第三百五十五話
仲間さんが右手を私に向けた瞬間、本能的に無銘の刀を山ほど手前の地面に突き刺した。
と同時に、手近な――……キラリの力を引き出しながら空へと逃げる。
放たれたのは、電撃。狙った霊子を中心に広がるそれは、無銘へと吸い寄せられていく。そして聞き覚えのある落雷の音が続く。
仲間さんが笑いながらこちらを見上げた。そしてさらに右手を私に向けてあげてくる。
無我夢中で無銘の刀を引き出し続ける。繋げて地面へ突き刺した。
数にして入学した日から一月中旬までの日数分。私の代わりに電撃を受けて弾けて飛んでいく。それでも足りない。仲間さんが本気になったら、あの電撃はいずれ私に届く。
どうにかしないと――……
「考えながら戦ってちゃ、間に合わないよ」
すぐ背後から聞こえた声にぞっとした。ふり返れば、仲間トモがいる。放った電撃に自分自身を変換して、一瞬で移動した――瞬間移動。
咄嗟に刀を振り抜いた。指先二つで止められる――……光を白刃取りするなんて、無茶だ。それだけじゃない。電撃が伝わってくる、そう気づいたら咄嗟に手放していた。模倣した力を失い、地面へと落ちる。
背中をひどく打ち付けたくらいで済んだ。頭から落ちなかっただけでもマシだ。
それでも痛みに顔が歪む。それ以上に、光を手放さなきゃいけなかった失策に歯がみする。
得意なフィールドに引きずり込んで、己の特性を活かして戦っているのは私じゃなくて彼女の方だった。
「これ……返すよ。私にはどうやら扱えないようだから」
放られた光をあわてて受け止めた。一瞬びりってきたけれど、構っていられない。
握りしめた。やっぱり――……強い。けどそんなの、わかりきったことだった。
自分らしく。せめて胸を張って受け入れられるように――……全力をだす!
「今度はこっちから!」
刀を振るって無銘を彼女へと放つ。山ほど。しかし、
「残念……よける必要も感じないなあ」
雷神そのものへと姿を変えた彼女を貫くには、名が足りなすぎる。
それこそ雷切丸でなければ――彼女か、或いは結城くんの刀くらいの名が、由来がなければ立ち向かえない。
己の積み重ねは……けれど仲間トモの道に非ず。
痛感する。
ああ。無我夢中で積み重ねるために剣道部で修行してきたけれど。
私には考えが足りなすぎた。仲間さんの技やユウの技を吸収しようとしてきていたのなら。或いはハルの技や沢城くんの技を吸収しようとしてきていたのなら。
――……或いはもっと純粋に、自分の技を探すために磨いていたのなら。この瞬間、惑う必要はなかった。
ああ、本当……ハルが羨ましい。剣豪の御霊を手にした人すべてが羨ましい。己の内に技を教えてくれる存在がいるのだから。
……いや。それは奢りだ。妬みだ。
事実、ハルは十兵衞の技を自分の物にできていない。まったくといっていいほどに。或いは、だからこそ青澄春灯こそ天才なのかもしれないけれど。
私は私の武器で戦うしかないんだ。いつまでもいつまでも――これからも、ずっと。
どう積み重ねるべきか、それを学んだだけでも意味はあった。
ならば笑っていられるくらい、頑張りたい!
「光! 見ててよ!」
その名が御霊ならば、刀を輝かせることもできるはず。
春灯に化けた男のせいで惑わされて気づかされた、私の中の消えない炎。尽きぬ怒りと慈悲深さという矛盾した御霊に願い奉る!
「燃えろぉおおおおおお!」
叫び、心に炎を燃やせ。
「窮地がなんだ! 劣勢がなんだ! 無銘だろうが知ったことか! 私は私の積み重ねに名前を与える! 与えてみせる!」
弾かれて飛んでいく無銘がぴたりと制止した。
夢見てきた。沢城くんと対峙した時に光が投げてくれた、私の積み重ねの具現した刀たち。
たとえ一年生最強を相手にしようとも、私の積み重ねは無駄じゃなかったと信じた願いの形。
夢見てきた。ハルの力を。それだけじゃ足りない。真中先輩やルルコ先輩たち三年生はもちろん、ラビ先輩とユリア先輩をはじめとする二年生の刀がもたらす力を。
「私の積み重ねは、いずれあなたたちを受け入れるためのもの!」
それは――ともすれば弱さの叫びでしかない。自分では、他者にはなれないのだという隔離。どれほど輝いてみえる人がいても、その人にはなれないのだという――……当たり前の現実。
「だから、無銘はすべて――……私の愛する力に変わる!」
「なっ――」
「せめて一振りでもいい! 変われええええええ!」
光を願うままに振るう。
照らせ。照らせ。どれか一本でもいい。私の愛する力に変われ。
輝け。輝け。もし私の模倣が、他者を理解するための力なら。私の理解した力に変わってみせろ!
