第三百五十二話
帰ろうとしたらちょっとした騒ぎが起きたの。事務所の前で待ち構えていた男の人に怒鳴られた。身が竦む私に男の人は構わず怒鳴り続けてくる。
首まで掴まれそうになった。あわてて避ける。
だけど突然のことすぎて頭が真っ白で、騒ぎを聞きつけて飛び出てきた高城さんや会社の人たちに保護された。すぐに警察の人が出てきて男の人は連れて行かれたの。
必要なことは済ませて学校まで車で送ってもらったんだけど……困った。
「呟きアプリで会議って呟いたの、拾われて狙われたみたいだ。忙しくてリプまでチェックできなかった。ごめん、春灯。もう二度とこんなことがないようにするから」
「……は、はい」
パニック過ぎて戸惑う。
震える手でスマホを操作して呟きアプリを見た。
殺害予告が送られてきてる。
さっきの人? なんで。なんで。私、あの人に直接なにもしてないのに。顔も知らない人なのに。なんで。
「変な奴はいる。春灯のせいじゃないんだから、気にしちゃいけないよ……それほど悔しいことはないからね」
それから高城さんにめいっぱい慰められた。
今後どんな対処ができるのかとか、いろいろ話してくれた。送り迎えを必ずしてくれるって約束してくれたし、呟き内容はもっと厳しくしようっていう方針も決まってたよ。
だけど……慣れてない。突然の悪意の対処法なんて、わからない。
部屋に帰ってすぐにカナタに抱きついた。
刀の手入れをしながら、困ったように笑って受け入れてくれるカナタの首筋に顔を埋める。
「どうした。甘えるターンか?」
「んー……私がんばれエネルギーチャージなう」
「俺からチャージしてくれるんだな?」
「だめ?」
「嬉しいけど、くすぐったい」
鼻先を擦り付けたら笑い声を上げられちゃいました。
これ以上やったら怒られちゃうかな、と思ったけど……カナタはしたいようにさせてくれた。
だからめいっぱい匂いを吸いこむ。好きな人の匂いに包まれるのは、干したての毛布に抱きつくくらい落ち着くしゆるむの。
忘れよう。忘れちゃえばいい。私を嫌いな人のことなんて、ぜんぶ……忘れちゃおう。今の私にどうにかできないのなら。
身体の力が抜けきったタイミングを見計らって、カナタにキスされた。触れ合う程度のかすかな瞬間。それでも満たされるものが確かにある。
「……おかえり」
「ただいま」
そっとカナタから離れた。手入れを再開するカナタから見えないように、トイレに入ってお着替え。ついでに汗を軽く流す。本当ならがっつり洗っちゃうべきかもしれないけど、特訓が控えているから我慢。どうせまたあとで入るんだから、それでよしとしよう。
ジャージに着替えてユニットバスを出ると、カナタが机にパソコンを広げていた。手招きされるから、制服を抱き締めつつ後ろから覗き込む。
「――……わ」
レオくんとタツくんが向かい合っている。ライオン先生のはじめ、という号令が聞こえた。
「月見島と住良木の試合風景だ――……見ろ」
カナタが呼びかけた瞬間だった。
タツくんの刀が手にした一本を残し、弾けて消えた。
残された一振りが僅かに伸びる。
それよりも如実にわかる変化が起きた。タツくんの額に角が生えていく。瞳に宿る赤い光は、たとえ淡くてもお姉ちゃんのそれと同じもの。
対する住良木くんは刀を鞘におさめる。そして構えた。抜刀術――……けれど、私が見たことあるものより重心がずっと低い。あれじゃ飛び出せない。待ちの抜刀術だ。
「もうすぐ――……ここだ」
カナタがマウスを操作した。映像が停止する。タツくんの振り下ろす斬撃、数えて七つ。対してレオくんの刀がタツくんのお腹を切り裂いて、振り切っている。
「この一瞬で決着がついた……どう思う?」
「どうって……タツくんもレオくんも、動きが明らかに変わってるよ?」
「どちらが手強いと思う」
「……一瞬で間を詰めたタツくんは尋常じゃないし、そんなタツくんを斬ってるレオくんだって尋常じゃない。でも……強いて言えば、待ちより攻めのタツくんの方が怖い」
