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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百六十二話

 



 地獄の閻魔王の執務室で、転生体の二人を見つめる。

 我と同じ姿でありながら、違う。額に鬼の角を生やし、真紅に染まった髪をする地獄黒炎鬼神。

 春灯と同じ姿でありながら、クレイジーエンジェぅの髪はゆるやかに白へと変わり始めている。春灯の夢見た狂った堕天使とやらに近づいているのだろう。


「それで……黒き御珠について、何も覚えていない、と?」

「閻魔王の前で嘘はつかない」「発端はわからない……ただ我とお姉ちゃんは、二人で夢中になって探した。それだけ」

「さて……困った」


 お父さまが腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 寄り添う我とお母さまはどうしたものか、と王の裁定を待つ。


「考えているのは……だ。あれは現世にありながら、すべての世界への門ともなりうる存在だという事実である」


 相づちは打たない。王の話を邪魔してはならぬ。


「きみたちについて書類はすべて読んだ。ここまで保留とされて回されてきたのは、ひとえに……きみたちが自覚的に集めたかどうか、判断がつかなかったからだ」

「……我らは有罪?」


 春灯の神が不安げに呟く。


「なぜ、黒き御珠を集めた。申してみよ」


 お父さまの問いかけに二人が顔を見合わせた。


「生まれて……よちよち歩きして。邪は食べる必要がないからな。霊子を引き寄せて、どんどん成長していった。物心ついた時には……たまに見かけることがあったんだ」


 我の神がぼつぼつと話し始める。


「それはたまに、多くの亡者を現世に蘇らせる不思議な力のようだった。地上で一年あるいは、数年に一度起きる、黒い御珠の大災害……あれを見て思った」

「我ら、あれを集めれば蘇ることができるかもしれない、と」

「正確に言えば……安寧の地へ行くか、生きられるようになるかもしれないって思ったんだけどな」


 みなの視線を一身に浴びて、我の神が言う。


「まあ……確かに、疑わしいのは認めるよ。でも誰も庇っちゃいないし、庇いたいのは私とこいつの命だけだ」


 いっそ清々しい言葉に王は唸り、腕を組む。

 本当のことを言っているのなら、これで終わり。しかしそうでないのなら、あるいは彼女たち二人が誰かに利用されているのなら……まだ何かが現世で起きる可能性がある、ということ。


「既に調査は済んでいる」

「お父さま……?」

「鬼を総動員して調べた。これまでそなたたち二人に裁定をくださんとした王たちもまた、同様である」


 その断言の証明する事実は、ただ一つ。


「閻魔王が沙汰をくだす。地獄にて住まいを得て、二人で暮らすがいい……ただし働かなければ生きられぬ。就職活動をするように」

「……お、お姉ちゃん?」「ありがとうございますっていって、頭を下げるところだぞ」


 耳打ちをされた春灯の神があわてて頭を下げる。優雅に頭を下げる我の神を見つめながら思う。

 やはり我が姉。それはもう厳然たる事実。

 だが……神と違って春灯はだいぶ弱っている。事実上の敗北、そしてまた敗北、さらに別離。

 元来の強さを忘れずに持ち続けていたのなら、もっと結果は変わっていただろうに。

 自分のしたこととはいえ……胸は痛む。

 うまいやり方がわからない。部下に対してなら、あれでよかっただろう。厳しすぎてついてこれない者もいるだろうが。

 春灯に対してだから、厳しくしすぎてしまう自覚はある。

 あいつはわかっていないんだ、と思うとついつい歯がゆくて手が出ることさえある。

 サクラを引き留めたり、邪を神へと変えたり。十兵衞と玉藻の力を借りてではあるが、並み居る侍候補生たちと肩を並べて戦えもした。彼女の願いが形となったその歌の可能性は、隔離世方面のみならず、現世の未来へと繋がっている。

 十分すぎるくらい、可能性の集まった存在だ。なのにあいつは現状で満足して、四月や五月の頃にはあった貪欲な姿勢をいつしか失い始めている。

 それでは足りない。安定が生み出す安寧に浸って、可能性を失い始めたら……いずれ刀は錆びるし、折れるだろう。そうなってからではもう……遅いのだ。

 お父さまの沙汰を受けて、シガラキが二人を案内して出て行くのを横目に、我はそっと春灯から取り上げた刀を見る。刃紋に陰りが見えた。そして微かなサビも見つけた。二振りともに同じ。

