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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百五十九話

 



 仲間がまさに雷のような速度で迫る。直線を進む素直な接近。

 ならば、と思い切り地面を殴りつけた。

 爆発する。砂が舞い、埃が噴き上がり、地面が割れる。


「――……ッ」


 仲間が悲鳴をこらえて地面を転がって、俺の横を通り抜ける。

 すぐに身体を起こすが、砂にまみれた顔は歪んでいた。


「なる、ほどね……こういう防ぎ方が、あるわけか」


 笑っている。なのに、どうしようもなく歪んでいる。その笑みに見覚えならある。

 地元で暴れ回っていた時にケンカをふっかけてくる奴が見せる……楽しんでいる時の顔だ。

 正直、女子だと思っていたが……認識を改めた方がよさそうだ。

 こいつは上等なケンカ相手だ。間違いなく、全力で殴り飛ばさないと止められない。


「なら……段階をあげる。正直、沢城くんかハルまで取っておきたかったけど」


 手をかざした仲間が、両手を握りしめて雄叫びをあげた。

 雷が弾けて飛んで、後に残ったのは雷光を失った仲間だけ。しかし額に角が生えていた。

 それだけじゃない。胸に手を当てる。


「とっておきは――……真打ち」


 その単語を聞いて総毛だった。


「鬼道雪、重ねて雷切丸……私の侍はひと味違うぞッ!」


 引き抜かれた雷切丸は最初に仲間が抜いた時と大差ないはずなのに、存在感が増していた。


「刀を抜かないつもりか」


 普段よりも低く告げられる響きに笑い、けれど怯みそうになる心をなだめるのに必死だった。

 刀を抜かざるを得ない。拳の方が得意なんだけどな。あの刀相手じゃ斬られるのが目に見えている。

 ……姉貴に鍛えられた日々を思い出すしかなさそうだ。


「そうだ……それでいい……いくぞ!」


 駆けてくる足音一つとっても重い。

 振り下ろされる刀に己の刀を合わせる。甲高い音がした。

 弾かれるままに、殴りつけるように刀を戻す。互いに譲らず、地面にめり込む足はむしろ都合がいいとばかりに振るい続ける。

 しかし。


「ぐッ――」


 刀が悲鳴をあげる。偽刀では真打ちに抗えぬ、と叫んでいる。このままでは敗北必至。

 衝突音の合間に聞こえてくる。十組連中の声が。仲間を応援する声が。

 しかし理解する余裕はない。俺には。いいや、仲間もだ。

 互いににらみ合い、攻撃しあう。この瞬間、紛れもなく世界に二人しかいないように感じていた。圧倒的な存在感を仲間に感じるから、求める。求めずにはいられない。

 力だ。力がもっといる。これくらいじゃ俺は満足できない。姉貴を救える力がいる。それだけじゃない。コマチが安心していられる力が何より必要だ。

 だから足りない。そう思っているのは、俺だけじゃない。刀だって――俺の御霊だって同じはずだ。これじゃ退屈な敗北が目に見えている。

 仲間は楽しそうだ。しかし残念そうでもある。俺の刀が貧弱すぎて、いずれ勝敗は決するとわかっているから。


「くそっ!」

「もっと早く君がいたら!」


 願われるけどな。そんなのはもう……過ぎた話だ。

 大事なのは今だろ。楽しくて仕方ない。ああ、どういうわけか……雷神とやらでいる時よりもよっぽど圧迫を感じる今の仲間と殴り合うようにケンカするのが楽しいんだ。

 楽しいからこそ、この今をもっとよりよくできないかと思わずにはいられない。

 力がいるんだ。よこせ。よこせ! 今すぐよこせ!


『楽しめますかねえ?』


 その声に嗤ってみせる。

 楽しいだろうが! 今は十分!


『足りないなあ。私が手を貸すには、それじゃぜんぜん足りない』


 何を求める! 俺に!


『まず娯楽が足りません。現世の遊びをもっと享受していただかないと』


 戦いの真っ最中に、何を言い出す!


『契約は大事ですからね。履行するというのなら、手を貸してさしあげましょう……あなたも乾いているんでしょう?』


 最後の問いかけにますます顔が歪んだ。

 ああ、その通りだ。

 乾いている。ずっと。ずっとな。

 親父に入学を止められる前から……姉貴がぼろぼろになったあの日からずっと。俺は乾いている。世界に未熟だと決めつけられて、何もできない現実に、潤いなどあろうはずがない!


