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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第三十三章 激闘!? 三学期トーナメント!

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第三百五十八話

 



 午後になって、試合会場に集まる人たちの雰囲気が見えてくる。

 特に各学年の最上位ブロックの緊張感は、邪討伐前のものよりもずっと……或いは黒い御珠事件の時くらいに高まっていた。

 同じ学舎で育った学友はライバルだ。

 みんな、そう。そこに険悪さはない。単純に求められている。全力を。ただただ、全力を。

 倒せるかどうかは、自分の努力と勝利に向けた姿勢次第。

 否が応でも高まるよ。こんな機会は滅多にない。一年にたった三回。純粋にトーナメントで、という意味なら二回しかないのだから。


「それでは一年生十三ブロックの試合を始める――……それでは一戦目。青澄春灯、狛火野ユウ……前へ!」


 ライオン先生に呼ばれて、カナタにそっと肩を叩かれる。


「いってこい」

「うん! カナタもがんばってきて……無事で」

「もちろんだ」


 微笑まれて、頷く。

 胸一杯に息を吸いこんでから、昨日よりも広く見える陣地に入る。

 特別体育館からすれば狭すぎる四角。けれどその中で、十三ブロックに入ったほとんどが切磋琢磨した。ま、まあすぐに敗北宣言した暁さんもいますけども! それはそれ! これはこれだよ!


『意味がわからんぞ』


 いいの! 戦う前の気分作りにはノリと雰囲気が大事なんだから!


『なら……気を引き締めた方がよさそうじゃの』


 タマちゃんの言葉にはっとして、前を見た。


「ユウーっ! がんばれーっ!」


 あのマドカが全力で声援を送っていることにも驚いたし。

 声援を背に歩いてくる狛火野くんの顔つきが、明らかに昨日までと変わっていることにも驚いた。


『――……さて、これは手強いぞ?』


 十兵衞の楽しそうな声に震え上がる。

 ね、ねえ。私、男の子のあの顔、見覚えがあるよ? カナタが見せてくれた……あの、何かが吹っ切れたような顔!


『まあ……そうじゃな。捨ててきたんじゃろうな』


 タマちゃん、しーっ! それ以上は下品になっちゃうよ!

 で、ででで、でも! どうしよう! 明らかに雰囲気だけだと強さ二乗倍って感じなんだけど!


「両者、互いに向かって、礼!」


 ライオン先生の号令に従って一礼しながら、だらだらと脂汗がでてくる。

 浴びせられている。ギンよりもよっぽど一線を踏み越えた、強いて言うなら星蘭の立浪くんのような殺意を。


『人斬りか――……今のハルにはちと荷が重いが。ならばこそ、修練にもなろう』


 十兵衞! 負けたら殺されそうだよ!? 敗北、即、死! そんな雰囲気だよ!?


『それなら……そこまでの人生だったということだ』


 これだから剣の道に生きてる人は……ッ!


「構え――……」


 生唾を飲み込んで、懐に手を入れる。掴むのは、葉っぱ。

 トシさんの指令がある。私はやらなきゃいけない。掴み取るために、欲張りにならなきゃいけない。

 泣いても笑っても勝負が始まる。逃げる手だけはあり得ない!


「はじめ!」

「おいでませ、十兵衞モードの私!」


 取り出した葉っぱを瞬時に変えて、十兵衞の御霊ごとあてがう。

 十兵衞の刀だけを手にした黒髪の、尻尾もない私が迷わず刀を抜いた。直後、


「くぅっ!」


 物凄く重たい一撃を刀に浴びせられた。背中にいるタマちゃんを宿したお狐な私ごと吹き飛ばされる。あわてて二人で地面を掴んでこらえた。

 危ない、初手で終わらせられちゃうところだったよ!


「――……」


 ああ――……いやだ。

 目にした彼を見て、まず最初にそう思った。

 刀を手にして無表情。瞳に宿した妖しい光は立浪くんと同等か、或いはそれ以上の狂気を孕んでいる。ゆっくり構える彼の刃から滴る、雫。透明なはずなのに、血のように赤く見えたのは目の錯覚。

 想像よりもずっと美しい。ただ人と争い、斬るための存在。恐らくはかつての日本に大勢いたであろう、剣客の代表者。

 十兵衞を宿した私がぞくぞくしている。感じ取っているのだ。十兵衞が、心のままに笑う。あれは人斬りだ。間違いない。そう歌う。

 普段の彼を思わずにはいられなかった。

 ならばこそ、思い描いたのは――……人斬りをやめ、それでも殺さずの誓いを立てて特別な刀を手に明治を救った剣客。

 ああ、骨の髄まで染みてる。お父さんもそうだけど、特にお母さんが大好きだったっけ。

 ならもう曲は決まりだった。


「いくよ!」


 怯みはしない。己を鼓舞するためにだって私は歌える!