「うあああああああああああ!」
思い切り叫び、かざした刀が光を放つ。
空に浮かんだ一振りを照らしてみせた。それが――……見覚えのある刀へと変わる。
黄金の刀。煌めきを放ち、輝きを与える一振り。
それは――……青澄春灯が手にした内の一本。間違いなく、玉藻の前の刀だ!
「いけえええ!」
指揮棒のように刀を振るう。
放ったすべての刀が切っ先を仲間さんへと向けて、一斉に弾丸のように放たれた。
鈍色の軌跡の中で、金色の流星は美しすぎた。だからこそ、
「――……ッ!」
顔色を変えた仲間さんが私を睨む。彼女の身体が弾ける。額に一瞬だけ、角が生えた。
そう認識した時にはもう、雷は落ちていた。
私の腹部を穿つ拳。痺れ、痙攣する私から拳を抜いた仲間さんはすぐに雷神モードを解いた。
無銘は消える。私が創り出した金色も、もちろん消える。
当然だ。負けを痛感した。心が挫けた。戦いたいのに、身体が拒否してくるのだ。
戦意と体力を失い倒れる私は、彼女が勝利を告げられる瞬間を見られなかった。
意識を失ったせいで、見逃してしまったのだ――……。
◆
マドカが見せた力を目にした全員、ざわついていた。
そりゃあそうだよ。だってマドカが変えたの見てたもん。あの刀、間違いなくタマちゃんのだった。
タマちゃん、何かを感じた?
『いや……姿だけじゃな。どんなに必死に請われても、お主以外にはそうほいほい力を貸してはやらんぞ』
つ、つめたい!
『たわけ。ぽんぽんぽんぽん……狸みたいじゃな。と、とにかく! そうたやすく誰も彼もに力を貸していたら妾の身がもたんわ。過ぎた献身は己を滅ぼす。ようく覚えておくのじゃぞ!』
はあい。
倒れたマドカはすぐに保健委員に運ばれていった。
涼しげな顔をして出てくるトモを見て駆け寄るの。
「トモ! どうだっ――……びびびび!」
思わず聞きながら手を伸ばして、大失敗。ものすごい痺れましたけど!
さっき雷さまになってたから、残ってたのかな。ものすっっっごい静電気!
私の一振りと同じ刀を出したマドカへの思いがあるのなら、聞いてみたかったのに。
出鼻を挫かれてしょんぼりする私を見て、申し訳なさそうに笑ってトモは言うの。
「まあ、爆発力はすごいよ。アンタみたいにね。期待通りだった……いや、越えてきたかな」
喋りながらどんどん声が嬉しそうなものになっていくの。
「でも……これからかな。ハルが好きみたいだけど。だからって……せっかくの知恵を使わないのは正直ちょっとがっかり」
「おう……辛口」
「アンタみたいに戦うのは、アンタ一人いればいいしさ」
「真似っこじゃ、だめ?」
「模倣は修練方法としてはひどくオーソドックス。だから否定しないけど。あたしはもっと……技を掴んだ山吹マドカと戦ってみたい。だから今後のために、もっと頑張るって決めた」
「努力家!」
トモさましゅごい。今後ときたら、期待するとかそういう上から発言かなって思ったら。さらに努力なさいますか! 追いつくためには全力で走らなきゃだめなんだ。いつまでたっても追いつけない。
尻尾が萎む。歌のお仕事は大事だけど、でも不安が膨らむの。
「……私、おいてかれちゃいそう」
四月からずっと一緒にやってきた……最初の友達であるトモだけにしか言えない愚痴で、弱音に違いなくて。
「なに心配してんの。らしくないよ?」
撫でようとして、静電気がばちっとなる。戸惑いかけたトモだけど、それでも。
「えい!」
「しびびび!」
「目ぇさめた?」
「け、けっこうきつい気付けでしたん」
「あんたはあんたらしく願ってがむしゃらにやればだいじょうぶ。今までがそうだった。積み重ねた実績は裏切らないことを証明したのは、誰よりあんたなんだから。これからもいける……ね?」
「……私、証明した?」
「してるよ。刀を受け入れ、願いを形に変えて。中学からの悩みも鬱屈した思いも夢に変えて、今を突っ走ってる。あんたが誰より体現してるよ?」
思わずしがみついた。
「トモしゃま!」
「あーはいはい、泣かないの。しびれるよ?」
もうしびれてます! 静電気だけじゃなく、トモにも!
