第三百六十話
特別体育館の中に入ります。
そこかしこで爆発音が聞こえますし、どこかで火の柱があがっていたりして大変。
そんな中を長屋と長屋の間にある細い通路を抜けて、神社を目指すべく一歩を踏み出したのです。
「ごっくん」
「さて、どこへ行く気やら」
「……ん?」
あれおかしい。まず唾を飲み込んだの私じゃないし、カナタの声も聞こえる。
きょとんとして、それから後ろを見ました。
十組の暁アリスさんとカナタが二人して私の後ろにいる。
……え? なんで? 二人ともなんで?
「ど、どうして二人ともここにいるの?」
「俺は姫の声が聞こえたからだが……この子は?」
「どやあ」
いや、そこで自己主張強められても。
「何か楽しいところへいく予感。遊びに行くならついていくのが子供の特権」
……あれ?
「高校生、だよね?」
「高一の幼女ですがなにか」
「……子供?」
「広義では」
「返しが私より大人?」
「……」
「……」
私の問いかけにすごく残念そうな顔をされましたし、無言で落ち込んだ私でありました。
カナタが呆れたように言うよね。
「それで? コントはいつまで続くんだ?」
「コントじゃないし!」
「可愛いアリスとお狐さんの小劇場」
「そ、そうだよ、小劇場だよ!」
胸を張っていったら、カナタに優しい目で見つめられてしまいました。しょんぼり。
「ま、まあ……とにかくいくよ。地獄へ」
「……そういうことか」
「どやあ!」
いやだから。
「暁さん」
「友達はみなアリスと呼ぶ」
「……アリスちゃん。どや顔のタイミングが」
「いい師匠になるんじゃないか?」
カナタのツッコミにアリスちゃんのドヤ感がさらに増した。
な、なんてドヤ力なんだ! 私のドヤ力はまだまだ足下にも及ばないとでもいうのか……!
……ばかやってる場合じゃない。考えてみたら放課後はお仕事が待っている。
時間に余裕はないのだった。急がなきゃね。
「弟子よ、ついてくるのだ。あっるっこー。あっるっこー!」
「その歌きけん!!!」
「アリスは危険なところに迷わず突っ込む性格! どや?」
「やっぱり私よりすごい!」
どや顔師匠が歩き出す。とっとことっとこ、目的地なんて告げていないのに迷わず神社に突き進む。なんでわかるんだろう、と不思議に思いながら後をついていって神社のそばに到着した。
ついたのはついたけど……ここからどうすれば?
「お姉ちゃん……?」
『誰かついてくるかもしれないと思ったが、予想よりずっと多いな。カナタはともかくそいつはなんだ』
「えっと……どや顔師匠」
『……やめてもいいか?』
「そ、そういわず!」
『……しょうがないって言いたいところだけどな。ちょっと今日やる特訓は部外秘だから、連れていくのはお前だけな』
「えっ」
御珠が煌めいたと思った次の瞬間、御珠の中から手が出てきて私を掴んで引きずり込むの。
突然のことでふり返る。カナタやアリスちゃんに伸ばした手は空を切った。
「――……ああああああああ!」
浮遊感からの落下する感覚。それは唐突に終わるの。
「わぶっ!?」
床に思い切り頭から突っ込んだ。
身体をなんとか起こす。石造りの壁、高い高い天井、ふかふかの赤いカーペット……そして豪奢なデスクに背中を預けるお姉ちゃんがいる。
「ようこそ、地獄へ――……」
お姉ちゃんの言葉にまばたきした。
あわてて周囲を見渡す。いつか見たシガラキさんがいて、見慣れない鬼のお兄さんもいる。
それにとびきり巨大なおじさんも。
「春灯、特訓ついでにちょっと大事な話をしようじゃないか」
お姉ちゃんの視線の先には――……二人の少女がいた。
黒髪の私と赤髪のお姉ちゃん。
邪から産まれたばかりの神さま二人が、確かにそこにいたのだった。
◆
お姉ちゃんに連れ出されて部屋を出る。
二人と挨拶することも許されないまま、二人で別室へ。
私が出た部屋と似たような部屋に入ってデスクの椅子に腰掛けると、お姉ちゃんは言うの。
「なあ、春灯。さっきの試合……狛火野ユウとかいったか。そいつとの戦いはどうだった?」
「……どうって」