 狛火野ユウとの戦いで思い知った春灯による変化は刀にちゃんと出ている。

 玉藻のそれは真打ちであり続けている、と。春灯はそう考えている。

 だが、どうか。この刀は妖狐の真打ちであって、あいつ曰く大神狐の真打ちではないのだ。

 それに十兵衞の刀はずっと偽刀のまま。カナタが誠心誠意手入れをしているが、春灯自身の鍛え方が足りなすぎる。

 もっともっと素直に二人を求めなければならない。

 ――……嫌われるとしても。

 胸がずきりと痛む思いでため息を吐こうとした時だった。背中に触れられたのだ。

 見ればお母さまが心配そうな顔をして我を見つめていた。


「冬音……思っていることがあるの」

「は? なんでしょうか?」

「……現世、行きたいんじゃない?」

「――……お母さま。そう申されましても、我は姫で仕事があるゆえ」


 実は以前にも提案された話だった。二人の神がくると聞いてから、お母さまはずっとそればかり考えていらっしゃったようである。何度目かになる提案に辞退を告げるのだが。


「私もそれがいいと考えている」

「お父さま!?」

「……冬音。時に強く厳しく、時にみなのために催しを開き導くそなたを頼もしいと思いはするが。そなたもまだ、幼い。見聞をもっと広めてもいい時期ではあるまいか」

「し、しかし! 我は働いている! それで十分ではありませんか!」

「いや。此度の一件で、そなたと現世の妹君のやりとりを見て思った。もう少し、人の情というものを学んだ方がいいと私は判断した」


 戸惑い、よろめく。


「い、いや、手抜かりはないし、春灯のために――」

「結果は出るだろう。お前の願い通り……妹君は歩き出した。みなに絶対負けるといわれた戦いにさえ立ち向かうだろう。けれど……冬音」


 優しい声に悟る。ああ、これはもはや決定事項なのだと。

 そうとわかったから、深呼吸をして、お父さまの言葉を受け入れる準備をする。


「妹君をそなたは傷つけた。それは……やはり、見ていたい景色ではないよ」

「……お父さま」

「妹君は戦わずしてわかりあう可能性を模索している。冬音……その道の先にある可能性は、姫として働く上で必要な資質となると私たちは思っているのだ」


 お母さまがそっと歩み寄ってきて、我を抱き締めた。


「可愛い子には旅をさせろ、と言う……行ってらっしゃい。そして、多くのものを学んでここへ帰ってくるの」

「……お母さま」

「ちょうどいい働き手が二人きたのだから……心配しないで」


 頭を撫でられて、項垂れる。

 なるほど……お父さまもお母さまも、あの二人が神になった時点で考えていらっしゃったのだな。我を現世へ……。


「我の親は、お父さまであり、お母さまですからね」


 思わず言わずにはいられなかった。春灯には見せられない、我の弱みだ。


「わかっておりますとも。けれど、ね? ……現世の絆と触れ合うのもいい。母も、父も……それを望んでいます」

「ど、どんなに地上がよくても……我にとって帰る家はここで、それは絶対に変わりませんからね?」

「ええ、ええ……もちろん」


 お母さまのなだめるような声に顔が歪む。

 春灯を手のひらで転がした罪は、お父さまたちによって転がされる結果に繋がっていた。

 こんなはずじゃなかったのに。


「クウキとシガラキに命じて、現世の……彼女の学校への転校手続きは済ませてあります」


 いつの間に……! どれだけ用意周到なんだ!


「玉藻の前と十兵衞にご挨拶してきなさい。どうせ……すぐに返すつもりだったのでしょう?」


 お母さまの提案に唸る。

 さすがに親には敵わない。こちらの心の内など、お見通しなのだ。


「明日の戦い、絶望的な状況なのは春灯も認識しているところ。それでも……あいつは絶対に折れないし、全力で戦えば素直に求めるでしょう。二本の刀を。それを無視できる二人ではありませんゆえ」


