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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百六十四話

 



 己の偶像が刀とは。

 閻魔姫から受け取った刀を玉藻の構える店の居室で見つめながら、十兵衞は笑う。

 春灯が抜いた己の偶像はどうだ。かつて己が手にした三池典太に比べると、随分と頼りないではないか。ただ真っ直ぐ、愚直に伸びた刃。魔性を感じない、凡庸さ。

 当然だとは思う。あの娘は過去を知らぬのだから。

 けれどもう、そうではない。己の魂を内に宿して、知り得たものもあるはず。

 今の春灯が改めて己の魂を引き抜くのならば、その姿は変わるに違いない。

 いわば――……隔離世の刀鍛冶の言葉を借りるならば、これは偽刀に違いない。今はまだ。


「ご執心のようで……」


 背中にもたれかかる化生に振り返りはしない。


「ハルの信じたそなたを見て……何を思う?」


 玉藻の前の問いかけに、十兵衞は「そうさな」と呟いた。

 人は醜い。歪んでいる。活かせと訴えるその口で命を喰らう。愛する人の罪を許せと泣いて訴えるその口で、罪人をどこまでも嘲り笑う。

 清らかさだけでは語れず、かといって――……実は醜さだけでも語れない。

 見知らぬ赤の他人には冷たい男も身内の窮地には身を捨てる。大勢を敵に回して無慈悲に殺戮する一方で仲間のためなら命を張ったりもする。

 清濁を併せ持つ。

 だから清らかに生きようとする者は、強くなければならない。醜さを飲み込み、その身を殴られても跳ね返す強靱な精神がいる。

 時に手を汚さなければならない一瞬もあるだろう。望まぬ攻撃をせねばならぬ時すらあるだろう。そして望まぬという気持ちに甘えることなく、己は罪を犯したのだと受け入れ内省する心構えがいるであろう。

 ――……説教がうつったか。

 いや、あのお方ほど俺は達観できておらぬ。ただの説教だ、これは。


「歳を感じておる顔じゃ」

「死して長い時を経た。年寄りだよ、俺は」

「ぬしが年寄りなら、妾はなんとする」


 胴に腕を回して抱きついてくる化生の肉の感触があまりに心地よいから、そっと腕を外した。


「よせ」

「……契っても、妾は構わんぞ?」

「今のお前さんは化生にしか見えん。俺をたぶらかす……な」

「なぜ?」

「尻尾がほれ、九つある」

「……くふ」


 ばれてしまったか、と玉藻が笑う。その尻から生えた九つの尻尾は、彼女が化生であることをなによりも如実に物語っていた。


「しかし……ハルのお呼びがかかるまで暇じゃ。たまには――……ぬしほど強い男の上に跨がるのも一興」

「精気を食らう気ならやめておけ」

「うまそうじゃが?」

「俺がお前を食らう方が早い」

「ほ。これは面白いことを言う。試してみるか?」


 腰の上に跨がり、首に巻き付けてくる腕も身体も地獄で音に聞く女郎蜘蛛のような魔性の類い。死してどれほどの時が流れたか。天界の様相も時代の移ろいと共に変化した。かつて見た顔の中には現世に新たな命として舞い戻った者もいる。

 故に今、真実……独り身である。

 ならば地獄で応えぬ理由もさほどない。強いて言うならば。


「腰が弱くなる。戦の前には女を控えるべきだな」

「くふ……身体はその気のようじゃが?」

「お前さんが美女なのは俺も認めるところよ」

「……ならば、のう? 十兵衞。この時だけ、妾をもらってくれるかえ?」

「――……この時だけときたか。男にとって都合の言い訳だ」

「そなたの妻も子も天界より現世に転生して久しいと聞く。にも関わらずそなたは死後に居続ける……ならば、もうよいであろう? 寝屋に妾を置くくらい」

「……む」

「男の無頼を慰めるは女なり……共にいて、もうあとふた月み月もすれば一年になる。妾にそなたの悩み、心の内を見せてはくれまいか」


 悩む十兵衞に玉藻は笑いながら囁いた。


「共にいい歳ではあるまいか」

「そうさな……互いにいい歳か」


 腰に腕を回して押し倒す。

 手にした刀を置いた。横目に見れば、玉藻の刀もある。金色に煌めく化生の刀。

 思えば数奇な運命だ。死して長く時を経て、霊界から呼び出されてみれば妖狐と共に女子の心の中に入ることになろうとは。

 面白い、とは思う。何か己の強さの新たな境地を見いだせたなら、とも思う。

 興が乗る限り――……手を伸ばそう。

 玉藻の唇を吸いながら、十兵衞は思いを馳せた。

 さて、彼女は己たちに手を伸ばすだろうか。

 答えなど考えるまでもない。

 玉藻もまた同じ思いであるだろう。ならばこれはその前のちょっとした交流のつもりか?