『恋愛はいいですね。でもそれだけじゃあだめだ。デートをしてもらわないと』


 お前は俺のなんだ。


『御霊です。特別な存在だといってもいい。少なくとも……手を貸したら、もう少しマシな勝負になるでしょうね。あなたは倒れるし、敗れる。しかし……少なくとも、恋人の少女を悲しませることにはならない』


 ――……選択肢はねえな。


『その通り。私を呼んだ時の渇望を私は認めています。さあ――……契約してくださいます?』


 いいだろう!


『ならば私の名をお呼びください。その名は――……』


 胸の内からわき出た名前を叫ぶ。


死雅羅鬼(しがらき)!」


 刀が砕けて弾け、内側から分厚い大太刀が現われた。


「俺の影打ちはひと味違うぞ!」


 吠えて刀を重ねる。手応えが明らかに変わった。

 仲間の顔がますます昂揚して歪む。

 その一撃がどんどん加速していく。雷を纏って、電撃のように振るわれる。

 内から聞こえた声は既に遠く、徐々に防戦一方になっていく。

 そして気づく。先ほどまでの……いわゆる偽刀であったなら、とっくに折られて終わっていたと。真打ちを相手に悲鳴をあげない刀は破格の力に違いない。

 けれど、足りない。仲間が手にした力には、まだまだ足りない。

 やっと名前を掴んだくらいじゃ届かない。

 遅れは取り戻せず、立ち位置は離れすぎて、遠すぎる。

 雷光が千にものぼる数だけ降り注ぎ、たまらず吹き飛ばされて陣地の外に出た。

 理解して、訴える。


「……負けだ。先生……次の一戦は必要ない」


 立ち上がる。傷は一つもない。額に生えた角はそのまま、身体に満ちる気は少しも乱れておらず、ただただ……修練が足りていないだけ。

 悔しそうに笑って、仲間が言った。


「それこそ黒焦げにするくらいのつもりだったけど……確かに、君の影打ちはひと味違うようだね」

「……まあ。アンタの強さほどじゃないけどな」

「今はまだ、ね。これからもよろしく、相馬くん」


 吹っ切れたように笑った瞬間、仲間の角が消えた。雷の光は消え、刀の威圧感は元通りになっていく。真打ちが影打ちに戻っていくのだ。

 羨ましいと素直に思う。御霊の力を引き出す術を、俺よりも知っている彼女が羨ましい。

 まあ……俺の場合、簡単だな。シガラキとかいう奴は俺に契約を持ちかけてきた。それに応えていく。まずはそこから始めよう。

 勝者を告げる獅子王先生と仲間に礼をして、十組の元へ戻る。


「わりい、負けちまった」

「まあ、よくやった方でしょ」


 真っ先にねぎらってくるのがユニスだった。こいつは根が良い奴だな、本当に。


「おい、トラジ! 決めぜりふ言って負けんなよな!」

「いや、人のこと言えないって。十組で特に善戦したの、トラジだし」


 ミナトにすかさずフォローを入れるリョータ。二人にわりいと答えて、コマチの前に行く。

 天使が寄り添っていた。


「コマチ、もう終わったよ?」

「……ん」


 目を閉じていてなにより拳をぎゅっと握りしめ過ぎて開かないコマチを見て、頭を撫でる。

 びくっと飛び上がってから、コマチは恐る恐る瞼を開いて俺を見た。


「ケガ、してない……?」

「ああ」

「とびきりつよーい鬼神の御霊ですからねえ」


 暁のフォローに苦笑いが浮かぶ。


「わかるのかよ」

「そう感じますよ? 九歳児の直感です。びびっときてます、きてます」

「……いや、お前、十六歳だろ」

「そこはそれ、見た目年齢?」

「どう返せばいいんだ」


 唸っていたら、天使にスネを蹴られた。


「――……」


 コマチが赤面しながらぷるぷる震えている。

 どうやら俺は暁にツッコミながらずっと、コマチを撫でていたようだ。


「お、わりい」


 眩暈がしたのか倒れるコマチをあわててキラリが抱き留めた。

 やれやれ……締まらねえな。それよりも、気になるものがあって十三ブロックを見た。

 仲間はいま、女子にしか見えないのに、男子の体操服姿の刀鍛冶に寄り添われている。

 対して、俺のいた場所に一人の男子が歩いて行った。

 噂だけは聞いたことがある。

 沢城ギン。けんかっ早いというので、面倒ごとがいやでなるべく会わないようにしてきた。

 その腕は、青澄と戦った狛火野よりも凄いという奴もいる。

 勝者は連戦か――……仲間と沢城の試合。さあ、どうなる?