 お母さまから離れて、目元を指で拭ってから笑う。


「まあ……我の買いかぶりかもしれませぬが」


 手元にあいつから奪った二振りを置いて、ため息を吐く。


「ちょっと誘導が過ぎたので。少し不安です……」


 さすがに今度ばかりは、あいつを折ってしまったのではないか。

 そう思うと、なるほど確かに、お父さまの言うとおりやりすぎてしまったかもしれない。

 あいつはいったい、今頃なにをしているのやら。


 ◆


 身構えて叫ぶ。


「ふおおおおおおおおお!」

「そうよ! もっと! もっとよ! いま抱えている感情すべてを吐き出しなさい!」


 お尻をべちべちトレーナーさんに叩かれながら、感情の赴くままに全力で声を出す。

 抑制を外すトレーニングは感情の解放がテーマだった。

 なのでめいっぱい声を出すし、頭に思い浮かべるのはへこたれそうな自分への叱咤とか、それにしたってお姉ちゃんきつすぎるし、十兵衞とタマちゃんは薄情だって理不尽に怒る気持ちだったりするの!


「言いたいことはないの! 叫びたいことは!」

「お姉ちゃんの、ばかあああああああああ!」

「他には!?」

「十兵衞もタマちゃんも、なにもいわないでいかないでよおおおおお!」


 それじゃ足りないとばかりにお尻をべちべち叩かれるから、叫ぶ。


「明日、ぜったい、まけたくなああああああい! なにが絶対まけるだ! 私は勝ちたいぞおおおおおおおお!」

「そうよ! その意気! 他にはないの!?」

「狛火野くんが勝ちを譲ったああいうの! ああいうのがよくないんだ! 勝てるのに譲って! 私はどうすればいいか、わからないぞおおおおおおおおおお!」

「もっと! もっと声を出して!」

「ギンに言われるまでもなく、私だっていろいろ考えてるもん! もっと! もっと! 強くなりたいよ!」


 感情のすべてを吐き出すトレーニングになると、いつだって最後は泣けてくる。


「私は足りないだらけだもん! 寂しがり屋だもん! 夢を描くのは、だって、みんなで笑って楽しみたいからだもん! 歌うのもぜんぶ、そのためだもん! なのに、ばかああああ!」


 先生がお尻を叩くのをやめる。けど止められないから、構わず叫ぶ。


「勝ちたい! 強くなりたい! 胸を張ってられるくらい、輝きたい! 輝きたいよ! 輝けなきゃ、照らせもしないもん……ひとりきりなんて、もうやだよ!」


 はあ、はあ、と荒い呼吸をして、その場にへたりこむ。

 放心した私の手を取って、すかさずトレーナーさんが私を立たせる。

 そして少しも休憩させずに、怒りにぴったりくる曲を歌わせる。いまの気持ちを全力で込めて、というのだ。


「小手先の技術なんてまだまだないんだから、気持ちを出して!」

「――……!」

「まだまだ、さっきの怒りと比べたら鼻息レベル! ほら! もっと!」


 怒鳴られながら、挫けず気持ちを爆発させて歌う。

 それはすごくすごく疲れることだった。だけどなにより必要なことだった。


「あなたの歌を聴きに来る人はね! あなたの歌であなたを知り、自分に気づかされにくるの! 救いかもしれない! ちょっと笑えたらいいのかもしれない! 幸せに近づくために、きっかけを求めてくるの!」


 怒鳴られる。それでも尻尾を膨らませるような気持ちで立ち向かう。


「あなたが殻に閉じこもってたら、なにも伝わらないのよ! 甘えないで! 世界観? そんなもの、欠片も表現できていないわよ! あなたの歌はまだまだなんだから! もっと弾けて! 音程よりもまずなによりも、あなた自身の歌を引き出して!」


 先生なりの考えがあって、敢えての言葉の誘導だといい加減わかっている。

 それでもかちんときたり、へこたれそうになったりする。そうするとピアノに座っているのに平気で足を蹴られたりする。

 トレーニングはきつい。投げ出したくなる時だってある。なのに。


『何か燃えてる! いい感じ! まだまだいけるよ、我らなら!』


 胸の内にあるかつての夢は確かに燃えていた。私だって……まだまだやれる!

 スパルタだろうが乗り越えてみせる――……!