「カナタに遠慮してもらったのは、お前の本音が聞きたいからだ。良い子ちゃんぶる必要はないから、素直な気持ちを教えてくれ」
お姉ちゃんの言葉に戸惑うより図星をさされた気がして痛い。
「……負けてた。実際、勝ちを譲られてたみたいなもの」
「それはなんでだ?」
「狛火野くん、私との戦いだと遊ぶところあるし……美学を通そうとしてた。きっと、先の先の技じゃなくて、後の先の技を使いたかっただけ」
呟くのは事実。
狛火野くんは倒そうと思えばいくらでも倒せたはずだった。
私の勝利はいわば彼に譲ってもらって得たものだった。
「……悔しいし、みっともないし、情けないと思ったの。十兵衞の百分の一でも実力が引き出せていたら、私はもっとちゃんと戦えてたのに」
「そうだな……我もそう思うよ」
お姉ちゃんが私に頷き、握り拳を私に向けた。
親指をぽんと二回弾いただけで、空気の塊が発射されて私に当たる。
痛みよりも衝撃が強くて、それは私の中から御霊を二つはがす行為に他ならなかった。
ふり返ると、十兵衞とタマちゃんがいるの。
「絆を吐き出して二つの魂を呼び寄せた。春灯、いまのお前は純粋なるお前自身だ」
そんなこと言われても。
「獣耳も尻尾も九本あるよ?」
「それはお前がそうなりたいと願っているからだ。二人に追いつきたいと願うから、身体が変化している。それはすごいことなんだよ、春灯」
「……でも実質負けだった」
「当然だろ。お前は戦いに不慣れだし、そもそも運動だって大してできないんだから」
「う……」
「二人の御霊のおかげで忘れていただろうけどな……元々向いてないんだよ」
「じゃ、じゃあなんで十兵衞の御霊を宿せたの? 私……この一年、けっこうがんばってきたよ?」
「右目と精神的な軸足が引き寄せたのであって、妖怪の力を引き算したお前は……侍としてのお前は、十兵衞の御霊を宿してやっと半人前なんだ」
くらりときた。ばかにしないでよ、って膨らむ気持ちはある。けど同じくらい、納得できちゃったりもする。
一学期は戦う方が多かった。けれど二学期になってから私は自分らしさを得ようとして、どちらかといえばタマちゃんに寄り添うことの方がずっと多くて。
それじゃあいつまでたっても半人前のままだった。ずうっと鍛え続けている狛火野くんに敵う道理はなく、当然……ギンに勝てる可能性すらない。
「二人に分かれるのはある意味アリだと思うな。仕事をするお前と、侍として育つためのお前とで分かれて……侍としての自分も、学校の連中と同じになるように鍛える」
「そ、それは……」
真っ先に浮かんできたのは、いやだという気持ちだった。
どっちもちゃんと私本体で味わいたいし、そうしなきゃきらきらの青春を送れないとも思うのに。
「いやそうだな。でも……今のままじゃ全部がハンパなままだ。警察の指導をどれくらいこなせてる? 軽音楽部とお助け部は? クラスの連中との交流は?」
「う、うう……」
痛いところばかり突いてくるの。
「さみしいと思って引き留めさえした先輩との交流はどうだ? カナタとデートだってもっとたくさんしたいはずだ。まだまだあるぞ」
「も、もうやめてよ」
「現実問題、お前の理想はお前の現実のキャパを遥かに越えてるんだよ」
冷たい指摘に気持ちが定まらない。
「別に当然だと思う。ただの高校生に……それも一年生にどうにかできる問題じゃあない」
「……でも、それでも」
「わかってる。抱えたいっていうんだろ?」
「――……お姉ちゃんはだめっていうかもしれないけど」
「そりゃあな。その証拠に、お前は沢城ギンとかいうのに明日はめっためたに斬られるからな」
「決定事項なの!?」
「ああ。沢城ギンの刀、どう思った?」
「どうって……」
思い出すのは不可思議なモヤを纏った不気味な村正。
その姿を敢えて表現するならば。
「……真打ちみたいだなって」
「いいや。あれはたんなる影打ちだ」
「え――……」
影打ち。つまり……真の名は気づきはしたものの、まだまだ真打ちには至らない段階。
で、でもそんなのってない。おかしいよ。トモは真打ちを出したのに。なんで影打ちで倒せちゃうの?