「ここが私のステージだ!」


 お狐な私で地面を化かしてステージを創り出す。

 指を鳴らして音楽を鳴らす。

 特徴的なギターのイントロ。

 狛火野くんの殺意に目覚めたモードはそれくらいじゃ解けない。

 疾走する。黒髪の私が必死に彼の刀に合わせる。

 嵐のように迫る抜刀術による一撃。抜けば玉散る刃との相性は抜群。弾丸のように放たれるそれを、黒髪の私は右目に必死によけて、よけて、それでも攻撃を食らう。

 構うものか。


「――……」


 剣客の心に耳を傾けて、現実に引き戻すために必要なら死さえ抱き締めてみせよう!

 あなたのいいところを繋ぎ止めるために、引き戻すために――……戦ってみようじゃないか!

 右手を捧げる。金色を放つ。傷ついて膝が折れそうな私を癒やす。

 そうして黒髪の私は戦う。歌う私を守るために。


「――……」


 彼の殺意が膨らんだ瞬間、死は迫る。

 いくらでも。いくらでも。死線は明白。芸術的な孤を描く。そのどれもが私の急所を切り裂く軌道。

 理解する。キラリはこれにやられたのだ、と。

 理解する。狛火野ユウの神髄はここにある、と……そう願わずにはいられないくらい、彼の技術は突出している事実を。

 それでも、理解する。

 私はそんな彼よりもずっとずっと、おどおどしながら私を助けようとしてくれたあの狛火野くんの方がずっと好きだと。


「――……」


 肩が切り裂かれる。腹が切り裂かれる。もう体操服はほとんど残ってなくて、自分で自分を癒やしてなかったらとっくに細切れになっているはずで。

 なのに――……戦えている。

 抜けた瞬間の刀に抱きつくように己の刀を重ねた。


「っ」


 彼の息づかいを確かに聞いた。

 戸惑うような瞳の色を、確かに見た。

 振り切れない彼の迷いがそこにはあるのだ。


「ユウーっ!」


 マドカが叫ぶ。狛火野くんの瞳に迷いが広がる。


「全力を出して!」


 それはマドカの願い。ううん、マドカだけじゃない。


「コマぁ! そこまでやってまだ迷うのかよ!」


 ギンが吠える。シードだからってずうっと見守ることしかできずにいるギンが、たまらないと叫ぶ。


「てめぇはハルとどう戦いたいんだ!」


 歌の間奏に響く怒声にたまらず、狛火野くんが私の胸に当て身を食らわせた。

 よろめきながら後退せざるを得ない私を見送って、刀を鞘におさめた。そして上半身を前のめりにする。

 それはどちらかといえば……お母さんの好きな剣客の刀を折った天才少年剣士の構えに似ている。けれど、でも、どこか違う。だいたい狛火野くんの足がとんでもなく速いなんて、見たこともないし聞いたこともない。

 なら、別の技がくるのか。

 どれだ。どの技がくる。空に逃げたキラリを襲った水の刃? それとも立浪くんと戦った時に見せた技のどれか?