私には十兵衞を宿したおかげで見切りの右目がある。
待ちのレオくんに攻める手は、今の私ならいろいろある。けど……岡島くんをはじめとする、私の身体能力を上回るアタッカーには正直すこぶる弱い。悔しいけど、私は初戦でそれを証明してしまった。
レオくんもすごいけど、なによりタツくんの身体能力はぱっと見、かなりのものだ。
「タツくんの方が怖い」
「……なら、残念なお知らせだ」
カナタが映像を再生した。
膝をつくタツくんの前で、地面に倒れるレオくんが見える。
レオくんの抜刀による一撃は惚れ惚れとするものだった。けれど、タツくんは激しさでそれを上回ったのだ。
試合の勝者は明白だった。
「……レオくん、タツくんにあの命令の力を使わなかったのかな」
「使いたくなかったのだろう。同じクラスの強敵を相手に立ち向かった……彼もまた、心が侍なんだ」
レオくん……。
勝者としてではなく、友人として手を差し出すタツくんに答えている。
浮かべるのは笑顔。けれど悔しそうに拳を握りしめてもいた。
命令の力。あれは物凄く強い、まさに必殺技。だけどそれに頼りすぎて侍の力が疎かになったら……という危惧があったのかなあ。そのための抜刀術なのかな。
きっとタツくんじゃなかったら、レオくんが勝っていた……と。そんな夢を見てしまう。
「これだけじゃない。他にも……お前が見ていない試合がいくつかある。たとえばこれだ」
中瀬古コマチちゃんとシロくんだ。
ライオン先生の号令で試合がはじまってなお、可憐な女の子を前に、シロくんが戸惑っている。けれど彼女は躊躇わなかった。
刀を抜いてシロくんに向ける。直後、地面が割れてシロくんの足下から樹が生えてくるの。みるみるうちに幹に枝にからめとられて、樹に飲み込まれちゃう。
見るも美しい桜の花が咲く。シロくんが叫び、身体を雷に変えようとしても何も起きない。いや、よく見ると違う。
桜の花が色づいていく。まるでシロくんの霊力を吸って色に変えているかのように、艶やかに。悔しそうにシロくんがもがくけれど、もがくほどに力を吸われるのか……とうとう手から刀が落ちた。
敗北を認め、試合が終わる。コマチちゃんが刀を振るった瞬間、樹は花びらへと姿を変えて弾けて消えていく。舞い散る桜――……シロくんの敗北。
「――……これ、って」
「母さんの刀に似てるんだ。木火土金水……彼女は木を操る。想像よりもずっと手強い」
「力を吸い取る桜の木……」
勝負を決めた一つの技。初見さんは負けちゃうような脅威。
寒気がする。士道誠心に入学する前から騒動を起こすほどの素質の高さ。けれど想像していたよりずっと早く、コマチちゃんは己の力に目覚めつつあるのかもしれない。
「……他は?」
「あとは……そうだな」
カナタが三つのウィンドウを表示しながら説明してくれた。
「相馬トラジと井之頭の対決は殴り合いで相馬トラジが勝利。山吹マドカは虹野リョータを己の刀で圧倒。仲間トモと暁アリスは……アリスの初手敗北宣言であっさり仲間の勝利が決まった」
「……アリスちゃんって」
トモが刀を向けた時には笑顔でお辞儀をしている。
そこへいくと偉丈夫の井之頭くんと殴り合いをして血反吐を吐きながら勝利した鬼のトラジくんや、積み重ねを刀へと変えるあの技で虹野くんを陣の外へ押し出したマドカは正統派って感じ。
「誰が勝ち進んでも脅威だ。それで? ……俺の侍は、どんな方針転換を告げるのかな?」
「うっ」
ば、ばれてる。
説明しなくても伝わっちゃうんだから、カナタおそるべし。
「もちろん……刀を化かす技の危険性に気づいてくれたと信じている」
「……保健の先生に話をしてるし?」
「今日の話を聞いてもいるぞ」
「うっぷす」
筒抜けだなあ。ほんと……でもそれだけ心配されているってことだ。
素直に受け取るべきところ。なのでちゃんと言うよ。