 ◆


 十二ブロックを見守っていたんだけどね。


「ギン……」


 シロくんの呟きに思わず十三ブロックを見た。

 陣地に集まる二人に目を見開く。

 トモとギンだ。二人が本気でぶつかりあっているところなんて、一度も見たことがない。

 それは一年を過ごしてきた私にとって夢のカードに違いなかった。

 なのに、なんでだろう。尻尾がびくびく震えている。

 なにが怖いんだろう。

 そう考えていたら……視線が吸い寄せられた。

 ギンの刀がおかしい。黒や赤いモヤが揺らいでいるの。纏っているかのようなそれは怨念?

 村正。人を山ほど斬った、一時代に流行ったと聞いたことがある……ある刀工の作。


「はじめ!」


 ライオン先生の号令に、トモはしかし警戒して踏み出せずにいた。

 私でもきっとそうした。ギンの村正が見せるあの不思議で不気味なモヤは正体がしれない。


「仲間……はじめに断っておく。今日の俺に雷神は通じない」

「……へえ?」

「真打ちでこい。とっておきをだせ。一撃で決める」

「――……影打ちのままなのに」

「関係ねえよ。いいからだせ」

「そこまでばかにする?」

「挑発じゃねえよ。事実だ」


 ギンが刀を振るう。モヤが追い掛けていく。

 それを見て思わずライオン先生が口を開いた。


「沢城――」

「わかってるって。一撃だ……斬り場所は心得てる」


 ゆるやかに呼吸するギンが言うの。


「今日の村正は血に飢えている。ずうっとお預けを食らわされてきたからな……早くしろ」


 構えはない。それがギンの自然体であり、構え。

 型はない。破っているのか。


『あらゆる技を習得した上で……至った結論が、ああなのだ。覚えておけ』


 十兵衞の言葉に唾を飲み込んだ。

 私がまったく習得できていない剣術を、ギンは吸収している。

 そして、自分らしいスタイルを創り出そうとしている。その上で……自由。

 トモもそれがわかるのだろう。迷わず刀を真打ちへと変えた。

 額から生える鬼の角は本気の証拠。それだけじゃない。ばちばちと雷光を纏う。


「――……」


 息が詰まるような瞬間、シロくんの喉が鳴った。

 まるでそれが合図であるかのように、トモが走る。視認することなんて不可能な疾走。そして一撃であるはずだった。くるとわかって防ぐにしたって、トラジくんみたいな豪腕がなきゃできないはず。

 なのに。なのに。

 ギンが軽やかに刀を振るった。黒と赤のモヤが軌跡を描く。その横にトモが現われた。歩いて、歩いて、ぼうっとした顔をして立ち止まる。

 膝が曲がった。


「かふっ――……」


 咳き込むように、血を吐き出したの。そして倒れた。倒れてしまったのだ……。


「トモ!」


 あわてて刀鍛冶の先輩が駆け寄って抱き締めた。急いで治療する。なのにトモの顔は青ざめたまま、戻らない。

 額にあったはずの角はなく、雷さえ消え去って……ただの人に戻されていた。真打ちであったはずの刀の脅威は消え失せて、ただの影打ちに戻されていた。

 それでも強いはずだった。トモは、とびきり強いはずだった。


「な、に……」


 全身に鳥肌が立つ。


「なに、あれ……」


 ギンの村正が怖い。怖くて仕方ない。

 ただの刀の付喪神なら、いわくがなきゃ妖怪や神を殺す力はないはず。相性で言えば、圧倒できたはず。

 トモの雷神モードも鬼モードも、両方合わせたモードも……どれもギンの御霊を圧倒できるはずだった。

 なのに、ギンはそれをひっくり返した。どういうやり方なのか、まるでわからないけれど。


『達人は斬るべきものの目を理解し、どんな岩であろうと切り裂くと……聞いたことはある』


 十兵衞……?


『どれほどの神気や妖気を身に纏おうとも、我らは所詮……人。ならば、人の血を求める村正に斬れぬ道理はない、という……ことかもしれん』


 そんな……そんなのって。

 じゃ、じゃあ……ギンは侍候補生相手に絶対有利ってこと?


『今のままではな』


 目が眩む。

 ……待ってよ。私、明日はギンと戦うんだよ? なのに、じゃあ……タマちゃんでも大神狐モードでもだめなの?