「ごめんね。尻尾が静電気ですごいことになってるし……緋迎先輩、こっちを見て睨んでる」
「えっ」
あわててふり返ると、カナタがものすっごい渋い顔して私を睨んでるし、そばにいるラビ先輩が非常に楽しそうな顔をして手を振ってきてる。っていうか……ラビ先輩、カナタの肩を抱いてる。仲良し……。
思えばカナタ、よく生徒会メンバーと一緒にいるけど、ラビ先輩と密着してる率高すぎなのでは? 私は私で憧れてた分、素直にやっちゃうのでトモにも女子の先輩たちにも結構くっつくけど。カナタはカナタでラビ先輩とくっつきすぎなのでは?
解せない……。
「なにカップルそろって似たような顔してんの」
「えっ」
「試合終わったし。他の試合見なくてだいじょうぶ?」
「あ、そ、そっか」
そういえば他のブロックもまだまだ試合中だ。剣戟の音は獣耳でばっちり捉えている。
周囲をきょろきょろ見渡した。注目のカードはないものか。獣耳を立てて音を探る。
「なー、茨。俺さ、保健の先生から聞いたんだけど」
「なに、どした? 八葉がマジな顔とか久々だな」
「昔の女子の体操服とかブラウスめっちゃ透けてたらしい」
「まじで?」
「まじまじ。ブラ透け余裕だったらしい」
「まあ透けないブラウス売ってたりするし、そもそも下に着るしなあ……悲しい時代になったな」
「地域によっちゃ可能性はゼロじゃないらしい」
「まじで!?」
……違う、これじゃない。
っていうかカゲくん、茨ちゃんとなに話してるんだ! 岡島くんとシロくん、ちゃんと止めて!
思わず聞こえた方を見たら、隣のブロックだった。
十二ブロックでは今まさに、ルミナちゃんが戦っている真っ最中。
トモから離れて、てててとカゲくんたちのそばにいく。
「ちょっと、なにはなしてんの!」
「げっ」
「青澄ブラ透けしないよな」
「そういう話は禁止!」
茨ちゃんとカゲくんに問答無用のチョップをかましてから、放置して試合を見ているシロくんの隣に行くよ。
「シロくん、状況はどんな感じ?」
「放送部のマドンナが犬井と対決中だ」
マドンナて。
ツッコミを飲み込んで、試合会場を見る。
十二ブロックは十三ブロックよりずっと人が多いから、まだ消化状況は半分くらいって感じ。
ルミナちゃんは手にした刀を迷わず振るって、犬井くんと刀を重ねている。
マドカの光ちゃんや私のタマちゃんとも違う輝きを、ぼんやりとだけど確かに放っている。ルミナちゃんの軌道は私よりも無茶苦茶だけど、なんでだろう。
笑っているルミナちゃんを見てると、言わずにはいられないんだ。
「いいな……楽しそう」
「ああ。おかげで犬井もテンションがあがってるんだ」
犬井くん……まるで好敵手と巡り会えた、みたいな顔をしてる。
それもそうだよね。
汗を散らして躍動感溢れる動きで戦うルミナちゃん、綺麗で輝いてる。
犬井くんが頑張れば頑張るほど、ルミナちゃんのテンションがあがって輝きを増していくの。
まるで自分の努力が彼女の輝きに繋がっているかのよう。
「けど……体力じゃ負けないはずのうちのクラスに、ぐいぐいついてくるあの子のスタミナはなんだ?」
シロくんが不思議そうに呟く。
確かにそうだ。九組は一年のどのクラスよりもいち早く刀を抜いて、カリキュラムも侍候補生のそれに素早くシフトした。先生方の中でも屈指の実力者、ライオン先生のしごきに一番付き合ってきたんだ。そりゃあ零組と比べられると苦しいけど、でもうちのクラスだって並みじゃないはず。
なのにルミナちゃんはそんなのへっちゃらだと言わんばかりに戦ってる。動きがどんどん磨かれていく。
まるで学んでいるかのようだ。戦えば戦うほど強くなる。
「戦った人が育てる女の子。それってなんてギフト?」
「……青澄さんみたいだと、僕は思うけど」
「えっ」
シロくんの呟きにどきっとした。
「でもちょっと違う。彼女は青澄さんよりもっと素直に、戦いを楽しんでる」
「――……うん」
確かにそうだ。
ルミナちゃんは本当に楽しそうに戦っている。それこそ……十組の中瀬古コマチさんとトラジ
くんみたいに。
私はそんな風に戦えない。いつもいやだなって思っているわけじゃないけどさ。
それでも……楽しんで戦うっていう発想はあんまりなかった。
戦うのはむしろ悪いことで、邪さえ救えるなら戦う必要なんてないとさえ思った。
私と違う可能性の中にいる女の子。彼女が照らしている。犬井くんを。
あんなやり方もあるんだ。
『否定したら、そこで足が止まるものじゃな』
うっ……それを言われると痛い。
『よう勉強になるじゃろ。のう、十兵衞?』
『さてな……しかし、懐かしい気にはなる』
十兵衞?