 ◆


 歌が終わったら次はダンス。タマちゃんが抜けた穴は大きくて、私は随分助けてもらっていたし、楽をしていたんだなあって自覚した。

 誰かがいるから、誰かが頑張ればそれでいいよね……って、それは確かに甘えだよね。

 ギンも狛火野くんもトモもみんなも、自分なりに一生懸命だったのに。


『我らも一生懸命だった』


 ……そうかなあ。


『記憶の紙片を見た。ノンちゃんと戦った時はいけてた』


 ……そう思う? 私も実は結構楽しかったし、いけてたと思うの。


『でも我らなりの戦い方がもっとあるかも』


 私たちなりの戦い方、かあ。

 トシさんが教えてくれた、二つの身体に分かれて戦うのはありだと思うんだけどなあ。


『十兵衞の技に頼り、タマちゃんの妖力に頼る戦い方』


 う……それを言われると苦しい。


『ギンは刀を振るっているのであって、振るわれているのではない』


 ――……刀に振るわれちゃう、かあ。

 そうだね。そういう意味でいくと、人に迷惑掛ける方向で暴走していないっていうだけで、オロチに飲まれたユリア先輩や禍津日神とうまくやれないシュウさんと同じで、私も振るわれているのかもしれない。

 あの二人がそれに満足するはずもなし。

 尻尾と獣耳を失う私じゃ、だめ。狛火野くんに勝ちを譲られる私でも、だめ。


『彼はほんとに譲ったのかな』


 ……どういうこと?


『彼が心の底から認めて、彼なりのケジメをつけたんだとしたら……譲ったんじゃなくて。春灯はその結末を手に入れたんだよ』


 ……そんな、解釈していいのかな。


『掴み取ったことには違いないもの。狛火野くん、笑っていたでしょ?』


 ……うん。


『ならいいじゃん。我はそう思う!』


 ……ほんと。呆れるくらい前向き。それがあの頃の私の原動力だったわけか。

 染みるなあ。それに憧れたツバキちゃんが私にくれたのは……もしかしたら、かつての私がツバキちゃんにあげることのできた輝きなのかもしれない。

 自分との対話のようで、違う。別個の存在となって、染みる。エンジェぅでいた頃の私と、今の私との決定的な差は願いへの気持ちの強さだ。そして単純な軸足をどこまで大事にできているか、その差に違いない。

 ダンスレッスンをなんとか終えて、着替えを済ませて高城さんと合流する。

 スタジオへ行ってみんなに驚かれた。

 尻尾がないと困る歌を作ったカックンさんは露骨に狼狽していたし、むしろ素の私をもっと見たがっていたトシさんは大喜びでブースに引き入れたの。

 四人で練習をするためだ。

 がっかりされたくない。『わくわくしてもらいたいね』

 ちゃんとやれるって思ってもらわなきゃ。『こいつならもっと先へいけるって感じさせたいね』

 がんばらなきゃ。二人がいなくても。『関係ないよ。歌は一人でだって歌えるんだから』


「……」

「どうした、ぶすっとしたツラして」

「……ちょっと、今の自分がどれだけネガティブなのか思い知りまして」


 エンジェぅの声を聞いてると、昔の私ってば単純でおばかすぎだし。

 その方がずっとずっと私らしくて、笑顔で幸せに繋がってるのわかって自己嫌悪。


『してる暇ないよ。嫌いになったらその何万倍も好きになる努力をしようよ!』


 ……ほんと、呆れるくらい前向きなんだから。


『だって嘆いても自分を哀れんでも、我らの状況は変わらない。だったら挫けさせようとする世界が裸足で逃げ出すくらい、楽しんでやらなきゃ悔しいじゃん?』


 ……そうだね。ほんと、その通りだ。


「お願いします!」


 意を決した顔をした私に演奏がすぐに始まる。

 マイクを手にする。これは武器だ。私の武器は二つある。

 刀であり、マイクなんだ。


『ううん、違うよ』


 ――……あ。


『世界を相手に刀がなくても戦えるし、マイクがなくたって歌える。だから武器はね?』


 わかった。だから……その先は私に言わせて。


「武器は私自身だ!」


 決意が心の奥底に深く杭を打ち込むように沈んで、広がっていく。

 考えるのは、一つ。

 タマちゃんがいない。十兵衞がいないのに……戦わなきゃいけない。

 胸の内に宿った御珠はかつて私が見た夢そのもの。

 ギンには勝てないと山ほど言われた。

 知ったことか! 私は戦う。全力で、戦うの!