「大神狐モードになれるようになりたいし……十兵衞を宿したモードを具体化したいです」
「十兵衞の刀を咄嗟に己に突き刺していたな。実感した効果は?」
「技の切れがすごくいいの。それに……動きもだいぶ変わった。十兵衞の経験が見えるの。さすがに全部じゃないけど」
「ひとつ、確認したいことがある」
カナタがパソコンに私や岡島くん、茨ちゃんの映像を見せてくれた。
己に刀を突き立て、柄を落とす。刀は完全に消え、私たちは覚醒する。
「なぜ三人とも判を押したように、己に刀を取り込む?」
「……刀は御霊宿る依り代。なら、それを飲み込んだら力が発揮される?」
「どうしてそれを知っている」
「どうしてって言われても……なんとなく?」
首を傾げる。息の仕方を聞かれても困るような、そんな感じ。
「まあ……掘り下げてもわかりそうにないから先へ行くぞ。とにかく、自殺になりかねない行為を行ない、お前たち三人は明らかに自分自身を強化している」
「そだね」
「軽いな」
でもなあ。当たり前の行為なんだよなあ。刀になってもらっている場合じゃないというか。もっともっと御霊を求めたら、もう飲み込むしかないよね的なノリなんだよね。
なんとか説明すると、カナタは渋い顔をしながら言うの。
「春灯は飲み込んでもあくまで主人格は春灯のままだ。対して岡島は完全に酒呑童子が主人格となる。面白いのが、茨だ。茨木童子と共有している。シンクロだな」
「んー……だからどう違うの?」
「それは……これからいずれわかるとして」
あ、ごまかした。
「大事なのは……大神狐モードの解析だな。以前に一度、玉藻の力を借りずに己の力で大神狐モードになったな?」
「……えっと?」
「覚えてないのか」
ほんとに呆れた顔しないでくだしい!
「己の邪と対峙した時だ。二人して大神狐モードになって、七つの御珠を浄化し、姫の邪のありようさえ変えてみせた。あの時の感覚を覚えてないか?」
「……んー」
無我夢中だったからなあ。
「正直、あんまり」
「……ほんと、お前の刀鍛冶でいると退屈しないよ」
「むっ」
「すまん。それよりも……玉藻の力を借りて大神狐モードになったら、今でも疲れるか?」
「どうかなあ……ちょっとやってみる」
カナタが手入れして机に置いてある刀を手にして、迷わず自分の胸に突き刺す。飲み込んでいく。痛みはない。私の願いは私を殺しはしないとわかっているから。
広がっていく力のままに全身に霊子をみなぎらせ、弾けさせる。
尻尾が消えて、当たり前のようになるの。大神狐モード……けれど身体のいたるところから金色が噴き出て、どんどん疲れていくのがわかる。すぐに解いた。
九尾でいる方がずっと楽だ。重心が狂ってよろけちゃう私を見て、カナタが首を捻る。
「だめそうだな」
「なんていうか……超ヤサイ人になるのが大変みたいな感覚かも」
「お前は戦闘民族でもなければ怒りで目覚めるわけでもないだろう――……待てよ?」
しゃべりながら、カナタが私を――……私の尻尾をじっと見つめてくる。
ま、まさか、超絶櫛テクが炸裂する予兆なのでは? さいきん毛先が乱れてるんじゃない? って指摘されちゃうのでは?
どきどきする私をよそに、カナタは呟くの。
「なぜ目覚めた? 切っ掛けは? なぜ大神狐モードになる? 玉藻がすごい狐だと信じたから。その輝きを求めたから。それだけか?」
慌ただしくパソコンを操作して、ある動画を再生するの。
『私の知るあなたは……もっと素敵な存在』
あ、あれ? 猛烈に嫌な予感がする!
『寵姫となりて寵愛を受けながらも愛する人を病に伏せた……そんな悪性、私のタマちゃんにはない』
「あっ、あっ! 待って! それは――」
「いいから」
いやよくないよ! 死ぬほど恥ずかしい時のやつだよ、それ! どや顔で言いながら大神狐に至る私の映像なんて、恥ずかしすぎるよ!
あわててパソコンに手を伸ばす私を片手で止めちゃうカナタ、腕ながい! なんてこった! 届かないよ!