「お前の友人であり、沢城の刀鍛冶である少女が一途に鍛え上げた。そして侍である沢城は刀鍛冶の願いを引き受けて、ずっとその身を鍛え抜いてきた」
「――……そんな」
それじゃあ、まさか。
「現世じゃ侮られる影打ちでも、鍛えりゃ人を斬る願いに変わる。わかるか?」
びしっと指を突きつけられて、言われたのは。
「真打ちを抜いても鍛えることをしてこなかったお前じゃ、あれには絶対かなわないんだ」
死刑宣告にも等しい言葉だった。
いやだって訴えたい気持ちとか、お姉ちゃんのひどい言い方にいらいらする気持ちはある。
だけど……私は認めちゃっていた。
お姉ちゃんの言うとおりだ。
ギンのあの刀が……トモを斬ったあの力が影打ちによるものなら、私とギンの――……ギンとノンちゃんの積み重ねの差は歴然すぎた。
「仲間トモカが敗れたのは、一つは沢城の実力を読み切れなかったこと。二つは真打ちに甘えたところにある」
「真打ちに、甘える……」
「仲間の鍛錬も十分素晴らしいとは思う。十五、六の少女にしてはな。実際、お前が戦っても……死ぬ気にならなきゃ勝てなかっただろうさ」
事実として言われるけど、それでも痛い。
お姉ちゃんはいやなことばっかり言う。けど……認識する。
確かにトモが本気を出したら、私は勝てたかどうかわからない。無茶をしたら……それこそ士道誠心の仲間を化かす技を使ったりしたら倒せたかもしれないけど。間違いなく倒れていただろう。
「狛火野ユウに関しては言うに及ばず。その技の脅威はお前が身をもって知ったところではあるが……剣術をお前は知らなすぎる。否定はするまい?」
「……うん」
剣道の授業を受けてきた。だけどライオン先生は剣道で使える技以外の神髄的な何かを教えてくれるわけでもない。
当然だ。そんな段階にまだ私たちは至れていないのだから。
「一年九組についても調べた。一年生の中じゃ零組に次いで刀を手にした……そういう意味では、普通の学生レベルじゃすごいと思う」
胸を張りたい、なのに張れない。
「だが粒ぞろいの十組と比べると、どうだ?」
お姉ちゃんの問いかけに答えられない。
「言うまでもなくトーナメントは実力別で分かれている。零組と十組に対して、九組はいったい何人が十三ブロックにいる?」
「――……で、でも。それでもみんな、上位ブロックにいるもん」
「わかっているよ。でも、まずは現状を認めて受け入れるべきだ。足りないよ……春灯。お前には、剣術や……そもそも誰かと戦って、倒すための覚悟や気迫が足りない」
絶望に落とされているかのような気分なの。
「……戦う場では絶対的に必要だけどな。お前は根が優しすぎるから、どうしてもそっちに注力しきれないんだ」
「お姉ちゃん……」
「不足を認めて受け入れるのは、別に悪いことじゃない。不足を知れば補える。鍛えられるし、成長できる。けど……我にはどうも、戦方面においてお前が成長したいと思っているようには見えないんだ」
すごくずきりと痛んで、思わず後ろを見た。
黙って話を聞いているタマちゃんの横にいる十兵衞を。
十兵衞はね? 笑っていたの。それがどうした、と言わんばかりに。
「戦いたくないのなら素直に認めろ」
「そんな、わけは……」
「戦いたいというのなら、それもまた素直に認めろ。お前はもっと、痛みに対して強くなっていい」
泣きそうだよ。お姉ちゃんの言葉はどれも痛くて、だけどここに逃げ場はない。それにお姉ちゃんの言葉はどれも正論で、間違いのないものばかりだったから。逃げるべきじゃない。
それでも。それでも……。
喘ぐように返事さえできなくなった私を見て、お姉ちゃんが椅子から立ち上がって私を抱き締めるの。
「……あのな? 怒ってるんでもなじってるんでもなくて。囚人を許して助けようとしたお前の強さを、ちゃんと我は知っている」
「……ん」
「でも同時に、その前日、カナタにぶちまけた……お前の弱さも、我は知っているよ」
否定しきれるものじゃない。実際、嫌いだって思ったのは事実だ。
「思わないか? 怒鳴ってきた時にちゃんと対処できる強さが欲しいと」
「――……それは」
「思ったことはないか? 中学時代、天使キラリと神力ユイとわかりあえる強さがあったらと」
「……あるよ。あるにきまってるよ」
「なら……自覚した方がいい」
背中をさすられながら、それでも言われるのは。
「生きることは……弱い自分との戦いだ。他者と競うことも争うことも嫌いなお前の戦いはな? 春灯。常に、弱い自分と戦い続ける行為に他ならない」