 まったく、面倒な女だ――……。


 ◆


 どんなに気持ちが急いても午前の授業はちゃんとあるし、そういう合間にみんなに山ほど弄られたよね。尻尾はどこへ? とか。刀が変わってない? とか。無視なんてしたくないので答えていたら、すっかり落ち着いちゃってさ。

 結局、お昼ご飯を九組のみんなと食べて試合時間が来るまでにすっかり和んじゃった。

 だから会場――グラウンドに作られた四角を前にして、強めにほっぺたを叩く。そして胸一杯に息を吸いこんだ。

 土埃の匂いは隔離世に行っても変わらない。嗅覚は人間のそれに戻ってしまったけど。

 周囲を見渡す。十二ブロックにはカゲくんとルミナさんがいて、他のブロックにも同じようにそれぞれに選手がいる。

 最終戦。

 私の前にギンがいる。

 一学期のトーナメントの再現のようで、違う。

 あの頃、私は二つの強さに守られていた。なによりそんなの忘れちゃうくらい必死だった。

 挫けそうな心を叱るように、叩いたほっぺたがじんじんと疼く。

 必死なのは今も一緒。やることは変わらない。


「十三ブロック、決勝戦を始める。青澄春灯、沢城ギン……前へ」


 ギンが軽やかに陣地に入る。私も……行くよ。


「両者、互いに礼!」


 にらみ合う。張り詰めているのは私だけ? ううん、ギンも一緒だった。

 それでも私は礼をする。頭を上げたら、ギンが遅れて頭を上げていた。


「それでは――……構え」


 村正が引き抜かれた。

 鍔元から刃先にかけて、赤黒い雫が落ちる。

 ぽた、ぽた、ぽた。

 地面にできる染みから黒いモヤが浮かび上がって、村正にまとわりついていくの。

 トモを切り裂いた刀。どれだけの神や化生を纏おうと、人の部分を切り裂く刃。

 影打ちと侮ることなかれ。あれは間違いなく妖刀だ。

 怯むな。わかっていたことだ。刀がどうなろうが、この決勝戦から逃げる気はないのだから。

 息を吐き出して、刀を引き抜く。

 澄んだ刀身をギンに向けた。直後、


「はじめ!」


 ライオン先生の号令と同時にギンが疾走する。

 私へと。村正を下げたまま。しかし、刀の角度が変わった。

 右目に死線は見えない。十兵衞の御霊がないから。

 だけど私はギンの太刀筋を知っている!


「――っ!」


 迷わず刀を振り下ろした。手応えを感じる。

 甲高い剣戟の音。

 防げた。けど足りない! 急いで弾かれた刀をギンめがけて振り下ろした。


「くっ!」


 手首に泣きたいくらいの衝撃を覚えた。

 つばぜり合い。刀が揺れる。激しく擦れて刃先が悲鳴をあげる。


「――……粘るじゃねえか」

「これくらいならね!」


 全力で押し返そうとした。だけど足りない。ギンの刀が傾き、揺れて、力を一定して出せない。おかげで拮抗している状況は変わらない。


「昨日よりちったぁましな匂いがしてきやがった。けど……足りねえなあ!」


 かち上げられて、お腹を強く蹴り飛ばされた。

 地面に弾みながら、必死に勢いを食い止める。場外で一本取られるなんて嫌だ!

 なんとか身体を起こして、迷わず構えた。

 眼前にギンが迫ってきていた。くるくると縦に回転しながら、


「――ぉらあッ!」


 村正で切りつけてきた。刀ごとを切り裂くつもりだ。


『我は――』「私は――」


 踏ん張り、切り返す。

 ギンにとって、必殺の瞬間に違いなかった。

 実際、私の刀がぶつかったところを中心にひび割れていく。

 でも、斬られてない。当然だ!