『あなたはすでに天を翔る狐。ううん、それでも足りない。三千を超えたあなたの存在は既に空の狐。ならば私と共に翔る名! それは――大神狐!』
思いのままに歌い叫ぶ私が、はじめて大神狐になった瞬間だった。
金と銀の混じる白い髪。強いて言えば白金色。
「玉藻への祈り。いいや違うな。内に住まう玉藻を輝かせようという願いだ」
「う、うう」
恥ずかしい。ギンとどや顔で戦っているかつての私。互いに狙うは必殺。油断はなく、愉悦もない。ただ終わりを目指して振るわれ続ける攻防は、いま見てもぞっとするような切り合いだった。
大神狐モードになってすら、ギンは私と並んで戦えちゃうんだ。
カナタが呼びかけてくれなかったら、間違いなく取れなかった一本の映像を、カナタが止めた。そして私を見つめて言うの。
「己の邪の刀を受け入れ……そして何を思った」
「え? ……そりゃあ、私の邪とお姉ちゃんの邪まとめて救えますようにって。お姉ちゃんも、私も、私の大好きなみんなも……そう願う私の邪から幸せにしようって願ったの」
今でも邪の私が訴えてきた言葉を覚えてる。
もっと幸せになりたいし、したい。自分だけじゃなくて、みんなまとめて幸せに向かいたい。
そんな願いを照らしたいし輝かせたかった。その一心だった。
「誰かのためなら命を削ろうとも願う。大神狐モードは春灯、お前の願いのためにある」
「……私の願いのため」
「けれど……もしかしたら、そのことに躊躇いを覚えているのかもしれないな」
「ためらい?」
「ああ。献身は素晴らしい精神だと思う。けれど、誰もができることじゃない。偽善だと笑う奴もいるだろう。それを否定しきることもできない。偽でも善は善だから、しないよりはした方が何倍もいいんだけどな」
しみじみ言うカナタに引き寄せられて、お膝の上に座らされたの。
「なあ、春灯。無理をしてないか?」
「――……え」
「輝きたい。誰かを照らしたい……笑顔を見たい。春灯の願いはわかる。けどな……つらいと思うことはないか?」
「――……それは」
どう答えようか迷う。弱音は吐きたくない。吐くなら自分の背中を叩いて、立ち向かう言葉がいい。カナタにだって言えない暗い気持ちなんて……そりゃあ、あるよ。
そんな私の本心を探るように、私を膝にのせたままでカナタがパソコンを操作する。
「春灯は……デビューする前なのに、呟きアカウントのフォロワーが増えて。あたたかい声援を送られてもいる。けど、そのすべてを照らすのはたいへんだと俺は思う」
画面に表示されるのは私の呟きアカウント。今日も打ち合わせの写真をのせてあるよ。カナタが呟きを対象にマウスを操作して、私へきた返信を表示するボタンにカーソルを当てる。
咄嗟に身が竦んだ。
「春灯?」
「ごめん。見たくない」
「どうしたんだ?」
「……今日、やなことあったから。見たくない」
「……わかった」
顔が強ばる。声もぎこちなくなる。それでもカナタに抱きつかずにはいられなかった。
黙って受け止めてくれるから、決意する。
「……――今日ね、」
話したの。まだニュースになってないみたいだ。なってなくていいとも思う。ちゃんとしたデビューの前なのに、怒鳴られてけちがつくなんて絶対にいやだった。
話し終えた時にはもう、カナタに強く抱き締められてた。
「俺がそばにいたら」
「……いいの。大丈夫だったし」
「でも……すまなかった。そんなことが起きているなんて」
「いま話したんだから……いいの。でも……でも、今日はリプ、みたくない」
「わかった」
そっと抱え上げられて、二人でソファに移動する。
しがみつくままに任せて、カナタが私の背中をそっと撫でてくれた。
きっと嫌な顔してるに違いないから、カナタには見せたくなかった。
何度も深呼吸を繰り返す。思い出しそうになって、鼻を啜る。
忘れるって決めたの。だから……忘れる。
高城さんが送り迎えをしてくれるし、守ってくれる人がいる。カナタがそばにいてくれる。
だからもういい。もう一度、深呼吸をしてからそっと離れた。
「いいことばかりじゃないけど。それでも……私が笑顔を見たいから。これくらいでへこたれないよ」
「……ああ」
「つらいこときっと、これからたくさんあると思うけど。それでも……命けずってでも、夢に手を伸ばすの」