「――……そんなの」
「いやだって思うんだろう? そういうのは嫌いだって思うんだろう?」
「うん……」
甘いと言われても、子供だとばかにされても……それでも嫌なものはいやで。
「それでも……事実だし。その戦い方は……お前らしいやり方でいいんだよ」
「お姉ちゃん?」
「戦いってのはな? なにも倒せ、殺せ、周囲を上回れっていう意味じゃない。戦い方は――……生き方は人それぞれ、いろいろあっていい。正解なんてないんだ」
撫でられる手つきの優しさにやっと気づく。
「大事なのは……いいか? 大事なことは、お前はお前なりの生き方を自覚して、それを貫けるかどうかなんだよ」
「……私を、具体的に、する」
「そういうことだ。それがわかったお前に――……聞くよ」
そっと離れたお姉ちゃんに聞かれるの。
「沢城ギンほど、お前は具体的に生きてきたか?」
「――……それは」
頭を振ることしかできなかった。
ノンちゃんの思いも願いも一途。それに応えるギンだって同じ。
対する私は……私の生きたいように全力で生きてきたけれど、それでもその場その場でいろんな刺激を受けて右往左往しながらここまできた。
願いは一つ。誰かを救って救える自分。それは転じて、輝き照らしたいというものへと変わったけれど。
ギンとノンちゃんほど、一丸となって刀の願いに応えてこられたわけじゃない。
「自覚してくれてよかった。かの剣豪は……どうも教えることが嫌いなようだからな」
「……さて、なんのことやら」
お姉ちゃんの指摘に十兵衞が笑って答える。
「玉藻、十兵衞。今日まで妹に付き合ってくれたこと、礼を言う」
「……まあ、これも縁だ」
「妾は言うことないな。妖狐からハルの言う大神狐にまで格上げされて、不満など言うはずもない」
二人の返事を聞きながら、考える。
二本の刀、二つの御霊。極めるのは本当に難しい。一本さえ、その道は長く険しい。トモと狛火野くんとギン、それぞれに違う道を行っている。可能性は広く、正解はない。やがては三人それぞれがそれぞれの目指す場所に至るのだろう。
もちろん、私もだ。ただ……その歩みはのろい。
「そんなことはない」
自分を否定する考えを思い浮かべた時、お姉ちゃんが笑った。
「己の似姿の刀を受け入れた。霊子の新たな使い方を見出し、歌に昇華した。春灯は春灯なりに積み重ねている。それを否定するのは愚かなことだよ」
「……お姉ちゃん」
「自分で自分を否定するな。いいか? 前向きに、乗り越えるために認めて、肯定して、先へ進み続けろ。お前は四十八冊も日記をつくって、まだそれがわからないという気か?」
「――……黒の聖書が、関係あるの?」
「あの頃のお前はちゃんと……自分を受け入れ、自分らしく抗っていた。あの頃のように頑張れって話だ」
「……ん」
お姉ちゃんもそれを言うんだ、と思ったし。
ふり返らずにはいられなかった。
十兵衞は微笑み、頷いてくる。タマちゃんも小首を傾げながら艶やかに微笑みを浮かべていた。
「やっぱり……私には、あの頃の私が足りなすぎるのかな」
「足りないのはバカっぽさだな」
「えっ」
「状況に流されずに立ち向かおうとする……一途なバカっぽさ。納得して受け入れて、そこで終わりにするんじゃなくて……私はこう生きるんだっていう、決意表明だよ」
「……クレイジーエンジェぅは、じゃあ」
「紛れもなく決意表明だ。夢が現実に追いついて、犬歯が伸びたからって満足するな」
「あうち!」
お姉ちゃんにでこぴんされちゃいました。
「夢はな。叶えてもその先に新しい夢が産まれて、ずっと続いていくんだ」
「――……」
じんときたの。
「満足するな。貪欲にいけ」
「どんよくに?」
「三年生は部活に居続けてくれた。緋迎シュウを助けたし、緋迎サクラを家に引き留めた。お前が輝いたから……照らされて、天使キラリとの縁が深まった。山吹マドカは救われ……なにより、綺羅ツバキは救われ続けているし、緋迎カナタは幸せを感じている」
「あ……」
「我は現世のお母さまと会えたしな」
私の頭に手を置いて髪の毛をくしゃくしゃに乱してから、
「願い続けろ。くたびれても、へこたれても、願い続けろ。具体的に、確実に……そうしてお前は進んできたし、そうすることで、これからも……進んでいけるんだ」
「……お姉ちゃん」
さっきまで痛いばかりだった言葉はどれも見方が変わる。
願われているのは、ただただ……私が願うこと。