「折れない!」


 吠えて、弾ける気持ちのままに、殻が割れる。

 刀身の内側から金色が弾けて現われる。


「ちっ!」


 咄嗟にギンが飛び退いた。

 たった僅かな切り合いで、私の息は上がっていた。構うもんか。


「タマちゃんも十兵衞も、ギンの村正ほど鍛えてこなかった! だけど!」


 金色の刀を手に、叫ぶ。


「私は私を磨いてきたの! 鍛えてきた! みんなと一緒に!」


 振り払うたびに金色が煌めいて揺れる。

 その光は間違いなく私の手にした輝きに他ならない。


「斬られてたまるか! これは私のすべてだ!」


 身体に次から次へと力が湧き上がってくる。

 頭頂部がむず痒い。お尻も。内からわき出てくるままに叫ぶ。


「クレイジーエンジェぅ転じて、私の刀! 歌が大好き金色侍の刀は! 折れない!」


 衝動のままに飛んで、切りつける。

 金色の軌跡を描いて、ギンを狙う。

 対するギンは笑っていた。黒いモヤを纏った村正で、私の金色を迎え撃つ。

 剣戟の音にまぎれて聞こえてくるの。霊子が放つ叫び声。


『斬らせろ。肉を。人を。我は求める。求めて。求めて。血を啜る』


 村正の声だ。刀の声が――……はっきり聞こえる!


『もう補助輪はいらないよね? 我の声も……もう必要ない。我の刀を受け入れてくれた時のように、安心させて?』


 ……うん。ありがとう、エンジェぅ。


『よし! 我を生み出したのはお前だ! これくらいで負けるな! さあ、一本決めて!』


 いくよ!


「うあああああ!」


 こみ上げてくる気持ちのまま刀を振るう。

 モヤがどんどん増していく。暗闇と対峙しているかのようで。ギンの殺気が増すばかり。


「ちっ――」


 膨らみ上がる殺意のせいか、ギンの挙動に迷いを感じた。だからこそ、


「やああああ――……ッ!」


 迷わず貫く!


「一本!」


 ライオン先生の声に動きが固まった。

 私の刀はギンの心臓を貫いていた。けれど、どうしてか……手応えがない。

 ただ染み込んでくる。


『……やるじゃねえか。甘く見てたかもな』


 ギンの気持ちが。

 慌てて刀を引いたら、それっきり。聞こえてこない。

 貫いた胸元に変化はなかった。斬った痕さえない。まるで……キラリが突き刺した時みたいな、そんな光景。


「青澄、開始位置へ」

「あっ、は、はい」


 急いで戻る。


「それでは二戦目……構え、はじめ!」


 ライオン先生の号令で二戦目が始まった。

 けれどギンは村正をぶら下げて止まっていたの。


『足りぬ。足りぬ。狂気が足りぬ。足りぬなら――……補おう』

「くっ――……るせえな、なんだ、これ」


 頭を振って、目元を手で押さえていた。

 モヤがギンの身体に伸びてまとわりつき始めていたの。


「ギン!?」


 異変を感じたノンちゃんが慌てて呼びかける。


『怨念――斬った人間、斬られた人間、その一切合切を背負う覚悟なき者に、我は相応しくないのだから』

「ギン、刀を放して! 先生! 止めてください!」


 恐怖を覚えたノンちゃんが叫ぶ。けれど、もう遅い。


「『 かか……人の身で斬るのもまた一興か 』」


 刀を向けられた。直後、浴びせられるのは殺気。

 ギンのものでもなければ、星蘭の立浪くんなんて可愛いとすら思えるくらい強烈な殺意。


「む!?」


 ライオン先生がすぐさま抜刀して私を守るために構えた。

 しかし、


「『 邪魔をするなッ! その女を斬ると決めた! 』」


 黒いモヤが噴き出てライオン先生にまとわりついた。

 突然の拘束は傍から見るよりも強いのか、ふりほどけずにいる。


「逃げろ! 青澄!」


 ライオン先生の怒号に戸惑う間にも、ギンがこちらに向かってくる。

 ひた、ひた、と歩いてくるの。

 人斬り――いや、人を斬るための存在が。


「『 さあ、女。死合おうか。 』」


 覚悟を決めなきゃ。

 刀がギンを乗っ取っている。なら……!


「私が止めてみせる!」

「『 かかっ! 』」


 一歩、二歩、進んで三歩目に飛んだ。

 弾丸のように放たれる身体が放つ一撃をなんとか受け止める。

 なのに、刀が起こした太刀風に身体が軽く切られた。


「くうっ!?」

「『 女の肌は……穢れるが、まあいい。現代の侍であるならば、斬るに値する 』」

「結構、思考が柔軟、なんですね……!」


 ギンよりも重たいつばぜり合い。押すか引くかという攻防じゃない。押して押して私を斬るため。なら引けばいいかと思いきや、嫌な予感しかしない。


「ハルさん、逃げて! そのモヤはきっと、本物の人斬りや彼らに斬られたモノ達の怨霊です! 現代の侍に敵う道理がありません!」

「くううっ――……く、あはは。やん、なる、なあ!」


 歯がみしながら耐える。黒いもやが私に触手を伸ばしてくる。

 私には足りない。戦いの経験が足りない。あなたがいないと、足りないの。

 敵意に立ち向かう、あなたの強さが足りないの! 道を照らして! 私にしか行けない道を――……!