『人好きする戦上手……ふっ』
『お主のことか?』
『さてな』
あ、ごまかした! タマちゃん、要ツッコミですよ!
『大の大人がごまかしたんじゃ。放っておいてやれ!』
ちぇっ! ちぇっ! 自分も大人だからって、なにそれ! ずるいの!
「そろそろだな」
獣耳を揺らして、シロくんの声にあわてて意識を戻した。
陣地にいるルミナさんの刀がとうとう犬井くんの刀をたたき落とした。
そして、硬直。
二人は肩で息をしながら見つめ合う。艶めかしいほどのにらみ合い。
やがて、犬井くんが言うの。
「負けました」
「はい! 勝者、門松ルミナ!」
飯屋先生の号令でルミナチャンが嬉しそうに笑って、犬井くんに手を差し伸べるの。
あわてて手を拭ってから握手をする。
「ありがとお!」
「ど、ども」
あ、知ってる。あれ惚れちゃうやつだ。
「……ファンが増えたな」
「シロくん?」
「一戦目で負けた奴も同じことをされて……見てくれ。あんな顔をしていたんだ」
シロくんが指差した犬井くんの顔は、まあ……でれでれでしたよね。
なるほどなあ……ファンを増やすには握手がいいのかな? 大勢いるアイドルグループもやってるし。
『お主がただ脳天気に握手をしても、ああはならんぞ?』
く、くそう! 我ながらそんな気はしてますけれども!
ルミナちゃんの煌めく笑顔。滴る汗も決して嫌じゃないどころか、輝きに繋がってる。
あれが爽やかな色気という奴なのですか! 私も欲しいです!
『まず妾を宿した時点で爽やかじゃないからの。まあ……艶めかしさでは負ける気はせんが』
うっぷす! なまめかしくても、それって爽やかじゃない!
私にはルミナちゃん路線は無理なのか……!
『落とす結果は一緒ならば問題あるまいて』
う、ううう! でもそれって、なんだかちょっと違う!
ん? ……待って?
落とせるかな? 握手したら。
『さて……相手次第じゃが。現世じゃ握手は挨拶の内なんじゃろ?』
……挨拶かあ。そっか。そっかあ……。
『何を思いついた?』
ふふー。後のお楽しみだよ!
とりあえず、シュウさんに連絡しておくの!