『俺がやっても……面白い切り合いになるだけだろうよ』


 眩暈がする。

 ギンは会社に入った。ノンちゃんと二人して、邪を倒す仕事をしている。その修練の成果が、今日のこれ?

 だとしたら……狛火野くんとは別の意味で脅威だ。

 そう考える私を、ギンが見た。


「――っ」


 私のよく知るギンの瞳だ。殺意に身を委ねようとした狛火野くんとは違う。もちろん立浪くんとも違う。

 かつて大好きになって……けれど失恋した、あの時と同じ……ノンちゃんの期待を一身に背負って最強であり続けようとする、ギンの瞳に違いなかった。

 私が寄り道をしている間に、ギンは磨いてきたんだ。

 ふいっと目をそらして陣地の外に出て行く。待ち構えているのはノンちゃんで、荒ぶる村正に手を当てて怨念を払おうとしている。それでも吹き出してくるの。刀の欲が。だからギンは刀を引いて、鞘におさめている。慎重に――……そうしなければ、鞘さえ斬ってしまいかねないかのように。

 嫌でも思い出す。

 最初のトーナメント。あれは紙一重の勝利だった。けれど痛感してもいた。

 あの日の脅威が成長して、再び私の前に現われる。

 次は決勝戦だ。

 村正の対策が見つけられなければ……私もトモのように、斬られて血を吐く羽目になる。

 現時点において、あれとまともに斬り合うには……それこそ、狛火野くんの剣術が必要だ。

 私じゃなくて彼が勝っていたのなら、ことは切り合いで済んでいたに違いない。

 けど、私は掴んでしまった。ギンと戦うチャンスを。何も考えずにいたら、一撃で終わっちゃうんだ。

 いやだ。そんなの……絶対にいやだ!

 なのに……尻尾は窄まったまま、震え続けていた。

 私には――……剣術が足りなすぎる。勝てる可能性を欠片も見いだせない。それゆえに、


『……ふ、ああ。あふ。仕事が一段落ついた。春灯、時間をよこせ』

「お姉ちゃん……?」

『手を貸してやる』


 お姉ちゃんのその申し出は、渡りに船を得る機会に違いなかった。


 ◆


 一年生の試合会場から離れて二年生の試合を見に行く。中等部のグラウンドを借りてやっているようだった。

 カナタは二本の刀でコナちゃん先輩と対峙していた。

 ノンちゃんが纏ったウェアと同じ系列のウェアを着たコナちゃん先輩はハリセン二刀流。

 冗談みたいだよね。

 お姉ちゃんの刀もミツヨちゃんもハリセンで受け流して、べしべしカナタをはたいちゃうんだもん。ウェアで作り出す動きは、まるで霊子の操作術そのまま活かされているかのよう。