『己の刀を飲み込め。できるな?』


 その声に笑い、泣いて、己の半身を霊子に変えて飲み込んだ。

 満ちていく。私のすべて。エンジンが掛かる。火が灯る。

 刀をなんとかよけて、思い切り人斬りを突き飛ばした。

 逆らわずに後退して、すぐさま構えて村正で切りつけてくる相手に両手を突きだした。

 合わせる。あるべき刀を抜き放つために。

 其の名は!


「十兵衞!」


 吠えながら、手を開く。

 手の内から刀が出てくるの。

 其の名は三池典太! 私の剣豪が愛した刀! 諸説あるようだけれども!

 十兵衞が握る刀をより明確にイメージして引き抜くの!


「『 ほう――……これは面白い 』」


 刀同士が悲鳴をあげる。

 死線が見える。右目に確かにはっきりと。


『ハル。わかっているな?』

「うん!」


 十兵衞の声に頷いた。

 黒いモヤから幾筋にも伸びてくる死線は、狛火野くんの必殺技と同等のもの。

 逃げてもだめ。防いでも、だめ。今度こそ、打倒しなければいけない。


「『 人であるならば――……防げる道理なし 』」


 何度となく叩きつけられる。そのたびに舞う太刀風が私を容赦なく切り裂く。

 人の身であるならば、その呪いが必ず殺す。まさに妖刀。その付喪神は禍々しい存在。

 けれど或いは美しいかもしれない。拭っても溢れるほど血を滴らせ、刀という機能に特化したその一振りは。

 であるならば、人では敵わぬ相手。足りない存在は明白。


『二刀流……見せてみろ』


 笑う。窮地であればあるほど、笑ってみせる。

 私の愛したアニメのキャラクターたちみんな、そうしていた。

 ピンチはチャンス。

 あんなに美しい刀を前に、それでも引けを取らないどころか、より強く輝く存在を私は知っている!

 その身は既に神へと至り、美を体現する存在の名は!


「大神狐タマちゃん!」


 胸に手を当てて引き抜いた。

 真打ちだと、もうその美しさはそこまでなのだとどこかで甘えていた。

 けれど足りないよね?


『無論じゃとも! 妖刀如きに遅れを取る妾ではないぞ!』


 溢れてくる。勇気と力。

 太刀風なんて構わない。私の身体を傷つけることはもう、できない!

 膨らみ襲い来る死線を二刀を持って制する。頭を狙われようと、弾き。心臓を狙われようと、弾き。体当たりをしようとしてくるならば、避けてみせる。

 この身を汚す攻撃など、今の私に当たるはずがない!


「その刀を放して!」

「『 なっ!? 』」


 迫り来る村正をはじき飛ばした。それでもギンに執念深くまとわりつく黒いモヤを睨む。


「くっ……うる、せえ! どけ!」

『これしきで、終わると思うな! この畜生が!』

「うるせえ! 黙れ!」


 ギンが吠える。必死にモヤを振り払おうとする。けれど胸から溢れてギンを包み込む。

 御霊は心に宿るの。刀は御霊の具現化だ。暴走したら刀を折るのは手かもしれない。

 だけど、もっと直接的に解決できる。


「二人とも! いくよ!」

『うむ! いけ!』『見せてみろ!』


 二つの刀を一つに重ねて、とびきり輝く一振りへ。

 金色の刀を手に叫ぶ!


「うあああああ!」


 迷わずギンの心に突き刺して、暗闇がはじけ飛ぶほど照らす!

 全力を注いだ。ギンの胸の内から溢れるばかりのモヤが噴き出て、空へのぼって消えていく。

 ライオン先生を捕らえていたモヤもだ。


「――……はぁっ、はぁっ」


 荒い呼吸を繰り返しながら、刀を引き抜いた。

 合わせる力を失い、刀がひとりでに二本に分かれる。お姉ちゃんに取られたはずの二本は、その姿を今の私にぴったりくる形に変えて戻ってきてくれた。

 たまらず尻餅をつく。お尻に慣れ親しんだ感触があった。揺らしてみれば九つある尻尾。

 でも不安になって、前を見た。

 ギンが立っている。私を見つめて笑うの。


「ハル……それが、てめえの戦い方か?」

「……うん」

「ちっ……すっきりしちまったよ」


 そう笑って、ギンが倒れた。


「ギンっ!」


 すぐにノンちゃんが飛びついて無事を確かめている。

 ライオン先生が村正を取り上げた。滴る血はなく、モヤも消えている。異変は無事おさまったのだ。


「青澄……輝く勝利だった」

「よか、た……」


 ライオン先生に笑って、私も寝転がった。


「は、ふーっ」


 疲れたーっ!