◆
放課後、シャワーで軽く汗を落としてから高城さんのお迎えカーに乗って都心へ向かう。
――……その道すがら、高城さんが渋い顔で言うの。
「昨日の騒動、記事にするって連絡がきちゃって、社長はちょっと忙しいんだ」
「え、と……」
「もみ消すの大変なんだけど。春灯には期待してるから……けちはつけたくなくて」
高城さんも社長も、昨日のへこたれモードの私と同じなのかなあと思ったら、思いつきを口にせずにはいられなかった。
「じゃあ、警察に行っちゃいましょう」
車が一瞬横に揺れた。高城さんが動揺したせいだ。
「……え? ごめん。春灯が何を言っているのかよくわからないから、もう一度いってくれる?」
「だから。警察に行って、昨日怒鳴ってきた人に挨拶するんです」
「……なんで?」
「ほら。あの人は私にむかついてきたけど、私はよくわからなかったので。ちゃんとお話して、握手して和解できたら……こんなの、スキャンダルどころか特ダネになりません?」
笑って言うと、高城さんはなんとも言えない顔をしたの。
「あ、あれ? だめでした?」
「いや……けど、怖かっただろうに。無理をさせたくないよ」
「んー。それはもう乗り越えてきました。彼氏パワーで」
「十代ってのは眩しいな」
「何歳になっても眩しい人は眩しいですよ?」
「……わかったような口をきいて」
拳で軽く小突かれて笑う。
「まあまあ。だいじょうぶですって!」
「……はあ。もし仮にそんな博打を打つとしても、相手が納得してくれる可能性は高くないし。警察が許可してくれないだろう」
「警察は許可してくれてますよ? それに、被疑者さんもオッケーくれてます」
「えっ」
「既に手回し済みなのです! どや? できる女子高生と呼んでくれてもいいんですよ?」
「……どういうツテなんだ」
「警察の偉い人と仲がいいのでーす。面会させてくれるのも、手を回してくれたおかげなのですよ」
「だ、だからって。相手をどう納得させるんだ」
助手席で足をぱたぱた揺らす。尻尾がかさばって仕方なくて、リクライニングは限界まで倒してる。もちろん危ないので、よい子は真似しないでくだしい。
「それは……まあ。なんとかなりますよ」
「雑だな! 肝心なところ!」
「ふふー。でもなんとなく、確信があるんです」
一度はいやだと、否定して拒絶したかった相手を想像しながら言うの。
「私を見つけ出して怒鳴っちゃうくらい、ぶつけたい気持ちがあるなら……私は聞いてきます」
「……春灯が傷つくのに」
「へこたれません。私が輝くためになら、それくらいじゃ負けませんよ!」
「……ほんと。面倒な新人を抱えちゃったな」
しょうがない、と笑って高城さんは指定した警察に向かってくれた。
怖くないのかって? 怖いに決まってるよ。
嫌いじゃないか? ……嫌い。今はまだ。
でもだからって、理解してないし、納得もできてない。
私にできることがまだ残っているのなら、全力でやるまでだよ!
◆
警察署についたら、ぴりっとした空気を感じた。けどね? 私を見る警察官、みんなざわついてる。どきどきしながら尋ねたの。
「あのう。緋迎シュウさんのご紹介で、こちらに捕まっている方に面会に来たのですが」
「え、ええ。伺ってます。どうぞ、こちらへ」
入り口で言うだけですぐに案内されるのすごい。シュウさんパワーかな!
『いや……むしろ感じるぞ、感じる。妾好みの視線をたっぷりと!』
タマちゃんがみなぎってる!
ってことは……あれ? 私への好奇心とか、そういう?
『人気者はつらいな』
十兵衞までからかうなんて。
も、もう。そんなんじゃないってば。
でも警察の人に人気がある理由は謎。あれかな。黒い御珠事件の時にお世話になった人がたくさんいたとか?
考え込みながら、案内されるままに通された部屋へ入る。
透明な壁を挟んで向かい合って座る、テレビでよく見るあれだ。
高城さんがそばにいて、もちろん警察官の立ち会いつきでもある。
構わない。椅子に座って、相手には見えないように膝の上で拳をぎゅっと握る。
どんな風になるのか。予想はつかない。それでも――……向き合うと決めてきたの。
果たして、警察官に連れてこられたおじさんは暗い顔をして私の前にやってきた。
怒鳴ったりしない。ただ落ちくぼんだクマだらけの目元を私に向けもせず、呟くの。
「まずは、詫びたい……ひどい、ことをした。若い娘さんに」
「……いえ」