「……そのためなら、神にだってなる、か」
「うん。神さまで剣豪。それってなんだかもう無敵な感じだもん」
「そうだな――……ああ、無敵に違いないさ」
頭を撫でてくれるの、ずるい。泣いちゃいそうだった。
「どんな敵が現われても、俺はずっとお前の味方だ。誰よりそばにいる味方で居続けるよ」
「……うん」
どんな悪意が立ち向かってきても、私にはそんなのでへこたれないくらい素敵な味方がいる。それだけで案外、なんとかなりそうな気持ちになってくる。
まだ、ちょっと……正直、呟きアプリは見たくないけれど。笑顔を向けてくれる人もいるのだと思うと、悩む。
どれだけ大事にしたらいいんだろう。ささやかな、一瞬の好意だって私はとびきり大事にしたいけど。みんながみんな、私を受け入れてくれるわけじゃない。
人間なんだから……合う人がいて、合わない人がいる。そんなの当然のことだ。
大神狐モードになる痛みはきっと、そんな現実のつらさなのかもしれない。
神ならきっと、許すとか許さないとか……そんなの超越して輝きを注ぐだろう。私の信じる大神狐はそうだから。だから……現実を飲み込めない私は痛くて、ずっと大神狐ではいられない。
……士道誠心の味方なら、いくらだってなれるのに。
「私、週末……ゲリラライブたくさんやるの。曲も出すっていう流れになってて」
「ああ」
「……だけど、歌うとどんどん、無防備に世界に放り出される気がする。今日の悪意なんて目じゃない何かに晒される気がする。それは、とても、怖い……」
「……ああ」
やめてもいいんだぞ、と言われるかと思った。
「なのに折れないでいたいから、苦しいんだな」
胸がきゅうってしたの。図星だったんだ。
「痛みを飲み込む必要は無い。痛いなら痛いと言っていい。誰にでもってわけじゃないところが、現実のつらいところだが……俺には言っていいよ」
「……ん」
「どんなに弱くて情けないところをみせても、いいから。嫌ったりしない……見損なったりもしない。大好きのままだから」
頭を撫でてくれる手つきほど優しい声。
「もっと甘えてくれ」
「……ん」
気がついたときには泣いてた。
「こわかった」
「……うん」
「いたかったよ……怒鳴られるの」
「……そうだな」
「もう、やだよ……あんなの」
こみあげてくる気持ちのまま、泣いて、泣いて。
「……わたし、あんな風にきらわれるのやだよ……」
縋り付く。みんなに好きになって欲しいわけじゃない。だけど……ネットの情報からわざわざ押しかけてきてまでして怒鳴られるほど嫌われたいわけでもない。
苛立ち、傷つけてくる。そういうの……ぜんぶいやだし、そんな人と一緒にいたくない。
だけど……歌のお仕事をはじめたら、きっと、きっと……そういう人に出会う瞬間が増える。露出が増えたら、出会いも増える。私の知らないところで私の曲が私の知らない人と出会う。そうして嫌われる可能性が増える。
CDをたたき割る画像とか、見たことあるけど。聞いてちょっとでも幸せになってもらえたらと願って一生懸命みんなで作ったCDがそんな目にあったら、つらくてつらくてしょうがない。立ち直れないかもしれない。――……折れちゃうかもしれない。
こわい。こわくてしょうがない。悪意に触れる可能性が増えるのが……。
そんなの、生きていたら当たり前にあることなのに。学校が居心地よすぎて、忘れてた。
トウヤとマドカを狙ったあの人みたいな敵意と立ち向かっていかなきゃいけない。タマちゃんだけじゃきっと、私は折れてた。
十兵衞の強さが欲しい。父親から苛烈なしごきを受けてなお、生き抜いた十兵衞の強さが。今はなにより欲しかった。
泣いて、泣いて、カナタに慰めてもらいながら――……思ったの。
大神狐モードを自分の物にするためには、十兵衞の強さを……ほんの少しでも手に入れないとだめなんだって。
世界にありふれた悪意との向き合い方こそ、きっと答えに違いないんだって。
さんざん泣いてやっと落ち着いたから、カナタに聞いたよ。
「十兵衞の強さが欲しいの……どうしたらいいかな」
カナタはまた難題を言って、と困ったように笑ってから……教えてくれた。
「気づかせてみせよう。特訓できる元気は残っているか?」
そんなの、答えはもちろん決まっているよ!
「どんとこいです!」
つづく!