『まあ……愛の勝利じゃな』『ぬかせ』


 二人とも楽しそうだ。エンジェぅの声はもう聞こえない。私もエンジェぅも必要としていないから。話そうと思えばいつでも話せるだろうけど。もう、私の一部になったから……今はいい。

 最後の金色の一振りは私が私自身の輝きを掴み取った証明に違いない。


 ◆


 校舎の屋上の縁に腰掛けながら、事の顛末を見届けていた。

 己の妹が成した功績を。

 持ってきた刀は消え失せ、代わりに新しい姿となって春灯のそばにある。

 影打ちを鍛えてその姿が変容した村正のように、春灯の二振りの刀にはまだまだ可能性がある。とはいえ、困った。


「……仲直りのタイミングを逸した」

「姫が気まずいからって会いに行かないせいですよ」

「うるっさいなあ」


 控えていたクウキの一言に思わず言い返す。図星だった。


「手続きは済んでおりますが……編入までまだ時間があります。どうなさいますか?」

「……暗に挨拶してこいって言ってるんだろうけど。どの面下げて会いに行けって言うんだよ」

「姉妹なんですから……ケンカでもなんでもすればいいでしょう。年の近い姉妹兄弟ほど仲が悪いとも言いますし」

「……これでも一応、仲良くしたいんだけどな」

「なら、あのような誘導はお控えになった方がよろしいかと」

「……ほんと、うるっさい」


 シガラキは楽しませてくれるけど、クウキは小言が多すぎる。小姑みたいだ。

 士道誠心の制服を着たまま、足をぷらぷら揺らして呟く。


「まあ……謝っておくか」


 命じるのが仕事。操ることも無自覚にする。立場に甘えていたところもある。

 けれど春灯は身内に他ならず、そういう手段を取るべき存在など……いないのかもしれない。

 お父さまはそれを教えたいのかもしれないが、正直いまの自分を思うと道のりは長そうだ。


「やれやれ……」


 校舎から飛び降りる。愛する妹は倒れたまま。駆け寄るクラスメイトたちに心配されながら、笑っているようだ。

 手を差し伸べよう。まずはそこから始めよう――……。


 ◆


 春灯、と呼ばれてどきっとした。

 お姉ちゃんの声だったからだ。

 身体を起こすと、なぜか士道誠心の制服姿のお姉ちゃんが立っていた。


「な、なんで……」

「これはコスプレみたいなもんだ。いいから……いつまで寝てるつもりだ。ほら、立て」


 差し伸べられた手を素直に取る。引き上げられて立ち上がる。

 埃のついた体操服を叩かれた。遠慮のない手つきに戸惑う。


「な、なに?」


 構えちゃう。お姉ちゃんは意地悪した。私のためだと思って、でも意地悪をした。

 目的は想像がついているけど、どう接するべきか悩んでしまう。

 そんな私にお姉ちゃんは頭を下げたの。


「ごめんなさい……ちょっと、つらくあたりすぎたの、悪かった」

「――……お姉ちゃん」


 迷いはそれで晴れた。胸一杯に息を吸いこんで、お姉ちゃんの身体を起こしてから笑うの。


「もっとうまくやれたのにーって。思ってるんでしょ」

「……そんなことないぞ。我なりに最善を尽くしたけど、お前の気持ちを考えてなかっただけ」

「ふうん」

「も、もちろん……それがよくなかったって、わかってるから謝りに来たんだ」

「ふううん」


 すごく落ち着かなさそうに目をうろちょろさせているお姉ちゃんを見て、初めてトウヤの気持ちがわかった気がしたの。ケンカをして謝りに行ってさ。不器用に言葉を並べる私を見るトウヤの気持ちがね。

 だから、言うべき言葉はもうわかってた。


「いいよ」

「え……」

「次はちゃんと考えてくれたら、それでいいよ。その代わり、次も同じ事したら怒るけど……嫌いになったりしないよ」


 そう言って抱き締めるだけ。それだけで、


「……ん、ほんと、ごめんな」

「ん!」


 案外、世界はちょっとだけよくなると私は思うのだ――……。




 つづく!

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