心がちくちく痛む。許したくないって気持ちが膨らんでくる。だからめいっぱい、爪が刺さるくらいに手を握りしめる。
「……申し訳ない」
頭を下げられる。ひどい猫背だった。グレーのトレーナー、スウェットパンツ。白髪交じりの短い髪の毛。むくんだ顔も唇も血色が悪い。
『内臓が悪そうじゃな……不摂生しておるのじゃろ』
タマちゃんの気のない声に唇を噛んでから、一度鼻から思い切り息を吸いこんだ。
吐き出すまでに時間をかける。たっぷりの時間をかけて、膨らんだ気持ちをなだめてから言うの。
「どうして、私を見つけてくれたんですか?」
尋ねるの。おじさんが認めた相手をなじる行為より……まずは相手を知りたくて。
「子供がな……子供がいた。三年前だ。侍をしていてな……アンタに、話す筋合いもないが」
「ちょっと!」
高城さんが怒って言うから、そっと手で制したの。
「教えてくださいますか?」
胸はずっとちくちく痛んでる。敵意も膨らんで仕方なくて、尻尾は揺れたがっている。
それでも堪えて聞くの。
「……弱い子だったんだ。士道誠心にいてな。今頃じゃ、試合をやっている頃か」
「ええ。ちょうど……今日も戦ってきました」
「……アンタは目立つんだろうな。しかし、うちの子は……そんな脚光を浴びることのない、さほど誰の記憶にも残らないような子だったよ」
落ちていく。声も、気持ちも。
虚空を見つめる視線に宿る深い哀しみを、私は知っている。
サクラさんがいなかった頃の緋迎家に満ちた空気であり、お姉ちゃんのことを教えてくれたお母さんの浮かべる表情そのものだった。
「零番隊っていうのがある、いつか入ってみせるんだって……俺がみんなを守るんだって……そう言っていた。俺ぁ……女房も、ただ元気でいてくれりゃあそれでよかったんだ」
染みるの。やり場のない感情が渦を巻いているのがわかる。
「……街で見かけたんだそうだ。手配中の犯人を。そいつは邪って化け物にのまれて、暴れていた。待てばよかったんだ。応援がくるのを……三年前の侍ってのはな、いま話題になってるほど優遇されちゃいなかったんだよ」
おじさんの身体が大きく震える。
「なのに! あいつは……ひとりで立ち向かいやがった! 俺たち親を置いて、逝っちまいやがったんだ! ……犯人は逃げて……車に轢かれて死んじまったよ! アイツは戻ってこない!」
声を荒げる。あの時と……私に浴びせられた怒声と同じ。
でも……あの時ほど身が竦まない。わかったからだ。この人は哀しみを私にぶつけているんだって。
「アンタ、話題になるくらい強いんだろ!? それくらい強いんなら、守ってくれよ! 助けてくれよ! 俺の息子を……返して、くれよ……っ」
ぽたぽたと落ちていく。
誰かに言わずにはいられなかったんだろうなあ……そう理解したの。
思いをぶつける先をずっと探していたんだ。犯人が生きていたら、息子さんが生きていたらきっと結果は違っていたはず。
でも、そうはならなかった。
「まるで、まるでこんな……無駄死にみてえな。あんまりじゃねえか! ……アンタみたいなのがいるのに、あんまりじゃねえか……」
訴えられる言葉のとげはきっと現実に染まっていて、つらい。
――……胸の中のちくちくはとうに消え失せていたよ。ただただ……悲しい。
「……緋迎ソウイチがきた。息子のシュウもきた。息子を思って、大勢がうちにきた。けどな……遅すぎるんだ。息子のそばに、死ぬ前にきてほしかった! あいつは! ひとりぼっちで死んじまったんだ!」
くそ、くそ、と泣くおじさんが悲しすぎて、つらい。
こらえきれなかったよ。あふれてくるままに泣くことしかできなかった。
「……だから、私に会いに来てくれたんですか?」
「……もう、二度と、こんな思い、させないでくれよ」
高城さんが怒ってる気配を感じる。
勝手に言うな、とか。そんなところだと思う。その気持ちもわかるよ? わかるけど。
……おじさんの願いもまた、わかるの。
「私の知る限り、私の手の届く限り……精一杯守ります。そして……できる限りのことをします。まずは、あなたから」
手を壁にあてて、そっと一粒金色を放つ。
見ていた警察官の人があわてる。けれど……おじさんの肩に触れて、消え去る。
「いままで……本当に、おつらかったんですね」
おじさんが顔をあげる。ボロボロに泣いて、疲れ切った顔をして私を縋るように見つめるの。
「どうか、お盆に思い切り息子さんとお話してください。ここからでたら……私にできる限りのことをさせてくださいますか?」