 それに歌うよ。全力で歌うよ! 新しい自分を掴み取るために!


 ◆


 がむしゃらに全力で歌って、トシさんにはだいぶ褒められたし、カックンさんとナチュさんは考え込んでいた。ポップ可愛い路線をどう扱うべきかで悩んでいるのだ。

 だから言っておいた。


「だいじょうぶ。絶対なんとかしますから」


 そう言って、高城さんに送ってもらって帰ってきたよ。

 お部屋に戻ったら、カナタがエンジェぅの刀をずっと見つめていたの。

 隣に腰掛けて問いかけた。


「ただいま……どうかしたの?」

「脆く儚いようで、しかし折れない。強度に関してはまるで呪いでもかかったかのように、不思議な柔軟さがある。刃こぼれもしない」

「……試したの?」

「明日の相手が相手だからな」


 私の腰を抱いて引き寄せて、頭を撫でてくれた。


「玉藻から聞いたけど……その顔を見たら、心配はいらなそうだ」

「……お姉ちゃんとケンカをする理由が増えたけどね」


 ため息を吐いてから、カナタの顔をジト目で見る。


「タマちゃんから聞いてたの? なにを?」

「それは――……ちょっと待て。目が赤くてその犬歯、身体の危機を感じる」

「やだなあ、噛んだりするし血を吸うけどそれくらいだよ」

「少しも安心できる要素がない!」

「……で。どうなの」

「もっと高みへ至るため、敢えて距離を置く……だそうだ」

「……ふんだ。すぐに取り戻すんだから」


 カナタの身体に抱きついて、それだけじゃ足りないので、足をソファに乗せた。

 首についてるチョーカーを外す。


「……なに、してるんだ?」

「噛みたい。噛み噛みしたい」

「その衝動はもはや吸血鬼寄りなんじゃないのか?」


 顔が引きつってるカナタさん。照れちゃってもう! このこの!


