。え。え」


 運命は確かに回り始めた。

 けれど、私の予期しない速度すぎる。それは私の制御できる速度をとっくに超えていた。


『長らく不況が叫ばれていた音楽業界の光明となるのか? PVの再生回数は加速度的に上昇中。今後が気になるアーティストと言えるでしょう!』


 耐えきれずにテレビを消した。


『見たかい!? オファーがくるぞ。波がくる。とんでもなくでかい波が!』

「あ、あ、あの」

『ドームにしてよかった! 社長の目はすごい! なにより春灯がすごい! 覚えてるか!? アメリカで国歌を歌った時の! あの時のセレブがみんな気に入ってくれてたんだよ! ほかにもあってだな! アメリカの大富豪が――』

『あなた、ちょっと落ち着いて。そう矢継ぎ早に話しちゃ相手が可哀想よ』


 あれ!? 女の人の声がする! 高城さんの電話から女の人の声がする! あれかな。噂の奥さんかな?


『と、と、とにかく! まとめるぞ! 学校しばらく休んでもらわなきゃいけなくなりそうだ』

「ええええ!?」

『仕事がくるぞ! 山ほどな! いいかあ、稼ぐぞ、春灯! と、とにかく急いで事務所へくるんだ! いいやまった、俺が急いで迎えに行くから! また後で!』

「ちょおっ――……切れ、ちゃった」


 途方に暮れる。


「ん――……んん、ん? なんだ……どうした?」


 寝ぼけ眼で身体を起こすカナタにどう説明しようか悩んで、もう一度テレビをつけた。


『青澄春灯さんには出演オファーが殺到しそうとの声もあがっています。いやあ、久々に明るいニュースでいいですねえ』

『まったくですね! 彼女と会うのが楽しみ――……』


 テレビで会ったこともない有名人の男性アイドルキャスターがニュースキャスターと二人で私の話をしている。

 ぽかんとした顔をしてテレビを見つめるカナタになんて言おうか悩んでいたら、スマホがまた鳴ったの。社長からだ。あわてて電話に出る。


「もっ、もしもし」

『ああ、春灯? 高城だけど、叱っておいた。本当なら私がこんな電話する必要ないんだけど……直に言っておきたいから、電話したの』

「はっ、はい」


 大事な話に違いなくて、あわてて背筋を伸ばした。


『学校いけなくなるくらい仕事したい? それとも学校いきながら仕事したい?』

「……そ、それは」


 視線がさまよう。


「学校、いきたい……です」

『春灯はそうだと思った。いろんな子を見てきたからわかるのよ』

「はあ……」

『バラエティ出すのはいいけど、あなたは本来、歌手なんだから。どの程度、仕事をするかはアイドルに比べるとまた違うわけ』


 高城さんと……じゃあ、社長の思惑は少しずれていたってことなのかな。


『もちろん、高城が考えた通り、昔のノリを取り戻せた春灯ならタレント路線も狙えると思っているけどね』


 すかさず補足を入れてくる社長すごい。私ただ無言だったのに。


『それでも学生生活は、後になって取り返せるものじゃない。貴重なインスピレーションの場を、アーティストになるあなたから奪いたくはないの』


 穏やかな声だった。


『まったく、高城も高城よ。学生タレントなんて山ほど抱えてるっていうのに舞い上がっちゃって。新人かって話よね。とにかく春灯、事務所の方針は明確。あなたの露出はあまり増やさず、むしろ制限する。いい?』

「な、なんでですか? 仕事しどきなのでは?」


 戸惑う。

 何が不満なのか、社長は不機嫌そうな声で言うの。


『ブレイクして露出しまくった芸能人はどうなってる?』

「……その後、安定するほどしっかりするか、飽きられて消えるか」

『安定するにはあなたには足りない物が多すぎる。それを補うのが事務所の仕事。だけど……中学の頃ほど……あなた、キャラ作り込んでないでしょ』

「うっ」

『世間のみなさんに飽きられないキャラ造りをできてる自信はあるの?』

「……あ、ありません」


 雑誌のインタビューだけじゃなく、社長にまで指摘されるなんて。

 求められてるのはエンジェぅの頃の私。

 胸に宿しただけでは足りない、あの頃の自分がいるんだ。

 まるでさとすように社長が言うの。


『関心が山ほど集まっている現状だからこそ露出を制限して、神秘性を高めた方があなたを見たくなる。ドームに行きたくなる。CDだって買っちゃう』


 社長の声が聞こえるのか、カナタが呟くの。興味を惹くためか、って。


『今の……彼氏の声?』

「は、はい」

『いいとこついてる。つまりはそういうこと。現状は配信サイトの動画と、あなたの放課後に出演できる番組だけで十分』

「テレビには、じゃあ……出るんです?」

『当然ね。けどいたずらに出したりはしない。いい? 呟きアプリ類のSNSはとうぶん禁止』

「えっ」

『学校の外に出るときは事務所に前もって許可を取ること。今後も移動は高城の車で行なう。何か質問は?』

「つ、つまり……今日は放課後からお仕事です?」

『そういうこと。高城にはもう伝えてあるから。じゃ、よろしく』


 電話が切れちゃった。

 カナタが目を擦ってから、私をそっと抱いて笑ったの。


「たいへんそうだ」

「……ん」


 肌の感触に甘えたくてすり寄る。

 テレビが私の関係ないところで私の話をする。

 不思議な気持ちでいっぱいだった。

 なんだか……怖いくらいだったの。

 なだめるようにカナタが頭を撫でて、抱き締めてくれた。

 鼓動が重なり合う。深呼吸していたら、少しだけ落ち着いてきたの。


「……どうしよ」

「忙しくなりそうだな?」

「うん……」


 背中にあたたかい手が触れる。髪の毛を優しく梳いて、カナタが囁く。


「だいじょうぶ。なにが起きても……味方だよ。それに何が起きても守るから」

「……ん」

「……少し、頑張っちゃうか?」


 珍しいこと言うから、吹き出すように笑っちゃった。

 顔をあげて、キスをしたの。遅刻するくらい、何度も……何度でも……――。




 つづく!

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