「――……」


 歌に迷いが生じた、その瞬間だった。


『飛べ!』


 十兵衞の叫びに思わず黒髪の私だけじゃなく、お狐の私まで飛んだ。

 狛火野くんは動いていない。なのに、ステージが腰くらいの高さで両断されていた。破壊されて、化け術を保てずに消える。

 地面に着地したけれど、身動きが取れなかった。

 右目に見えるのは、死のただ中にいるという事実だけ。

 彼は抜いていないはずだった。だけど、右目に見える事実は一つだけ。

 彼は抜いた。刀を振るった。けれど、視認できなかった。


「――……秘剣は、ただ殺すためにある」


 どこへ逃げても同じだ。私が逃げる先を見てから抜いても、絶対に彼の方が早い。

 今のはわざと外されたんだと理解する。


「活かすために後の先を選んでおきながら、しかし我が抜刀術は殺しの技を磨いてもいる」


 無表情に見えるそれは能面。仮面でしかない。本当の彼は、


「――……俺は邪を斬るためにこの学校に入った。人を斬るためじゃない。それでも、本気を出すなら、技は眠らせてはおけない。この先を、俺はまだ知らないから」


 悩んでいた。

 できることがあるなら、それを使うことが本気になることだとばかりに彼は振り切れようとした。それでもまだ、迷っているんだ。

 狛火野くんの向こう側にマドカが見える。マドカはもう、狛火野くんを通して私を見ていた。

 本気を出させてあげて。解放してあげて。

 勝手だなあと思いながら、けれど染みてしょうがない。

 マドカは願っている。私が狛火野くんの素質を引き出して、さらに勝利することを。そうしてやっと、彼は悩みから解放されるのだと――先は進むことができるのだと……そう信じて、願っている。

 痛いけど、それでも逃げられはしない。マドカの強い視線は、こうも語っている。彼が以前私を好きでいてくれた事実があるからこそ私にしかできないって。

 そうじゃないと……狛火野くんは弾けることができないのかも。

 無茶だし振り回されるけど、でも……引き受けちゃうんだよなあ。

 なるほど、確かにこれは私にしかできない役目だと思ったから。

 ギンでもなく、マドカでもなく……私にしかできないこと。


『間違いなく窮地じゃぞ』

『さて、どうする?』


 二人の御霊に笑う。

 手が足りない。ギンのように、タツくんが見せてくれた技が盗めたらいいのに。

 剣術が足りなさすぎる。自分で新しい技を見出すことはできない。今はまだ。

 借り物しか浮かばない。それじゃあきっと、彼には届かない。倒す手はないんだよ――……。


「こうなるのが怖かった。相手の歩みを止めてしまうから。終わってしまうんだ……何もかも」


 だからこそ、彼は答えを言ったのだ。

 気持ちは決まった。いくよ――……私!