「ちがうよー。でも強いて言えばそういう日本の鬼がいたとして、私が地獄に転生したらそういう風になるのかも?」

「……だから、なあ、ハル。血を吸うほど噛んだらそれはもう傷なんだけどな」

「だめ?」

「かわっ……いや、なんでもない。上目遣いで見つめられても。痛いものは痛いし」

「……キスしてからじゃ、だめ?」

「そういう問題じゃないんだけどな」

「痛くないようにするから。甘噛みでもだめ?」

「いや……途中できゃっきゃとか言われたら死亡フラグだからな……」


 一度スプラッタな目にあってるカナタにとってはトラウマになっているのか、目が泳いでいるし、心なしか顔色も悪い。

 むう。そこまで怯えられると困る。湧き上がってくるよね。噛みたい衝動がさらに。


「これはタマちゃんたちを引き留めなかったことによる罰だよ! 甘噛みにするから!」

「ええいよせ! 乱暴はやめろ! ちょ、こら、くすぐるな!」


 首元に抱きついて、だけど引きはがされそうになるから、迷わず脇の下をくすぐった。

 二人でもみ合っている内に、


「わっ」「っと」


 床に倒れ込む。

 またばきをした。カナタが上にいて、私を見下ろしていた。

 こんな体勢、なんだか久しぶりで。『あまあま?』そ、そうだね。そんな予感に顔が赤らむ。


「――……そんなに噛みたいなら、条件がある」

「な、なあに?」

「俺が噛んで……力加減を伝えるから。それ以上の力で噛まないって約束しろ」

「……痛くするの?」

「絶対にしない……傷つけたりはしない。だから、覚えてくれ」

「……う、ん」


 カナタの手が私のチョーカーをそっと外す。

 顔が近づいてくる。首元にカナタの唇が当たる。


「――……ん」


 落ち着かない。首って急所だ。間違いなく、急所。

 そこに大好きな人が歯を立てる。硬くて濡れた感触が肌を擦る。

 くすぐったいし、落ち着かない。全力で噛まれたら、そりゃあ痛いもの。

 衝動に任せた行為の先には結果があって、そんなのは当たり前で。

 つくづく、首元かみかみ事件を反省する。そりゃあカナタもトラウマになるよね。


「――……んっ」


 カナタの口が閉じる。肌がさらに擦れる。削るまでにはいかない力加減にどきどきした。

 思わずカナタの背中に回した手に力が入る。きゅう、と抱きつかずにはいられない。

 唇の甘い感触が吸い付いてきて、吸い上げられる。

 目立つ箇所に痕をつけるかのように。咄嗟に囁く。


「ご、ごめん、お仕事で、痕は、その」


 わかっている、とばかりにカナタの吸う力は強くはならず、そのまま。

 それでも、昂ぶる。身体の内側から刺激されるのは、欲望。


『お母さんの漫画で……あったよね。こういうの』


 ……妹ちゃんとお兄ちゃんの漫画とかだっけ。


『なんだったっけ。隠れてお母さんの部屋に入って読んで、見つかって怒られたよね』


 でもすっごくどきどきした。


『性愛と無償の愛についてコンコンと説教された』


 どっちかじゃなきゃだめなのかなあって考えたりもして。


『慎みをもてって言われたけど……』


 カナタに触れてもらうことを喜んでしまう自分がいるのだから、性愛を否定できないし。

 刀を大事に手入れして、自分よりも私の明日の戦いの準備をしてくれる無償の愛を肯定せずにはいられない。


「……カナタ」


 囁いて、手を自分の胸に引き寄せる。

 心臓の鼓動が少しでも伝わりますように。


「わかった、から……お返し、させて?」


 そっと唇が離れる。困った顔をして笑うカナタの首を引き寄せて、唇を寄せた。

 歯を当てる。少しだけ肌が沈む程度に噛んでみる。カナタの身体が強ばったの。痛みを予期して。でもそうはしない。

 舌に感じるのは、少しだけ汗の味。それだけ。制汗剤とかそういう味はなし。ソープの香りがしないことに遅れて気づいて、そういえば私もお風呂はいってなかったって気づく。

 気持ちはすっかりその気なのに、いろいろ足りてないなあ。もう。

 ちゅ、と吸い付いて歯を擦り合わせる。むず痒い衝動が少しだけおさまった。

 唇を離してカナタを見るの。


「お風呂、入ってない」

「……これから二人で入るか?」

「今の私、タマちゃんないから……そんなに綺麗か自信ないや」


 嘘だ。求めているのは、カナタの言葉。そんな私の願いに気づかない人じゃない。


「なら、十分綺麗だって伝えるよ。行こう」


 起き上がって私の手を取る。

 二人でお風呂場に向かうの。

 ここからは、ちょっとだけ背伸びの時間――……。


 ◆


 お風呂で汗を流して二人でくっついて和んでいた時でした。


「明日……できることはないか?」

「んー。お姉ちゃんには絶対勝てないって言われたけど。そんなの知ったことかって感じ」


 呟いて、カナタの腕の中でお湯を浴びる。


「勝ちたいからさ。できることはなんでもしたいけど……エンジェぅを鍛えるより、私を鍛える必要があるなあって思ってるの」

「……なるほど。その方法は?」

「昔を思い出すところからかな。心に宿ってもらって実感した。高校になって変わった悪い部分が、私の足を引っ張ってる。だから、黒の聖書読み直して心構えを作り直す」

「剣術や妖術じゃなくていいのか?」

「……付け焼き刃じゃ、ギンには届かない。それに気づいたの。私自身が武器だって」


 私を抱き締めてくれる腕に口づけて、そっと離れる。ふり返って、見上げるのだ。


「心が武器。私の心はタマちゃんと十兵衞につながっているし、大事な二本の刀がなくても戦ってみせるの」


 それが私なりの決意だった。


「わかった。何かできることは?」


 優しく尋ねてくれるカナタに、一度は開けたカーテンをもう一度しめて囁く。


「……もういっかい、あまあまが欲しいです」

「今日は……大変なことが多かったからな」

「ううん、そういうんじゃなくて……教えて欲しいの。カナタが知っている、私のすべて……おねがいできますか?」

「そういうことなら……喜んで」


 笑ってカナタは抱き締めてくれた。

 お湯の中で溶け合う心。カナタに確かめてもらいながら……私は私に気づいていく。

 明日に向けて。

 私は自分を認める力をもらいながら……構えていくのだ。

 ギンと戦うために。

 タマちゃんと十兵衞が、安心して戻ってこられる私を証明するために!




 つづく!

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