じんときて思わず抱きついた。背中を撫でられる。私にとてもよくにているのに、私とは比べものにならないくらいしっかりしてるお姉ちゃん。
大好きな気持ちが溢れて止まらないのです。
「まあ……たまには姉らしいところも見せないとな。さて」
照れくさそうにお姉ちゃんが言った時だった。
部屋にノックの音がしたのは。
「そろそろくるだろうと思っていた。入れ」
お姉ちゃんが命じると、扉が開いたの。
やってきたのはシガラキさんだ。
「姫……閻魔王の会談が終わりました。二人の神に少し時間ができたそうです」
「外の広場に案内を」
「しました。そうご命令されるかと思いましたので」
「……ならばよい。下がれ」
「よろしいので?」
「――……なんだ?」
すまし顔のシガラキさんから感じる力は相変わらず底知れない。
それを従えるお姉ちゃんはとびきりすごいのだけど、それでもシガラキさんは簡単に御しきれる類いの人じゃなさそうだ。含みのある言い方にお姉ちゃんが睨みをきかせる。
対してきいてもいそうにない顔で、シガラキさんが肩を竦めた。
「隔離世から来訪者が二名いらっしゃってますけど」
「……ええ? 誰だ」
「カナタさんと……もう一人は見知らぬお嬢さんです。どうも彼女がカナタさんをお連れになったようですよ」
「どうやって」
「裂け目を見つけるのが得意なお嬢さんのようで」
「まったく。どうも――……春灯の世代は変なのが多いな。わかったよ。あんまり見せたくないけど、しょうがないから、そいつらも連れてこい」
「よろしいので?」
「カナタがいてもらっちゃできない話はもう済んだからいい。そういうことにする! とにかく、いくぞ」
「は――……」
深々とお辞儀をするなり、シガラキさんはそのまま出て行った。
お姉ちゃんが後に続き、タマちゃんも十兵衞も後に続くの。
だから私も急いで後を追いかける。
お姉ちゃんの横に並んで聞いたよ?
「それで……これからなにするの?」
「言ったろ? 特訓だよ……お前がもう少し具体的に自分の願いと向き合えるようになるためのな」
「――……私のための?」
「まあな。ほら、いいからついてこい」
面倒くさそうに背中を叩かれちゃいましたけど。
私はなんだか嬉しくて仕方なかったのです。
お姉ちゃん、ちゃんと気にしてくれてたんだなあって思って……やっぱり、嬉しくて仕方がなかったのです。
お姉ちゃんに連れられて廊下を抜けて、外に出るとね?
広々とした広場にいるの。私とお姉ちゃんの邪――……転じて、神さまになった二人が。
そしてカナタがいて、アリスちゃんがいて。
さっきみたとびきり大きなおじさんも、ものすごい美人のお姉さんもいる。
他にも大勢の鬼や……妖怪さんたちが見ていた。
広場の中心に行くなり、お姉ちゃんは私に言うの。
「さあ……奴らを神へと変えたのなら、奴らの御霊を手にしてみせろ」
「え……」
「十兵衞も玉藻も手出しは無用だ。春灯……我と己の欲望を手にできたら、嫌でも具体的にすることの意味が理解できるようになるだろう」
「え。え。え?」
「それじゃあ……お集まりのみんな!? これから現世にいる我の大事な妹が試合をするぞーっ! 見ての通り我そっくりだが、その実力は未知数! せいいっぱい盛り上がって応援してよねーっ!?」
お姉ちゃんが突如、よそゆきの声をだして煽り始めると、観客のみなさんが歓声をあげはじめた。
てんぱる私に、大きなおじさんのそばから私を見守るカナタが歯がゆい顔をする。助けに来たいと思ってくれているのだろう。けれど、その肩に置かれた大きなおじさんの手がカナタを止めている。
お姉ちゃんが下がり、タマちゃんも十兵衞も下がる。
私の腰には刀が二振りあるけれど。
はっきり言う。勝てる気がしないよ!?
「神さまになって最初の仕事がこれか……いけるな?」
「当然だよ、お姉ちゃん! 我の現し身くらい、倒せるよ。だって今のあいつ、かつての力を失ったままだもん!」
「よろしい……ならば神として得た新たな名を叫ぶとしようか。私の名は地獄黒炎鬼神。真名は言うに及ばず」
「ふははは! 我が名はクレイジーエンジェぅ! お前を倒す者の名だ!」
ぐっ……お姉ちゃんの邪が鬼の神さまなのはある意味納得だけど、まさか私の邪め! その名を名乗るとは! 今の私が素直に名乗れない、その名を……!
それだけじゃないよ。二人揃ってファイティングポーズを取るの。
やる気でいらっしゃる!
ど、ど、ど、どうしよう!?
つづく!