「――……」


 歌を再開する。そして、黒髪の私が歩き出す。

 彼の殺意が膨らむ。黒髪の私は、それでも足を前に進める。

 斬られる。斬られて。殺されて。その端から再生して、歩み続ける。

 彼の敵意と殺意を受け入れ、飲み込んで進むのだ。

 彼の顔に初めて恐怖が浮かんだ。


「な、なんで止まらない!」


 歌を背にして歩む私はもうぼろぼろで、それでも彼のすぐそばへ。

 抜かれた手に手を重ねて止めて、そっと抱き締める。


「それくらいじゃ……私は死なないし」


 嘘だ。再生が間に合わなかったら、いくら化け術で出した片割れだとしても危うい。葉っぱに戻って終わってた。

 それにお狐の私本体もぼろぼろで、瀕死。

 それでも彼の殺意のその先を探りたくて言うの。


「みんなだって……今すぐには無理でも、いつかあなたに追いつく。だから揺らぐ必要なんてないよ。あなたの出したい本気を出せばいい」


 狛火野くんの身体が揺れた。

 そっと離される。抗わないんじゃなく、抗えなかった。

 体力がもう限界で、十兵衞モードの私はもはや戦える状況になくて。

 咄嗟に化け術を解いて元の私に戻る。


「……じゃあ、最後にいいかな」


 微笑みを浮かべた彼は私のよく知る狛火野くんに戻っていた。

 満身創痍なのは私の方。タマちゃんの刀を抜いて、頷く。

 対して彼は鞘を置いて、手招きをした。かかってこい、という合図だ。

 呼吸を整える。歌う元気はもはやなくて、走るので精一杯だ。

 ――……悔しいなあ。終わっちゃう。体力も技もまだまだ足りない。

 それでもがむしゃらに駆け寄って、刀を振るう。


「――……」


 狛火野くんは私を抱き締めるように飛びついて、十兵衞の鞘を回し、刀を抜いて私の首筋に当てていたの。

 彼は笑っていた。満たされた顔をしていたよ。

 対して、私は私でタマちゃんの刀を狛火野くんのお腹を突き刺していた。


「え……」


 想像していなかった結末に思わず間抜けな声が出た。


「まけ、ました……」


 そう囁いて倒れ伏せる狛火野くんを支える。

 急いで刀を引き抜いたし、ノンちゃんや保健の先生が駆け寄ってきてあわてて治療をする。

 マドカが狛火野くんのそばへ走ってきた。


「ユウ!」

「だめだな、僕は……俺は迷ってばかりで」

「……すっきり、できた?」

「まあまあ、かな。マドカはひどい」

「いまさら気づいたの? ……ばか」

「ああ。俺は……おおばかだ」


 笑ってマドカに答える狛火野くんの傷はすぐに癒やされた。

 ほっとした瞬間、崩れ落ちる。あわててノンちゃんに抱き留められた。


「あ、れ……力はいんないや」

「ハルさんも重傷ですから、無理しないでください!」


 怒られちゃった。体操服を直してもらい、傷を治してもらう時間は私の方がよっぽど長い。

 試合は決した。けれどわかっているのは、狛火野くんが戦いの最中に満足しちゃったという事実だった。逆に言えば、そうならなかったら私は手も足も出せずに負けていたに違いない。


「……ほんと、ハルさんらしい勝利ですね」

「そかな……」

「マドカさんも狛火野くん、いい顔してます」


 ノンちゃんに言われて、身体を起こして二人を見た。

 確かに……あまあま大増量まっただなかっていうくらい、二人は幸せそうに微笑みあっていた。

 ライオン先生が告げる。勝利を。

 保健の先生がライオン先生を怒るの。もっと早く止めるべきだったって。

 だけどライオン先生は言うの。信じている、と。まだその時ではないのだと。

 心の中で感謝する。止めてくれなくてよかった。実力不足を痛感したし、可能性だって見いだせた。

 私なりの戦い方があるんだ。そしてそれはもっと磨いていける。

 二人に分かれたやり方もありだった。自分で自分を鼓舞して、癒やして戦う技。きっとこれには可能性がある。

 足りないのは、剣術。二人に分かれて戦うなら、剣の腕をもっともっと磨かなきゃしょうがない。

 士道誠心の仲間を化かして戦ってもらう技はあるけど、あれは今の私じゃ消耗が激しすぎてもたないんだ。

 現状では二人に分かれる技の方が活かせる。

 磨こう。もっと自分を磨くのだ。

 決意と共に、私は膝を貸してくれるノンちゃんに抱きつく。


「あのう……あついんですけど」

「冬なんだからいいじゃない」

「意味がわかりません」

「ノンちゃん、やさしくしておくれよう。大変だったんだよう」

「気持ち悪いです」


 うっぷす!


 ◆


 拳を握りしめる。刀を手にして、陣地に入る。

 青澄と零組の男子が山吹たちと出て行って、今は相馬トラジこと俺と獅子王先生、それに仲間の三人だけ。


「トラジーっ! 気張れーっ!」


 天使の声援、熱が入りすぎなんじゃないか。


「がんばれ! 敵は強いけど!」

「お前の底力を見せてくれ!」


 リョータとミナトは勝手なことを言っているな。


「ま、耐久力自慢はいいけど、死なない程度にしなさいよね」

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」


 いかねえからな。暁は自由すぎるし、ユニスの忠告は耳に痛い。

 なにより、


「……っ」


 両手を組み合わせて祈るようにこちらを見ているコマチを見ていると、頑張って無事に戻ろうという気持ちが湧いてくる。

 考えてみたら不思議だ。

 一組から九組まであって、零組があって。その中でも指折りの強者が集められているこの十三ブロックに、去年の暮れにできたばかりの十組全員がいる。

 残されたのは俺。

 どんな巡り合わせなんだかわからない。姉貴の導きか? いや、姉貴ならこう言うな。


「学校で頑張っているのは、私じゃないでしょ?」


 ああ……俺であり、十組の仲間たちだ。

 思いはする。どうせなら十二ブロックとか十一ブロックくらいに入って、一位を目指した方がまだイージーモードだったに違いない。ミナトの言い方を借りるのならば。

 しかしそうはならなかった。


「互いに、礼!」


 獅子王先生の号令で頭を下げる。

 身体を起こして息を吸いこむ。刀を抜かず、気合いを入れる。


「構え」


 拳を掲げた。心の底から力を引き出す。額に熱を感じた。角が生える瞬間だ。

 仲間は刀を抜いて、迷わず己の胸に突き刺した。山吹との戦いで見せた雷神モードとやらを使うのだ。

 雷が落ちて、青白く発光した仲間が拳を構える。


「はじめ!」


 さて……雷神と殴り合いだ! 上等じゃないか!


「かかってこい!」


 吠える。

 迷いは捨てた。コマチの願いに、応えてみせようか!




 つづく!

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