 カナタも苦戦を強いられていた。

 隣も隣で気になる。

 シオリ先輩がユリア先輩と対峙していた。

 見れば見るほど、一年生よりも陣地が広い。引いてはそれだけ、一年生よりもスケールが大きいということだ。

 それにしたってオロチはでかすぎるから、ユリア先輩もさすがに自重している。

 でも私は知っている。ユリア先輩はオロチなんか出さなくても十分すぎるくらい強い。

 その証拠に、トモに負けないくらいの突進力で近づいて、シオリ先輩に刀を振るう。絡みつくような軌跡に苦戦しているようだ。

 それだけじゃない。ユリア先輩がシオリ先輩に触れた。


「くっ!」


 それだけでシオリ先輩の顔が苦痛に歪む。

 それもそのはず。ユリア先輩は相手に触れるだけでオロチで締め付けるような激痛を与える、不思議な技を使うの。

 たまらずシオリ先輩がユリア先輩の腕を掴み、投げ飛ばした。そして吠えるの。

 足下から噴き出てきた氷の茨が身体を包み、肌の表面で蠢くヘビの身体を凍てつかせ、破砕した。


「はぁっ、はぁっ」


 荒い呼吸をしながらユリア先輩を睨む。

 対してユリア先輩はお腹をさする。


「食べ足りない……カナタだけじゃなくて、シオリもスタミナついたのね」

「可愛い後輩ができたから、おかげさまで気張らないといけなくなったんだ……っ」


 にらみ合う二人。ユリア先輩のお腹がぐうぐう鳴る。


「やだな……力を使うたびにお腹すく。これじゃ限界があるな」


 一学期に私が折ったまま、小さくなった刀を見てユリア先輩が肩を竦めた。


「シオリ……ルルコ先輩くらい強くなった?」

「ボクだって、追いつくための努力はしてるよ!」

「なら……いいか。覚悟してね」


 ユリア先輩が微笑み、刀を下腹部に突き刺した。

 私も岡島くんたちも自分の心に――……心臓に突き刺すのに。

 どうして? そう考えた時にはもう、ユリア先輩は引き抜いていた。

 そして――……かつて見た、あの刀を引き出したのだ。


「影打ち……八岐大蛇。食らい尽くせ、乙女の守護――……」


 刀を地面に突き刺した瞬間、ぼこぼこと丸く膨らむ大地に脅威を覚えたのは私だけじゃない。

 シオリ先輩がすかさず吠える。


「築き上げるは氷城。我が魂は孤独――……ゆえに触れることあたわず!」


 掲げた刀をめったやたらに振るい、霊子を放ち続ける。

 ルルコ先輩が体育祭の時に踊った時と同じ振り付けで舞いながら、築き上げていく。

 氷の城を。瞬間、地面が弾けて八つ首のヘビが顔を出し、城に噛みつく。

 甲高い音がした。城が揺れる。氷が舞い散る。


「冬のかき氷も乙……」


 けれど、足りなかった。守るだけじゃ、微笑み食らう銀髪の君の攻撃を防ぐにはあまりにも……足りなすぎた。

 砕け散り、割れた城の中に眠る姫をヘビが狙う。

 瞬間、叫びそうになった。元通りになった刀、四月のユリア先輩なら相手をぼろぼろにしかねない。けれど。


「でも、おいたはだめ」


 地面から刀を抜いてヘビを消してしまうのだ。

 ほっとする私に気づいて、ユリア先輩が笑って手を振ってくれる。

 思わず手を振り返したよ。もう、心配はいらないのかも。

 それからユリア先輩は視線をシオリ先輩に戻した。


「続ける? 組技寝技で敗北宣言するまで締め上げてもいいけど」

「……遠慮します。ユリアの寝技は怖い……」


 がくがく震えているシオリ先輩、なにかいやな思い出でもあるのかな。

 勝敗がついた試合の横で、カナタの刀とコナちゃん先輩のハリセンが火花を散らしていた。


「いい加減、素直にウェアの一つでも着たら!?」

「御霊が嫌がるんでな!」

「なら、吹き飛ばしてみせなさい!」

「言われなくても!」


 熱いなあ……。

 結局、お姉ちゃんを宿したカナタの体力がぎりぎりで勝って、コナちゃん先輩にかろうじて一本を取って試合は決した。

 ほんと、なんていうか……二年生の戦いすごい。

 三年生も気になる。特別体育館を舞台にやっているそうだ。みにいこっかな! メイ先輩たちの戦いが気になるよ?


『このあほ! 気を散らしている暇はないぞ。お前は修行しなきゃだめだ』


 お姉ちゃんが教えてくれる気になっているから、それどころじゃないようです。

 しょんぼり!


『放課後は仕事なんだろ? だったら……それまでの時間になんとかものにする。いいから御珠のある場所へ行け』


 はあい。ついでに三年生の試合を見たり――……


『そんなに遊びたいなら我も遠慮なく見捨てよう。さぼりたがりの妹のケツを叩く暇はないなあ。仕事の合間を見て手を貸してやろうといってるのに』


 むっ。恩着せがましい言い方して!


『なんだって?』


 ……なんでもないです。


『ほら、さっさといけ』


 はあい。

 ところでお姉ちゃん、どうするの?

 ギンの力と戦うには、それこそ人じゃなくならなきゃいけないっぽいけど。

 でも私は妖狐になっても元々は人だし……ピンチすぎるのでは? どうやってもこの窮地は脱せないのでは?


『まあ……妖狐になれた時点でお前は非凡だけど。我ほどじゃない』


 むむっ。


『いいから堪えて聞け。人であることを捨てられないなら……人でなくなる術を探るしかない』


 どういうこと?

 疑問を抱く私に、お姉ちゃんは自信たっぷりに言うのです。


『閻魔姫の妹が妖狐っていうんじゃ、大神狐とかいう玉藻を前に格好がつかないだろ? だからなってもらうよ。お前がかつて夢見た特別な何かにな』


 期待に思わず尻尾が膨らんだのは、言うまでもないことでした!




 つづく!

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