胸に手を当てて、真摯に訴えるのは。
「ちゃんと、またねができるようにしますから。どうか、そんなに疲れ果てるまで抱え込まないでください」
願い。
「あなたが今のままでいたら……きっと悲しい再会になってしまうから。どうか、お願いします」
頭を下げる。お辞儀に気持ちはあらわれることを私はよく知っている。
警察官の人が怒らないように捧げた金色一粒と、精一杯の気持ちをこめて……お願いをするの。
おじさんが鼻を啜ってから、呟いた。
「……――ほんとに、すまなかった」
顔をあげると、おじさんも深く頭を下げていた。
最初に見たときよりもずっと素直なお辞儀だった。
胸が詰まる。何かを言おうとした。けれど……面会時間の終わりが近づいていた。
時はもう既に夕方。
別れなきゃいけない。そう気づいたら、言わずにはいられなかった。
「あなたと握手できたらよかったのに……どうか、元気に生きてください」
名残惜しいけれど、またねとお別れしてその場をでる。
目元を拭った。昨日今日と、泣きすぎた。涙腺もろくて、やんなっちゃうな……もう。
「春灯……立派だったよ」
高城さんが頭を撫でてくれた。
鼻を啜って、息を吐き出す。胸のチクチクももやもやも消え去った。昨日抱えて膨らんだ嫌な気持ちもとうになくなった。
シュウさん、すんなり手配してくれたけど……理由もわかる気がする。
あのおじさんのこと、気に留めていたのかもしれない。ずっと。
シュウさんが頑張る理由が一つ、見えた。
侍はもっとたくさんいなきゃだめなんだ。それに……邪をもっとずっと減らせるようにならなきゃいけない。
こんなに悲しい事件はない方がいいに決まってる。
「強くならなきゃ生きていけなくて……優しくならなきゃ生きる価値がない」
呟く。随分昔に見たフレーズが頭に浮かんできたの。
「強さはきっと、優しさで。優しさは……願いだ」
弱さに溺れて傷つけて、厳しくして……それじゃ解決しないことの方が多い。
そういう世界なんだと割り切って生きている人の方がきっとずっと多い。
でも……私の強さはもう決まっている。
ツバキちゃんが夢見てくれて、みんなとの縁を繋いでくれたあの頃の私が目指したものが答えだ。
甘えたりしないよ。甘えずに、優しくすると決めてるの。
ああ。もう! どんどんたぎってくるよ!
警察署を出てすぐに言ったの。
「高城さん。私、いま……めっちゃ歌いたい!」
「なら……いっそ、トレーニングに直行する?」
「だめだめ! 何かぶちかましたいの!」
「ゲリラは無理だぞ? 届け出を出していないから、警察に怒られる。スキャンダルはごめんだ」
「上等だよ! 今しか歌えない何かがあるの!」
「まったく……わかった。ならスタジオをおさえよう。トシさんたちが空いていればいいけど」
「いなくても一人で歌うからいいの! とにかく歌わせて!」
「はいはい。じゃあいくよ」
興奮して鼻息荒くなる私をなだめながら、高城さんは車でスタジオに連れて行ってくれた。
いつも通っているところだ。
獣耳を閉じてイヤフォンつけて、マイク前に立つ。
私の気まぐれを叶えてくれたのは、高城さんだけじゃなくて社長の鶴の一声があったおかげ。
なにやら私の動きを活用して、記者をおさえるんじゃなくて「警察で新しい動きがあったのに記事に抜けがあっていいのか」ってあおれたのがお気に召したみたい。起訴せず見送る形にできたのも、記事に関してはいい方に転がるようですよ?
『それじゃあ春灯ちゃん……曲ないけど、ほんとにやるの?』
こっちは暇じゃないんだけど、という空気を出さないで笑って付き合ってくれる馴染みのエンジニアさんに笑顔を返す。
『わかった。女神の気まぐれに付き合うとしよう。いつでもどうぞ』
のせてくれるのたまらない。
息を吸いこんだ。
歌わずにはいられなかった。
照らしたい。真っ黒な今に囚われている人の現実が輝くように。
塗りかえたいのは現実。悲劇のある現実。誰かじゃない。
現実そのものが敵。私を高める存在そのものなんだ。
上等だ。反抗してやる。私の夢で、立ち向かってやる!
私は歌うぞ! それだけじゃない。全力で戦うよ!
明日は狛火野くんとのバトルが待っている! ギンに並ぶ最強の敵が待っている!
構うもんか!
私は私のやりたいように、当たり前に頑張って当たり前に救える限り救ってみせるんだ!
そして楽しんでやる! 今日を楽しめなかった誰かの分まで、めいっぱい楽しんでやるの!
つづく!




